ごきげんよう、あやめです。
寒くなって、カイロが手放せなくなりました。私は末端冷え性なので手先だけが異常に冷たくなる人なのです。それから、前回もぼやいた記憶があるのですが、布団との決別が大変になりました。
今回は前後編二回に分けてみようと思います。切りどころがわからないので一気にいっちゃおうと思いましたがあんまりにも長いので前後編です。熱心な読者の方にはお判りでしょうが(そんな方がいらっしゃるかどうかはさておき)、前に言った「長編」とやらのことです。マア、来年あたりにリメイク版とか言って書き直したやつを再掲しようか、などと思って未完のまま出しちゃおうか、という気概で軽く書いています。なんて無責任なんでしょう。
おじさん(前編)
大学生の内に、たくさん経験を積みたいと思っている。思っているはいいが、それだけでズルズル来てしまって、結局すでに3年が過ぎてしまった。家に籠っていつもと同じことをひたすらこなすことに向いている気質で、何か外に出て経験を積むのが怖くて、体と勉強で身につく簡単な知識だけがどんどん大きくなっていって、経験値だけが乏しい人間になっていることに、危機感を覚えつつも何もできずにいた。
きっかけを作らなければ、と思って、親戚のおばさんに相談してみた。いつも一緒に過ごしている家族からは得られない新しい視点が与えられると思ったのだ。そうしたら、
「まあ、あやめちゃんはしっかりしてるからねぇ……大丈夫だと思うわよ、そんなにあせらなくても、若いうちは好きなことしてればいいのよ」
といわれてしまった。私には、考えすぎてしまう、という悪癖があったのだ。おばさんはそれを察知したのか、
「あ、じゃあ、好きなことばっかりしてきた正弘さんのところ行ってみたらどう?あの人色々大変だったみたいだけど、まあ要は好きなことしかしてないわけでしょ?あやめちゃんは良い子だからあんな風にはならないと思うけど……大学も行っているわけだしね、でも、ホラ、昔あやちゃんと仲よかったじゃない、じゃあそうにしたらどう?」
と提案をしてもらえた。
そんな流れで、ブログの参考というか、ネタになればいいや、程度の軽い気持ちで、あんまり会ったことのない遠方の親戚のおじさんのところへ行った。おじさん、昔少し新聞記者をやっていたとかで、なにか面白い話が聞けるのではないか、と思ったのだ。
おじさんは色々に疲れて山奥に住んでいる、と散々聞かされていたので、どんな日本アルプスかと思えば、我が家に比べたら大した山奥でもない、特徴のないところに住んでいた。一人で住むにはやや大きくて持て余しそうな一軒家の前まで来て、おじさん、きました、あやめです、と久しぶりに来た姪の言葉にしてはややぶあいそに簡単にいうと、ほいよ、と中から聞こえて、ようやく、なんだかはっきりしない顔のおじさんが出てきて、「あやちゃん、来たね(おじさんは私を「あやちゃん」と呼ぶ。会うのは中学生以来、5回目だった)」と言った。私はなんだかつられて、別に泊まる訳でもないのに「お世話になります」と、訳もわからずはっきりしない声で言った。
顔の皺が深いのと、白髪をそのままにしているのと、口数が極端に少ないのとでお爺さんのように見えたが、おじさんは私の父と同い年らしい。50歳。失礼だけどそうは見えなかった。おじさんはもたもたお茶を出してくれた。そのまま煙草を、こう、呑んでいた。おじさんも私の父もヘビースモーカーであることに変わりはないが、父のが「吸う」だとしたら、おじさんのは、多分「呑む」だと思った。
「あの、今日は、おじさんのお仕事のお話を聞きたくて、」
このままだと一生ここでおじさんの煙草が天井に上っていくのを見ていなければいけなくなりそうだった。それじゃここまで来た意味がなくなってしまうので、こんなこと言い出しにくいが、わざわざ尻尾を踏みにいった。私は親戚中で一番おじさんと仲がいいという、多少の自負があった(自信を持って・過大評価して・気負って)のだが、そんな自信は今しおしおに萎んでいる。それだけおじさんの口がかたくて、おじさんは私よりはるかに愛想が悪かった。
「んむ、学校の勉強でいるんだっけか」
おじさんは滑舌が悪いというか、顔の筋肉を最低限しか動かさずに、つまりモゴモゴ喋る。
「うん」
私はもう成人しているのに、顔はいつでも年上に間違えられる老け顔なのに子供らしく振舞おうとした。こんなことしなくてもおじさんにはどうせ「こども」と思われているのに、わざわざこっちから歩み寄って、つとめて「あの頃」の子供の私を演じるように、こどもらしく、かわいらしく、こくん、と頷いた、つもり。自我なんてこの際無いようなモンである。おぞましい姿であったろうか。
厳密には「学校の勉強で要る」のとは全然違うけれど、もうそういうことにした。おじさんのこの旧型の家は自然光があまり入ってこない形状をしているうえに電気をつけないから、暗い。早く帰りたくなった。どこか居心地がいいにおいもした。自分がどうしたいのか分からなくなってきた。
無言でたっぷり考え込んで
「あやちゃんはおれの本が好きなんだ、だから今日来たの」
ん?と、あくまで耳心地優しく、上がり口調で、子供を諭すように聞いた。(というより、前にあったのが中学生なので、おそらくおじさんは今でも私をほんの子供だと思っている(ただし私は中学生も充分大いに大人だと、少なくとも中学生時分は思っていたのだが)に、違いない、それに相応しい口調だといえる。)
おれの本、とは、昔おじさんが書いた絵本が一冊だけ、そして短編小説が一冊だけ出版されたのを指している。おじさんは(実績はともあれ)作家をしていたこともある。幼い私は(どんな形態であっても)文章を読むのが好きだったからその本を破けるほど読み込んでいた。だから親戚のあのおばさんには私とおじさんは仲が良い、と判断されたのだろうか。
おじさんは多分、それを言っている。今日来た理由を問いただしているのだ。つまり、私をそれとなく責めている。尋問だ。
「んむ」
うん、と言いたかったが、喉がこわばっていたのか、うまく発音できなかった。声がかすれた。きつく怒られているみたいに体をこわばらせて、きっと顔もこわばって、おじさんの目には私は子供が拗ねたような顔に映っているのだろう。当人としては気まずさで、それからおじさんの怒りに触れてしまって、怖くて、早く帰りたかったし、それこそ子供みたいに泣き出しそうだった。
「でもね、書いたものって、出来事が自分の脳みそを濾過して出てきたものだから、おれがいなきゃでてきやしねぇのに、書いたもの、は、おれではないんだ、とおもうよ。だから、あやちゃんがすきなンは、おじさんじゃなくて、それだ」
顎で本棚の方を指しながらおじさんは言った。
「お前が好きなンは、おじさんじゃ、ないよ」
極め付けにへら、と笑って、おじさんは私を拒絶した、と思った。
重たい沈黙がおりる。