美と恐怖は紙一重

雨の日が続いていますね。こんにちは、さゆりです。

お天気が悪いとなんとなく気持ちも沈みがちですが、雨の日の匂いは嫌いじゃありません。むしろ落ち着く気がしませんか?

あの独特な匂いはペトリコール、と言うらしいですね。マスク生活が続いくと季節ごとの匂いを感じる事が減ってしまってほんの少し寂しいです。

先日、時間が空いたのでトーハクと科学博物館に行って来ました。なんとどちらもキャンパスメンバーズ特権で、無料で入館できるのです!美術館や博物館が大好きな人には嬉しいですよね。

トーハクは常設展示もかなりマメに変えてくれるので毎回違った作品が楽しめて嬉しいです。そして、能や歌舞伎の展示室も密かな楽しみです。

今はなんと、上村松園の「焔」が展示されていると聞いて大興奮。六条御息所というとやはりあの絵の姿を思い浮かべてしまいます。

そしてわくわくしながら見に行った絵がこちら!

(写真撮影とネットへのアップが許可されているのは確認しております)

まるでテレビで見ていた芸能人を目撃したかのような気持ちです。デジタルギャラリーで見た時はちょっと怖さを感じましたが、実際に見てみると繊細な美の方が勝るような気がしました。女性らしい柔らかな曲線がなよなよとして美しいですが、ぼんやりと霧のような恐ろしさがあるというか。美しいからこそじわりじわりと恐ろしさを感じて、美と恐怖は隣り合わせなんだなぁと感じました。妖怪のような直接的なホラーを描かないからこそ怖く感じるのかもしれません。

少し調べて初めて知ったのですが、上村松園さんって女性だったんですね。なるほど、たしかに同性から見た女の怖さだなと納得しました。

そういえば、今月は「犬王」が公開されますよね!予告動画の音楽を聴いただけで鳥肌が立ってしまって、待ちきれません。しかも能楽師のお話とはますます楽しみです!観に行く日までに能の勉強もしておきたいです。

では、また!

見見ず

大変ご無沙汰しております、みちるです。

 

腹をくくらねばならないようなんです。

「曖昧な態度でいるのがいけないというのは、誰のための思いなのかはっきりさせておく必要があるんじゃないかね」

誰のためでもないでしょう。
あなたのためでも私のためでもない。誰かの、何かのためではないんです。そりゃあ、きっかけをもたらした何か、はありました。だけどその人の、その事物のためではない。最早そうするほかないので、腹をくくると言っているんです。
というかほら、こうして書くことこそ一つ腹をくくること、回復なのです。

私はよく、「そうせざるを得ないからそうしている」と言います。それはこのブログ上だけでなく、(あなたに想定される)日常生活においても。

 
《君は本が、文学が、哲学が、お好きなんですね》
 

ある人が少しの驚きを混ぜてそう言ったとき、「読み、書き、文学や哲学をして生きるしかない、というのがワケですよ」と情けなさそうに返したのをよく覚えている。
彼は私の書いた”からだ”についての文章をいくつか読んでいたし、私の推薦でスピノザなんかを読んでいた(こういう叙述が多くの場合その対象者に快く思われないことは私が最もよくわかるとさえ思う(「君にはわからないか」というのと似たものがある)。しかし私が彼に落胆したり彼を責めようとさえしたのは、このやりとりがあった瞬間だけであると誓う。それでも取り返しのつかないことではあるのだけど)。
私は自らの生について、その態度を洒落にするのがいけないことだと思ったことがない。だから上のような発言が平気で飛び出すのだ。しかしまあそんなことはさておいて、我々はその瞬間一つのすれ違いを起こしていたのである。

 
《なるほど、大学の勉強ですか。お互い、中々大変だ》
 

大変なのは今この状況だよと言いたかったけど、帰り支度をしていた人間をそれ以上引き留める訳にもいかないと思ってしまった。
つまり彼は私の「そうするしかない」を何かに要請され、ないし強制されてそうすることにしているという風に解釈したのである。そこまでは正しいとしても、私にそれを強いるものは教育機関なのだと合点したのが誤りだった。現に私は学生だからそのように連想するのも自然であるかも知れないけれど、学校よりもっと身近なものに、すなわち自分自身を”始め”としたものに強いられているという風には思わなかったらしかった。
”ふいんき”を「雰囲気」と訂正することならいくらでもできるのに、なぜ私はここで認識の誤りを指摘できなかったんだろう。そう、今でも後悔することがある。見ないふり、聞かないふりもできない不器用さのためにこうも頭を抱えているのだとしたら、自分の馬鹿さはやっぱりこういうところにあるんだろう。

 

(間奏)

 

今回はここで終わってもいいかと思ったんですが、鎮痛剤の効きがよろしいのでもう少し書いてみることにしましょう。話題はそうですね、文章を書くことについてとか。

あなたは、どういったときに文章を書きますか。学校の課題で、お仕事で、うんうん言いながら偉い誰かに丁寧なメールを拵えたり、あるいは同人活動において、エッセイや小説やブログなんかを書くんでしょうか。

聞くところによれば、どうやら多くの人はなにか機会があって初めて文章を書くらしい(?)。私は違う、と言いたいわけではないけれど、そう思えば実際人よりはその機会が多いんじゃないかと思う。
中学時代、学校機関紙を扱う組織を任されて同世代による色々の文章を読んできた。その時は自分も同じくらい書いていて、高校入学以降その機会が無くなってからもなんとなく書く癖だけが残った。当初からものを書くこと自体は「そうせざるを得ない」ためにしているとしても書いた文章自体は目的論的に把握されるのが常だということは予感していたし、それはきわめてプラスの方向に把握されていた。であるからこそ、文章は目で追われるものでありながら声に出されるものでもあり、そうであるなら嗅がれたり味わわれたり触れられたりするものでもあり得るのだとわかった。そして見る文章、読む文章、触れる文章など、文章の宛先や書く対象・内容に応じてそれらをかき分けたり融合させながら楽しんだ(これは現在も変わらないスタンスだと思う)。

とりわけ何を書くにしても視覚的な情報と音声面の情報に気を配ると納得のいく文章が出来やすいという気付きは、度々スピーチをしたためる機会を頂いていたことによるものだろう。今もなおあらゆる文章は音声への気遣いなしに成立しえないものだと信じているし、目の前の文章がいかにそこへ配慮したものであるか、そうでないかは、それ自体が明らかにするものなのだ。

文章を書くことが好きか、という質問にあえて答えるなら、好きだ、と思う。今取り組んでいる小説やそうでない様々の文章も、私にとって良いものであることに疑いはない。たとえ書くことによって自分が苦しめられるような事態が迫っても、書くことが好きだと言える気がする。
あなたに届けるこのブログも、そう”言う”私が綴るものであるとわかったほうが安心できるものになるでしょうし。
眠気がきたので、今日はこのへんで。

 

またお手紙書きますね、大好きです。   みちる

推しに会ってきた

こんにちは!本日は、自主ゼミや卒論の演習、発表に向けての準備など充実した日々を過ごせた一方、びっくりして思わず叫んでしまった回数2回のあやがお送りします。ちなみに、パウチされたうどんの汁を開けるのに苦戦していたところ、いきなり開いて汁が自分に降りかかり1叫び。(皮肉にも、「どこからでも開きます」との文字が記載されていたんですよね〜、絶対嘘だ😠) そして、階段でちょっとした巻き込み事故に遭って、びっくりして1叫びです…(お相手の方も私も無事だったので何よりです😌) 明日は平和に暮らしたいですね!!

さて、先日久しぶりに博物館へ。東京国立博物館で5月8日まで開催されていた特別展「空也上人と六波羅蜜寺」を鑑賞してきました。前から行こう行こうと思っていたのですが、先延ばしにしていて気づいたらもうすぐ終了…急いでチケット予約しようとしたら、すでに販売終了の表示が出ていて、時間をうまく作って行かなかった自分を悔やみました。ところが、キャンセル分が出るかもしれないとのことだったので、少し経ってからまた予約ページを見てみるとなんと一枠残っていたのです!!!あわてて予約を済ませ、滑り込み空也してきました✌🏻

行きたい理由はただ一つ、康勝作の六波羅蜜寺空也上人像が大好きだからです。日本史選択だった方はわかると思うのですが、教科書や資料集の鎌倉文化に関するページには絶対掲載されていて、一度見たら忘れられない愛くるしさ😍(私は青ペンでぐちゃぐちゃ丸をつけてお気に入り登録していました。)鉦を鳴らしながら念仏を唱えて京の市中をまわった空也は、「市聖(いちのひじり)」とも呼ばれていたんですよね〜日本史を必死に勉強していた高校時代が懐かしいです。この空也上人像の特徴は、やっぱり口から出たアレ…「南無阿弥陀仏」と唱える空也の姿が像となっているのですが、一音一音が阿弥陀仏として空也の口からあらわれているのです。6体の阿弥陀仏が空也の強い信仰心を乗せて世に放たれている瞬間。やっぱり素敵です!!今回空也像を360°あらゆる方向から眺めて思ったことは、私が想像していた以上に像に命が吹き込まれていたということ。衣のたなびく様子やしっかりと足を踏みしめている骨の浮き出方、喉仏など、今にも念仏を唱え始めそうな強い「生」を感じたのです。これは、教科書を見るだけでは感じられなかったことだと思います。他にも、六波羅蜜寺に置かれた数々の像を鑑賞したり、ゆかりのある人物についてじっくり学ぶことができたりと有意義な時間を過ごせて満足です。出口をくぐり抜けたすぐ先には、案の定グッズが並んでおりましたが、空也がアクスタデビューしていたことにクスッと笑ってしまいました。おしゃれなスイーツの横に空也をちょこんと置けば、映えフォト間違いなし!?

それではまたお会いしましょう😸

山と滝と。

こんにちは、とみーです。みなさま、GWはいかがお過ごしでしたか?
私は基本的に家でゴロゴロしていたのですが、2日にたまたま家族皆の休みが被ったので、埼玉県の生越にある「黒山三滝」というところへ行ってきました。

こんな感じの自然に囲まれた素敵な場所です。この写真を見ているだけで、当日の空気を思い出します。ここを訪れるのは5回目くらいなのですが、何度行っても飽きません。今回は少し雨がぱらつき、あいにくの天気だったのですが、かえって人が少なくて良かったかもしれません。マスクを外しても誰の目も気にならないので、思う存分深呼吸をしてきました。

私は苔むした岩や切株を見るだけでも大好きなので、振り返ってみると終始テンション高めで散策していました。そんなに険しいハイキングコースというわけでもなく、順路通りに回れば、全ての滝を見られるのでお手軽です。雨で山が濡れていたので、土や緑のにおいも濃く、滝の落ちる音や木々の騒めきなども全身で感じて、すごく癒されました。

ただ、一つ事件もありました。なんと、鹿さんの亡骸を踏んでしまったのです…。まさかこんな観光名所として開いた山の、順路のど真ん中に鹿が横たわっているとは思わず、不思議な感触に足元を注視して気づきました。鹿さんはケガもなく臭いもせず、本当に綺麗な体だったので、最初は生きて寝ているのかと思い、「け、蹴られる!?」と警戒してしまったほどです。このような経験は二度はごめんですが、ある意味貴重なことかなとも思います。鹿さんには手を合わせて「ごめんなさい」をしてきました…。みなさまも滅多にないこととは思いますが、山を歩く際はお気をつけくださいね。

素敵なところなので、是非、自然に興味があったら行ってみてください。
あとこの頃気温差が激しいので、よく体を休めてください。(私はうっかり冷えでお腹を壊しました(笑))
それでは、また。

縁の糸。

こんにちは、あこです。

先日、家族で沖縄料理のお店に行ってきました。約5年ぶりに訪れたお店は全然変わっていなくて、お料理も本当に美味しかったです。

沖縄そば、沖縄ピザ、ゴーヤチャンプルー、フーチャンプルー、ソーミンチャンプルー、グルクンの唐揚げ、ラフテー、あぶりソーキ、ジーマミー豆腐、島豆腐のあつあげ、カーリーフライ、ブルーシールアイス、サーターアンダギー…..

合計19品を4人でモリモリ食べました。沖縄料理、最高です!!!

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先月、あるLINEグループから抜けました。元々は中学からの友人5人で構成されていたグループだったのですが、2年前に1人が抜け、(←仲が悪くなった訳ではなく、みんなで会う時は彼女を含めた5人で集まっていました。)この2年間は4人で動かしていました。

しかし、たくさんの「小さいこと」が積み重なって、3月に「中くらいのこと」が起きて、4月に「大きめのこと」を知ってしまって、心が限界を超えてしまいました。

抽象的すぎて、何を言っているのか、全くわからないと思います。ごめんなさい。

でも、「もう、無理だ。」と、心が、スッと閉じてしまった。

今までにないくらい、固く、固く、閉じてしまったのです。

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昨年の11月、中学時代のある友人と3年ぶりに会いました。

彼女は別の高校へ進学したのですが、高校時代には別の友人を含めた3人で何度か遊びに行きました。彼女とはクラスと部活が3年間同じだったものの特別親しい間柄ではなかったため、今思えば何繋がりの3人だったんだろう…???と思いますが、毎回楽しく遊んでいました。

しかし彼女が受験生になり、新型コロナウイルスが蔓延する社会になり…と、様々な理由から3人で会うことがなくなっていきました。それが、ひょんなことから11月に2人で会うことになり、何だかんだ話が弾んで、3月にはzoomをし、6月にまた会う約束をしました。会うのはまだまだ先ですが、今から結構楽しみにしているのはここだけの秘密です(笑)

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中学校時代の友人、特に先のLINEグループにいた人たちは、私にとって特別でした。友人を格付けしている訳では全くありませんが、未熟で、お子ちゃまで、おバカな時代のお互いを知っているという点で、高校・大学時代の友人とは違っていました。所謂、私の「黒歴史」を知っている人たち、とでも言えましょうか。

お互いの悪いところを知り尽くしている。それでも尚、今に至るまで付き合いが続いているということは、きっとこれから先も続いていく”縁”なんだろう、特別な”友人”たちなんだろう。

だから、違和感・不快感のあることを言われても、されても、「悪気はないんだろう」と許して、「いつものことだから」と、水に流してきました。

随分上から目線な口振りだと、自分でも思っています。被害者ぶっているけれど、そういう対応を選んだのは私自身なのです。そうすることによって、私は「古くからの友人を大切にする自分」「寛大な自分」という自己満足を手にすることを選んでいたのですから。

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人と人は、”ご縁”で結ばれていると思います。そして、その”縁の糸”は、太ければ太いほど、長ければ長いほど、切れにくいように思えます。

でも、それは切れ「にくい」だけで、切れ「ない」わけではありません。

細い糸・太い糸・長い糸・短い糸。”ご縁”の状態は様々だけれど、重要なのはつながっているかどうか。更に言えば、お互いがつながっていたいと思っているかどうかなのではないでしょうか。

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1つ目の出来事は、長くて太い(と思っていた)”縁の糸”が、細くなった出来事でした。

極めて細いけれど、まだ辛うじてつながっていて、今はその糸をどうしたいのか、見つめている最中です。私と相手がまた”太くしたい”と思うならば、きっとまた太くなるのだと思います。

2つ目の出来事は、細い糸が太くなった出来事でした。

と同時に、”縁の長さ”に縛られていた私に、時間は関係ないのだと教えてくれた出来事でした。”縁”を育むには、意思と、相手に対する思いやり、そして優しさが必要だという当たり前のことを、思い出させてくれました。

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「絶対に切れない縁」なんて、ありません。でも、「絶対」がないからこそ、お互いに思いやって、お互いを、そしてお互いを結ぶ”縁の糸”を、大切にするのだと思います。そんな当たり前のことを、私はずっと忘れていたようです。

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今回はいつにも増して抽象的かつまとまらない文章でしたね。すいません。

次回はもう少し明るい話題で書きたいです。

それでは、また。

収穫。

皆さん、こんにちは!ずきです。

5月7日。1348年の本日は、中欧最古の大学であるカレル大学(チェコ・プラハ)が設立された日なんだそうです。日本女子大学も日本初の女子高等教育機関として121年の歴史がある大学ですが、カレル大学は674年…!歴史の長さに驚きました!

そして本日は!「ずき」という名前をくれた高校時代からの友人、Tさんの誕生日です!おめでとう~!
Tさんには高校卒業以来会えていないので、実際に会えた際にはブログ部での活動をはじめとした近況報告が出来たら良いなと思っています。

・・・

先日、高校時代の部活の2学年上の先輩と1学年下の後輩にそれぞれ会う機会がありました。先輩とは約4年ぶり、後輩とは約2年ぶりの再会で、お互いの近況報告と部活の思い出話に花を咲かせました。そういえば…高校時代の話を詳しくブログで綴ったことがなかったような気がします。今回のブログは高校時代の話、部活動での体験をお話ししたいと思います。

私の出身高校は地元では一番歴史がある高校で、部活は運動部は勿論のこと、文化部が特に充実していることで有名でした。
数ある部活の中で私が入部を決めたのは、美術部。部員は半数以上が美術系の大学を志望し、”文化部の甲子園”とも呼ばれる「全国高等学校総合文化祭」には毎年出場する強豪部でした。顧問の先生は芸術を心から愛していて、芸術家としても精力的に活動されている方でした。私はこの先生に指導していただきたいと思い、入部を決意したのでした。

部活動では、絵画の制作・デッサンが中心でしたが、中には絵画にとどまらず、立体的な作品を制作する部員もいました。絵画を制作する部員でも油絵の具やアクリル絵の具、顔料や岩絵の具といった異なる画材を使用して制作に取り組んでおり、部室は個性のある作品で溢れていました。また、作品制作は勿論のこと、制作した作品の校内展示や作品展へ出品する際の搬出入も自分たちで行なっていました。部員同士で協力して運ぶとはいえ、作品は大きくて重いものが殆どで、運ぶのにはかなりの体力が必要でした。中学でも美術部に所属していた私ですが、これほどまでに本格的な活動ではなかったため、慣れるまでに時間がかかりました…。

ただ、この経験は高校を卒業した今の私にも活かされていると感じています。それは、美術館や博物館の展示を鑑賞しながら、展示企画や作品の運搬についても考えることが出来るという点です。現在、私が学芸員資格課程を履修しているということも関係あるかとは思いますが、似たことを実際に経験していると、その作業の大変さがより理解できるのです。様々な視点から物事を考える力が、この経験を通して身に付いたと感じています。

私は1年生までは油絵、2年生以降は日本画の作品を主に制作していました。3年の時には、先生のご指導や部員の応援のおかげで、先ほど述べた「全国高等学校総合文化祭」に出場させていただくという貴重な経験をさせていただきました。

がむしゃらに走った3年間…!当時は大変だと思うことも沢山ありましたが、様々な経験を通して、実りある日々を過ごすことが出来ました。芸術家としても活動する顧問の先生にご指導いただけたこと、志の高い部員たちに囲まれて部活動が出来たことは、本当に幸運なことだったと改めて感じています。

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話は変わりますが…私の好きな声優さんの一人が、この楽曲をカバーするそうです。

玉置浩二『田園』
https://youtu.be/j5O3kKfICXc

これまであまり馴染みが無かった曲でしたが、実際に曲を聴き、爽やかなメロディーと前向きになれる歌詞に惹かれました。好きな声優さんがカバーする『田園』が、ますます楽しみになりました!

・・・

……今回は長々と語ってしまいましたね。
こういう話を書いていたら、ゴールデンウィークに地元に帰らなかったことを、ちょっぴり後悔しました。次に帰るのは、きっと実家周辺の田園の稲が出穂する頃でしょう。それまでは、もう少し都会で頑張りたいと思います。

それでは、また。

竹馬之友

こんにちは、ゆきほです🍵

昨日で待ちに待ったゴールデンウィークが終わってしまい、今日からまたいつもの生活がスタートしました。連休の恩恵を受けてお休みだった私のバイトも今日からまたスタートです。
「五月病」とか「連休ボケ」とか巷では言われていますが、日本女子大学は金曜日も授業があり普通の土日に月曜日を挟んで3連休という方が多かったと思うので、ボケちゃうほど休んだ!という方は少ないのではないでしょうか。
私の三連休は日本橋のコナンムービー展に行ったことが最大のお出かけなのですが、今回この話をすると私のブログが2回連続コナン祭りになってしまうので前半で留めておきます。とても楽しかったです。

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これは先週の月曜日のこと。
4限までの授業を終えて帰宅途中、ぼんやりと最寄り駅の改札を通ろうとした私は少し先にある人を目撃しました。

『あれ……?あの人は……!』

目の前で改札をくぐり抜けたのは私の幼稚園時代からの幼なじみでした。
幼稚園、小学校、中学校と一緒で、高校は別々だったけどお互いの誕生日になると今も絶対に連絡を取っていて、中学生の時の最長立ち話記録はなんと衝撃の3時間……!一緒に出かけると適当に歩きながら延々と……本当にずーーーーーっとしゃべっているため、気がついたときには歩数計が20000歩を回ってしまいます。最後に会ったのは大学入学前の春休みでしばらく会っていなかったため髪の色は変わっていたけれど、絶対に間違いようがありません。でも……

『いや待って、もし万が一間違えていたらまずいし、そもそもこの距離で呼びかけて聞こえなかったら恥ずかしいな?あと何て呼びかければいいんだろう?』

そう!彼女が向かっていた出口が私と逆だったことと、私持ち前のコミュ障&心配性が発動してしまい、咄嗟に声をかけることができなかったのです。彼女は歩くのが早くて、私が声をかけようかどうしようか迷っている間にもう遠くに行ってしまっていました。

『あーーー!声かければよかった!!!』

追いつけない距離になってすぐに後悔した私は

「今○○駅(最寄り駅)にいた??」
「ぽい人見かけたけど追いつけなかった」

とりあえずLINEを送ってみました。直接声をかけることはできなくても、画面上でなら比較的躊躇なく声をかけることができます。LINEってありがたい……!
私も彼女が向かっていった出口とは反対側の出口から駅を出て家まで歩き、家についてすぐLINEを確認したら

「いたよ」
「え、叫んでくれれば気づいたのに」

やっぱり駅にいたのは幼なじみでした。うわー!やっぱり声をかけておくべきだった!

今週の月曜日の帰りにも軽く探してみましたが会うことはできず若干の後悔はまだ残っていますが、このときから今日までLINEでの会話が続いていて3時間の立ち話記録は伊達じゃないな~とつくづく感じています。そのうちまた駅で見かけたら声かけたいけど、そうしたら話が弾みすぎて帰りがかなり遅くなっちゃうかもしれないな。でも絶対話しかけます。

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いつもは前半と後半の内容を関連させて両方に当てはまるようなタイトルをつけよう!と意識して書いているのですが、今回は全然違う内容になってしまいました。でもコナンも小学生の頃からの付き合いなのである意味幼なじみなのでは……?という言い訳をして終わりたいと思います。ではまた!

塩梅

こんにちは、まなです。皆様いかがお過ごしでしょうか。寝て起きたらGWがもう、終わってしまう……。大好きな柏餅がこどもの日近くにしか販売されないのでひそかに嘆いています。こし餡の餅が日常的にもっと増えてほしいです。何ならどら焼きの中身も全部こし餡になってほしいです。全あんこがこし餡になりますように。あんこのお菓子の中で粒あんのものが余りにも多すぎるので、もう少しこし餡の領域が拡大しますように。願いを込めて。

さて、この頃は何事も「ちょうどいい塩梅」にするのは難しいと感じます。私の場合、特に服装の調節に関して悩んでいます。何故か、暑い日は厚着、寒い日は薄着になってしまって一年のうち過ごしやすい服装でいれたことは片手で数えるくらい。天気予報、気温もチェックしているはずなのに、調節が下手すぎる。どうやら天気と自分の感覚とが相性最悪みたいなので、諦めた方が早いのかもしれません。甘んじて、汗をかいてきます。

それでは、また。

商品レビュー

 ゴールデンウイーク真っ只中ですね。皆様いかがお過ごしでしょうか。

近頃は寒かったり、暑かったり、過ごしにくいなあと思います。皆様も風邪など引かれていなければ良いのですが。


 書く内容が全く思いつかなかったので今回はここ数年で買ってよかったものでも挙げようと思います。
《度入りのブルーライトカット眼鏡》
2年前、高校でオンライン授業が始まった時に1日中パソコンとにらめっこしていて頭痛を起こすことが増えたためブルーライトカット眼鏡を使用するように。最初のうちは家にあった度が入っていないものを使用していたが、いちいちコンタクトを付けるのが面倒だったことと、目の乾燥が気になり度入りを購入。度は、近くが見えれば十分なので弱め且つパソコン用ということで乱視をいつもより強めに入れてもらった。パソコン作業だけでなくスマホを見る時も楽なのでこの2年間家では専らこれを使用している。とても楽。頭痛が格段に減った。もうこれなしじゃ生きていけない。
 目の疲れが気になる人、パソコンやタブレット、スマホを長時間使用することが多い人には視力の良い悪い関係なくブルーライトカット眼鏡をおすすめします。ただし全体的に色味が黄色っぽく見えるので写真加工をしたり絵を描いたりする際には注意が必要。

《内側が黒いタイプの晴雨兼用傘》
去年色が淡い晴雨兼用傘を使っていたのだが意外と日が遮りきれなくて眩しかったしなんとなく焼けている気もしたので今年はこれを購入してみた。日が完全に遮られることのメリットは焼けない、眩しくないだけだと思っていたが、圧倒的に涼しいことが分かった。夏本番の強い日差しの中ではもっと涼しさを感じられるのでは。あと絶対に晴雨兼用の方が良い。急な夕立に対応出来る。
 折り畳みタイプは畳むのが面倒なので折り畳まないタイプのものを買いましたが軽いので今のところそんなに荷物になるなという感覚はありません。帽子をかぶるのが苦手な人は特に日焼け対策、熱中症対策に良いと思います。余談ですが本女生の日傘使用率ってすごく高くないですか?この時期から晴れた日は多くの人がさしているように思います。去年真夏は日傘使用率体感7割くらいでした。流石女子大だなぁ、と思って去年から私も日傘デビューしたわけです。

《シュガーライチの香りのボディスプレー》
いい匂い!元気が出る
 ついこの間買いました。何でもいいと思いますが好きな匂いを嗅ぐことってストレス解消になるんだなと知りました。ちなみに食べ物ならごま油の匂いと胡椒の匂いが好きです。


 私がお金の使いどころに対して失敗したくなくてだいぶ調べるので、今回は少し私の経験と感想をシェアしてみました。誰かの参考になれば嬉しいです。あと本当にブルーライトカット眼鏡は現代人皆一人一つ持っていた方が良い。

ではまた。良い休日を。働かれている人には感謝と労いを。

みどりいろのしずく

きょうは。すこしあついかなぁ。

空はお洒落なのでとつぜん雰囲気をがらりとかえたりして、私たちを驚かせては嬉しそうにきらりとわらって、あっと思ったところでいたずらに涙模様をみせて

からりと笑います。

銀色に透けた雨が燦燦と降りそそぐ。そのあかるさを頼りにわたしは歌をくちずさんだりして、大きな窓にちかよると映るわたしの体は灰色の影になっていてそこに窓にはりついた雨粒のきらきらが重なって、わたしの透けた体はラメが塗られたみたいに可愛かった。

雲はうごいていた。一瞬たりとも停まってはくれない空はいつもその一瞬を見られることが奇跡で、なみだで、わらいだった。

眩しい日射し!ばちっと閉じた瞼の裏は緑と赤にチカチカ、気が付いたら左の頬がじわんと熱くなっていた。

眼の点滅が止んでも窓の向こうはみどりだった。金色に光る外の世界は湿気で滲んでピンボケしてるみたい、色んなみどりが淡く混ざっていた。すべり落ちていく露ひとつぶひとつぶはうるっとしていて、雨上がり昼下がり、5月の新緑は青かった。

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まいです。ごきげんよう❀

爽やかな風がひとみの中いっぱいに流れ込んでくる皐月になりましたね。

先日、中学校時代の国語の先生に母校まで会いに行き、また別の日は担任の先生とお茶をしにいきました。

なにか特別な報告があったわけではありません。しかしふと逢いたいという心のつぶやきにしたがうと、なんて満たされた気持ちになるのでしょう。

何を話そうと決めていなかったのに、気が付けばすらすらと言葉がでてきて懐かしい話をし、今の話をし、沈黙に目を伏せ思い出に浸り、整った、とふいに感じました。そうか、私はこの話をしたかったんだ、私はこれをやってみたいと思っていたのか、と知っていたようで知らなかった自分の存在に気が付きました。

とうに卒業したけれど、お化粧もするようになったけど、やっぱり先生の前では幼い生徒。頑張ったことを褒めてほしい、悩んでることに助言が欲しい、そんなはずかしい話は忘れてください……おねだりばかりです。

そこで私は「日本舞踊を習ってみたい」と口に出し、そうだやりたいんだと思い出したような感覚になり、すぐに地元で活動している団体の体験に行きました。

本当に初心者でしたが、服の上から着物を着せていただき、足袋を履き大きな扇子を手に、見よう見まねで踊っていました。

そういえば私は、音楽・美術・演劇・文学……これらに軽く触れたり学んだことがあるのでここに舞踊が入れば、総合芸術の5大要素に取り組んだことがあることになります。

あっという間に日本舞踊の美しい表現の世界に夢中になりました。

「女性の動きは必ずあや。」「右の涙を左の袖で拭って。」「はずかしいから顔を隠す。」「今度は男だから肘を外に張り出して。」

先生の踊りは本当に素敵。小娘を演じていればいじらしく、寂しげな女性はつやっぽく、山や波はそこに、たくましい男を演じて入れば傘の隣にいる女の照れた顔が見えるよう。

芸術はいいですね、心豊かに想像力はたくましく、興奮と静寂の温度差にむねが高鳴る。

*****

今日は爽やかな五月晴れ。空はいつでも綺麗、綺麗。

このしゅんかんを切り取って あなたにあげたいくらいです。