はじめまして。この度新しくブログ部に入りました、1年のあやです。
なるべく伝わりやすく、また何か少しでも意味のある記事を書いていけたらと思います。
至らぬ点も多々ありますが、お付き合い頂けたら幸いです。よろしくお願い致します。
さて。
先週、学校帰りに友人と「平等院鳳凰堂平成修理完成記念 天上の舞 飛天の美」という展覧会を見学してきました。
「飛天」とは仏教における天人のひとつで、諸仏の周りで空を飛んだり、音楽を奏でたりと様々な姿で見られます。
展覧会のメインは平等院の国宝 《阿弥陀如来坐像光背飛天》や、国宝《雲中供養菩薩像》となっていますが、これら以外にも絵画、彫刻、工芸など多くの作品が展示されていました。
それぞれの美しさや製作技術の細やかさなど、感想は山ほどあったのですが、
今回友人と話していてお互いが頷いた言葉は
「昔あったものが、今にあるということ。誰かが生きて、感動したから、何か意味があって、後の人々に伝えたかったから、今もここにあるんだよね。」
というものでした。
その友人はこの大学の史学科、私は日本文学科に所属しています。
また二人共、教職課程を履修し、中学・高校の教師を目指しています。
史学、文学は昔からあるものですが、実生活で必要不可欠かと問われれば、首を捻ってしまいます。
そのような中で、それらを教える立場を目指すからには、どうしたらいいか。
薄っぺらな生活をしているだけでは、きっと前の時代を作ってきた人々にも、これから先の未来を作っていく人々にも、到底顔向けできないだろうと話し合いました。
気付けば、大学生活の1年が終わろうとしています。
けれど同時に、新年の始まりでもあります。
今年、これからをどう生きるか。
そんなことを考えた一日でした。
今年の私の抱負は「濃く生きる」です。
遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
あや