最初の本

こんにちは、とみーです。
現在Japanknowledgeを使おうとして、学外アクセスの仕様変更に対応させ色々いじっていたら、fire foxくんが使えなくなってしまい、アワアワしています(笑)
普段、パソコンはfire foxユーザーですが、直せるまで別の検索エンジンを使うことにします…。マニュアルに合わせて設定をいじることができても、”何に変更を加えているのか”を本質的に理解できないと、解決もできないのが歯がゆいですね。

さて。何か近況で面白いことがあればと思ったのですが、あまりに何もないので、私が「図書館ではじめて借りた本」についてお話しようと思います。
私が初めて本を借りたのは、幼稚園にやってくる「移動図書館」がきっかけでした。移動図書館はバスのような形をしている車で、各所を回りながら本を貸し出している施設です。普段はお目にかからない物珍しいものなので、幼稚園生のころは皆はしゃいで本を借りていました。

そんな図書館で私が選んだのは、絵本『ショーティーと猫』。犬のショーティーと友達の猫の絆を描いたお話です。いつも仲良くしていた二匹ですが、猫が突然ショーティーを冷たく追い払うようになってしまいます。でも、そこには訳があって……。といった内容です。

元はバーナディン・クックさんという外国の方の著作で、小風さちさんが翻訳・小笠原まきさんが絵を付けています。
さすがに何故この本を選んだかまでは覚えていないのですが、きっと表紙の犬が好きだったのでしょうね。実は、母が昔使っていた古のガラケーに、一枚だけ『ショーティーと猫』の表紙を撮影した写真が残っています。大昔の私が撮影したものです(笑)

母は私が幼稚園から帰ってきたとき、なんの本を借りているか予想して楽しみに待っていたそうです。母の予想は「動物の絵本」でした。当たっています…!! なんの因果か、その後もずっと動物の絆系の話から離れられず、小学校では六年間ほぼ毎週『チロヌップのきつね』という本(二冊置いてありました)を借り出し、カードを自分の名前で埋め尽くしたり、上橋菜穂子さんの『獣の奏者』という物語にはまり、ファンタジーと動物・人間の生き様に心を奪われたり。
三つ子の魂百までとは言いますが、卒論も狐の話です。

ちなみに兄のときは、母が「自動車の本を借りる」と予想して、本当に車の図鑑みたいなのを借りてきたそうです。そんな兄は自動車系の学校に行き、今では一級整備士として働いているわけです。

私も兄も時々ひねくれたり、変な方向目指そうとしたり、色々あったけれどなんだかんだ最初に見たものに帰ってきている感じがして面白いものです。
皆さんは、そういう不思議な縁とかを感じることってありますか? 案外振り返ってみると、「あのときのアレ、今のコレなんじゃないか」みたいなつながりがあるかもしれません。

それでは、また。

”キセキ”はここに。

皆さん、こんにちは!ずきです。

5月19日。本日の誕生石は「ラピスラズリ」なのだそうです。「瑠璃」という和名で日本でも古くから親しまれている宝石の一つ。ちなみに「ラピスラズリ」という名称は、石を意味するラテン語”lapis”と、青を意味するアラビア語”lazward”が由来のようですよ。他にも「サンストーン」や5月の誕生石でもある「エメラルド」などが本日の誕生石として挙げられるんだとか。2021年12月には、全国宝石卸商協同組合が63年ぶりに誕生石を改定したそうで、これを機に改めて自分の誕生月・誕生日の石について調べてみると面白いかもしれません!
珍しく記念日や出来事ではなく、石のことばかり話していますが………今回は宝石に関する話をしたいと思います!

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先日、友人と国立科学博物館に足を運びました。今回鑑賞したのは、現在開催中の特別展「宝石 地球がうみだすキセキ展」。(6月19日まで開催中だそうです!)
展覧会の詳細はこちら→https://hoseki-ten.jp/

久しぶりの国立科学博物館。最後に国立科学博物館を訪れた際、恐竜の特別展を見た覚えがありました。その記憶を頼りに検索したところ、私が見た展覧会は2011年に開催されていたことが判明。11年前…!?もうそんなに経つんですね!驚きです……!

国立科学博物館のシンボルといえば!シロナガスクジラのオブジェ!!!
東京に住み始めてから、上野には何度も足を運んでいました。しかし、東京都美術館や東京国立博物館の方にばかり行っていたためか、あれだけ大きなオブジェを見逃してしまっていたのです…。約10年ぶりにその姿を目の当たりにして、その大きさに圧倒されました!

展示されていた宝石たちは、展覧会のタイトルにもある通り、まさに「地球がうみだすキセキ」!同じ種類の石でも様々な色展開が見られたり、光を当てることによって違う見え方があったり……。原石が形成される仕組みから石のカット方法まで、様々な角度から「宝石」についての知識を深めることが出来ました。今回の展覧会は、ここ最近訪れていた博物館や美術館の展示とは雰囲気が異なっていると感じました。「歴史」や「文化」の視点だけではなく、「科学」の視点からも鑑賞することが出来たからだと思います。

そして、今回展覧会を一緒に鑑賞してくれたのは、博物館実習を共に受講している友人でした。展示品だけでなく、使用されている照明の明るさや展示品を支える台の構造などにも注目しながら感想を共有することができ、非常に有意義な時間を過ごすことが出来ました!ミュージアムショップでは、お互いの誕生月の石がデザインされたしおりに運命を感じ、お揃いで購入。ダイヤモンド・ルビー・アレキサンドライトの3種類の展開しかない中で、お互いの誕生月の石があるなんて…まさに「キセキ」!!!
忘れられない1日になりました!

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最近、課題以外にやるべき仕事が多いんです。そろそろ倒れてしまうのではないかとヒヤヒヤしている今日この頃の私ですが、今回のブログのネタを考える中で気持ちが少し軽くなりました。

今日の誕生石として名前を出したラピスラズリの石言葉は「危機を乗り切る」。なんだか励ましてもらったような気持ちになりました。これは「輝石」がもたらしてくれた「奇跡」?……なんてね。

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『大丈夫、私は元気だよ。励ましてくれたお礼に、明日は瑠璃色のアクセサリーを身につけて大学に行くね。』

・・・

それでは、また。

お先はまっキラだ💎

こんにちは。れいかです。

先週、月~土までの面接ラッシュをなんとか乗り越え、日曜日に先輩が所属している合唱団の演奏会に足を運んできました♪
カラオケでハロプロの曲を好きなだけ歌い、気になっていたカフェでフレンチトーストを堪能した後の演奏会!至福のオフ日でした。
先月は東京混声合唱団の演奏会があり、GWにも六大学の定期演奏会に行ったり、合唱を聴く機会が今もあるのは嬉しいことだなと思います。

フォルテの表現の説得力が物凄くて、クレッシェンドの音圧の広がりが最高に心地よく感じました。
耳が幸せすぎて、身体ごと飲まれるのではないかと思うくらい、音楽に身も心も委ねたくなる素晴らしい演奏でした。特に、ソプラノの艶やかで伸びのある発声にうっとりしてしまいます。
合唱は声が楽器だと分かっていたつもりでしたが、その多彩さに改めて圧倒されました。

張りつめていた気持ちを少しずつ緩めつつ、今日も面接へ。
目的地の近くに公園があったのですが、ん?これはなに?
猫にしてはしっぽが太くて長すぎるし、え、タヌキ?イタチ?
いやいや、ここは都会だし……。
すぐに見失ってしまったのですが、もう1度視界に入ってきたので、証拠写真をパシャリ。
遠くからでよく分からないけれど、ズームをして加工で影を消したら見えるんじゃない?!
はい。お待たせしました。こちらです!!↓


動いている姿は獣感があったのですが(笑)、こうして見ると顔が可愛いな~と思いました。
最初、オコジョ?と思い、調べてみたら顔が違いました。
帰宅してから父に聞いたら、「ハクビシンじゃない?」とのこと。
画像を検索すると、ほんとだぁ!鼻のところが白い!
ハクビシン。おそらく初めて見ました。そして、通りすがりの公園で出会うという……!
珍しい瞬間に立ち会えて嬉しかったです。

そして、会うといえば。
日曜日の夜、演奏会からの帰り道に、幼なじみにばったり会いました。
最寄り駅の踏切のそばで会ったのですが、色々と偶然が重なりました。
私は、仕事終わりの母と帰る時間が重なるかもしれないと思い、踏切のそばで待ってみることにしました。
3分程経ったころでしょうか。なんだか聞いたことのある声と姿が。
幼なじみのお母さんは、声のトーンが高い上に、話すときの抑揚が大きくて特徴的なので、すぐに耳に入ってきました。19時すぎで辺りは暗かったので一応慎重に観察したのですが、隣を歩く娘らしき人の髪型や身長も幼なじみにそっくり。
確信した私は「○○(本名)ちゃん」と声を掛けました。
振り返り、一時停止する幼なじみ。
でもすぐに気が付いてくれて「え、れいかちゃん?!えー!!!よく気付いてくれたね!!」と感動の再開を果たしました。電話などで話してはいましたが、直接会えたのはなんと一昨年のクリスマス以来でした。
お母様も「こんなところで会うなんて…!!わ~!!!」と期待を裏切らないリアクションをして下さいました。(笑)

どうやら話を聞いてみると、幼なじみとお母様は最初から一緒にいたわけではなく、バイト帰りの幼なじみを迎えに行くことにして合流したそう。
いつもは別の駅を使っていて、ここを通るのも珍しいと話していました。そこへ仕事終わりの私の母もやってきました。
高校生の時にも、別の場所で幼なじみと出くわす経験が何度かあり、なんだか運命を感じます。
私が「母を待とうかな?」と頭によぎっていなかったら、叶っていない再会なので、数分前の自分に「ナイス!!」と感謝をしました。

幼なじみとは、お互い落ち着いたらゆっくり会おうと約束したので、今からとても楽しみです。

話は変わりまして、今日のタイトルは、私の好きな言葉です。
アンジュルムの新曲に『愛すべきべきHuman Life』という曲があるのですが、その中の歌詞に唸らされました。
お先はまっキラ。前途は多感。五里宇宙。
たった一文字を変えるだけで、こんなにも前向きで明るく、ポジティブな意味になるんだ!と感動しました。

アンジュルム『愛すべきべき Human Life』Promotion Edit – YouTube

アンジュルムを知らない方にも、アンジュルムの良さを知ってもらえるのは勿論、Happyな気持ちになれる一曲だと思うので、ぜひ見てみてください♡
最近はゼミの友人やサークルの先輩にハロプロを布教するのが楽しみの一つになっています。(笑)

もう5月も後半なんですね……。
今日は、面接の後にオフィス見学をさせて頂きました。
実際に職員の方が働いている様子を近くで拝見したのは初めて。大人版社会科見学(?)のような気分で新鮮でした。
日々いろんな感情に襲われながらも、「私の人生 私が面倒見るんだ」(つばきファクトリー『アドレナリン・ダメ』から。作詞は児玉雨子先生)。結局はこれに尽きると思うので、煩わしく感じることも、どうにか自分の力に変えて、未来の自分に良いバトンを繋いでいきたいです。

それでは、また。

今日今この時君におめでとう


5月17日は奇妙な日だった。

10時35分に目が覚めた。10時50分から始まる2限に行くか行かないか迷って、38分に顔を洗い、39分にマスクをつけ、40分に家を出た。49分に教室についた。

初めてすっぴんで授業を受けたが、案外自分の顔なんて誰も見ていないことに気づいた。

授業終わりに就職資料室に立ち寄った。最近気になっている業界に就職していた先輩の体験談を読んだ。熱意がある人を採用してくれる業界は素晴らしいと思った。自分を飾らずに生きていけるところで働きたいと思った。

学食に行って、塩ラーメンを食べてみた。あったかい冷やし中華みたいだった。

家でぐうたらしている同居人のためにマフィンとドーナツを買って帰った。早速家に帰って渡したら、もしゃもしゃ食べていた。人がご飯を食べているのを見る時、人は生き物であることを自覚させられる。甘いドーナツがいずれ自分の体の一部になると考えると、私は自分の肌を噛んでみたくなる。

うとうとしていたらいつのまにか4限が始まりそうな時間になっていた。化粧も面倒で、再びすっぴんで家を出た。前を歩く人が、私が愛用しているスカートを履いていた。高校卒業してすぐくらいに買って、東京にまで持ってきたスカートだった。随分前に買ったものが被るのは、変な気分がした。

教室の後方で授業を受けた。授業内容は私の体毛を優しく逆撫でするようなものだった。授業で扱った物語の登場人物は、女性らしさで男性社会に立ち向かっていた。私は男性らしさで男性社会に混じりたいと思った。

親からLINEが来た。私が愛用しているスタンプを、親が使っていた。ポイントをコツコツ貯めて手に入れたらしい。まさか親が影響されると思っていなかったので驚いた。

再び家に帰ると、一匹のクモが壁を這っていた。最近風呂で溺れていたのを助けてから、しばらく姿を見ていなかった。元気そうでよかった。こいつは昨年可愛がっていたクモの子供だということにしている。

カンダタみたいだと思った。もしこれから蜘蛛の糸が頭上から垂れてきたとして、下に続く数多の同類を蹴落とさない自信がなかった。

自分だけ助かろうとしたのが悪いのではなく、上を目指しているのに下を見下ろしたのがいけなかったのだと思った。途中で止まるから糸が切れるのだ。下なんて気にせず、上だけを見て登っていればいいと思う。

5月17日は本当に奇妙な一日だった。

よしなしごと

 こんばんは。五月も半ばになりましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
私の回は特に意識していなかったのですが「いかがお過ごしでしょうか。」で始まることがほとんどだと最近気が付きました。私が「いかがお過ごしでしょうか。」の人だ!と認識される日も近いかもしれません。されないよ。まあ、Youtuberの動画や芸人の漫才の始めの挨拶みたいなものだと思っていただいて結構です。よろしくお願いします。

 授業が始まってからは週六で対面授業、部活にアルバイト、授業の課題や発表のレジュメ作り等、それなりに忙しい日々を送っていました。今日のこれも授業の後労働をしてそれから書いています。私は体力がある方ではないのでしんどいな~と思いつつも昨年度は全く味わえなかった大学生っぽい生活を今こうして送っていることには一種の満足感を覚えます。昨年度、私何してたんだろう……。確実に今より睡眠時間は長かったなと。目覚まし時計をかけずに心置きなく寝たいです。唐突に私の最長連続睡眠時間を発表したいと思います。20時間です。高2の秋、起きたら19時でした。実質その日5時間しかありませんでした。今では良い思い出です。「良い思い出」の言葉で無理やり昇華してることって人生にたくさんありますよね。

 毎回綺麗な文章を書きたい私と、面白い文章を書きたい私が殴り合いをしながら出来るのがこのブログの投稿です。上手いこと洒落とか入れたいし、クレイジーなこと言いたいし。根っこがツイッター芸人なんですよ。でもその一方綺麗で繊細な美しい文章も書きたい。なんか、こう、いい匂いが漂ってきそうな文章。大和撫子が書いてそうな文章。始めの頃は多少綺麗めの文章を心掛けていた気もしますが今なんかもう、ねぇ。化けの皮が剥がれたと思ったら中からもっと恐ろしい化け物が出てきてしまった感がありますね。文の雰囲気の他に、書く内容に関しても同様にかなり迷います。考えすぎて前回なんか何を血迷ったか商品紹介をし始めましたからね。全く意味が分からない。

 頭の中のこと片っ端から綴っていったらだいぶぐちゃぐちゃしてきましたね。今回のブログにタイトルを付けるなら「『心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつく』ってみた。」かなぁ。プレミア公開にするのでスーパーチャット下さい。嘘です。収益化してないし。いやそういう問題ではありません。私はYoutubeよりニコニコ派だし。いやそういう問題でもありません。すみません。なんかもうちょっとまともに考えたタイトルを付けようと思います。ここを読んでいるあなたは私が「なんかもうちょっとまともに考えた」タイトルをクリック、もしくはタップして辿り着いたと思われますが、どんなタイトルでしたか。絶賛まともに考えている中なのですが眠すぎて何も思いつかないので、良い感じのタイトルを思いついた方がいらっしゃったらこれを執筆途中の私まで届くように過去にテレパシーを送っといてください。なるべく受信します。見事採用された方には感謝を差し上げます。ここまでお付き合いいただいた方にも感謝差し上げます。活動限界と睡魔が訪れました。寝ます。では。

🎇💎

こんばんは、めいです。

もう少し経ってしまいましたが、みなさん今年のGWはどうでしたか?
ニュースでは連日の高速道路の渋滞やハワイが日本人観光客で賑わっている様子が伝えられていて、昨年との違いを感じました。

そして私はというと、2年半ぶりに推しグループのファンミーティングに行ってきました。
コロナ前最後に生で姿を見られたのは2019年の11月で、それから2年半、本当に久しぶりのオフライン公演。ずっとずっと待ち望んでいた瞬間で、間違いなくこの2年半で一番 幸せな時間でした。

⚠︎ここから限界オタクの激重レポ入ります⚠

全2日間だったのですが、1日目のオープニングではコロナ禍になって最初に出た曲のイントロが流れる中でメンバーのシルエットが映り、歌い出しと同時に幕が上がりました。
割とドライなタイプのでさすがに泣きはしないだろうと思っていたのですが、画面越しではなく目の前でステージに立っている姿を見た瞬間、自然と涙が出てしまって。
あまり正面から考えないようにしていたけれど、本当はもうずっと寂しかったんだな、と思いました。

ファンミーティングはミニゲームとトークがメインのため普段ならパフォーマンスは多くて5.6曲ですが、
今回は この二年半で出した = 日本のファンが一度も生で見られていない曲 をできるだけ見せようと、11曲もやってくれました。

「会えない間、皆さんも生活の中で大変なことや辛いことが沢山あったと思いますが、耐えてくれて、待っていてくれて、本当にありがとうございます」

と、この言葉を日本語で伝えてくれて、この時も泣きました。(ドライなはずでは…?)
挨拶もトークも皆いつも以上に日本語で話そうとしてくれて、いつも以上に客席を端までしっかり見ながら手を振ってくれて、2年半という時間を少しでも埋めようとしてくれてるように感じました。オタクのキモフィルター強めです。

でもMC押したりカンペ無視してスタッフさんを焦らせるところ、アンコールしつこいほどやるところ
(2日目、アンコール最後の曲のサビ17回) (終わったドッキリでステージ閉まった後飛び出してくる) は最後に会えた時から何も変わっていなくて、紛れもなく、私が大好きな彼らそのものでした。

韓国でのアルバムリリースを控える忙しい時期にメンバー全員で日本に来てくれたこと、本当に嬉しかった。そして、2日間とっても楽しかったです。

ちなみに、2日とも姉と行ったのですが、姉は私が高校生の時に沼に引きずり込みました。
そして姉は職場の同期を、その方はご自分のお姉さまを、お姉さまは友達を引きずり込んで、見事に布教が成功しています。こんな上手く行くことある?って、面白いくらい。
開演前にみんなで少しお話しすることができて、この人たち全員 私が起点で連結してるのか…と思ったら、それもなんだか面白かったです。

公式発表はまだですが、メンバーによると冬にまた会えるそうなので…当選&良席のためにそれまで徳を積みながら頑張ろうと思います。
というわけで、久しぶりのオタクブログ(過去イチ激重)でした!

迫る2万文字

こんにちは!やなです!
花粉症の季節が終わり、ようやくティッシュと目薬が手放せない生活とはお別れをしました。来年は軽くおさまるといいな。スギ花粉、頼んだよ。

***

4月から始まった卒論予備ゼミ。
この2年間、のらくらと大学生活を送ってきた私も、どうやら、そろそろ卒論というものを考えなければならない時期になってしまったらしい。
1年生のときの日本語学概論で日本語学というものに惹かれ、2年生で日本語系の授業を取れる分だけ片っ端から取ったものの、薄ぼんやりとしか研究テーマが思い浮かばないまま3年生になってしまった。
さてまあ、どうしたものか。
もうすぐ研究テーマの先行研究について発表しなければならないらしいし。
ゼミの先生が初回の授業で「国会図書館の会員登録はしておきましょう」と言っていたし、とりあえず国会図書館で色々資料を探してみようかな。

***

ということで、人生で初めて国会図書館に行ってきました!
(※ただ今から国会図書館レポとなります)
国会図書館、とっても広かったです。何度も迷子になりかけました。
学校の図書館のように巨大な書架から資料を探せるのかしら、と思っていたのですが、実際は館内のPCから閲覧申請をして司書さんたちに探してもらい、カウンターに持ってきてもらうシステムでした。印刷も申請書を提出して印刷してもらうんですね、とても新鮮でした。スタッフの方もたくさんいて、挙動不審になるとすぐに声をかけてくださったので迷子にならずにすみました。助かりました。
コロナの影響で抽選予約制で人数制限をしているようで、混み合うこともなく快適に過ごせました!
1番びっくりしたことが、館内に持ち込めないもの(傘や刃物など)があり、入館する前にロッカーに荷物を預ける必要があったことですね。貴重品など、持って入りたい手荷物を入れる小さい鞄も用意されていて、すごいな〜と思いました。さすがは国会図書館ですね。

今回、ネット上に公開されていなくて読めていなかった論文を入手できたので、成果はあったのではないかな〜と思います!
国会図書館、おすすめですよ。ぜひ。
ただし、印刷代が相場よりも高額なので、なるべく学校の図書館やデータベースを活用した方が良い、ということは注意しておきたいところだと感じました。
卒論、書ける気がしませんが、とりあえずは探し出した論文を読み込もうと思います!

それでは今日はこのへんで。やなでした!

美と恐怖は紙一重

雨の日が続いていますね。こんにちは、さゆりです。

お天気が悪いとなんとなく気持ちも沈みがちですが、雨の日の匂いは嫌いじゃありません。むしろ落ち着く気がしませんか?

あの独特な匂いはペトリコール、と言うらしいですね。マスク生活が続いくと季節ごとの匂いを感じる事が減ってしまってほんの少し寂しいです。

先日、時間が空いたのでトーハクと科学博物館に行って来ました。なんとどちらもキャンパスメンバーズ特権で、無料で入館できるのです!美術館や博物館が大好きな人には嬉しいですよね。

トーハクは常設展示もかなりマメに変えてくれるので毎回違った作品が楽しめて嬉しいです。そして、能や歌舞伎の展示室も密かな楽しみです。

今はなんと、上村松園の「焔」が展示されていると聞いて大興奮。六条御息所というとやはりあの絵の姿を思い浮かべてしまいます。

そしてわくわくしながら見に行った絵がこちら!

(写真撮影とネットへのアップが許可されているのは確認しております)

まるでテレビで見ていた芸能人を目撃したかのような気持ちです。デジタルギャラリーで見た時はちょっと怖さを感じましたが、実際に見てみると繊細な美の方が勝るような気がしました。女性らしい柔らかな曲線がなよなよとして美しいですが、ぼんやりと霧のような恐ろしさがあるというか。美しいからこそじわりじわりと恐ろしさを感じて、美と恐怖は隣り合わせなんだなぁと感じました。妖怪のような直接的なホラーを描かないからこそ怖く感じるのかもしれません。

少し調べて初めて知ったのですが、上村松園さんって女性だったんですね。なるほど、たしかに同性から見た女の怖さだなと納得しました。

そういえば、今月は「犬王」が公開されますよね!予告動画の音楽を聴いただけで鳥肌が立ってしまって、待ちきれません。しかも能楽師のお話とはますます楽しみです!観に行く日までに能の勉強もしておきたいです。

では、また!

見見ず

大変ご無沙汰しております、みちるです。

 

腹をくくらねばならないようなんです。

「曖昧な態度でいるのがいけないというのは、誰のための思いなのかはっきりさせておく必要があるんじゃないかね」

誰のためでもないでしょう。
あなたのためでも私のためでもない。誰かの、何かのためではないんです。そりゃあ、きっかけをもたらした何か、はありました。だけどその人の、その事物のためではない。最早そうするほかないので、腹をくくると言っているんです。
というかほら、こうして書くことこそ一つ腹をくくること、回復なのです。

私はよく、「そうせざるを得ないからそうしている」と言います。それはこのブログ上だけでなく、(あなたに想定される)日常生活においても。

 
《君は本が、文学が、哲学が、お好きなんですね》
 

ある人が少しの驚きを混ぜてそう言ったとき、「読み、書き、文学や哲学をして生きるしかない、というのがワケですよ」と情けなさそうに返したのをよく覚えている。
彼は私の書いた”からだ”についての文章をいくつか読んでいたし、私の推薦でスピノザなんかを読んでいた(こういう叙述が多くの場合その対象者に快く思われないことは私が最もよくわかるとさえ思う(「君にはわからないか」というのと似たものがある)。しかし私が彼に落胆したり彼を責めようとさえしたのは、このやりとりがあった瞬間だけであると誓う。それでも取り返しのつかないことではあるのだけど)。
私は自らの生について、その態度を洒落にするのがいけないことだと思ったことがない。だから上のような発言が平気で飛び出すのだ。しかしまあそんなことはさておいて、我々はその瞬間一つのすれ違いを起こしていたのである。

 
《なるほど、大学の勉強ですか。お互い、中々大変だ》
 

大変なのは今この状況だよと言いたかったけど、帰り支度をしていた人間をそれ以上引き留める訳にもいかないと思ってしまった。
つまり彼は私の「そうするしかない」を何かに要請され、ないし強制されてそうすることにしているという風に解釈したのである。そこまでは正しいとしても、私にそれを強いるものは教育機関なのだと合点したのが誤りだった。現に私は学生だからそのように連想するのも自然であるかも知れないけれど、学校よりもっと身近なものに、すなわち自分自身を”始め”としたものに強いられているという風には思わなかったらしかった。
”ふいんき”を「雰囲気」と訂正することならいくらでもできるのに、なぜ私はここで認識の誤りを指摘できなかったんだろう。そう、今でも後悔することがある。見ないふり、聞かないふりもできない不器用さのためにこうも頭を抱えているのだとしたら、自分の馬鹿さはやっぱりこういうところにあるんだろう。

 

(間奏)

 

今回はここで終わってもいいかと思ったんですが、鎮痛剤の効きがよろしいのでもう少し書いてみることにしましょう。話題はそうですね、文章を書くことについてとか。

あなたは、どういったときに文章を書きますか。学校の課題で、お仕事で、うんうん言いながら偉い誰かに丁寧なメールを拵えたり、あるいは同人活動において、エッセイや小説やブログなんかを書くんでしょうか。

聞くところによれば、どうやら多くの人はなにか機会があって初めて文章を書くらしい(?)。私は違う、と言いたいわけではないけれど、そう思えば実際人よりはその機会が多いんじゃないかと思う。
中学時代、学校機関紙を扱う組織を任されて同世代による色々の文章を読んできた。その時は自分も同じくらい書いていて、高校入学以降その機会が無くなってからもなんとなく書く癖だけが残った。当初からものを書くこと自体は「そうせざるを得ない」ためにしているとしても書いた文章自体は目的論的に把握されるのが常だということは予感していたし、それはきわめてプラスの方向に把握されていた。であるからこそ、文章は目で追われるものでありながら声に出されるものでもあり、そうであるなら嗅がれたり味わわれたり触れられたりするものでもあり得るのだとわかった。そして見る文章、読む文章、触れる文章など、文章の宛先や書く対象・内容に応じてそれらをかき分けたり融合させながら楽しんだ(これは現在も変わらないスタンスだと思う)。

とりわけ何を書くにしても視覚的な情報と音声面の情報に気を配ると納得のいく文章が出来やすいという気付きは、度々スピーチをしたためる機会を頂いていたことによるものだろう。今もなおあらゆる文章は音声への気遣いなしに成立しえないものだと信じているし、目の前の文章がいかにそこへ配慮したものであるか、そうでないかは、それ自体が明らかにするものなのだ。

文章を書くことが好きか、という質問にあえて答えるなら、好きだ、と思う。今取り組んでいる小説やそうでない様々の文章も、私にとって良いものであることに疑いはない。たとえ書くことによって自分が苦しめられるような事態が迫っても、書くことが好きだと言える気がする。
あなたに届けるこのブログも、そう”言う”私が綴るものであるとわかったほうが安心できるものになるでしょうし。
眠気がきたので、今日はこのへんで。

 

またお手紙書きますね、大好きです。   みちる

推しに会ってきた

こんにちは!本日は、自主ゼミや卒論の演習、発表に向けての準備など充実した日々を過ごせた一方、びっくりして思わず叫んでしまった回数2回のあやがお送りします。ちなみに、パウチされたうどんの汁を開けるのに苦戦していたところ、いきなり開いて汁が自分に降りかかり1叫び。(皮肉にも、「どこからでも開きます」との文字が記載されていたんですよね〜、絶対嘘だ😠) そして、階段でちょっとした巻き込み事故に遭って、びっくりして1叫びです…(お相手の方も私も無事だったので何よりです😌) 明日は平和に暮らしたいですね!!

さて、先日久しぶりに博物館へ。東京国立博物館で5月8日まで開催されていた特別展「空也上人と六波羅蜜寺」を鑑賞してきました。前から行こう行こうと思っていたのですが、先延ばしにしていて気づいたらもうすぐ終了…急いでチケット予約しようとしたら、すでに販売終了の表示が出ていて、時間をうまく作って行かなかった自分を悔やみました。ところが、キャンセル分が出るかもしれないとのことだったので、少し経ってからまた予約ページを見てみるとなんと一枠残っていたのです!!!あわてて予約を済ませ、滑り込み空也してきました✌🏻

行きたい理由はただ一つ、康勝作の六波羅蜜寺空也上人像が大好きだからです。日本史選択だった方はわかると思うのですが、教科書や資料集の鎌倉文化に関するページには絶対掲載されていて、一度見たら忘れられない愛くるしさ😍(私は青ペンでぐちゃぐちゃ丸をつけてお気に入り登録していました。)鉦を鳴らしながら念仏を唱えて京の市中をまわった空也は、「市聖(いちのひじり)」とも呼ばれていたんですよね〜日本史を必死に勉強していた高校時代が懐かしいです。この空也上人像の特徴は、やっぱり口から出たアレ…「南無阿弥陀仏」と唱える空也の姿が像となっているのですが、一音一音が阿弥陀仏として空也の口からあらわれているのです。6体の阿弥陀仏が空也の強い信仰心を乗せて世に放たれている瞬間。やっぱり素敵です!!今回空也像を360°あらゆる方向から眺めて思ったことは、私が想像していた以上に像に命が吹き込まれていたということ。衣のたなびく様子やしっかりと足を踏みしめている骨の浮き出方、喉仏など、今にも念仏を唱え始めそうな強い「生」を感じたのです。これは、教科書を見るだけでは感じられなかったことだと思います。他にも、六波羅蜜寺に置かれた数々の像を鑑賞したり、ゆかりのある人物についてじっくり学ぶことができたりと有意義な時間を過ごせて満足です。出口をくぐり抜けたすぐ先には、案の定グッズが並んでおりましたが、空也がアクスタデビューしていたことにクスッと笑ってしまいました。おしゃれなスイーツの横に空也をちょこんと置けば、映えフォト間違いなし!?

それではまたお会いしましょう😸