銀杏色の風もようやく過ぎ去り、110デニールの隙間を冷やされた空気が昇ってきます。
気力があれば塗る程度のボディクリーム。それは意外にも肌を守っていたようで、これきちんと塗ってればかなりすべすべになるんだろうなあと思いつつかすかに上がった口角から白い息がたよりなく逃げていきました。
今年のクリスマスは平日なので日中は家族不在、相方とクリスマスを過ごすというこだわりもないので、どうやって気分をあげようかと思案しております。
蝋燭にゆらゆらと照らし出されるピエタを眺めていたらいいのでしょうか。
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まいです、ごきげんよう❀
趣味で履修しているデザインの授業(被服学科の科目)で、色をつかってイメージを表そうという課題に取り組みました。色紙と台紙が配られ、100分授業一回で作品を創るというなかなかハードなものでした。
「時期的にもクリスマスをテーマにするのもいいですね」
先生がそう言ったので、私はキリスト降誕をテーマにしようと思い、濃紺の天の下、星の光が射し込む馬屋(と分かるほどに再現はできていませんが、、、)で、おくるみに包まれた赤ん坊がいる作品を創りました。パッと見て何に見えるか姉に訊くと「目玉焼き」と即答され「色違うでしょもっと考えて!!」と矛盾したことを言う羽目になったものです。100分のクオリティ、さて善し悪しはわかりません。
今月の頑張りは何と言っても卒業論文の提出です。
今年度の日本文学科は12月17日が締め切りだったのですが、ラストスパート一か月は、本当に落ち着かないもので、睡眠の質が明らかに悪くなっていました(ゼミの先生にすかさず「それはホットハニーミルクでも飲んだ方がいいですね」と的確なアドバイスをいただきました)。
余裕をもって提出したうえ、ありがたいことに普段の課題と提出方法が同じ(pdf)なのに、提出されているかどうかが恐ろしく気になり、強迫観念に駆られて毎日30回くらい提出確認をしてしまいました。
提出済みのファイルをクリックするたびに出る「もう一度ダウンロードしますか?」という表示が、「(本当に…)もう一度ダウウンロードしますか?(…??)」と疑っているようにさえ見えてくるほどの繰り返し。あそこまで自分の行動を信じられなくなったのははじめてでした。
提出したらしたで、「て、提出したんだからダイジョウブダヨ!!成績が悪いとかはあっても受理されないことは…ナイヨ…!」と、冷や汗を背中に感じながら周囲(いや、本当は自分自身)に言い聞かせる夢を見る始末。恐ろしいですね、、、。
提出したとて卒業判定が出るのは3月なのですが、締め切ってしまいもう何もできない!と思うと、急に肩の荷が下りた心地がし、卒論締め切りを境に、目覚まし時計で起きられなくなっています。堕落。
ダイエットでいうリバウンドというか、自分を戒めていた反作用でめちゃめちゃに自分に甘くなっている…。いや、もう2024年いっぱいまではお疲れ自分!!ということでいいかな。これすらも甘いか。
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12月はやはり人と集まる機会が多い月でした。
一つはボランティアサークルでの関東地区・研修合宿です。卒論提出直前の15、16日に開催にも関わらず私は係をやっておりなぜか忙しくしておりました。そういえば中学3年生の時も、私立志望で受験を終えた人たちの中に1人混ざって、公立受験を目前に卒業アルバム実行委員をやっていました。理由は「最後に爪跡を残したいから」。変わらないな自分…いいのかこれで……?
合宿の係はだいたい開催の半年前から週2ペースでzoomをし、研修合宿でのコンテンツ(寄付の実感を感じてもらうためのロールプレイングや寄付金額を上げるための戦略、支部を上手く回していくための思考法のレクチャーなど)を考えます。
かつて関東地区の代表をしていた当時は、全国や関東地区のイベントにもよく出て運営側もしていたけれど、大きな団体ならではの内部事情を知って疲弊し辞めてからは、遠出も不自由になったのもあり全く支部外に出ていませんでした。
その私がもう一度だけ頑張ろうと思えたきっかけは、今年の春に約1年ぶりに地区のイベントに参加したことです。全国のメンバーから地区代表期間を労う寄せ書きをいただき、特に会ったことのないのに書いてくれていた人たちからの「活躍している時期のイベントに出ればよかった」「会ってみたかった」という言葉に胸を打たれました。
期待してくれている人たちがいる。お世辞かもしれないけれど、会ってみたかったと言ってくれる見知らぬメンバーがいる。
そう思い、卒業前にもう一度だけ頑張る気が起きました。もちろん、卒業論文との両立がこんなに大変になってしまうとは想像できていませんでしたが(笑)。
遠出の不安に自律神経が乱れるあまり、入眠の速さが自慢のはずの私が3日連続眠れず(合宿は1泊2日でした)帰宅後は完全に魂が抜けていましたが、当の1日半は、行って悔いのない貴重な時間となりました。色んな人と顔を合わせ、名前を呼び、笑い合い、頭を使い…こういう青春は今後、そう簡単に手に入れられるものではないのだろうと思います。思い出の写真はどれも目の下のくまがひどく悔しいものです(笑)。
なにより、この合宿を乗り切ったことが自分の成功体験になり、外でのストレス耐性がすこし回復したことが喜ばしい!少し負荷のあることをした代わりに、得られるものはちゃんとあるんですね。
…………
人と集まる機会はもう一つ。高校時代の音楽部のご飯会がありました。
卒業以来会っていなかったにも関わらず、同期と後輩2代に声をかけるとなんと9割以上が参加すると言い、まさかの40人規模のご飯会(もはや同窓会)になってしまいました。
久々に会う同期とは近況報告だけであっという間に2時間が経過。すでに活躍しているパティシエ、イラストのうまさでゲーム会社に就職を決めた人、声楽活動を続ける人、大学院に進む人、ホテルのフロントになる人、小学校の教員になる人、子育てをしている人、投資に闘志を燃やす人……。ああ、社会はこうやって確実にいる誰かによって支えられているんだなと実感しました。
みんなが何をしていても、これから何をしようとも元気でいてくれたらそれでいいな。みんなが少なくとも旧友に会ってもいいと思うくらいには元気で、2時間は笑顔をたやさないでいられて、良かったな。
難しいことも偉大なこともなくていい。これでいいよね。
と、思うのでした。
1人の帰り道、みんなの眩しい笑顔の焼き付いた眼の奥から得体の知れぬ涙が流れてきて、生きるってなんて大変なんだろうと思って項垂れてしまう自分とも、やはりうまく付き合っていくしかないのです。
今年の1月1日は、これと同様、途方もない命の行く先に涙を流して迎えてしまったのですが、2025年は晴ればれと迎えられるよう、素敵な年末を過ごしたいと思います。
縁あり私のこのブログを最後まで読んでくださった皆さんにも、いつかの縁のためにまだ出会わぬ皆さんにも、すべての人にとって尊い1年が始まりますように。年越しの足取りが少しでも軽やかでありますように。



