ごきげんよう、あやめでございます。
前回は大変きたない断末魔を聞きつけて、いろんなブログ部員のみなさまが後を引き継いでくださったこと、嬉しかったです。御礼申し上げます。ありがとうございました。つまらない先輩風もいいよって言って貰えて、にんまりしました。
秋の足音がして参りました。山間部の我が家では朝晩が冷え、もう長袖のパジャマじゃないと寒いし、掛ふとんもモコモコのものを押し入れから引っ張り出しました。ヒガンバナも色づいて、ハイキング客がバスを埋め尽くす季節になりました。季節の変わり目は大体不調を引き起こします私は先週、例に漏れず、花粉症?風邪?をこじらせてしまい、一週間ずっとゴホゴホ言っていたので喉が痛いです。内定式もありましたが、薬を飲んだり気合を入れたりしてなんとか乗り切れました。気を引き締めて参ります。
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私の隣に、まだ、人生というキャンディを口の中で転がして味わえている、子供の頃の私の顔をした悪魔、もといおばけが佇んで、悪口をいうので、そのさまを少しお伝えしたく思います。
脳みその隅でチラと、つかれたな、と思ったときの返事が以下のようなものです。
「ハ、笑わせる。大体ね、あなた感覚器官が鈍いンです。ありふれた毎日?これだけちがう毎日なのに?全く同様の条件が揃った同様の日なんてないンだから、新しい刺激が必ずどこかにおちている。それをきちんと拾い集めてたのしめるか。ここに鋭敏さが現れるはずでしょう。この鋭敏さを言い換えるならそれは教養だし、賢さでしょう。それを大声で「毎日がつまらない」なんて豪語して、一体どういうつもりなのサ。みずから「あたくしは自分の手でおもしろいことをみつけられないマヌケ個体であります」というようなものじゃないの。それでいいの?ふうん、最近の流行りの趣味嗜好はわかりませんネ。マァこんなに複雑で繊細なお味は味わいつくせないのね。わかりきったパキパキのこってりハンバーガーでも食べていればよろしいのでは?」
このざまです。チラと一言、つかれたな、で、この量。あまりにひどいので時々、脳内のノイズキャンセリングをしたいなと思います。
彼女との応酬をもう少し詳しくお教えしましょう。
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ここで光っているのは、電光掲示板だけである。
持病の薬がなくなるので通院にきた。田舎の総合病院には大抵お年寄りと、それに対応するのに慣れきった魚の目をした声の大きい看護師しかいない。そのなかで目立ちに目立っている若輩者で体のうすぺらい、釣り目の私は身分を持て余して、それから待ち時間を持て余して、ちょん、と椅子に座っている。
その隣に、同じ顔を15歳若くした子供の私が、やはりちょん、と座っているように見える。しかし、私よりは病院の長椅子に座り慣れているようにも見える。思い切って声を掛けた。
「慣れたもんだね」
隣におすまし顔で座っている小さな私は、病院を自分の家かの如くに使いこなして落ち着いている。
「ほぼ毎週来るんだもん。そりゃ慣れます」
「毎週?」返事が来たことに驚きつつ、こう返してみる。
「風邪ひくの、毎週毎週、1週間かけて治して、ようやく治って、嬉しくて遊んで、疲れて、風邪ひくの。だからまたすぐ病院」
「成程。それじゃよく慣れているね」
「小児科は混むのよ、子供っているものはよく騒ぐし場合によっては暴れるし、そうやって1人にかかる時間も長いのね。でもここの院長先生が〈すごうで〉だからみんなここにくるの」
「…誰の受け売り?」すごうで、がひらがな表記に聞こえたから誰かの受け売りなのかと思った。
「オリジナル」
おや、驚いた。賢い子、なのかもしれない。悪魔とかおばけの類はなべて賢いもの、ときいたことがある。皮肉を言ってやれ、と思った。
「学校で浮いてない?」
「ここよりはマシ」
なかなかクセのある小癪な娘である。良い子ちゃんな私とは大した違いである。
「小学校は、たのしい?」
「楽しいよ。時間割が一日まるまる全部算数とか理科とかになってくれればなおよい。ただそこに居る人間はあまねく嫌い。無知は時に罪、ってよくいうよね。そんなの、」
そこで少女は口をつぐむ。その先は無粋だと判断したらしい。
「そんなこと言ったらまたせんせいに怒られるね」私は、ごく小さな子供をなだめる定型文をなぞった。
「他人軸?あなたそんなことばっかり気にして、あなたの意見はないの?そんなんでたのしいの?」
子供の声で、自分の声で、おばけは自分を否定する。パラドックス。なかなかパンチのある小娘である。
「…楽しい楽しくないではなくて、そういう眼差しの角度があるっていうだけ」
そりゃ、あなたほど真っ直ぐならたのしいでしょうよ、と声に出さずに目だけで訴える。その意はまっすぐ違わずに伝わったらしい。
「傍で羨んで足踏みしていないで、やってみればいいでしょ、後先なんてどうとでもなるんだから、靴だって服だって顔だって経験だって、求めれば与えられるってどっかの神様は言ってるよ」
おばけは少し焦ったように言葉を連ねた。
「小癪ね」
「あなたよりはマシ」
小さな私は語気を強めていった。
外界は晴れ。窓から刺す日光に目が眩む。待合室は清潔な香りがして、経年劣化の薄汚れた・座面の破れた椅子が狭そうにしていた。おばあさんが全身痛そうな苦悶が刻まれたの如くのシワをさすって、春も盛りで気温は23度近くあるのに、厚手の上着を着て座っている。
「あの看護師さん、太ってるね。食べることしか楽しみがないんだね、目なんて魚みたい。こんなに味わう余地がある人生なのに、その味を見つけられないんだ。魚眼レンズの魚の目だもん。つまんなさそうだね」
悪魔は私から標的を変えてそういった。
「…そんなこと、外からじゃ判断がつかないでしょ」
「あの顔だよ?顧客はあんな理論の通じないブラックボックスなのに、なんで楽しく仕事ができると思うの?」
「それは倫理的でない発言だから私は同意しない」
「でもそうでしょ?誰だって誰かを嫌って生きてるよ?」
「そうであることと、それを外に発していいこととは違う」
「でも言わないとこっちも病むよ?現にこんなところに来てるんじゃん」
「…通院理由については、私の元来の特徴によるから、誰のせいでもないの」
「嘘だね。毎晩無駄に泣いてる癖に。こんな脳みそで生まれなければよかった〜はやく人間になりたい〜みんながうらやましい〜って弱々しくさめざめ泣いてる癖に!みんながうらやむ高性能の脳みそ有してる癖に!やーい!ただの人間のくせに!たいしたことないくせに!!」
「こっちはどんな気で狂人やってると思ってンだ」
流石にカチンときた私は、怒鳴り散らかしておよそ大人気ない態度をとってやろうと思って煮詰めた嫌な言葉を吐きたかった、が、低くて地面を這う様な低音で、小さく一言、自信なさげに自嘲的にしか言えなかった。急激な機嫌の悪化に、喉はついていかなかった、ということになるのかもしれない。
天気は依然として晴れ、雲行きが怪しくなったり、まさか雷雨になどなっていない。この騒動を聞きつけて看護師さんが駆け寄ってくることもない。全ては脳内の、電気信号のなすわざである。隣は空席である。しかしながら気持ちだけは昂って、イライラして看護師さんに当たり散らしている、あそこの、廊下の突き当たりで揉めているお爺さんの声がハウリングしているようである。そんな自分の様子を、「この「噴火」の仕方なら、私は肌が白いのかな…ということは彼女は黒い肌かな…もう少し怒りの粘度を下げて…安山岩を多めにしたいな…富士山を目指そう…」などとふざけたことを織り交ぜながら観察するお茶目な私も存在するのだが、小さな私にはおそらく、かなりシリアスに、大真面目にブチギレている私しか見えないだろう。
少女は多少面食らった様である。まさか言い返すとは思わなかった、という顔色で、こちらの出方を伺って顔色を見定めている。
「ゴトウさん、2番の診察室へどうぞ」
私の番だ。小さな私は萎縮したのか、なんなのか、どこかへスタコラ逃げてしまった。これではせんせいに実態をお見せできない。今日も表向きの私をお伝えするにとどまるのだろうか。深層も真相も、表現できないことを、曖昧に悩みながら。