育つも、育たぬも

皆さん、こんにちは!

先月後半はお休みを頂いたので、約1ヶ月ぶりの投稿になります、お久しぶりのももこです。(久しぶりすぎて、はじめの2~3行の挨拶を書くのにとっても時間がかかりました(笑))

大学生の春休みは長いと言いますが、あっという間に折り返し地点になってしまいましたね。何だか、時の流れの速さを切なく感じる今日この頃です…。皆さんはいかがお過ごしですか?

私はと言いますと、2月には、ディズニーランドに2回ほど遊びに行ったり、人生初の能楽鑑賞をしたり、それは充実した日々を過ごしておりましたが、現在は実家に帰省中。母に「こういう時くらいしか休めないんだから、ゆっくりしていきな~」と言われたのをいいことに、のんびりだらだらとした毎日を送っています(笑)。

そんなわけで、本日のブログは、ナマケモノ(になりつつあるももこ)が実家からお届けします!どうぞ、皆さんも、(ナマケモノみたいに)ごゆるりとお付き合いくださいませ…。

***

実家に帰ってきたとき、1番に私の関心を引いたのは玄関先にあるプランターと、そこに植えられている“何か”。どうやら母と姉は“バジル”と呼んで大層かわいがっているらしい。

夕食のとき、我が家に迎えられた“バジル”について聞いてみた。

私「そういえば、最近バジル育ててるの?」

母「ああ、そうそう」

姉「私が名付けたんだよ~」

私「ん?「名付けた」ってどういうこと?バジルはバジルでしょ?」

姉「ううん。あれ、菜の花だよ」

私「へ…?」

紛らわしいことこの上ない。姉は菜の花に、わざわざ“バジル”という名前を付けたというのだ。その菜の花は、私の地元のお祭りで開催される「菜の花品評会」に出品されるもの。いつの間にか母が地区代表として、出品する菜の花を育てることになっていたそうだ。

しかし、私が“バジル”と聞いてその正体を疑わなかったほど、プランターに植えられている菜の花は菜の花らしくない。むしろ、今すぐに葉をむしってピザやパスタに加えられそうなほど、プランターに植えられている菜の花はバジルっぽい。かわいらしい黄色い花は1つも咲いておらず、丈も本来の菜の花に比べれば10分の1にも満たないだろう。

母いわく、

「姉が“バジル”なんて名前を付けちゃったから、この子(菜の花)は自分がバジルだと思い込んで、全然成長しないんだよ!もうすぐ品評会なのにどうしよう…」

姉が反論していわく、

「確かに名付けたのは私だけどさ、お母さんだって“バジル”って呼んでたじゃん!」

うーん、どっちもどっち。

それからというものの、母は毎日プランターに植えられているバジルにしか見えない菜の花に声をかけ続けた。

「“バジル”どうする~?このまま品評会に出る?それとも、このまま家で花付ける?あんたが花付けるところまで見たいよ~」

極めつけは、

「“バジル”!こんなんじゃ、食べるところもないよっ!」

この呼びかけに対しては姉から、

「そんなこと言うから“バジル”が怖がって大きくならないんでしょ!」

と切り込まれていた。

聞くところによれば、この壮大で紛らわしい茶番劇に、父も付き合わされていたらしい。“バジル”を朝になったら玄関の外に出し、夕方になったら家の中に入れるのが父の担当である。

ある日、父が“バジル”を家の中に入れ忘れたことを、母と姉に咎められていたとき、

「過保護にも程があるよな…」

とぼそっと言ったのを、私は聞き逃さなかった。

さて、“バジル”の成長をそばで見守って数日が経ち、ついに品評会前日になった。当の“バジル”はというと…。うん、もうバジルにしか見えない。

“バジル”がバジルのまま、花も付けず、丈も伸ばさなかったことに焦りを覚えた母は、野に咲く菜の花を取ってきて植え替えるという暴挙に出ようとしたが、結局あきらめたらしい(本当は1時間くらい野生の菜の花を探しに行っていた)。

しかし、“バジル”をバジルのまま出品するわけにもいかず、家にある別のプランターに“バジル”だけ植え替えて、元のプランターは品評会の主催者側にお返しすることになったのであった。

我が家の玄関先のプランターには、今も“バジル”がバジルらしく植えられている。お祭りから数日経っても、“バジル”に大きな変化はない。

“バジル”よ。

育つも、育たぬも、咲くも、咲かぬも、君次第。

どうか、私にそのたくましい茎を、かわいらしい花を見せておくれ。

(※筆者は一貫して菜の花について書いています)

***

本日は、我が家の紛らわしい珍事にお付き合いいただき、ありがとうございました!それでは、また!

BABY DOLL

ご無沙汰しております、みちるです。

 

お別れの季節です。
今日も今日とて私はキャンディーズの「微笑みがえし」をイヤホンで聴きながら街を歩きます。

新たな出会いのための別れではなく、目の前の誰かとの離別。その先のことなんて到底考えられないような寂しさを抱えて歩く。

そして私はほんとうに、長らく連れ添ったあの子と別れたのでした。

 

「さようなら、昨日の幸福」

そういって二人の並んだ写真を削除する。

「さようなら、明日の苦痛」

そういってあの子にもらった感情を忘れていく。

 

今度は本当にさよなら。
友人として、あの子と話せる人物でいたい。そう言ってみたはいいものの、私は多分、あの子と関係するのに疲れてしまった。あの子との新しい関係を構築するには、どれくらいかは分からないけれどとにかく時間が必要だった。

そういうことさえ説明できずに、またあの子を苦しめて、責められ、いやになって、投げ出すこともしたくないので、幼子をあやすような柔らかく丁寧な言葉をいくつか選んで発する。

神経質でせっかちで落ち込みやすく言葉にするのが不得手でとても鋭く生きるあの子が、時間に怠惰で無神経で鈍くて言葉と人間とを無意味にも愛していて同じくらい神経質な私に、よく付き合ってくれたと思う。
いやでいやで仕方なかったんじゃないかな。きっと何かあるごとに苛々して、不快に思い、摩耗していたと思う。それでもあの子が私と共に居てくれたのは、そうすることで互いに変わっていけると信じていたからだろう。シリアスになりやすいあの子は私の軽口を嫌い、ユーモアを建前に本音を隠す私はあの子の冷めた態度を嫌った。それでも、少なくとも私にとってあの子は心から尊敬する相手で、今も変わらず美しいと感じている。

あの子という志向性そのものを愛している。
私は、あの子をして初めて、人間を「力への意志」として認識した。
あの子は気高く、それゆえに美しかった。

 

私はあの子に釣り合うような、高貴なものになろうと努めていただろうか。
私はあの子をほんとうに知ろうとしたか。
私は、やりきれなかった。動いているようなそぶりを見せて、変わろうとしなかった。

下賤。今の私を形容するに適した語。

 

(間奏)

 

誰の隣にいても、どんな高さ深さに生きていても、どの貌をして世界に差し向かう場合も、気高くなければいけない。
率直にそう考えられるようになったのは、自分がいかにどうしようもなく項垂れ切った者であるか実感したある瞬間からだった。即ちそれは、あの子と別れ、別々の傘を差して歩いた駅までの道でのことだった。

私はいつまで同じ地点で足踏みしているのか。
変わりたい、変わるぞ、という意気込みだけ見せては幾度も人を失望させてきた。今の自分を愛してくれなんてよく言うけれど、そんなことを望んでも虚しいだけだ。

 

いつかあの子に違う誰かの口癖がうつって、違う音楽を好きになって、私が憧れるような素敵な誰かと生きていくと決めたとき、一言何か伝えられるようでありたい。

私が言う「愛」はきっと中途半端な形であの子に伝達されており、このままではすべて台無しになってしまう。まだ、きちんと話さなければならないことが沢山ある。
新しい恋なんてしている場合じゃない、と思う。
恋をしている間は、あの子のことなんて考えている場合じゃないと思うはずなのに。おかしいな。

何を諦めて、何を貫くか、いい加減決め切らなければいけない。
大学生の私はいつのまにか誰かと生きていて、いやそれも「いつのまにか」ではいけないのだが、誰かと生きるということを軽薄に把握しすぎた。

私を必要としてとか、かえって私を忘れてとか。
遊びじゃないんだから。
ぜんぶ、ぜんぶ、遊びじゃないんだから。

学問。文字通り学びと問いの次元へと引き戻されるとき、私は安心する。我ながら自分はふざけた奴だと思うけれど、そうじゃない私が生きていて、まだ必死になれる。本気で愛を語り、どんなに無意味で虚しい人生も遊びなしにやれる。
耳ざわりの良い「意味」や「価値」に靡かずに気高く立っていられる。そう確信できる。

私がここを出てあと二年間取り組むのは、そうした態度で力へと向かっていくことである。
私を愛する人も、私を憎む人も、そのどちらをも抱えた誰かも、ごめんなさい。恥ずかしくても、私は生きていくことにしました。まだ青くいられる二年間、今度こそ美しく、そう誓う相手に、あの子とその他すべての「あなた」を選んでも良いでしょうか。

手始めに、度が過ぎるくらい正直になって、資格とか立場とか、何にも気にしないで大声上げて泣いてやる。

 

またお手紙書きますね、大好きです。   みちる

能楽堂への誘い

ブログをご覧の皆様こんにちは。2回目の更新となります、まどかです🐧

前回の更新ではただのペンギンブログと化しておりましたが…ご安心ください、本日はこれぞ日文!といったお話ができるハズです。



ところで皆様はお能や狂言をご覧になったことはございますか?

私は小学校の芸術鑑賞会で観たことがありました。もしかすると学校の芸術鑑賞会や授業などで観たことがある方もいらっしゃるのではないでしょうか。

実はつい数日前の3月3日、本学の中世文学ご担当の石井倫子先生を中心としたプチ能楽鑑賞会が行われました✨

奇しくもこの日は桃の節句。能楽堂に足を運んで過ごすなんて何だか雅ですね。



**********************



今回鑑賞させて頂いたのは、国立能楽堂にて開催された「粟谷能の会」。

JR千駄ヶ谷駅から歩くこと数分、突然近代的なビル街の中に趣のある門構えが見えてきます。

お能にも流派があるのですが、こちらの粟谷能の会は「喜多流」の粟谷明生師が主催されています。しかし、今回はなんと「観世流」の観世銕之丞師との異流共演が実現。加えて、狂言は人間国宝であられる野村万作師が演じられました。まさに夢のコラボレーションといった大変贅沢な時間です。


お能は『蝉丸』と『』、狂言は『連歌盗人』を鑑賞したのですが、、、

実のところ、私は今回が初の能楽堂でした!

狂言については教養科目として履修していた講義で学んでいたのですが、お能の方はサッパリでございました。「それなのに無鉄砲にもお前さんは行ったのか???」と呆れられてしまいそうですが、良いのです。時には勢いも大切です。私の人生は余程がパッションと勢いで成り立っています。



まず始まったお能ですが、舞台で足を鳴らす「足拍子」をはじめとして想像の何倍も音が大きく響き渡っていたためとても驚きました。一瞬、舞台裏で物が倒れたのかと思ってしまうほどに。

反対に、「囃子方」の鼓の音は耳を澄まさないと聞き落してしまいそうなくらいに繊細な音がしていたり、時には豪快な音もしていたりと様々でした。講義でも動画では観劇していたのですが、その時には感じることができなかった、「立体的な音圧」が身を以て感じられました!

そして、能楽堂の檜舞台は三間四方(5.5m前後)という大変スタイリッシュな空間サイズであるのですが、舞台上には役者に加え「囃子方」や「地謡方」、「後見」など多くの人がいます。

にも関わらず、限られた空間で淀みなく移動しており、その空間の使い方までもが洗練されていました。能面で視界が制限されている中で、舞台の上にレールが敷かれているかの如く、オルゴールの上の装飾人形のように互いがすれすれの所で動いていく様を見ていると檜舞台全体が芸術品なのではないかと錯覚すらしてきます。



また、先程は勢いとパッションで鑑賞会参加を決めたと申し上げましたが、その勢いの源泉が「野村万作師」です。私は万作師のことを履修していた講義の中で知ったのですが、彼の『釣狐』に胸を撃ち抜かれ…いやもはやブチ抜かれました。

語り始めると長くなります故、泣く泣く割愛させて頂きますが…ともかく憧れの万作師のお姿に、もう終始大興奮でした。

今回演じられた『連歌盗人』という作品は「エッ!俺、貧乏なのに連歌(皆で少しずつ歌を繋げて詠む、和歌のしりとりのような遊び)の集まりの幹事(当番)になっちゃった!!連歌は大好きだケド、そんなお金ないよ~💦俺ってばどうしたらいいの!!??」といった境遇の主人公…こうなったらもう、盗みに入るしかない!!ちょうど同じ境遇の友人がいたから2人で盗みに行こう。次回!連歌大好き2人組、盗人デビュー!

……と、いうワケなんですね~。盗人スタンバイしたこの2人の運命やいかに。

粗すぎるあらすじで、本当にもう怒られるのではないかと冷や冷やしております。(作品が気になる良い子の皆はちゃんと調べようね!)

このような感じで作品自体が大変面白いのは勿論ですが、万作師の「声を張り上げている訳ではないが確実に通る、ほんの少し高く落ち着きもある」といった明朗なお声が筆舌に尽くしがたいほど美しかったです…!!



このように私の能楽堂デビューは心から楽しめるとても素敵なものになりました。

能楽に限らずミュージカルやオペラ、2.5次元の歌劇などであればきっと舞台を観に行ったことがある!という方がいらっしゃることでしょう。このご時世、円盤やライビュー、配信など多種多様な方法で舞台と接することができますが…やはり生で見る舞台には現地だけの魅力があるはずです。

カメラで視線を固定されることなく、誰を見るか・どこを見るか、そして何の音に聞き入るか。観方の自由度が全く異なります。音も視界も空気感も全てが立体的で実感を伴います。

いつでも一時停止、再生ができるものとは違い、役者さん方のあまりの迫力に逃げ場もなく追い詰められるような気さえする。その舞台の強みを皆様もぜひ体験してみてください。願わくば、能楽堂で。



**********************



ちなみに、当日の様子はこのような感じです。お着物でいらした先輩もいてとても素敵でした!


さて、以下は「このプチ鑑賞会にどうすれば参加できるのか」という本学の学生や未来の新入生向けになります。

先述の通り、この鑑賞会は本学の石井倫子先生のご開催です。多くの場合、先生のご講義で能や狂言関係のものを履修していた学生がメールなどを通してお誘いを頂きます。

ですが、それらの講義を履修していなくとも、レポートや普段の雑談などで能楽に関心があることを表現していたり、自分から先生に申し出たりした場合でも参加が可能だそうです!



また、今回お誘いを頂いた「粟谷能の会」の他にも色々な能楽師の方の鑑賞会があるようです。

鑑賞会の実施回数は学校の試験期間の兼ね合いなど、その年によって異なりますが、前期・後期それぞれ1回は実施の可能性があるみたいです。


勢いとパッションを兼ね備えた私とはいえ、初めての能楽堂でお話についていけるのは多少~~~~は不安でした、、、が。鑑賞会の参加者向けに、事前講座としてお能の基礎知識や作品に関する紹介をして頂ける機会があるため有難いことに杞憂でした!!

パンフレットには詞章(脚本のようなもの)が載っており、さらに能楽堂は舞台が始まっても比較的明るいため、客席でも手元で詞章と照らし合わせながら楽しむことができちゃいます。これが本当に有難い…。



私が受講していたのは教養科目の1つである〈舞台芸術の歴史・東洋〉という、狂言について学ぶことができるものなのですが、毎週実際に作品を観ながら学ぶことができるためそちらもオススメです!

せっかく能楽に興味を持っても、自分1人で能楽堂へ向かうのは勇気が要ります。ですが!こちらのプチ鑑賞会は事前講座からチケット入手まで先生と先方のご厚意に包まれまくった超あったかツアー旅行のような形です。

まさに必要なものは勢いとパッションだけです。ご興味がある方は如何でしょう。


本日も長々と失礼しました。お付き合いくだりありがとうございます、まどかでした🐧

時を経て

先日、かつての同級生と飲みに行った。

彼女とは先月の二十歳式で再会し、その後の同窓会にも参加した。彼女と私では出身小学校が別だが、中学の2年と3年で同じクラスになり親しくなった。彼女はクラス委員を務めるなど存在感のある人だが、どこか飄々としていてちょっと変わった人という印象だった。時々真面目な顔で大して面白くもない駄洒落でその場にいた全員の顔を歪めさせたり、静かに考え事をしていると思いきや前の席の人の寝癖を眺めているだけであったり、どこか他の人とは違う空気を持っていた。ちなみに私は、彼女のその不可解な行動を目前にして不覚にも公衆の面前で大笑いしてしまい、それを機に私と彼女はしばしば話をするようになった。

 中学を卒業した後はお互い別の高校・大学に進学していたため、彼女と会うのは約5年ぶりだった。久々に会っても相変わらず、にこにこ楽し気に話しながら突然とんちんかんなことを言うものだから、私も思わずクスクスとしてしまった。やはり彼女はおもしろい人だ。同窓会の2時間などあっという間に過ぎ去ってしまい、全く話し足りなかった。聞いたところ、彼女も私と同じ実家暮らしの大学であるということだったので、後日再び会う約束をしてその日は帰路についた。

 地元にあるお手頃価格で有名なチェーンの居酒屋。そこそこ広いお店であったが、テーブルはほとんど埋まっておらず、私たちは一番奥のテーブル席に案内された。

 酒があまり得意ではなく、自家製コーヒーミルクをすする私を横目に、彼女は初手からビッグサイズのハイボールを注文し、その後もレモンサワー、ハイボール、日本酒と続いた。樊噲にも引けをとらぬ彼女の飲みっぷりに、私は目玉が飛び出んばかりであった。噂に聞く酒豪とは彼女の事であったか。コーヒーミルクを飲みほした私はイチゴミルクのジョッキに持ち替えて一人感心していた。

大学の話、アルバイトの話、進路の話、最近見たアニメの話。思いつく限りのことを話した。アルコールが入っても彼女の話し方はあまり変わらない。いや、彼女の場合、普段から酒に酔ったような話し方だと形容するのが正しかったのかもしれない。話の内容もしっかりしているので問題はない。

腹も膨れてきた頃、彼女がぽつりとつぶやいた。

「まさかあなたとこうやって面と向かって飲む日が来るとは、想像もしていなかったな。連絡先も知らなかったし、中学卒業したらもう会わないと思っていた。」

「私もそう思っていたかも。」

 中学卒業後に彼女と会いたくなかった訳ではない。ただ、当時の私は、同じ中学に通うという共通点が無くなった時点で生活のリズムも変わるだろうと思っていたし、お互い新しい友人もできるだろうし、新天地での生活をそれぞれ楽しめばいいのだと思っていた。

「でも、大人になってから懐かしい顔に会うのも中々おもしろいものだね。ほら、同窓会で三坂さんが金髪になってたでしょう?すごく似合っていたけど、ちょっと意外だったな。」

「確かに。私も髪染めてみようかなあ。」

「緑とか似合いそう。」

「さすがに髪を緑にする度胸はないよ。」

「あなたの黒髪ストレートは昔と同じだ。雰囲気も全然変わらないね。」

外見は変わっていないかもしれないが、自分の中では変わっているものもあるのだ。例えば、今はそんなこと思わないけれども、中学生の私は規則を無条件に守らなければならないと躍起になっていたし、自分の思ったことははっきり言うくせに自分が他人からどう見られているのかばかり気にして猫背気味に歩く。話したことのない人にはグループ活動とかきっかけがないと話しかけない、というのは今も同じか。普通か。

 「同窓会ねえ。私も色んな人と話したなあ。仲のよかった人とか席が近かった人とかがほとんどだけど、中には中学時代に一言も話したことがない人もいた。それまで話したことがなかったのに、どうして今になって自然に会話が弾んだのか、自分でもちょっと不思議だったんだよね。多分、高校とか大学とかあるいは会社とか、中学なんかよりもずっと広くて知らない人ばかりの世界に入ってしまうと、中学時代に顔を見たことがあるというだけで何だか知っている人のような気がするんだろうなあと思う。同じ地元、同じ中学校という共通点もあるし。」

「あの頃は、中学校が世界の全てだと思っていたからね。あれだけ狭い空間の中に、仲のいい子も悪い子も、よく話す子も話さない子もいてさ。修学旅行のグループ分けとか大変だったな。」

「確かにね。当時はかなりの重要事項だったからね。誰と一緒だったか、今はほとんど覚えてないなあ。」

私の中学時代の記憶の中で、よい思い出はそれほど多く残っていない。人から「こんなことあったよね」と言われれば思い出せることも少なくないが、自分から思い出すのは苦い記憶、頭を掻きむしりたくなるほど恥ずかしい失敗の記憶ばかりだ。特に、彼女の名前「片山樹理奈〈かたやま・じゅりな〉」を初めて見たとき「〈かたやまき・りな〉」と勘違いして、心の中で「りなちゃん」と呼んでいたとは、口が裂けても言えない。

My Hobbies ーイラスト編ー

皆さんこんにちは。みちこです。

早くも二回目の更新となりました。

今回は、学校生活のこととは少し離れたことを話そうと思います。

ずばり、「趣味」についてです。

私の趣味はそれなりにたくさんありますが、その趣味を総合すると、「創作活動」が最も適した言葉になるかと思います。

例えば趣味の一つに、「アニメ鑑賞」がありますが、そこで何かしらの感情を掻き立てられ、「創作意欲」が湧いた際には、「小説を書い」たり、「イラストを描い」たりします。

このように、多くある私の趣味を総括していくと、「創作活動」という括りに集約されるのではないかと思っています。

今回は、そんな数ある自分の趣味の中でも、「絵を描く」ということについて、私の思いを綴っていこうと思います。

絵描きの趣味は、私が中学生の頃、「絵が描けたらいいな」という思いで入部した美術部の時代から今に至る6年間、ずっと続けてきたことです。

そして、人生の中でそれなりに長い時間、私がイラストを描く中で私が感じたことはただ一つ。

「モノの見方を通して、世界の見方が変わった」

ということです。

 何を大げさな言っているんだろうと思われたかも知れませんが、言葉通りの意味です。

 

 絵を描いていく中で私自身が気づいたことですし、実際に美術部の顧問にも言われたことですが、絵を描くということは皆さんが思っている以上に「対象物を見る」ことが重要です。

皆さんの中には、「絵心がない」と悩む方もいるかも知れません。

しかし、それは「描く力がない」のではなく、実際には「見る」力がないだけなのです。

もちろん、「描く」ためのテクニックも大事ではありますが、それ以上にこの「見る」力というものは絵の出来に関して、影響力が大きいものです。

ここで、少し実験してみましょう。

まず、コップを用意します。グラスであろうとマグカップであろうと、紙コップであろうと、なんでも構いません。

次に、そのコップをじっくりと観察してみてください。時間制限は特に設けません。好きなだけ、自分が満足するだけ見てください。

その次に、紙と鉛筆・消しゴムを用意します。そして、今自分が目で見たコップを「見ないで」紙に描いてみてください。(つまり、写生や模写ではなく、出来るだけ頭の中でそのものの姿かたちをイメージしながら紙に書いてみる、ということです。)

最後に、自分が紙に描いたコップと、実物のコップとをよく見比べてみてください。

どうでしょうか。どれだけ目の前のコップを、紙に表すことが出来ましたか?上手くなくて構いませんし、立体感を出すためには~など、テクニカルなことを考えなくても全く問題ありません。

強いて言うなら、この実験、紙に描く必要すらないかも知れません。

大事なのは、「どれだけ目の前のコップの特徴を把握できたか」ということです。

小さな傷があったり、コップに手がついていたり、絵柄はどうかなどといったことです。

例えばネズミの絵柄が入っていたとしたら、表情はあったか?耳は?しっぽの長さは?しっぽには線が何本入ってた?目の形は?など、掘り下げていけばどこまででも掘り下げることが出来ます。

おまけとして、そのコップを実際に「見ながら」描いてみると、また違った結果が出てきて面白いかも知れません。

この実験は、「絵を描く」ことが、実際には「見る」ことにかなり関係している、ということを少しでも知ってもらいたかったために、私が考えたものです。

実際に体験して頂けば分かって頂けるかと思いますが、「モノを見る」って、思ったより難しいんですよ。

6年間絵を趣味程度に描き続けてきた私でさえ、未だにそれを完璧にできた!と言えるほどの出来ではありません。

でも、「見る」ことが大事であると気づいた時から、モノをよく見るようになりました。

「モノをよく見て描く練習を続けることで、絵は上手くなる。」

美術部の顧問こと私の恩師は、そう教えてくれました。

それを教えてくれた当初は、まだ絵描きを始めて間もない頃でしたから、この言葉の意味が分かりませんでした。

しかし、高校生になる頃には、明らかに前の自分より成長している!という実感を持つことが出来ていたので、その言葉の意味をきちんと理解することが出来ました。本当にその通りだと思います。

(余談ですが、私は中高一貫校の出で、中1から高2までの5年間美術部に在籍し、高2では部長を務めていました。)

「モノをよく見る」ことが大事だと気づき、「見る」ようになってから、世界の見え方が変わった瞬間。それについて、今でもはっきりと覚えていることがあります。

中学二年生のある夏の日。その日はよく晴れた日でした。

学校に行く途中の電車の車内で、ふと見た景色。

河川敷の景色でした。

入道雲がもくもくと立っていながらも、吹き抜けるように真っ青な空。

サンサンと輝く太陽に照らされ流れる川の水。水面はとてもキラキラとしていました。

そして、風に揺れている綺麗な緑色の草。

この景色を見た瞬間、私は、「夏って、こんなに素敵な季節だったっけ…」と思いました。

というのも、私は大の暑がり。おまけに毎年暑さにやられ、夏バテで体調を崩しがちなので、本当に夏が嫌いだったんです。

そんな私が、夏を素敵だ、と思えただけでも、かなり大きなことでした。

今まで嫌いだったものすら、見方によっては好きになれるのか、と気づいた瞬間でした。

それ以来、この感覚を味わいたくて、絵を描くという趣味にのめり込んでいきました。

その結果、今まで注目していなかったところにまで注意を向けるようになり、私の見る世界は、絵を描くことをしなかった当初よりかなり変わった、と感じるようになりました。

長くなってしまうのでこの辺でやめておきますが、私にとって絵を描くという行為は、「趣味」としてただ楽しむだけの行為ではありません。

正直こんなに長くなると思っていなかったくらい、「私の世界の見方を変える」ものでした。

最後に、こんな素敵な、趣味に出会わせ、それを私の中の「一生モノの趣味」にまで昇格させてくれた母校の恩師に、この場を借りてお礼を申し上げたいと思います。

本当にお世話になりました。ありがとうございました。

次回は、私の、「趣味が自分の見方を変えた」シリーズの第二弾として、楽器(ギター)を弾くことについて語ろうかな、と思っています。

始めた時期が大学生になってからなので、この投稿のような長さにはならないと思われますが、楽しみにしていただけたらと思います。

長いっ…!!本当に長い!!

それではこの辺で失礼いたします。

お付き合いいただき(本当に本当に)ありがとうございました!!

朝マック食べれる奴は健康優良児

こんにちは、さくらです。

皆さん朝マックは食べたことありますか?

急にどうした、という始まり方ですが私は春休みに入ってから毎日「朝マックが食べたいなぁ」と思いながら朝起きています。

朝マックが何たるやを知らない方に説明させていただくと、かの有名ハンバーガーチェーン「マクドナルド」が朝の開店時間から10:30までの間に時間限定で提供するメニューのこと指して「朝マック」と言います。マフィン、マックグリドル、ホットケーキ、etc……。どれも食欲をそそるメニューで毎晩明日こそは朝マックを食そう!とマクドナルドのアプリを眺めながら眠りの波に身を委ねています。

ここまで朝マックについて書いておきながら当然春休みの間に朝マックを食べれたことは一度もありません。もちろん、食べれるわけがない。

皆さん、10:30って絶妙な時間だと思いませんか?

私にとっての10:30はちょうど二度寝の一番深いところにいる時間帯なのです。そうですね、だいだい毎日9:00頃に一度目を覚まします。日もそれなりに上って会社へ行く家族も出払った頃の時間帯。起きるには一番最適な時間です。しかし、あえてここで二度寝をする。これが学生の時にしかできない優雅な時間の使い方です。こんな時間に二度寝をすれば次に起きるのはだいだい12:00前。お昼です。近所の中学校のお昼のチャイムがいい目覚ましになりますね。

本当にヤバい時はここからさらに三度寝に入り、14:00くらいまでベッドの上で過ごします。三度寝は春休みのうちだいだい3割程度行われています。

こんな生活スタイルで生きている私ですから朝マックが開催されている時間帯に起きるということがまずほとんどないのです。

しかし仮に、もし仮に奇跡的に9:00頃に起きたとしましょう。この時間に起きればさすがの私だって朝マックに行くだろうと皆さん思いますよね。だってせっかく早起きしたんですもん。

まぁそこで行けないのが私です。

仮に9:00頃に起き、上手くいって布団から出たとしましょう。リビングでエアコンをつけ、ソファにもたれ掛かってSNSの波を眺めます。Twitter、Instagram、ブルースカイ、etc……。ある程度のSNSを眺めているとここで9:30は過ぎます。

胃も段々起きてきてこのあたりで「お腹空いたなぁ」と思い始めます。同時に、ここでやっと朝マックに行こうかな、と思い始めます。

マクドナルドのアプリを開き朝マックのページを眺め始める私。正直心の中ではホットケーキセットに決めているのにメニューを眺めます。私の一押し、ホットケーキセット。大きなホットケーキ2枚とハッシュドポテト、それからドリンクが一緒になってまさかの500円!と書こうとしたら560円になってました。値上がりの波、許せん。

とにかくこのセットでドリンクはQooのすっきり白ブドウ。これが私のいつものセットです。というか朝マックではこれしか食べたことありません。

モバイルオーダーの画面を開き、このセットをポチポチ入力し、いざ支払い画面へ。

支払ってしまえばもうあとは行くしかないですからね。しかしここでも私の悪い癖が出てきます。

朝マックって高いなぁって思っちゃうんですよ。いや、並々ならぬ企業努力の結果1000円以内でこれだけのボリューム感を提供してくださるマクドナルド様には感謝しています。だけど朝ご飯にわざわざこの値段か、と思ってしまう貧乏学生なもので。PayPayの残高は316円。チャージしないと朝マックは買えません。ちょっとだるい。

マクドナルドは家から徒歩で約10分の位置にあるのですが、ここにきてこの距離もちょっとだるくなります。朝マックを受け取るためだけに人に見せられる格好に着替えて片道10分。往復20分……。

帰る頃には時計は11:00近くを指し、熱々のハッシュドポテトも若干冷めている。11:00ってもうお昼だよな。なら、朝マックじゃなくてもいいんじゃない?と私の中の悪魔が囁き始め、やる気ゲージもどんどんそがれていきます。

ここまで来たらもう9割行かないです。そっとマクドナルドアプリを閉じ、Twitterを開きます。

だから私は朝マックを食べれる人間は素晴らしい健康優良児だと思っています。

まず、朝マックをやっている時間帯に起きることが出来る。そしてお金を持ち、人に見せてもいい格好に着替え、決して近くはないマクドナルドの店舗まで行くことが出来る。

この幾度となく訪れる壁を乗り越えられる者がたどり着ける場所。それが朝マックです。

春休みが終わるまであと3週間。私はこのいばらの道を乗り越え、朝マックにたどり着ける英雄になれるのでしょうか。

閃光

私の通っていた高校は卒業式が他よりも遅かった。
毎日、去年の今頃と同じようにXのタイムラインを無心で遡る。

「◯◯高校を卒業しました!」
「◯◯高校が僕を排出しました(笑)」

みたいな感じで、卒業式の看板の隣で誇らしげに笑い、写真を撮る高校生の写真たちが流れていく。
そんなに色々ネットに出しちゃって大丈夫なのかしら、とぼんやり思いながら去年の今頃に思いを馳せる。

春は出会いの別れと季節、らしい。
でもその別れを象徴するイベントがあるのは三月の頭。
春と呼ぶにはあまりにも寒すぎる時期だ。
卒業式と桜はなかなかセットにならないらしい。


去年の今頃、卒業ディズニーを謳歌していた。
もう着る機会もないから、と制服のスカートを三回折ってみた。
いつも膝にかかるくらいの長さのスカート丈がうんと短くなって、
短い、寒い、恥ずかしい!とひゃあひゃあはしゃいだのを覚えている。

校則が厳しくて、いつもこっそり一回だけ折っていたスカート。
それならあまりばれないし、見た目もちゃんと真面目に見える。
クラスの派手な子達はいつも二回、三回と折っていた。
先生に毎回注意されても、いつも強気に笑っていた彼女ら。
JKって最強なんだなァと、彼女たちを見ながら実感していた、そんなJK時代だった。

1回折るだけなら本当に普通だったのだ。
膝にかかるくらいの長さが、かかるかかからないか位の長さになる程度。
でもさらに一回、もう一回、と折るだけで見た目はがらりと変わる。
羨ましいと思ったことはない。
先生に注意されたくはなかったし、短いと下着が見えないかヒヤヒヤしてしまうし。
でも、ディズニーって夢の国だから。最後だから、写真に可愛く写りたいから。ね、と示し合わせた。

学校でない場所で着る制服がこんなにもカワイイなんて!

私の高校の制服はかわいい。
正直、本当に、どこにも負けないくらいに。
誇らしかった。高校生であることが。最強のJKであることが。

つい最近、卒業ディズニーに行った友達とディズニーに行った。
制服ディズニー、またしちゃう?(笑)みたいな話になって、することになった。
女子大生コスプレ制服ディズニー。とんだ笑い話だ。
制服のブレザーを探していたら、母に見つかってしまった。
制服ディズニーをするんだ、と母に言ったら「いつまで縋りついてんの」と返された。
鋭すぎる。いくらなんでも。正論である。
縋りつき大学生ギリギリ合法コスプレ制服ディズニー、は楽しかった。
確かに楽しかった。
だが高校時代の無敵感ときらめきは感じられない。
でも、制服のかわいさと、三折りスカートの短さだけは去年から変わっていなかった。

今回一緒にディズニーに行った友達以外にも、中高を共にした友人たちとは継続的に会って遊んでいる。
中高一貫の女子校だったので、ちょっとやそっとの環境の変化じゃ変わらない関係性があるのだ。
会えない友人でもインスタの投稿はお互いに見ていいねを押し合っているし、たまにDMのやり取りだってする。
でも、たまに思い出す。
受験期ぎりぎりになっても騒がしかった十分休憩の喧騒を。
わざわざ隣のクラスまで足を運んで話をしに行って、
意味もなく一緒にトイレに行って、
大きな鏡の前で意味もなく前髪を直して。
ハンカチを持っていなくて「女子力無さすぎ」なんて自虐を飛ばしたりなんてしていた。
今考えると青春、なんていうのはイベントや大会や部活なんかじゃなくて、そういう日常の一端なのかもしれない。
顔を合わせて話さなくたって、必ず毎日同級生が同じ空間にいた。
当たり前に毎日会っていたのを思い出すと、どうしたって寂しくなる。
決して過去に囚われているわけではないけれど、囚われたくなるくらいに楽しい六年間だった。
嫌なこともあったし、学校に行きたくなくて泣いた日もあった。
けど、終わってから振り返るとそれらですら懐かしく、愛おしく思う。

卒業式の日、担任は顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。
本当に、笑っちゃうくらいにグッシャグシャにして泣いていて。
退場する時、もう少しで泣きそうなところだったのに先生の顔を見て吹き出してしまった。
帰り道、母親に「大学では教員免許を取りたい」と話した。きっかけはその先生の泣き顔だった。
先生の泣き顔を見て、なんだか、先生っていいなあと思ってしまったのだ。
家に着いた後は、今度は私が泣いた。顔をぐしゃぐしゃにして。

後期の成績を見て、教員免許を取るのに必要な単位をまた数え直す。
うん、順調。

教師になりたいのかと聞かれると答えに困る。
中高生の人生の一部に携わって、人生を左右さえしてしまう職業は生半可な覚悟でなれるものではないし、
生半可な覚悟でなってはいけないと思う。
それでも私が教員免許を取ろうとしているのは、未来の私が後悔しないように、
教師になりたいと思った時に後悔しないように、である。

たまに、高校時代の先生と話す機会がある。
六年間、思春期にずっと面倒を見てくれた先生たち。私の話を、優しく聞いてくれた。
いろいろ話を聞いてくれた中で、強く印象に残っている話がある。
「先生になれば、ずーっとこの高校生を見ていられるのよ」
その話をしたのは職員室の近く。ちょうど合唱祭の時期だった。
私の一番好きな行事。昔歌った曲を、顔も知らない後輩たちが歌っている。
六年間しか許されない、閃光のような時間。
ずっと近くで見ているには、眩しすぎるような気すらする。

単位を数えて、来年とる単位を確認して、なんとなくSNSを開く。
卒業したばかりの高校生たちの写真。
あまりに眩しくて、羨ましい。