こんばんは。かつーんです。
ここ最近何かしら出掛ける用事が多くて、毎日バタバタしています。
外に出ると花粉にやられて鼻が死ぬ為あまり出たくないのですが、用事がないと基本的に引き籠っているので、これはこれで丁度良いのかなぁとも思います。
幸いなことに、今年は目がそこまで酷い状態になっていないので有り難いです。
(その代わりのように鼻はすぐ詰まって苦しいですが)
雨が降ると大分楽なので降ってほしく思うものの、その翌日の飛散量の多さや雨の日の外出を考えると、どっこいどっこいなのが残念でなりません。
とりあえず、花粉さらばな意味で春が早く終わってほしいものです。
間もなく、新年度を迎えますね。
弟は一足早く履修便覧やら時間割やらを受け取って、母とにらめっこしています。
参考までに見せて貰い、日文に来られて良かったとしみじみ思いました。
弟の進学する学科は、私の苦手分野のオンパレードなもので、必修の講義名を見ただけで頭が拒否したぐらいだったからです。
一般教養は「他大学はこんな感じなのか」といった具合でした。
シラバスを見るだけでも、結構学校の特色が分かるような気がします。
日本女子大学も、ウェブ上であればもうシラバスを確認出来ますね。
私は冊子のシラバスを使って時間割を組むので、まだちゃんと立てませんが、一応幾つか見てみました。
韻文を専攻しようと考えているのですが、どうやら今年は中古の講義で韻文を取り扱うものが多いようなので、今から楽しみです。
ただ、日文の教職の授業がことごとく遅い時間に入っていて残念です。致し方ないのですが。(´・ω・`)
あとは冊子版シラバスが手元に来てから考えることにします。
ウェブ上シラバスだと、検索方法によっては曜日と時限が出なくて不便だと思ったのですが、私の調べ方が下手なのでしょうか……?
投稿者「katuun」のアーカイブ
そうだ、原宿へ行こう
こんにちは。かつーんです。
早いもので、もうじき2月が終わってしまいますね。
今年の2月は雪の日が多かったですが、皆様は怪我せずに過ごせたのでしょうか。
我が家の北側には、まだ雪が溶け終わらずに残っています。
北側は殆ど日が当たらないので当たり前と言えばそうなのですが、改めて日光の力の強さを感じられます。
少しばかり名残惜しい気もしますが、暖かくなって早く溶けないかなぁとも思う今日この頃です。
さて、今回は超限定的原宿の旅についての報告をしたいと思います。
先日、所用で原宿に行ってきました。
その際に、太田記念美術館にも行ってきました。
太田記念美術館は浮世絵を展示している美術館で、今は葛飾北斎の娘である葛飾応為の「吉原格子先之図」が展示されています。
(とは言え「吉原格子先之図」の展示は今日までですが)

(この写真はポスターに掲載されていたものです)
浮世絵は今までに幾つか見たことがあるものの、ここまで光と影を描いているものを見るのは初めてのような気がします。
光と影の描写が大きな見所だそうですが、他にも提灯の隅に小さく文字が書かれている所もポイントだそうです。
他にも葛飾北斎や歌川広重、井上安治など様々な人達の浮世絵も見られました。
その中でも特に、歌川国貞の「夜と美人」の絵が印象に残りました。
行灯の光や月光の当たり具合で、着物の明暗がはっきり分かれて描かれていた所が面白く感じられたからです。
チケットが「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」なのも良いと思います。
あと、色々な行列も見つけてきました。
1つ目はエッグスシングス原宿というパンケーキ店の行列です。
あまりにも長い為に、途中で列が切れて、少し離れた所にまた列が出来ていました。
2つ目はbillsという東急プラザ内にあるレストランです。
入口が階段に近い為に階段に沿って列が伸びていて、普通の行列以上に長いように感じられました。
私はどちらの行列にも並ばずに、「よくこれだけ並んで待てるなー」と思いながら素通りしました。
パンケーキにはちょっと心惹かれるものがありますが、あれだけ並んで待つ気力は備わっていません。(笑)
久し振りに原宿に行ってみて、つくづく人が多いなぁと思いました。
人ごみは得意ではありませんが、私は筋金入りの引き籠りなので、たまにはああいう賑やかな空間に行くのも良いように感じられます。
眺め倒すだけでも十分に思うのです
こんばんは。かつーんです。
今、ソチオリンピックが熱いですね~。
我が家ではテレビが着いていると、NHKにチャンネルが回っていることがいつも以上に増えました。
ハーフパイプで日本における冬季五輪史上最年少のメダリストも生まれましたし、この調子でメダリストがどんどん増えると良いですよね。
それが難しいのは選手たちを見て重々承知していますが、やはりつい期待をしてしまいます。
さて、今回は本屋での巡り方についてつらつら述べたいと思います。
先日、東京駅のすぐ近くにある某大型書店に初めて行ってきました。
時間の都合もあって、文庫の階と児童書や辞書のある階しかじっくり回れなかったのですが、ただ平積みの本を見て回るだけでも結構時間がかかり、充実した時を過ごせました。
私は本を読むのは勿論、何とはなしに本を探すことも好きです。
気になったタイトルの本の裏表紙にあるあらすじを読んで「あ、この本面白そうだなぁ」とニヤニヤすることが度々あります。
また好みの装丁の本は、眺めているだけでも癒しになります。
ネットで欲しい本をあっという間に手に入れられるのもとても良いと思いますが、こういったことはネットではやりにくいので、実際に見て探すことの特権ですよね。
あと、辞書を見ることも楽しくて好きです。
この時は世界の罵詈雑言集のような辞書を見つけて、うっかりときめきました。
(シェイクスピア作品の台詞とかは特に多いのではないかと気になってときめいただけで、別に性格は悪くないですよ普通ですよ)
辞書は面白いのですが、値段が高くてほいほい買えないのが残念です。
まぁ、心惹かれるものに限って、あまり使用用途が無いことが大半なので、買わずに済んで良いのかもしれませんが。
日文生なら本探しや辞書の面白さを分かって、私のように感じる人も少なからずいるのではないかと思っています。
(実際に「角川古語辞典って良いよね!」とあゆみさんと意気投合しました)
ただ、そうではない一般の人だとどこまで共感してくれるものなのでしょうかね。
辞書に萌えることなんかは、少々理解してもらいにくいような気がします。
タイムリーにも程がある
おはようございます。かつーんです。
早いもので、ブログ部に参加し始めてからあっという間に1年がたちました。
うっかり投稿ボタンを押し忘れて、明朝に慌てて再投稿し直すというミスをやらかしたこともありましたが、1年間もやってきたのだと思うと、何だか感慨深いものがあります。
新しいメンバーが入ってきたこともありますし、また気分を一新して頑張って記事を書いていこうと思います。
さて、今回はある番組について取り上げたいと思います。
皆様は「100分de名著」というNHKの番組をご存知でしょうか。
『古事記』や『徒然草』といった古典から『こころ』や『銀河鉄道の夜』といった近代作品、『論語』『星の王子さま』など本当に古今東西の様々な作品を取り上げて、毎週水曜日の23時から25分間、4回に渡って分かりやすく解説する番組です。
(過去のアーカイブスやひと月の予定はこちらから見られます)
1月は『風姿花伝』を扱います。
『風姿花伝』は、世阿弥が30代後半に子孫の為に書いた伝書です。
演技論や芸術論が書かれているのですが、能を次代に教える姿勢などで現在にも通ずる所の多い教育書のような側面を持っており、番組では「人生論として読むことが出来ます」と紹介しています。
ただ、1回目はいきなり『風姿花伝』について切り出しても分からないので、能の誕生や世阿弥についての説明がありました。
1回目だけを見て思ったのは、「なんて授業のダイジェストなんだ……!」でした。
今年私は、古典文学講義Ⅲと古典文学特論Ⅰの授業を取っています。
どちらの授業でも能について取り上げることがあり、そこで能及び世阿弥について多くの知識を教わりました。
(今年の古典文学特論Ⅰは『平家物語』の能についてやっているので、「取り上げることがある」というよりは「扱っている」と言うべきですね)
これらの授業を受けている人がこの番組を見たら、今までの授業を総ざらいしたような番組だと思うに違いないと思います。
これらの授業を受けていない人でも、十分授業の内容が分かるのではないかと思うくらいに濃いものでした。
ただ、世阿弥の苦労人ぶりがいまいち伝わらないのは残念に思いました。
メインは『風姿花伝』であり世阿弥ではないので、仕方ないと言えば仕方ないのですが、自分の一座を守る為に必死に手を尽くした結晶の一つが『風姿花伝』なので、そこにもう少し触れてくれても良いかなぁと思いました。
とは言え、『風姿花伝』が伝書でも自分の子孫に向けてのものであることにはしっかり触れていたので、十分なのかもしれませんが。
昨日は2回目をやっていたのですが、うっかりしていて見そびれてしまいました。
来週の水曜日の朝に再放送をしているそうなので、録画して続きを見たいと思います。
ホームページでも過去のものが見られるので、皆様も見てみては如何でしょうか。
「能の授業はこういったことを学べるのか」ということもよく分かると思います。
ちいちゃい子ははよ帰れ
こんばんは。かつーんです。
今日は冬至ですね。
皆様はカボチャやレンコンやうどんを食べたり、柚子湯に入ったりした(或いはする)のでしょうか。
私はカボチャとうどんなら食べました。
ところで、柚子湯に入る習慣は、江戸時代に始まったものだそうですよ。
(厳密に言えば、銭湯の登場以降に始まった習慣のようですが)
日本文学史Ⅳ(近世)で、今でも行っている季節ごとの習慣――例えばこどもの日の菖蒲湯や七夕飾りなど――は江戸時代から行い始めたものばかりだと聞きましたが、柚子湯も該当するみたいですね。
因みに、湯治(とうじ)と冬至(とうじ)との語呂合わせで、身体息災であれば融通(ゆうずう)が利くというこじつけとする説があるようです。
とはいえ、ちゃんと科学的に効能は証明されている模様です。
江戸時代の人達の知恵って凄いですね。
さて、今回は市町村防災行政無線について取り上げたいと思います。
市町村防災行政無線とは、大規模災害発生時の避難勧告や避難命令の告知などを放送するものですが、児童に帰宅を促す音楽も放送しています。
私の住んでいる所では11~3月は4時半に流れており、今は「小さな世界(It’s a small world)」が放送されています。
この音楽は、全国大会のピアノコンクールで優勝した市内の中学生(当時)が弾いていて、とても綺麗な演奏です。
「小さな世界」の1つ前はジョン・レノンの「Imagine」でした。
良い曲だとは思う一方、「Imagine」の持つしんみりとした雰囲気が、夕暮れの暗さや寂しさやもの悲しさを増長させるように感じられて、あまり得意ではありませんでした。
その為、明るい雰囲気のある「小さな世界」に替わって、少しばかり良かったと思ったのです。
少し話は変わりますが、土曜日に灯油を販売する車が家の近くを通ります。
その時に流れる音楽が「月の砂漠」なので、「Imagine」を聞いた時のように、サザエさん症候群さながらの憂鬱な気分になるのです。
故に子供の頃(大体小学生ぐらい)は特に苦手でした。
いつもいつも思うのですが、何故あんな暗めの曲を使うのでしょうかね。
私としては、もう少し明るめの曲を使ってほしいと思うのです。
中学・高校時代に使っていた電車のある駅では、「遠き山に日は落ちて」(ドヴォルザークの「新世界から」の第2楽章を編曲した作品)が流れていました。
私の住んでいる所は地域に密着した音楽であるように、市町村防災無線の帰宅音楽も地域によって様々な特徴があると思います。
皆様の住んでいる所では、どのような音楽が流れていますか?
贅沢な悩みか
こんばんは。かつーんです。
ここ1・2週間の内に、いくつかの授業で課題レポートの発表がされました。
私は書くのが遅い方なので、早く発表してくれるのは大変有難いのですが、時間が無いことを突き付けられるのでげんなりしたくなります。
授業登録した時に、後期はレポート課題が多くなると分かっていたものの、やはり辛いですね。[:汗:]
提出が早いものは残り1ヶ月も残っていないので、優先順位を考えて少しずつ終わらせていきます。
とは言ったものの、先週国語国文学会の秋季大会で講演を聞いてから、何がしか趣味の本を読みたい症候群に陥っています。
(趣味の本でなければ、ちょくちょく読んでいるんですが)
読んでみたい本や、気になっている本はいくつかあるんです。
しかしいざ読もうと思うと、どれから手を付けようか迷う状態になってしまいます。
読みたいと思っていた筈なのに、何故か気が削がれてしまうことも多いんですよね……。
けれども、やはり何がしか本を読みたい。
課題に追われ始めたからか、余計に読書欲が湧いている気もします。
いやはや、我ながら駄目駄目なスパイラルに嵌っていると思います。
まぁ、もうウダウダ言う余裕も無くなると思うので、全部終わった後に自分へのご褒美ということで大型書店での物色をすることに決めて、論文を読み始めることにします。
それでは、短いですが今回はここまでにしておきます。
今週は特に睡眠不足だったので、今日こそ早く寝て英気を養って、来週からまた頑張ります。
※トリビアではありません
こんばんは。かつーんです。
最近めっきり寒くなったせいで、朝布団から出て来るのがしんどいです。
ついギリギリまで粘ってしまい、食事時間を短縮すべく、食パンを焼きながら立って冷たいお味噌汁を飲むなんて行儀の悪い朝ご飯率が増えました……。(笑)
ちゃっちゃと起きてやれば良いだけなんですけどね~、朝弱いことも相まってなかなか起きられないんですよね~……。
これからはさっさと起きる! と宣言した所で全然実行出来なさそうなので、せめて温かいお味噌汁を食べる時間を持てる程度には、頑張って起き……られると良いなぁ。
さて、今回は最近私の中で特にクリーンヒットだった授業について取り上げたいと思います。
あくまで私の中なので、その点はご留意頂けると幸いです。m(__)m
●古典文学講義Ⅲ
~先生の本領発揮~
この間から能について学んでいますが、能に入ってからの知識量及び情報量が凄まじいような気がします……。
元々先生の知識・情報量は多くて面白いのですが、能に入ってからは今まで以上にプリントの余白がすぐに埋まっているように思います。気のせいでなければ本当に。
家に帰ってからノートを整理してみると、他の作品よりページを使っているので、やはり増えている気がするのですが、ただ単に私が聞き逃していただけだったら嫌だなぁ……。
世阿弥が努力型の天才であるものの、驕ることが無かった人なのだとよくよく分かる授業です。
●日本文学史Ⅳ(近世)
~『曽根崎心中』より早く没した芭蕉と西鶴~
元禄文化と言えば、西鶴や芭蕉、近松などが挙げられます。
従って彼らは同じ元禄人で、『好色一代男』や『おくのほそ道』、『曽根崎心中』が同じ時期に書かれたと思われがちです。
しかし、実は西鶴と芭蕉が亡くなったのは元禄初期(それぞれ元禄6(1693)年と7(1694)年)であり、2人は『曽根崎心中』を知らずに没しているのです。
(『曽根崎心中』は元禄16(1703)年の作品)
つい一緒くたにしてしまいますが、結構時間のズレがあるものなんですね。
●中国文学史
~海に無い竜宮城~
竜宮城と言えば「浦島太郎」を思い出す人は多いのではないでしょうか。
中国の怪奇小説(唐代伝奇)にも竜宮城が出て来るのですが、「浦島太郎」のように海ではなく、川や湖や沼にあります。
しかも「竜」の字があるだけに、水の守り神である竜が住んでいたという話です。
大陸国の中国では海が遠く、身近な水と言えば長江や黄河だったからこそ、竜宮城が川や湖や沼にあると思われていたそうですね。
(当時は海なんて見たことのない中国人が多かっただろうとは先生の談です)
湖ならまだしも、川や沼の竜宮城と聞くと、少々規模が小さくなる気がするのは私だけでしょうか。
●日本語史
~混交語「よそる」~
皆さんはご飯をお茶碗に入れる時に何と言うでしょうか。
「よそう」「もる」「よそる」……それ以外の言葉を用いる方もいらっしゃるかもしれませんね。
江戸時代になって関東方言(東国語)や上方語(それまでの中央語)、駿河や遠江などの言葉が江戸に入ってきて、江戸で使われる江戸語が誕生しました。
関西と関東のそれぞれで使われていた言葉が混交して出来た言葉もあり、「よそる」はこれに当たるそうです。
関西の「よそう」+関東の「もる」=「よそる」で、comtamination(混交語)と呼ぶようです。
(「ゴリラ」+「クジラ」=「ゴジラ」も同じ原理みたいです)
私は「よそる」で、家族も「よそる」だったのですが、母の知り合い(実家は愛知県?)は「よそう」を使っていました。
●世界の古典Ⅱ文学‐2
~偉い人ほどだらしない格好~
裳や唐衣、十二単などは身分の高い女性が着ていたと思われていますが、実は侍女が日常で着ていたものだそうです。
相手に失礼の無い格好をするのが衣装であり、男性でも女性でも目下の者ほどかっちり&がちがちした服装をしていたと衣装史でも明らかになっているのだとか。
(その証拠に石山寺の源氏絵で、「常夏」巻冒頭の源氏の格好が崩れたものになっています)
江戸時代くらいに話が歪んで、身分の高い人こそがしっかりした豪華絢爛な服を着ていたと解釈されるようになってしまったそうですよ。
この間の授業で、服装を崩した男性が源氏の訳がないと思ったのは、私だけではないと信じています。
他にも面白かったのは沢山ありますが、今回はこれくらいにしておきます。
若干中途半端な時期ですが、少しは来年の受講の参考になると嬉しいです。
まんべんなく受講しようとは言いませんが、食わず嫌いしていた授業が結構面白いことはあると思うので、色々と覗いてみては如何でしょうか?
教職通過儀礼
こんばんは。かつーんです。
今日は一段と寒い日でしたね。
帰る時が特に酷くて、雨が降って冷え込んだ空気と強風とで、体感温度が外と室内とで5度くらい違ったのではないかと思います。
裏起毛の温かいパーカーを着て行ったのですが、あまりの寒さにコートが恋しくなりました……。
11月も中旬に入りましたし、もうそろそろコート・マフラー・手袋の完全防備が必要になりそうですね。
さて、今回は教育実習ガイダンスと介護等体験について取り上げたいと思います。
11月7日(木)にまず教育実習ガイダンスが、その後介護等体験の説明が行われました。
座る場所が各学科ごとに指定されていて、日文は結構スペースを占めている方でした。
会場が広い教室だったので、結構教職希望者は多いんだと思っていましたが、実際に人が集まるとよりその多さを実感しました。
以下、それぞれの簡単な感想です。
☆教職実習ガイダンス
本学の教員養成の理念や教育実習までの準備、教育実習校決定までの流れの説明を始めとする履修関係の話などを伺いました。
私は日文なので教職は国語のみなのですが、児童学科や史学科などは履修の手引きを見るだけだとやや複雑で分かりにくいので、間違えないよう丁寧な説明がされていました。
当たり前のこともありますが、準備としてやらなくてはならないことが多いので、しっかり計画を立てて実践していきたいです。
このガイダンスと配られた履修カルテで、どこか漠然としていた「教員になる」という重みを、少しながら感じられたように思います。
☆介護等体験
介護等体験を行う意義や体験の報告などを伺い、介護体験のビデオを視聴しました。
この説明会で少しは体験の意義を理解することが出来ましたが、まだ理解が足りていないように思います。
4年生の方々の体験談はとても興味深いものでした。
どなたも事前にしっかり社会福祉施設や認知症などについて調べてから行ったと仰っていたので、私もちゃんと調べなければと思いました。
●簡易まとめ
2年生になって教職関係の授業を本格的に受けるようになりましたが、このガイダンスと説明会は大きな通過儀礼のように思われました。
これを機に、また気持ちを改めて勉学に励みたいと思います。
余談ですが、恥ずかしながら私はこの説明会の1週間前まで、詳しい時間と場所を知らずにいました。
今まで重要な情報は全てWeb学生支援システムに掲示されていたので、今回もこちらで掲示されると思って、教務・資格科の掲示板をチェックするのを怠ってしまったんですよね……。(^_^;)
(後で履修の手引きを見て、慌てて掲示板を見に行った口です[:汗:])
皆様、特に在学生の方は、Web学生支援システムだけに頼るのは本当にお気を付け下さい。
私のようにならない為にも、ちゃんと校内の掲示物はこまめに確認した方が宜しいですよ~。
「経験者は語る」です。
捉え直すことはきっと必要
こんばんは。かつーんです。
昨日と一昨日の2日間は目白祭でしたね。
サークル活動などで参加していた皆様、お疲れ様です。m(__)m
私は両日ともバイトの方で仕事があった為、行けませんでした。
別の大学に通う友達が行くと聞き、久方ぶりに会える機会ということもあって行きたかったのですが、色々とタイミングが悪かったです。
まぁ、そういう時もありますよね。
さて、今回は最近読んだ本について取り上げたいと思います。
先月亡くなった橋本武の著書に『〈銀の匙〉の国語授業』(岩波新書 2012年3月22日)があります。
この本は橋本氏が灘校で行った、中学3年間をかけて『銀の匙』を読み込む「『銀の匙』授業」について書かれています。
「『銀の匙』授業」を始めたきっかけや心掛けだけでなく、授業時に用いたプリント、プリントの作成法などが載っています。
プリントの作成法や授業を行う心掛けなど勉強になる部分が多く、国語科教員(特に私立校)を目指す方に是非ともお勧めしたいです。
私はこの本を読んで、国語の真髄を垣間見たような気がしました。
そう感じた理由の1つに、次の表現を挙げます。
「大事なのは答えではなく過程です。
早急に答えを求めてはいけない、すぐ役に立つものはすぐに役立たなくなります。(本文引用)」
「『銀の匙』授業」は橋本氏が「意識して横道にそれるようにした」と述べているように、一般的な授業と比較すると本当に横道にそれている内容です。
例えば、干支が出てくれば十干十二支を説明して、正午の午がこれに由来するものであると飛び、昔の時間の捉え方にまで広がるといった具合です。
人によっては無駄なことを詰め込んだ授業と捉えるだろうと思います。
しかし、無駄なことと捉えたそれは、本当に無駄なのでしょうか。
受験など知識を問われる場面で、それが必ずしも役立つとは言い切れませんが、考え方や価値観などに彩りを与え得たり、感性を豊かにし得たりするものだと言えると思います。
また、横道にそれた内容の答えに行きつく為に行った方法や心掛けは、他のことに応用することが出来るでしょう。
つまり、無駄と捉えたことが最終的には役立つものになっている、これが国語なのではないかと考えるのです。
何だかくさい内容になりましたが、こうだと決めつけていることや当たり前だと思っていることを改めて見直してみると、思考が一端リセットされて少しだけ視野が広がったような気になります。
一時の錯覚に過ぎないのでしょうが、時には周りの物事を捉え直すことで、油断や慢心に陥りにくくなるのかもしれません。
意見は引き出しにくい
こんにちは。かつーんです。
もう10月なのに暑い日が多いですね。[:汗:]
先日、衣替えを手伝って半袖は殆どしまったのですが、あまりの暑さに昨日1枚引っ張り出して着ていました。
こうも寒暖差が激しいと、体調を崩している方もいるのではないでしょうか。
皆様、体調管理には十分お気を付け下さいませ。m(__)m
それにしても、秋はいずこぞ……。
さて、今回は国語科教育法Ⅰについて取り上げたいと思います。
日文の教職課程の中に、国語科教育法Ⅰという授業があります。
後期から始まったこの授業は、毎週交代で全員が20分ほど模擬授業をします。
最初の模擬授業は、私ともう一人が行いました。
授業内容も教材も対象学年も自由に設定出来る為、私は中学3年生を対象に、吉野弘の詩を用いて、詩を読み味わう授業を行いました。
指導案や板書案を何度か見直したり、直前まで進行予定の確認をしたりと、しっかり準備をしたつもりでいましたが……。
やっぱり難しかったです!(;´Д`)
予定通りにいくことはまずないと覚悟していたものの、その覚悟では全然足りなかったと思うほど大変でした。
授業中に「あー、こうすれば良かった」と思うのが何度あったことか。
着地点は定まっていたものの、そこまで辿り着かせることがひどく長く感じられました。
以前誰かが「授業は生物のようである」と言っていましたが、正にそうだと思います。
終わった後に生徒役の方々から講評を聞いたのですが、挙手した人数の多さに有難く思いつつも、少しだけ泣きたくなりました。(苦笑)
今回の模擬授業では、「意見を引き出すことの難しさ」を最も痛感したように思います。
答えてほしいキーワードを引き出す為に、大勢の人に質問を振ったり、問い方を変えて投げ掛けたりと様々な手を尽くしたつもりですが、やはりなかなか上手くいきませんでした。
何故そのように解釈するのか考えてもらい、それを言葉で説明させることは、本当に大変だと思います。
講義形式で必要な知識や要点を教える授業も重要で大変だと思いますが、考えさせる授業も大切だと私は考えます。
この難しさを体感出来ただけでも、やりがいがあったと思います。
今年は教職志望者が多く、1クラス相当の人数がいるので、本当の授業のような空気の中で模擬授業を行えて良かったです。
ただ少し残念なのは、もうこの授業内で模擬授業をする機会が無いことです。
要の部分に殆ど触れられなかったので、是非ともリベンジしたかった……。