「今でしょ!」の普及具合は凄まじいですね

こんばんは。かつーんです。
先日、最寄りの駅前にある理髪店の店先で、「いつ切るか? 今でしょ!」という看板を見つけました。
また別の日に、帰宅途中の電車の中で小学生達が、ことあるごとに「いつやるか? 今でしょ!」を連呼していました。
我が家では「いつやるか? 今でしょ!」が、今年の流行語大賞にノミネートされるだろうと話しています。
いつまでこのフレーズが流行っているでしょうかね。
あちこちで見聞きするので、「もう十分!」という人もそこそこいる気がします。
さて、皆さんは20日(土)にテレビ朝日で放送された「夏目☆記念日」をご覧になったでしょうか。
20日は 『女子大の日』ということで、この番組で本学が紹介されました。
(番組のバックナンバーはこちらです)
知っていることも多々ありましたが、本学を振り返るのに良い機会になりました。
ご存じでしょうか、割烹着は本学で考案されたものだそうですよ。
当時は着物だったので、実験などをする際に動きにくく邪魔であり、それを解消する為に生まれたそうです。
どうりで、中学・高校の掃除や調理実習の時などに、エプロンではなく割烹着を着用していたのか、ようやく理解出来ました。
(昔聞いたかもしれないのですが、その辺はご容赦下さい m(__;)m)
またゲストの林修氏が、貶す意味ではないのですが成瀬先生を「勘違い野郎」と呼んでいて、「これ、女子大関係者を敵に回す気か?」とツッコみながら見ていました。
(本学卒業生の母も、「昔の泉山館が映ったー!」とか「私も成瀬先生の旧宅を見学したことがあるー!」などと言って、私の隣できゃいきゃい言いながら見ていましたが)
中学・高校を通して、成瀬先生のお墓参り(雑司ヶ谷墓地)に行ったり、女子大にまつわる人物や事柄についてスコールのように聞いたりしました。
(例えば高村光太郎と智恵子、宮沢賢治トシ兄妹、「青鞜」及び平塚らいてうに始まり、最近なら橋田壽賀子、大石静、高野悦子……etc)
その為この類の話は、もうお腹いっぱいと感じる時も多々ありました。(^_^;)
しかし今振り返ってみると、自分自身の知識も少しずつ増えてきた為に、女子大の卒業生に対する見方も変化してきているように思います。
何故なら、昨今「マニュアル人間が増えている」と言われている中で、自分が指示待ち人間にならない為の必要不可欠な要素を、学校が常に発信してくれていたということに改めて気付いたからです。
何気ない日常生活の中で培われた自学自動の理念が未だに息づいているのだなと、見てみて思いました。
女子大にまつわる人物や事柄について聞いている時は、お腹いっぱいに思うことが幾度かあると思います。
しかし振り返った時に、女子大の有難みが少し分かると思うので、今は耐えて頑張って下さい。

WARNING!!(対教職)

こんにちは。かつーんです。
1日に履修の手引きと講義概要と時間割を受け取って以来、毎日毎日計画表とにらめっこをしています。
一端「これで完璧!」と思っても、後から見直すと「え、これで本当に大丈夫……?」となり、なかなか完成しません。
練り直しを繰り返しているせいで、計画表がとても見えにくくなりました……。(^_^;)
(「書き直せば良いのでは?」というツッコミはスルーさせて頂きます)
因みに、シラバスは配布された分厚い冊子かウェブ上で見られますが、私は断然冊子派です。
見やすい上に探しやすいんですよねぇ……。
持ち運ぶには不便で仕様がありませんが。
ただ、家政学部や理学部のものはウェブ上でしか見られないので、気になるものは是非シラバスを確認してほしいと思います。
児童文学とか外国文学とか、結構面白そうなのがゴロゴロありますよ。
残念ながら、私は他の授業とかぶっていることが多くて、他学部のものは殆どとれなさそうです……。
さて、今回は教職について取り上げたいと思います。
昨日、日文の教職ガイダンスを聞いて来ました。
誓約書を配られて、課題レポートが出されたのですが……。
免許取得の条件が本当に厳しいです。
前々から厳しいと聞いていたので、ある程度は覚悟していましたが、それは生温いものだったと痛感しました……。
1年前の自分を殴りに過去に帰りたいです。
それで肝心の条件ですが。
【教育職員免許上取得のための条件(要約)】
①教職に就く強固な意志があること。
②免許上取得に必要な学力があること。
③介護等体験・教育実習に耐えられること。
④体験及び実習の事前事後指導・説明会に全出席すること。
 (遅刻・無断欠席はしない。 など)
⑤体験の受け入れ先や実習校で問題が起きた場合は、速やかに日本文学科と教務資格課に連絡すること。
⑥2年次終了時までの成績について、下記のいずれかにでも該当する場合は辞退すること。
 A:日文の専門科目及び教職課程の「教職に関する科目」について、C・F・Xの総計が4科目以上。
 B:資格科目など卒業要件外科目を含む全体の通算成績平均が2.5未満。
「教職を目指す以上、当たり前でしょう」と思う方もいるかもしれませんが、これ、本当に厳しいです。
僅かな気の緩みが死を招くので、一瞬でも気が抜けなさそうでガクブルしています。
気分は火サスも真っ青の崖っぷちといった感じです。
救済措置が切実に欲しいです……。
(まぁ無いでしょうけどね!)
教職を志望しようかと考えている方は、本当に教職を志望するのか否か、よくよく熟考してほしいと思います。
折角頑張って来たのに辞退する……なんてことになってしまったら、悲しいじゃ済みませんから。
脅しは脅しなんかじゃありませんよ~、本気ですよ~……。
(ひゅ~どろどろ~)

桜は散り、梅はこぼれ、牡丹は落ちる

おはようございます。
しょうこさんから「正統派日文生」の称号を賜った、エセ正統派日文生のかつーんです。
土曜日に、祖父母のお墓参りに行ってきました。
自宅からバスや徒歩で行けるほど近くにあるので、お参りしやすくて有り難いです。
そういえば、彼岸に咲く花と言えば、ヒガンバナ(別称:曼珠沙華、死人花、剃刀花など)が有名ですよね。
ただヒガンバナは秋の花なので、春の彼岸花は無いのかなーと思って調べたら、ちゃんとありました。
キンセンカ(別称:カレンデュラ)が春の彼岸花とされます。

[出典:Wikipedia]
他にも、ヒガンザクラやボタンを春の彼岸花とする意見があるようで、春の彼岸花の定義は曖昧なようです。
秋の彼岸花の印象が強すぎる弊害のような気がしてなりません。
さて、今回は日本の春を代表する花、桜について取り上げたいと思います。
桜は和歌でいう「花」が桜を指しているほど、昔から親しまれてきた有名な花です。
百人一首三十三番「ひさかたの 光のどけき 春の日に しづごころなく 花の散るらむ」(紀友則)などで見られますね。
とは言え、「花」が桜を指すようになったのは平安後期からで、それ以前(奈良時代など)は梅を指していたのですが。
よく聞く話ですが、是非気を付けたいことだと思います。
『源氏物語』にも桜を詠んだ歌があります。
竹河巻の「桜花 匂ひあまたに 散らさじと 蔽ふばかりの 袖はありやは」(女童なれき)がその一つです。
この歌は、桜花を賭けて碁に興ずる玉鬘邸の女君達の唱和歌です。
(唱和歌とは、一つの場を共有した三人以上の人物が次々と歌を詠んでいくものです)
大君と中君姉妹が桜の花を賭けて碁を打っていました。
中君付きの女房大輔君が「池に落ちた花びらも集めたい」と詠み、女童が実際に集め始めたので、大君付きの女童なれきがこの歌を詠みました。
以下、口語訳です。
桜の香りをあちこちに散らさないようになさっても、それをすべて蔽うような大きな袖をお持ちでしょうか。
こちらにも漏れた香が薫ってしまいますよ。

(高野晴代『源氏物語の和歌』(笠間書院 2013年2月20日)より引用)」
この歌は『後撰集』の言葉を借りて反論しており、この後も巧みな切り返しがされます。
その為、「歌の競い合いを生き生きした臨場感のもとに描いていて楽しい」と鑑賞にあります。
『源氏物語』の和歌の素晴らしさを実感すると共に、桜は本当に昔から愛され親しまれて来たのだと感じます。
時に、桜と言えばソメイヨシノがもっとも有名な種です。
ただし、日本では明治の中頃に多く植えられた種なので、この歌の桜はソメイヨシノではありません。
恐らくヤマザクラなのではないかと思われます。
(和歌にも数多く詠まれている種だということで判断している為、真偽の保証は致しかねます)
ヤマザクラはソメイヨシノよりも赤色が強いので、玉鬘邸の中央の壺庭には綺麗な淡紅色の花びらが舞い散っていたことでしょう。
夕方になって桜が散り始めたとあることから、夕焼け色に少し溶けて花びらは集めにくかったかもしれませんが。

婉曲的表現の一覧を見てみたいものです

こんばんは。かつーんです。
昨日、中学の時に同じクラスだった友達2人に会いました。
以前から近況報告会をしようと話していたのですが、2人とも私とは違う大学に行っている為になかなか予定が合わず、約1年ぶりということになりました。
楽しそうな大学生活を送っているようで、久しぶりに話すことが出来てとても嬉しかったです。
また近いうちに会う機会があればと思います。
さて、今回はとある中国語の表現と、その日本語訳について取り上げたいと思います。
「ウォーアイニー」というフレーズを聞いたことがある人は、最近では随分増えたのではないでしょうか。
中国語で書くと「我 愛 你(イ尓)」、意味は「I love you.」、つまり「私はあなたを愛しています」です。
今でこそよく聞くフレーズですが、昔の中国ではこういった表現をしなかったそうです。
昔、中国では愛情を表現するのに婉曲的表現を用いていた為、直接的表現である「ウォーアイニー」を使うことは無かったとか。
「ウォーアイニー」という表現を使い始めたのは、アメリカやヨーロッパの文化が中国に導入されて以降らしいですね。
(正確な年代が表記出来なかったり、断言出来ずに語尾が伝聞形式だったりするのは、前述したことについて記載された文献や資料が間に合わなかったからです。
 ずさんで申し訳ありませんm(_ _)m[:汗:])
話は変わって、「I love you.」を夏目漱石が「月が綺麗ですね」と訳した話は有名ですよね。
夏目漱石が英語教師をしていた時、生徒が「I love you.」を「我汝を愛す」と訳したのを聞いて、「日本人はそう言わないので、『月が綺麗ですね』とでもしておきなさい」と言ったという逸話が由来です。
(ただ出典などがはっきりしておらず、後世の創作という可能性もあるので、信憑性は薄いと思われます)
似た訳に、二葉亭四迷がツルゲーネフの「片恋」を和訳する時に、「死んでもいいわ」と訳した話もありますね。
こちらは実際には「I love you.」ではないそうなので、少々違う気もしますが。
日本語は婉曲的表現が多いのはかなり有名です。
しかし昔の中国もそうだったということは、アジア(と言っても中国や日本周辺)はヨーロッパと比べて婉曲的表現を好む文化だったのではないかと考えられます。
やっぱり近隣国の文化は似る傾向があるのかもしれませんね。
そういえば、先日「あなただけの“I love you”を翻訳する」という診断メーカーを見つけました。
私の結果は「好きにすれば?」で、「なんて投げやりなんだ……」と残念な気分になったのですが、宜しければ皆さんもやってみたら如何でしょうか?

文章力の向上は難しい……

こんばんは。かつーんです。
バイトの研修が終わり、最近ようやく本格的に仕事を任せてもらえるようになりました。
そのお陰でバイトを終えるともうヘロヘロで、夜ご飯を食べたら何もせず寝てしまうことが増えました。[:汗:]
今はまだ春休みなので睡眠時間が確保しやすいですが、授業が始まったら大丈夫だろうか……と少し心配です。
早く自分のペースを確立したいものです。
さて、今回は先日見つけた興味深い記事について取り上げたいと思います。
2月13日(水)の朝日新聞の「まなあさ」というコラムに、「天声人語書き写しノート」の「脳トレ版」について書かれた記事がありました。
「天声人語」を1分間で可能な限り記憶し、それを書き出す作業が脳トレになるそうです。
学生にも好評らしく、正しく書けた文字数を競い合うこともしたのだとか。
筆者が取材した学生は、「ゲーム感覚でやっている中で、句読点の打ち方なども参考になって文章力が上がったのを実感した」ということを述べています。
そもそも「天使人語書き写しノート」が登場して、中学生が毎日書き写しているとか、年配の方が痴呆防止のために役立っているという話を聞きます。
また、このノートの謳い文句に「受験対策や文章力アップ、大人の学び直しに!」などというようなものを見ます。
でも、私はそれを見たり、今回の記事を読んだりして、「『天声人語』を写しただけで本当に文章力が上がるのか?」と思いました。
なぜなら、常日頃自分の表現力の拙さを実感しており、どのようにしたら効果的に文章力が上がるのか、模索する日々を過ごしているので……。
そこで、疑問その1。
取材を受けた学生は「無駄がなく整った文章は、句読点の打ち方なども参考になる」と述べています。
新聞の文章に無駄がないという点は同意するものの、句読点の打ち方には参考にし難い時があります。
例えば、よく「おなかがすいた、と私は思った。」というような書き方を見ますが、「おなかがすいた」と私は思った。と書く方が良いのではないのか。
この読点の付け方は中途半端で違和感を覚えますが、最近では新聞や本、雑誌、ラノベなどで頻繁に見られる表現です。
この書き方に疑問を持つのは私だけで、世間では定着している書き方なのでしょう。
ちなみに、作文指導の仕事をしている母はこういったことが気になるので、私が有川浩の『図書館戦争』を勧めたものの、最初の一文がこの書き方をしているのを見て、すぐに読むのを止めてしまいました。(^_^;)
私も母の仕事の影響もあって、句読点の付け方を始めとする作文の書き方が気になる人間です。
(母ほどではありませんが……母は「~たり、~たり」という重複表現で書くべきところを1回しか使っていない文を見ても蕁麻疹が出そうと申しております)
疑問その2。
写すだけでは簡単に文章力は上がらないのではないか。
確かに「天声人語」を書き写すことで、自分が普段使わない語彙や言い回しを知って覚えるといった、言葉の幅を広げる効果はあるのでしょう。
しかし言葉の幅を広げられたとして、自分の考えや意見を文章にすることが出来るようになるかと言えば、そんなに簡単ではないように思います。
(自分の考えや意見を文章にすることは、文章力と言うよりも表現力と言った方が正しいでしょうが)
語彙が豊富であっても、いざ文章にしてみた時に言葉を綺麗に連ねただけということにならないようにしたいものです。
自分の考えや意見を文章にするには、また違う訓練をする必要があるのではないかと私は考えます。
「天声人語書き写しノート」を使って、文章力が上がったという意見もあれば、全く効果がなかったという意見もあります。
何にせよ、自分にあったやり方で力が付けば、言うことないですよね。

子供の言い間違いとアンパンマンのマーチ

こんばんは。かつーんです。
ここ数日は割と暖かいので、過ごしやすくて有り難いですね。
受験生の皆様も体調管理がしやすいのではないでしょうか。
もう本番を終えた方もいるでしょうが、これからの方も頑張って下さいね。
さて、今日は最近読んだ本、鴻巣友季子の『孕むことば』(中央公論新社 2012年5月25日)の中で、特に印象深かった話を2つ取り上げたいと思います。
1つ目は、子供の言い間違いについて。
子供に共通した言い間違いは色々ありますが、よく聞くものに、ひとつの語の中で音韻または音または音節が入れ替わったり、別のものが入ってきたりするパターンがあります。
具体例を挙げると、「鉄筋コンクリート」が「テッコンキンクリート」、「じゃがいも」が「がじゃいも」、「エレベーター」が「エベレーター」になってしまうというあれです。
他にも「たまご」が「たがも」、「テレビ」が「テベリ」、「ヘリコプター」が「ヘリポクター」になってしまうというのもあります。
前者は音節が、後者は音韻が入れ替わっています。
これらは英語の言語学で「マラプロピズム」、もっと細かく「スプーナリズム」に分類されるものだとか。
両親や叔母夫婦の話によると、私の弟も「エベレーター」とか「ヘリポクター」とかの言い間違いをしていました。
具体例に挙げたものは全国的に聞く言い間違いで、筆者の娘さんやご本人もそういった間違いをしたと述べています。
私も言い間違いをしていたそうですが、どうも全国的言い間違いとは異なっていた模様。
「おみず」を「おずみ」、「おリボン」を「おぼり」、「くつした」を「ちくした」などと言っていたと、叔母からよく聞かされました。
ネットで子供の面白い言い間違いを調べてみても、私のようなものは見つかりませんでした。
(まぁ、ざっと見ただけなので、もしかしたら見落としていただけかもしれませんが)
よく聞く言い間違いをしなかったなんて、随分捻くれた子供だったのかもしれませんね。うーむ。
2つ目は、ご存知の方も多いであろう、アンパンマンのマーチについて。
「愛と 勇気だけが ともだちさ」というフレーズから、「なんて寂しいヤツなんだ」と笑った方も少なくないのではないでしょうか。
(私も笑った一人です)
筆者はこのアニメの主題歌、つまりアンパンマンのマーチを初めて聞いた時、「内容が高尚なことにびっくりした」と述べています。
以下、歌詞の引用です。
『なにが君の しあわせ なにをして よろこぶ
わからないまま おわる そんなのは いやだ!
忘れないで 夢を こぼさないで 涙
だから 君は とぶんだ どこまでも
(中略)
ああ アンパンマン やさしい 君は
いけ! みんなの夢 まもるため』
アンパンマンの歌は、まず「何をしたい?」と訊いてくれる。
それに幸せといっても、やみくもに「しあわせになろう」というのではなく、おのおの自分にとっての幸福は何であるか見きわめよ、そこがまずスタート地点だと言っている。
さらに、それが見つからずに終わるほどの不幸はない、と言っているようにも聞こえる。
好きなことさえ見つかれば、きっとアンパンマンがその夢を守ってくれるのだろう。
好きであることが大事。
自分にあった仕事にしよう。
優劣を競うな。
ナンバーワンよりオンリーワンを目指せ。
(本文引用)」
筆者はアンパンマンのマーチについて、以上のように述べています。
私は今までにそういった解釈をしたことがなかったので、「こういう解釈が出来るのか」と目から鱗でした。
筆者のように考えると、「愛と 勇気だけが ともだちさ」のフレーズも、何だか意味深長な気がします。
たかがアニメの主題歌、されどアニメの主題歌ということでしょうか。
アンパンマン、侮り難し。
因みに、この歌詞は2番です。
放送開始以来2番の歌詞が採用されているそうで、1番の存在感が薄い気もしますが、1番も2番に劣らず良い歌詞だと私は思います。

早いですが、この1年を通して学んだこと

こんにちは。
お初にお目にかかります。かつーんです。
まずは自己紹介をしようと思います。
生まれと育ちは東京で、中高は附属に通っていました。
中古自主ゼミに所属、塾講師(研修中)のアルバイトをしています。
より詳しい生態は、プロフィールを参照して下さい。
これからどうぞ宜しくお願いします。<(_ _)>
それでは、この1年で学んだことをつらつら述べていきたいと思います。
この1年で資料の探し方(図書館の使い方)やレジュメの書き方、先行研究の選び方など、沢山のことを学びました。
中でも特に大きかったのは、課題との向き合い方です。
私は選択必修で日本文学史Ⅰ(上代)を取りましたが、前期の早々に夏休みの課題が発表されました。
最低2冊読まなければならなかったので、聞いた当初は5・6冊ほど読もうかなと考えていました。
テストが終了した7月末から取り掛かり始めて、のんびり読んでいたら9月の提出期限ギリギリまでかかりました。[:汗:]
5・6冊も読む余裕なんて全然ありませんでした……。(-_-;)
他の授業で出た課題もあったので、それと並行してやっていた為かもしれません。
のんびり読んでいたとは言え、2冊の内1冊が咀嚼するのに随分時間がかかるものだったからかもしれません。
ですが、短期集中で一気にやった方が良いのか、時間がかかることを見越して早めに取りかかるべきかなのか、課題に取り組む姿勢を見つめ直す良い機会になりました。
これから沢山課題が出てくると思うので、その都度的確に見極めて取り組みたいと思います。