短短短🎈

お久しぶりです、まなみです。
話したいこと色々ある!その話します!

ひとつ目!ゼミの発表やったよ!
前回のレジュメを見た時に、自分が知りたかったことからズレてるじゃん~になったので
今回は気をつけようと思ってたんですけどあ〜〜指摘されてあ〜〜〜〜
進めるうちにどんどん気になることが増えて脱線していってしまう…
今回発表ギリギリまでレジュメ作りしてたんですが、途中から全然関係ない論文ばっか印刷しててあれえ!になりました。
今後使えるものなので良いんですけど、あれもこれも!しすぎると良くないな〜という反省🌝
あとマスクして発表すると酸欠でやばいという発見🔍
発表終わったから終わり〜ではなく、常々進めることが大切だ!ってのを忘れずに頑張りたいです🌝

ふたつ目!たのしい!
今年から校舎が西生田と合体しました!
高校時代の友だちはみーんな西生田キャンパスでした!
なんで知り合いいないんだよ🤬とブスくれて過ごしていたのでうれし〜になってます🌞
一緒にご飯食べたり、アクリル板分厚過ぎて声聞こえなくて無視されたり、一緒に教室移動したり、一緒に踊ってくれなかったり、1秒だけ会ったり、一緒に帰ったり!楽しい!うれしい!
対面やだ〜にならないでいられるのはこれのおかげ!うれしいな!女子高生みたいだ!

みっつ目!ライブが消えたよ!
ライブが消えたよ!何何何何何事??????うわ〜〜〜〜
4年生だから卒論も🐱活もやんなきゃダメなのはちゃんと分かっているんですけど
大変なことばっかり時間が進んでたのしいものぜーーーーーーんぶ消えちゃうな!
そんなぼやきでした〜つって〜〜〜
ほんとはお花とか見に行きたいしピクニックしたいし動物園でぬいぐるみ買いたいし大学生特権で平日の昼にででに行ったりしたいのに!なんて〜〜〜〜終わりで〜す!

陰鬱!最近食べた美味しいものの話します🙃美味しいものの話でどうにかなると思っている!
ローソンの冷凍ぶどうがめちゃくちゃおいしいです…泣いちゃった〜美味しすぎて
初対面の時はガツガツ‼️してたのにもう大切すぎて
冷凍庫のドア開けて優しく撫でることしかしてないです😟
腐る前に食べなきゃね😘
お砂糖入ってないのに甘くてやったー!になります。
種がないのも最高だし皮剥かなくていいのも最高。機能面でバナナに勝ってる。
近所にローソンある方は是非の是非に!

あとは〜水ゼリー!がおいしい!駅にある自販機でしか見かけないやつです。
水ゼリーって名前に信用がなくてフン…と思ってたんですけど、ラムネ味!おいしい!
個人的ハッピーポイントとしては、スースーする食べ物が好きなので(ミンティアとかチョコミントとか)
スースーラムネ味なのがもう!最高!
風呂で飲み物飲むの下品なのかな!下品だったら忘れて欲しいんですけど、風呂で水ゼリー飲むと…🤭

あ!おいしいものの話といえば!ブログ部のTwitterさん(Twitterさん?)が生協のオススメグルメ紹介をしていたと思うんですけど、ヤンヤンつけボーと飲むヨーグルト、私が選出しました😏
丁寧な紹介と画像でまとめてもらって有難い🎀&オススメなので是非🧃

今回は話すことある!って自信あったんですが、友だちに話しても無視されるくらいしょーもない話題でしたね😶
おいしいもの紹介で誤魔化されてますように!笑
それでは〜🐉

おまけのしょーもない話なんですけど
最近白色だと思って買った靴下、死ぬほどラメが入ってたみたいで日の下で見たら玉虫色に光ってました!
恥ずかしい!カナブンになりたい時に履きます🧦

ますく

みなさん、こんにちは。ここです。

もうすぐ五月ですね。四月もあっという間でした。気が付いたら終わってる…四月の思い出と言えば就職活動くらいなもので、悲しい限りです。

最近、スマホの画像フォルダを整理しました。
この一年はほとんど写真がなかったのですが、もう少し遡るとマスクをしていない写真が出てきました。

その時「そうか、この時はまだマスクをしなくてもいい時期か!」と思ってしまいました。

慣れというものはすごいものだなあと。マスクをしていないことに違和感を抱く時が来るとは思いもしませんでした。私はもともとマスクがとても嫌いで、最初の頃は本当に苦痛でした。それが今はマスクをつけていないことに違和感を覚えますし、外に出るときに口元が覆われていないと落ち着きません。
なんなら、ちょっとマスクを外した顔を見られるのが恥ずかしいとさえ感じます。ここまで書いていて、まるで平安貴族の女性みたいだなあと思いました。当時の女性もこんな気持ちだったのでしょうか。

流行り病が終息して、元の生活が戻った時、世間の人々はマスクを外すのでしょうか。なんだか、備えあれば患いなし的な思想でそのまま外出時はつけるのが当然という風潮になるような気もします。

こうやって生活とか世界は変わっていくのかもしれませんね。そのうち、「元の生活」ってどんなだっけ、と思うようになりそう。ちょっと怖いですね。


それでは、また。

つながりを大切に。

皆さん、こんばんは!ずきです。

本日4月27日は、「つなぐ日」。愛知県の相続専門税理士の方が、「幸せ(4)をつな(27)ぐ」「資産(4)をつな(27)ぐ」という語呂合わせにちなんで制定したのだそうで、日本記念日協会に記念日として登録されています。

・・・

最近、お手紙を書きました。

誰かにお手紙を書く、というのは正直照れくさいです。ただ、時間をかけて考え、丁寧に書いた文章は、書き手の気持ちがより込められると感じます。スマホやパソコンから、メッセージを簡単に送れてしまう時代。そんな中でも、「お手紙」というアナログなものも大事にしたいと感じる今日この頃です。

私がお手紙を書いた相手は、小学校から高校までお世話になっていた、書道教室の先生。大学受験を機に書道教室をやめた後も、交流を続けていました。先生にお手紙を書いたのは、無事に引っ越しを終えたこと、大学生活が始まったことをお伝えしたかったから。

とある美術展で買ったポストカードに、メッセージを。………あっ、少し字が汚くなってしまった。先生に朱で直されそう………「よし、このボールペンは暫く使わないぞ…。」この人、ボールペンのせいにしました…!そういうの、良くないですよ…!!!

ちょっとしたアクシデント(?)に見舞われながらも、無事に書き終わりました。郵便局で見つけた、素敵な和楽器のイラストが描かれた切手を貼り、想いを託して……………

投函。

・・・

携帯電話の着信音が鳴りました。

電話は、手紙とはまた違った良さがあります。着信履歴は残りますが、録音でもしない限りは、話をした音声は手元に残りません。ただ、文章とは違い、その人の”生の声”を聴くことが出来る。「知っている人の声を聴くと安心する。」一人暮らしを始めてから、「声」の持つ力を、より強く感じるようになりました。

電話の相手は、私の祖父。祖父とは、昨年の3月から一度も会えていません。東京に来て、少しは行きやすい距離にはなったけれど、なかなか県をまたいでの移動は難しい状況…。行きやすい距離には住んでいるのに、会えないなんて…………………。

電話の時間はいつも20分くらい。祖父は、電話の度に「ご飯食べてる?」「しっかり寝てる?」と色々心配してくれます。心配してくれる人の存在は、本当にありがたいです。電話をすることで、私も祖父もお互いの声を聴いて安心できる。電話も良いものだと思います。

『ありがとう!また電話するね。』

・・・

そして、昨日… 先生から先日のお手紙の返信が届きました。

薄ピンクの可愛らしい封筒の中に入った便箋。綺麗で整った字。先生の字を見ると書道教室に通っていた頃を思い出します。それに、不思議と心が落ち着くんです。お手紙は、こんな言葉で締め括られていました。

『またお便り楽しみにしています。』

・・・

どんな形であれ、人とのつながりは大切にしたい。最近の出来事で、改めてそう感じたのでした。

それでは、また!

Let’s 掻き籠り

こんばんは!ゆうなです〜

昨日から4都府県に緊急事態宣言が発令されましたね泣 今回の宣言では、街の光が20時以降は消されるのだとか。夜景好きからすると、やっぱりそれは寂しいなぁ…。こんなことをしなくても安心して暮らせる世の中が、一刻も早く取り戻されますように、と全員が願っていますよね。コロナ禍になってから、誰もが何かしらのことを我慢したり辛い思いをしたり、皆さん本当にお疲れ様です。

そうは言っても、ここでネガティブさを発揮している訳にもいかないので、「私の学んでいる古典文学の世界の夜はこれ以上暗かったのね!」な〜んて想像しながら過ごすことにします。宣言発令後は一度も家から出てないので、バリバリ電球の下で生活しているんですけどね(笑)

ここまで読んでいて、「おっと、今回のゆうなさん、意外とポジティブ?」と思われた方、いらっしゃいますか😏

そうなのです、今回は気分が沈んでいない!

その理由は、日本文学科の学生らしい(?)あるものにハマっているからなのです。

私たちは、嬉しいことがあっても、辛いことがあっても、家族や友人に話をして、自分の感情を共有しようとしますよね。直接の会話ももちろんそうですが、ツイートやインスタのストーリー機能を、自分の感情を共有するツールとして使う人も少なくないと思います。

ちなみに、私はブログのエピソードにも登場したことのある友人に、全てを話して感情を共有させていただいております。(友人へ いつも本当にありがとね! 私より)

しかし、不要不急の外出を自粛している今では、電話やLINEといったツールがあるとは言っても、ただはしゃいでみたり、時には泣いてしまったり…といったように、

誰かに対して自分の感情を素直に表現する手段が減っていることは否めないかな、と感じています。

その中で、私は、ついに自分の感情に寄り添ってくれるものを見つけました!!

それは「和歌」です!!はいっ、拍手!!!!!

このブログで日文生の本領を初めて発揮したような気がする…嬉しい(ニヤリッ

例えば、やることがたくさんあってタスクに追われる日々のなか、

「もう忙しいし、社会と隔絶されたところに行きたい…引きこもりたい…辛い…😭」と、

ネガの最果てまでいったとき…

私はとある歌に出逢いました。

今さらに とふべき人も 思ほえず

八重葎して 門させりてへ

この心の底から引きこもっていたい感じ…!たまらん…!

この歌を見つけたときの私には、共感しかありませんでした。特に歌の後半部分に。そして、理解者を見つけた気分になり、とても嬉しかったのです!さっきまで、あれほどまでに心を閉ざしていたではないか自分…。その気持ちを「鎖せり」と和歌に代弁してもらえたことで、心がスッと軽くなったような気がしました。

これはあれですね、失恋したときに失恋ソングを涙しながら聴くと言われるあの現象と同じですね!(笑)今まで、「なぜ辛いときに辛い曲を聴く…?」と思っていましたが、共感の力は本当にすごい👏落ちるときはとことん落ちてみるのも、案外手なのかもしれません!

これ以外にも、「朝布団から出たくない〜やだ寒い〜」といった、クスリと笑えてきてしまう、それでも、現代を生きる私たちにとって、切実な「布団と永遠の恋人でありたい」問題に寄り添ってくれる和歌、なんていうのもあったり(笑)

気になる方は、ぜひ探してみてください😁

こんな風に、今の自分に合った和歌を探しては読み読みする生活、楽しい。

私は案外、引きこもり生活を謳歌する方向に転換できているのかもしれません。こんなときだからこそ、趣味に没頭してしまえ〜!!!

ちなみにこのブログは日中に書いていますが、現在の私の格好、上スウェット下ジャージ、メガネをかけて髪は後ろで一つに束ねる、前髪をピンで留めておでこは全開!!

これぞまさに、「お家dayの正装」です。

それではまた!

やる気の話

こんばんは、まなです。みなさまいかがお過ごしでしょうか。ちなみに私はというと、晩御飯に焼肉をたくさん食べたので絶好調です。お腹がすいてると何も上手くいきませんからね。これから生クリームとバターを塗りたくったパンケーキも食べる予定です。夜に御覧になられる方のために写真を載せるのは控えておきますね。なんせ飯テロになりますからね!にっこり。

パンケーキは最近冷凍のものをスーパーで買ってきてストックしておりまして、生クリームもトッピングが必要とのことでついでに買ってしまっています。絞り袋があらかじめついているので、箱から出したらそのまま絞り出せるのですが、パンケーキの上に適当にトッピングしていると、姉から「もう少し綺麗にやれないのか」と叱られ、挙句の果てに馬鹿にされる事態に。「いやいや、どうせすぐ口に入れるんだし…」と思いつつも、馬鹿にされてムカついてしまったので、以降、家族の前ではちゃんとケーキの上に乗っているようなクリームを絞り出しています。

行動に目的が伴うと、案外人はやる気が出てきて、何事もしっかりとやれてしまうもので、つい先日、「作業スペースを確保したい!」と急に思い至り、今まで課題やら何やらで混沌としたまましばらく放置していた自分の机を、40分で片付ける始末。極力エネルギーを消費したくない私としましては、パンケーキのトッピング然り、机の整理然り、目的が無いとやる気のエネルギーもわかず、行動のしようもない人間というだけな気がしますが。まあ気のせいでしょう。

それでは、また。おやすみなさい。

地元フレンズ

こんにちは、とみーです。
暖かくなったり、涼しくなったりな気温にすっかりやられて毎日ダルダルで過ごしております。寝ても寝ても眠いし頭は痛い。散々ですね…。朝~昼の気温差が激しいときはクシャミや鼻水が止まらないので、寒暖差アレルギーなのかも、とこの頃は思い始めました。皆さんも、この不安定な季節に風邪を引かないように、お気を付けください。

さて。本日24日、私は中学時代の同級生の誕生日を祝うべく、その子(A)の家へと行ってきました。本当は26日が誕生日ですが、既に就職しているAに合わせて土曜日に開催。私とAともう一人(B)という三人だけの小さな集まりですが、電車にも乗らず、テキトーなものを持ち寄って、くだらないことで盛り上がって…。とても楽しかったです。

関係性的には、私とAが大親友、そしてBもお互いにとって大好きな友達…なのですが、実は約五年ぶりの邂逅でした。引っ越しもしておらず、全員それなりに近所なのになぜこうも会わなかったのか。
それは、私とAがこの上ないくらい出不精のインドア派だからです。そして今回の発案者もB。
Bは明るく元気で、周りを巻き込みつつも、決して不快にさせることはないという、びっくりするほどの良い子です。私とAは、LINEでも既読無視状態のまま永久に放置するめんどくさがりで、それを分かり合っているから、互いに大好きだと思いつつも、全く会わない・連絡しない。究極の放置型ですね。
でも今回、成人式で久々に連絡をくれたBが、三人で会うきっかけをくれたのです。Bが「やろー!!やりたいやりたい~!」と言わなければ、決して会うことはなかったでしょう。

発案も企画もだるい。なんなら、家を出るまで「ぐうたらしたいなぁ」という思考でしたが、やっぱり会うと楽しいし、そこでしか味わうことのできない、特別な空間があるものです。
その誕生会では、Bがやりたいと言った「たこパ」「無印良品のバームクーヘンに飾り付けをする」の二つを行いました。「21」というローソクも立てました。バースデーソングはyoutubeの動画をプロジェクターで壁に映しながらやったのですが、その結果、壁の主張が激しくて笑いました。Bちゃん万歳。
私が「陽キャになった気分だ」と言うと、Bは「基準が分からん」と爆笑しました。Bが理解できないのは彼女こそが陽キャだからです。陰の波動とは縁も無さそうな、太陽みたいな子ですもの。

そんなこんなで我々は、たこ焼き28個とクソデカバームクーヘンを腹に入れて帰宅。Aは、夕飯にも余ったバームクーヘンを食べることになり、「腹いっぱいなんだが」とLINEで文句を飛ばしてきました。喜んでもらえてなによりですね!

こんなご時世なので、なかなか集まることは許されない状況ですが、田舎民三人の集いは楽しかったです。そのうち、東京フレンズや都会フレンズとも、気負うことなく遊びたい。いい加減マスク外したい。
それでは、今日はこの辺で。またお会いしましょう。


止まった時間が動き出すまで

こんばんは。みずほです。
授業も始まって、いよいよ大学生ライフしている感覚が戻ってきました。
とはいえ、まだ一回しかキャンパスでの授業は受けていないです。
もう4年次なので対面はゼミくらいしかないんですね。
違うゼミの子とは全然会えないし、他学科の友達はなおの事。
同じ曜日の子としか会えず寂しいですが、会えるだけ幸せだとこの一年で学んだのでね。

この前は他学科の子とたまたま会うことができました。実に2年ぶり。彼女も同じ曜日にキャンパスにいることがわかったので毎回会えそうですほくほく。
また別の日にも高校時代のクラスメイト2人と会うことができました。
思い出がぶわーっと甦ったと同時に、もう戻らない日々にセンチメンタルになりました。
まあ思い出したのはひたすらにぎやかだったクラスの様子なんですがね。

高校時代は1年次と2・3年次が同じクラス分け制度でした。
私のいたクラスはどちらも学年一騒がしいと有名だった気がします。
今でも同級生に言えば「あ~〇組ね、、」ってなるレベルには。先生たちからも目をつけられていたような(;^ω^)
でも私はどちらのクラスも大好きです。とっても楽しかったし、なんだかんだ仲良かったし。
成人式は地元の方で参加したので会えませんでしたが、LINEのアルバムを見る限り華やかだったようです。
みんなきれいになってて、より会いたい気持ちが大きくなりました。

あの頃は早く大学生になりたい!と思っていたけれど、いまは戻りたくてしょうがない。
記憶は戻ってきても青春は戻ってこないですね。

もし読者さまの中に中高生さんいらっしゃいましたら、存分にスクールライフを楽しんでください!!
こんなこといろんな人に言われていると思いますが、いろんな人が言うくらい万人が思っていることなんです。
「いまを大事に」は誰にでも当てはまることですが、「学生」でいられるのは学生の間だけですからね。
と、まあ偉そうに語ったところで今日は終わりにします。

おやすみなさい。良い夢を。

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とても、手の美しい人だと思った。

その人の周りでは、時間すらゆったりと流れる。

初めて彼女を見かけたのは平日の電車内。
右手で吊革につかまり、左手で文庫本をめくっていた。
その美しい手でどんな物語を知っていくのだろう。
彼女は多くの物語を抱えて生きているのだ。私の手には何もないのに。

次に見かけたのは立ち寄った喫茶店。
彼女はホットティーと四角いチョコレートケーキを頼んでいた。
ホットティーにはまだ湯気が残っている。
レモンの輪切りをそっと掬い、角砂糖を2つ。彼女は甘党のようだ。
スプーンでくるくると水面をかき混ぜれば、湯気はくゆりと消えた。
上品な仕草でカップが口元へ運ばれる。
私の目はその数秒をなぞった。再び生まれた湯気が彼女を隠してしまうまで。

今度はいつ出会えるだろうか。
もう二度と会えないかもしれない。
現実で会えないのなら、或いは。

目を閉じればそこに彼女がいる。
相変わらずゆったりとした時間の中で、彼女の美しい手が風を起こしている。
彼女に近づく私の時間も緩やかに減速していく。

彼女の視線が私の形に重なる。その瞬間、私の時間は止まるのだ。

久しぶりの…!

 みなさん、こんばんは。さやかです。

 前期授業が始まってもう二週間ですね!四年生である私はほとんど単位を取り終わっていて、今はほんの数コマしか履修していないのですが、早く春休み呆けしている体内時計を戻していかないとなぁと感じます…

 授業といえば、先週卒論ゼミを対面で受講しました!昨年春にゼミに配属され、一年越しでようやくゼミの同期とオフラインで会うことができました…感動…

 初回である先週から私の所属するゼミでは発表があり、私は発表にあたっていたので、その日は少し早めに登校。レジュメ印刷のため、すぐさま日本文学科中央研究室・コピー室へ。到着すると、同じく発表にあたっている同期が既にレジュメを印刷していて、悲願の対面に歓喜しました!そして、いざレジュメを印刷しようとすると、久しぶりすぎてリソグラフの使い方がわからず。壁に貼ってある案内を凝視しながらなんとこさ印刷。そのまま同期とお昼ご飯を食べることにしました。

 授業で使う教室に向かうと、なんとそこは新・百二十年館…!緊張&ワクワクしながら、新しい建物に向かい、教室を探すことに。たどり着いた目当ての教室は一階の角。なんと壁がスケルトン…!カーテンがあるとはいえ外から丸見えで、なんだかちょっと恥ずかしい。それでも教室はピカピカで、黒板ではなくホワイトボードでびっくり!そんな教室で100分ゼミを行いました。

 昨年一年間オンライン授業を受けてみて、「案外オンラインでも授業できるんだなぁ便利」などと思っていましたが、やはり対面で受けると楽しいのなんの!授業の前後で同期と雑談ができたり、質疑応答をしたりと、同じ場所にいることってすごく大きなことなんだなと改めて感じたオフライン授業でした。

 世間ではまた緊急事態宣言が発令されてしまいましまが、こういう数少ない機会がなくならないことをお祈りしています…!

 それでは、今日はこのへんで。さやかでした!

私事

ご無沙汰しております、みちるです。

初めて生協さんで買い物をしたんです。

「何を買われたんですか」

教科書、そしてソルティライチ。
おもしろおいしいね。

―説明しよう!
みちるはソルティライチがこの世で最もおいしい飲み物だと本気で考えており、生協のお姉さまお兄さま方に「世界一おいしい飲み物買いまぁす」と言いながらお金を払っているぞ!出禁にしないでほしい。

さて。
教科書を購入したところ、みちるは“運命的”(※必要とあらば前回の記事を参照されたし)な出逢いを果たしました。
それは私の乾いた心を潤すオアシス。月並みな表現ですがもう一度。オアシス!教科書売り場のレジにて発見したオアs「生協さんのお姉さんというわけですか」

まさしく!このような“おしまいの”生き物に対しても優しく接して下さり、空いているときに買いに行ったので雑談にも乗って下さり…輝く笑顔はさながら砂漠の薔薇。

「オアシスじゃあなかったんですか」

いいじゃないか、比喩表現として成立してんだから。

兎にも角にも好きなんだ。またお顔を見たくて生協へ足を運んでしまうんだ。使う予定のないノートとペンを何度も何度も買ってしまうんだよ!!

そう、とにかく人を好きになる。
それは私の本性がそうさせるのだから仕方ない、人類に遍く愛を伝えて回るしかないのです。

あなたのことも、それはそれは大好きです。
―と、こういったことばかり口にしていたら先日知人と揉めましたので、皆さま気をつけて参りましょう。コレ、みちるちゃんとの約束ね。

(間奏)

嗚呼、笑い。笑いが余りに少ない。

「いつも笑っているじゃないですか。大きな声で笑っているじゃないですか。」

そうですよ。しかし、そうではない。
ふふふと笑う。

笑ってみてよ。

よく笑う、楽しそう、飽きるほど言われてきた。
―勿論、あなたから受ける言葉に飽きることなどありませんよ。ほら、全部ジョークですから。

しかし重ねて思惟する毎、それらは殆ど笑いではなく“骸”であると悟らされる。
ははっ、ははは、はっはっはと笑うとき、笑いの骸が表出せられる。笑いの亡骸を見せびらかしております。

笑いは私の身体から外へと飛び出す瞬間ないし直後、自己欺瞞へと変貌する。
きっと、ここでないどこかにあるんだ。浮ついた生を包み込む様な生きた笑いが。


笑いは空気に触れると、乾くと死んじゃうんだってさ。意識に触れると。
さすれば、さながら笑いは精子であり、私は精液を作り出すことがかなわない身体なのだ―それは私が女性身体を有することと無関係であることは、賢明なあなたならお分かり頂けると思いますが。
意識せらる限りにおける笑いの不能者。

「お笑い!」

左様?それならばまだ喜劇足り得ましょう。ね。

私の笑いをそのままに受容する。あなたがそのような「あなた」であるならば、私の生も変われるかもしれません。
鼠色のカンバスへ色を落とすように、精神に口づけていただけませんか。

またしても少々厄介な話をしてしまいました。
本日はこのあたりで店仕舞いとさせて頂きます。

またお手紙書きますね。大好きです。              みちる

これからも彼女の歌とともに


御機嫌如何ですか
私は あいかわらずです
御機嫌如何ですか
私を 覚えていますか
氷の女発の 手紙をしたためます
涙で濡らした切手を最後に貼ります

中島みゆき「御機嫌如何」(作詞・作曲 中島みゆき)より

時間は不可逆的なものです。否定したい、記憶から消し去りたい自分がいても。
私がその場で立ち尽くしている間に、時の風に乗って軽やかに進む人々。
私が私と戦っている間に、自分の居場所を見つけて行く人々。
一歩遅れた先に見える、「不確か」なのにどこか「普通」じみた未来。
私は、このまま何も成さずに「日常」に追われて、いつか時間は取り戻せないものだとはっと気が付くのだろうか。
取り返しのつかない悲しみがあったのなら、せめてもささやかな幸せを超えて、自分が固有の存在として生きているという証をください。
この時間が無駄にならないと、自分の言葉で表現できる日はそう遠くないと信じて。



今日、私はとても疲れています。というのも、明け方まで書道の課題をやっていたためです。
徐々に空が瑠璃色に変わってゆく様子を見て、寝なくてはいけないという焦りと美しいものを見たという恍惚な思いが入り交りながら、音楽を聞いて眠りにつきました。
眠る数分前に聞く音楽って特別です。何者にも邪魔されない自分だけの世界に浸れる時間。
今日の明け方は、なぜだかみゆきさんの「御機嫌如何」が聞きたくなり、シングル版、アルバム「中島みゆき」版、2007年のコンサートツアー「歌旅」版とそれぞれ聞き比べました。シングルとアルバムは、ミックスが違うだけなのですが、それでも少し印象が違って。椎名和夫さんの編曲は、シンプルというより(素人目でも)かなり豪華だと思うのですが、「御機嫌如何」の、涙ながらに前を向こうとする女性の複雑な心情と上手く重なっているように感じて、それも好きなのです。この後、音楽プロデューサーの瀬尾一三さんと出会ってからのみゆきさんも好きなのですが、この1980年代の刹那的な良さもすごくすごく好きで。この時代の彼女の歌に、私は助けられています。

みゆきさんの描く女性はいつも、苦しみや悲しみと向き合いながら強く生きようとしています。着飾ったものではなく、「心が裸」みたいな状況なのですが、簡単に自分という虚像を作れる時代において、そのまっすぐさというものに、私は強く惹かれるのです。
今、SNSで発信している人は、芸能人にとどまらず数多くいます。その方々のSNSを覗くと、私たちとあまり変わらない生活であるにも関わらず、私たちにはない洗練されたおしゃれな生き方があって、洋服やコスメ、休日の過ごし方などが紹介されています。私もそれを見て、こんな余裕のある暮らしは私には到底無理だと思いつつ、素敵だなぁと思います。そして、いつもヘトヘトになりながら、毎日をギリギリで生きている自分…これで良いのだろうか、と感じてしまうのです。
私は自分の世界に浸りがちではあるのですが、時に不安になります。SNSだけではなくて、既に多分野で活躍している幼馴染や自分のライフプランをしっかり見据えている友人を見ていると、猛烈な不安が襲ってくるのです。
私、こんな生き方じゃ実はダメなんじゃないか。そして、このまま時の流れに身を任せて、なんとなく時が過ぎてゆくのではないかって。
でも、そんなことはないよ、と教えてくれるのが、みゆきさんの曲なのです。


みゆきさんは、私が私として生きる、存在証明の一部のような存在です。彼女の曲があるから、私は、今までの自分と、これからの自分の両方を肯定できるのだと思います。
そして最近、改めて、本をよく読むようになりました。小説だけではなく、世界の美しい景色と合わせて見ることのできるデザイン集だったり、美容雑誌だったり、手に取る範囲は多岐にわたるのですが、やはり紙に文字や情報が載っているという重みがあるのです。インターネットの良さもありますが、本は、すぐに発信できない世界だからこそ、読んだ私にとっても確かな自分の一ピースになるのだと思っています。

不安を抱えつつも、最近は色々な重荷から解き放たれてとても幸せな毎日です。
同じ曲を聞いていても、時によって感じ方が変わることを、最近強く実感するようになりました。前はいまいちしっくりこなかった歌詞が、今になって納得できるということが多くあります。

時間は不可逆的なもの。
けれども、時が癒してくれることの大きさに感動することがあるのです。みゆきさんの歌を通して、私はいつも自分を見つめています。

これからも、彼女の歌とともに生きていく。そう感じた新年度です。