碁と歌留多

みなさまこんにちは、てるです。
久しぶりの登場であります。
先日、『ヒカルの碁』のアニメを全話観終えました。一躍囲碁ブームを巻き起こした作品ですが、私は漫画で序盤しか読んだことがなく、話の全容はまったく分からない、という状態でした。
小学生(話を重ねるごとに成長していきますが)の進藤ヒカルの前に守護霊(なのか…?)である藤原佐為が現れます。囲碁の名手である佐為や、囲碁を通じて出会ったライバル・塔矢アキラを契機にヒカルはプロを目指していくことに。
大変味のあるキャラが勢揃いしており、対戦場面も熱く(毎度のように流れる曲がさらに熱い)、中心人物だけでなく各々のキャラクターの成長過程も細やかに描かれています。
ヒカルは碁を打つことですらままならない状態でしたが、段々と力をつけてゆき、プロの世界に達します。
今でも忘れられないのが、以前碁会所で戦ったおじさんと再び碁を打った後にヒカルが言った言葉です。
「自分が強くならないと、相手の強さってわからないんだな。」
観終えた後もずっとこの言葉が脳裏にあって、あ~~ブログで書きてえよお~~って思っていたので、やっとこの時がきて嬉しいです。
話は変わるのですが、私が小学生の時、かるたとり大会がありました。同じ小学校の同学年と二人一組になって、地元オリジナルのかるたで競います。予選は自分達の小学校内で行われ、それを勝ち進んだチームが、付近の小学校も集まる本選に参加できる、という内容でした。
私の家では夜な夜な兄と、私と妹とで練習を重ねていました。最初の一行だけ読んで取れなかったら次に、次に、という形式をとったり、何枚とれたか競ったり。
当時は他のチームに負ける気なんて到底なく。全部とってやる、くらいの勢いでした。正直、当時の自分はコンプレックスの塊で、学校に行くことすら嫌で、容姿に関していろいろ言われたことがありました。それに対して学校ではへらへらしていたけれど、内心ではとても悲しかったのを覚えています。
そのため、みんな平等なルールのもとに競い合える場が私にとっては新鮮で、だからこそ熱中できたのだなと今では思います。
でも、かるたとり大会予選の決勝戦で負けてしまったことがあります。終わった後にあほみたいに大泣きしました。その時、心の底から、悔しい、と思いました。なんとなくで練習していたら、「負けた(でもまぁ、そうだよね…)」で終わると思うのですが、なんでとれなかったんだ、だめだったんだと悔しい気持ちに襲われたのは、たぶん今まで熱中してきた故なのでしょう。
おそらく、全く練習していない状態でその相手に負けても、めちゃんこ練習した状態でその相手に負けても、相手が強いことに変わりはなく、「強いな…」と思うはず。でも、相手の強さの本質を見極めてるのは明らかに後者でしょう。
本当の強さは、自分が強くならなきゃ見えてこない。物事の本質は、自分が強くならなきゃ見えてこない。
私なりの解釈になってしまいますが、「漢検は難しい」という認識が自分の中であったとして、「漢検一級とってる○○さん凄いな」と思ったとします。○○さんが凄いのはかわりないのですが、自分で実際に勉強してみてヒィヒィもう無理や受からんぞこれは…って味わうのとではまた違うと思うのです。
このアニメを観たあと、進藤は強くなったんや…としみじみしましたが、恥ずかしながら私は碁のルールが分からずでしてね…どこがどう強かったのか未だに謎なのですよ(おい!!)。
こんな話をしておきながら、自分が「本当の強さ」を見極めようとする努力をしていないという…。
碁のルールをきちんと知ってからまたヒカルの碁を観たら、見方も変わるんだろな…
話は変わりますが、最近プリンを作りました。
フライパンでうまくいかず電子レンジで加熱したら、軽く爆発しました。お菓子作りは危険を伴いますね。最終的にプリン「みたいなもの」が完成しました。材料を間違えなければ、案外なんとかなるものですな。
精進します。次は美しいプリンを自らの手で生み出したいものだ!!!!!
全体的にまとまらぬ内容になりました。申し訳ありません。
最近雨が多いですね。長いこと降っていなかったから、土が「たのむよぉ!降ってくれよう!じゃないと、俺に根を張ってるやつたちが、俺にやつあたりするんだよう!!」って懇願したんだろうか。
まだ寒い日がちょこちょこあるので、体調管理に気をつけていきましょう。次にお会いするのは新学期直前あたりでしょうか。今回は拙い文章を読んでくださってありがとうございます。
では、また。

花粉ツラーーーイ!!

こんにちは、みのりです。
3月になっちゃいました!!!時が経つの早い!!
3月になり、ついに本格的に就活の荒波に飲まれ始めました、、、すでにしんどい、、、社会の荒波、、満員電車、、アキレス腱を攻めてくる靴、、硬いカバン、、消耗品ストッキング、、埋まるスケジュール帳、、迫る締切、、う、ウワーーッッッッ
以前友達に「辛い時は布団に潜って10秒数え、布団から飛び起きて「……ハッ!夢か!」って言えばいいんだよ」と教えてもらったことがあります。今こそ秘技の使い時!!せーのっ!!
「……ハッ!夢か!!!」
 
はあ…………あんまり逃げてても仕方ないと頭では分かっていても、ムーミン谷でスローライフしかしたくないとゴネる心…。早くムーミン谷で暮らせるよう頑張ります…。(青い空を見上げる)(足元から吹き抜ける風)(舞い上がる花びら)(タイトルロゴ)(OPイントロ)(新シーズンスタート)
 
就活の話はもう終わりにして、花粉症が辛いという話も飛ばして、他の最近の話!!
2月の終わり頃、久しぶりに高校のお友達とご飯(豪遊inサイゼリヤ)に行きました!!!
久しぶりながらも合流した瞬間にはゲラゲラ笑いあっており、お喋りしてるだけで過ぎる体感30分の6時間──。実は2年ぶりの再会だったのですが、当時の友達って時間をおいて会ってもすぐに当時の楽しさに戻れるのがすごいですよね…。みんな全く変わらないことはないしオシャレもしてるし成長もしてるのに、間に流れる空気は変わらず楽しく、端的に最高の時間でした。
思い返せば、大学に入学する際「中高で大好きな友達が出来たから大学では友達作らなくていいや。人付き合いより自分の勉強に時間費やして過ごそう。」的なことを思っていたほど、友達に関してはこれまでの人生に満足していました。
(そんなことを思っていたのに大学でもお友達が出来てとてもありがたい限りです…。)
多分この時は人間関係を友達かどうかだけで捉えていたので、大学に入って社会的な責任や立場が増すたび、友達としてではなくて組織の一員として付き合ってるんだという人間関係に触れるたび、ここからが社会か…と気が重くなっていきました。
結局狭く深く居心地の良い人間関係が楽しかったんだと思います。大学ですでにめんどくさい方の人間関係に気持ちが負け気味で、社会出るの不安です…。
そんな辛い時こそお互い大事に思える友達を支えにしたい…んです…が、以前バイト先の主婦さんに苦い顔で「社会人になったら学生時代の友達とは会わなくなるよ。時間的にも生活的にも、子供できたら尚更話題的にも」と言われてしまいました。
自然とそうなることは理解出来るけど、まだ受け止めきれない!まだずっと遊べるって信じたい!この気持ち自体が若さの象徴みたいだ~!とジタバタ……。滅多にないことと分かってても、おばあちゃんになってもずっと仲良く会える関係が残るよう大事にしていきたい……。
「会おうと思えばすぐ会えるから」を理由になかなかちゃんと遊ぶ機会を設けないことが多いですが、いざ遊ぼうとした時すぐ動けるのって今くらいなのかもですよね!実際に会えなくなるのはまだ先の話だ~って思ってるとあっという間に音信不通になりそう。
変わらないと思ってるみんなの変化を感じて、良い影響を受けて、また別の場所でお互い頑張れたらいいな~と思います。
そんなこんなでホッコリ解散した後、グループLINEに送られてくる写真が全て高校時代から成長のない変顔だったので、一気に色々吹き飛んで真顔になりました。この変顔で社会出るのやっぱ不安です。
はあ…頑張ろう…。
 

3月

こんにちは、ゆりかです。
3月は変化の月。人間が成長する一番大変な時期ということで、漫画『3月のライオン』というタイトルが付けられたそうです。
就活に向けて新しいスーツやカバンを買い、人それぞれと言いつつも、焦る気持ちを抑えきれません。
大学4年生になりますが、今住んでいる寮が閉寮され、椎名町にあるマンションに引っ越しすることになりました。
これまでの環境とは異なり、社会人の方や他大学の学生さんの中で生活していくことになります。日本女子大学の学生のみが暮らすフロアがあるそうなのですが、部屋の仕様が変わり、pc以外にもドライヤーなどの電気用品が使えたり、小さな冷蔵庫が設置してあるようです。前の部屋よりも小さいので、あまり荷物は持ち込まないようにするつもりです。
生活スタイルも寮での規則がほぼなくなり、月水金の朝清掃や23時までの門限がなくなります。
お世話になったアドバイザーさんともお話しておきたいと思います。
就活についても不安ばかりで、自分とマッチする企業はどこなのか決まっていない段階で、まだまだ我慢の時期が続きそうです。
話が変わりますが、2018年度後期の成績が公開されました。心配していた授業がたくさんあったので、安心しました。後期を思い出して「まあ、こんなもんだったよね」という授業や、「あれ?Cを覚悟した授業が、思ったより良い。先生優しい😢」となった単位もたくさんありました。勉学に心を砕いた甲斐があったな~と、ひとまず成績表によって寿命をさらに縮めることは回避しました。何度後期に「せめてBにしてください」と願ったことか。
就活については、悪質な企業も多く、学生から予定を聞き出して無理矢理インターンシップを受けさせたり、就活の不安な気持ちを利用して、それ関係の教材を売り付けたり…。売り手市場とはいえ、自分の本当に行きたい企業を見つけるのは容易ではありません。
最後は、人から聞いたではなく、なるべく自分自身の五感で情報を確かめていきたいです。

卒論の集大成

お久しぶりです!
みなみです( ¨̮ )
花粉がひどくなってきてマスクがかかせなくなりました…
さてさてこの前、ついに口頭試問が終わりました。そのときも教授に伝えたのですが、私の卒論はまだ終わっていません。私の卒論のテーマは浮世絵で、実際に自分の目で浮世絵を見に行こうと決めました。大学を卒業するまでに行けるところすべての浮世絵が展示されているところに行く!と目標を決めました。
行ったところと日付を以下にのせます。
■すみだ北斎美術館
北斎と橋(11月1日)
北斎(2月2日)
■太田記念美術館(11月1日)
■ポーラ美術館(1月31日)
■東京国立博物館(2月2日)
■たばこと塩の博物館(2月2日)
■河鍋暁斎美術館(2月3日)
■新・北斎展(2月7日)
■サントリー美術館(2月7日)
■伊藤忠青山アートスクエア(2月7日)
■ガスミュージアム(2月10)
■那珂川町馬頭広重美術館(2月11日)
■あだち好古館(2月11日)
■ギメ東洋美術館(2月22日)
■東海道広重美術館(3月1日)
■上方浮世絵 (3月1日)
■奈良県立美術館 (3月1日)
この中で特に印象に残っているのは、河鍋暁斎美術館です。今まで河鍋暁斎を知らず、他の浮世絵師と違って独特な描写や色使いがあり、こんなにも面白い作品を残しているのかと驚きました。また、六本木にある新・北斎展は朝早くから人が並んでおり、その中で外国の方も多くみられました。そのことから葛飾北斎がいろんな人に親しまれていることがよくわかりました。
こんなに回ってたらお金かかるのでは、、?と思われますが、美術館は無料のところや学生割もあり大学生のうちに行っとくとお得だと思います。フランスのギメ東洋美術館も無料なんですよー!
ここまでまわるのは大変でしたが、私にとっての挑戦はそろそろ終わります!あと4つぐらいは行こうと考えています。
大学生活の中で今が文学部日本文学科として勉強をしてるなと思います。笑
あとちょっと頑張るので見守っていて下さい!
それでは!
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次期ブログ部部長になりました(尚、本編とは何の関係もありません)

どうもゆかで~~~す!!
就活が本格的に始まってしにそう!そんな毎日です。
日々努力あるのみですね!
 
努力と言えば、私はおみくじを引くのが結構好きなのですが、これがまた当たるんですよね~
目白祭の前の週に名古屋の熱田神宮で引いたおみくじ(大吉)では、「全部上手くいくよ~!何事にも優しい気持ちで、人を尊重する気持ちを忘れない様にすれば大丈夫!沢山笑いな!商売ごとは利益が多いよ!」(意訳)とあり、「まあ大吉だから一応その通りに行動してみっか・・・」と思って行動したら本当に利益は多いしおみくじの通りになったという伝説が残っています。こんなのびっくり。
それ以来、今まではあんまり信じていなかったおみくじを信じるようになりました。いや、めっちゃ宗教が好きとかそういうのではなくて、おみくじに書いてあることって、生きる上でのアドバイス的な成分が強いな~って思う様になったんですよ。
例えば、秋に行った金沢で「就活成功しますか!!!」と念じながら引いたおみくじ(大吉)では、「諦めずに努力しなはれ。信念のある行動が大事やで」と書いてあり、「やっぱり努力って大事なんだなぁ・・・これからも頑張ろう」と思いました。あと、最近「色んな意味でのご縁ってどうなりますかね!」と思いながら引いた道成寺のおみくじ(大吉)では、「今すごく良いよ~これからもっと幸せになれるけど、それを驕ったらあかんで!自分に正直に、まっすぐに生きてね。」とあって、「謙虚に生きよう・・・」と思いました。なんか最近めっちゃ大吉引いてるな。普段の行いが良いのかなぁ~?(ミサワポーズ)
でも、一つすごいなぁと思ったことがあって、正月に「今年はどんな一年かな」って引いたおみくじ(吉)と、道成寺で引いたおみくじに、なんと、「思いがけぬ不思議な助けがあるよ。願い叶うよ」って、二つとも書いてあって、えっ・・・これ絶対なんかあるやつやん・・・すご・・・と思いました。いやてかこの二つのおみくじ全体的に書いてあること似ててちょっとこれは神の存在を信じそうになりますね。何があるんだろうな~!楽しみだなぁ!
神様って本当にいるんですかね。昔はよく友達と「神的なものは存在するのかどうか」「宇宙の始まりとはどこからスタートしたのか。無から有は生れないはずだが、じゃあ一番最初にあったものは何から生み出されたの?」などについて意見を交わしあったものです。しかし、今では恋バナしかしてくれません。つまらなくないかい?そんな話しかできないのって。って思いますが、人は人、自分は自分ですね。ゆかかなしい。略してゆかなしい。オーイオイオイ。
 
そんなこんなで、ここに紹介したおみくじの内前者二つは、自分の生き方の参考というか信念というか、自信を無くしたときに大丈夫だよって元気づけるために常に持ち歩くようにしています。お守り代わり的な。
後者の二つは、似たようなことを言っているのが珍しかったので並べて飾ってます。そして自分を勇気付けています。
私が引くものには必ずと言って良いほどに「そのまま自分を信じて努力しなさいよ」と書いてあるものが多いです。でも努力って本当に大事だと思うの。何事も、継続して努力できる人って強いと思います。よし!つながった!
 
「ていうか、ゆかおみくじ引きすぎじゃね?」というツッコミはスルーです。寺社めぐりが好きなんだよね・・・。
もう始まっちゃったもんはしょうがないのでね、今日も明日も明後日も、この戦いが終わるまでは!いや、終わっても!!自分を信じてひたすら努力!!!って感じです!!!
もう皆私の事絶対応援してよね~~~~!!!!!
 
この戦いが終わったら液タブかって絶対お絵かきすると誓ったゆかでした!!!!!
 
 
 
あばよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

イメージとは全く違う!!

こんにちは。はるなです。
3月になりましたね。
2月は28日までということを
つい忘れてしまい、えっ!?もう3月!?
とカレンダーを見て驚いてしまいました。
早いですねーー。新学期までもう1ヶ月を切ってしまうとは……。
来学期こそ、もう少し楽な授業の取り方をしたいものです。
話題は変わりまして、
私昨日『運び屋』という映画の試写会に行って参りました。
本作はクリント・イーストウッド監督・主演の映画で、アメリカでは2018年12月14日に公開され、日本では今月の8日に公開されるそうです。
日本ではまだ公開されていない作品なので具体的なストーリーなどは触れませんが、
感想を。
薬の運び屋ということで、ごりごりのハードボイルドな映画というイメージを持っていたのですが、実際のストーリーはいい意味で全く違いました。(もちろん、ハードな内容ではあります)
人間、どう生きればいいのか。幸せとは何か、お金があることか?などを訴えている映画だと感じました。
長く生き、たくさんの経験を重ねたおじいちゃんのストーリーは非常に魅力に富んでいました。
それから、主役のおじいちゃんが魅せられ、人生の全てを費やした
「デイリリー」という花が出てくるのですが、ヘメロカリスの英名らしいです。
初めて知りました。日本でいうとニッコウキスゲとかですかね。
1日花ゆえに「デイリリー」というみたいです。確かにその1日1日を生きる主人公が惹かれるのもわかる気がします。
(そうは言っても、家族よりも花を優先してしまった点は全くもって共感できませんが。)
これ以上を書いてしまうと、映画を見るときのネタバレになってしまいますので、控えますが、とにかくポスターと題名のイメージからは少々異なる感動的なストーリーになっていますので、興味がある方は是非ご覧になってみてください。個人的にはもう一度見に行きたい。
それでは、今回はここまで。
はるなでしたー。

おめでとう

本日は友人のお誕生日でした。
かといって会える距離に住んでいるわけではないので動画を送ることに。
私にクリエイト能力があればよかったのですが、スライドショーのレベルでしかなく……
共通の推しがいるので彼らの写真を並べてみました。
彼らの美しさによって動画が成り立っているといっても過言ではないでしょう。
ありがたや。ありがたや。
その友人とは大学生になってからよく話すようになりました。
高校も一緒だったので、お互い名前くらいは知っていたのですが、話した記憶は全くないです。
でも話すようになってからわかったんです。
彼女とはとても感覚が合う!と
話していて楽しいのはもちろん、話していなくても苦ではないんです。
高校時代に出会っていたらなぁと思います。
とにかく!!
お誕生日おめでとう、ひょん。
おやすみなさい。良い夢を。

苺、梅、悔って漢字が似てません?

こんにちは、こんばんは。ゆかぼーです。
2月ももうあと少し。自由な時間もあと少しであります。最近は旅行したり甘いもの食べたり花見したりしていました。
卒論発表は…消したい記憶ですが振り返っておきましょう。これから卒論の人は、私のことを反面教師にしてね。
まず、話すことと書くことって全然違いますね。私は、卒論に書きたいことをモリモリ詰め込んだので、それを分かりやすく簡潔に、誰にでも(作品を読んでいない人にも)説明することって本当に難しいです。私の卒論を一言で言ってしまえばシナリオと小説を比較しました。ハイ、オシマイ!なのですが、そういうわけにはいきません。シナリオのここと小説のここを比べて…えっと…このときの登場人物の気持ちは…えっと…その…。。。という風に、話すそばから話したいことが頭のなかでカーニバルを始めます。(こんなんで就職して大丈夫かな。)恐らく、私の下手な喋りよりレジュメ読んでもらった方が伝わりやすいと思いマス。お見苦しい発表でございました…。
さ、懺悔はこの辺りにして、楽しいことを考えよう!
まず、小学生時代から馴染みの友達と、台湾旅行にいってきました!小籠包を食べに!

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ツアーで美味しいところに連れてってもらって、お会計もガイドさんにお任せしてしまったので楽チン。

ちょうど春節の大晦日だったので、可愛い飾りがたくさんありました。足つぼマッサージとか101の展望台から景色を眺めたり、ビクビクしながら現地の市場や屋台を覗いたりしました。南国は看板も食べ物も色鮮やかですね。トイレだけは帰国まで慣れませんでしたけど(笑)

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小学生以来の海外旅行なのでテンションが上がりました。
あとは、自由が丘のフルーツパフェ再びです☺
いちごのシーズンなので、いちご食べ比べパフェにしました。上から、あまおう、パールホワイト、紅ほっぺです。どのいちごも美味しかったですが、やはりあまおうが一番好きです。あまうま!

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そのあと新宿御苑へ。梅がポツポツ咲き始めていました。ちょうど天皇陛下即位30周年の日でしたので、入園料が無料になっており、ちょっと得した気分です。梅が見頃でした!

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春は出会いと別れの季節。別れは寂しいもので、落ち込むことも多いです。ブログ部でも悔いの残らないよう完走したいと思います。
それでは、ゆかぼーでした。

部活

春合宿を終えて部活を引退しました。
わたしは3年間合気道部で活動していました。
今までブログ部で合気道部のことについて書くのを避けてきました。宣伝すらもあまりしませんでした。
部活に対してのぐちゃぐちゃの感情を綺麗な言葉で包んで隠して表に出して薄っぺらい言葉になってしまうくらいなら書かないほうがいいと思っていたからです。
でも、今タイムリーな話題が部活の引退しかなかったので、とりあえず書くことにしました。
読んでいて楽しい記事にならないこと必須ですので、嫌な空気を察したらここでブラウザバックで☆(古)
わたしの学年は近い代と比べて人数が多く、入部当初はもう少しいました。よく11人も残ったね、もっと辞めるかと思った。と2つ上の先輩に言われるくらい。
2年生、1年生の人数は半分以下で、3年生は多いから、1、2年生は少ない人数で仕事を回さなきゃいけないと危機感を感じているようです。
周りからは多いとは言われるけど、わたしにとっては11人いるのが自然なことで、自分たちが特別多いとかは思っていません。
矛盾するようですが、11人もいていいと思ったこともそんなにありません。それぞれの役職の仕事はやってくれるけれども、誰でもできる仕事を引き受けてくれる人は限られてくるからです。
全員平等に仕事を引き受けてくれるのが理想形だけれども、そこまで上手くいかないこともわかっています。それでも時々は不平等さを嘆かずにはいられないのでした。
良いことがあるとすれば、役職を兼任せずに済んでいたことでしょうか。嫌なところばかり目につくから気づいてなかっただけで、実は人数に助けられていたことも多々あったのかもしれません。
同期を個人として見たときは好きなのですが、組織としては最悪で大嫌いだとずっと思ってきました。何なら今回の合宿中も。
最後のミーティングで「何度も部活を辞めてやろうと思ったけど、同期がいたから辞めずに頑張れた」と言っている人も多くいました。思い出というのは美化されがちでして、実際同期がいるから部活辞めずに頑張ろうとは思いましたが、3年間通してその同期に悩まされたことが何度あったことか。聞いていて「あなたがそれを言うか?」と内心思ってしまいました。同期のことが好きだし嫌いだし、相反する気持ちにもみくちゃにされてミーティング中べしゃべしゃに泣いてしまいました。自分の番では泣かずに淡々と総括を述べられたんですがね。傍から見たら思い出に浸って感動している3年生だったんでしょうけど、本当のところ全く綺麗な感情ではありません。まあそれを部員に弁解して感動的な場を汚しても仕方ないのでね。ここで愚痴を言わせてください。
また、下級生に対して人数少ないから大変だよねとつい言ってしまうのですが、1、2年生の人数が少ないとも思いません。日本女子大学合気道部の歴代の人数で見たらまあ人がいる方です。
わたし達が無駄に不安を煽ってしまったから、新幹部になった2年生はものすごく気負っているように見えます。そこまで気を張らなくてもいいのにな、と思ってしまいます。少し他人事だからというのもある。
2年生は3年生の引退を重く捉えていて、一方送り出される側のわたしは3年経ったんだなぁとぼんやりしています。
後輩としては部活を仕切っていた先輩たちがいなくなるから一大事だけど、引退しても何かが具体的に変わったわけではないのでピンときていないんですね。
4月になったら週3日体育館に集まって稽古することはなくなって、みんなに会えなくてさみしくなるだろうけど、今は合宿で四六時中一緒にいたので一旦距離を置きたいと思ってしまう(笑)
わたしが2年生で幹部交代したとき、大好きな2つ上の先輩に「部活をよろしくね」と言われて、歴史ある部活のバトンを渡されたことに気が引き締まりました。
3年の夏合宿前に上手くいかないことがあって同期と気まずい感じになったときに、無意識に先輩の言葉を背負っていたんだと気が付きました。
やはり上の影響力は強いから下手なことはできないなとも思いました。彼女たちもいまそのような状態なのかも。
果たしてわたしは大好きな先輩からもらったものを後輩にあげられたのか、甚だ疑問なところではありますが、合宿中はしっかりコミュニケーション取れたのではないかと感じております。
3年生と2年生は全くカラーが違うので、来年は違う雰囲気の部活になっていきますが、わたし達の悪いところは容赦なく捨てて、本学合気道部のいいところはずっと受け継いでいってほしいです。
過去のブログ部のメンバーに合気道部の主将を務めておられた先輩がいて、記事を書く前に遡ってみたのですが、上手いこと合気道部の宣伝をしていてただただすごいと思いました。
今でもOG稽古などでお会いする先輩で尊敬するお方ですが、現役の時の記事を見ても前向きな言葉で綴られていて、わたしにはどうしたってこのようには書けないと感じました。
わたしも嫌なことがあっても前向きな気持ちで取り組んではいるんですが、課題があるのに良い事だけ素直にアピール出来なかったんですよね。
上手く言えないんですけど、その先輩のことをより尊敬しました。
合気道自体は嘘偽りなく楽しいと言えます。
1年生のときは、技を間違えたら集中してないことが先輩にバレるなとか、若干の恐怖心もあったのですが、できないことができるようになるという点においては面白さを感じていました。
2年生というのは中だるみしがちで、わたしも常に真剣に取り組み続けていたかと問われれば自信を持って答えられないのですが、それなりに楽しんでいたような気がします。
3年生になってからの方が本当の合気道の面白さを感じて稽古を楽しめました。
一方、同期と比べて演武会前には自分の合気道って特に迫力も特徴もないしつまらんなと悲観的になって、辞めたくなりましたが…。
合気道はやってもやっても極めたとは言えないので難しいのですが、その難しさが面白さではないでしょうか。
部活動としては、1、2年生に教えることの難しさも味わいながら、自分のための稽古ができたと思います。
わたしは捻くれ者なので、学科で薄っぺらい関係を作るくらいなら部活入って友達作るわ、と思っていました。
大学で授業しかなかったら引きこもりそうだから運動しよう。運動部のなかでもしっかりしてそうな武道系に入ろう。と考えていて、あまり知らない合気道に見学に行ったらなんか楽しそうだったから即入部しました。
結果的にそこで学科の友達ができて、他の学科の友達もできました。
先輩に怒られながらもみんなでわいわい賑やかにやって、充実した大学生活が送れたと思います。
斉藤壮馬(声優・アーティスト)がライブのMCで「若い頃は苦手なものが多くて、けっこう生きるの苦しいなって思ってたんですけど、歳を重ねるにつれていろんなことを受け入れて愛せるようになってきた」と言っていて、わたしにとっては生きるのがつらいと思う要因も部活だし、いろんなことを受け入れて愛せるようになったきっかけも部活でした。
嫌なことが無かったらどうしようもないぐうたら人間になっていたでしょう。
自分でいうのもおこがましいですが、社会的人間として成長することができました。
でんぱ組.incの『絢爛マイユース』のように「今まで過ごした全部が わたしの宝物」と言えるほど感情の整理はついていませんが、そのうちにね。
次のステージに進むために頑張っていこうと思います。
そのか

文学館めぐり~余裕派・高踏派~

こんにちは、あかねです。今回は、2月23日に行ってきた文学館めぐりについてです。森鷗外記念館と子規庵、漱石山房記念館を半日でまわってきました。東京は電車が潤っていて移動がスムーズです。
まずは森鷗外記念館から。千駄木駅から徒歩5分のここは、かつて鷗外の家があった場所です。観潮楼と呼ばれていました。
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以前行った時はまだあまり詳しくなく、何故永井荷風がこのようなものを書いたのか分かりませんでした。しかし今は、荷風が鷗外を敬愛していたからだと分かります。展示を見ても、鷗外は多くの人に頼られ、多くの人の面倒を見ていたとありました。お医者さんだからなのか、彼の人間性なのか……正岡子規を「人誑し(ひとたらし)」と評していましたが、案外鷗外自身が世話焼きだったことも影響していたのかもしれません。
現在の特設展は、九州の小倉にいた頃の鷗外の生活を書簡や新聞の投稿から見るというものでした。賀古鶴所(かこ つるど)という7歳上の親友に「工事が始まって、夜の12時までやっているから退屈しない」等と送っています。また、家へは「醤油が届かないから通運会社に聞いてみているが早く送ってほしい」といった、関東と九州で異なる味付けに苦戦した様子が見られました。
モリキネカフェでラプンツェルやハム、コンビーフのセットを食べた後、子規庵へ。
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正確に言うと子規庵は文学館ではありません。正岡子規の住んでいた家です。……更に正確に言うと、家自体は戦争の際に焼けてしまったので、弟子や家族が協力して再現したものです。東京都の文化財に指定されています。
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普段「柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺」の掛け軸が吊るされている所には、12月に催された蕪村忌の寄せ書きがありました。私も蕪村忌に行った際書きましたが、その時よりもずっと賑やかになっていました。友人へお土産を買った後、漱石山房記念館へ。
……時間配分にはお気を付けください。漱石山房記念館の中にあるsouseki cafeはラストオーダーが17時です。東京メトロ早稲田駅に着いたのは16時40分。坂を上って下って上って、結局片道10分はかかるところを5分で行きました。人間、頑張ればどうにかなるものですね……。
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そのような理由で、写真撮影は後回しにしました。だんだん暗くなっていく写真をお楽しみください。
カフェで渋柿のアイスを堪能した後、ショップで黒猫のマスキングテープを購入。以前来た時、帰宅してから後悔が物凄くあったため、今回は必ず買おうと心に誓っていたものです。無事買えました!
展示は留学中の漱石についてでした。立花銑三郎という日本人翻訳者と漱石は友人関係にあり、立花も漱石より前から留学中の身です。公開されていた書簡では、インフルエンザに罹って帰国の途につく立花へ「僕の下宿に寄っても構わない」という旨を送っていました。日本文学科では一年次から「変体仮名演習」という必修の講義で、ミミズのような昔の字を読めるよう訓練されます。しかし、習っていなくても読めるような漱石の筆跡の「インフルエンザ」を拝むことが出来ました。病名は100年以上前と変わらないんだなと驚く一方、結局立花さんは帰国途中に亡くなり、漱石が帰国すれば同郷の親友である正岡子規も亡くなっているわけですから、なかなかにシビアで切ない現実です。
帰路
dig mde mde
今回は文豪の作品ではなく、生き方を見る旅でした。中世の教授である石井先生は「非リア充からしか文学は生み出せない」とよく仰ります。神経衰弱の時に高浜虚子から進められ文壇に登場した漱石、病に侵され窓から見るだけとなった世界をそれでも歌い続けた子規は、確かにその通り当てはまります。今回の展示で、医者の家の長男として軍医になりながら、興味は文学の方面へと向かう鷗外の姿にも気が付きました。恐らく鷗外もまた、家督を継ぎ医者となるのが本望ではなく、本当は小説を書き歌を詠んでいたかったのではないかと思いを馳せてしまいます。何かしら思い通りにはならなかったことがあったからこそ「文豪」は誕生したのだと思いました。
やりたいことは体が動くうちに、生きている間にしたいものです。現代は明治・大正当時と、家の在り方も病気への対処法も違いますからね!それに、足が動かなくなってから後悔することは多いです。正岡子規もきっとこんな気持ちだったのだろうと思えるほどに狭まった世界で生きています。今回は3つとも回れましたが、もう少し寒かったら途中で断念していました。そういうリスクも私の外出には必ず付きまといます。どうか皆さんが、いつ何が起こっても後悔しない日々を送ってくださることを願います。多分、鷗外も子規も漱石も、失ったから文学が書けたのだと思います。しかし失った自由や時間や健康や足や友人は帰ってきません。欠落から文学が生まれるのだとしたら、文学というものは穴を埋めるための塊になってしまいますね……。誰かの心にははまるけれど、書いた当人の穴は埋まるのでしょうか。埋まっていたら良いなと思います。
さて、しみじみしたところでお知らせです。生誕150年を記念して、創作能「子規」が3月17日、新宿区の矢来能楽堂で13:30からあるそうです。料金は学生がなんと3000円!全席自由!宇髙通成さんがシテ役で子規を演じます。老人が実は子規で、歌を歌い舞い踊るという典型的なあらすじですが、32歳で亡くなった子規が老人になって登場するというだけで、あの世で老成したのかなと勝手に嬉しさと切なさを感じています。子規庵にチラシが置いてあったのですが、ちょうど後期の講義で創作能レポートを出したところだったのでタイムリーだと思い、この場で宣伝致しました。近代文学と古典芸能のコラボレーションを是非、たった一度の機会ですから見に行きませんか?
私は都合が合わないので、見に行けないのですがね!悔しい……!生誕200年になったら絶対行ってやると固く心に誓ったあかねでした!