皆さん、こんにちは!そして、はじめまして!
本日より、ブログ部に参加させていただきます、「ももこ」です。
自分で自由に文章を書き、それを発信するという経験は初めてなので、拙い点もあると思いますが、皆さんに楽しんで読んでいただけるよう励みますので、ご愛読くださると嬉しいです。
どうぞよろしくお願いいたします!
さて、初めての投稿で何について書こうか、自己紹介をしようか、それとも趣味について語ろうか、はたまたふるさとについて書こうか、何日も前から考えていました。自己紹介をしようとすれば、何だか気恥ずかしく、趣味について語ろうとすれば、書きたいことが多すぎてまとまらず、ふるさとについて書こうとすれば、1人暮らしをしている身にとっては、ホームシックになってしまうのです。
でも、皆さんに少しでも「私」という人間に、親しみを持っていただきたいので、恥ずかしながら、まずはやっぱり簡単な自己紹介から始めたいと思います。
私は静岡県出身で、大学進学を機に上京しました。ふるさとは「のどか」という言葉がぴったりすぎるほどの、のんびりとした田舎です。お家からちょっと歩けば、ジブリ映画に出てきそうな雄大な森、自然が出現します。その中を散歩するのが好きです。このような田舎から東京に出てきたので、上京したての頃はまさに“おのぼりさん”!今も背の高いビル群に圧倒されながら生活しています。静岡にいた頃は、電車に乗ったことはほとんどなく、東京で初めて満員電車に揺られた時は、都会の洗礼を浴びたような誇らしい気持ちでした。
趣味は書道、読書、映画鑑賞。ドラマやアニメを見るのも好きです。このお話は、またの機会にたっぷりとさせてください!
自己紹介でふるさとについて書いていたら、何だか静岡県のシンボル、富士山が恋しくなってきました。記念すべき初投稿、日本一の縁起物について書くのもいいのかもしれません。そういえば、前日(23日)は「富士山の日」でしたね。
ということで、本日は富士山について語ることにします!
私のふるさとは一概に静岡県と言っても、富士山の麓に割と近いので、本当に大きな富士山を臨むことができるのです。富士山中腹にある宝永山の上に、江戸時代に噴火した時の生々しい噴火口や、富士山の斜面にある数々の溝と言いますか、谷と言いますか、そういった細かいものまではっきりと見ることができます。また、夜になると、山小屋のキラキラした光も見えます。ここまでの文面を見ると、私がまるで富士山自慢をしているように感じられると思いますが、そうではありません。20年近く富士山の近くで生活をしていた私にとって、富士山があることは、あたり前なことのように思ってしまうのです。何をするにしても、大きな富士山がそばにいるわけですから…。
最寄りの新幹線のホームで、小さな女の子がお母さんに手を引かれて、急いで富士山をバックにした写真を撮っているという、微笑ましい光景を目にしたことがあります。実家へ帰省する際に乗った新幹線で、耳に大きなピアスをつけた強面なお兄さんが、富士山が見えて、思わず写真を撮る素振りをした時は、何だかホッとした気持ちになりました。
このようなエピソードは挙げてみればきりがないのですが、富士山の近くで生きてきた私としては嬉しいというか、誇らしいというか、心が温まるんです。まさしく、心のふるさとと言うものは、私にとっては富士山なのだろうと、このブログを書いている時に感じました。
さて、ここまでふるさとで感じた富士山について書き連ねてきましたが、東京でも富士山を感じることがつい最近ありました。
私は大学への登校中、とても急で長い坂を必ず上らなければなりません。花の女子大生が、夏は汗を流しながら、冬はカイロを握りしめながら上るのですから、恐るべき坂です。しかし、実は、そんな恐ろしい坂が「富士見坂」という名前だったのです。恥ずかしながら、「富士見」という名前は、富士山が見えるところにつくということを最近知りまして…。気になって散歩の途中で確認してきました。結果としては、富士山を見ることはできませんでした。どうやら、ビルの建設などによって、もともと見えていた富士山は見えなくなってしまったよう。残念です。
ふるさとにいた頃に見た富士山と比べたら、きっと何倍も小さいであろう東京の富士山。それでも、見たいと思って、体が自然に富士見坂の方へと向かっていました。今まであたり前にそばにいたものがなくなってしまうと、こんなにも寂しく感じるものなのですね。私の心に根付いた富士山への想いは、相当深く、重かったようです。
富士山は、古代から、人々の心を魅了してきました。百人一首の「田子の浦にうち出でて見れば白妙の富士の高嶺に雪は降りつつ」という歌は、あまりにも有名ですよね。(筆者は中学生の頃の百人一首大会で、この歌だけを覚えて出場するという、無謀な挑戦をしたことがあります。百人一首大会は、もはやかるた取りと化しました。)
日本文学を学ぶ上で、私がふるさとで培った精神的な風土が役に立つ時がきっとあるはず…!そう信じて、新年度も勉学に邁進する所存です。
しかしながら、最近の私はといいますと、とても長い春休みを、勉強もバイトもせず、友達とどこかへ遊びに行くということもなく、のんびりと過ごしています。そんな自堕落な生活を嘆いて、高校時代の親友に相談したところ、「“何もしないをする”っていうプーさんの名言があるらしいよ」と励まされました。なんてありがたい言葉でしょう…。怒涛の1年間を終え、新年度という新たな戦いに臨む前に、“何もしないをする”休息期間も必要ですよね。私はもう少し、“何もしないをする”日々が続きそうです。
初回から長々とお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします!