こんにちは、あこです。
先日、家族で沖縄料理のお店に行ってきました。約5年ぶりに訪れたお店は全然変わっていなくて、お料理も本当に美味しかったです。
沖縄そば、沖縄ピザ、ゴーヤチャンプルー、フーチャンプルー、ソーミンチャンプルー、グルクンの唐揚げ、ラフテー、あぶりソーキ、ジーマミー豆腐、島豆腐のあつあげ、カーリーフライ、ブルーシールアイス、サーターアンダギー…..
合計19品を4人でモリモリ食べました。沖縄料理、最高です!!!
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先月、あるLINEグループから抜けました。元々は中学からの友人5人で構成されていたグループだったのですが、2年前に1人が抜け、(←仲が悪くなった訳ではなく、みんなで会う時は彼女を含めた5人で集まっていました。)この2年間は4人で動かしていました。
しかし、たくさんの「小さいこと」が積み重なって、3月に「中くらいのこと」が起きて、4月に「大きめのこと」を知ってしまって、心が限界を超えてしまいました。
抽象的すぎて、何を言っているのか、全くわからないと思います。ごめんなさい。
でも、「もう、無理だ。」と、心が、スッと閉じてしまった。
今までにないくらい、固く、固く、閉じてしまったのです。
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昨年の11月、中学時代のある友人と3年ぶりに会いました。
彼女は別の高校へ進学したのですが、高校時代には別の友人を含めた3人で何度か遊びに行きました。彼女とはクラスと部活が3年間同じだったものの特別親しい間柄ではなかったため、今思えば何繋がりの3人だったんだろう…???と思いますが、毎回楽しく遊んでいました。
しかし彼女が受験生になり、新型コロナウイルスが蔓延する社会になり…と、様々な理由から3人で会うことがなくなっていきました。それが、ひょんなことから11月に2人で会うことになり、何だかんだ話が弾んで、3月にはzoomをし、6月にまた会う約束をしました。会うのはまだまだ先ですが、今から結構楽しみにしているのはここだけの秘密です(笑)
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中学校時代の友人、特に先のLINEグループにいた人たちは、私にとって特別でした。友人を格付けしている訳では全くありませんが、未熟で、お子ちゃまで、おバカな時代のお互いを知っているという点で、高校・大学時代の友人とは違っていました。所謂、私の「黒歴史」を知っている人たち、とでも言えましょうか。
お互いの悪いところを知り尽くしている。それでも尚、今に至るまで付き合いが続いているということは、きっとこれから先も続いていく”縁”なんだろう、特別な”友人”たちなんだろう。
だから、違和感・不快感のあることを言われても、されても、「悪気はないんだろう」と許して、「いつものことだから」と、水に流してきました。
随分上から目線な口振りだと、自分でも思っています。被害者ぶっているけれど、そういう対応を選んだのは私自身なのです。そうすることによって、私は「古くからの友人を大切にする自分」「寛大な自分」という自己満足を手にすることを選んでいたのですから。
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人と人は、”ご縁”で結ばれていると思います。そして、その”縁の糸”は、太ければ太いほど、長ければ長いほど、切れにくいように思えます。
でも、それは切れ「にくい」だけで、切れ「ない」わけではありません。
細い糸・太い糸・長い糸・短い糸。”ご縁”の状態は様々だけれど、重要なのはつながっているかどうか。更に言えば、お互いがつながっていたいと思っているかどうかなのではないでしょうか。
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1つ目の出来事は、長くて太い(と思っていた)”縁の糸”が、細くなった出来事でした。
極めて細いけれど、まだ辛うじてつながっていて、今はその糸をどうしたいのか、見つめている最中です。私と相手がまた”太くしたい”と思うならば、きっとまた太くなるのだと思います。
2つ目の出来事は、細い糸が太くなった出来事でした。
と同時に、”縁の長さ”に縛られていた私に、時間は関係ないのだと教えてくれた出来事でした。”縁”を育むには、意思と、相手に対する思いやり、そして優しさが必要だという当たり前のことを、思い出させてくれました。
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「絶対に切れない縁」なんて、ありません。でも、「絶対」がないからこそ、お互いに思いやって、お互いを、そしてお互いを結ぶ”縁の糸”を、大切にするのだと思います。そんな当たり前のことを、私はずっと忘れていたようです。
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今回はいつにも増して抽象的かつまとまらない文章でしたね。すいません。
次回はもう少し明るい話題で書きたいです。
それでは、また。