みなさまこんにちは、てるです。
約2カ月の春休みが終わります。
1年生の春休みはバイトばかりしてたな…。したいこともなく、そこにバイトがあるからバイトする、という。(某登山家の名言をこんな風にもじりたくはなかった)
そして今回の春休みはというと、京都・大阪旅行にゆくという進歩(?)がありました。あとは自由が丘でケーキ食べたり、スカイツリー行ったり、映画(ボヘミアン・ラプソディ)観に行ったり、フルコースもどきを作ってみたり、帰省したり、携帯が壊れたり…。
春休みの中の何日間かだけの出来事ですが、前の年と比べると格段に充実しているかと(1年生の時が堕落しすぎていたということには触れないでおこう)。
ただ…実は故郷の茨城県マスコット、ハッスル黄門が12年間の活躍に幕を閉じたのです…。引退をして、今後はねば~る君や茨ひよりちゃんっていうめちゃんこかわいいVtuberが茨城のアピールをしてくださるそうなんです。
個人的に驚いたのが、ご当地マスコットって引退するんだっていうこと。ハッスル黄門の存在を知ったのは小学校4年生のときで、それこそハッスル黄門が生まれてまだ日が浅い頃。彼が出てくるイベントに学年の全員で行くことになって、それぞれ布でできた旗を持参することに。
ハッスル黄門はその名の通り、黄門様の格好をしていらっしゃるのですが、寝巻きバージョンやナースバージョンのハッスル黄門の絵を旗に描いてました…。
思い出すとしんみりします。旅行会社さんに行ったとき、ハッスル黄門のぬいぐるみが置かれていて、とっても懐かしい気持ちになりました。あっ、あかん、泣きそう。
ハッスル黄門おつかれさまです!!!!!
そしてそして、話は戻ります。
学校が始まることに目を背けたいのだが!
履修ガイダンス!健康診断!サークルオリエンテーション!…などなど学校関連の予定が、手帳に記されてゆくのを見るとね…手帳って罪なやつやなあと思うわけですよ(記したのは自分)。
あっ、でもまたはちみつバターパン(説明しよう!はちみつバターパンとは、その名の通りはちみつとバターの魅力を存分に味わうことができる、金色のさくじゅわねっとりパンなのである!詳しくは過去の記事を参照!)を食べにいけるのは楽しみだな。
履修を組むのが悩みます。前期と後期でバランスよくするか、前期に詰め込んでしまうか…。でも学校来ない日が増えすぎると堕落してしまうぞ、とか色々。どの授業を選択するかも、なかなか決まらない。もう少し格闘することになりそうだ。
そしてサークルの部長として本格的に活動することになる年でもあるので、緊張しています。うまく運営していきたい。
このブログが、2年生最後のものになります。
次にお会いするのは私が3年生になってからですね。今まで通りのゆるさで、でもどこかパワーアップした、そんなブログを書いていけたらな、と思っております。大学のよいところもちょこちょこ発信していけたらいいなあ。
ブログの最後は、京都にて撮ったとぅるとぅるてっかてかのみたらし団子の写真で飾ります。つきたてのおもち並みにもちもちのお団子でした。清水までの坂をひたすら上り、帰りに偶然寄ったお店で食べたものです。(抹茶アイスは京都タワー内の「茶の菓」さんのもの。抹茶を堪能できるアイス。)


では、また。
お久しぶりです
こんにちは。
久しぶりの投稿になります。
今日がブログ部員として最後のブログになります。月日が経つのは早いものですね。
わたしは1年生の終わり頃に部員になり、ブログを書き始めました。ブログ部員になれたことは大変嬉しかったですが、ブログを書く際に悩むこともありました。他の部員のみんなはキャラが濃く、書く内容にも個性があふれているからです。そして読んでいて面白い。わたしは無趣味に近いし、書き続けていいのだろうかと思っていました。色々考えましたが、わたしはわたしなりにしか書けないと開き直り(おおざっぱな性格が出ちゃってる)、日常生活を中心に書くようになりました。平凡な日常を綴ってきましたが、読んでくださりありがとうございました。ブログ部員になれて嬉しかったです。先生、ブログ部のみなさん、ありがとうございました。
第1志望ではなく入学しましたが、暖かく丁寧に指導してくださった先生方、尊敬できる先輩方、文学や好きなことについて語れる友人たちに出会うことができました。4年間通わせてくれた両親にも感謝しています。
学科、ゼミ、ブログ部、サークル、バイト。様々な素敵な出会いと経験ができてよかったです。
本当にありがとうございました。
ではでは
レトロな春、新たな心で
こんにちは、しおりです。
桜の開花も発表されていよいよ春も本番。普段は殺風景な私の家の最寄り駅も、大学が近所にあるためか、今日は色とりどりの袴で鮮やかに彩られていました。卒業証書を片手に急ぎ足で駅へと向かう女学生たち。あまりの華やかさを前にして、今日ばかりは桜も見劣りするように思われたほどです。とは言え、桜はこれからが満開のとき。きっと今よりももっと素敵な景色を見せてくれることでしょう。
今日はもう一つ、春を感じることがありました。それは大学に向かう途中、きっと新入生交流会(?)の委員さんだったのでしょう、「新入生の方ですか?」と声を掛けられたのです。突然のことでびっくりしたのですが、そういえばそんな会が設けられていたような…と思い、新たな学期が始まることを改めて実感しました。でも私、あと1週間で3年生になるのですよね。1年生に間違えられるとは何とも驚きました。
さて、ところでなぜ私は大学に向かっていたのか。
今日はそのお話をしなくてはなりません。新しい年度が始まる前に、今一度気を引き締めなくてはと痛感した出来事がありました。それは、教職科目と成績に関する捉え方について。どうやら私はずっと思い違いをしていたようなのです。25日から27日までの3日間は成績の不明点を申し出る期間でして、今日はそのために教務資格科を訪ねていました。というのも、どのように計算しても、私の成績と表示されたGPAが合っていないように思われたのです。見て見ぬふりをすることもできるけれど、それではあまりに気持ちが晴れず、とにかく正しいものが知りたくて大学へ向かいました。ところが、結局、成績そのものに間違いはなく、間違っていたのは私自身の教職科目の捉え方であったことが明らかとなったわけです。
教職科目は卒業単位に含まない。これはよく聞くことですよね。資格を取るのは大変だと皆が口をそろえて言うのはこのためです。しかし、授業を受けているので当然成績は出されます。卒業単位に含まないからと言って気を抜いてはいけない。そう言われたこと、誰もが一度はあるのではないでしょうか。ところが、成績は出されても卒業単位に含まない科目はGPA算出の対象にはなりません。私はここをずっと見落としていました。「成績」というのがGPAのことも指しているのだと思い込んでいたのです。説明は受けたはずであるのに、理解しているつもりで全く理解できていなかった。成績に変動がないというのには一先ず安心しましたが、あまりに根本的な思い違い、聞いたはずのことを全く理解できていない自分自身にひどく落ち込みました。
思い違いって本当に怖いものです。一度理解したと思ったことは信じて疑おうとしない。だから、ずっと間違いに気が付かない。こんな調子だから新入生に間違えられたのかもしれないと反省しながら帰りの道を歩くこととなりました。4月になれば履修登録も始まります。勘違いしていたでは済まされないこともあります。大学生活に慣れてきた今だからこそ新たな気持ちで臨まなければいけません。
袴姿の女学生が行き交うレトロな春の1日は、私にとって反省の1日でもありました。今日で2年生として書くブログもおしまい。最後に自らの気持ちを引き締められる出来事に出会えたのは、とても貴重なことであったと感じています。
次回のブログの担当は4月の初めか中頃になるでしょう。桜の次はチューリップでしょうか。「桜の咲く頃に」とは言うけれど、「チューリップの咲く頃に」は聞きません。しかし、聞きなれないけれど、それも何だか4月らしくていいように思います。
それではまた、チューリップの咲く頃にお会いしましょう。
最近思うこと
こんにちは。前回はお休みをいただき、一か月ぶりの更新です。
あの後無事に花粉症の薬をもらって、今は随分よくなりました。嬉しい。
前回、能の事前お食事会のこと、上代ゼミのお食事会に参加させてもらったことを次回書く!と宣言していた私。といってもこの一か月間いろんなところに行って、素敵!って目が輝いた瞬間がたくさんあって、ああどうしようと迷ってます。
結局のところ、書きたいことがたくさんあって選べないってこと。そしてこんな思い出いっぱいの春休みがあと一週間で終わるということ。毎年のことだけど、とてつもない焦燥感。
もう大学2年生。1年間あっという間だったとは思わないけれど、確実に「将来」「未来」「夢」って漠然としていたものが現実味を帯びてくる不安。大学に入学して「自由」について改めて考えることが多くあって。高校生の頃、現代文の先生がよく「自由」についてお話されていたことを思い出して、ついでに卒業式のことも思い出して、大切な何かを置いてきたかもしれないって後悔に苛まれたり。
高校生と大学生の大きな違いは、自由であるか否か、ではないかと最近思うようになりました。それは、いくら義務教育ではないからといっても、きちんと生活を送れているか近くで見守ってくれる先生がいて、ある程度校則で縛られている高校生と、自分で履修を組んで、勉強もバイトもサークルも自分で管理しなければならない大学生には、自由という面で大きく違いがあるように感じるからです。もちろん「自由」を謳歌できる人もいるのかもだけれど、私はそうできる人ではなくて、大学入学後しばらくは随分いろんなことに悩んで、苦しかった。
その、先ほど挙げた現代文の先生は、「自由には、自分を律する責任が伴う」とお話されていました。例えば大学では、アドバイザーの先生に相談するのも、自分からきちんとアポイントをとらなければならないし、もっと大きなことをいえば、どんな道に進みたいか、どんな企業に勤めたいか、そのために何が必要かを自分で見極めて行動しなければならない。簡単そうに見えて、実はとっても難しいことだと感じます。
そして同時に、大学生になってから自分自身が何者であるか迷う機会が多くなったように思います。それは、高校生までの「学校=社会」から、大学生になって実社会と直接つながらなければならない機会が増えるから、なのかもしれないです。学校で、当たり前に部活や委員会での役職があったことを思い出すと、私は大学生になって何かやり遂げたり、誰かの力になれたのだろうか、と空虚感に押し潰れそうになって、それが怖いと思うこともあって。
でも、「自由」だからこそ伴う責任だったり、自分の姿がはっきりと目に見えにくい恐怖感を解決する一つの手段があるとするならば、それは「表現すること」ではないかと私は考えています。
この間、私の尊敬する女優さんが
「役を与えられることによって、揺らいでいる自分の輪郭がはっきりする。」とお話しされていました。私は、その言葉に共感し、そして女優という一表現者として、これを言い切れるほどの自信がある彼女の天才性に改めて感動しました。
私は昔から歌うことに夢中で、国語では作文が好きで、今は写真を撮ることに興味があったりして、考えてみると自分の思っていることや理想と感じていることを、五感にとらえられる形に表すことを自然に好んでいたのかもしれないと最近思うのです。少なからず、表現することによって自分自身を救っていた部分は大きいように感じています。
冒頭に書いた、素敵!と思ったこと。能鑑賞だったり、美術館や博物館を見学したり、実際に見たり聞いたり感じたりすることで、自分自身が昇華されていくような、心が豊かになっていく実感を得られるのです。そしてそれが自分の体験や経験となって、自らを形作る「表現」の一ピースとなってゆくのだと感じています。
そう考えてみると、日本文学の研究も同じことが言えるのではないかと思います。対象となる文学を研究し、自分の紡ぐ言葉で論理的に分かりやすく、かつ愛を込めて相手に伝えることは、一つの「表現」に近しいものではないか。このブログを見た人がどう思うかは分からないけれど、私はそういう姿勢でいたい。
こういう風に伝えるのは、なにか気恥ずかしいような思いがするけれども、2年生の演習はこんな心持で頑張りたい、と思っています。段々と2年生への具体的イメージが浮かんできたように感じます。
また思いついたことばかりを書いてしまいましたが、この一瞬の刹那的な気持ちを伝えられるのもブログのいいところなのかな、と思いこのまま載せてみようと思います。
大学生の内に、たくさんいろんなことを吸収して、そして自分の言葉や何か別の形で外へと出していきたい。「自由」だからこそできることを。素直にそう思う私がいます。
それではまた。
辛い季節です…
こんにちは、まなみです!聞いてください!(?)
前回の更新が誕生日前日だったので調子に乗って誕生日COしたんです!そしたら!
当日更新のさやかさんがわざわざお祝いしてくださったんです~!
ひえ~!お祝い乞食になってしまったなと思いつつ、世界の優しさに涙という感じです…。
そんなこんなで(?)三月も後半ですね~。春なのに寒いと憤慨していた三月前半が懐かしいです…。
最近急に暖かくなってやっと春本番という感じですね!いや~寒い寒いと文句を言っていた身なのですが…
花粉!!!!!!!!!!!!!飛沫!!!!!!!!!!!!!
花粉飛沫で春の訪れめちゃくちゃ感じてます。気温上がって~桜もきれい~とか言う以前に花粉!!
今年異様に花粉きつくないですか??薬飲んでも外出したら一発KOです…。
何なら今もズビズビしながら書いてます~!!か~つらい!!
今回ただの花粉アンチブログという感じですが(笑)花粉症の皆さん頑張って生きていきましょう…!!!!!!!!!!!!!
それでは!😷
春
こんにちは。ここです。
最近少し暖かくなってきましたね。暖かくなったと思ったら急に寒くなったりと不安定ではありますが…。桜の木もちらほらと色づき始めていて、本格的に季節の色どりを感じ始めわくわくする一方で私はひたすらに花粉症に苦しめられる日々です。花粉さえなければいい季節なんですけどね…悲しい。
さて、大学一年目の春休みがそろそろ終わろうとしていますが、確実に春休みの過ごし方を間違えたような気がします笑 もちろん以前ブログでも紹介した通り旅行に行ったり、楽しいこともたくさんあったのですが、三月に入ってからは特にこれといって大きなイベントもなくのんびりすぎるほどのんびり過ごしていました。もうあと数回で長期休みはなくなるんだから、もっと活動すれば良かったかな…と思ったり思わなかったり。最近の生活は、朝起きてご飯を食べ、ギターを弾き、バイトに行って、バイトから帰ってきたらまたギターを弾き…といった感じです笑 あ、ここではまだ言っていませんでしたが、ギター始めたんですよ!最初のブログで言っていたご報告が出来て良かったです!(三日坊主にはなってません!今のところ!)
といっても、ギターをいじるのは初めてではなく何度目かの挑戦なんです。父がギター好きなので、中学一年生の頃からちょこちょこ触ったりはしていたのですが、これが全く続かず…まあ、向いてないんだなとあきらめていたところでQUEENにハマりまして…QUEENの曲を弾くため?に日夜練習しております笑 高校の頃の友人も同じタイミングでギターを始めていて、二人でギター弾いたり、友人のギターに合わせて歌ってみたりハモってみたり…そんな遊びを結構な頻度でしています笑
こうして振り返ってみると、のんびりしつつもそれなりに充実した生活を送っているのかもしれない?笑 音楽って、心が豊かになるというか、それに触れ合っているだけで自分が豊かになった気分になりませんか?そのおかげか最近は心穏やかです笑 大学が始まったらこの余裕は失われるんだろうな…始まってほしい気持ち2割、もう少しのんびりしたい気持ち8割といったところです。
そろそろ履修を組み始めないといけないですし、いつまでもそんなこと言ってられないのですが…しっかり切り替えられるように頑張ります…。4月以降も頻度は減ってしまうだろうけれど、友人とギターを弾いたり散歩したり、そういうのどかな時間が過ごせるといいなあ、と思います。
それでは、また。
またいつの日か……吉川英治記念館(と、おまけに三鷹の太宰・鷗外)
こんにちは。あかねです。本日をもちまして、吉川英治記念館は閉館となります。悲しいです……。同時に、文学館は閉じることはないと無条件に信じていたため、こんなこともあるのかと驚きました。研究のための資料は公益財団法人吉川英治国民文化振興会事務局(03‐5395‐3432)に申請すれば閲覧可能だそうですが、吉川英治の家や記念館は見られなくなるそうです。いつまた開館するのかは分かりません。だからこそ、行かなければと思いました。
吉川英治が生涯で最も長く住んでいた家と、吉川英治の人生や作品について知ることの出来る資料館が青梅市にあります。私は17日の日曜日に行ってきたのですが、高齢者の方から子供連れの家族まで、幅広い年代に親しまれていました。家の中では、かつては梅が綺麗だったけれど木の病気感染のために伐採されてしまった旨が書いてありました。その木の切り株を乾燥させて病原菌を完全に殺菌したものから、夫婦の像を彫ったものが展示されていました。他にも、吉川英治が携わった竹の天井や松の柱、親しかった画家の絵等も見えました。内部の写真は撮れなかったので外観のみ庭から撮影します。庭にはスズラン等が咲いていて、植物と家の構図をスケッチする方々も何人かいらっしゃいました。



三枚目の写真の奥に人影がありますが、これでも人の波が切れた瞬間を狙いました。それほどひっきりなしに往来がありました。この奥には離れがあって、眼鏡や万年筆、沢山の本といったものが置かれていました。ともすると吉川英治がやってきそうでした。
資料館では、吉川英治の人生について分かりました。小学校卒業の直前に家が没落し、最終学歴は小学校中退となった吉川英治。東京で働きながら川柳等に親しみ、やがて人気の時代小説作家となります。中には原っぱの中、2~3歳の娘に髪を引っ張られながら笑顔を見せる写真もあり、家族思いの人だったことが見て取れました。現在の記念館の館長の方が吉川英治の長男と同姓同名なのは偶然ではないのでしょう。吉川英治は戦後まで生きた作家でした。戦中は従軍作家になる等、純粋な気持ちで日本の勝利を信じていたようです。勿論、「そういう小説」も書いています。だからこそ戦後数年間は小説を書かなかった(恐らく書けなかった)時期があり、何とも言えない切なさを感じました。信念が裏切られてしまったのは、そしてその信念が悪になってしまったのは、時代のせいとはいえ厳しいものがありますね……。その後も文壇に返り咲き、『新・平家物語』で本当の幸せを追求していたところも印象的な作家でした。お恥ずかしながら一冊も読んだことがない作家なので、時代小説が苦手だからと読まず嫌いをせず、その世界に触れてみたいと思います。

資料館と椎の木
しんみりした帰路、私は気付いてしまいました。中央線に乗り続けると三鷹に着くぞ、と――。

まずはこちら、太宰治文学サロンに行きました。ガイドの方に吉川英治記念館から来たのだと話した際、戦争直後の売り上げランキングとしては一位が吉川英治、二位が太宰治だったそうで、図らずも富豪たちを巡る旅となりました。ここでは太宰の親友について見たのですが、心に強く残ったのは太宰の死の理由についてです。実は自殺の少し前に、太宰は喀血していました。結核です。また、『斜陽』の大ヒットに伴い収入も増えたのですが、太宰の脳内に税金という二文字は薄かったようで、大きな負債を背負ってしまいます。更に、妻と、心中した女性の他にもう一人、関係を持った女性がいたのですが、その女性と子をもうけてしまったのです。様々な要因が一気に来た結果、入水に至ってしまったのだろうとガイドの方がおっしゃっていました。あと2年生きていれば、結核の特効薬も普及していたのに……。複雑です。
玉川を見た後、太宰治や森鷗外のお墓がある禅林寺へ。途中で本を開いたような『斜陽』の像を発見したのがこちらです。

禅林寺では日没に墓所が閉まるということで、既に日が橙色の中急ぎに急ぎます。太宰の墓は森鷗外への畏敬の念からはす向かいに位置するところにあります。両方に手を合わせながら、太宰の墓には花が供えてあるのに鷗外の墓には何もないことが、花を買っていくべきだったかと後悔した点でした。

帰り際、「賀古鶴所さん!」と思わず叫びました。彼については私の名前をクリックし、前回のブログをお読みください。簡単に言うと鷗外が生涯をとおして親友だとした皮膚科医で、鷗外の口述を書き留めて遺書を作成しました。この碑も遺言を写したもので、冒頭部分に「賀古君に書いてもらっています」といったようなことが書いてあります。行く時も帰る時も、若い女性とすれ違いました。鷗外でも医師でもない森林太郎として死に、埋葬されても、私のように小説家としてお参りに行く人が絶えないのは鷗外さんにどう思われているのか気になります……。うーん、人生が思い通りにいっていたら、そもそも文学で何かを表現しようとはならないと思いますので、なるべくして現状に至ったのでしょうが、何と言いますか、彼らの人生が幸せであったことを願います。
とりあえず、自分のためにも生きられるように気を付けつつ、病や心の折れそうなことにも負けずに生きていきたいと思いました。
充実感はどこから?
みなさん、いかがお過ごしでしょうか。さやかです。五日ぶりですね。
この五日間、一日はバイト、四日はサークルでした。気づけばこの三月何かしらの用事で毎日外出しています。もともとインドア派の私は結構疲れました……。サークルは自分が好きでやっているので全く苦じゃないしむしろ楽しいのですが、やっぱり働くのって疲れますね。世の中の働くお父さん・お母さんはすごいなぁと最近思いました・
さて、私は明日から25日まで所属している合唱サークルの合宿に行ってきます。朝から晩までひたすら合唱しまくってきます。もうすぐ新歓期なので、それ用の曲の練習がメインです。ウェイウェイ大学生らしく遊ぶことはほとんどないです。遊ぶのは最終日の夜中くらい?ひたすら仲間と歌い続けます。結構身体的な疲労はひどいのですが、充実感はそれ以上です。先輩にたくさん練習に付き合ってもらえますしね。
最近社会人の姉が私を見て、「私もサークル入ればよかったなー」と言っていました。いったい大学生のうちどれくらいの人がサークルや部活に所属しているのかはわかりません。所属していない人も一定数いると思います。でも私はサークルに入ってよかったと思います。大学とバイト先を往復するだけの毎日を防げましたし、色々な人に出会えましたし、歌うのも楽しいし。無理やりサークル等に所属する必要はないとは思いますが、自分に合ったものを試しに探してみる、というのも悔いのない大学生活にするために必要かもしれません。
それでは、今日はこのへんで。さやかでした!
描いた龍に眼を入れる
こんにちは、むーです。
気がつけば3月の終わりまで、もう指折り数えられるか、という時期になって参りました。
3月の終わりが近い、ということは、演劇の公演の初日が目の前まで迫っているということ…………!!!!!!
明後日からいよいよ、劇場に実際に入っての準備がはじまります。
どきどきとわくわく。
私は舞台に立つわけじゃないけど、それでもそれと同じくらい緊張しています。
舞台の上で展開されるものは、全て等しく劇なのです。
役者さんはその体自体で直接的に、スタッフはその技術で持って、舞台美術や小道具、照明の明かりや音楽の選曲のセンスなどに自分の存在をこめて、間接的に劇を作り上げていきます。
いままでの人生で積み上げてきたインプットーーそれこそ、ここ日本文学科や能狂言の観劇、人形劇での経験、大好きな”Don’t hug me. I’m scared.”(なんやそれという方は私の過去ブログをご覧くださいませ)、その他にも本当に沢山の、触れ合ってきた表現物から私が得たもの、そこからのアウトプットが果たして、どれくらい劇の力になれているのだろう。全てのセクションと力が合わさったとき、どんな劇としてお客様に映るのだろう。
劇はお客さまにみられて、初めて完成します。
完成が待ち遠しい気持ちと、まだ未完成のままでありたい気持ちと。
そわそわする感覚。どきどきとわくわく。
偉そうに色々と言ってはいますが、演劇をほんとうにはじめたばかりのぺーぺーなので、きっと2、3年後このブログを読み返すことがあれば顔から火を噴くほど恥ずかしいだろうなと思います。でもまぁ、青い感情は青いうちにしか出力できないし。ちょっとだけとんがった気持ちで胸を張って、画竜点睛、最後の目を入れていく作業にとりかかっていきたいと思います。
それでは! お相手はむーでした!
以下公演情報です、ご興味があれば、ぜひ!
*******
劇団Radish 春公演2019
『十三支』
作・演出 堀耕大
演出補佐 菅野新
*
甘い夜。窮鼠がつけたキスマークと引き換えに、猫は十二支の地位を逃した。
果たせ復讐、起死回生、猫はみごと鼠を追い詰めるが……
「会社のポスト?あげるあげる、全然あげる」
十二支の実態は泣く子も黙る暗黒企業!
これ幸いと仕事を押しつけ逃げ出す鼠、を捕まえる猫の手。も借りたい……?
忠犬、猿公、鳥頭。曲者だらけの社員を率い、借りてきた猫が革命を起こす!?
最大の武器はノリと勢い!痛快・職場改革エンタメ!
<公演日程>
3月23日(土) 13:00 18:00
3月24日(日) 13:00 17:00
開場は開演の30分前です。
<公演会場>
参宮橋トランスミッション
(下北沢駅から小田急線4駅、参宮橋駅より徒歩2分)
<チケット>
予約制
無料(カンパ制)
ご予約はこちらから↓
http://481engine.com/rsrv/webform.php?sh=2&d=c7120af919
大学生の春休みまたは人生経験を積む期間あるいは人生で一番遊べる時期
どうも、はるかです。
最近「うたよみん」という自由に短歌を詠めるアプリを入れました。季語も無く、字数もあまり守らず、打ってますが楽しいです。下らないことばかり詠んでいるけど。でも日常の一瞬がそれなりに良いリズムで五七五七七の歌になるのは楽しい。自分の日常だけで無く、こんな場面でこんな人が詠む歌、となんとなく考えて詠むのも楽しい。スマートフォンのアプリとして入れとくと暇な時間に、手軽に詠めるのでなかなか良い。はまってます。
そういえば、大学生の春休みなのですよ。今、大学生の春休みなのです。憧れの、二ヶ月休めるという、大学生の、春休み。大学生で一番楽しみにしてたの春休みだから。嬉しいね。とりあえず免許とるために自動車学校通っているのと、近代自主ゼミで旅行に行きました。まだ全然終わってないけど、免許はなんとかして取りたい。車があれば地続きであればどこまでも行けるってすごいと思いませんこと?えっちらおっちら歩いていた時代から、馬に乗って、そこから飛躍的な産業革命による蒸気、そして車。いまや空も飛べるらしく。いやはや文明の利器をせっかく使えるというのに、挑戦しないのは勿体ないなあと日々励んでおります。焦るとアクセルを踏む悪癖は治したい。他にも車を運転できればパニックホラーで生き残れる確率が上がりますし。ゾンビを振り切って逃げられますし。あと思い立って海に行けるの良いなあ。鈍行電車で行くのもオツ。青春18切符使いたいんだよね。あっ、いずれは夜の高速も乗りたい。夜の高速を走りながら泣きたいし、SAで夜明けのコーヒーを飲みたい。
文明の利器なんて大層な話をしたけど、その延長で絶対に海外に行きたい。まだ未踏。だってあれだけ苦心した航海が、いまなら空を飛んで行けるらしい、と。そりゃあ行きたいじゃないか。海を渡って地図の外へ、生まれ育った国とは別の地へ。簡単に行けるというならさ。テレビでしか実感したこと無いんだ。足で踏みたいね。西洋史が好きなのでヨーロッパに行きたい。言語学習は非常に苦手だが。来年行きたいなあ。
とにかく大学生の春休みをまだ遊び尽くせていない。近代自主ゼミ旅行の話は誰かがしてくれるだろうからスキップ。もっと遊びに行きたい。世の平日に遊べる優越感に浸りたい。早くしないと終わってしまう。予定を立てるのも人を誘うのも苦手だからどうしようもないけど、来年はもっと頑張りたい。まあ一人で何処かに行くのもまったく苦痛ではないし好きだけれど。ああ、もう春休みも終わる。また人権皆無な奴隷畜生運搬電車に乗らなければいけない日々が始まる。満員電車のことです。