ご無沙汰しております、みちるです。
さて、そろそろ学生らしい話題を出してみることにします。
来月初頭、弊学科の老年生は卒業論文まつわる口頭試問を経て、いよいよ卒業へ向けて学部生最後の期間を過ごすことになります。
学業、勉強、運動・活動、趣味、仕事、交遊、それぞれにおいてコンディションや熱量の値は大小さまざまな波を作り続け、光も翳も強く深く身に受け、目まぐるしき四年間でした。
大学関係者やあるいはそれに近い周囲の大人たちは高校時代の我々に、「大学は高校の延長ではない」と教えました。
学業もそれを支える生活リズムも変化するだろうし、あらゆる面で自身を律する必要があるとも。
これは本当に正しかった。勿論学業も生活も大きな変化を迎えましたが、変化の最たるものは、自らの内的な領域におけるものであったと思います。
高校生の私は、シリアスな表情をしながらその実自分は救われると思っていたし、一日一日はうまくいかないのに三年間は総じてうまくいくと信じていて、格好つけた態度がどうも鼻につく奴でした。
周囲の高校生の誰もが知らない”何か”を知っているような表情をしていたけれど、私が知っていることは恩師がすべて御存知でした。
現在の私は知っている。学者にも格闘家にもサラリーマンにもプロレタリアートにもブルジョワジーにも、「見える」人々がいる。これは必ずしもスピリチュアルな話ではなくて、場合によってはそこから最も遠い領域に属する事態だ。
見たい、と考える人々に見えることは有り得ない。見える可能性はそうと願わない場合にある。昔の私は、自分にはきっと見えるし、誰よりも見たいと渇望した。ゆえに、まったく何も見えなかった。今は、見えることに、見えるという状態に然程興味が沸かなくなっていた。それ以外の苦しみや焦燥に魂をすり減らされる事態のほうがよほど重要だったためだ。するとどうだろう、衰弱した私の魂が光を認識し、背後の眼は翳を認識し、光も翳も強くはない或る一点にそれを見た。
――ここまでの話において私は「見える」者であるという自負を抱えて生きているということになっているかもしれない。それは誤りである。
私は恒常性のもとで「見える」者ではない。
私は誰にも秘したままある一時点において「見た」者である。これは私の望んだことではない。しかし同時に、これからの私を救ったり絶望へと追いやったりするものではない。いまや私は何かを知っていることも、何かが見えることも、どうでもどちらでも構わない。そこに特権性があることは全面的に認めるが、しかし自分がそこにどう参与したいかという願望がない。
私は愛するあなたと、周囲の人々と、美しく楽しく元気に生きていきたい。救ったり救われたりする者としてではなくありたい。
そのようなことは到底叶わないとしても、願っただけ叶わなくなるとしても、今は願い、宣言するほかになす術がない。
華々しくもなければ人に語るほどのこともない大学生活でしたが、人には語れないものを感得した日々でもあります。
(間奏)
今日、父親の誕生日でした。
すっかり忘れていたので今からメッセージを送ります。
それでは、またお手紙書きますね。大好きです。 みちる