たまには昔の話をしてみる

皆さんこんにちは、みちこです。

最近寒くなってきて、体調を崩される方も多いと聞きますが、いかがお過ごしでしょうか。

世間はクリスマスムードらしく、イルミネーションなどが街で華やいでおりますが、皆さま何かご予定などはあるのでしょうか。

我が家はもう子ども2人(私と弟)がそれぞれの予定で忙しいので、去年あたりからクリスマスパーティーなどはしなくなりました。父が寂しがっているらしいですが、私は自分の好きなことをさせろと思っているので、悪いけど自分の予定を優先します。

ーーーえ?恋人?そんなものはいません。普通にバイトでお金を稼ぎに行くだけです(笑)

どうせ大みそかは年越しそばを囲んで、お正月はおせちとすき焼きを囲むんですから、それで十分だろう、我が父よ…。

(執筆途中に挟む;前回予告していた、生成AIの私的使い方を書くつもりが、この話だけで一記事出来てしまいそうなので急遽路線変更します。本能のままに書くと計画性のなさが露呈する、私の文章…。)

 

ちなみに我が家は長らくクリスマスプレゼントや誕生日プレゼントなどと言ったものはなく、最後に親族からもらったプレゼントを遡ると、おそらく5、6歳の頃のことです。

「もらっていらないものをあげても意味がないだろう」という両親の意向がはたらいており、私も弟も長らく両親からはプレゼントをもらっていません。そのかわり「これでなんか自分の好きなものを買いなさい」と父から現金をもらうのが我が家の通例となっています。

ちなみに母曰く、「不定期に何かしらご褒美であげているのだから、わざわざイベントごとにあげなくてもいいだろう」というのが答えらしいですが、私自身も別にそれで納得しながら過ごしてきたので、特におかしなことだとも思っていませんでした。

 

しかしこの話を友人たちにするときまって、「いやそれはどうなんだ…」と言われることが多いです。

あな恐ろしや、これが家庭環境の違いというものでしょうか。別にこれといって愛されずに育ってきたというわけではない(むしろどちらかというと過保護寄りで育てられている)ので、まあうちの両親の感覚がひどく現実的過ぎたのでしょう。

そのせいかは分かりませんが、子どもの頃からあまり夢を見る隙を与えられなかったように思います。

よく、「サンタクロース」をめぐるよもやま話がありますが(あえてぼかして書いております)、私がそれに対して回答を返すなら、「もう記憶もない頃からプレゼントを与えられた経験がないので、分からない」ということになります。

幼稚園の頃に(着ぐるみ姿の)サンタクロースがやってきたことは覚えているので、その頃は無邪気におとぎ話のようだと思っていたのですが、小学校に上がったあたりからもう両親からプレゼントはもらえなくなっていたので、途中から「そういう世界のもの」だと思ってはいたようですが、具体的にどこからと言われると…やっぱりちょっと分かりませんね…。

ここまでの話を聞いてお気付きかと思いますが、私は時に残酷なまでに現実的なタイプの人間のようです。自分の中における精一杯の返答を返したつもりでも、「正論やめて…それは分かってるの…」とよく言われます。冗談が言えないタイプ、といえば伝わるでしょうか。中身のない世間話がとにかくできないタイプです。

そしてここまで現実派であることを書いておきながら、私自身は高校生の中盤くらいまで自分のことを、「空想の中に生きている、いわば感覚派の人間であり、論理派ではない」と思っていました。しかし友人から「あなたは結構現実的だし論理的な方だよ」と言われ、そこでやっと自分が空想に生きる、感覚側の人間ではないことを知りました…。その時、やっぱり人間って面白いなあ…と思いました。

 

ここまで書くと、「子どもの頃から大人びた子だったの?」と思われそうですが、結論から申し上げますと「半分そうだと思う」というのが答えになります。

幼稚園くらいの頃の私はどうやら相当におもしろかったようで、母から「弟の印象深い思い出はほとんど出てこないが、私のおもしろい思い出はたくさんある」と言われるくらいにはおもしろい子だったようです。どうやら普通の子がしないような変な行動をたくさんする子だったようで、相当におもしろがられていたようです。まあしかし普通に遊びもしたので、そういった意味では年相応だったでしょう。

ただ、同年代の子と一緒に遊ぶよりも、一人で遊ぶもしくは大人の輪の中にいる方が好きだったようです。そういう意味ではまあ…変わった子だろうとは思いますね…。

そんな大人に混じることが多く、価値観が少し大人びていたからかは分かりませんが、小学生の頃は周りの子と感覚が合いませんでした。それ故に「一人でいる方が楽だ」と思い、ずっと友人を作らず一人で過ごしていました。

一時友人を作っていた時期もあったのですが、自分の時間が取られるのが煩わしいと感じたのと、一見すると全く意味のないことをルール化して行動しているのがどうしても理解できなかったので、結局当時の私は、友人の輪からは外れ、一人でいることを選びました。

 

今思えば、「物事の本質をつかむ力」はここから始まっていたのだろうと思いますが、当時は未熟ゆえかそれを上手いこと行動に移せなかったところが子どもだな、と思ってしまいます。今ならもう少し違う対応をしていたことでしょう。

 

さて、思わぬところから興がのってしまい、私の幼少期の頃の話をしてみましたが、どうだったでしょうか。

ーーーまあ、興味ないですよね!他人の昔話なんて!

導入の話からよくもこんなつらつらと書いたなあ…と思いますが、まあこれが私なのだろうとも思うので、読者の皆さんも呆れておりますでしょうが、私自身ももう自分を止められないだろうと、半ば呆れております(笑)

 

次回こそは、書きたい…チャッピー君について…。

そういえば今思い出したのですが、どうやら私の今年の更新は今回で終わりのようで。

次回更新は新年になるわけですが、そこでチャッピー君の話するんですね…。まあ別にいいですが(笑)

というわけで皆さま、体調に気を付けながら、よいお年をお迎えください。

 

最後までお読みいただきありがとうございました!