2024年Day1

こんにちは、ゆきほです🍵

少し遅くなってしまいましたが、新入生の皆さまご入学おめでとうございます!水木金と授業を受けてみてどうでしたか?

私はしっかりJASMINE-naviを確認した上で授業を受ける教室を間違えかけ(昼休みから5分前までずっと隣の教室にいました)、人の多さを甘く見てお昼ご飯調達のための生協の大大大混雑に巻き込まれ、早速新学期の洗礼を浴びました。4年生にもなって何をやってるんでしょうね。

4年生にしては学校にいる方だと思うので、発見したらお気軽にお声掛けください!

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さて、本日は4月13日。私としてはどうしても外せない話題があります。

昨日名探偵コナンの映画「100万ドルの五稜星」が公開されました!!!めでたい!!!

去年も一昨年もコナンの映画の話をしているので、このブログでコナンの映画の話題を出すのは3回目となります。例年のように内容に関わるような話はしないので、明日見に行こうと思っている方も安心してお読みください。

(↓過去2回分の記事も貼り付けておきます!)
2022年: https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2022/04/21/
2023年: https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2023/04/18/

これまでは授業が入っていて公開日に観に行くことができませんでしたが、今年は授業がないから公開日朝一で見にいける!!……はずだったのに別件で予定が入ってしまい、結局今日見に行ってきました。

数年前に友人が「コナンの映画はボジョレー・ヌーボーだ」と言っていて、上手いこと言うな〜と思っていたのですが、もちろん今年の映画も”過去最高の出来”です。
いや~~~よかったな!!!見たいもの全部見れたな!!というのが最大の感想ですが、読み返してみたところ去年も同じようなことを書いていますね私。でもすっっごいよかったです、今まさに映画を踏まえた上でアニメのここを見たい、映画のあれが見たいが溢れてきています。

ワクワクしすぎて深呼吸を繰り返し、隣の席との間にパーティションがあるのを良いことにニヤニヤしながら予告を眺めつつ、こんなワクワクしながら何かを待つのって毎年のコナンの映画前くらいじゃないかなと考えていました。

私の人生におけるターニングポイントは3つあると思っていますが、その1つ目が「名探偵コナン第1巻の単行本を手にした瞬間」です。ちなみに2つ目は出身高校に合格した瞬間、3つ目は内緒です。

小学生のときには「コナンノート」を作ってコナンに関する情報をひたすらまとめ (警察の階級にやたらと詳しい小学生でした)、人生で初めて1人で映画館に行ったのもコナンの映画で、気がついたら新一も蘭も年下になってしまい、私の周りには高校生探偵が現れなかったな~と考える大人になりました。毎年必ず”愛”を再確認させてくれる名探偵コナンが、これからもず~~~っと大好きです。

今年1発目の「真実はいつも1つ!!」も聞けたところで、私の2024年は今日からスタートしました。今年も元気いっぱい頑張ります!!

ではまた!

***

昨日から新しくなったポケモンのアニメのオープニングがかわいくて昨日深夜に1人大盛り上がりしたので、リンクを貼り付けておきます。フタチマルがいた……!!!

https://youtu.be/eGurVNjEELY?si=D8WGtUEcxt9e-nP8

花も団子も🌸

まいますです!💟

前回ブログに書いたコアラのマーチですが…

14箱目でやっと自分のフルネームのコアラをゲットすることができました!😭💓

非常に長い戦いでした。
こういうのは諦めたくないタチなので、なんとか出すことができて満足です♡

さて、前回のブログから今日まで、関西の桜の名所を数々巡ってまいりました。

今回はそのときのことについて、写真と一緒にご紹介したいと思います!

高台寺
京都に住んでいる友達と一緒に高台寺のライトアップに行きました。
天気はあいにくの雨でしたが、夜なのでほとんど関係なく!
むしろ、心地よい程度の雨音と、雨に濡れて光で照らされた木々が非常に美しく、晴れている時には味わえないような時間を過ごすことができました。

本イベントでは、高台寺にある波心庭でプロジェクションマッピングが行われます。
門が縁取られ2D化している瞬間がイチオシです。

マッピングに合わせて枝垂れ桜も様々な色でライティングされており、非常に見応えがありました。

醍醐寺
国内交流生のオリエンテーションが行われた日に、あまりにもいい天気だったためそのまま醍醐寺へ行くことに。

豊臣秀吉が行ったと言われる「醍醐の花見」で有名な醍醐寺です。
私自身その名前しか知らなかったのですが、知識の乏しい私でも耳にしたことのあるくらいだから相当なのだろうと思いドキドキで向かいました。
当日は平日だったのですが、観光客の方で非常に賑わっていました!

醍醐寺自体とても広い敷地で、至る所に満開の桜の木が立っていました。

中のカフェでは醍醐寺ゆかりのモチーフがプリントされたマカロン付きのアイスをいただくことができます。花も団子も楽しみました。

さらに、境内にある三宝院も拝観しました。
こちらは、1115年に創建された、歴代の座主が住むための場所です。

たくさんの部屋とそれらに施された装飾、またそこから眺めることのできる景色は息を呑むほどに綺麗で、桜に負けず劣らず華やかなものでした。

私の京都お気に入りスポットに仲間入りです。

三井寺
地下鉄各所に掲示された広告に釣られて、予定をこじ開け朝から滋賀に向かいました。

この日のメインは三井寺(園城寺)にある観月舞台!
5分間貸切2500円という、1人で行くには少し高めのハードルですが、経験をお金で買いました。

前日まで雨が降っていたのですが、この日は晴天で、広告と同じように綺麗な写真を撮ることができました。

滋賀の桜はこれだけでなく、三井寺駅からお寺へと続く川沿いにも見事なまでの桜がずらーーっと並んでいました。
非常にハードな1日でしたが、価値のある時間を過ごすことができました♡

平野神社
平野神社は、花山天皇が桜をお手植えされたと云われる神社で、桜の名所として有名です。
そして桜が植えられたとされる4月10日には、毎年桜花祭が開催されます。

今回は巫女としてお祭りをお手伝いさせていただきました。平野神社や京都についての知識を深めることができ、非常に貴重な経験でした。

お勤めのあとには、念願だった桜苑に行き、花見をしました!菜の花と桜の色合いが綺麗で、非常に美しかったです。

お祭りでは、様々な時代の衣装を着た方々が氏子地域を巡行します。

参列される方々が境内に集まっている様子は、まるで大河ドラマの世界のようでした!

番外編

本来は4月12日更新の記事ですが遅れてしまっているため、ついでに4月14日の出来事も書いておこうと思います😌笑

白峯神宮
4月14日、白峯神宮では、春季例大祭 淳仁天皇祭が行われました。

本例祭では蹴鞠の奉納がなされ、式のあとには参拝に来られた方々も蹴鞠の体験をすることができます。


県内外問わず非常に多くの方々が参拝しており、境内にはお菓子のお店も出店して、活気に溢れていました!

先週は満開だった桜は葉桜になりましたが、現在は黄桜(鬱金桜)が満開を迎えています。

これにちなんで、白峯神宮では、春の限定朱印として『桜の御朱印』と『黄桜の御朱印』を授与しています。

黄桜のものは4月いっぱいの限定御朱印です!
また、淳仁天皇祭にちなんで、50枚限定の特別な御朱印も授与しています。

京都にお住まいの方々は、ぜひ黄桜を見に白峯神宮へお参りしてはいかがでしょうか🌸

去年の今頃、目黒川の桜を見に行くことができなかったので今年こそは!と意気込んでいたものの、結局今年も見に行くことはできず…。ですがそれ以上に、西には桜の名所が沢山あり嬉しい限りです!♡

多くの方は新しい生活が始まり忙しい毎日とは思いますが、単位も気分も落とさず頑張りましょー!

では!💟

青い思い出

「光は長いこと、芸術の材料とされてこなかった」

その人はそう言った。

感光紙にガラスの置物と思い出の指輪を並べ、太陽の元に晒す。

黄色い感光紙に映った物体の影が、動かないものとして焼き付けられる。

「今日は日差しが強いので7分」

言われるがままに7分の経過を待つ。

「いい塩梅でやめないと焼けすぎちゃうから気をつけて」

すぐさま時計の針から目を逸らし“作品”を見つめる。

「こうやっているとさ、時間って数字で区切られたものじゃなくて天体の動きなんだなって感じるよね」

その人がそう言う。遅れてそう感じる。

青焼き。およそ1800年頃に発明された被写技術。感光紙に物体を乗せ日光に当てるとその形を白く浮かび上がらせるようにして感光紙が濃紺に染まり「青写真」ができあがる。

この春、私は初めて、この〈青焼き〉を体験した。

*****

まいです、ごきげんよう❀

「青焼き」、皆さんはしたことありますか?

きっかけは地元の公民館で行われたアート体験でした。カメラを使わないフォトグラム、青写真。それを用いて表現活動を行なうアーティスト、浅見俊哉さんの開いたワークショップに参加したのです。

浅見さんは「時間」と「記憶」を感光紙に焼き付けた作品を制作しています。

例えば、原子爆弾で被爆した樹木を、あの日とおなじ8月6日の午前8時15分の太陽で感光紙に焼き付ける。浅見さんはこの作品を何年も撮り続けています。

そうすることでその写真には、物体の過去から現在における時間の変遷が写し出される。写真が持つ「瞬間性」に矛盾が生じ、そこに時の流れと記憶が刻まれる。そういった作風が特徴です。

私も実際に浅見さんの作品を観ましたが、例えば、津波の被害を受けたと思われる道具の青写真。現物に限りなく近い写真とは違い、白い焼け跡となって表れたそれは、なんとも言えない説得力と物語性を帯びていました。

写真は実物を写したもの、いわばコピーとも言えるけれど、遺物の白いシルエットは外見のコピーではなく確かにその物体の“内面”を映したものだと感じました。

物体を、見るのではなく感じることのできる貴重な経験でした。

私が参加したワークショップは、「万葉集」ならぬ「万影集」を作ろうとしている浅見さんのプロジェクトのひとつで、「自分の大切な物、思い出の品」を青写真として後世に残していこうというものでした。

被写体に、私は相方とのペアリングを選びましたが(小さいためイルカと天使の置物も足しました)、以前のブログを読まれている方はご存知の通り、私はもともと物と思い出とを切り離して考えることが多く物への執着心があまりありません。でもだからこそ、私の感光紙に写った指輪は「物」ではなく「記憶」なのだと実感しました。

そして、この作品は私が描いたものではなく、私の記憶を、光(自然)が描いたという事実にまた趣があります。

古くから芸術は、製作者(あるいは注文者)の意図を伝えたり周囲に示したりする性質を持っていますが、今回の青写真は、製作者の思い通りに完成するものではありません。光の強さや角度、照射時間やあるいは自分の無意識なんかに影響されて、作品の表情は変化し続け予測不可能、唯一無二のものになっていきます。

自然と戯れそこに美しさを見出す。こうした行為の神聖さに癒された一日でした。

それでは。

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ご紹介した浅見俊哉さんの作品を見られるリンクを1つ添付します。ぜひご覧ください。https://note.com/shunya_asami/m/m4125924a7a60/hashtag/898529

桜梅桃李

こんにちは、さくらです。

これは昼間に作ったタンドリーチキンのピザです!

何となくタンドリーチキンが食べたいと思い、それに加えて未だ冷めやらないドライイースト熱が合わさってこのピザが完成しました。同時進行で作ったために熱々のタンドリーチキンを切っている暇がなく、鶏肉の塊が4つ乗った厳ついピザが出来上がってしまいましたが。

さて4月10日。本日から日本女子大学でも授業が開始されました。

私は2限からだったのですが、久しぶりに乗る満員電車は春の暖かさには似合わない陰鬱な気分を思い出させられました。しかし学校に着くと人の多い校舎に新学期の香りを感じ、始まったばかりの大学生活に期待と不安を持つ一年生が眩しかったです。三年生にもなってしまえば、人の波を掻き分け一人で颯爽と教室に向かいます。友達が少ないので。

また今年は桜の開花が遅かったために学校でもほとんど散っていない桜を見ることが出来ました。以前ももこさんやあやめさんが「自分の名前と生まれた季節が全く関係ない」とブログでおっしゃっていましたが、私は名前の通りバリバリの春生まれです。

4月上旬、田舎の河辺に土地を構える産婦人科で生まれたのですが、私が生まれた日、その河原の桜が満開だったそうです。桜が満開の日に生まれたから「さくら」。安直な気がしますが、とても気に入っています。姉も花の名前なので親の中でも花の名前にしよう、ということは決まっていたらしいのですが、産婦人科の窓から覗いた桜の花を見てこれ以上の名前は無いだろうと思ったそうです。

おかげで桜の花が大好きな人間に育ちましたし、誕生日プレゼントなんかに桜の何かを貰うと嬉しくなります。また漢字一字で「桜」という名前なのもお気に入りポイントです。説明するときに「植物の桜で」と言えば一発で通じますし、和風でお淑やかな感じがしませんか?あと意外と同じ「さくら」という名前でも漢字まで一緒の方は私の周りでは見たことが無いのでそれもちょっと特別な気がします。

桜といえば五分咲き、満開、散りかけ、どのタイミングが好きか。なんてよく話題に上がりますが、私は勿論どのタイミングでも好きです。またお花見と言えばもっぱら日の高い暖かな時間帯に行うことがほとんどだと思いますが、最近夜に見る桜の良さに気付きました。真っ暗な闇の中に真っ白な花を付けた桜の木が立っているのを見ると、まるでそこだけが照らされているように見えるんです。もしまだ咲いている桜を見かけたらぜひ夜にも見てあげてください。

そういえば4月頭に沖縄へ行ったのですが、沖縄には桜がないそうです。厳密に言えば私たちが一番馴染みのあるソメイヨシノがほとんど見られないだけで別種類の桜が咲くそうですが。沖縄は4月頭だというのに夏ばりに暑く、ほとんどをキャミソールやタンクトップで過ごしていました。寒暖差が凄すぎて夏に行った時より「東京に帰りたくない」という気持ちが強かったです。ずっと沖縄の日差しを浴びていたかった……。3月の終わりごろは正直バイト三昧だったせいで休み飽きたな、学校早く始まらないかな、と思っていたのですが、沖縄から帰ってくると急に現実を突きつけられたような気がして4月10日がひたすら恐怖でした。

さて今年の目標は出席率の向上です。

初日から「ガイダンスなら行かなくても……。」と布団と格闘しましたが、まずは前期、布団との戦いに連勝を目指して頑張ります。

焼き菓子の記録

〈注意〉このブログに登場するクッキーの材料およびレシピは、私の主観的な記憶を基に記載されたものであり、まったくもって信用するに値しない情報であることをご承知おきください。

2010年5月

日曜日。お菓子作りはほとんどしない母が珍しくクッキーを作ると言い出した。いや、正確には何も言わずに作り出して、完成したのがたまたまクッキーだったのかもしれない。おもむろに白い粉を出してきた母の様子を横から眺めていた年少の私には、何を作ろうとしているのかも材料に何を使っているのかも予想がつかなかった。ただ、白い粉にいくつかの材料を加えたら生地が黄色くひとまとまりになって、手につかないくらいになったことと、生地にホワイトチョコレートとブルーベリージャムが混ざっていたことは覚えている。細かい過程はともかく、私は型抜きだけお手伝いしたのだった。ハート、星、お花、くまさん、クリスマスツリー。いろいろな形の型があった。私は妹と一緒にそこにあるほとんど全ての型を使って、あらゆる形のクッキー生地を用意した。型を抜いた生地はオーブントースターに入れて焼いた。パンを焼くのと同じくらいの時間だっただろうか、熱を加えた後の生地は程よく膨らんで白く、ところどころにきつね色の焼き目がついていた。焼きたてのクッキーを口に入れると、すさまじい熱さに襲われ涙目になりつつも、生地とホワイトチョコレートの優しい甘さが口の中に広がった。とてもおいしかった。

2015年3月

休日で特にすることもなかったので、クッキーを作ることにした。レシピは確か、家にあるお菓子のレシピ本に出ていたはず。おや、粉も砂糖も卵も牛乳もあるけれど、チョコレートがない。仕方がないからチョコレートクッキーではなく、抹茶クッキーに変更だ。抹茶ミルクのもとに少量の水を加えてどろどろの状態にすればほら、チョコレートのようじゃないか。このレシピでは、生地が液体に近い状態になり、型抜きはできないようだ。クッキーにもいろいろな作り方があるのだな。諸々を混ぜた生地をクッキングシートに薄く丸く伸ばして、オーブントースターで焼く。うきうきわくわくしながらトースターの蓋を開けると、そこにはペタッとした何かがあった。思いのほか生地が膨らまなかったようだが、一応中まで熱は通っているようだ。とりあえず冷まそう。余熱が取れた頃に味見をしてみると、存外にサクサクでおいしいかった。母の評価もなかなかよかった。普段はそこまで興味を示さない妹ですらバクバクと食べた。私は思わぬ成功に少しにやにやしてしまった。

2019年12月

私は高校生になった。課題も予習もたまっていく一方であるのにもかかわらず、久しぶりにクッキーを作ろうと思った。ネットで調べたレシピに従って、冷蔵庫の中にある材料をかき集めた。開封済みのバターの箱が少し軽い気がするが、クッキーを作るには問題なさそうだ。バター、薄力粉、牛乳、卵、砂糖を混ぜて生地を作る。型を使うのは面倒だったので手で丸く成形することにした。オーブントースターに入れて焼く。焼いている間に次の回の生地をクッキングシートの上に用意する。焼けたクッキーをトースターから取り出し皿に移して冷ます。用意しておいた生地をトースターに入れて焼く。取り出す。焼く。取り出す。今回は上手くいったか、どうだろう。味見として1つ口に入れたところ、サクサクせず、少し硬くてボソボソとしていた。生地を作る工程を振り返ってみて、バターの分量を誤ったことに気が付いた。

2024年2月

何となく作りたくなったからクッキーを作ろうと思った。ネットで簡単に作れるレシピを探しておいたが、材料が足りなかったので近所のスーパーで買い出しに行くところから始めた。薄力粉、卵、無塩バター、それから小さいころに作ったクッキーに入っていたホワイトチョコレートを2枚ほど買った。家に帰ると早速作り始めた。まずは材料の計量から。バターは包み紙に書いてあるメモリを参考にすれば大体の量が分かる。薄力粉は計量カップ1杯で大体110グラムであるらしい。砂糖は仕方がないから大さじ小さじを使った。お気づきの方もいるかもしれないが、我が家には計量用の秤がない。そのため、計量カップやらさじやらメモリやらを駆使して計量するしかないのである。計量した材料を混ぜると、若干粉っぽい硬めの生地が出来上がった。冷蔵庫で1時間ほど寝かせてからオーブントースターで焼く。今回は型抜きもできそうな硬さであったが、使用後に型を洗う手間を省くため手で成形した。ちなみに我が家にはオーブンもない。完成したクッキーは、しっかり甘くて味は良いが少しポソポソとしたものになった。少し粉が多かったのかと反省した。後日、この話を知り合いにしたら少しひかえめに笑われた。

2024年4月

この間作ったクッキーがいまひとつだったので、リベンジしようと思った。材料もホワイトチョコレートを除けば先日のものが残っている。レシピは、大体覚えている、はず。ちゃんと確認すればよいものを、私は謎の自信から先日の記憶をたどって作った。分量も何も測らず、混ぜる順序も気にせず、行き当たりばったりにやった。案の定前回よりも残念な食感、甘さの薄いクッキーモドキが完成した。幼いころに食べたあの頬の落ちるようにおいしいクッキーは、いつになったら再現できるのだろうか。

私の「推し方」

皆さんこんにちは。みちこです。

今回は、私の「推し」についてお話していこうかと思います。

とはいえ今回の記事は、いわゆる「推し語り」を展開することに焦点を置いてはいません。

どちらかというと、私にとってその「推し」がどういう存在なのか、どうやって「推して」いるのか、といった形での進行となります。

いわゆる、「私なりのHow toや、ルール」と言った方が近いかも知れません。

そのようなことを、今回は綴っていきたいと思います。

では、始めます!

まず最初に、私の中での「推し」の定義についてお話します。

私の中で、「推し」とは、「自分の人生に影響を与えた人・自分の価値観を180度変えられた」人のことです。

皆さんがいう「推し」にも色々な定義があると思いますが、私の中では、世間一般でいう「推し」の定義は「自分の生活を豊かにしてくれるもの(主に精神的な面で)」という意味かな、と考えています。

その意味では確かに私も「推し」を定めてからというもの、「自分の生活が豊かになったな」と実感しています。

しかし、世間一般の「推し」の定義とはちがう、「自分だけの推しの定義」があるのではないか、と最近思うようになりました。

というのも、複数のオタク友達とお話していて、私の「推し方」は普通の推し方ではないんだな、と感じることが多かったからです。

その多くは、イベントに行ったり、グッズを買うことを「推し活」と呼んでいるのに対し、私の「推し活」はもっと「内向的」です。

オタクとして「推し活」をしたことのある人なら分かる感覚かと思いますが、いわゆる「推しにお金は貢ぐもの!」というあの感覚が、どうにも私の「推し活」には当てはまらなくて。

前者を「外交的」なオタ活と定義するのなら、私はその逆で。「自分に負荷をあまりかけずに推す」タイプの「内向的オタ活」を好む人です。

ではその「内向的オタ活者」である私はどんな推し方をしているのかというと、まず、「負荷をかけるべきものは最低限にとどめ」、「その中から得た着想や学びを創作活動や今後の自分の人生の指標にしていく」という推し方をしています。

文章で表現すると、めちゃくちゃ難しいことのように聞こえますね(笑)

例を挙げて説明していきましょう。

まず、私がどんなものにお金をかけるのか。

ここでは私の推しがどういう存在なのかを説明してからでないと分かりにくいので、先に説明します。

私の推しは、「声優さん」です。基本的に声で演技をする「役者さん」で、「裏方」のお仕事をしている方です。

なので本当は、「裏方」にスポットライトがあたることはないはずなんですが…。どういうわけか昨今の声優さんブームがすごくて、そんな「裏方」の方も「表舞台に出て」きているので、様々なメディアで色んなお話を聞くことが出来ます。

私の「推し方」は、まず、その「お話」を聞くところから始まります。

具体的に言うと、雑誌のインタビューとか、ラジオ番組でのお話とか。そのようなことが挙げられます。たいていはこの二つの方法で情報を得ております。

あとは、CDですね。これは私の中で優先度が一番高いです。私の推しは、本業である声優以外にアーティスト活動(音楽活動のこと)も行っているので、新曲がリリースされると絶対に買います。これだけは何があっても譲れないです(笑)

このCDに関しては、私が単に、大好きな推しの声を聞ける、という意味でももちろんそうですが、後述する「創作活動」の糧にもなってくれています。なのでこのCDは、ほぼ必須の買い物になっています。

そして次に、これらのコンテンツを「消化」していきます。こちらの「消化作業」、まあ感情がジェットコースター状態ですね。いい意味で浮き沈みが激しいです(笑) なお、その感情の変化を感じ取っている時が一番楽しいです。そしてその中で、何か私の心に引っかかるものがあれば、それをすくいあげていきます。

あいにくと、このようにブログを書かせて頂いているということもあり、昔から形のない思いを言語化する能力が多少なりともあったので、それらをまとめていったり、美術部に入っていて絵が描けることもあったので、イラストにまとめてみたり、と自分で感じたままにその思いを「昇華」していきました。

ここで、私の「昇華」方法は2つに分かれます。1つは、推しの言動から私が感じたことを日々の生活で取りいれていったり、意識してみたりといったいわば「理想像に近づくための材料集め」をすること。2つ目は、先ほど少し触れた「創作活動」です。

私の現在の推し(二人おり、一人は中学生から、もう一人は高校生から推し始めました)には、お二人とも本当に色々な影響を受けました。

中学生から推した方の推しには、「何事にも真摯に取り組む姿勢」と、「人を・コネクションを大事にすること」の二つを。高校生から推した方には、「違った価値観を認めること」そして、「視野を広く持つこと」の二つを主に学んだような気がします。

今思えば、どちらも、今の私を作り上げる上で必要不可欠なことでした。推す時期が違っても、例えば逆だったとしても、今の私は作り上げられなかったと思います。

そして、創作活動もまた、私の「推し活」の中では非常に重要な一端を担ってくれています。

今思い返してみて一番すごかった創作活動だと思うのは、「一曲ずつ、その曲をモチーフとしたテーマ小説を書き、さらにそれを連作にして、すべての小説に時系列的・世界観的な繋がりを持たせた」ことですね。

そのアルバムは、推し(高校生から推した方の推しです。ちなみに私の推しは二人とも声優兼アーティスト活動もしてる声優さんです)がアーティストデビューします!というタイミングで作られた「デビューミニアルバム」だったがゆえに、私もリリースされるまで様々な予想をしました。曲名のみが発表されたときには、その曲名からどのような感じの曲かを想像して一人で楽しんでました(笑)

そしていざリリースされたときには喜び勇んでその答え合わせをしましたが…。

まあ、簡単に当たるようなもんじゃあ、ないですね(笑)

でもこれだけ楽しませてくれたこのアルバムに何か恩返ししよう!と軽い気持ちで、アルバムのある一曲をテーマに小説を書きました。

そしたら聞いていくうちに、次から次へと好きな曲が現れていくので、「もうこれは連作小説を作ればよいのでは!?」と思い、小説を書きあげていきました。こうして書き上げた小説たちはきちんと世界観と時間軸が結びついているものになりました。

あの時の時間は本当に楽しかったです。

以上が私の「推しの定義」であり、「推し活」です。

少し分かりにくい文章や構成になってしまっていたかと思いますが、いかがでしたでしょうか。

私にとって「推し」とは、「人生の指標」であり、「私の理想像」であり、「癒しを提供してくれる存在」でもあれば、「新たなアイディアをくれる存在」でもある…。

そんなことだけ分かって頂ければ、この文章の大半の意味は理解して頂けています。大丈夫です。

さて。次のブログは、「私の変化」をもう少し掘り下げる記事にしようかな、と考えています。具体的にどんなことについて話すかはまだ未定ですが、とりあえずそんな大まかなテーマで何かしら執筆しようかと考えています。

長々と失礼しました。おそらく、私史上一番長い記事のような気がします。

お付き合いくださった読者の皆さま、本当にお疲れ様でした。ありがとうございます。

それでは、失礼いたします。

空きコマのすゝめ

空きコマ。授業と授業の間に生まれる、どうしようもなく暇な時間。
履修登録の際に一度空きコマを作ってしまえば、向こう数ヶ月はその暇に悩まされることになる。

友達と過ごすもよし、課題を進めるもよし。
しかし問題は特に課題もなく、空きコマが被る友人もいないときである。

せっかく新入生も入学した今の時期に、1人の空きコマでどのようなことをしていたのか、振り返っていきたい。
先に断っておくと、そこそこ怠惰な学生による時間潰し術である。
いわゆる意識高い系の時間の使い方はしていないので、そこのところだけお願いしますね

①課題
結局のところ一番の有効活用は課題に時間を割くことだ。
1コマくらいの空き時間なら一週間分の課題やオンデマンド授業など容易にこなすことができる。
大学内でおすすめの場所をこっそり教えるとするなら、図書館だろうか。
静かな場所で集中できるタイプならここがおすすめだ。
日本女子大学の図書館は本当にきれいで、本当に静かだ。
私は静かな場所が苦手なので、イヤホンで音楽やラジオを流しながらこもったりしている。
あと、1人の人が多い!これはありがたい。孤独が目立たない。
どこで1人だったとしても、誰も自分に注目しないことなんてわかっているがどうにも人の目を気にしてしまう。
その点、図書館では1人でいてもなんとなく許される空気があるのだ。
あとパソコン室もおすすめだ。あそこも静かで心地よい。
だが、そのコマの後に授業が入っていたりすると気付かずに自習しながら授業時間に突入してしまい、私のように恥をかくことになるので複数コマ空きコマがある際にはおすすめできない。
私はその経験がトラウマでそれ以降パソコン室に足を運べていない。
逆に、騒がしいところや人がいるところが落ち着くなら生協売店横とランチェの席がおすすめだ。
ただ、冬は寒い。あと食欲に負けてすぐに売店で何か買ってしまう。気をつけて欲しい。
しかし、今回のテーマは友達もいなければ課題も終わらせたシチュエーションを想定して書いているので、そろそろ次の暇つぶし術を紹介したい。

②何か書いてみる
浅い!浅い提案だ!でも何かを書いていると暇もつぶせて気も紛れる。
作品でも、それこそブログでも。時間が潰せるのでおすすめだ。
あと履修の手引きをぼんやり眺めながら取得単位の整理をするのも意外と楽しい。
以上。

③散歩
正直今回一番書きたかったものがこれだ。
在学生はご存知の通り、我々の学校の近くは何もない。
学生街なんて全くなく、穏やかな一本道があるだけである。
しかし、歩いてみるとこれまた面白い。
何もないと思っていたが、意外と色々あるものである。
私はこの1年間で、いい感じのまつ毛パーマサロンと美味しいおにぎりやさんと、、と色々なところに足を運んだ。
一番印象に残っているのは雑司ヶ谷霊園だ。著名人の墓をのんびり巡った。
その時のことは当時ひっそり書いていたnoteの記事に日記として残している。
いつかここでも当時を振り返りながらその時の散歩について書きたい。
大層な目的なんてなくても良いのだ。どうせ、空きコマの暇つぶしなんだから。
なんなら目白駅のスタバを目指して歩くのだって立派な散歩だ。
時間が許すなら池袋まで足を伸ばして遊ぶのだって良い。
だいぶリフレッシュできるし、大学に篭りきりでいるよりは刺激になる。
あと本女からは早稲田も近いので、早稲田の学生街の恩恵に預かるのも楽しい。
安くて美味しいご飯やさん(早稲飯というらしい)がたくさんある。
外の空気を吸って、たまにはイヤホンを外して、スマホのマップも見ずに適当に歩くのがいい。
分かれ道にきたら棒を倒してみて、倒れた方向に進むのもいいと思う。
駅と大学の往復を繰り返していると、文京区には目白駅と日本女子大学しかないような錯覚に陥る。
そして友達と愚痴り合うのだ。「本女の近くって何もないよねえ」と。
確かに、わかりやすい遊び場はあまりない。
しかし、1人でのんびり散歩するのにこれ以上にもってこいな場所はあまりない。
「本女の近くって何もないよねえ」と言われた時に、「近くに美味しいおにぎりやさんあるからさ、一緒に行こうよ」と返せるようになるだけできっとこの4年間は変わるだろう。
この4年間での生活範囲がグッと広がるだろう。
あと忘れていたが、本女の近くには永青文庫という美術館がある。
ここも雰囲気のいい公園の中にある上に、展示の内容も面白いのでぜひ足を運んでみてほしい。

空きコマは、学生に与えられた何に使っても良い自由時間だ。
寝るもよし、YouTubeを見るもよし。家が近いなら帰ったっていい。
ただ、ひたすらに持て余す。空きコマを共に過ごす友達がいないなら尚更だ。
そのような時間に陥った時にはぜひ、このブログを参考にしてみてほしい。
ちなみに私は、今年の時間割で空きコマを作りたくなくて授業が詰めつめである。

春学期の目標、もんじゃを食べる

花粉はスギからヒノキへと移り変わり、桜が舞い散る季節となりました。一年生の方々、ご入学おめでとうございます。楽しく有意義な大学生活を送ってくださいね。

私も京都から関東に帰って参りました。ギリギリまでいたのでつい先日の話なのですが。荷解きが本当に終わりません。部屋には段ボールが積み重なり、混沌としています。元々整理整頓が好きでないため、段ボールを片付けないまま段ボールありきの生活になって、最後の一箱を片付けるのは来年とかになりそうな気がします。入学を機に上京してきた皆さん、共に荷解きを頑張りましょう。

帰ってきてから早速、友だちと横浜で遊んだり相模湾沿いを爆走したり漫画の聖地巡礼をしたりしています。しかしそんな私の頭の中で、常に存在するあるコンプレックスがあります。

関東出身関東育ち、未だもんじゃ焼きを食べていないということです。お好み焼きは色々食べてるのに。

一年間他所に行って、代々住んでいて何を聞いてもよく知っている、京都のスペシャリストみたいな方々とお話しさせていただいたりして、地元周辺のことぐらい満遍なく知っておかないと!と思うようになりました。

それにしても、二十年以上住んでいるくせに全然まだまだ知らないことばかりです。今思いつくだけでも、もんじゃは食べたことがないし、けんちん汁も本場のは食べたことがないです。川崎競馬場も見たことがないし、山も登っていないし、井の頭公園も素通りした気がします。千葉は三ヶ所ぐらいしか行ったことがありません。

海外に出る前に日本のことはしっかり学んでおかないといけないし、日本全体をいきなり攻めるのではなく、先ずは地元である南関東周辺の歴史文化経済あたりからじっくり攻略していきたいです。

とりあえず春学期中にもんじゃ焼きを食べます!今年度もよろしくお願いいたします。

本日の読みたい本

『俳句歳時記 春』第五版 角川書店 

年々都市化・温暖化が深刻化し、特に東京あたりは、昔からあった四季の折々の景色というものを目にしづらい環境となってきている。

四季があることは日本の誇りである。古くより、私たちの祖先はその移ろいを空気であったり動植物を通じて楽しみ、それを文章や詩歌に残してきた。

しかし、先述の理由から、言葉ごと失われるのはとても惜しい。

まず言葉を知っておくこと。今は何を例に言われてもわからないかもしれないが、実際にそれを目にする機会が訪れたその時。感動もひとしおであろう。

日野市観光敢行

ブログをご覧の皆様、こんにちは。先月はブログの更新担当が双六で言うところの「一回休み」に止まっておりました、まどかです🐧

3回目の更新になりますでしょうか、なんだか少しお久しぶりな気もいたします。


それはさておき。ふと街路樹や学校、公園に目をやれば、桜がほころび始めているような季節になりましたが…皆様いかがお過ごしでしょうか。
日ごと春めく景色を歩いて、何とはなしにひらり舞う花弁へ手を伸ばすこともあるのではないでしょうか。

なんて雅な事象だけを掬い上げてはみたものの、、

東風吹かば 共にフッ飛ぶ 花粉ども

実際のところはこんなモンです。最悪です。もうね、クシャミも咳も涙も止まらない。全米が泣きますよ…少なくとも全私は咽び泣いております。とはいえ、、おめでたい出来事もあるものでして。

新入生の皆様方、ご入学おめでとうございます!!

そうです、なんと、このふざけた私めにも後輩ができちゃうのです!!!!

とっってもめでたいですね!ね??

そのようなワケでして、新入生の皆様に本日は是非とも!日本文学科に入るとどのようなイカレ…じゃないイカしたフレンドができるのかといったことをお伝えしてゆきたいと思います。

加えて、もう少々実用的なお話も…例えばオススメ授業紹介なんかもさせていただこうかと思います。とはいえ、ここまでの余談で一首詠み始めるくらいには冗長な駄文王でございます故、実用的なところのみをご希望の御仁は最後の方までさらりとスクロールを。

冗長・・・うぅむ悠長なだけなんですけれどもねぇ。


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オヤマァ、ここまで書いてきたというのにブログの表題である日野市の日の字もでてきやせん。

たしかにこれでは冗長と言われても返す言葉もございま…いやいや言葉なら其処らに転がす程あるのですよ。

と、こんな具合。しかしながら、口の減らない捻くれ者にも友人ができてしまうのだから日本文学科ってぇのは凄い。

その友人(そりゃあもう大変な別嬪さん)がお好きなのが「新選組」。私めが惚れ込んでいるのは「近代文学」でございまして、好きなのも何なら「新政府」。全くもって対極。

「そんなんで友好にやっていけんのかい」と思われるかもしれませんが、寧ろ、だからこそ面白いのです。

日本文学科の学生には「自分はこれが好きだ!」という芯を持った学生の多いこと多いこと。

「いや自分はまだ専攻とかも決まってないし、そんなに詳しいものもないし…」などと仰るが、その人の好きな物をつついてみてごらんなさい。瞬く間にその人の世界に引き入れられるはずですよ。

どう考えても、テストの前日に私も勉強してな~い!と言ってきたクチだ。(賞賛)

例えになるかわからんが、私の友人には【川端康成の顔が可愛いと限界化する】友人や、【宮沢賢治のガチ恋勢】たる友人がいる。そんなこんなで、日本文学科の学生には何かしらの軸を持つ人が多いように思うのですよ。

だからこそ、日本文学科が好きですし、大いに充実した日々を送れているような気がしております。新入生の皆様も騙されたと思って、お互いの興味関心を開示してみると楽しいやもしれません。


さてはて大脱線、もう日野駅なんて見えやしない。

ともかく、そんな興味関心が見事に反対車線を走っている友人に是非とも私の知らない世界をご教授願いたいと思い……えぇいまだるっこしい、布教を受けてハマりかけたオタクがすることなどただ一つ!聖地巡り!!!

そんなこんなで、友人の素敵すぎる案内のもと新選組の聖地たる「東京都日野市」を巡礼してまいりました。訪れたのは主に

・宝泉寺

 https://shinsengumi-kanko.com/hino-tachikawa/housenji/

・新選組のふるさと歴史館

 https://shinsengumi-kanko.com/hino-tachikawa/furusatorekishikan/

・日野宿本陣

 https://shinsengumi-kanko.com/hino-tachikawa/hinojukuhonjin/

の3つでございます。当初の予定ではもう何点か回る心算だったようなのですが、、、なんと私達、ふるさと歴史館にて4時間も使い込んでしまったのです。

この歴史館には、天然理心流の稽古で使われていた木刀や日野宿の運営に関わる書簡の数々、さらには局長・近藤勇らの書簡まで様々な展示が四方八方に…宝の山でしょうか!!?

新選組といえば名立たる剣客達が想起されますが、展示の中には現代でも共感できるような様相の市民の姿があったり、落とし物の連絡から新選組隊士への褒賞金一覧まであったり…大河や歴史小説では中々見られないような一面が見られました。

このような調子でそれぞれの宝の山について語りたいのは山々なのですが、、ブログを通り越して小論文になってしまいます故、泣く泣く各施設について紹介されたサイトのURLをお示しするに留めさせていただきます。

展示の詳細はぜひともご自分の目でお確かめいただくか、サイトをご参照いただくといたしまして…

ここでは一先ずイカした友人と私めが全力で満喫している様子でもお改めください。

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実は私と友人はお互いにイラストを描くのを趣味としておりまして、羽織や模擬刀の貴重なポージング資料が撮れる!と大興奮でした。そして4,50分溶かしました。最高の友人ですね。本当に何してるんでしょうか。

ですが、新選組にご興味がある方なら貴重な資料を見られるだけでなく、隊士気分でお写真まで撮れるというのは至福のひと時なのではないでしょうか。

さらにさらに、こちらの歴史館では冊子の購入も可能でございます。

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今更ですが私は「新選組六番隊組長・井上源三郎」が好きです。友人の布教をきっかけに新選組には関心を抱きましたが、それ以前から一人の人物として井上先生が好きでした。(なのに何故新選組にハマっていなかったのかと言われると…やはり新政府推しだからでしょう)

それ故に、今回私は上記の冊子を購入いたしましたが、歴史館にはその他にも土方歳三にフォーカスしたものや新選組全体にスポットを当てたものなどバリエーション豊富にございました。

ちなみにその殆どを友人は既に所持しているそうです。流石すぎる。

あ。そうそう、お写真にも写っている、「薄桜鬼」というゲーム作品をご存知の方がいらっしゃるかもしれません。今回は時間の都合上、訪れてはいないのですが…日野市には薄桜鬼関連のグッズが売られているお土産屋さんもあるそうです。ご興味がある方はそれらも含めてチェックしてみてはいかがでしょう。

…と、このように素敵な友人と本当に楽しい時間を過ごしたのですが、、なんとこの日は大豪雨&暴風。

盆を覆すような…どころではありません、あれはもはや盆ごと降ってきていました。

そんな中での観光でしたため、本陣など外から撮ったお写真が全く無いのです。何なら、私は帰宅途中に傘がポックリならぬポッキリ逝きました☔

もはや観光敢行。それでも時間が足りないくらい楽しい一日でした。

今後は観光慣行になればよいのだが。またご一緒させて頂戴ね。


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ここまで読んでくださった方がもしいらっしゃるとすれば、本当にお疲れ様です。

そして、さらりとスクロールで流した方、お待たせいたしました。


せっかく本日から履修登録スタートということで、独断と偏見によるオススメ授業紹介をさせていただきます!

勿論、昨年度と今年度では履修の仕組みが大きく変わり、さらには授業名や担当教授の変更なんかもあったそうですので……結局のところ私の与太話延長戦に違いありませんね。えへ。

【舞台芸術の歴史・東洋】

こちらは昨年、石井先生のオンデマンド授業として履修したのですが主に狂言について学ぶことができました。今年度の担当教授は別のお方で、さらには教養科目には珍しい対面授業になっているご様子。シラバスには人形浄瑠璃のフィールドワークなどという物凄く魅力的なワードが…!

このような舞台芸術系は実際に様々な映像から視覚的、聴覚的に吸収することができるため大変オススメです!

普段は文章を相手にすることの多い文学部ですが、これらの授業では学んだことを様々な要素から再認識できるため特有の面白味があるように思います。映像などを個人のペースで見られるのは、オンデマンド授業ならではの利点ですので、オンデマンド授業はぜひとも映像や音源で学べるものを個人的にはオススメいたします✨

【日本文学史(近世)】

こちらは昨年、福田先生の対面授業として履修いたしました。今年度も同じ先生のご担当です。その名の通り、近世文学を包括的に学ぶことができます。基本的には対面にて年表などの補足資料と照らし合わせつつ、作品を時代背景や作者の人物像から捉えてゆきます。

しかし特徴的なのが、幅広い文学に焦点をあててくださるところです。浄瑠璃や歌舞伎といった芸術はもちろん、政治や出版の世界など広く多くのものを学ぶことができました。昨年は通年授業であったためにさらに強くそう感じたのかもしれませんが、今年度のシラバスにも幅広いジャンルが見受けられましたため、飽き性の方や興味の幅が広い方には超オススメです。


私が履修した授業にかなり引っ張られておりますが、、つまるところ以上の特徴を持った他の授業も同じように魅力があることと存じます。ぜひともシラバスを読み込んで、自分の興味関心にあった履修を目指してみてくださいね。

また、オリエンテーションにて説明のあった「自主ゼミ」についてご興味のある新入生さんがいらっしゃるかもしれません。それら自主ゼミについてのブログも書いております故、もしよろしければご参照くださいませ。以下のブログの後半部分にございます。(何故なら前半は安定の‶冗長″部分ですから)


https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2024/02/21/




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・・・。何故この授業紹介に近代の授業がないのか、ですが。愛が強すぎて冷静な紹介ができそうもないからです。全部いいんですもの、ダイスキ。でも1つ申し上げるなら。安藤先生の!近現代文学講義!!激ヤバでございます。昨年は無く、今年初めて拝見するのですが、!!先生の著書が大好きな私にとってはもう5限なんてなんのそのでございます。最前列で過呼吸を起こしている「シッ!見ちゃいけません!」タイプの女がいたらきっと私です。よろしくお願いします。


ハ~~~~~~~~~~~~性懲りもなく今回も長くなってしまいましたが、本日もお付き合いくださり誠にありがとうございました。

長い、煩い、拙いでお馴染み(になるであろう)まどか🐧でした!


※今回のブログの内容は著しく著者の考えに偏っています、全てが個人の感想です、信じるものは己のみの精神で安全第一な履修をお願い申し上げます

〈追記〉

今回の夢のような時間を共有してくれたイカした友人へ  本当にありがとう!

コンテンツ

 4月!出会いの季節ですね。先日、ブログ部の先輩方が私たちにメッセージを残し卒業されていきました。去年まではそれをもうそんな季節か〜などと思いながら少しの寂しさを感じつつ眺めていたのですが、今年はなんだか自分のブログ部としての活動の「終わり」を猛烈に意識しました。あと1年、どうぞよろしくお願いいたします。
 日本文学科に入学し、1年生の時の必修科目に「文章表現法」というものがありまして。その中でロラン・バルトの『作者の死』を考える講義がありました。ざっくり、「作品」と「作者」を切り離して考えましょうってやつですね。ここまでの大学生活3年間で、テクストを読む時もレポートを書く時も卒論に向き合う時も、ずっとずっとこの『作者の死』のことを頭の片隅に入れておりました。でも、よくよく考えたら私は割と作品と作者をあんまり結びつけることってなかったなと思うわけですよ。小説の向こう側の作者を意識したことってそんなにないし、たとえ作者がどんなに気に入らなくても作品自体はそれはそれとして評価できるタイプだと自負しているし。私にとって、「誰が」が大事なこともあるけど、「何が」の方が大切なんですね。
 この考えって、自分が読み手として、研究する側の人間として、心がけておきたいものでもありますが、一方で私自身にも当てはまるものがあります。たとえばこのブログを書く私と中の人の私は同じであって同じではない。と、思ってほしい。常々自分の身を削って書いてると思っているこのブログであっても、これは私ではなく私によって生み出された創作物の意識が強いです。「創作物」というのは決してフィクションという意味ではなく、ノンフィクションであっても脚色がなくても、単に私から生み出されたものという意味の創作物です。日本語ぐちゃぐちゃしてきたな。めんどくさくて小難しい話になってきてしまったけれど。こういう面倒な事を考えているからめんどくさい人間になっちゃうんですね〜。まあそんなことはさておき、ブログの他にもツイートだったりイラストだったり、私が生み出した創作物は私ではない、そこに私の自我を見出さないでほしい、みたいなことをいつも思っています。私は絵を描くのが趣味でそれをTwitterやInstagramに投稿することもしているし、文章を書いて頭の中身を整理する人間なのでTwitterを日記がわりに使いよく呟いています。もちろんそれらに私の考えが反映されているのはそうなんだけれども、安易に私と結び付けられるものではない。それは私という自我から出てきたものが私の中で練られて、絵なり文なり何かしらの形を借りて出力されるうちに私とは別のものに成る。みたいな。これ以上どう言ったら上手く伝わるのか皆目見当もつかないのだけれども、なんかそういうことをこの3年間でぼんやり考えるようになりました。難しいねぇ。自我のあり方として創作物に滲み出たらそれはノイズになると思っているからそうなりたくないし、なんならインターネット上では顔を合わせて話す場合と異なって自我までをコントロールできるからこそ、その「自我」もコンテンツにしたいとすら思っている。私は私というコンテンツになることで私自身と私を強制的に切り離そうとしたいんだなぁと。そういう人に私はなりたい。のかも。ぐちゃぐちゃになってきちゃった。自分の中身を晒すことに不安があるのかもしれないですね。ウーン、あまりにも、哲学……。いや哲学をなめすぎですが。

 思春期、アイディンティティ・クライシスなんてのもありますが、自我のあり方とか収まる位置についてこうやって20歳過ぎてもうだうだ練っているんだから自分が何者でどうあるべきかなんて一生分かんないんだろうなと思って生きています。私前々回くらいにも拝啓十五の君へに関連してこんな話をしてなかったか?まぁいいでしょう、今回はなんちゃって哲学回だったし。小難しいこと考えて生きてるな〜と思われるかもしれませんが、これもまた私であり私ではないので。小難しいを演出してるかもしれないですしね。掴みどころのない飄々とした人間になりたすぎる。皆様方にはぜひ私の更新するブログは「私」の存在を意識せず読んでいただければと思います。では。