離れが難しい

皆さんこんにちは、ののです。

初回が弓道一色のブログになってしまったので、次は川越観光のことや、葛西臨海公園に遊びに行ったこと、家でゴロゴロ毛糸玉のような1日を過ごしたことなんかを書こうかなぁ

と思っていたのですが、予定変更です。今、私は弓道に燃えているのです。大学の講義のないこの時期は部活のことで頭とスケジュールがいっぱいなんです!

なぜこんなにめらめらしているのかといいますと、昨日(3月4日)から「新人戦」という名のイベントが始まったのです。ざっくり言うと、各大学の弓道部が東京の頂点を目指す、というトーナメント形式の大会です。大学弓道には年に何度かこのような、大会と書いてイベントと読む行事があるんですね。

この新人戦では女子は4人1チームが基本なのですが、選手交代が認められています。例えば、藍さんと上さんと岡さんと菊さんがスタメンとして出場し、藍さんの調子が悪そうだなーと思ったら途中で恵子さんに選手交代する、といったことが可能なんです。まさに大学が一丸となって試合をする「団体競技」なんですね。この点は、選手交代のなかった高校弓道の大会と一味違っていて新鮮です。

さらに、新人戦はその名の通り、大会に出場した経験のない「新人」にしか出場権がないんです。それなので、初心者の方もドシドシ出場するタイミングが訪れるのです!(・・・さあ、興味のある方はこちらにおいで^-^。)

さらにさらに、新人戦では、普段はなかなかお目にかかれない「強豪校」と試合をすることもあります。一見無謀な戦いも、その日の調子と、気分と、運で予想以上の良い試合が出来る、なんてこともあります。最後まで何が起こるか分からないのがスポーツ、技術もさることながら結局は運次第なのが弓道です。また、他大学さんの射形の美しさに心を射られることもあります。

さらにさらにさらに、新人戦はオンライン、Zoom越しで試合が進行していくのです。実は今日、私は他大学さんの試合をZoom越しに見ていたんです。接続には少々てこずりましたが、貴重な経験でした。2つの大学がそれぞれ別の場所にいても試合ができてしまうというのは、向かうは的、敵は自分である弓道のおもしろく便利なところです。とはいえ、私はやはり対面の試合のほうが好きですね、実感がわきやすくて。

普段の練習とは少し違う雰囲気のイベントは、緊張感あり喜びあり反省ありの刺激的で魅力的な時間です。私ももう少しこのイベントを楽しみたいと思います。それではまたお会いしましょう。

花粉の春、襲来

昨日出かける間際にふと自宅の車を見たら、花粉が降り積もってダークカラーの車体が白っぽくなっていることに気づいてしまいぞっとしました。こんにちは、さゆりです。

春休みも残り1か月だというのに何も達成できていない!

早くも私も3年生。そろそろ資格と就活で焦り始める時期ですね。大学に入って以降、今をがむしゃらに追いかけ続けていたせいで先の事を全然考えていなかったことを後悔しつつ(3年を目前に免許が取れていない人間)、いや、人生に遅すぎることなんてない!とポジティブに考えるようにしています。さすがにそろそろ焦ろう。

冒頭でも言いましたが、最近は花粉がえげつないですね。みなさん花粉の話をしていらっしゃいますが、耳鼻科の先生曰く今年は特に花粉の量がひどいとのことですし、実際私も毎日頭痛と目のかゆみ、そして肌荒れに悩まされています。昨年京都旅行に行っていたときは京都にいる間全く花粉の気配を感じなかったので東京から離れたら花粉の猛威も少しは弱まるのかしら、と思いつつ、どうしようもないのでもう耐えるしかありません。もし目の前に万能の神が現れてなんでも一つだけ願いをかなえてあげると言われたら、この世から戦争と花粉を消したいと願うと思います。

そして花粉の襲来とともにもうすぐ春がやってきますが、みなさん、春服あります?私はないです。

盛れる色を知っているくせに気が付くと黒ばかり買っていて春らしい軽やかさがないので、今年の春は自分に似合う清色高明度の色の洋服と小物の色柄異素材遊びにチャレンジしてみようと思っているのですが、なかなか予算内でいいものに出会うのが難しいんですよね。あと春の新作コスメも気になります。物欲の塊のようなオタクなので、諭吉氏が手元から旅立っていきそうになるのを抑えながら欲しいものをトーナメント形式で戦わせて買いたいと思います。

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それから最近、パーソナルデザイン診断というものを受けまして、先生にすすめられて生まれて初めて黄色と黄緑のアイシャドウを買いました。セキセイインコかな?色名だけ聞くと腰が引けますし実際私も買うまで少し時間がかかりましたが、一度色遊びの楽しさを覚えると楽しくなっちゃいますね。

実は1月の末に10年近く大往生してくれた愛鳥がお空へ旅立っていったのですが、この黄色と黄緑のアイシャドウの組み合わせを見ていると愛鳥の体の色みたいだなあなんて思ってついうるっときてしまいます。セキセイインコ概念メイク、はさすがに冗談ですが、本当にインコみたいな色なので目元だけインコになりそう。今年は奇抜過ぎない程度にカラーメイクにもチャレンジしてきたいです。

まだ少し先ではありますが、桜の開花が始まったらトーハクに行くのもいいですね。春は庭から眺める桜が最高に美しくて毎年の楽しみなんです。昨年は見にいけなかったので、今年は必ず。土日は混む印象がありますが、平日は混雑せず入れるので学生のうちに是非キャンパスメンバーズの権力を駆使して訪れてみてくださいね。では、また!

階段には流しそうめんを

スギ花粉降りしきる季節、いかがお過ごしでしょうか。こんにちは、わたです。

今日はひな祭りの日ですね。可愛いひな人形を飾ったり、食べ物も、正月同様「風習だから」という言い訳をつけてちらし寿司に蛤のお吸い物など普段は作らないような美味しい料理に加えて、菱餅にひなあられに桜餅、とお菓子も楽しめます。なんて素晴らしい行事なのでしょうか。皆様良いひな祭りをお過ごしください。

さて、3月に入り、街に出ると卒業式を終えたと思われる中高校生たちを見るようになってきました。あっという間に別れの時期ですね。このブログをご覧の卒業された皆様方、ご卒業おめでとうございます。更なる飛躍と今後のご活躍、そして春休みを後悔ないくらい楽しまれることを心よりお祈りいたします。

駅やカフェで卒業アルバムを広げて友達とみたり、改札で別れの挨拶を交したりする卒業生を見ていると、自分の中高生時代の楽しかったあれやこれを思い出し、帰りたさで泣きたくなってきます。べつに大半の中高の友達とは会おうと思えばすぐ会えるのですが、こうも学校学科はなれてしまうと、廊下で見かけて助走つけて背中めがけて突進したりすることもそうそうできないので、それがなにより悲しいのですよ。いかに平凡な日々が貴重なものであったか思い知らされます。

卒業後も近くに用があると正門近くまで行き、週に1、2回は1~6年前の写真を見返すぐらいには学校とそこで出来た思い出が大好きな私ですが、そんな充実した中高生生活に実は1つだけ心残りがあったりします。卒業からそろそろ1年、もう時効かと思いますので今回ここに書くことで1度葬っておこうと思います。

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突然ですが皆さま、日々妄想することってありますよね。大抵の人間がYesと頭を縦に振るかと存じます。どうか縦に振ってください。実は私もめったに声には出しませんが

泉プロムナードで学科対決蹴鞠大会とか大迷路大会in西生田の森とかリアル脱出ゲームin西生田とか百年館の屋上で凧あげるとか百二十年館の吹き抜けで宝塚か2.5次元の真似事を本気でするとか体育館で学科対抗バトミントン最弱選手権とか

日々「学校であんなことしたいな~」とふと考えてはマスクの下でニヤついていたりします。ふと妄想する癖は今に始まったことでなく、いつからと言われると「いつだ…?」と悩んでしまうほどには長い付き合いの癖でして、小学校では妄想族だと揶揄われたこともありますが、この妄想癖には課題などで助けられたことも多々ありまして。それに中高で同じような同志に会ったこともあって、特段恥ずかしがることでは全くねえなと、今では自ら妄想族という言葉を率先して使ったりもします。ようは他人に被害をもたらさなければいい、というか実行に移さなければいい話でして、頭の中でシナリオを書き、設計図を描き、これはいい!と思った時は仲のいい友人と共有して更に発展させる。正直妄想ほど場所を問わずお金を使わない楽しい遊びはないと思います。あの緑あふれる学び舎で友人とよく叶えもしない願望や、ありもしないテーマパークについて考えたものです。

しかし、過去に1つ、これはやれるかも!と思い実行手前まで動いたことがありまして。実はこれが先述にある私の中高生生活に対する心残りだったりするわけです。

私は高校生時代、一丁前に「友人たちとバンドを組む」という青春っぽいことをしていたのですが、そのクラブ室がまあ~~~辺鄙なところにありまして、教室棟から渡り廊下を渡り、幾棟かを通過しさらに進んで進んで進んで進んで、かなり行ったところにある別棟の地下にありました。で、その地下に通じる階段があったのですけれども、その高低差を利用して流しそうめんをしようと企んだのです。職員室のある教室棟から離れているから発見が遅れるでしょうし春休みなら尚更。なんと近くに水道もあるという絶好の場所。素麺と竹を持ってきてはいけないなどという校則は無いから「これは勝った」と友人に話し設計図を完成させ、実行は春休み中にある部活の日とし、竹を真剣に親戚の土地から取ってこようとしたその時。

やってきたのです、新型コロナウイルスが。

部室はもちろん学校が閉鎖され、学校や部活が再開しても我らが部室は閉鎖空間なので結局私たちが卒業するまで使えませんでした。結果的に実行できなかったことで私と友人は可能性としてあげてはいた、反省文と世にもくだらない教員会議の危機から回避できたのですが、それはそれ、

うん。本当にやりたかった。

こうして流しそうめんに対する無念を抱いたまま卒業し、流しそうめんをするはずだった階段に涙声で別れを告げ、そのまま大学生になってしまいました。大学に入ってからも階段教室の通路って大規模流しそうめんに向いていそうだな。とか思ったこともないことはないのですが、やっぱりここでやるには抵抗がある。さすがに友人1人2人だけじゃなくてプラス何人か賛同者がいないと竹を持ってこようにも恥ずかしい。やっぱり「若気の至り」として許される範囲のことはたとえそれが黒歴史製造への道であっても大学あがる前、広く青春とよばれる頃にやっておくべきだったなと思う次第です。

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寒さに凍え、花粉で寝込んでいたら新学期まで1か月を切りました。私もなんともう2年生です。来年の冬には成人式があります。20歳です、20歳。なのでこれまで以上に精神的にも大人にならないといけないのですが、個を尊重している学校で育ったからこそ生まれた、流しそうめんという名の戯れに対する情熱は、いつまでも大事に抱えていなくてはいけないという気持ちも存在していたりします。

明日は私の大好きな学校の創立者の命日です。明日のお昼ご飯はフリージアを飾った食卓で素麺を啜ろうと思います。

とは言え働きたくない

こんばんは、めいです。

花粉症に苦しむ時期になりましたね。私が。
洗濯物を取り込むだけでくしゃみが止まらず、非常に困っています。カットした湿布をテーピングのようにして指に貼ると症状が治まるという情報を耳にしたのですが、指がかぶれそうなので実践していません。そのため(?)今も絶望的な鼻詰まりの状態でこれを書いています。

就活解禁のニュースを目にしました。
自分が就活で鬱々としていたのがもう1年も前のことだなんて、時間が経つのは本当に早いです。
これまで卒論については何度か書いてきましたが、就活について終わってから何か書いたことはありませんでした。もう機会もないのでここで少し。


就活を終えて思うことは色々ありますが、何より声を大にして言いたいのは「焦るな」です。

SNSを見ていると、3年の夏からゴリゴリインターンに参加してOB訪問なんかもしちゃって、早期選考受けて3月には数社内定持ってます!みたいな人がいっぱいいるんですよね。そういうのを見ると自分は出遅れてる、早く内定もらわなきゃ、と思ってしまうんですが、全くそんな必要ないです。いつ何社に内定をもらおうが、みんな最終的に入社するのは4月に一社なので。極論を言えば、私が1年前に内定をもらっていようが今内定をもらおうが実際に働き出すのはこの4月です。
このあまりに当然な大前提を土台にどっしりと構えておくだけでも、就活に対する心持ちがかなり変わってくるのではないかなと思います。周りと比べるとどうしても早く早くと焦ってしまいがちですが、どれだけ時間がかかっても、妥協せず自分が納得して終えられるほうが絶対に良いです。

あとは、家探しの話をした時にも書いたのですが、やっぱり縁というか、タイミングみたいなものもあるような気がします。私は3年の秋インターンから早期選考に進んだ企業が一つあったのですが、3月の最終選考で落ちました。その企業は自分の希望も大体適っていたし、何より早く就活から解放されたかったので、内定をもらえたらもうそれで終わりにしようと思っていて。希望的観測に近い自信もあったのですが届いたのはお祈りメール。その時点で他の企業は本当に少ししか見ていなかったので、心が折れかけの状態で改めて企業検索から始めることに。結果的に、より希望に適った形で就活を終えることができました。ここで※に戻ります。

実践的なところで言うと、企業検索を条件で絞るときは細かく絞りすぎないほうが良いです。私の場合、絞り込み検索ではヒットしなかったのに企業ページをよく見るとちゃっかりその条件を備えている、ということがままありました。なので、これだけは何が何でも譲れない!という条件のみで絞ってからその他の希望条件を自力で一つずつ見ていく、というのも手だと思います。時間はかかりますが、そこは無心で捌きましょう。ちなみに、私はこれで今の会社を見つけました。検索の仕方を変えたのが4月に入ってからなので、説明会に参加したのは5月に入る頃です。つまり※です。

この話もう飽きたな〜〜というところで最後に。大学のキャリアセンターも存分に頼ってください(誰?)。各種セミナーに大学主催の企業説明会、ES添削に面接練習、個別相談、就職資料室等々…… 本当に沢山サポートしてくださいます。私もES添削や面接練習でお世話になりました。キャリア支援に関する情報はJASMINE-Naviに届くので、こまめに確認すべしです。
就活ってほっっんと〜〜に嫌だな〜〜〜〜と思ってしまいますが、友達や家族、大学、色んな人に頼りながら少しずつやっていけば大丈夫です。頑張ってね。

ということで、少しどころではなくなってしまった話を終わります。最近ありがた迷惑な長講ばっかり!すみません!何か一つでも一言でも、後輩にあたる皆さんの役に立つことがあればと願います。
それでは。

沈思

こんにちは!
1ヶ月ぶりの更新となりました、ゆきほです🍵

3月に入り、暖かいを通り越して今日はちょっと暑かったですね。たしかについこの間まで寒すぎると文句を言いながら毛布を被って生きていましたが、さすがにここまで一気に暖めろとは言ってませんよ。私も昨日出かける直前に大急ぎで春物のトレンチコートを引っ張り出しました。

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さて、最近の私も相変わらずのんびりと生きております。

前回の私はまだ期末レポートが数本残っていましたが、すでに成績が発表された現在はさすがにもう残っていません。あの時は頭の片隅に常に”いる”存在だった期末レポートが、今となっては過去のものになりました。都合のいい脳ですね、また4ヶ月後には再会するのに。

レポートに限ったことではありませんが、どんなに忙しかったりやることが詰まっていたりしても、基本的にはそこまで動揺せずマイペースに生きられるのが私最大のとりえだと思っています。

思えばかなり昔から「しっかりしているね」「まじめだね」的なことを褒め言葉として言っていただける機会がちょこちょこあるのですが、それは決して私の地がそういう性格だからという訳ではないということに最近気づきました。むしろ極度にマイペースで自己中心的だからこそ、自分がのんびりできなくなりそうな案件を早め早めに片付けたいと思ってるだけなんですよね。……とか言いつつ、結局いろいろなものが期限ギリギリになって焦っていることもかなり多いんですけど。

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無理はちょっとしてでも 花に水はあげたいわ
そうやっぱ したいことしなきゃ腐るでしょう?

知っている方も多いかもしれません。ONE PIECE FILM REDの挿入歌、「私は最強」の一節です。

数年前、やらないといけないことに追い詰められて、まさに「腐って」大変なことになっていた私に聴かせてあげたいです。今のお前に欠けているのはこれだ!って。

「花に水」をあげる手段が分かって、自分の機嫌をとるのが比較的上手な成人になった今となって、あの当時の私はやっと報われたのかもしれません。

https://youtu.be/sk1Z-Hqwwog
(ONE PIECE未履修なので映画のストーリーを踏まえて聴くということはできないのですが、1つの曲としてとても好きです)

ちなみに明後日は朝9時から公開日にドラえもんの映画を観に行ってきます。午後からのバイトとは重ならずに、何とか公開日にドラえもんを観るための苦肉の策がこれです。平日の朝から劇場に集える仲間は果たしてどれほどいるのでしょうか。選び抜かれた猛者たち(?)と一緒に楽しんできます。

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私がここに自分の考えていることを書くときというのは、最近それといって特筆できるような出来事がないときです。今回は何もなかったと言うよりも、いろいろと楽しかったことや書きたいことがあって全くまとめられなくて。

じゃあ今日は何を書こうかな〜と考えていた時に、最近ぼんやりと考えていた今回書いたような内容のことを思い出しました。黙々と延々と考えているのも個人的にはかなり好きですが、こうして文章にしてみると頭の中が整理されますね。備忘録みたいな感じでまとめるのもちょっとやってみたくなりました。

少し前まで心の中で厳重に蓋をしていた経験をちょっとだけ開いてチラッ覗いてみて、そこから当時の愚痴や嫌な気持ちではなく、今に生きる学びを若干でも得られるようになったのは「大人になった」ということなのかな?と思います。大人としての自覚は正直そんなにない、成人したての20歳です。

ではまた。

あたたかみ

私の投稿に何度かボランティアサークルのお話があった気がします。大学生に中古教科書を販売しその売上を途上国の子どもたちの支援金にあてるという活動をする全国規模の学生起業団体です。

つい昨日までのお話。23日から26日、淡路島にて3泊4日の全国合宿に参加しました。

参加というより開催の方が近いかもしれません。今回の合宿では私は係を務め、およそ100人で過ごす4日間のために、9人の係で半年間準備をしてきました。

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まいです、ごきげんよう❀

合宿の準備って何?と思われるでしょう。この合宿は淡路島を観光したりバーベキューをするような遊びメインの合宿ではなく“研修”なんです。

全国に支部をもつこの団体は中高の部活のように対面で集まることはなかなかできません。支部ごとに状況も進捗も異なれば一つの団体としてのまとまりを失うので、年に2回全国合宿を行い、活動への意識を高めたり認識をそろえる必要があります。

係はそこでコンテンツと称した講義を一人一本準備し、参加者同士のディスカッションの時間を設けながらより多くの金額を寄付するための戦略などのプレゼンをします。

私も3日目のコンテンツを担当し、結果とても良い形でやり遂げることが出来ました。あとはこの戦略や考え方をそれぞれ各支部に持ち帰って実績に繋げてもらうのみです。

私は昔から人前で話すことが得意で適正だと認識しています。しかし今回わかったことはそれ以上に“表現方法”として講演が好きだということです。

もともと芸術でもなんでも形にないものを形で表現するということが好きですが、講演がこれにあたるとはこの日まで気づきませんでした。新たな自分を知れたのか、生まれたのか。どちらにしてもおめでたいです。

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この全国合宿は、現在活躍している先輩たちが、今の自分の原点だとも言う重要なものであることは噂で聞いていました。実際過去には、退部前の記念として行ったはずが、モチベーションが上がりまさかの支部長になって活躍した人もいたようです。そんな話も聞き、コロナを乗り越え3年ぶりの対面開催に係としてその重要さを理解したつもりでいながらも、オンラインでしか参加したことのない私にはそこに実感というものが伴っていませんでした。

しかしどうでしょう。いざ大変な4日間を終えるとき、私の活動に対する意識や意欲は全くの別物になっていました。係としての責務を終え、全国のみんなと実際に会い大笑いし、ここまで築き上げてきてくれた先輩たちの引退に涙したこの4日間、ここに思いが湧かない理由がなくなっていました。

初めて「あ、私たちは全国でワンチームなんだ」ということを実感し、そのとたん別れが淋しくなりました。

なるほど。これが対面とオンラインの決定的な差。知識や大事なことを経験することはできるけれど、体験はできない。記憶として残るけど思い出として保存されにくい。

人間はやっぱり喜怒哀楽を肌で空気でわかちあう生き物なんだと思います。

心地の良いことを「あたたかみがある」というけれど、そういえばオンライン時代に突入して以来、久しく使っていなかったなぁ。

こんばんは、まなです。就職まで残り一か月ほど。やり残しが無いように色々と約束やら何やらをしまくる、相も変わらぬ日々を送っています。中身はやり溜めていたゲームの消化が大半なのですが……。

先日、私の所属している創作自主ゼミの作品集が完成しました。作品集といってもゼミ員向けに作ったもので、皆さんには読んでいただけないのが残念ですが、とても素敵な仕上がりになっています。編集、発送、諸々、前自主ゼミ長のおかげです。

何事も「形にする」という行為は労力を伴う、それはそれは大変なものです。私は小説を書くことが好きで、それに対する労力は少なく感じます。ですが、様々な内的要因、外的要因が積み重なると、その労力は重く感じます。この状態がスランプというものなのかなあと思います。他にやりたいこと・やるべきことがある時、好きなことが考えられない時、私のキャパシティはおよそ1つ、2つくらいしか並行作業できないと自覚しています。だからこそ、そんな時はインプットの期間だと割り切って好き勝手するようにしています。今がまさにその時というべきでしょう。満足したら、また停滞したものをのんびり再開していこうと思います。

作品集に載せた私の作品は、停滞し続ける現状へのささやかな抵抗ですが、人の助けもあってこうやって形にできたことが、たまらなく嬉しく、大切なことに思われるのです。作品は人の目に触れて、自らの手を離れて、ようやくちゃんと形づくられるものだと実感しているから。

年に数回は書いている創作への思い。何が言いたいかといえば、手元にある端末に何かしらの作品がある方、とにかくそれ、一度放流してみない?そしてそれが偶然にも掌編・小説の類だったなら、創作自主ゼミ入ってみません?というだけの話です。勧誘回でした。

それでは、また。

冬と春の間

とっても寒い日と割と暖かい日が交互にやってきて、三寒四温だなぁと思う今日この頃です。目白キャンパスのテニスコートではウグイスの鳴き声が聞こえてきます。
気がつけば2月も末、私たちの春休みも折り返し地点になりました。いかがお過ごしでしょうか。

私の春休み、今のところほとんど部活とバイトしかなくて紹介しようにもあまり話すことないかも、という状況です。夏休みも同じことを言っていた気がします。この1ヶ月が概ね部活とバイトと食と睡眠で構成されている……。健康的ですね。
“概ね”側に含まれない出来事を捻り出してきたのでお話させてください。私にはこの春大学生になる妹がいるのですが、彼女はデザイン系の大学に進むため先日その入学予定の大学の卒業展を見てきました。部活では他大学のキャンパスにお邪魔することもありましたが、こんな状況下なので校舎に入ったりなどはなかったため大学生になってから初めて他大学の校内に入り、まずその時点でだいぶ楽しかったです。また、それぞれ自分のブースを好きなように使って創作物を展示していてどれもすごく面白かったです。作品の奥に作者が感じられて、それぞれの個性や工夫が輝いているのがいいなぁと思いました。私は進路を決める時点で国語が好きだったので日本文学科に進学しましたが、絵を描くことも幼い頃からずっと好きでした。結局得意な方を大学で学ぶことにしたものの、今も絵を描くことやデザインをすることは好きなのでそれを専門的に学べる妹が羨ましいな〜とちょびっと思ってしまいました。
他の人がなぜ今それを学ぶに至ったのかだったり、それはどんな内容で何を主に学んでいるのかだったりを改めて聞く機会は例え友達同士であってもなかなか無いかなと思います。でも全然知らない分野を覗いてみると結構面白くて、自分がそれを学ぶかどうかはともかくそういう話を色んな人に聞いてみたいなと思うことがあります。今回「何を学んだか」の集大成である卒業展を見られたのは興味深かったし楽しかったなと思いました。4月が来て学年が上がるとゼミが始まり、卒業論文について考える機会も多くあると思います。色々吸収して引き出しの多い人になりたいです。
では。

瑠璃色のごあいさつ

皆さん、こんにちは!そして、はじめまして!

本日より、ブログ部に参加させていただきます、「ももこ」です。

自分で自由に文章を書き、それを発信するという経験は初めてなので、拙い点もあると思いますが、皆さんに楽しんで読んでいただけるよう励みますので、ご愛読くださると嬉しいです。

どうぞよろしくお願いいたします!

さて、初めての投稿で何について書こうか、自己紹介をしようか、それとも趣味について語ろうか、はたまたふるさとについて書こうか、何日も前から考えていました。自己紹介をしようとすれば、何だか気恥ずかしく、趣味について語ろうとすれば、書きたいことが多すぎてまとまらず、ふるさとについて書こうとすれば、1人暮らしをしている身にとっては、ホームシックになってしまうのです。

でも、皆さんに少しでも「私」という人間に、親しみを持っていただきたいので、恥ずかしながら、まずはやっぱり簡単な自己紹介から始めたいと思います。

私は静岡県出身で、大学進学を機に上京しました。ふるさとは「のどか」という言葉がぴったりすぎるほどの、のんびりとした田舎です。お家からちょっと歩けば、ジブリ映画に出てきそうな雄大な森、自然が出現します。その中を散歩するのが好きです。このような田舎から東京に出てきたので、上京したての頃はまさに“おのぼりさん”!今も背の高いビル群に圧倒されながら生活しています。静岡にいた頃は、電車に乗ったことはほとんどなく、東京で初めて満員電車に揺られた時は、都会の洗礼を浴びたような誇らしい気持ちでした。

趣味は書道、読書、映画鑑賞。ドラマやアニメを見るのも好きです。このお話は、またの機会にたっぷりとさせてください!

自己紹介でふるさとについて書いていたら、何だか静岡県のシンボル、富士山が恋しくなってきました。記念すべき初投稿、日本一の縁起物について書くのもいいのかもしれません。そういえば、前日(23日)は「富士山の日」でしたね。

ということで、本日は富士山について語ることにします!

私のふるさとは一概に静岡県と言っても、富士山の麓に割と近いので、本当に大きな富士山を臨むことができるのです。富士山中腹にある宝永山の上に、江戸時代に噴火した時の生々しい噴火口や、富士山の斜面にある数々の溝と言いますか、谷と言いますか、そういった細かいものまではっきりと見ることができます。また、夜になると、山小屋のキラキラした光も見えます。ここまでの文面を見ると、私がまるで富士山自慢をしているように感じられると思いますが、そうではありません。20年近く富士山の近くで生活をしていた私にとって、富士山があることは、あたり前なことのように思ってしまうのです。何をするにしても、大きな富士山がそばにいるわけですから…。

最寄りの新幹線のホームで、小さな女の子がお母さんに手を引かれて、急いで富士山をバックにした写真を撮っているという、微笑ましい光景を目にしたことがあります。実家へ帰省する際に乗った新幹線で、耳に大きなピアスをつけた強面なお兄さんが、富士山が見えて、思わず写真を撮る素振りをした時は、何だかホッとした気持ちになりました。

このようなエピソードは挙げてみればきりがないのですが、富士山の近くで生きてきた私としては嬉しいというか、誇らしいというか、心が温まるんです。まさしく、心のふるさとと言うものは、私にとっては富士山なのだろうと、このブログを書いている時に感じました。

さて、ここまでふるさとで感じた富士山について書き連ねてきましたが、東京でも富士山を感じることがつい最近ありました。

私は大学への登校中、とても急で長い坂を必ず上らなければなりません。花の女子大生が、夏は汗を流しながら、冬はカイロを握りしめながら上るのですから、恐るべき坂です。しかし、実は、そんな恐ろしい坂が「富士見坂」という名前だったのです。恥ずかしながら、「富士見」という名前は、富士山が見えるところにつくということを最近知りまして…。気になって散歩の途中で確認してきました。結果としては、富士山を見ることはできませんでした。どうやら、ビルの建設などによって、もともと見えていた富士山は見えなくなってしまったよう。残念です。

ふるさとにいた頃に見た富士山と比べたら、きっと何倍も小さいであろう東京の富士山。それでも、見たいと思って、体が自然に富士見坂の方へと向かっていました。今まであたり前にそばにいたものがなくなってしまうと、こんなにも寂しく感じるものなのですね。私の心に根付いた富士山への想いは、相当深く、重かったようです。

富士山は、古代から、人々の心を魅了してきました。百人一首の「田子の浦にうち出でて見れば白妙の富士の高嶺に雪は降りつつ」という歌は、あまりにも有名ですよね。(筆者は中学生の頃の百人一首大会で、この歌だけを覚えて出場するという、無謀な挑戦をしたことがあります。百人一首大会は、もはやかるた取りと化しました。)

日本文学を学ぶ上で、私がふるさとで培った精神的な風土が役に立つ時がきっとあるはず…!そう信じて、新年度も勉学に邁進する所存です。

しかしながら、最近の私はといいますと、とても長い春休みを、勉強もバイトもせず、友達とどこかへ遊びに行くということもなく、のんびりと過ごしています。そんな自堕落な生活を嘆いて、高校時代の親友に相談したところ、「“何もしないをする”っていうプーさんの名言があるらしいよ」と励まされました。なんてありがたい言葉でしょう…。怒涛の1年間を終え、新年度という新たな戦いに臨む前に、“何もしないをする”休息期間も必要ですよね。私はもう少し、“何もしないをする”日々が続きそうです。

初回から長々とお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

今後とも、どうぞよろしくお願いいたします!

かすかなるむぎぶえ

※この作品は、事実に基づいたフィクションです。

溜息

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はじめまして。ブログ部新入部員の あやめ です。よろしくお願いします。

自己紹介が、苦手です。自分のことを一言で言い表そうなんて到底無理です。

私は非活動的です。かろうじて今ここに居るけれど、一歩間違えればどうなっていたか、そんな不安定な者です。

書かせていただいているくせに、書くことがありません。もっと厳密にいえば、誰かに見てもらうような大したことをしていません。体調は不安定、趣味なし、恋人もなし、サークルも行かなくなってしまいました。学校と家とを往復するだけ、課題をこなし、日々をただ消化するロボットのようなモノです。いや、今のロボットは非常に性能が良いので、ともすればロボットにも劣るのです。ですから、ここでみなさんに披露できることが、おそらく、0です。

ゲームもマンガもわかりません。ちょっとずつ、つまみ食いならしたことがありますが、推しとかそういう熱を持った取り組み方はしていません。テレビもあまり見ません。ドラマは、古い刑事ドラマばかりを、気が向いた日に少しだけ観ます。かといって、外には出ません。外での遊び方を知りません。遊ぼうと誘える友達も大していません。高校もろくに行かずに(体調が悪いなどの理由で毎日登校せずに)卒業してしまいました。

じゃあ、いつもなにをしているの?なんと、なにもしていません。寝ています。この世に存在していないも同然!なんということでしょう‼

だからしょうがなく、不本意ながら、心外にも、私自身のことを書きます。私のこれまでの人生は、これでいて、結構起伏がありました。もしもあなたが今後も私のジメジメした文を読んでいただけたなら、自己紹介が苦手な理由も、初回だというのにネチネチジメジメもじもじしている理由も、話すネタが無い理由も、全部分かっていただけると思います。

それに、私小説みたいなものを書いてみるのが夢でした。

◆◆◆◆◆

これでも対面では、しっかりしているなどと言われるのです。授業なんかでは、わりとはきはき発表もできるし、ずけずけ質問もできます。もし、私に一度でもお会いしたことがあるあなたなら、その落差に、今驚かれているところだと思います。その落差が生じる理由も、このかたい言葉遣いを選んで使用している理由も、もしかしたらわかるかもしれません。

◆◆◆◆◆

信じ難いですが、私は「特殊」らしいです。一般の道から外れている、みたいな意味で特殊です。(「ああ、なんだ。自分で特殊とか言っちゃうタイプね…」なんて思って画面を閉じないでください。私もそう思います。もうちょっとで終わりますから。)

この特殊ということを、大人になって、イタくてとても書けなくなってしまう前に、まだ、若気の至りねと許してもらえる内に、書いてしまいたかったのです。誰かに見てもらいたい、というより、どのくらい通用するかしないかを実験・観察してみたかったのです。みなさまにはここまでお付き合いいただいたのに、私の実験などにつき合わせてしまってごめんなさい。

恥ずかしながら、僭越ながら、私のことをまずはゆっくり書いていきたいと思います。

これは、私が私のためにやっていることであり、みなさまはそれにつきあわされる、被害者のようなものなんだと思って、書き進めます。

初回から長々と失礼しました。

併記

一、授業で、あの太宰治が、グダグダうじうじ言い訳を並べているところをみました。なんだ、太宰でそうなら私が言い訳したって良いだろう、とうれしくなりました。そういうわけでこのような辛気臭い文章です。これは、未来の私のための言い訳であり、私にとっては非常に大事な工程なのであります。

一、「公的文章」を書くことがこんなにも恥ずかしいものだと思わず、安請け合い的に首を縦に振ってしまいました。でも話を伺ったときは、確かに面白そうだな、と思ったのです。こんな、変にカッコつけたジメジメの文を、誰かーお父さんあたりーに読まれてしまったら、私はもうダメです。今まで一生懸命良い子になろうと、「良い子」の積み木をチマチマ積み上げてきたのに、総崩れです。ダメです。5年後の私が部屋の隅で体育座りになって泣き出すくらい恥ずかしい。どうしてさっき、太宰「大先生」と私が同じだなんて思ったンだろ。

さて、ここまで丁寧に、慎重に、くどくど警告しましたので、もう「暗い」なんてクレームは受け付けません。私は知りませんからね!私だって嫌な文だな、と思いながら書いていますからね、もう知りませんよ‼

嘆息

※この作品は、事実に基づいたフィクションです。