使えるものは使ってしまえ

皆さんこんにちは。みちこです。

最近は古典文学不足すぎて早く大学の授業が始まって欲しいと願っている奇怪な人種になっています(笑)

今回は一風変わったことをしようかなと思います。ここのブログ部員のブログを読んでいて、気になるテーマを見つけることが多いので、今回はそのテーマを借りつつ、自分なりの答えを書き記していく、という回にしようと思います。

(ちなみにおそらくシリーズ化します。多分1つの記事に書ききれません。)

***************************************************************************************************************2025年7月15日のブログ:「時間の使い方について」

https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2025/07/15/task_management/

これを読んだ時に、これのアンサーとなる記事を書きたい!と思い早1ヶ月が経ちました。

満を持して、私の回答を記そうと思います。

 

前提として、私は授業のみならず、飲食店アルバイト(週2~3回;シフト1回につき4時間程度)、学内サークル1つ(週1:そろそろ引退時期)、長期のボランティア活動(月2回)をしています。これに日文の組織(自主ゼミ2つ、オープンキャンパス委員、本ブログ部)というそれなりの激務下にあります。(ちなみに、1日休みの日なぞあればよいのですが、最近は就活も始まってきているのでほぼありません。)

これでも成績は上位25%以内には入っているでしょうというくらいの成績をしているので、学業と課外活動の両立はそれなりに出来ていると言えるでしょう。

 

そんな私の時間術はズバリ、「早く着手すること」です。

これだけ多くの組織に入っているので、当然タスクは人の1.5~2倍くらいあるでしょう。そうなると、普通の人と同じようなやり方をしていても、絶対にすべてのタスクが完了する訳がありません。

そこで私が実践し始めたのが、「早く着手し、早く終わらせること」です。簡単なようで達成するのが難しいのがこの事実です。それは皆さんも良くお判りでしょう。

大学の課題は基本当日中に終わらせる、タスクも項目ごとに分けた上ですべて締め切りを設定し、管理する。(下図参照)

(PCの画面に収まりきらないほどタスク項目がありました…)

 

そして、ここがミソです。それは、

締め切りを2~3日前に設定すること

これだけで、基本すべてのタスクをこなすことが出来ています。

ちなみに、To doリストに書いていないけど存在している仕事もあります。ですが、おおむねやり遂げています。

 

これで私は日々のタスクに追われながらも、きちんと締め切りまでに(なんならそれより前に)仕事が終わっていることが多いです。

これなら突発的なタスクが入ってきても多少なりとも余裕をもって臨むことができます。

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これを言うとよく「偉いね~」と言われるのですが、「偉い」というよりかはむしろ「そうしないとこなし続けることができないくらい生活が危うい」ことの証でもあります。

なのでまったくもって偉くありません(笑)

ちなみに、着手しやすいタスクから着手して、本当にやらなきゃいけない課題は後回し、みたいなこともよくやります。そのため、これがすべて理想通りに事が運べているかと言われるとそういうわけでもありません。

 

なので皆さんは、必ず「自分のキャパシティーをしっかり理解するところ」から始めてみてください。

そうしないと、私のように痛い目を見る事になります。

しかし、忙しさのおかげで時短になるようなツールの使い方なども学ぶことができるので、悪い面ばかりではないのですが…。

 

というわけで、今回の記事はここまでとしたいと思います。ちなみにもう何個か部員のテーマをお借りして話したいテーマがあるので、このシリーズはしばらく続くかなと思います。

もうしばしお付き合いをお願いします。

最後までお読みいただきありがとうございました!

水音

皆さんこんにちは。みちこです。

長期休みの方が忙しいという謎の減少が起きています。授業がなくなって課題やらなにやらもないはずなんですが、おかしいですね…。なぜでしょう…?

そんなこんなで明日はいよいよ年内最後のオープンキャンパスということで、私も委員として参加しております!

実は受験生の中でも「ブログ見てます!」という方は珍しくありません。かく言う私もそのひとりでした。

オープンキャンパス委員にも、ブログ部で記事を書いている同輩・後輩が参加しておりますので、読んでるよ~と言う方がいらっしゃいましたら、お声がけでもして下さるとうれしいです!励みになります!

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さて、今回は珍しく書くネタが思いつかないので、数ヶ月ほど前からブログ部部長が挙げてくれている「今期の漢字」というお題に沿って記事を書こうと思います。

「今期の漢字」は「音」ということで、「私の好きな音」というテーマで話をしてみようと思います。

 

「好きな音」と聞かれてパッと答えられる人は少ないのではないかと思われますが、私はある明確な理由で「水の音が好きだ」と言えます。

その理由とはすごく単純で、「私にとって水の音は深い思考へといざなってくれるキーのような音だから」という理由です。

でもこの感覚、おそらく中々理解されないんだろうな、と思います。(特に恐怖症レベルで水あるいは海のことが苦手な人には理解されにくい感覚であろうと思います。)

ちなみに私が好きな水関連の音は割と多岐にわたります。以下に具体例を挙げると、

・氷が溶けてグラスの中でカランという音

・炭酸を注ぐ時のしゅわしゅわとした音

・水が沸騰した時などにする、こぽこぽという音

 

以上の具体例に挙げたものは、水の音が持つ「爽やかさ」から来る種類の音で、主に「涼しさ」を感じられるので好きです。これらの音を聴くと「夏らしさ」を感じるので、夏が大嫌いな私の唯一の夏の楽しみ方と言っても過言ではありません。

 

そして最も私が好きなのが、深海に沈んだ時のようなこぽこぽ感のある音です。これが最も思考の整理には丁度いい。なので大好物です。

ちなみに一時は就寝時にこの「深海×水の音」みたいなASMR調の動画を漁りまくって流して寝ていた時もありました。

(音に関して、私は好きな種類はたくさんあるのですが、こと「どストライクゾーン」を探そうとすると一気に選択肢が狭まるタイプです。なのでリアルに数か月単位でお気に入りの音を漁り続けている時もあります。それくらい、この種類の音についてはこだわりが強いです。)

 

この、「思考を深めるタイプの音」というのが実は先に好ましいと思っていた音で、先に紹介した「爽やかさ」系の音は後から好きになりました。これらの音が好きだと自覚した当時の私は、とにかく「思考を深めたい」という思いが強かったのだろうと思います。

 

皆さんにはそのような時はあるのでしょうか…?

私はあまり普通の感覚を持っていないという自負があるので、感性から来る発言のほとんどは理解されないだろうと思っているのですが…。

 

あるいは、逆なのかも知れませんね…。あまりにも考えすぎて疲れたので、音を聴くことで周りの雑音をシャットアウトしたい、という深層心理の表れだったのかもしれません。

お気に入りの音探しにハマっていた当時より、今の方がより多くのことを考えている気がするのですが、当時はまだ今ほど考えられるキャパが広くなかったのでしょうか…。

 

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という謎を残しつつ、今回の記事は終わろうと思います。

去年に引き続き、誕生日前後の私の情緒というのは一体どうなっているのでしょうか。

私の思考はかなり哲学的で、その自負は無論あるのですが、誕生日前後に文章を書かせるとその本質により拍車をかけたものが出力されてくるようです。

ちなみに21になりました。もうよく分かりません。大人ってなんでしょう。とても大人びた、と思う時もあれば、まだまだ子供だなと思うところもあります。

大人は大人の皮を被った子どもなんだろう、現時点ではそう結論付けています。

「三つ子の魂は百歳になるまで変わらない」そうですから。

 

いつになく終着点の不明な記事を書き上げたところで今回は終わろうと思います。

次回もまた何か思いついたものを書くような気がします。

私のネタは常に思いつきです(笑)

 

それでは、最後までお読みいただきありがとうございました!

 

人生とはなかなかに難儀なものなり

皆さんこんにちは。みちこです。

相変わらずの滑り込み更新で失礼します。

 

今回は近況報告の寄せ集めから、自分が最近どういうことを考えているのかなというのを改めて振り返ろうと思います。寄せ集めといっても2つしかないんですけどね(笑)

では参りましょう。

 

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①中世文学ゼミ 夏の中間発表

今週月曜日から水曜日までZoomで行われた「中世ゼミ卒論発表会」がありまして。私も3年生枠で発表しました。

率直な感想を言うと、「卒論に対する認識の甘さ」を痛感しました。当然楽しいことばかりじゃないですよね…そうですよね…はい…と若干意気消沈しました。逆になんで私は卒論を書くのが楽しい「だけ」の要素だと思っていたのでしょう。無論卒論を書くのに「作品への愛」は必要不可欠です。ただ、それだけではどうにもならないこともあるのもまた事実です。意識の低さが露呈したな、という感じでした。

この3日間で先生やOGの先輩方からもアドバイスをいただき、我々ゼミの人たちの意識もさらに高まったことでしょう。少なくとも私はもっと意識すべき点はあっただろうなと反省しつつ、しっかり計画を立てていかないといけないと思いました。

 

ちなみに、OGの先輩方も参加しての卒論中間発表会が開催されるのは本学科では中世文学ゼミくらいでしょう。他のゼミでこのようなことをしているという話は聞いたことがないので、それだけ中世ゼミがしっかり学べる場所であるということと思います。

 

ここで改めて、「文学を学ぶ」ってどういうことだろうと思いました。OGの先輩方は「社会人になってからプレゼンする機会は山のようにある。このゼミでの学びはそこに生きる。」と仰っていました。

この3日間では「いかに自分が分かりやすく説明できていなかったか」。これを痛感することになりました。これって自分の発表だけじゃなくて人の発表を聞いていても思います。

「もっと分かりやすい伝え方ある気がする…」とか「卒論でやりたいことの全体像を提示してから話を進めてほしいな…」とかよく思いながら発表を聞いてました。

しかしいざ自分の発表でその視点が生かされているかというとそういう訳でもないようで。完膚なきまでに叩きのめされました(笑)

その「気づきの視点」を自分に還元していかないと何も意味がないじゃないか…と悔しく思いながら、今日までの3日と半分を過ごしていました。

こういう、「気づきの視点」だったり、「視点を生かす能力」だったり、「人に分かりやすく伝える能力」だったり、「調べる力」だったり、「まとめる力」だったり…こういうものの総合で卒論って成り立っているんだろうなと思いました。

せっかく大学に入って、せっかく好きな作品を見つけて、好きなゼミに入らせてもらっているのだから学べるものはすべて学び取りたいよね。うん…はい…がんばります…。

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②グループディスカッション体験

7月末、大学の講座で「グループディスカッション体験講座」があり、受講してきました。

以前本学のキャリア支援課(就職相談ができる場所)の個別面談(希望すれば本学学生はだれでも利用可)でアドバイザーから自己分析に関する相談をした際に「グループディスカッションとかグループ面接とか得意そう」と言われていました。なのでそこまで苦手意識を抱く事なく、でも初めてのことだったのでそれなりの緊張も携えて受講しました。

結果は以前言われた通りで、講師の方によるフィードバックの時間では「意見を言える人」「グループディスカッションに必要な要素をすべて持っているバランス型」だという評価をいただきました。しかし同時に「意見を言える人だからこそ、発言回数が少ない人に話を振ってほしい」とも言われ、確かにそこは反省点として受け止めるべきだなと思いました。

自分の殻に閉じこもるのが良くも悪くも私のクセであるのだな、と再認識しました。

もしかしたらこの文章も、自分の中だけの思いを綴っているだけだから「分からない」文章になるのかも知れません…(先日祖父から「ブログを読んでるんだけどよく分からない」と言われてしまったので…)

古典の話などたしかに難しい話をしていることが多いので、分かりにくいと言われたらそうなのでしょうが、う~ん…最近は身内向けにしている話が多いからかも知れないですね…。

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さて、以上近況報告をしてきましたが、以上2つの出来事から私は今迷走の期間に突入しているらしいことが分かりました。

自分の強みだと思っていたものが実はそうでもなかったらしいことや、逆に自分が強みだと思っていなかったことが強みだったり。

ある程度は自分のことを客観的に見れているのかと思ったら実はそうでもないらしく、未だ主観に囚われているらしいこと。

人生とはなかなかに難儀なものなり。まあでもいつまでも順風満帆なわけないので。

こういう時期もあるでしょう。逆にすぐ調子に乗る私のような性格の人は少しくらい痛い目にあった方がいいのでしょう。私は相当なあまちゃんです(笑)

 

それでは今回はここで失礼します。

次回は紹介したいものがあるのでその記事を書けたらいいなと思うのですが…時間があればいいな…

最後までお読みいただきありがとうございました!

時代逆行性「推し」について

皆さんこんにちは。みちこです。

最近暑くて滅入ってしまいます。なんでこんな暑いんでしょうね。誰か原因と対策を表明してほしいなと他力本願な姿勢の私です。

さて、今回のテーマは「推し」は推しでも、卒論対象になるほど私がハマったおもしれぇ女、「阿仏尼」を紹介したいと思います。といいますのも、私が所属する中世ゼミ(3年から所属する正式なゼミ。卒業論文を書く)では8月の初旬に3日間にわたって「中間発表」をします。4年生の先輩はこれまでの研究の成果を、3年生はこれから本格的に何を扱っていく予定なのかを発表していきます。

本記事はこの中間発表の内容をよりカジュアルに、そして詳細に知っていただくためのものとなっております。中間発表前の宣伝も兼ねておりますので、色んな読者を対象としていることとなりますが、どうぞお付き合いくださいませ。

 

そして、来る8月3日は(日本語)日本文学科のオープンキャンパスが開催されます!

今回も受験生の皆さんに楽しんでもらえるようなさまざまな企画を用意しておりますので、ぜひお越しください!(私は次の9月のオープンキャンパスには委員としています!ブログ部の中にも何人もの同輩・後輩がオープンキャンパス委員として参戦していますので、その方々の記事もぜひチェックしてみてください!)

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私が卒論対象とするのは鎌倉時代に生きた女流作家・歌人の「阿仏尼」という人物およびその作品である『うたたね』と『十六夜日記』という作品です。

阿仏尼との出会いは去年後期に受けた演習にさかのぼります。

この演習の題材は『うたたね』という作品だったのですが、中世の日記文学ということもあり、日記文学に興味を持っていた私が惹かれないわけもなく、希望を出したら無事に抽選に通り、受けることが出来ました、という過去がございます。(本学科の演習授業は、2年生から受講することができますが、人数調整のため「抽選制度」が設けられているのです。これにより、少人数で授業が開講されることになりますが、1人1人に対してきちんとフィードバックが返ってくるという仕組みになっております。)

 

この『うたたね』で私は初めて阿仏尼の作品に触れました。読んでみると(そして先生の解説や授業で学生からあがるコメントを聞くと)、「阿仏尼」という人物がかなりおもしろい人物であることが分かります。

その前にまず、この『うたたね』という作品のことを一言で紹介すると、

「失恋した少女が突然ネット断ちして家出する。その後連れ戻されるや否や、京都から東海道へ慰安旅行へ出かける」

というものです!

「ネット断ち」というとそんなものが本当に当時あったの?と言われそうですが、皆さんご存知の通り、ネットは中世にはありません(笑)

本当は、「髪を切って出家する」のが正確なのですが、この当時でいう「出家」は現代でいうと「SNS断ち」や「ネット断ち」に近いものがあるので、そのように紹介した次第です。

 

この字面だけでもう既に私は面白いのですが、何が面白いのかといいますと、まずはその大胆不敵・猪突猛進な行動です。

ーーー想像してみましょう。皆さんは今から、好きな人に振られた(失恋した)立場だと思って下さい。あなたが次にする行動はなんでしょうか。

阿仏は恋人が遭いに来なくなったら不安になり、その不安を募らせた結果、「出家したい」と思い、実際本当に出家してしまいました。

イメージとして、昨年の大河ドラマ「光る君へ」を観ていた方でしたら、高畑充希さん演じる定子がその場の勢いで髪を切ってしまった場面があったかと思いますが、それに近いものです。

 

かなり衝撃的ですよね(笑)それで深夜に家出までしてしまうのですから、相当お騒がせな娘っ子であったことでしょう。字面としては「家出少女」です。

また、家出してからもかなり波乱なことになっておりまして、まず深夜に家出なぞしておきながら恐ろしい、怖いと何度も感じております。そりゃそうですよ(笑)

当時、街頭もない中で夜に山に向かって(しかもそれなりに強い雨が降っていたらしい…?)歩いているのですから、危なっかしいったらありゃしません(笑)

結局親切な見た目大阪のおばちゃんみたいな人(桂女:かつらめ)がやってきて、一旦は保護されるのですが、近いうちに家に連れ戻されています。

その後は病にかかってしまい、寺へ行くも一時は生死の境をもさまよったそうで、「神聖なる寺に死の穢れをつかせるわけにはいかない…!」と小さな家に行ったはいいものの、元カレの車が通るのを目にしてしまったり…

すっかり病が治ったと思ったら父に連れられて慰安旅行に行くも、ずっと「なんでこんな田舎に…」と思いながら旅をしていたりと、とかく何かしらずっと行動して、何かしら文句を垂れてます。

そんな、行動も感情も忙しい彼女に私は人間味を感じて惚れてしまい、卒論の題材にするまで骨抜きになってしまった、という次第です。

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そして私は以前ブログで『うたたね』の現パロに挑戦したことがあります。

https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2024/11/13/%e5%8f%a4%e5%85%b8%e3%81%ae%e7%8f%be%e3%83%91%e3%83%ad%e3%81%ab%e6%8c%91%e6%88%a6%ef%bc%81/

 

詳しくは上記記載のブログをご覧ください!

ここまで語れば、私がどれだけ阿仏尼、ひいては彼女の作品が好きかご理解いただけると思います。

彼女の作品を研究できることが今からとても楽しみです!(といいつつやはり時間がないのがあまり研究自体は進んでいないのが悔やまれるのですが…)

 

というわけで今回はこの辺で終わっておこうと思います。中世ゼミは先輩後輩が絡むことも多いゼミなので先輩に相談しやすい環境も整っていますし、何より先生が熱入れて指導してくださるのが本当にありがたいゼミなんです…。(もちろん他のゼミの先生もきちんと指導してくださいますよ!!!それは保証します!!!)

 

しかしゼミの雰囲気ってところによって色々違うようなので、3年生以上のブログ部員はぜひ自身の所属ゼミについてもブログで綴っていただければいいなと思います!私も一読者として楽しく読ませていただくので!

 

というわけで失礼いたします!次回は…まあまたなんか書いてるでしょう。哲学話してそうな予報を発令しときます(笑)

最後までお読みいただきありがとうございました!

フリーBGMの世界

皆さんこんにちは!みちこです。

今回も相変わらず予告外の話題です。実は意外とこの話は掘り下げたことがなかろうというトピックでございます。

今回は、「BGM」のお話をしようと思います!

このタイプは一定数居るのではなかろうかと思いますが、私は何かしら音がないと何を取りかかるにしても進みだしが遅いのです。

なので、「作業中には必ずといっていいほど」BGMをかけながら作業しています。

色んな組織に所属し、様々な役職についたがゆえに様々な連絡事項をせねばならぬ時、課題をしている時などのよきお供となってくれる「BGM」について少し紹介できたらと思います。

 

私がこれだけBGMに傾倒してきたのは、実は大学入学後だったりします。

2年次から入った放送サークルの部員の一人に影響されて気にし始めるようになりました。(というのは影響された本人にも言ったことがあります。)

ちなみに、彼女の存在ももちろん大きいのですが、「放送サークルに入ったこと自体」がBGM傾倒のきっかけとも言えます。

というのも、この放送サークルでは動画制作なども行っている関係で、制作した動画にBGMを付けることがあり、そこから興味を持ったという理由もあります。

友人との偶然の出会いか、はたまた組織に入ったことによって得た必然的な視点か。

いずれにせよ、私がBGMを意識することになる理由はここに在りました。

 

そこから細々と自分でYoutubeを漁っては、興味のあるBGMを探すこととなります。

ところがここで問題が生じるのです。

 

「好みのBGMが一向に見つからない!!!」

 

そうなんです。実は私、「落ち着いた雰囲気のBGM」が大好物で、アップテンポなBGMをあまり好まない傾向にあってですね…

世に上がるフリーBGMはアップテンポなものの傾向が強く、「深夜に一人ひっそりと聞いて安心感に浸りながら眠りにつける」ようなBGMをなかなか探すことが出来ず、難儀することになります。

そもそも私の好みの音楽というのがかなり激狭でして。まず、落ち着いた、ローテンポの音楽であることは必須条件として、次にピアノ主体(グランドピアノのような厚みのある低音が聴けるとなおよし)であること、最後に目を閉じていると深い思考に落ちることのできるような(例えるなら、水底に落ちた後のような)音楽が好みドンピシャなのです。

最後の項目は私にとっては意外と重要でして、というのも、なぜか分からないのですが、作業をするのに「何かに没頭するような感覚」というのが必要なんです。

そのキーとなってくれるのが私の場合、「水の音(またはそれを模した音色の音楽)」なのですが、この感覚は外界の世界と自分を切り離し、今から目の前のことに取り組むぞ、というスイッチの代わりともなるものです。

しかし、最近見つけたチャンネルが私の趣向を完全把握しているようなBGMチャンネルでして。

こちらのチャンネルです。

 

https://youtube.com/@soratori?si=Mz5nMCqWSNeBgzZl

「まさにこういうBGMを待っていた!!!!」と言わんばかりに私にマッチしたチャンネルでした。

(よくやった、Youtubeのおすすめ機能…)

ピアノを主体としたBGMが基本で、時にASMR的「川のせせらぎ」要素もあるような動画もあったり、何より大半の動画が1時間で終了するので、休憩や作業進捗を確認するにもよし、といった具合のチャンネルです。

個人的にBGMに求めているものが多いといえばそれまでですが、ここまで私が好む条件にマッチしているチャンネルも少ないと思い、紹介しました。

 

というわけで、今日も私はフリーBGMを漁り、探しては見つけて流しながらやるべきタスクをこなしている状態です。

今回は短いですがここまでにしたいと思います。話すことはあるのですが、複数のトピックにまたがると煩雑になってしまうので。

次回は何を話そうかな…いい加減阿仏尼を語ろうか…どうしようか…

まあ、次回の更新をお待ちください。

最後までお読みいただきありがとうございました!

つかの間の休息を楽しむ

皆さんこんにちは。みちこです。

さて、オープンキャンパスも無事に終了し、授業内発表も一息つきました!ということで、ここからの時期は卒論の研究と就活を同時並行でやっていく予感がしております。

どちらもこの忙しさにかまけてあまり手間をかけてやってこなかったので、今後はより一層力を入れられることになるかなという印象を持っています。

忙しくて中々時間を捻出するのが大変ということもあり、「一つの物事にあまり時間をかけずにことを済ませてしまう」というクセがついてしまい、今は「細かなことにこだわれる人」に若干の憧れを抱いております。忙しいのにクオリティーまで担保できる人というのは一体どこでどう時間を捻出しているものなのか、気になります。

 

さて、そんな中、この頃の私は忙しいながらも日常の中で密かに休息をとっております!

休息って、案外大事なのですよね…しかも忙しい日常を送りながらも「手軽に」休息をとれる術というのは身に付けておいて損はないと思います。

ーーーそう、大学生って意外にも「忙しい」のです。このブログ部でも記事に書いている方がいましたが、本当に大学生は忙しい。一瞬です。

私が数多の役職や組織に参加しており、常に何かしらの案件を抱えている状態にあるからこそなのかも知れませんが、本当に「忙しい」です。

ここまでで何回「忙しい」を口にしたかどうか分かりませんが、当然当社比ですので、私と同じ仕事量をこなしてもまだやれるよ!という人もいるかも知れません。しかしいったんそれは置いておきましょう。自分が頑張ったと思えばそれは頑張っているのですから。この感覚は案外大事なものです。

 

ここで私流の「息抜き法」について少しだけ紹介しようかなと思います!

 

まず、これが一番大事なことですが、「忙しい時にやりたいことをまとめておく」です!

「この課題をやれば」「この仕事をやれば」ご褒美が待っている!と思えば、課題やお仕事も頑張れそうです。

私の場合、ゲーム内のイベントやストーリーを進めたり、イラストを描いたり、ギターを引っ張り出してみたりと趣味も多いので、やることに事欠きません。

ですが逆に何をやろうか迷う人は次に紹介する方法を参考にしてみてください。

 

次に紹介するのは、「何かを購入すること」です。

なんでもいいんです。高かろうが安かろうが、消費できようができまいが、なんでも構いません。

スタバの新作を買って飲んでもいいし、気になっていた服や靴を買いに行くでもいいし、本を買うなどなんでも構いません。

「頑張った自分へのご褒美」とするなら本当になんでも構いません。好きなものやその時一番欲しいものを買ってください。

この間私はセブンイレブンで売られていたスタバのドリンクを買いました。

(スタバの公式HPの該当商品のリンク貼ります↓)

https://www.starbucks.co.jp/press_release/pr2025-5526.php?srsltid=AfmBOopueS9FG_gbahXC6AEAVo5E5cJaCRgBwUfgflvQoYXsF0HjbW-g

「トロピカルツイスト」という味です。夏を感じられる爽やかさとジュースのような飲み心地が良かったです。偶然の発見が出来たので喜びました。こういう日常の些細なことで喜びを得られるのですから、どれだけハードルが低いのだろうということにはなりますが、それくらいの方がまあ生きやすくはあるだろうなと思います。

 

あと、個人的にこれは嬉しかった!という買い物をもう一つご紹介します。

ーーーこれが嬉しいの?と思う方もいるでしょうが、めちゃくちゃ嬉しいです!!!!!!

こちら、私の卒論対象でもある阿仏尼が記した『うたたね』と『十六夜日記』の注釈書なのですが、読みやすくておもしろくてですね…

計4000円+外税ということもあり、なかなか手に取るのは難しいですが、買いました!

マジでうれしい!!!!

 

まあ普通注釈書を買ってブログで紹介するほど喜ぶ人間はいないのでこれに関しては置いておきましょう…。しかし今の時期は夏の読書フェアと称して集英社や講談社、新潮社などがそれぞれフェアを開催しておりますので、そちらでお気に入りの本を探してみてもいいかも知れません。

(ちなみに私は毎年集英社さんのフェアの本は買っています。集英社さんは2020年(か2021年)くらいから毎年声優さんに小説の一部を朗読してもらうフェアを開催しているので、声優さん好きな私から大歓喜なイベントでして…。なので毎年3冊~10冊近く購入しています。)

というわけで、

①「終わったらやりたいことリスト」を作っておく

②消費できるものでもできないものでもいいが、とにかく何か買い物をすること

 

をつかの間の休暇を過ごす方法として挙げました!

ここから期末レポートなどまた忙しくなる波が来そうな予感がしますので、本当につかの間過ぎるのですが、私はしばしの休息を楽しみたいと思います。(と言ってる側からじりじりとやることが迫っております…) 

 

というわけで、本日はここまでにしたいと思います。

次回こそ阿仏尼の紹介を…という希望のみ置いておきます。

最後までお読みいただきありがとうございました!

古典文学のおもしろさ(中世編)

皆さんこんにちは。みちこです。

さて、もう更新が来てしまいました!早いですね~。ブログ部の投稿日にちは基本希望制なので、自分が忙しいと思う時期を避けたりとかそういうことが出来るんですが、いつでもいい!というと、こういうことも起きます。

まあそんな不測の事態に備えておくことも必要なわけで。ということで、今回はなんと、更新記事を出してすぐまた次のブログ記事を書くという暴挙に出ております。

事前準備といえば聞こえはいいのでしょうが、まあそんなことは置いておきましょう。

 

さて、前回は「古典文学のおもしろさ(中古編)」ということで、私がなぜ古典文学にハマったのか、という説明の第1弾として、中古文学にハマるまでの経緯をお話しました。

次は中古から中世専攻までへと歩を進めていくわけなのですが、ここまでで、ずいぶんコロコロと興味が変わっている人間であることが確認できるかなと思います。

そんな人間が日本文学科にいていいのかとお思いになるかと思いますが、大丈夫です!

こんな人間でも日文にはいられますので、ご安心ください!文学しか学べない、日本語学しか学べない!そんなことはありません!他にも、中国文学や図書館情報学も学べますし、日本語教育学も触れることができます!

 

というわけで、そんな多種多様な学びを深めることのできる本学日本文学科は、来年度より「日本語日本文学科」として名称を変更することとなりました!

「名前が変わっただけで何も変わらないんじゃないの?」と言ったことはありません!ちゃんと内容も変わっております!そんな詳細が知りたい方はぜひ、6月15日開催のオープンキャンパスに足をお運びください!前回も紹介したのですが、私も学科選抜の1オープンキャンパス委員として皆さんをお迎えいたしますので、我らが(日本語)日本文学科をぜひよろしくお願いします!

(文学部特設サイトはこちらから↓)

https://www3.jwu.ac.jp/fc/public/unv/humanities/

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さて、早速本題に入りましょうか。(いつも前置きが長くなるのはクセです。)

中古への興味を持った2年の春、私は中古前後の時代のこともよく知りたい!と思い、そのうちの一つである中世文学の授業を取りました。

 

それがこれまた文学史の授業で「中世文学史」です。

まったく知識がない中で授業を履修し、初回授業で先生が言った一言。未だに覚えています。

「リア充から文学は生まれない」

知識が多少入っている今なら分かります。確かに中世は、「リア充」がいません。

「リア充」とはその名の通り、「リアルが充実している(人)」のことです。

皆さん、想像してみてください。中世とは、鎌倉時代や室町時代のことです。

この時代には何が多くありましたか?

---そう、「戦」です。

途中に「戦国時代」という名の時代が通称として存在するように、中世はまさに「戦乱の世」なんです。戦とは時に、政治の権力者も変えてしまいます。トップに立つ人が変われば、政治も変わり、皆の暮らしも変わります。中世とはそんな、「不安定」な時代だったのです。

天皇のような高貴な人達も、その例外ではありません。武力を振るう「武士」が猛威を振るうようになると、天皇の力でもどうしようもないことも起きてしまいます。

そんな、「天皇の力でさえもどうしようもないことが起きる」時代に、その時代に生きる人達が頼ったものは、「文字から生み出されるものたち」でした。

和歌や漢詩、文章を綴ることで、どうしようもない世の中に対する不安などを綴っていく。

それが、「リア充から文学は生まれない」の真の意味なのかな、と私は思っています!

 

そんな言葉に驚きつつ、受けていった授業。

ここでもまた、「知らない」のオンパレードでした。でも「知らない」ことが苦ではなかった。面白かった。もっと学びたいと思いました。

この授業を受けた中で最も影響を受けたのは、「藤原俊成」という(その筋では)有名な歌人です!

この人は「中世歌壇の立役者兼大御所様」という公の立場を持つ反面、妻(の1人)である美福門院加賀さんとのラブラブな長歌だったり、その息子である藤原定家を溺愛したりと家族に甘い一面もある人物です。

 

私はこの「藤原俊成」という男に非常に興味を持ちました。なんでだったのかはよく分からないのですが、おそらく公私のキャラの違いという「ギャップ萌え」が影響しているのだろうと思います。

私はこの男に本当に興味を持ちまして、その日の授業の感想に「俊成で卒論書きたいです」などとつづったような記憶があります。

 

さて、そこから中世への興味は尽きません。そしていつしか、中古への興味よりも中世への興味の方が勝ってしまいました。皆さんもお気付きかもしれませんが、前回よりも今回の方が饒舌なんです。

私にしゃべらせでもしたら一発で「あ、こいつ中世好きなんだろうな…」と分かります。そのくらい私は中世という時代に生まれた文学が好きなんです。

元から日本史が好きで、特に好きな時代は中世(戦国時代のあたり)ではありましたが、日本文学科に入ってまた巡り巡って中世という時代に興味を持つことになるなど誰が想像できたでしょうか。いや、できなかっただろう。(反語)←余談ですが、これ高校とかで流行りませんでしたか?!うちの高校(クラス)だけだったのかな…かなり流行った印象があります。

 

でも結局のところ、私は最終的に卒論を書く上で所属するゼミを、中古か中世のどちらにしようかかなり迷っていました。それこそ、締め切りの30分前くらいまでずっと迷っていたんです。

それなりに事前知識もあり、卒論対象作品や論点が明確に決まっていた「中古」。

対して浅い知識しかなく、卒論対象作品に複数候補があり、論点すら明確に定まっていなかった「中世」。

どちらを選んだ方がいいのか、自分の中ではかなり迷っていました。「どちらの結果になったとしても全力で卒論を書き上げられる自信があったからこそ」悩んでいたんです。

ただそこで、ある方から助言をいただいたんです。

「あなたは中世の話をしてる時の方が楽しそうだね!大変でも絶対楽しめるところに行った方がいいと思うよ!」と言っていただきました。

(その方は私が現在もボランティア活動をしている場所によく食事を召し上がりに来て下さる方で、なかなかに愉快で頼もしい方です。)

結局は、その方の発言が後押しとなり私は「中世」の道へと進みました。

 

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大学3年になって数か月経った今ですが、まったく後悔してません!!!!!

むしろあの時「中世で卒論を書くと決断した私に感謝したいくらい」です。

ゼミの同期からも「楽しそうだね」と言われるほどには学業・研究を楽しませて頂いています!!!

 

正直、入学当初は自分がこんなに学業にハマるなんて思ってもみませんでした。人生どこに何が転がっているのか、何を拾ってみるのか分からんものですね。

 

さて、あまり古典文学のおもしろさについて話してこなかったような全2本立ての紹介でしたが、いかがでしたでしょうか。

なんでこんなにハマったんでしょうね、もう自分でもよく分かりません。でも、ただ一つ分かることは、「あの時の決断は、決して間違ってはいなかった」ということだけです。

 

さて、次回は番外編ということで、今回掘り下げようと思って字数とまとまりがなくなりそうで断念した「藤原俊成」について話そうかなと思います。

彼は私にとって、中世への興味の扉を開いてくれた人物でもあり、個人的にはかなり思い入れのある人ですので、こうしてまとまった文章にして綴ることで考えを整理できたらなと思います。

そしてなんと次回以降の予告もしておこうと思いますが、大本命、現在卒論対象にしようとしている「阿仏尼」について語る回もいずれできたらいいなと思っております。

ほら、中世の人物紹介の投稿だけですでに3つもやろうとしているんです。もう、私の中世愛が並々ではないことがお分かりいただけたでしょうか。

 

というわけで、今回はここまでにします!

最後まで読んでくださりありがとうございます!

古典文学のおもしろさ(中古編)

皆さんこんにちは。みちこです。

さて、私は現在とても多忙の毎日を過ごしておりまして。日々PCと向き合いながら資料を作り、移動中にはLINEで連絡しまくり、みたいなとんでも生活を送っております。

1週間の間に4つの案件を掛け持ちし、奔走していたことに対して心配の言葉を頂きますが、ここで改めて弁解しておきます。

「私は平均5時間は寝ております!!!!!」

なので大丈夫です!タイピングが早くなり、思考回路も早いせいなのか、そこまで時間がかからずに仕事を処理できているので本当に心配ございません!!!!

多方面で心配してくださっている皆さま、ありがとうございます!何かあったら頼らせていただきますので、その際にはよろしくお願いします!(この場を借りすぎている)

というわけで、来る6月15日には、第1回オープンキャンパスが開催されます!

私も様々なところで奔走しておりますし、もちろん他の皆さんや先生方もお忙しいところご協力いただいておりますので、そんな我々精鋭部隊が準備をした渾身のブースをお楽しみください!

 

お申込みや詳細はこちらより!↓

https://www.jwu.ac.jp/unv/admission/open_campus/2025_0615.html

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さて、去年も同じ時期に似たような記事を書いている気がしますが、今回はもう少し「古典文学」に視点をおき、かつ自身も書くことになる「卒業論文」について、あらかじめ思いを整理できたらな、などという魂胆で記してみようと思います。

高校生の皆さんが、大学生になるイメージを少しでも想像できたなら嬉しいです!

それでは始めます。

 

 

私が古典文学にこんなにハマったきっかけは、本学の古典文学に関する授業でした。

当時日本語学を専攻しようと思いながら入った大学内では、「日本語学が難しいな!」と思うことがあり、あえなく専攻とすることを断念。面白さよりも難しさが勝ってしまった私の心中にぼんやりとあったのは、「『更級日記』への興味」でした。

そんなほんの少しの興味から取ってみた授業が、「中古文学史」でした。

こちらは本学専任の教授による授業で、「中古」とは時代区分的に「平安時代」のことを指します。

平安文学といえば古典文学の宝庫!『伊勢物語』や『源氏物語』のみならず、日記文学も充実しております。

『源氏物語』作者の紫式部が書いた『紫式部日記』、よく紫式部と対にされる清少納言の書いた『枕草子』、少しマイナーなところだと『更級日記』作者である菅原孝標女(女と書いて「むすめ」と読む)が書いたとされる『夜の寝覚』などもあります!

仮名文字(現在のひらがなの原型となった文字)で書かれた文学ということで、これらの文学は「仮名文学」とも呼ばれますが、平安時代とはそういった文学が花開いた時代です。

じゃあこの時代のこの文学の何が面白かったのかと言いますと、理由は単純です。

「知らなかったことを知れる」からです。

 

では何を「知らない」のか。

---皆さんは、高校までで学んでいる古典がどれだけ「正しい」ものだと思いますか?

実は高校までで教えられている古典の解釈は本当に一握りでしかないのです!

私が高校生の頃、古典の授業は単語を覚えて、文法を覚えて、この文章の意味はこういう意味だと定義する、そんな空間でした。この空間を私は、古典を好きになる「きっかけとしては」十分だと感じていました。しかし、古典を「単語や文法を覚えるだけの機械的な科目」のように捉えていた節があり、完全には古典の授業を好きになれませんでした。

ただ一人、先生で楽しそうに古典の解釈を話してくれる先生がおり、その先生の授業は好きでした。

その先生は高校2年の時に私のいたクラスを担当して下さっており、そこで私は『更級日記』で作者が『源氏物語』を読みふける、あの有名な場面を学びました。

その時、私は初めて『更級日記』の存在と、「古典の世界にもこんなオタクがいたんだ!」と感動することとなります。

このことが大学入学時までずっと引っかかっていたので、私は中古への少しの興味を手に、「中古文学史」の授業を聴いていました。

 

その結果、まあ面白いこと。高校までの授業とはまるで大違いです。一つに解釈を規定するなんてことは絶対にせず、これまでの研究の中で複数の解釈がなされていることを提示しながらなされていく授業展開。高校では教わらなかった平安時代での常識やエピソード。本当に知らないことばかりなんだな、と思わずにはいられませんでした。

 

そんな世界をもっと知りたくなったからこそ、私は2年生に上がってから中古(平安文学)の「日記文学」へと舵を切り、そちらへの興味を深めようと思いました。

なぜ日記文学に興味を持ったのかは、いわずもがな、記憶の中にずっと残っている『更級日記』への興味からです。

この時は、なんとなく卒業論文を『更級日記』で書く予定でいました。

 

そして念願の2年生。履修登録のタイミングで、「中古の前後の時代も知っておいた方が学びが深まるだろう」と思い、中古を軸に据えた履修登録をしながら、その前の時代である上代(『万葉集』や『古事記』などが書かれた飛鳥~奈良時代のこと)や中世(鎌倉~室町時代のこと)の文学も勉強しようと思い、さらに「漢詩の引用がなされている文学もあるから」という理由で中国文学に関する授業も取りました。

 

今こうしてあげてみると中々全部盛りしたな、と思いましたが、後悔はありません。

日本語学で唯一興味を持った分野に関する授業も取り、相変わらず日本語学への興味も薄れておりません!2年次はあらゆる可能性を考えて、様々な分野の授業を取りました!

 

ということで次は2年生の話へと移っていくのですが、長くなってしまいましたので、ここまでとします。

次回はなぜ私が中世文学へと足を踏み入れることになったのか、そして現在の私の興味はどこへあるのか、その源を自分自身が把握しておくために綴ろうかなと思います!

 

最後までお読みいただきありがとうございました!

こぼれ落ちても拾っていい

皆さんこんにちは。みちこです。

さて、今回は前回の予告通り、前の記事で書いた謎小説の解説(?)をしようかなと思います!

最近の近況としては、中古自主ゼミで発表のために資料を作っている時間が、苦しくも楽しかったということだけ添えておこうかなと思います。(卒論第二候補の作品だった『更級日記』が題材だったということもあり、愛ゆえの苦しみがあったように思います。

ちなみに今回の発表でかなり色んなことを知れたので、一旦知識欲の蓋は閉じておこうかと思います。)

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(前回の記事はこちらから↓)

https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2025/04/20

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皆さんには、このような体験はありませんか?

---バカなこと、分かり切ったことだと思いながらも、それでも試さずにはいられなかったという経験が。

それを時に人は、「まわり道」などと呼んだりします。

実は私は、自分のことをその「まわり道」が出来なかった(許されなかった)人だと思っています。

常に正解を求められているような閉塞感。

それは世間の評価という意味でもそうだし、親が望むような、という意味でもそうだし。

「いい子すぎた」と言ってもいいのかも知れません。実際、私はあまり遊んだ経験がありません。

要領が悪いと言われながら育ってきた私は、「勉強も遊びも全力で!」みたいなことが苦手でした。

いわゆる切り替えが上手くできないタイプです。それ故に、「やるべきこと」という言葉が常に頭の中にあり、それをこなしつつ、間に合わせ程度に遊びを取り入れて生きている。

そんな感じの生活をずっと続けていたように思います。

それが大学に進学して見たらどうでしょう。一気に生活の自由度が上がるではありませんか。

そんな制限の多い環境で育ってきた、という自負がある中で「自分の裁量ですべてを決められる」という生活は私の憧れでした。と同時に、「ここから方向転換が上手くできるかな」という(過度な)緊張もありました。

 

当然と言えばそうかも知れません。しかしやはり、「一歩を踏み出す」というのは最初がひどくハードルが高い。それを超えた先の景色を見ている今からすると、「さっさとそうしてしまえばよかったのに」などと思っています。

別に昔の環境が嫌だったわけでも、今の環境に過度に満足しているわけでもないんです。ただなんとなく、「そういう思いがあった」ということを思い出しながら、これを書いていました。

 

ーーー長年使ってきた鏡を割ってしまった主人公。「割れた鏡はもとに戻らない」「時間はもとに戻らない」そんなことは分かりきっている。だけど、それだとしても、捨てきれない自分の思い(ここでは「長年使った鏡への愛着」がそれにあたる)がある。

「捨てきれない思いを拾ってもいいんだよ」というテーマを念頭に置きながらこの小説を書いておりました。

ここまで書いてきて改めて、私は「枠」に囚われることをあまり好ましく思っていないのだろうと思いました。「制限」されてきたという自負のある反動からでしょうか。

でも、「制限」されてきた環境にいたことを悪くは思いません。だって、そうしないと「枠があることにすら」気づけなかったのですから。

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さて、少し難しい話が増えてきたところで、この話はここまでにしようと思います。

事実更新日を一日過ぎてから書いているので、「早く書き上げねば」という焦りもあります。

 

次回は改めて、「私が古典文学を好きな理由」についてまとめ直してみようかなと思います。

今までこのブログ内で散々申し上げてきた私の飽きることなしの「古典への感情」。

そちらを赤裸々に、そして整理も兼ねて、書いていこうと思います。

 

(いつもが長いのか、今回が短いのか分かりませんが)最後まで読んで頂き、ありがとうございました!

集めたガラスの破片は元の鏡には戻らない

皆さんこんにちは。みちこです。

もう4月も半ばを超えたらしいです。まっっっったく実感がありません!(笑)

というか、様々な場面で未だ「2年生」と書いてしまいます。もういい加減3年生としての自覚を持ちたいですね~。

授業も本格的に始まりつつあり、自称「日文の授業大好きマン」としては非常に胸を躍らせている毎日です。最近は予定を詰め込みすぎて、大学に長くいられないことが多く、禁断症状が出てるくらいです。まさか大学に長くいられないだけで精神不安定になるとは思いませんでしたよ!

(この問題の本質はちゃんと「忙しい」ことにありますので、皆さん安心してください。なんの変哲もないからくりです。)

 

というわけで本日のお題に移ろうと思います。今回は…少し新しいことをしてみようかな、と思います。

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ーーー鏡を割ってしまった。

それはただの不慮の事故だった。不注意で落としてしまった。ただそれだけのこと。

でも、何か大きな罪でも犯してしまったかのような気分になる。

その音に反応したのか、家族がやってきた。大丈夫?と心配された。私は、特に何ともないと返し、ほうきとちりとりを取ってくる。

割れた鏡の欠片を掃除する前、私はふとこんなことを思った。

ーーー鏡の欠片は、また集めたら鏡になるのだろうか。

そんなことはない、と知っている。知っているけど、何故か試さずにはいられなかった。

そうして手にけがを負うこともいとわずに、私は鏡の欠片を拾い、パズルのようにつなぎ合わせてみることにした。

 

しばらくすると、家族が新聞紙を持ってやってきた。案の定、何をしてるのと言われた。

気になったから試している。そう答えた。バカじゃないのと言われた。

分かってる。バカでも、それでも、私がやりたいといったことはやってはいけないのか。

そう思いながら、新聞紙だけそこに置くように言って、部屋から追い出させた。

 

いつの間にか部屋が薄暗くなっていた。日が傾いたのだろう。私は割れたガラスを元の鏡の形になるように戻すことが出来た。でもやっぱり、ところどころ欠けている。

 

ーーー私は何不自由なく育った。家庭環境も普通。人間関係も、何もかも。今までの人生に不満はない。むしろ「普通すぎる」と言ってもいいくらいだ。もしその人間をガラス細工で表すといったことがあるとしたら、私の形は「きれいな球体」だろう。何も欠けていない、尖ってもいない。特段に磨かれて、透明なわけでもない。そんな、つまらない球体だろう。

 

でも、この鏡は割れてしまった。この鏡は、小さい頃からずっと使ってきた鏡で、私の半身のようなものだ。そんな存在が今、残酷なまでに粉々になった。

別にこの鏡に特段深い思い入れがある訳じゃない。だけど、そこにある喪失感は大きかった。

 

暗くなってきた。もう検証の時間は終わりだ。並べた鏡の欠片をちりとりに入れる。

欠片を新聞紙にくるみ、捨てに行った。

割れた鏡は、もう元には戻らない。だけど、それが検証出来てよかった。あのまま普通に捨てていたら、私の大事な何かまで捨ててしまいそうだったから。

 

少しすっきりした気分になりながら、夕食を取りにリビングに向かった。

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タイトルであるこの「集めたガラスの破片は元の鏡には戻らない」という言葉。

私の造語です(笑)

もしかしたら私が知らないだけで、こういう言葉があるのかも知れませんが、まったく意図はしていません。

これが自分で思いついて中々気に入ってしまったので、今回はこのフレーズから連想してちょっとした小話を書こうと、そう思った次第です。

どうにもネタ出しに難航したので、今回はあえてこういう記事を書きました。

私は自分の生み出す言葉がすごく好きなんです。言葉にできなかったものを、ぴったりと言い当てられた時のあの感覚。パズルをしているかのような。これがずっと忘れられず、気付けば何かを言葉にするのが好きになり、得意になっていきました。

思えばこれも、自分のことが好きになった二つ目の要因かも知れません。(一つ目は絵です。)

 

さてこの小説ですが、なかなかに難解でしたでしょう。私が書く小説は基本的にこういう感じのものばかりです。

一見すると何を言っているのかさっぱり分からないのです。よく言われます、てか、自分で読んでいてそう思います。

でも、自分の中ではきちんと筋が通っているし、設定もきちんと作りこまれているのです。

そういうこと、皆さんにはありますかね…?(こんな話は、以前にもしたような気がしますが…再放送ということで、お許しください(笑))

 

この解説は次回の更新に回すこととします。あまり長くなってもいけないのでね。私のブログは頭を使うし難しいから…(笑)

それでは、そちらの期待を持たせつつ、今回はこの辺で終わりにしようと思います。

 

最後までお読みいただきありがとうございました!