冬眠終了のお知らせ

こんにちは。れいかです。

外が暖かくなっていることに驚きました。
12月末にサークルの定期演奏会が終わってからの約2ヶ月、自室で引きこもりを極め、ニートと化しておりました。
対面での用事があった数日だけ朝に起き、あとはほとんどお昼の12時ごろに目が覚めて絶望する毎日。
「冬眠」って言っていいくらいめっちゃ寝ていました。
3月に就活が解禁したらこんな生活できなくなりますし、もし次できるとしたら老後(?)かなと思うので、ある意味貴重な経験だったとスーパーポジティブに考えたいと思います。
浪費した時間は戻らないので、良い子の皆さんは真似しないでくださいね。(笑)

春の訪れと共に目が覚めて。
ひっさしぶりに15分くらいヨガをやったら気分がすっきりしました。
そして太陽の光を全身に浴びながらお散歩。好きな曲を流すと尚良しです。

先日、サークルのフェアウェル(4年生の追いコン)がありました。
一番長く過ごした身近な先輩方だったので、実感がないのと寂しい気持ちとがありました。
今の4年生が3年生(執行学年)の年だけ定期演奏会が中止になってしまい、やるせない思いを抱えながらも、昨年は新しく執行学年となった現3年生をたくさんサポートして頂いて、記念の演奏会を成功することができました。
自分が同じ立場だったら途中で辞めずに後輩たちに引き継いで、同じことができたのかなぁと考えてしまいます。それくらい先輩方は偉大なのです。

サークルもゼミも、自分の前を歩いていた4年生は素晴らしい方たちばかりで、到底追いつけそうにありません。
しかし、就職活動真っ只中の私は、これまでの自分とは少し違うと思いたいのです。

それでは、また🌸

お散歩の途中、満開の梅。

執筆

こんにちは、初めまして!本日よりブログを書かせていただきます、ひとこと申します。どうぞよろしくお願いいたします。


「ブログ」というからには、何かを書き綴ることが必要なのですが……。どんなことを書こうかとあれこれ考えているうちにあっという間に私の担当日を迎えてしまいました。決して文章を書くのが嫌いというわけではないのです。むしろ文を作るという行為を楽しみ好んでいる部類の人間に入るかもしれません。しかし私は下手の横好き、しかもここは日本文学科のブログ部。何か面白いことのひとつでも言わなければ……!!と思い、今日まであれがいいか、これがいいかと話題を必死に探していました。そういう「文を作る下ごしらえ」の時間も楽しいのですけれども。


せっかく冒頭で今日からブログを書こうとする私の心境を吐露しましたので、文章を書く、という行為についてのお話でもしましょうか。
日本文学を学んでいますと、様々な時代の様々な人が紡いだ言葉に触れることが多いです。その度に時代を超え場所を超え存在する文章に対して何となく不思議な気持ちになります。その文はどのような状況で書かれたのだろう、執筆者はどのような人なのだろう。文章、なんてものは解説があろうと、誰かに宛てて書かれたものであろうと、結局執筆者以外が本質を100%理解することなどないのだろう、と私は考えています。生身の人間同士ですら完全には分かり合えないのですから。その理解できないことを読み手が想像することに楽しみがあるのでしょう。
私が文章や執筆者について想像する時、最終的にいつも「この人はこの文章がこのような形で存在していることをどう感じているのだろう」と考えてしまいます。一般的に素晴らしいという評価をされている文章を書いた人でも、「うわーこの文はあんまり良くないから書き直したいなあ」と思ったり、「いや、恥ずかしいから本やら教科書やらに載せるのはやめてよ」と思ったりするのでしょうか。特に、古い文学作品には日記が多くあります。今の日記とは異なりある程度誰かに読まれること前提で書かれているはずですが、それでも私だったら日記が後世に残り、ましてや教科書に載って真面目な解説が付いたりしたら恥ずかしいかもなあ。Twitterなどで何気なく形に残した言葉が何かの間違いで後の世の中で古い時代の資料として扱われていなんかしたら、生きた心地がしないだろうな。まあ、その頃には死んでるんですけど。人生の中で一度くらいは、「これならギリ後世に伝わっても恥ずかしくないかも」というような文章を完成させてみたいものです。


ここまで書き、ふと時計を見上げたところ書き始めた時から何時間も経過していました。やはり文章を作るのは難しいですね。難しくて、とても楽しい。今ここに私が書き綴ったものも数えきれないほどある「文章」の一つとして存在し、インターネットを通じてどこかの誰かに届くのでしょう。顔も名前も知らない、これを読む人がどこかにいることを考えると、また不思議な気持ちになってきました。インターネットは場所も時間も超えて文章を届けるにはもってこいの媒体ですね。


ここまでお付き合いいただきありがとうございます。
今後はブログ部の一員としても文章を書くことを楽しんでいきたいです。では。

あまつかぜ

むかし、こんなことがありました。帰り路の夕空があんまり綺麗なので写真を撮ったんです。そうしたら、本当に不思議ですね、レンズを通して真実を写しているものだとばかり思っていたのに、肉眼で見るのとまるで違うんです。そのときようやく気が付きました。瞳以上に世界を美しく魅せるレンズはないのだと。わたしたちは生まれながらにして世界が美しく見えるようにできているのだと。

美しさはつねに、深い哀しみにも似た強烈な衝撃をあたえる。

心が震える、ってほんとうに良くできた言葉です。震えているのがほかのどの臓器でもない「心」なんだと、はじめに悟った人は誰でしょう。知ることが出来たらぜひお話してみたい。

スタジオジブリの『ハウルの動く城』でも、心臓を取り戻したハウルが「体が石みたいだ」と言ったのに対し、ソフィはこう言っていました。
「そうなの!心って重いの!」
……涙が信じられないほど湧き上がってきたので驚きました。そうか、こころって重いんだ。重みを感じることってこころがあるからなんだと。心から感動できることってこんなにも素敵なことなんですね。

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あらためましてわたくし、まいと申します。本日からブログ部の一員として投稿させていただきます、宜しく。
初投稿日が2022.2.22。私がどんなに長生きしようと間違いなく我が人生で最も2の多い日。それだけで今日という日を好きになりました。今日もきっとすてきな一日。
外に足を運べば「猫の日」と謳われていることかと思いますが、猫とはにゃんにも関係のないお話を。きゃっと楽しんでいただけると思います。きゃっとじゃない、きっと。🐾

ついこのあいだまで冬季オリンピックが行われていました。皆さんは何かご覧になったでしょうか。スポーツ観戦が趣味、とまではいかない私ですが、どの競技も真剣にみていると面白い。人が本気で挑戦する姿というのは輝いていて、あふれ出るきらめきが見る者のこころに届くときそれを“希望の光”と呼ぶのだと気が付きました。
なかでも魅せられたのはフィギュアスケート。シングルもペアもアイスダンスも、氷上で舞う、あの凛とした静寂に浸らずにはいられません。そして選手たちが競技という縛りから解かれ自由に舞うエキシビションは、感慨もひとしおです。

私は、そこでみせた羽生結弦選手のスケートに胸をうたれました。清塚信也さんの「春よ、来い」のピアノ演奏に合わせて滑る彼は、桜のはなびらのようでした。何より私の心を動かしたのは、彼の体で表現される“音楽”です。春の日差しのように零れおちるピアノの音の粒がまるで彼の指や足先から生まれているかのように、彼は音楽と溶け合っていました。本来、音というのは目に見えないものだと思っていましたから、こんなに目に見える音があるのだと、ヒトの体で音楽をここまで表現できるのかと、ほんとうに本当に心が震えました。……今困っていることはこの感情にふさわしい言葉が未だ見つからないことです。
ただ一つ確実に言えることは、祈りのように神聖で、繊細で、大胆な、羽生結弦という芸術に世界中が魅了されていたということ。
……ああ、平安の世にちょうど好い歌がありました。きょうはこの音楽でしめましょうか。

  あまつかぜ雲の通い路吹きとぢよをとめの姿しばしとどめむ

——天に吹く風よ、雲の通り道を吹き閉ざしておくれ。天女のように美しい舞姫をもうしばらくここにとどめておきたいから。

光陰矢のごとし

はじめまして!今回からブログを書かせていただくことになりました、ゆきほと申します。

リラックマやサンリオの「はぴだんぶい」というユニットのタキシードサムくんを初めとしたいろいろなキャラクター達や、大相撲、各種アニメ・マンガなどが好きです。

ブログを書いた経験はなし、日記を書くと三日坊主……どころか大体2日くらいで終わってしまうという先行き不安な性格ではありますが、好きなものや最近出かけた場所、はまっていることなどの近況をマイペースにお話しできればと思います。これからよろしくお願いします!!

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さて先日のブログ部の顔合わせの際に「最近行った博物館や展示」的な話題もありましたが、私もついこの間江戸東京博物館に行ってきました。

中学生ぶりの江戸東京博物館でしたが、前回は読めなくて分からないからスルーしていたくずし字の資料がちょっと読めたことに自分で驚きました。前期の変体仮名演習の初回授業の時に、これは読めるようになる気がしないぞ……と内心焦っていた自分からは少し成長できたのでは?と少し嬉しくなってしまいます。
そして今回どうしても語りたかった私的に最大に嬉しかったこと、それは2020年の初場所ぶりとなる両国駅への上陸でした。そこ!?と思われるとは思いますが、2年も両国に行っていないなんて私にとっては結構な大事件です。
私が知っていた両国駅は、総武線から降りた瞬間から鬢付け油のあの甘い匂いが漂っていて、改札を出たらそこら中にお相撲さんがいる本場所中の両国駅ですが、今回は駅前に大相撲のグッズを売っている出店もなく、国技館にはのぼりも立っていない普通の両国駅でした。それでもホームからの階段を下りて上を見ると「満員御礼」の垂れ幕があり、右を向くと優勝額や手形が飾られている久しぶりの両国駅にはかなりテンションが上がりました。今度は場所中の国技館にも行きたいものです。

さて、少し話はそれてしまいましたが江戸東京博物館はなんと今年の4月1日から令和7年まで大規模改修のために休館となってしまうそうです。次に開館するとき、私はもう社会人です。チケットの表記が「大学生・専門学校生」から「一般」になってしまいます。「まああと1ヶ月ちょっとあるし……」と思った方、今回のブログのタイトルにもつけたように時間が過ぎるのは早いです。1ヶ月も3年もあっという間に過ぎてしまうのでこの機会にぜひ足を運んでみて、ついでに両国駅も満喫してみてはいかがでしょうか?

後悔の選択肢。

こんにちは、あこです。

最近、12時頃に目が覚めます。ええ、お昼の。目覚まし時計を3回セットしたこともありました。それでも、ダメ。起きたら、お昼なんです。

一番怖いのは、夜更かしをしているわけではないということ。”早寝遅起き”状態です。つまり、ただただたくさん寝ているってことです。2月8日に2,3年ぶりの5時起きをしたのですが、その次の日から12時起きが続いています。そろそろ7時に起きたいです。切実に…

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3日後の2月23日は、曽祖母の命日です。昨年の2月23日に、彼女は98歳で亡くなりました。そのことは3月のブログでも書いたけれど、今回も少しだけ触れさせてもらいたいと思います。

以前書いたように、私の曽祖母はパワフルな人でした。もちろん、彼女も人間なので体の「老化」は訪れていましたが、そういった姿を私があまり”見ていない”というのもあって、私の中の彼女は昔のままです。それは、私が彼女の「老化」と”向き合わなかった”ことの表れだとも言えるでしょう。否定は、できません。だけど、私には、できませんでした。

先日、ブログでお祖父様の話をしている方がいらっしゃいました。そして彼女のブログの中に、「亡くなってから、もっとこうしておけばよかったという後悔はなかった」という一文がありました。その文章を読んだ時、私は自分が後悔していないことに、そして後悔という発想がなかったことに気づいて、困惑しました。なんて言ったらいいのかわからないし、なぜかはわからないけど、「後悔」の2文字が、頭から離れなくなりました。

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曽祖母は祖父母と住んでいたから、祖父母の家に行けば曽祖母がいた。曽祖母と祖父母と私の母は母が結婚するまで一緒に暮らしていたから、彼らは元々”家族”だった。曽祖母と祖母と母、そして私という4世代のつながりが見えた。”曽祖母と曾孫”の関係だったし、彼女の曾孫は8人いたけれど、曽祖母から私まで一本の線になっているような気がしていた。だから、思入れもあった。でも、彼女の晩年はあまり会いにいかなかった。曽祖母は好きだったけど、そうじゃ無くなるのが、怖かったから。そういう感情になるかもしれない自分を認めたくなかったから。それなのに、”後悔”なんて考えなかった。

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こういう言い方をすると、私が後悔したがっているのだと思われる方もいらっしゃるかもしれません。でも、そうでは無いんです。後悔していないことに安堵しているわけでも、後悔しなかったことを後悔しているわけでも、無いんです。ただ、後悔という”選択肢”がなかった。後悔しなかったことと、後悔という”選択肢”がないことは、同じなようで、ちょっとだけ違うのではないでしょうか。

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人の「死」を意識するのは、人生で2回目でした。1度目は、小学校3年生の時。

私には歳の近い弟がいますが、彼は私が幼稚園生の時から入退院や手術を繰り返していました。でも私にとっては単なる弟だったし、「病気だからかわいそう」とか「病気だから優しくしなきゃ」とかなんて思ったことは、全くなかった。むしろ「ちょっと体が弱いからってチヤホヤされよって」「何がかわいそうなんだ」「ずっと母親を独り占めするなんてズルイじゃないか」と、被害妄想と嫉妬と羨望とよくわからない悔しさとでいっぱいでした。

それでも、私が小学3年生の時、弟は大きな手術をすることになりました。まだ9歳とは言え、幼稚園生よりは成長していたので、私も少しだけ大人で(←多分…)、それまでとはちょっとだけ違う感情だったのを覚えています。「死ぬかもしれない」なんてはっきりとしたことは思わなかったし、「死」がどういうものなのかなんて、全然わからなかった。でも、「死んじゃえ」とか「死ね」という言葉は誰に対しても言ってはいけない言葉だということは、知っていました。「死」はわからなくても、「死」を「し」と捉えることはできるくらいの年齢ではあったと思います。

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弟が手術を受ける前に、彼のメッセージを吹き込んだボイスレコーダーを弟の担任の先生に持って行った。その中に、「レモン味のカンチョウが〜」というフレーズがあった。私が事前に聞いた時には、「なんでやねん」と突っ込みながら笑ったけれど、弟の先生は終始神妙な面持ちで、「レモン味のカンチョウ」にも全く笑っていなかった。ただ、椅子に座って、なんとも言えない表情で、ボイスレコーダーから流れる弟の声を聞いていた。なぜか哀しくて、寂しかった。

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もちろん、私は弟のことを心配していなかった訳ではありませんでした。手術が失敗すると思っていた訳でもありません。でも、成功すると信じていた訳でもないし、「なるようになるさ」と思っていた訳でもありませんでした。松任谷由実の「守ってあげたい」の歌を1人父の部屋で聴いてみたり、手術の日は弟の服(確かパーカー)をこっそり着て登校してみたりしたこともありました。でも、そういう「行動」は思い出せるけど、当時の「感情」や「想い」は思い出せません。当時どんな想いだったのか、なぜそういう行動をしたのかは、全く覚えていないのです。

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先のブログを読んだ時、曽祖母が亡くなった時には全く思い出さなかった小学3年生の時の記憶が、ふっと甦ってきました。”後悔”という2文字によって、二つの事柄が、ふわっと、でも確実に手繰り寄せられました。その理由は、わかりません。もしかしたら、覚えていない当時の感情は、曽祖母を亡くした時の感情に似ていたのかもしれません。そしてそれは”後悔”がキーワードなのかもしれません。曽祖母と弟は性別も年齢も状況も(結果も)違うけれど、潜在的な”何か”や”共通点”があるのかもしれません。

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人は生まれたら絶対に死ぬということは、今も昔もわかっています。年齢を重ねた先には死があり、病気や手術はいつでも”死”と隣り合わせであるということも。そしてそれは当然私も同じであり、だからこそ”後悔のないように”生きようと思っています。でも、”後悔”を意識する一方で、その中身/内容は、よくわかっていません。何をしたら後悔するのか、何をしなかったら後悔するのかは、私は日々意識していません。

私は、「ちゃんと生きる」とか「悔いの残らないように」という言葉を使いがちです。意識して使っている訳ではないし、「ちゃんと生きる」ってどんな生き方よって、自分でも思っています。だけど、後悔を恐れている一方で、もし明日自分が死んだとしても、もし明日誰か親しい人が亡くなったとしても、後悔という選択肢は、ないと思います。もちろんすごく悲しいし、受け入れられないと思うけど、そういう選択肢はないから、後悔はしないと思います。

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「誰もみていなくてもお天道様は見ているからね。」の「お天道様」のような、「神様はなんだって知っているよ。」の「神様」のような。私にとって”後悔”はそういう存在です。見ているけど、見ていない。知っているけど、知らない。あるけど、ない。

「それはあこが若いからだよ」とか、「結局「こうしたい」って思ったことを全部叶えてきたんじゃないの」とか、「後悔しないこととなんら変わりはないじゃないか」と、言われるかもしれません。そして、それはその通りなのかもしれません。

あるけど、ないけど、やっぱりあるのかもしれない。でもやっぱり、ないのかもしれない。

今の私には、それで十分です。

*****

今日はいつも以上にまとまりませんでした。きっと、私の中で消化できていない”何か”が、まだあるのだと思います。でも今は、これ以上は、もう無理です。ごめんなさい。

それでは、また。

駆け込み乗車にご注意ください

はじめまして、だいふくです(*^_^*)

簡単に自己紹介…

ムーミンキャラクター(特にリトルミイ)が大好きです!!

文房具、食器、トートバッグ… 私の周りはムーミングッズでいっぱいです。しあわせ。

趣味は着物を着て出かけることです。着付け教室に通っていて、資格取得に向けて練習しています。コロナが収まったら着物を着て旅行したいです♪

ブログでは、日常生活で起こるちょっとした事件やうれしかったことなど、読んだら思わず笑ってしまうような話を皆さんにお届けしたいです。

よろしくお願いします!

今日は雨が降っているので、雨の日の思い出をお話ししようと思います。


高校2年生のとき。

私は自転車通学だったのですが、その日は雨だったので、仕方なくバスと電車で通学することにしました。自転車だと学校まで20分で着くのに、雨の日はバスと電車を乗りついで30分以上もかかります。めんどくさがりの私は、晴れでも雨でも起きる時間が同じなので、雨の日は毎回遅刻ギリギリでした。

雨の日のバスは窒息しそうなほどパンパンです。

「バスって時間通りに来ないじゃん‼︎ていうか朝のバスって120%満員じゃん‼︎苦しい_:(´ཀ`) ∠」:」と思っていました。雨の日の登校がこんなにハードなものだとは…‼︎

押しつぶされながらもなんとかバスはクリア。その後、バスから電車への乗り換えでセーフか遅刻かの運命は決まります。ぎゅうぎゅうに詰め込まれたバスの中で電車の発車時間を検索し、駅について扉を出た瞬間猛ダッシュ!!

ε=ε=ε=ε=ε=ε=┌(; ̄◇ ̄)┘

間に合うかどうかは最短距離をどれだけ速く走り、階段を駆けおりるかにかかっています。階段をマッハで駆けおり、残り5段というところで発車ベルが鳴り始めました。

「や、やばい…‼︎」

しかし、階段をくだりきって電車が目の前というところで私は確信しました。

「これは、いける…‼︎」

そして電車に向かって駆け込もうとしたそのときでした。

気づいたときにはすでに遅かった…
なんと、タイミングよく、電車と並行に歩いていた男の人の足に引っかかり、電車にダイブ☆

「あっ」

こんなに急いでいるのに突然スローモーションになってびっくり。

ピンポン、ピンポン。

ダイブした瞬間にゆっくりと扉が閉まりました。間に合った、と顔を上げると、同じ高校の制服を着た人と目が合って、笑われました。

(´Д` )ガーン‼︎

駅から教室までもダッシュして、無事間に合いました。これだけ走っていたら、なんだか雨の日ってだけで痩せられそうですよね。

ちなみに、各停の下り電車だったので、人もあまり乗っていなく、ダイブしても特に怪我はありませんでした。

(日本女子大学の最寄駅は、山手線の目白駅か、副都心線の雑司ヶ谷駅なので、ダイブはできないと思います。)

今では私も電車通学なので、かなり時間に時間に余裕を持って通学していますよ!!

雨の日は朝から大冒険です。特に普段は自転車通学だけど雨の日は電車、という皆さん、駆け込み乗車にご注意ください( ^ω^ )

穏やかな日々

あと1ヶ月と少しで自分が社会人になることが信じられません。一生学生でいたいです。

どうも、みなさんこんばんは。さやかです。

14日にバレンタインの短期バイトを終えました。お菓子の販売スタッフということで、倉庫に在庫を取りに行ったり、レジをしたりしていました。いやー、コロナ禍でも人がすごいすごい。私の勤めていたお店では売り切れが続出。バレンタインの経済効果を肌で感じました。実働8時間×6連勤とか馬鹿な働き方をしていましたが、無事に達成しました。今月はもうアルバイトしたくありません。

12月は卒論、1月は期末レポート、2月頭は連日アルバイトだったので、2月中旬にしてようやく何もない自由時間ができました。何も考えずにだらだらする生活。最高です。ニート万歳。

自由になった今、主要都市では名探偵コナンプラザなる期間限定ショップがオープンしています。アルバイトを頑張ったご褒美として、散財してきました!

5000円以上買うとトートバッグがもらえるとのことで、5000円を超えるように計算して買い物しました。戦利品は、トートバッグ、イヤリング、手鏡です。ランダムの缶バッチとかマスコットとかも買おうかと思ったのですが、推しが引けなかったら悲しすぎるので、やめました。散財しすぎた気もするけど、バイト頑張ったし、いっか……!

そして、急に自由時間ができた!ということで、久しぶりにチョコを作りました。最後にお菓子を作ったのはおそらく中学生の頃ですので、本当に何年振りだ…?という感じです。

私は料理ができない人間なので、事前にチョコ手作りキットを購入していました。チョコレートは溶かして固めるだけなのでそんなに失敗しないような気もしますが、万が一のことを考え、冒険するのはやめました。

セットのチョコと市販の生クリームを混ぜて、冷やして、成形して、また冷やして、でトリュフチョコレートの出来上がりです。とても簡単でした。冷やす時間を除けば、1時間とかかっていないのでは…?ただ、チョコレートの等分に失敗し、大小様々なトリュフチョコレートが完成しました。形の良いものを厳選し、人にあげようと思います。

タスクに終わらず、のんびりと推し活とお菓子作りができるなんて、いつ以来だ…!?私は気づいたら予定を詰め込んでしまっている人間なので、こんなに心穏やかな日々は本当に久しぶりです。社会人になっても、こんな穏やかな日々を続けていきたいな…無理だと思うけど……

というわけで、今日はこのへんで。さやかでした!

夢八夜

こんにちは、もこです。でも今日は、ともです。

私にはもう祖父母が誰一人としていない。
みんないなくなってしまった。

私が3歳の時には既に、母方の祖父以外は全員他界していた。
それからずっと、母方の祖父は、私のたった1人のおじいちゃんとして、私を可愛がってくれていた。

そんな祖父も、私が中学一年生の頃に亡くなってしまった。
それからずっと、祖父母がいない生活を送っている。

大学生になっても、まだ祖父母が生きている人は多い。ブログでも、おじいちゃんおばあちゃんのほっこりする話を見かけるし、さらにはひいおばあちゃんの話まで出てきて、驚くことがある。

羨ましいと思っている。

両方の祖母を幼い頃に亡くした私には、おばあちゃんという存在が、どういうものなのか、よく分からない。
自分の父や母に、さらに母親がいるというのが、ちょっと信じられない。
優しくしてくれる存在なのか、可愛がってくれるのか。昔の話など、聞かせてもらえるのか。

でも、おばあちゃんがという存在がよく分からなくても、おじいちゃんがどんな存在なのか、私はよく知っている。
祖父は2日おきくらいに私の家に来ては、いつも私を車でいろんな場所に連れて行ってくれた。
本当によく可愛がってもらった。
 

祖父の夢を見た。
亡くなってからもう何年も経っているというのに。

夢の中で私は、祖父の家にいた。お正月のような雰囲気だった。祖父は食器棚の前で、伯父と談笑していた。私が来ると、ここの食器はともんために残しとる、と祖父が言った。もう捨ててもよかばってん、ともが使えるごつ、残しとる。
祖父はいつものように笑っていた。

すっと場面が変わって、私は自分の家にいた。
私は、最近じーじがうちに来ていないね、と言う。
母は、そうやね、と言う。
祖父は私たちの家に頻繁に来ていた。3日来ないことがあれば、電話することになっていた。もう、1週間くらい来ていない気がしていた。なんで、最近来ないんだろうと思っていたら、目が覚めた。

目が覚めて、思い出した。
もうこの世に祖父はいないのである。
だから、来ないのである。

亡くなってからもう8年も経つのに、気づかなかった。

食器を残してある、と祖父は言っていた。
祖父は知らないのかもしれない。
祖父の家は、もう無いということを。

祖父の死後、親族間のあれやこれやで、祖父の家は取り壊されてしまった。簡単に言うと、名義が祖父のものではなかった。

私は中学校の頃、駅から自転車で学校まで通っていた。祖父の家は駅と学校の間にあった。いつも通る道ではなかったが、行こうと思えばいつでも行ける所にあった。学校帰りに遊びに行くこともあった。

祖父の家がむざむざと破壊されるのを、私は毎日見ながら帰った。見に行っても、祖父はそこにいないし、家が戻るわけでもないのに、毎日毎日見に行った。

毎年お正月に親戚が集まった部屋も、かくれんぼをした押し入れも、毎年クリスマスツリーを飾ったあの部屋も!祖父がいつもいたリビングも!家に乗り込んだ重機は無慈悲に全てを破壊した。
むき出しになった柱。破壊された柱と柱の間から見える、壁紙の模様。何度見に行っても、戻ることはない。だけど私は、毎日毎日、見に行った。

祖父は夢で、私のために食器を残してあると言った。でも、食器はおろか、家さえ無くなっているのである。夢に出てきたあの場所も、もうないのである。私がこれからあの場所に行くことも、祖父に会うこともない。夢の中でだけ、祖父がいないということも忘れて、あるはずのない家で、笑えるのだ。

祖父は大晦日に倒れた。そのまま、8年前の明日、亡くなった。
膵臓がんだった。
膵臓がんの5年後生存率は、8パーセント未満。
助からないがんである。

祖父が元気な時、たくさん遊んだし、入院してからも毎日自転車で病院に通った。亡くなってから、もっとこうしておけばよかったという後悔はなかったし、死もすっかり受け止めていると思っていた。でも、まだ、祖父を思い出しては、悲しくて泣けるのだ。

そういえば祖父は、タイミングよく夢に出てくる。ポメラニアンの子犬を飼った時も、夢に出てきて、家に来たばっかりの犬を眺めていた。あはは、新しい犬を見にきたんだねと、母と笑い合ったのを覚えている。
今回も、私が家で茶碗を割ったから(なのに新しいのを買わずに味噌汁椀でご飯を食べていたから)、しびれを切らして出てきたのだろう。ちゃんと、見られている。

明日は祖父の命日である。

次はいつ会えるだろうか。

物語税をお支払いください。

物語税

「こんにちは。いやこんばんはかな? どちらかは不明だけれど、おはようございますはちがうだろうな。全く君はいつも書き始めるのが遅い。夕方か夜が多いよね」
 いつも通りさぁ書くかとスマホをいじっていると目の前に見知らぬ人物がいた。私はこの人の正体を知らない。しかし私宛の来訪者であることはなんとなく、分かっていた。いつからそこに。そして何様で。スーツを着込んだ兎に話しかける。
「ああ、またスマートフォンで書いてる。PC開くのが面倒だったのでしょう。何せあなたの机の上はいつも乱雑だからねぇ」
 ひどいなぁ。言い返すことはできないけれど。机の上が散らかっているのは紛れもない事実であるし、その為にPCを開くのが億劫で、最近はもっぱらスマホで投稿しているのも事実であるからだ。
「いやまあ、文章の質が変わらなければ私としてはPCのキーボードをカタカタ打ってもらっても、スマホのフリック入力で親指を忙しくしていてもどちらでも良いのですけれど。皆さんもそう思ってますでしょう」
 うさぎは、やれやれとでも言いたげな表情をした。私はうさぎの表情に詳しくないが、絶対そのような顔をしている。私には分かる。
「あ、今途中でメモを閉じて他のアプリ開いたでしょう。いつもながら集中力が無いですね」
 なんで分かるんだそんなこと。もう500字以上書いているんだ。ちょっと休憩しても良いだろう。
「ま、あなたがメモ開いて一度も閉じずに書くときなんて、だいたい〆切間際に焦ってるときくらいなので、今更あまり気にしませんけど」
 全てバレているのである。
「それは兎も角、うさぎだけに。あなたから物語税を徴収したく、私は訪れたわけでございます。あなたが自由に書き散らした物語、ここらでちゃんと整理してもらいますよ。まさに年貢の納め時って奴ですね」
 物語税?そんなもの聞いたことないが?
「初めて知ったという顔をしてますね。とぼけても無駄なのですけれど。仕方がないですね説明しましょう」
 うさぎはそう断りを入れると、どこからかホワイトボードを引っ張って来た。
「物語とは通常、ある世界の一片を切り取ったものだと考えられています。つまり、物語を書いた時点で、一つの世界が生まれているのです。シリーズものでしたら、その世界の続きや別視点を切り取っていることになりますし、作者が同じ世界線であると明言していれば、その作品の全ては一つの世界となります。しかしそのどちらでもなければ、物語は一つ生まれるごとに、一つの世界の誕生を共にしており、物語ごとに世界が生まれていることになります」
 なるほど。理屈は分かった。一つの物語につき一つの世界。単純で分かりやすい。
「で、その世界を生んだ分の管理費、維持費に税がかかるんですけれど」
 そこですよ。なんですか税って。誰に納めるんですか?
「勿論その世界の住民でございます。あなたの手によってぽんぽこ生み出された世界は、あなたの手を離れて回っているにせよ、あなたなしでは生きられません。あなたからの税が必要になります」
 ええ、そんな。税がかかると知っていれば、こんなにぽこぽこ話を生み出したりしなかったのに!
「あなたは月に二回ペースで世界を生み出していたものですから大変ですよ。しかも共通の世界線では無く単独で。ショートショートも考えものですね」
 月に二回。確かにこのブログのシステムならそういうことになるが、それにしたって。
「それでですね。あなたが物語形式にして新しく世界を生んだ記事を確認してみましたが、その数全31話でございます」
 31話も書いたのか!?客観的に眺めるとなかなかのものでもあるし、31回分、自分の近況というブログ本来の目的から外れて、好き勝手していたのかと思うと、怒られるのが怖くもある。
「なので、31世界分の税がかかるわけですが」
 それは、おいくら万円なのでしょうか……。
「あなたにかかる税は、そうですね」
 勿体ぶりますね。
「ずばり、責任ですね。世界を生んだ責任。勝手に生まれた側にもなってくださいよ。こちらは頼んでもないのに。春の夜の夢から生まれたこの世界たちの責任をとってくださいよね」
 責任?そんなこと言われても。というか春の夜の夢ってもしかして。
「そうですね。この話の結末に嘘ですと書くことで、あなたはフィクションを書いても許されるのではないかと甘く考えて、物語を書き始めたのですね。これは現実と延長線上で、嘘ですと記載されているため、世界と数えるのはやめておきました」
 なるほど。そういえばそうだったような。
「次に気がついたら球体人形になっていたあなたから、税が発生してますね。現実の延長線でホラーにすることでぎりぎり許されると思ったのでしょうか」
 図星ですね。
「荒野からのラジオ放送も届いています」
 JLDchannelのことか。彼はタフだから生きてるとは思うけど、なかなか大変そうだよね。でも元気が出るからまた聞きたいな。
「何年後から閉鎖され独立都市国家となった東京の話だって」
 あれよく怒られなかったよな。でも時勢を面白おかしく茶化してしまいたくなる気もあるし、東京という都市はあまりにも物語との馴染みが良すぎる。恋物語としても、SFとしても。
「美味しいお昼が食べたいお嬢様のお話もありましたね」
 あー。あの油麺の食べ方、本当に美味しいんですよ。お嬢様もお気に入りのようで良かったですよね。世場さんと仲良くしてくれてるといいんだが。
「今年の夏を嘆く後輩と先輩なんかも」
 そうですね、やはり夏という概念は美しいって話ですね。あの温度と湿度が鬱陶しくて、けれども物語としては良いんですよね。現実じゃあ懲り懲りだけど。
「夏子さんと秋子さんのお話も書かれてましたね」
 やはり夏という概念が好きなんでしょうね。春も冬も秋も全部好きですけど。今年は冬子姉様が、しんしんと猛威を奮っておりますねぇ。
「PCの中に住んでいる電脳世界の少女は?」
 ネッツはいいですよね。きっと頼りない彼とまだまだ一緒に遊んでいると思います。
「〇〇の秋、とか」
 あー、その話はやめよう。結局ヒューエネって何って、テレビで説明していたでしょう?
「おいしいものが大好きな森の仲間たちの話とか」
 そうですね。かれらはたのしく暮らしているんじゃないでしょうか。この話もやめましょうね。
「ハロウィンを楽しみたい子たちの話は?」
 そうですねぇ、今年もまだ縮小しちゃったので、来年は人間たちに混ざって楽しんでくれるんじゃないでしょうかね。題名が好みです。
「特別な朝食とか」
 ……そうですね。美味しい朝ごはんは大切ですよね。実はこれブログに載せるのが初めてではなくて、他の企画で描いたものだったんですよね。お気に入りだったので再掲しました。
「特別でもないクリスマスとか」
 クリスマスなんてね、特別なことが起こらない方が珍しいのでね。彼は元気にやってると思いますよ。
「春の七草の話は?」
 春の七草、みんなチャーミングに見えたら良いなと思っています。挫けずに毎年頑張ってほしいです。
「部屋の中のロボット執事の話とか」
 エリックさんね。実はネッツのPCを使ってる男の子とエリックさんが世話してる女の子は姉弟という設定があります。でも世界観が違うから税は別?駄目ですか。
「雛祭りの物語はどうでしょう」
 個人的に気に入ってはいるんですけど、私のあの記事以降、前のサイトが使えなくなったの、結構気にしてます。やはり長年のものをてきとうにいじってはいけませんね。愛情はあるんですけど……今年は出そうかどうしようか。
「エイプリルフールの話もしまたね」
 4月1日の彼らは結局どうなったのだろうか。どこまでが本当で嘘だったのか。これは彼らしか分からないんですね。
「自問自答の繰り返しは?」
 これは就活に行き詰まった自分が反映されていて、創作として楽しむレベルに切り離すことが未だに難儀するんですが、ちゃんと自分に向き合おうとしたのは良いことだと思います。私の行く先にどうか幸運を。
「雨の日の喫茶店の話は?」
 かわいらしい話になりましたよね。マスターも客である私も、きっと今もコーヒーブレイクを楽しんでいると思います。雨の日の喫茶店のしっとりとした雰囲気と珈琲の香りってなんでこんなに良いのだろう。
「ある魔法の話とか」
 力作ですね。いやどの話も頑張ってるんですけど、推理小説が好きな人間の腕の見せどころって感じの話でした。なかなか頑張れたと思います。魔法って良いですよね。
「浴槽の住人は?」
 しっとりとした話になりましたね。短命と長命の埋まらない差は愛おしいものです。美しい話になりました。彼女たちもなんとかやってると思いますね。
「七夕に想いを馳せたり」
 織姫と彦星を結ぶカササギに想いを馳せたりしたり。彼女の複雑な心境は昇華されたのでしょうか。なんとも。
「おまつりの話とか」
 おまつり好きなんですよね。雰囲気が。ええ。現世と幻世の淡い、人も妖もよいよい。一瞬だからこそ記憶に残っているのは全部終わったあとの話。
「夏をもたらす魔女とか」
 やはり夏が好きなんですね。暑いだけなのに不思議ですね。いつか季節が無くなると聞く度に危機感を覚えてしまうのは、面倒な四季が彼も私も好きだからでしょうね。
「星の旅人の問いかけもありました」
 地球の外にいる存在が我々を慈愛を持って眺めていてくれたら、とても素晴らしいことだと思いませんか。スケールの大きい存在の愛が好きです。てんやわんやしてますが、今も優しく眺めてくれていると助かります。
「月に還る話は中秋の名月に捧げて」
 月とか星とか、好きなんでしょうね。彼女は今もちょくちょく月に帰ったりしながらも、地球で彼と仲良くしています。
「西部劇もやってみたりして」
 いいですよね。ダイナーにガンナー。ちょうどそういった漫画を読んだばかりのときで、影響を受けまくってますね。彼女は良いガンナーになりますわ。
「妙に掴みどころのない文章は?」
 たまには良いでしょう。読みづらいけれど、読みやすいだけが良い文章じゃない。雰囲気で酔える文はなかなか高級な味がして好きです。
「12月24日の話とか」
 クリスマスイブに警察沙汰(未遂)を起こすのがクセなんですかね。彼らは今も仲良くやってると思います。
「その年までのおやすみは」
 純粋に年明けを祝えば良いものを天邪鬼で駄目ですね。彼が満足する年もきっと来ます。そのときは楽しんでほしいですね。
「冬の朝にランニングする話も」
 まるで普通の話なんですけどね。つまらなかったらすみませんね。普通の日常の話なんでね。

「とまあ、このように長くなりましたが、あなたは数多の世界を生み出したわけで」
 そりゃあ月に2回も書いてりゃね。それにしても多かったな。
「いや私はあなたの創作でないエッセイの体のブログも好きでしたがね、創作で新しい世界を節操なしに生んでいくのが好きでしたよ」
 ありがとうございます。
「ということで、領収いたします。物語税。あなたが生み出した物語に責任を持ってください」
 どう持てば良いか分からないけれど、とりあえずこの記事を書き上げるので、どうかな。
「そうですね、こうやって一言でも振り返るのは良いと思います。気にかけてもらった世界も喜ぶでしょう」
 それは良かった。しかしなぜ今。
「おやおや、もうお終いも近いじゃないですか。せいぜいあと一回か二回なんですから、この場で物語を生むこともないでしょう。だから最後に、というわけで」
 なるほど。
「この物語税の話もまあ、世界の一つであるので税がかかるわけですけれど」
 ……ややこしくなってきたぞ。これもかかるのか。
「ええ、もちろん。あなたの一人遊びに過ぎないですけれど、物語は物語なので」
 そういうことになるのか。では私は登場人物だ。
「いかにも」
 ああ、ではあれだ。きみ。そこのきみ。そう、この文章を読んでいるきみだ。すまないが、この物語税を払っておいてくれ。頼む。なに、読み終えてくれたらそれで満足なのだから。一人芝居を誰かに見せられるなんて、素敵なことだから、それで充分、ということで。いつもより長くなってしまったが、読んでくれてありがとう。キミの前にこの形で登場す?のはもうあと一度、二度も無い。去り際は美しい方が良い。いつまでも執念深く残っていると醜くなってしまうのでね。ということで、

「まいどあり」

昔から、寒さに震えることが好きだった。

冬はもっぱら薄着をした。もちろん寒さに耐えきれず、友達と「寒い、寒い」と半ば叫びながら、登校前に母親がポケットにねじ込んだ小さなカイロを両手で必死に握った。雨の日はわざと傘を差さずに帰り、びしょ濡れのまま家の中に駆け込んだ。母親に怒られながらバスタオルで頭を拭いた後、布団にくるまって温かいお茶を飲む。馬鹿らしく思うだろうが、そうした方がなんだか贅沢な感じがしたのだ。

頭痛がした。目頭を軽くもみ、PCを閉じる。吸い込んだ部屋の空気は生暖かく、胸が重苦しい。外の空気を吸うために、ベランダに向かった。昼間は日が出ていて暖かかったから、もうすぐ春が来るのだろうかと思ったが、まだまだ夜は冷える。空にはオリオン座が鎮座していて、M42もはっきりと見えた。そういえば、ベテルギウスがどんどん暗くなっているという話を聞いた。オレンジ色の光を眺めながら冷えた空気を思い切り吸って吐けば、いささか頭痛が治まった気がした。数分程度ぼうっとしていたら、やはり寒さで身が震えた。この瞬間が、たまらなく好きだった。

「風邪引くよ」

カラカラとベランダの窓が引かれる音がした。サンダルをひっかけ、ひょこひょこと彼が隣にやって来る。曖昧な返事をすると、彼は私の真似をするように、ベランダの手すりに両腕を預けて空を見上げた。やがて、彼の肩が触れ合っている部分がほんのりと熱を帯び始める。身体はすっかり外気の冷たさに麻痺してきていたから、それがやけに熱く感じた。

「冷えるねぇ」

「うん」

ああ、贅沢だなぁ。