こんにちは。もこです。春気分で書いたのですが、今日は寒すぎますね。
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都営バス上58。早稲田と上野を繋ぐ路線バス。ふわりとバスに乗り、ゆうらりとバスに揺られながら、流れる景色を見る。春の風は、いろんな記憶を運んでくる。
次は、護国寺正門前、護国寺正門前です。
上京してすぐ寮に入ったが、だだっ広い田舎で育った私に、都会の寮は窮屈だった。するりと寮を抜け出して、ふわりとバスに乗る。寮のご飯を食べずに、恋人の家で食べる牛丼が好きだった。
次は、大塚三丁目、大塚三丁目です。
この近くに、私が落ちた大学がある。ずっと行きたいと思っていた大学だった。センターもニ次試験も頑張ったけれど、不合格。成績開示をしたら、たった1点足りずに落ちていた。
次は、千石三丁目、千石三丁目です。
受験なんてもう昔の話である。あれからもう3年も経っている。でも、落ちた時のことを思い出すと、今でも、涙が出てくる。もし二次試験の日に、総武線と中央線がトラブルで停止しなかったら。私が使う丸の内線に人が溢れかえらなかったら。初めての東京、乗車率120%の電車、体を触る変な男、それら全てなかったら、1点くらい、取れたのではないか。
考えても仕方のない話を、3年間、考え続けている。
次は、千石二丁目、千石二丁目です。
18歳で上京する予定だった。けど私が東京に来れたのは、20歳の時だった。あの時1点足りていて、高校を卒業してすぐ上京していたら、私は地元嫌いになっていただろうな。親とも仲が悪いままだったろう。
次は、千石一丁目、千石一丁目です。
大学1年生の一年間を地元で過ごして、本当に良かったと思う。高校の頃は母親と喧嘩してばかりだったけど、あの一年間たくさん話したおかげで、今はマブダチみたいになった。
次は、文京グリーンコート前…
親がゆるくていいね〜なんて言われることがあるが、そんなことはない。鬼のように厳しい親だ。今は、なんでも話せる関係値になっているということ。話せば分かるから、行動に理解が得られているということ。
でも、親も歳を取って、かなり丸くなった。
次は、上富士前、上富士前です。
最近、大きな地震があった。地元にいた頃は、東北が震源地の緊急地震速報を見ても、何とも思わなかった。でも今はそれを見て、大きな地震が来るかもしれないと怯える。
次は、本駒込五丁目、本駒込五丁目です。
寮を出てこの家に住むことになった時、関東の友達が「九州の感覚で上の方に物を置くなよ」と忠告してくれた。だから私は、高いところに何も置いていなかった。その友達は、大きな地震があると毎回私に心配の連絡をしてくれる。今まで出会ったどんな男性よりイケメンな、本学のお友達。
次は、本駒込四丁目、本駒込四丁目です。
熊本地震は怖かった。私はあの時、塾の帰りで、電車に乗っていた。電車がぐわらんぐわらんと揺れた。揺れがおさまったら、声が大きい男子高校生が「熊本震度7げな!」と叫ぶ声が聞こえた。
次は、動坂下、動坂下です。
東京は坂が多い。平野生まれの私は、道の途中に階段があるとワクワクした。でも今は、少し怖いと感じる。坂は、あの世とこの世が交差する場所らしい。黄泉比良坂、とか。上代文学を専攻している人がいたら、少し聞いてみたい。
次は、道灌山下、道灌山下です。
最近恋人と京都に行ったのだが、それ以来どうも恋人の様子がおかしい。貴船神社の奥宮まで行って、嫌な何かをもらってきたのかもしれない。そう思った私は、貴船神社で買った厄除けのお守りを、寝ている恋人の近くに置いておいた。すると恋人はううんううんとうなりはじめた。それから一晩中うめいていた。しかし次の日の朝、すっきりした顔をして起きてきた。憑き物が落ちた様子とはまさにこれ。奇妙だが、本当の話。
次は、千駄木三丁目、千駄木三丁目です。
……なんだか眠くなってきた。
次は、団子坂下、団子坂下です。
かの有名な、D坂。乱歩の小説は、あまり読んでいないが…。
次は、千駄木二丁目、千駄木二丁目です。
次は、根津神社入口、根津神社入口です。
ピンポーン
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バスを降りて、バスを見送る。
今日の旅はここまで。




