住んでいる地域とか、趣味とか、連絡先とか、そういうあれこれで、もう人生でこの先会うことはないんじゃないかな〜と思っていた人になんの巡り合わせか会うということがたまにあり、驚きます。まあそもそも人生百年時代なんて言われている現在、たった20年ぽっちしか生きていない若輩者が「人生」を語るには舐めすぎているのでしょうけれども。
ここ何ヶ月かですごーく久しぶりの出会いだったり縁って面白いなと思う出来事がいくつかあったことを思い出したのでこんな語り口で入っちゃったんですが、この話は特に広がらないので全然違う話をします。
4月は出会いの季節と言いますが、自己紹介をする場面が多くあるじゃないですか。その中で自己を表すものとして趣味や好きなもの、ことを言うのはよくあると思います。あれ、私結構苦手で。オタクの先人たちの言葉を見てると「今の子たちは昔に比べ趣味も多様化して”オタク”であることを言いやすくなっている」みたいな流れがあるようですが、でもまだ言いにくくないですか。そんな事ないのかもしれないけれど、私は誰か特定の人に対して自分の”好き”を語ることがあまり得意ではありません。こう、言いやすい趣味と言い難い趣味ってあると思ってて。私は歌い手から入ってニコニコやYouTubeを通り、普段よく歌ってみたや配信者を見ているんですが、その辺の趣味って私が中学生くらいの頃はまだ言っても周りがそれを分からないことが多いし、あまり大声で言うものでもなかったような感覚でした。また、ファンアートを描くのが好きなので私は暇な時だいたい絵を描くか動画を見るか歌を聴くか、みたいな感じなんですが、個人的にまあこの辺が言いづらい。趣味に高尚も低俗もないっていう考えは素晴らしいけれど新興のものとかサブカル、アンダーグラウンドなものって結局は隠れて好きな人が多い気がしています。最近は〜といいつつ、それは漫画やアニメ、インターネットが大衆化したからであって、小説が大衆化したから小説が好きって言いやすくなった、テレビが大衆化したからテレビを好きって言いやすくなった、みたいなものじゃないのかなと思っています。
とはいえ、世間的に趣味の多様化や好きなものを好きと言いやすくなっているのはあると思います。私のこの辺の感覚ってどこから来ているんだろうと考えた時に、子どもの頃あまり身近にゲームや漫画、アニメ、インターネットが無かったからなのかなと思っています。別に家庭が厳しい訳ではありませんし、両親とも漫画、アニメを見る人ですが、なんとなく初めて漫画を買った中学一年生の時、ちょっとした背徳感がありましたからね。若輩者〜なんて自分のことを言いましたが、齢20にして既に時代に取り残されています。でも、多分まだ私の他にもいるでしょう?声優やYouTuberがテレビに出ていたりリビングでアニメが流れていたりすると何も無いのにちょっとざわざわしちゃう人。恐らく私と同類です。
やれ何話すか困るから自己紹介でやたらめったら趣味の項目を入れるななどと言ってまいりましたが、とはいえ趣味って縁になりやすいな~と思います。人との縁は大事にしたいなと思っているので、上手いことちょうどいい点を見つけながら自己紹介していこうかなと。今日もどこかで私が困りながら趣味について話しているかもしれません。では。
暖かい日に美味しいごはん
こんにちは。さくらです。
4月も後半に差し掛かって段々と温かい日が増えてきましたね。私の部屋はカーテンが薄いので、日が昇ると太陽の光が部屋に差し込んでくるのですが、その光で一度起きてまた二度寝をするというのが最近の楽しみです。というか、秋になるまでは割とずっとこれを続けてます。
そして、暖かい日が増えてきたらやりたいことと言えばピクニックですよね!お花見の時期は体感まだ寒くてなかなか外でご飯を食べるのは躊躇していたのですが、このくらいになってくるとカフェのテラス席に座りたくなります。この間も家族でコストコに行ったのですが、そこで販売されているフードを近くのベンチに座って食べたのは気持ち良かったです。出来立てで温かいご飯と春の陽気がぴったりでした!コストコと言えば、季節ごとに変わるスムージーがあるのですが今の季節は白ブドウでとても美味しかったです。ブドウと言う話は知って行ったのですが、巨峰などの紫の方だろうと思っていたらまさかの白ブドウでテンションが上がってしまいました。
普段は出不精な私ですが、暖かい日だとついつい陽の光を浴びたくてお散歩をしてしまいます。近所をぐるっと回ってローソンに行ってアイスミルクティーを買って帰るルートがお決まりなのですが、冷たいアイスミルクティーが外の気温でコップに水滴を付けるのが風情を感じて楽しいです。最近は色とりどりのツツジも咲いていて普段見知った近所でもたくさん発見できることがあるのでお散歩はオススメです!
外で食べるご飯の話でもう一つ。今年こそやりたいなと思っているのがグランピングです。
去年から友達とやろうという話はしていたのですが、金銭面やスケジュール的に合わなくて流れてしまったので今年の夏は絶対やりたいです。キャンプだと誰か有識者がいないと難しかったり、機材を揃えて準備したりなどが大変なのでその点グランピングは有難いです。暑いのも寒いのも苦手なのでテントの中では冷房が効いているというのもいいですよね。そろそろ免許も取れそうなので少しだけ遠出して自然を楽しむ夏にしたいなと思います。
話は全く変わるのですが、実は今趣味で小説を書いており、その締め切りが26日でとても切羽詰まっています。3月の終わりごろに書き始めて先日7万字を書き上げました。書き終わったには終わったのですが、推敲やら誤字・脱字のチェック、表紙の作製などやることがまだまだ山積みでかなり厳しい状態です。最近は本当に寝る間も惜しんで作業をしており、大変なのはもちろんなのですがやっぱり楽しいのが一番です。0から100まで自分で何かを作り上げるといった感覚が高校生の学園祭のような気分で切羽詰まっている方が逆に燃えます。この小説を出すイベント自体は5月4日にあるのでそれまでは他にもいくつか小説を書きたいなと思っているので些細な移動時間や隙間時間も執筆に費やしています。何かをインプットする趣味を楽しむことが今までは多かったのですが、最近はアウトプットする趣味もバランスよくできているのでいい塩梅で続けていけたらなと思います。
この小説が書き終わって落ち着いたら、紅茶の美味しいお店でアイスティーと美味しいケーキをテラス席で楽しみたいです。
ANNIN DOUHU
こんにちは!やなです🍥
最近、ゼミで卒論の面談がありました。進捗がやばいことを再確認しました。正気を失いそうな気分です。
私の中間発表までにはなんとか進めたいです。がんばります。
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先日、推し(2次元)が誕生日を迎えました〜!!
おめでとう、推し!何歳だかわからないけど!
私は推しの誕生日にはいつも推しの好きな食べ物でお祝いしているのですが(りんごが好きな子の誕生日にはアップルパイ、魚が好きな子の誕生日にはお刺身……など)、今回ももちろんお祝いをしました!
今回の推しの好物はなんと、杏仁豆腐。
せっかくなら持ち帰って家で食べられたりしないのかしらと、インターネットで調べてみたのですが、杏仁豆腐を取り扱っているお店はほとんどが中華料理屋だということを知りました。そりゃあそうか、杏仁豆腐はお店で中華料理と一緒に食べるスイーツだよね。
コンビニで買ってもいいけれど、ゲーム内に出てくる推しは平らなお皿に綺麗に盛りつけをした四角い杏仁豆腐を食べていたので、どうせなら似せたいところ。どうしたものかと思っていたところに、Googleの画像検索に引っかかったものがあったんです。
そう、KALDIです。
みなさんはKALDIの杏仁豆腐を食べたことはありますか?私はKALDIが杏仁豆腐を取り扱っていることを初めて知りました。
刻一刻と誕生日が近づいているのでゆっくりしてはいられないと早速購入。
牛乳パックのような紙製の容器に入っている四角い形の杏仁豆腐です。これならちょっと推しがいつも食べている杏仁豆腐に近づけそう。
家にあった缶詰のフルーツ缶を拝借。
杏仁豆腐が入るような四角い綺麗な器は我が家にはありませんでした。フルーツ缶ではこれが精一杯です。
さてさて、お味は?
濃厚で甘くてぷるぷる。とっても美味しかったです!フルーツ缶とも相性抜群でした。ナイス選択。
自宅でも手軽に楽しめてとても良いですね。気に入りました。来年もまた購入します。
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KALDIの杏仁豆腐はこちらから購入可能です。パッケージのパンダがかわいいですね。
パンダ杏仁豆腐 537g – カルディコーヒーファーム オンラインストア
https://www.kaldi.co.jp/ec/pro/disp/1/4515996090790
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もう少し食レポが上手くなりたいです。研究します。
今回はこの辺で。それでは!
初心忘るべからず
4月も中盤に入りましたが、新入生のみなさんはどうですか、もう学校生活には慣れたでしょうか。先日いつものようにブログ部の記事を読んでいたら新メンバーのみなさんが素晴らしく文才にあふれた有益な文章を書いていらして、私ってばなんて生産性のないブログを書いているのかしらなんて天を仰いでしまいました。割と初めの方は真面目な記事を書いていたような気がするんですけど、いやそんなこともなかったかな。
ちなみにタイトルの「初心忘るべからず」、勘でつけましたが調べたところ世阿弥の言葉だとか。今期能の授業を取ったのでタイムリーでびっくりしました。
というわけで一度初心に戻りまして、「私が1年生の時に知っておきたかった!大学生活をハッピーにおくるために知っておきたい3箇条」をお伝えしたいと思います。私の場合は1年次に8~9割オンライン授業だったので、家で過ごす時間が長すぎて知らなかっただけかもしれませんが・・・
もう知ってるよ、何を当たり前のことを言ってるんだ、という方はそっとブラウザバックして他の有益な記事を読むことをおすすめします。私のような3歩歩くと忘れる鶏頭の人は忙しくしていると頭から吹き飛ぶことなので、同じく鶏だよ!という方は一度読んでおくといいかもりれません。前置きが長くなりましたが、それではいってみよう!
1,授業中にわいた疑問や感想は、必ずどこかにメモを残しておこう
普段の授業でリアクションペーパーが求められる機会は多いと思いますが、これをやっておくと期末レポートなどの課題に取り組むときにとっても便利です。というのも、一度浮かんだ考えというのは、いざレポートを書きましょうと過去の資料を見直した時すぐに思い出せるものではないんですね。
そういう時に自分の考えがメモしてあると、すぐに調べものに取り掛かれるので時間の短縮につながります。レポートは題材で悩む時間が長ければ長いほど、中身が薄くなりがち(私の場合は)なので、ちょっとでも疑問に思ったことや自分の考察はマメにメモしておきましょう!
2,面倒な登録や設定は、さっさと済ませてしまおう
学内Wi-Fi、Outlook、zoomなどの設定は済みましたか?ネット類の接続はもちろんですが、Outlookとzoomのアプリは、スマホとパソコンにインストールしておくと便利です。それからジャパンナレッジなどのデータベース。去年から学外からのアクセスが面倒になったので、なるべく早めに設定を済ませてしまいましょう。実体験ですが、いざ使いましょうとなった時に登録で手間取ると後々面倒なことになります!
設定方法についてはメディアセンターのホームページで分かりやすく説明してくれています。もしわからなければメディアセンターに直接訪れてもいいですし、サイト内にお問い合わせフォームもあるので利用しましょう。
学外からのデータベース等利用方法について (jwu.ac.jp)
それからまだ少し先ですが、レポートのテーマが提示されたら、なるべく早めに図書館や日本文学科の図書室を訪れて関連書籍を探すことをおすすめします。これも実体験ですが、忙しさにかまけて参考書籍を探すのが締め切りギリギリになると、同じような状況の学生が本棚を狩りつくしてしまって関連書籍が消えます。後から後悔しても時すでに遅し状態になるので、なるはやで行動しましょうね!
3,困ったら人に頼ろう。無理はなるべくしないこと
大学には、学生をサポートしてくれる機関がたくさんあります。特に日本文学科の先生は私たちの事をよく見て親身になってくださるような素敵な方々ばかりですから、学校生活を送るうえでどうしようもなく困った時には、遠慮なく人を頼りましょう。
また、バイトやサークルと学業を両立していると体力的、精神的にきつくなることもあるかと思います。人間というのはまとめて疲れを取ることができない非常に面倒な生き物なので、休めるときにはこまめに休みましょう。そして寝ましょう。体のエラー反応を無視して動き続けると取り返しがつかないことになります。自分のことを棚に上げて言いますが、エナジードリンクやカフェインを含む飲料の飲みすぎにも気を付けましょう。とにかく無理はしないこと。自分に優しく、からだだいじに!
長々脅しのように書いてしまいましたが、何が人に合うかは人それぞれです。「私の場合は」こうだったので、反面教師にして頭の片隅においてもらえると嬉しいです。あまり深刻に考えずに、大学生活を存分に謳歌しましょう。半分ぐらい特大ブーメランが自分に突き刺さっているので、私も初心に帰りたいと思います。がんばれいちねんせい!ではまた。
追伸
あと半年は情報が出ないだろうと胡坐をかいて油断していた推しのイメージフレグランス(それなりにたかい)の予約が始まってしまい、お気に入りのミッフィーちゃんの財布が悲鳴を上げています。曰く、不安定にゆらめくスパイシームスキーノート、だとか。なんてこと。白昼夢に似た危険な香りらしいです。はあこわい。公式サイトの説明文に怯えつつ速攻予約しましたが、手元に届くのは夏です。それまで怯えながら学業に励みたいと思います。
チクタク
皆さんこんにちは、ののです。先日知り合いに「ののさんって休日何しているの?」と聞かれました。何してる、んーーー。ということで、今回は私の休日についてお話したいと思います。
とは言っても、特別な何かをしているわけではないのです。いつもより朝ゆっくり起きて、ぼーっとして、昼寝して、ぼーっとして、夜になって寝る。コアラか。こんな日もあります。
何か買わなければならないものがある時は、がんばって買い物に出かけます。ここ最近だと腕時計の修理とか、コンタクトレンズの調達とか。
腕時計は、高校入学の折に祖父に買ってもらったものをずっと愛用しているのですが、3年も使い続けていれば、どこかにガタが来ていてもおかしくはありません。あれは先月の半ばくらいのことでした。いつものように腕時計を着けて文字盤に目を向けると、あれ。秒針が外れて文字盤の中で泳いでいます。なんてこった。しかし長針と短針は正確に動いていそうだから修理に出せばすぐに直るだろう。時計の修理を決心した後、しばらくしてからもう一度見ると、あら。長針が外れた秒針に引っかかって止まってしまっています。ま、まあ、だ、大丈夫だろう、すぐに直るサ。
ご安心を。3週間ほどで修理が終わり、今は私の手元で再び時を刻んでいます。よかった。
私の腕時計は太陽光充電式という点では優れものなのですが、アップルウォッチとか、そういったものすごく先進的なものではなく、本当にただの時計です。しかし、歩いているときなど移動中にふっと時間を確認するのにはとても便利です。修理に出している3週間の間、スマートフォンを時計代わりにしていましたが、やはり腕時計の小さな文字盤にはかないません。これからも大切に使います。
時計店から帰ればもう夕方。さて、ひと眠りするか、なんてね。
それではまたお会いしましょう。
来年へのカウントダウン
こんにちは、ゆきほです🍵
授業が始まって今日で1週間。
今年は1限の授業が週に1回しかないため、去年より余裕のある朝を迎えられるようになった!……と思いきや、今年から大学生になった弟と出発時間が丸かぶりすることが多く、洗面所の使用を巡ってバトルを繰り広げております。お姉ちゃんですが譲ったりはしません。
我が家の姉弟喧嘩事情はさておいても、去年は毎日のように乗っていたラッシュ時の通勤快速に乗る頻度がガクッと下がったことはとってもとっても嬉しいです。毎日2限から登校しているので快速だとまださすがに座れるほどは空いていませんが、各駅停車なら乗客もまばらなので、座って本を読みながら快速の1.5倍くらいの時間をかけて登校しています。
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さて、今年もこの季節がやってきました。
名探偵コナンの映画公開!!!私の1年間で最大の楽しみです!!
毎年履修を何とか調整して前期金曜日(コナンの映画の公開日は例年4月の第2か第3金曜日です)をこじ開けようとしていますが、残念ながら今年も叶わず。大人しく土曜日に行きました。
去年の私は「生きていてよかった!」と思う瞬間について、「その年のコナンの映画をはじめて見に行ってオープニングの『真実はいつも1つ!』を聞いた瞬間」とか書きましたが、今年もその瞬間は思う存分味わえましたよ!
ひと言で言います。今年のコナン、ヤバいです。
公開3日間の動員・興行収入が過去最大という話を聞きましたが、本当に信じられないくらいおもしろかったです。
映画だからこそ味わえるコナンの面白さっていくつかあると思うのですが、その”おもしろ要素”が全部いい塩梅で詰め込まれてきれいに繋がれている感覚でした。さすがに内容には触れられないので、分かりにくい説明ですいません。でも5年後くらいにここ数年のコナンの映画を思い返した時に、「2023年は本当によかった」と思うくらいよかったです。
そして去年の私と今年の私の最大の違い。それは某映画館の会員に登録したことです。
去年SLAM DUNKを見に行った時に何となく登録したら、通常2日前の0時から購入できるチケットが3日前の21時から購入できるようになりました。よく考えてみるとたった3時間の差なのですが、その3時間がなんか嬉しいです。
あとは会員特典で6回映画を見れば1回無料で見られるようになりました。そして今それが4回分貯まっている。ということはあと2回コナンを見れば1回無料でコナンが見られる。木曜日にまた1人で行って、友達と見に行く予定も2件あるから……と一応計算はしていますが、計算するまでもなく今年も何度も行くことになりそうです。
コナンの○回目に付き合ってくれる方を募りつつ、今回はこのあたりで締めようと思います。次回何を書くか決めていないため、Next Conan’s HINTはありません。
それでは、また。
真実はいつもひとつ!!!
五感で楽しむ
お久しぶりです、わたです。かなり遅くなってしまいましたが、新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます!好きなこと学んで、好きな場所行って、大学生生活を一緒に楽しんで参りましょう~!
さて、約一か月ぶりの更新となったのですけれども、この合間にスギ花粉は消え、前回一つ二つと咲き始めていた桜はもう見頃を既に終え、仁和寺の御室桜も既に葉桜。黄桜や八重桜は咲いていても、もう見納め。「わがせこが衣はるさめふるごとにのべのみどりぞいろまさりける」という歌もありますが、一雨過ぎるごとに木々は少しずつピンク色が剥がれ落ちて緑色へと変化していき、その緑もまた深いものへと進化します。緑の季節ですね。梅雨が来るまでは一年の中でも本当に散歩に適した、楽しい季節です。まあ、ここのところ半袖でも汗をかくような暑い日があったり蚊に遭遇したりして、もう今までの過ごしやすい五月は来ないのかとか、いつかこの頃の時候の挨拶が「清和のみぎり」とかから「日毎に炎暑が厳しさを増す今日この頃」とかになるのではないかと思って震えたりしてもいるのですが……。
それはともかく、この時期忘れてはいけないのが、藤の開花です。実に要らない情報ですが私、藤という木が好きで好きで。いつか藤の木をお迎えして、お庭で楽しむのが夢です。今年もあちらこちらの藤の名所を巡っては藤の香りを思いっきり吸いこんだりしてました。とっても良い香りですよね。ただ実は、例年なら咲き始めたくらいの時期なのですが桜同様色々早く、平等院の藤もこの通り、今まさに見頃を迎えていたりします。

清少納言が藤の花は房が長くて色が良く咲いているものがとても素晴らしい、と書いていますが、確かに、長い房の方が風が吹いて揺れた時に香りが広がりやすいというか鼻に近い方が自分的にうれしいというか。私も短いものより長いものが好きです。清少納言先輩とは絶対違う意味だけど。
さてさて、そんな清少納言先輩が『枕草子』で挙げた無数の物事のうちの一つ、「みもひも寒し」の飛鳥井は上京区の白峯神宮内にあることは結構有名。手水社です。お水に触れることができます。すごくないですか?
そんな手水社のある白峯神宮は崇徳天皇と淳仁天皇を祀る神社。百人一首の「瀬をはやみ」や怨霊伝説で有名な、あの崇徳天皇と、舎人親王の子で、淡路廃帝ともいわれる淳仁天皇。境内には「瀬をはやみ」の歌碑があります。
また、この神宮は和歌と蹴鞠の宗家である飛鳥井家の邸宅地跡にあります。飛鳥井家の守護神として代々祀られてきた精大明神様も祀られておりまして、蹴鞠をはじめとした球技上達のご利益があるとして信仰を集めてもいます。境内には蹴鞠ができるような砂の敷かれた開けた空間(鞠壺)が存在し、四月十四日の淳仁天皇祭(春季例大祭)と七月七日の精大明神例祭(七夕祭)では「蹴鞠奉納」が行われるそうです。
蹴鞠、見たことあります?私は淳仁天皇祭までありませんでした。
どうやら京都を中心に、西日本では蹴鞠が儀式の一つなどとして見る機会がまあまああるようなのですが、関東はざっと(雑に)ネットで調べた限り、なかなかやっていない様子。
蹴鞠をしている場面を読んで、みっともないけどどうやら面白いらしい…めちゃくちゃ上手い人もいるらしい…落としたら終わりらしい…などと情報を少しずつ取り入れ、頭の中で想像の蹴鞠を独自に作り出すしかなかったのですが……。
蹴鞠って、サッカーのように一斉にプレイヤー全員が鞠庭に入るのではないのです。一人一人順に入るのです。蹴鞠って、声を大きく出しながら、鞠を回すのです。意外とうるさいし迫力あるのです。砂埃が離れていてもかかってくることだってあるのです。勝ち負けがないものもあるそうで、特に儀式で行われるものがそれに該当するのでしょうか、どれだけ落とさず続けられるかを試す、平和なゲームという一面があるのです。また、落としたら終わり、なのではなくて落としたら再び初めて、頃合いを見て一番目に鞠庭へ入った人が鞠を地面に置くことで一ゲームが終わるらしいです。鞠が本当に桜木の上に乗ることもあるのです。鞠が風に流されていくこともあるのです。やっているうちに鴨靴や緌袴のひもがほどけることも、烏帽子が前にずれていくことも、実際あるのです。目の前で実際に見て、始めて知ることができました。
今やいつでもどこでも何でも調べて見たり聞いたりすることができるようになっています。調べる手間もなく紹介されることもあり、私のタイムラインにはよくよく地域のお祭りの動画が出てきます。このような動画や画像を通して存在を知ることに関してはとても良いことであると思っているのですが、これを観ただけで満足して終わってはいけないと思うのです。インターネットは臭いや、砂の味、目の前を過ぎていった鞠水干の袖がつくった僅かな風、日差しによる肌がジリジリ焼けていく予感や、ずっと立っていて足がだるくなってきたなという気持ちを与えてくれることはないのです。リアルに触れることでしか得られないものがこうして、確かにあるのです。
やっぱり現地に立って五感で感じるに限るなあ、そんなことを考えながら、ずっと蹴鞠を見ていましたところ、鞠が柵を超えて私の足元に転がってきまして、私は鞠をそっと押し出して戻そうとしました。
あの鞠って、中身本当に「空気」なのですよね。コロコロ転がすつもりが、ぺこっとへこんだだけで進まず、結局手渡し。これもリアルでしか体験できないことですよね。しかし、まさか鞠に触れることができたなんて!蹴鞠奉納の後にあった蹴鞠体験には時間の問題で参加できないとわかっていたので、とても嬉しかったです。いつか私も友達とどこまで鞠を落とさず続けられるか試したいものです。身体運動の科目に「蹴鞠」が増えないかな。これなら顔面に当たっても痛くなさそうだしね。
***
新学期、慣れないことだらけですよね。朝イチの満員電車に気分が悪くなっちゃったり、勝手がわからないから何処に行っても緊張しっぱなしで気が滅入っちゃったり。私もそうでした。今も実は毎日ポケットの中に胃薬を常備していたりします。しかし蝉が鳴き始める頃には、この胃薬は食べ過ぎた時以外飲まなくなりました。焦らなくても大丈夫なようです。絶対無理だーと思っても慣れていくものです。不思議。
冒頭でも書きましたが、これからはお散歩に適した心地の良い季節です!そして幸福の知らせ、GWはもうすぐです!GWまであと少し、たまにお天気のいい日にお散歩するなど気分をリフレッシュしながら、GWの到来を待ちましょう!
メロディー
ご無沙汰しております、みちるです。
静謐なるホール、講義室、その他それに準ずる空間。すれ違う学生、住民、他人、私。
いつ爆破されて粉々になってもおかしくないのが変だし、いつ鞄をひったくられたり刺し潰されてもおかしくないのがおかしい。他人がそれほどまでに私に興味を持たないのはおかしいし、私の方はといえば、赤の他人たちに対して異常に興味がある。
「しかしそのために傘の持ち方を替えるというのは、過剰そのものだ」
いいえ、何だってやらなくちゃいけない。火を焚いて絶叫し、文明のイメージをそこかしこに点在させなくてはならない。
しかし私たちの肉体が対称にできていたら、また違った方法を採ることが出来たかもしれません。
(間奏)
深く潜ることと、沈み込んで戻らないこと。両者の間には音楽性の側面から決定的な差異を見出すことが可能で、かつ、そうされるべきものたちだといえる。
言うべくもなく我々にとって前者が重要なのは個々の細胞の隅々に至るまでが(深く潜れ!)と指令を受けて働く潜水艇だからであり、よくよく注意してみればファッショナブルな沈み込みの仕草とは似ても似つかぬ代物だ。
現実に、芸術に、スムーズに潜行するためには、誰かの話を聞いて「わかりません」と言う強度が必要だし、エクリチュールのたんなるメディアになってはいけない。
「ディグる」という言葉を用いるときの恥ずかしさもまた、遠出するための荷造りみたいな必要コストとして数えられるのだろうし。
最近は、たとえ潜行した先の世界がどれだけ美しくあっても、人々は自らの家を忘れられないものだと思うようになった。そう、深く潜るということはある種の異界入りであって、そこで療された存在はその瞬間から訪問者として確定される。それが惜しいのでいつ終わらせるかといったことが問題になっていたのだが、喪失してどうこうなるほどの潜行体験は未だ私のもとに訪れないままでいるのだから、何も大したことではないのかもしれない。
今はというと、久々に高校時代以来の程度に早起きをしたので、船を漕ぐしかやることがない。人と人に挟まれた図書館の一席で、誰よりも浅く昼間の国を漂う。私が目を醒ます頃にはこの子の方が電池切れだろう。金属の塊を背負って帰る面白さよ、まったくしょうがないんだから。
またお手紙書きますね、大好きです。 みちる
こころを象るもの
音が眩しい。音の光は突き刺さるほど眩しかった。
宇宙で密度の高くなった熱い星がはじて銀河になるように、燃えるようなエネルギーを持った音が会場全体に散らばり輝く瞬間の感動。
これが、ピアノ一台の音だとはまるで信じられない興奮の渦。
*****
まいです、ごきげんよう❀
皆さんは、ハラミちゃんというピアニストをご存じですか?YouTubeなどでよくストリートピアノの演奏披露をあげている笑顔の素敵な女性のピアニストです。
私はテレビで観て知りました。
そのハラミちゃんの「47都道府県ツアーコンサート」に当選し、先日姉と共に見にいってきました。
……こんなに楽しいピアノコンサートってあるのかという驚き!
ピアノコンサートというと、クラシカルで敷居が高いというイメージもありますが、ハラミちゃんのコンサートは会場の多くの人がペンライトを振り、笑いと手拍子にあふれた温かくて熱い時間でした。
全力で演奏される聴き馴染みのある、そしてそれがハラミちゃんなりに解釈され芸術的になった曲が、何度も、何曲も演奏され会場のペンライトは揺れ続けていました。曲や、詳しいプログラムは、この先にもコンサートが続くのでネタバレ厳禁ということで控えますね。
その場で耳コピしてみせた即興演奏、電子ピアノで弾いたロックの激しさ、目まぐるしく変わる照明の赤・青・緑・白……。汗で湿る背中、耳もとにある心臓、ステージにあるピアノとただ一人の演奏者に、2500人が夢を見た。
*****
芸術は、心を豊かにする。あるいは心を空っぽにする。それまであった何かを洗い流す。と思う。
洗い流された何かを見つめることは、とても勇気のいることで簡単にはできない。
心は代わるがわる何かに満たされその重さを変え続ける。しかしそこには、常にその心を象っているものがある。心の、その輪郭はなんだろう。
私は目を凝らして、それを長いこと見つめていたい。
東京の春は雨がよく降る
もこ「こんなに沢山の人に読まれてるって知って、ちゃんと書かなきゃって気持ちになったよ」
あこ「そう言ってもこさん、また好き勝手書くんでしょ?」
クスッと笑うあこちゃんに、心地よさを感じる。
春風ふんわり。
研究ノートに拙稿が載った。新入生4、5人がワラワラとやってきて、「読みました!すごかったです!!」と口々に言ってくれた。
「あの…」と遠慮がちに声をかけてくれた新入生は、ブログ部の大ファンらしく、「推薦入試の時に、ブログの話をしたんです」と言っていた。
もことして生きて3年ほど。
これまでの人生、もこ、と呼ばれたことはなかった。
ブログ部のニックネームを決める際に、せっかくなら今まで呼ばれたことのない名前にしようと思って、もこにした。
(これが奇遇にも、石井先生の昔のあだ名だったらしい)(石井先生と私は、名前がよく似ている)(そしたら後輩にも、石から始まって子で終わる子が入部してきて、石子ちゃんが3人になった)
もこは、幸せだと思う。
東京に来て、良かったと思う。
健康診断が苦手だった。高校の頃、仕切りもカーテンも何もないところで、心電図検査をやった。内科検診は、おじさん先生の前で、胸を丸出しにしてやらされた。男子たちは、将来医者になって、健康診断をしたいと、話していた。
知らない間にトラウマになっていたらしく、大学に入ってからは、正規の日程で健康診断を受けることができなかった。そんな話を、4年になって初めて友達にした。するとみんな協力的で、一緒に健康診断を頑張ってくれた。
X線、2号車が女性の先生だったよ!
内科検診、服の上からだったから安心して!
安心させようと言ってくれる言葉に、ありがとう、としか言えなかったけれど、本当は涙が出るくらい嬉しかった。
どうやら健康診断は、怖いものではないらしい。
雨、ぽつり。
『破戒』の最後に、主人公はテキサスに行く。
研究者は軒並み批判的である。
なぜ差別と戦わないのか。
なぜ逃げるのか。
作品として、未熟だ、破綻だ、偽善だ。
黙れ馬鹿者。
差別される側になりたくなったわけではないのに、なぜ戦わなければならない。
差別される側として生まれてきたら、必ず差別と戦わなければならないのか?
藤村も、まさか作品の最後で後世の人からこんなに叩かれているとは思うまい。
私は、女性として生きた地元が嫌だった。
だから東京に来た。
東京でもこは、幸せに生きている。
(地元に残った女たちのことを考えたことがあるのか!)
(なぜ地元に残って差別と戦おうとしない!)
(逃げるな!)
拝啓、地元。
お元気ですか?
私は、幸せです。