そつろん

街はワールドカップの青一色、本棚のonちゃん(北海道テレビのキャラクター)卓上カレンダーをめくるとonちゃんまでもサッカー仕様でした。ももなです。試合の興奮冷めやらぬ若者で溢れた渋谷のスクランブル交差点では痴漢が大量発生したとネット記事で読みました。けしからん!日本代表の試合の興奮に乗じてそんなことをする輩がいるとは大変恥ずかしきことです。おおお自分がやられたわけでもないのに沸々と怒りが…全く何を考えているのでしょう!(若しくは何も考えていないのか)
えー、気を取り直して、去る今月13日に私の所属する近代日本文学ゼミに於いて(毎週のことなのですが)演習(授業)がありました。この日は約1年ぶり(3年生の後期以来)の自分の卒論に向けた発表でした。私が取り扱っているのは福永武彦『草の花』という1954年に新潮社より出版された作品です。(新潮社…就活……うっ頭が)
先行研究に於いてはこの作品はホモ(同性愛)だホモ(同性愛)じゃないだと言われているのですが、つまるところ私はホモ(同性愛)だと思い考察を進めようと考えています。というか、「日本近代文学」を紹介する本やら雑誌やら、若しくはホモ本/臭い本(まんまBLではなくとも腐った人間が読むとそうだと思うような作品)を紹介する本やら雑誌やらには大体ホモ(同性愛)だと書いてあるのですよ。例えば『ダ・ヴィンチ』(KADOKAWA)2009年2月特集「世界はBLで満ちている!」で見かけました。し、『新装版 昭和美少年手帖』(河出書房新社)を立ち読みした際にも書かれていました。そうはいっても、何を以てどうしてホモ(同性愛)だと捉え考えるのかも根拠を基に論じていかねばならない大事な点のひとつなのですが。。
『草の花』梗概は以下の通りです。
東京郊外K村にあるサナトリウム(結核療養所)に入所する「私」は、ここで二度冬を越した。「汐見茂思―この人を語るために原稿を起こした」とあるように、汐見を中心に見た、サナトリウム(病室)での様子が中心に描かれる。他の病人は、神経質なまでに自分の状態を案ずるなど、「死」を恐れているが、ただ一人汐見は、身体に響く煙草を吸うなど、周りからは「豪傑」とも取れる態度でいた。しかし、彼は無謀とも思われた手術を自ら懇願し、手術前に「私」に、病床で描き込んだ二冊のノート(手帳)を託し、術中死する。「第一の手帳」に書かれていたのは、汐見が高校弓術部に所属していた頃に経験した、藤木忍という少年に向けた愛と、その愛の拒否である。その後、藤木は敗血症で死んでしまう。また、「第二の手帳」には藤木の妹である藤木千枝子との愛が描かれる。千枝子は汐見を愛したが、結局千枝子は神への愛を選び、汐見も孤独(「英雄の孤独」こそが自分を支えるとしていると述べている)を選び、またも愛の結実は果たされなかった。手帳の最後は「藤木、君は僕を愛してはくれなかった。そして君の妹は、僕を愛してはくれなかった。僕は一人きりで死ぬだろう…」と締められる。最終章に於いて、春、「私」によって別の人物と結婚していた千枝子に、手帳の受け渡しが図られるが千枝子は手紙で手帳は受け取らない旨を示す。
以上私の拙いレジュメより引用。。。
要は、同じ部活(弓術部)の後輩・藤木忍きゅんに愛を抱いてしまった汐見茂思くん。しかしその愛は叶わず。忍きゅんが病死してしまった後、彼の妹であった藤木千枝子ちゃんに愛を抱くも叶わず。戦中肺結核となり入所したサナトリウムで同室になった「私」に二つの愛について書いたノートを託し術中死してしまうということですね。
ここまで読んでくださった方はお分かりかと思いますが、大変俗的且つお叱りを恐れず言ってしまえばホモ+ロリコンということになりましょうか。少なくとも初めて読んだ直後、私の脳内でこの構図が出来上がってしまい日本文学の無限の可能性を感じました・・・
表面的ざっくりで言うとこんなこととなってしまっておりますが、実際に細かく丁寧に読み進めていくと宗教(主にキリスト教)や哲学(西洋哲学)などまで素材は広がっていて、日本文学だから日本のことだけ、ともならずこれまた日本文学の無限の可能性を感じている所です。たまに「日本文学学んで何になるの?」とも思われることもあるかと思いますが(人間が生きるために必要な建築や栄養学に比べればそう思うのも致し方ないかもしれないとは思いつつ)、日本文学から広がって様々な領域について好奇心と知識を得られること、また限られたテクストから背景や考えを読み取る・考える・纏める思考などが身に付くのです。私が身に着けられているかはさておき。
12月の提出まで藤木きゅんや汐見くんと付き合っていくこととなるわけですが、どうか根をあげずに、担当してくださっている先生にも御納得(満足?)頂けるようなものにしたいと思います。。。頑張らねば・・・。

ともだち100人

最近バイトを減らしたおかげで金銭的な余裕は全く無いものの時間にゆとりができて毎日ハッピーなまなみです。
今まで私はあいている時間はすべてバイトに費やすくらいバイト充でした。一時期はかけもちしていたくらい。。。
しかし、大学生という貴重な時間をお金を出して買っているわけだから、その時間でちまちまと小銭稼ぎしていたら本末転倒だろうと最近になって気づきました。
このままレジ打ちマシーンとして大学生活を終わらせていいのか?いいわけないだろ!ということで、打ち込みました。サークル活動に。
私が所属している書道研究会(さえこさんの記事によく出てきます、詳しくはそちら!)は、東京学生書道連盟に加盟しておりまして、年に一回、9大学合同で書連展という展覧会を開催しております。
私はその書連展の委員を務めました。こんな大きな連盟の展覧会、しかも今年は60周年ということで例年より大規模にやるとのことで、私なんかに務まるのかとプルプル震えておりました。それが去年の10月のことです。しかし、毎週行われる会議に参加し、おなじ書連展委員の人達とかかわっていくうちに、だんだんとやる気がでてきまして、大変なこともたくさんありましたが、すべては展覧会を完璧に完成させるため!と思って頑張ることができました。会期は6月6日から8日だったのですが、準備日など含め5日間、川口のリリアに通い詰めました。
いろんな大学の人と同じ目標を持って作業したことで、沢山の人と知り合い仲良くなれました。私は友達が少ない(いや、無理に友達を作らないだけなんだプルプル)のですが、これを機に社交界に足を踏み入れようと思いました。大学生活って長いようで短いですね。あっという間に二年の夏です。悔いの残らぬよういろんなことに挑戦してみたいです。

バリケード作らなきゃとかそれレミゼじゃないですか。さえこさんアンジョルラスなの?アンジョルラスなの?イケメン!!

♪迷子の迷子のあるぱかちゃん あなたの飼い主だれですか
 何日待っても飼い主来ない 「迷子です」って言っても飼い主来ない
ここまで替え歌を考えて、アルパカの鳴き声が分からなかったので調べたところ、アルパカは「フェー」と鳴くそうです。何それかわいい。いっそ「ふええ(´;ω;`)」って鳴けばいいわよあるぱかちゃん。
というわけで、学生課の前で健気に飼い主さんを待ち続けているあるぱかちゃんが不憫でならないえりこですこんばんは。
6月8日(日)に実践女子大学で開催された「宮廷の華 源氏物語」展に行ってまいりました(※会期は既に終了)。百年館8階の日文図書館前にてチラシを発見し、テンションが上がりすぎて久しぶりに一人で弾丸ツアーでしたよイエイ!!
この日は『王朝の薫と装束』という題で、御家流香道師範・小畑洋子氏より「組香 源氏香」と、衣紋堂高倉流本部教授・永井とも子氏より平安時代の装束について講演がありました。
まず組香の「源氏香」ですが、そもそも組香とは江戸時代に生まれたゲームのようなもので、数種類のお香を焚いて順番に香りを聞き(香道では香りを「嗅ぐ」とは言わず「聞く」というそうです)、同じ香りの香木を聞きわけるというもの。「源氏香」の場合は、五本の香木を25の包みに分けて、その中から5の包みをランダムに選んでひとつずつ香りを聞いていき、最後に紙に答え(何番目と何番目のお香が同じ香りか)を書く、という組香です。「源氏香」はこの答えの書き方が特徴的で、5本の縦線をお香に見立て、同じ香りのお香を横線で結ぶ、という形式を取ります(画像参照)。また、この組み合わせが全部で52通りあることから、『源氏物語』五四帖のうち「桐壺」巻と「夢浮橋」巻を除いた五二帖に名前を当てはめたので、「源氏香」と名付けられたそうです。
(Wikipediaより)
講演中に実践女子大学香道研究会の皆様による「源氏香」の実演があり、香水とは違う仄かで甘い香りが会場内に漂っていました。『源氏物語』が書かれた平安時代には「組香」ではなく「薫物合」という遊びが行われていたそうなのですが、王朝時代の人々はこんな優雅な香りを身にまとって生活していたんだなぁと想像できる貴重な時間でした。
続いて「王朝の装束 ―古と今―」という題で、十二単と束帯の今と昔の姿が披露されました。まず十二単のお服上げ(着付けのこと)から始まったのですが、その手際の良いこと良いこと。普通の着物の着付けでは何本も紐を使って襦袢から小袖まで全て留めていきますが、十二単の場合は紐を二本しか使用せず、しかも最終的には裳についている「小紐」という紐一本で五衣・打衣・表着の前を留めているのですから驚きです。ちなみにお服上げにかかった時間は大体40分ほど。その間誰も一言も発さず、衣擦れの音だけが響くなか、食い入るようにお服上げの様子を見守っていました。
お服上げが終わったあとは、現代版十二単と平安版十二単を着たお方(十二単を着る人)が並び、その違いを比較したのですが、平安時代の十二単は、言ってしまえば宮中や貴族に仕える女房たちの日常着だったわけで、割と適当にざっくり着ている印象でした。反対に現代の十二単は、皇族の方々が儀式の際に着用されるものなので、襲色目が美しく見えるように綺麗にそろえ、きちんとした着装にしているのだそうです。
さて、全ての説明が終わったころ、講師の永井先生が、一言こうおっしゃいました。
「皆様、“空蝉”見たいですか?」
空蝉!!!!(゜Д゜)
『源氏物語』「空蝉」巻の!源氏から逃げるために空蝉が小袿を脱ぎ捨てるあの!誰もが知ってるあのシーンを!再現して下さると!やったー!!
「ぜひ!」と言わんばかりにお客さん全員が拍手。私も全力で拍手。それでは、とお方様がステージ中央に膝をついてスタンバイ。女房役の着付け師の方がその後ろに回り、前を留めている小紐を解くとアラ不思議!袖から腕を抜くだけで全部脱げる!会場が「おおーっ!」とどよめく中、白小袖と濃色の長袴姿になったお方様、静かに退場。私大喜び。
講演後は美しい蝉の抜け殻の撮影許可が下りたので、もちろん撮ってきましたよ!そんなわけで皆さん!これが「空蝉」です!
前!

後ろ!

いやぁすごい物が見れました……幸せ(*´▽`*)
ちなみにタイトルはブログの内容と全く関係ありません☆えりこでした!

鯛焼き…あんみつ…

こんにちは!あかねです。
6月に入り、雨が止んだと思ったらまたすぐに降るようなお天気で、若干気持ちも鬱々としております…。
雨がないと困りますが、雨の日が続くとやはりどうしても晴れが恋しくなってきてしまうこの頃です。
私は茶道部に所属しているのですが、この時期には大きなお茶会があります。
学校近くの護国寺というお寺のお茶室を一日お借りして、学外からのお客様をお招きするお茶会です。
年に二度ある大きなお茶会のうちの一つで、部員一同一生懸命この日に向けて稽古に励んでいます。
私は四年生なので、部員として参加するのはこれが最後となります。しっかりと自分の仕事をやり遂げたいです。
お茶会といえば、茶道の楽しみの一つにお菓子があるのではないかと思います。
私は茶道を始めるまで餡子があまり好きではなかったはずなのですが、一度食べ始めてみるとおいしくておいしくて…。
修学旅行や合宿で京都に行ったときは、行く先々でおいしそうな和菓子を見つけて楽しかったことを思い出します。
東京にもおいしい和菓子屋さんがたくさんあると思うのですが、実のところ、三年以上住んでいながら、どんなお店があるのかよくわかっていません……。
卒業まであと半年ほど、せっかく東京にいるのでもっと色々楽しみたいと思っているのですが、実行に移せるかどうか自分でもわかりません。
和菓子じゃなくてもいろいろおいしい食べ物やきれいな景色を楽しめる場所をたくさん巡れたらいいなと思います。
+あかね+

口癖と合同展

こんにちは。もえです。
この頃授業の関係で夏目漱石ばかり読んでいるのですが、作品に登場する書生さんは「〜ですな」という語尾をよく使うな…むしろ使いすぎだろ…と思っていたら、いつの間にか移っていました。
バイトなどで若干ゆるめに敬語を使おうとすると
「そうですな!」とか
「それは大変ですな〜」
という言葉が出てきます。完全に無意識…
とても東京の女子大生が使う言葉だとは思えん…(使う方がいたらすみません)
ただでさえそ〜んなに高くない女子力が格段に下がった感じがしますね!!涙目!!
移るのなら いっそ「〜ですわ」とかが良かったですね。女子力…というかお嬢様力がすごくアップしそう。
…というのはまぁどうでもよくてですね、
わたしの所属している美術サークルでは先日、原宿のデザインフェスタギャラリーという場所で他校との合同展がありました。
わたしも当日行ってきたのですが、今まで展示会などの経験がなかったので なんだか新鮮…というか不思議な感じがしました。
普段一緒に活動している同級生の絵も複数枚あったのですが、展示用に並べてあるとなんかいつもと違う雰囲気…!!
自分自身こういうものの参加は初めてでしたし、他校の方の作品も見れていい経験になりました。
あと いろいろな作品が並べてあると「自分の絵、もっと〜したらよかったな…」
という反省?もあがってきましたね。
割りと薄くて暗い色で描いていたので(描いている時は自覚がなかったですが)もっとハッキリした絵でいいんだなって思いました
また夏にも合同展があるようなので、その時はもっと納得のいける絵が描けたらな〜と思ったわけですな!

クノ●ルカップスープは「3分でできあがり★」とかいうけど、ここはあえて倍以上、そうだな、10分くらい放置するほうが猫舌だしいいんじゃない?って私のゴーストが囁くからそうしてるんだけど、そういえばこのネタ分かる人少ない気がする。

・・・皆さああああああああああああん・・・
・・・今日はー…ターザンロオオオオオオプからのー・・・
・・・ご挨拶うううういいいやっふううううううううい・・・・

\ドカーンバキバキ…/

……(シーン&けむりもくもく)
ううすみません…
ちょっと…
ワタクシ思いついたらやってみたくなるのが性でして…
いかにも今日の担当は単細胞さとよです、10度目まして。
―2Dの世界に3Dの感動を。
登場のインパクトをひたすら求めてみたらこうなりました。
視覚から体感覚への想像を訴えるような!そう!この活字体の羅列でも!フォントの大きさなど工夫すれば
躍動感溢れる動画的なものにならないかと思いまして、ええ!実験してみた次第です!
…なんということでしょう…!
こう!私がターザンロープで左から右へ…!!
…とは見えませんね分かります。
結果、人類には早すぎる試みだということが分かりましたので、怒られる前に撤収します。
さてさて遡りますは数日前、とある授業におきまして、友人らとこんな会話を交わしました。
タイトルをつけるなら
「ぜんぶ海神のターン―THE WADATSUMI―」
でしょうかね。
もうそれはそれはいろんな意味で恐ろしい展開に・・・
いやもういろいろ刺激が強いので(笑)、ご覧になりたい方のみ続きへどうぞ(笑)
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スーパーサイヤ人の如し

梅雨ですねー…ジメジメじめじめ嫌になっちゃいます(´・ω・`)
こんばんは、けいとです。
さて、湿度が高くジメジメとしたこの時期、しばしば癖毛の人達の悲鳴を聞きますよね。
でもね、何も癖毛の人達だけが湿度と髪の関係に悩まされているわけではないのです。
何を隠そう、このワタクシ、ド直毛のけいとも毎朝唸っておりまする。
ちなみにこのド直毛というのは、「髪の毛真っ直ぐで綺麗だね~(´▽`*)」なんてものではないです。10cm位の長さの髪であれば、重力に逆らって全て上を向く、というものなんです。えぇ、毛根に対してきちんと垂直なのです^^^^^
しかもその量たるや「アホ毛」なんて可愛らしいもんじゃないんですよ!!!!!!
もうね、スーパーサイヤ人かと!!!!!!!
日頃は髪の分け目から天へ向かって伸びる無数の髪の毛や、ポニテをした時に露わになる耳の上辺りの真横に伸びる髪の毛は、無視orピンで留めているのですが、湿度が高いと一層こいつらの活きが良くて、ピンで留めても留めても次から次へと現れるというイタチごっこなので、半泣きのお手上げ状態です。
また、前髪と、普段下ろしている時の髪は、地に突き刺さろうとする針金の如くド直毛な上に、剛毛で髪の毛一本一本が太くもっさりしているので、家族には「リアル貞子」と言われる始末。
そのため、出掛ける時は(時間に余裕があれば)髪を巻いているのですが、しっかりオイルを付けて、ハードめのワックスを付けても、少しでも湿度が高い日は、家から最寄り駅に着くと普通に直毛に戻ってます…出かける前のあの労力はなんだったのかと、これまた半泣きです。
それでも僅かな可能性に掛けて髪を巻き、やはりその労力は報われず、電車内で後悔する日々です…笑
作物のためにも雨は必要ですが、早くからっとした晴れ間が見たいものです( ;∀;)
…まあ、真夏のからっとした天気もそれはそれでキツイのですが(我が儘)
*けいと*

江戸文学まつり

こんばんは。あやです。
6月1日に、「日本近世文学会機関誌『近世文藝』100号記念行事 江戸文学まつり」に一般参加してきました。
「日本近世文学会平成26年度春季大会」という枠組みの中で、午前の部はパネルディスカッション、午後の部は江戸文学まつりと分けられていたのですが、午前の部に自主ゼミでお世話になっている福田先生がパネリストとしておいでになることもあり、近世自主ゼミ有志で江戸文学の奥深さを学びました。
以下、当日のテーマです。
<午前の部>パネルディスカッション
・翻刻の未来
・社会とつながる近世文学
<午後の部>江戸文学まつり
・記念講演 美人図から産み出される江戸詩文と物語の世界
・江戸文学と話芸(講談「吉備津の釜」、落語「豊志賀の死」、座談会)
(日本近世文学会平成26年度春季大会の概要は こちら )
初めは「研究者の方々ばかりの学会は一体どのような雰囲気なのか…」と少し恐ろしくも思っていたのですが、発表を聞くうちにその内容の面白さに惹きこまれました。
もしまた機会があれば、ぜひ色々な大会に参加してみたいです。

上の画像はロバート・キャンベル先生の「美人図から産み出される江戸詩文と物語の世界」のご発表のときにとっていたメモの一部です 何だかすみません…
あや

じめじめじめじめ。

常に湿気に苛まれる季節がやってきて、ふわふわ広がる髪に辟易しながら日々を過ごしております、なほです。引きこもっているぶんには雨も好きなのですが、如何せん学生の身としては雨の日も風の日も学校には向かわねばならぬので、毎朝深々とため息を吐きながら登校準備をする所存です。満員電車でさービシャビシャの他人の傘が足に当たってさータイツが濡れるわけですよーーーグチグチ
先日の記事でもレインコートの話題が出ていましたが、わたしはというと毎年レインコート、レインブーツを買おうとこの時期はお店をふらふらと回っています。お店を回るだけはタダ。目白駅から大学への道のりや、自分の徒歩での活動範囲の広さを加味すれば間違いなくレインブーツは必要不可欠なのですが、どうにもこの時期は趣味への投資が必要になりまして、そちらにまで手が回らないと言いますか…ゴニョゴニョ
年間パスポートを手に入れたことで夢の国への出費は減ったのですが、テニスラケットを振り回すミュージカルのチケットを複数枚確保したことに加え、今年十周年を迎える関西のおとこまえな彼らが夏にイベントをするというのでそのチケット代を振り込むことで今月の手持ちはすっからかんになりそうです。オタクたのしい!
そういえば訂正をするのを忘れていたあゆみさんのこちらの記事。趣味に生活の比重を置いている自覚はありますがさして多忙ではありませんし、皆さまのブログを閲覧する限りではブログ部メンバー随一暇なのはこのわたしでは…と戦々恐々する次第です。つらいもうやだめんどくさいが口癖のわたしのどこを見て彼女があのような素晴らしい評価を下してくれたのかが気になるところですが、それはまぁ直接確認してみるということで。
前回の記事で悲鳴をあげた自分の眠気についてはいまだに解決策も見つからないまま、今もかーなーり、眠いので、そっと締めさせていただきます。おやすみなさい。以上、なほでした*

繋がって、繋げて、伸ばす芋づる

こんばんは。かつーんです。
今日も雨が酷かったですね。
前期は土曜日に授業があるので、レインコートにレインブーツの完全防備で行ってきました。
レインブーツまで履いて行ったのは久々でしたが、先日も雨が酷かった時にレインコートを着て行きました。
すると、その姿を見た友人曰く「厨二っぽい」とのこと。ひどい。(´・ω・`)
ゆったりめの紺色のものなので、ハリポタなどで出て来るローブに見えなくもないのですが、たまたま強い風で裾が翻っていたのも一因だったようです。
良いじゃないですか、濡れるの嫌いなんですよ。なるべく濡れたくないのですよ。
雨が降ってくれると暑くならないので有難いのですが、湿気や濡れたくないことなどを考慮すると、早くやんでほしいとも思います。
さて、今回は授業について少し思うことを徒然なるままに書き連ねたいと思います。
私は今、週に2(+2)時間ほど和歌を扱っている授業をとっています。
(+2としたのは、演習で和歌のある部分を扱う時とそうでない時とあるからです)
それぞれの授業で掘り下げている歌人や歌集が異なるとはいえ、同じ和歌というジャンルを扱っている以上、ある授業で得た知識を他の授業で活かせたり繋げたり出来ることがあります。
例えば、贈答歌について勉強している授業で、「贈答歌を見る時は共通している語句を探す」ということを教わります。
(共通語句がある場合は、贈答歌のルールに則っていたと考えられるということです)
それを『源氏物語』の演習授業や『伊勢集』の講義の授業で実践してみます。
共通語句がなければ、返歌の主がまともに返す気がなかったのか、歌が上手くなかったのかなどと考察の端緒になることがあります。
例えば、中古文学史を学ぶ授業で、『蜻蛉日記』の従来の捉え方や近年の解釈を教わります。
それを踏まえて『蜻蛉日記』やその注釈書を読むと、必ずしも注釈書に従った方が良いとは限らないことがあります。
そして注釈書とは異なる解釈をし、演習授業で発表することがあります。
このように、ある授業で知ったことが他の授業で繋がってくると、とても楽しい気分になります。
前述したように、今は和歌漬けをしているので楽しい気分になることも多く、「これが知識の積み重ねってやつかな~♪」などと時折浮かれています。
私が大学で学び始めた頃、自主ゼミの先輩方の知識の豊富さに尊敬の念を抱き、私もああなりたいと憧れました。
現在、当時の先輩方に年齢だけは近付きました。
知識が敵うくらい深められたとは全く思いませんが、これからもただ知識を増やすだけでなく、咀嚼し、自分のものにする努力を続けたいと思います。
ところで、先日演習が2つとも発表が終わり、漸く一息つくことが出来……ずに補足説明の準備をして、それを今週終えてきました。
補足説明をした後、予想外なことに質問を受け、不意打ちを喰らった気分になりました。
なぜなら、昨年の中古文学史のノートがあれば、結構簡単に答えられたであろう内容だったからです。
「『蜻蛉日記』の演習をとっているなら、去年中古文学史もとっているだろうから、詳しい説明を端折るという力技をしたいなー」という下心はあったものの、万一を考えて中古文学史のノートを発表当日は準備しておきました。
しかし発表日に指摘されなかったことに安心し、補足説明の日にはノートを持っていかなかったのです。
所詮付け焼刃の受け売り知識ですから、記憶の糸を必死に手繰ってもズタボロで、しどろもどろになりながら何とか説明をしたといった体でした。
知識を全て頭に詰め込めとは言いませんが、なるべくならそらんじられるほどに頭に叩き込んでおくべきだと思います。