能楽堂への誘い・参

皆様こんにちは。ペンギンと近代文学を愛するまどか🐧です。
本日は少々久方ぶりに見たようなタイトル。実は何度か同じタイトルで能楽について色々とお話……もとい布教ブログをしたためております。

それにしても、能楽、といいますと何だか学校の授業でお国の伝統芸能としてその素晴らしさをお勉強したような。私なんかは格式の高さを感じて気後れもしてしまいます。云々と抜かしてモジモジしていた(してなかったかも、私、太々しい)のが2年前のことで懐かしいです。

もしかして、もしかしてだけど、ちょっとお能の観劇に慣れてきたんじゃないのぉ!ふへっへへへへへ。と思いながら今回も能楽堂目指して歩を進め…降り立ったのは表参道。



ゑ??????????表参道?



いやいやいやいや、え、表参道。煌びやかなアパレルショップが所狭しと並び、現代通り越して近未来すら感じてしまう街並みに。能楽堂?
もしかして劇場情報に誤字とかあったのかしら、どうしましょうどうしましょうとグーグルマップ先生に泣きつきながら向かうこと10分ほど。
全然見つかりませんけれども!!??といい加減ダレかに泣きついて道でもお尋ねしようか、ああ見れど探れど周囲は観光客の方ばかり、ワタシエイゴデキナイ。カタコト英語で能楽堂の場所尋ねる新手の不審者になっちゃう。


うろうろうろうろ、傾き始めた夕陽に急かされる様に。迫る開演時間と戦い……。
ありました。PRADAの向かい側、真ん前に。


こちらが今回の会場、【銕仙会能楽研修所】!
お察しの通り、私は初めて訪れたのですが表参道のPRADAなどが立ち並ぶ中に突如として現れる古風な「銕仙會」の表札に驚いてしまいました。
さらにさらに会場内は土足厳禁の座椅子スタイル。こんな能楽堂あるんですか!?もう開演前から驚きの連続でした。まさか会場すらマトモに見つけられないとは、、、。観劇にちょっと慣れてきた、とか抜かしていた脳内フローラル人間はどこのどなたでしょう。まだまだのようです。

さてそのような座椅子スタイルのお席(見所)だからこそ、能楽師さんの足元まで間近で見られることはもちろん、なんと檜舞台の軋む音まで聞こえてきました。舞台と見所の距離感の近さだけでなく、檜舞台と対照的なコンクリート造りの現代的な壁に囲まれているなどとにかくよく音の響く会場だったように思います。



***

今回の公演は9月6日(土)に行われた第66回公演の「響の会」という会で、番組としては「天鼓」「松虫」「西行桜」の仕舞と「誓願寺」を一調、最後に立花供養の小書付きの「半蔀」というボリューミーかつバラエティに富んだ並びでしたため、観劇後の満足感…というよりも満腹感が素晴らしかったです!心がおなか一杯になる!

そのような会場で始めに見たものが鵜澤久さんの「天鼓」だったのですが、その静やかで安定感のある所作一つ一つが実に素晴らしく、後ろ姿までカッコいいの一言に尽きました。周囲の能楽師さんと比べて華奢に見えるお身体に柔らかい所作を勝手に想像していたのですが、そのお身体から放たれる無駄のない凛とした足拍子には目が釘付けになりました。
先程の紹介通り、全体的に音の響きやすい板の上だったように思うのですが、鵜澤さんの足拍子はスッと必要なタイミングに必要な量だけ響いておりその心地よい美しさが心にまで響きました。私は今までの観劇経験の中で鵜澤久さんのことを後見の役でばかりお見かけしていたため、このように板の上に立たれているお姿を拝見できてとても感動しました。

もしまだ鵜沢久さんについてご存じないという方がいらっしゃいましたら、ぜひとも事前知識のない真っ新な状態でこちらの素晴らしい能楽師さんのお姿を味わってきて頂きたいです。そのため、敢えて今回はあまり紹介しないでおきますね。

続く「松虫」「西行桜」もそれぞれで使用されていた扇の絵柄が可愛らしく、また能楽師さんお一人ごとの声質の違いを味わうことができて大変充実しておりました。「誓願寺」は一調の形だったのですが、一調の公演を初めて拝見したためにデュエットのような見た目でありながら対バンのような緊張感をもつ独特の舞台上の空気感に衝撃を受けました。
今回は太鼓との華やかな組み合わせの演奏だったためか、視覚的な情報と聴覚的な情報のギャップがとても印象的でした。一調はその時その時で様々な組み合わせがあるそうなので、その他の楽器との組み合わせだとまた違った一調の雰囲気になるのでしょうか。とても気になりますね。
きっと中々狙ってお目にかかれるものでは無いのかもしれませんが、ぜひ他の曲目や楽器でも拝見したいものです。



最後に大本命の「半蔀」ですが何よりもまず小鼓の響きがあまりに美しく、終始聴き入ってしまいました。ちょうど「半蔀」のタイミングで会場外から救急車のサイレンが鳴り響いたり、見所から携帯電話の着信音が轟いたりと色々あったのですが…どれほど気が逸れようと引き戻される存在感と安心感のある小鼓の音色に本日の観劇体験が救われたような気がいたします。
もちろん鼓と聞いてすぐに想像されるような大鼓のように派手に響く訳ではないのですが、しっかりと耳に届く小気味良い音のまろみが大変美しく、もっと聴きたいと心から思いました。この日の小鼓は大倉源次郎さんという方だったようなのですが、絶対にまたこの方の小鼓を聴きに行こうと思います。


・・・と、いきなり話が逸れましたが。「半蔀」の内容も扮装や立花供養など見所満載でした。

あ、そうそう。紹介しそびれました!今回の公演はとーーーってもスぺシャル!なんと立花供養という小書き付きの公演だったのです。
皆様ご存じの『源氏物語』に登場する「夕顔」を題材としたお話が能「半蔀」なのですが、、

  【京都の雲林院で夏安居(ゲアンゴ)という禅修行をする中で「そろそろ修行もラストスパートだからお花の供養をしようかな~~~」と僧侶が立花供養を行っていると、どこからかフラリとドえらい綺麗な白い花を手向けに来た女性が。その女性に名を尋ねたら「名前はいずれわかること、ちなみに住んでるのは五条のあたり」とのご回答。そりゃもう、気になるし、五条あたりまで行くっきゃありませんね!さてはて、僧侶は無事に彼女のお話が聞けるのやら。何が語られるのやら。】

超意訳ではありますが、そんなところからお話が始まります。ザっと解説を聞くだけでもお花がキーワードとなりそうな香しい公演ですが、普段は謡でのみそれらの様子が表現されています。
ですが…なんと…今回に限り……!?
そう!実際にお花も出すよーーーーー!!!!!というのが小書き付きの特別公演というワケ。うんうん、能楽師さんの美しい舞だけでなく綺麗な生け花まで観られるなんて。財布の紐全開放。さぁ張り切って行きましょう。

そんな期待に胸を膨らませた「半蔀」公演。
アイとして登場された方の腰帯が花柄であったり、前シテの方の装束が花々の吹き寄せ柄であったり……とにかく花尽くしの鮮やかな舞台でした。さらには会場の入り口から階段まであらゆる所に、今回の公演用に花を生けた華道家の大塚理航さんの作品が並んでおり、会場へ入るまでも花尽くしになるよう演出されていました。


しかし!
いよいよ舞台上の立花供養で登場した花は、なんと木々や葉がふんだんに使われ青々とした逞しい雰囲気のものでしたため少々面食らってしまいました。とはいえ能楽堂の暖色照明に照らし出された葉は温かな彩を舞台上へ加えており、謡の描き出す世界観との共鳴が華やかなものでした。
うーーーーーん。それでもやはり直球に「花!」という生花を想定していた私にとっては舞台上に花が足りない。
そんな焦ったさを感じていた次の瞬間、板の上に進み出た後シテ・夕顔の美しさよ。
あぁ、花はここに在った。
白を基調とした長絹が眩しいくらいに輝いて、視線を全て攫っていく流石の華でした。


***


ちなみに、公演が終わって作り物が撤収される時に立花供養の花がくるりと回されて漸くその生花を正面から見ることが叶ったのですが……ありました、ちゃんと白い美しい花が。
なんと私は脇正面に座っていたために公演中は生花の後ろ姿しか見えていなかっただけなのでした。これにはもう全力でズッコケていたのですが、ある意味で良い思い出かもしれません。それにしても、生花の後ろ姿しか見えていなかったからこそ、夕顔という花の盛りを特等席で見られた…なんて考えれば脇正面で観る景色もまた一興な気がします。


このような学びの多い観劇が終わり、最終的に座椅子型の観劇に慣れていなかった私は足腰を完全にやられ、タタラを踏みつつ大笑いしながら帰路についたのですが実に楽しく思い出に残る時間でした(笑)


こんな観劇体験、こんな1日。
曲目・役者・扮装・舞台それぞれの組み合わせ次第で、そこには全く別の唯一無二の作品が生まれる。
表参道に能楽堂があるなんて知らなかった。ねぇ、もしかしたら貴方の通勤・通学の道すがら、自宅・実家の近く。思わぬところにもあるのかも。

ちょっと、今触っている電子端末で「能楽堂」とか「劇場」とか調べてみませんか。