皆さん、こんにちは!
大学の授業が本格的に始まって、はや2週間。皆さんはもう新生活に慣れたでしょうか?残念ながら、私はまだ慣れたとは言えません…。新しい時間割をしっかり確認しないと、授業を間違えそうだし、昨年は難なく受けていた100分授業が長く感じますし、挙げていけばきりがないのですが、「感覚ってなかなか戻らないものだなあ」と感じる今日この頃です。
そんな時に思い出すのは、去年、姉からもらったアドバイス。課題やオンデマンド授業に対して神経質になっていた私に、「もっと肩の力を抜きなよ、バランスよくね」と言ってくれました。今でも大学生活に切羽詰まってくると、この言葉を思い出します。大学生の本分は勉学ですが、たまの休息や遊びも大切です。この2週間、精一杯頑張った方は、ぜひ休息をとってあげてくださいね。
そんなこんなで、本日は、とある授業で変体仮名演習の予習をこつこつとやっている1年生を見て、懐かしさとともに、その初々しい姿からパワーを頂いたももこがお送りします。
初めてのブログ投稿の際に、趣味は書道としましたが、書道は私の数少ない特技でもあります。幼稚園の頃から始め、現在も通信という形で続けています。(最近は作品を提出できないことも多く、申し訳ない気持ちでいっぱい…)書道は、私のこれまでの人生を形作る上で、重要な1つの要素を担っています。
姉が書塾に通い始めたことがきっかけで、見よう見まねで始めた書道。思い出深いのは、小学校1年生の時から誘っていただいた夏の練成会。コンクールに向けて、条幅に大きな筆で書きます。周りの子たちと比較したり、母に叱られたりと、涙を流したことは数知れず。小学生の頃は、夏が来るのが本当に恐怖だったのを、今でも覚えています。(しかし、この夏がなければ今の私はいません!)
高校では書道部に在籍。初めての古典の臨書は、体に電流が走ったような、鮮烈な体験でした。古典の臨書を通して、自身の線が強くなったことを実感していますし、何より先人の書を書くのは誇り高いことです。高校2年生の時には、二八と呼ばれる2尺×8尺の作品に挑戦。今その作品を見返すと、何だか恥ずかしい気持ちになりますが、がむしゃらに書きまくっていた当時の記憶は、何物にも代えがたい良い思い出です。また、書道パフォーマンスも行っていました。パフォーマンスを披露する催し(成人式や文化祭など)に合わせてテーマを考え、部員が力を合わせて1つの作品を書き上げます。本番が近くなると、どうしても帰りが遅くなってしまうことが多かったのですが、仲間と励まし合って乗り越えていました。私の学年は部員数が比較的多かったのですが、とっても仲が良く、全員で京都旅行をしたのもいい思い出です!
部活動で素晴らしい書道の経験をしましたが、引退後は受験のために、書道をお休みさせていただくことになりました。それゆえに、今の私には約2年間のブランクがあることになります。大学生になって書道を再開した時、なかなか今までの感覚が戻ってこず、特に半切に行書を書く際は、文字と文字のつながりを意識できず、形ばかりにとらわれ、単調な作品になってしまうことが多かったんです。そんな時、私の師匠である先生が、「書は一幅の絵画」という言葉をくださいました。先生曰く、書は1つの絵と同じで、山があり、その間を流れる川があり、その流れの周りには木々が生えていると。そう考えると自身の中で、作品に対する1つの流れができて、文字のつながりから墨の強弱まで、全体を俯瞰して見ることができる気がします。「書は一幅の絵画」という言葉は、私にとって大切なものとなりました。
また、先生は作品を制作する際、最初はお手本に対してそれと同様に書くのではなく、大きさも、太さも、形も、お手本からはみ出すように書くそうです。そこから、だんだんと整えていくとか…。この話を伺った時、まさしく「破壊と創造」ではないかと感じたんです。1度はその作品の概念を破壊することで、新しい作品の創造が始まる。やはり「プロはすごいなぁ」と感じるとともに、素晴らしい師匠に出会えたことを幸運に思いました。
本日の投稿、とても長くなってしまいました!すみません!書道を語り出すと止まらなくなってしまうので、今酸欠状態です。(笑)大学の勉強にも励みつつ、書道も自分のペースで精一杯頑張っていきたいと思います。
本日もお付き合いいただきありがとうございました!それでは、また!