My Hobbies ーギター編ー

皆さんこんにちは。みちこです。

今回は、前回の続きで、私の新たな趣味であるギターについてお話しようと思います。

続きとはいえ、物語のように連続性のあるものではありませんが、読んで頂くと、趣味に対して私がどのように考えているかが分かりやすいと思われますので、一応紹介しておきます。

前回の記事は、以下のリンクから読むことが出来ます。

https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/author/namekata/

お手数ですが、こちらから「My Hobbies ーイラスト編ー」というタイトルのブログ記事をご覧下さい!

それでは、ギター編、始めていきます。

私がギターを始めようと思ったのは、至って短絡的なものです。それは、

「小説を書くことも絵を描くことも趣味の私が、音楽も趣味になって作曲が出来るようになったら、マルチクリエイターになれるのでは!?」

という、ただそれだけのものでした。どれも、ただ自分の頭の中に浮かんだ言葉やイラスト、旋律を表現したいというだけのものではありますが(笑)

本格的にプロになって、みたいなことは考えていませんでした。これに関しては、今も考えは変わりません。

とはいえ、理由はそれだけではなく。

私の仲が良い友人たちがこぞって楽器を始めたからです。

中学3年生の頃、私は当時仲の良かった4人と、バンド組めたらいいね~なんて本気なのか冗談なのか分からない夢を語っていました。というのも、私たちは当時共通のコンテンツにハマっており、それが「女子高生たちがバンドをする」ことが主軸となっているスマホゲームだったからです。

(ちなみにそのタイトルは「バンドリ ガールズバンドパーティー」というものです。よければ検索してみてください。最近バンドの数が増えてさらに大きくなってきたコンテンツなので…!)

そのコンテンツの影響を受けてなのか、夢を実現させたかったからなのかは分かりませんが、私の周りの友人たちは一斉に楽器を始めました。

これが私がギターを始めるきっかけとなった直接的なエピソードです。

ではなぜその波に乗らず、大学生から始めることとなったのか。

それは、私が楽器未経験者であったということと、高校生になり大学受験を控える身でそのようなことをしても良いのか悩んでいたこと、そして何より、楽器を買うのが高かったというのが主です。

中学時代に楽器を始めていた友達は軒並みピアノをやっていたり、何かしらの楽器経験があったので、未経験の私が飛び込めるものではないと判断してしまいまして。

それにまあ、学生のうちって意外と忙しいものですからね。中々新しいことに手を出している余裕はなかったです。

そんなこんなで、せめて色んな意味で自由になる大学生になってから楽器は始めようと思いました。

そしてその決断を、大学生になった昨年の春に、実際に行動に移した、という次第です。

次に、私がこの趣味を一年続けてきてよかったと思うことを書きたいと思います。

前回の記事にも書いたことではありますが、それは、「世界の見え方が変わる」ということです。

例えば何気なく曲を聴いている時。ギターを弾いていなかった頃には意識していなかった、ベースの音やドラムのリズムの一節が際立って聞こえたり。私が好きな奏法がアルペジオという奏法だということも。

ゲームで何気なく流れているBGMにも、好きな旋律があったり、それを具体的に説明できるようになったりすることは、間違いなく私がこの一年間、ギターと少しでも向き合ってきた結果だと思います。

とはいえ、聞き分けることはできても、実際に弾けるか否かは別のお話であるということも、この一年で痛感しました。

初心者向け!簡単!と動画などで紹介されている曲でも、実際に弾いてみると楽器未経験者の身にはめちゃくちゃ難しいことが分かりました。

未だに完璧に弾けるようになった曲は一曲もありませんから(笑)

じゃあ一年間私は一体何をしてきたんだ、って話になりますが。

確かに、ギター奏者としての私はほとんど成長をしていないことになります。

しかし、「音楽を聞く」ことにおいて、気付きが増えたというだけでもギターをやって良かった、と思っています。

以上、二回にわたって、私が趣味に対してどのような考えを持っているのか、お話をしてきました。

私にとって趣味とは、「自分の世界を広げてくれた・自分の世界を豊かにしてくれた」ものです。

イラスト然り、ギター然り。小説然り。

でも私は単に、「知的好奇心」が旺盛なだけかも知れないです。

このブログ記事を書いていて、そう気づきました。

趣味を通して何かを知っていくことで、それに関連するものや日常生活が少し変わったものに見えてくる。

全く関係なさそうなのに、実は関連性があって、それに気づけたときのあの達成感。

「あっ、これってそういうことなんだ!」

ーーーこんな体験、皆さんもどこかでしたことがあると思います。

特に、自分が小さくて、何も知らなかった頃のことを思い返してみて下さい。そんな体験が、きっとどこかにあったはずです。

私はそれを味わいたくて、これらの趣味を楽しんでいるのかも知れないな、と今回新たに気付きを得ました。

趣味って、単にその人の心を救うだけじゃない。

何か学びを得て、気づき、その欲求を満たしたいからこそ、私は趣味を楽しんでいる。

おそらく、趣味についてこんなに深く考えている人は少数派でしょう。

ですが、こんな考えを持つ人もいるんだな、と心に留めてくださるだけでもうれしいです。

次回は…そうだな…私の「推し」について話そうかな、と思います。

単に「推し語り」や「布教」をするわけではなく、「私にとって推しはどのような存在なのか」。

そんなことを綴っていこうかと思います。

長くなってしまい、大変失礼いたしました。

それではこの辺で、失礼します。

美の難しさ

高知出身で京都の大学に通う知人と話すとき、私のボケやツッコミはたいていすべる。

そもそも話す速度が違う。

笑うタイミングと、尺と、呼吸の深さと、なにかが少しづつ違って、その違いに私は毎度癒される。と同時に、アイスホッケーのごとく机上で見事にすべっていく私の言葉たちに、少々涙を捧げる作業にいそがしくもなる。

西と東の会話では時間の流れ方が少し違うのかしらんと思い、もしそうであれば、私はいつのまに気が短くなってしまったのやらと思うも、気の短さのために思い続かず。

*****

まいです、ごきげんよう❀

この春休みに大学の友人ら6人で京都大阪旅行に行ってまいりました。その6人の中にはこのブログ部に所属しているメンバーも数人いるので、お話がかぶることがあるかもしれませんが、お許しください。

メインは清水寺周辺での舞妓体験でした。

メンバーの一人が「舞妓は10代までらしいからなるべく若いうちに体験したい」と言い(その発言の時点で既に20代に突入し1年が経過している)、そのために京都に行くという順序で決まっていきました。

舞妓体験では、お化粧からお着物、頭まで舞妓さんと同じようにセットをしてもらい、写真撮影のほか周辺の土地を散策することができます。

6人のうち3人は先にお着物選びを、残りの3人は先にお化粧をという手順になりました。

〈鏡台前。襦袢の襟が触れる首元に涼しさを感じながら息を潜めているとたちまち鬢付け油が顔と肩周りに塗られていきます。〉

それが想像以上に力技で笑、鬢付け油って硬いんですね。髪の毛のワックスのようなテクスチャ、するすると塗り広げられるようなものではないので、スタイリストさんが手につけた鬢付け油を頬に塗っていく仕草とは反対方向に顔を振り動かすくらいの気持ちでいないと、うっかり顔がもっていかれてしまいます。

〈天井の灯りをてらてらと映す肌に、広いハケでおしろいが塗られていく。おでこから鼻先まで冷たい筆が撫でていく感触に不思議な安堵感が湧いていきます。〉

この時点で目を開けるともう、誰という感じです。私たちはどうして鏡を信じられるんでしょうね。どうやらそこには「白塗りの私」がいるようでした。

目の際と唇に紅を差し、姿を見つめると、「私は作品になった」と感じました。鏡を見ているようで他人を見ているような、人を見ているようで色を見ているような不思議な感覚です。

同じように化粧を終えた友人たちは私の思う舞妓さんの表情をしていました。アイラインがタレ目に引かれ口角が引き締まり、想像する「舞妓」です。ところで私は、なんだか舞妓というより歌舞伎役者のような仕上がりになっていました。アイラインがつり目に引かれていたのかな、はんなりというよりイケメンになっていて笑、新鮮な気持ちになりました。

肌が白くなるということで「肌に合わない色」というものがなくなるとの助言をいただき、着物選びをしました。(振袖は紫味とある赤を着たから青系かな…でもピンクも王道で可愛いし…黒も着てみたい…。)

白になりました。

白地に昇って行くような青い洋風な花々。

そこに黒地に金糸の帯を合わせると着物は表情を変え、大人しい雰囲気からたちまち威厳ある様相になりました。着物ってそこが魅力ですよね。

*****

カメラマンさんに6人の集合写真を撮っていただき、さっそく60分の散策へ。

お団子食べたり抹茶飲んでる写真とか撮りながら歩く、という想像をしていた私は甘かった…。

「舞妓さんは外で食べません。飲みません」と言う着付け屋の女将。

「でも、今回は写真撮影はOKにします。ほんとは写真を撮られるのも撮ることもだめなんですけどね」

重いカツラ。不自由な体。締められた帯。そして、飲食NG散策…。私たちはここにきて舞妓の現実を突きつけられたのです…!!

予定ではこの舞妓体験をする前に、清水寺で食べ歩き、ある程度お腹がふくれているはずでした。しかし、京都駅から清水寺方面へのバスが長蛇の列でしばらく乗れそうになく、徒歩にしたことで、昼食を取っていなかったのです。

空腹に畳み掛ける空腹。かなりハードな1時間になる予感がしました。

……しかし、しかしそれでもまだ私たちは甘かったのです。

本当に大変なのは、空腹ではありませんでした。本当に大変なのは、「注目の的」になることでした。

そんなじゃないだろうと鼻で笑わないでください。

問題は数。舞妓の格好をした人(というか観光客にとってはリアル・舞妓)が6人いたら、確かに見応えがあり、派手で、目立たずにいることの方が困難です。

交通に影響が出るほど路に外国人観光客の方が集まり、一緒に写真を撮ったり知らない間に盗られたり、前にも後にも進めない!という状況。漫画にありがちな、“有名人が普通に街に出たら風で帽子が飛ばされて正体がばれ急に大騒ぎになる”的な具合に人が集まり、いや、でも有名人と言うよりは動物園のパンダを見るように囲まれていました。あれは間違いなく人生で最も注目された瞬間でした。

…空腹。飲食なし。重いカツラ。きつい帯。身動きの取れない着物。そして、想定外の注目…人、人、人…。

体験場所に戻るとみんな一回り痩せたようでした。そして素の姿に戻った時の開放感溢れる笑顔。

「10代まで」もある意味、納得です。

*****

今、写真を見返すと、楽しかったな〜いい体験したな〜と幸せな気持ちが先行しますが、いざ書いてみるとこんな苦労があったようですね。

女子大学生6人の京都旅はこんなものでしょうか。

とにもかくにも楽しいよき旅でした😊

ちゃんちゃん

逃げ足

先輩たちは、ずっと舞台の上の人達だった。

私は他大学のお笑いサークルに所属していて、学生芸人の端くれとして細々と活動をしている。
そして、先週いっぱいをもって、サークルの4年生たちが卒業した。一年間大学お笑い界隈を牽引してきた先輩たちだ。
本当にかっこいい先輩たちだった。
今回は、そんな先輩たちのことについて書かせて欲しい。

学生にも関わらずプロの舞台でも活躍していて、関西の大会で決勝に進んだ先輩のことは同期みんなで集まって食い入るようにテレビを見た。
力いっぱい手を伸ばしても、かすりもしないような位置に先輩達はいた。
先輩たちは、舞台の上でいっとう輝く人たちだった。

私が初めて大学お笑いの世界に触れたのは2021年のアメトーークだった。
学生芸人出身の芸人が大学お笑いについて話す企画で、初めて「大学お笑いサークル」の世界に触れた。
去年M-1で優勝した令和ロマンや真空ジェシカ、ラランドなども学生お笑いの出身だ。
そこから大学に進学したらお笑いサークルに入ってみたいなぁ、と漠然と考えていた。私が今入っているサークルに初めてコンタクトをとったのも、ちょうど去年の今頃だったと思う。
初めて見に行った大学お笑いのライブは、4月の新歓ライブだった。
そこで見た先輩たちのネタは本当に衝撃だった。
正直「大学生のネタか、どんなもんなんだろう」という感じで見に行った。言葉を選ばずに言うとクソ生意気な1年生である。
結果、めちゃくちゃ笑った。本当に笑った。
こんな最高のライブを無料で見ていいのか?
私はこの人たちの後輩になれるのか?
心が踊った。ちなみに、その時に私が一目惚れしたコンビが今回の卒業生たちである。
雷にうたれたような衝撃を受けるほど面白かったのに、そのコンビは本コンビではなくサブコンビだったらしい。
プロと違って、たくさんのユニットを掛け持ちできるのも大学お笑いの楽しいところ。

サークルにはスタッフとして入会したが、一ヶ月経ったときに演者(芸人側)に転向した。
舞台の光が眩しくて、どうにも憧れてしまったのだ。
オードリー若林のエッセイで、こんなエピソードがある。
芸人を辞めて、社会人になったとしてもまたお笑い芸人に戻ってくる人がいるらしい。
その理由は、笑いを一身に浴びる感覚が忘れられないから。
その感覚を私も味わってみたいと、そう思ってしまったのだ。

スタッフとして入会したので組んでくれるような相方も見つからず、しばらくはピンでやっていた。
初めて立つ舞台。小さな劇場。
自分の書いたネタがウケる喜び、快感、手の震え。
大学お笑いの世界に入らなければ、実感できなかったものだ。
私はプロになりたい訳では無い。
プロと同じ舞台で戦う先輩は、憧れでしかない。
だからこそ、とにかく背中を追いかけ続けた。同期がどれだけ面白いネタを出しても、先輩たちには勝てなかった。
大きな背中を、走り、追いかけ続ける。
なのに先輩はどんどん先に行ってしまう。
ただでさえ面白いのに、もっともっと面白くなり続けていく。

今月、大学お笑いの大会があった。小さなライブはあれど、大学お笑いの大会としては先輩たちはそこで引退だ。
漫才、ピン、コントでチームを組み、戦う団体戦。
決勝戦は6組が優勝を争う。
私のサークルからは3組が決勝に駒を進めた。
全組面白かった。面白すぎた。圧倒された。
ただひたすらに面白くて、殴りつけてくるような笑いの波に溺れそうだった。
最後、大トリ。6組目は4年の先輩たち。
漫才、ピン、コント。三角形が完璧だった。
会場の誰もが、先輩たちの優勝を確信していたのではないかとさえ思う。
笑いながら、少しだけ涙が出た。
大きな会場で拍手笑いをかっさらう先輩たちがかっこよかった。
優勝の瞬間は思わず体が震えた。
先輩たちの4年間が報われた、そのうちの3年間は知らないし、この1年間もそばで観てきた訳では無い。
だが、この1年間、ずっと憧れていた。
ずっと背中を見てきたのだ。
ずっと舞台上で輝く先輩たちを見てきたのだ。

プロに行く先輩もいる。
社会人になる先輩もいる。

でも、皆一様にこのサークルから去ってしまう。
本当に逃げ足が早い先輩たちでした。

あとひと月もすれば、私にも後輩ができる。
後輩にも、でかい背中を見せてやりたい。

奨学金のはなし

皆様、こんばんは。しおん🦜です。

2回目の更新になりますが、今回は奨学金のお話をさせていただきたいと思います。

大学生とお金の苦労は切っても切れないものですが、特に貸与奨学金を借りようと考えている方、給付奨学金を申請しようと考えている方の不安は凄まじいものでしょう。

私も給付の奨学金を頂いて大学に通っている身ですので、その不安は本当にわかります。1年前のこの頃、大学での生活へのあこがれと、学費への心配が心の中で戦っていたのをよく覚えています。

私が今回お話しさせていただく給付奨学金とは、2023年度の日本学生支援機構給付奨学金(新制度)のことですので、異なる点が発生していることもあるかと思います。あくまで参考程度で見ていただければ幸いです。

高校生の終わりに、給付奨学金の申請を終わらせている方もいらっしゃるかも知れませんが、私は情報を得るのが遅く、大学に入ってからの申請になってしまいました。きっと、これを読んでくださっている方の中にもそのような方がいらっしゃるのではないでしょうか。

一足出遅れてしまった、と焦る気持ちはわかりますが、心配しすぎなくて大丈夫です。

大学からの方向けの説明会はかなりしっかりとした説明をしてくださいます。

説明会の日程は、案内の紙をよく見て間違えのないように行くようにしてください。そして、説明会での内容は絶対に間違えないように、メモを取りながら聞いた方がいいです。

時々、説明の中で高校に書類をお願いして、送付していただいたり、取りに行くことが必要になることがあります。時間に余裕をもってお願いした方が後々楽です。

そして、わからないことがあれば学生支援課に相談するが吉です。大学生になったら大抵のことは自己責任だと言われますが、どうしてもわからないことは聞いても良いのです。自分一人で解決できなさそうなことは、抱え込まず人に相談しましょう。怖がらなくても、大学の方たちはとても親切ですし親身になってくださいます。

なにより大切なのは、メールをきちんと確認することです。学校からのメールは正直物凄く量が多く、見るのが嫌になってしまうこともあると思います。ですが、気を抜いた時に限って、大切なメールが来るのはあるあるですから、メールのチェックを欠かさずすることをお勧めします。

また、日本学生支援機構で奨学金を借りたり、頂いたりするときに必ず使うスカラネットというものがあるのですが、これにも注意が必要です。スカラネットは自分の情報を閲覧することは24時間可能ですが、書類提出などは午前8時から25時までしかすることができず、作業が中断されてしまう事もしばしばありますので、時間には余裕を持って書類作成するのが良いと思います。

ここまで長々と書かせていただきましたが、要点をまとめると、

説明会にきちんと行くこと

説明会での話をしっかり聞くこと

書類提出の期限を絶対に間違えないこと

疑問があればすぐに学生支援課に聞くこと

メールを毎日チェックすること

スカラネットは25時から8時まで使えないこと

時間に余裕を持つこと

と、いったことに気を付ければ問題なく申請できると思います。

自分が知りたかったことや、言ってほしかったことをまとめたので、あまりまとまりが無くなってしまいましたが、この話が少しでも皆様の役に立ったり、励ましになれば幸いです。

もし、需要があれば、これ以外の給付奨学金のお話や、授業料減免についてもいつか書きたいと思います。

お付き合いいただきありがとうございました。それでは、また。

しおん🦜

「あなたが向きあわなかった問題は、いずれ運命として出会うことになる」

タイトルは、スイスの精神科医・心理学者であるユングの言葉です。どきっとしましたか?

どんな事にせよ、目を背けてきた過去がある人はちくりと胸を刺されるかもしれませんし、どんな時でも真っ向から向き合ってきた人にとっては何ともないかもしれません。

こんにちは、さゆりです。春休みもあと少しで終わりですが、皆さまいかがお過ごしでしょうか。

今回何を書こうか悩みに悩み、下書きをいくつか保存していたのですが、やめました。

気の向くままに書かせていただこうと思います。

さて、このユングの言葉は人によって色んな解釈ができると思いますが、あなたはどう思いますか。

私は「あなたが向き合わなかった問題」が嫌な事から逃げ回ったらつけがまわってくるのは当然ですよ、という意味だけではないのかなと思いました。

例えば本当はやりたい事があるのに、常識や偏見や世間体を気にして目を背け続けていたり。あるいは、本当はこういう気持ちがあるのに、気のせいだと蔑ろにしていたり。それによって問題が膨れ上がて、運命とまではいかなくても、結局向き合わざるを得ないという。

私はどちらも経験があります。本心が叫び続けているのに、蓋をしていたんですね。

結果はご想像にお任せしますが、当然ながらいい方向には向かいませんでした。というか、つけがまわってきて後悔しました。

八方塞がりになって根本の問題に向き合わねば前に進めない状況になってしまったので、やむを得ず向き合う事を決心しました。

視界に入れないようにしていた事と向き合うって結構なストレスなんですよね。とはいえやるしかないので、専門家が発信している解決法を調べて片っ端から試しました。

結論から言うと、上手く軌道修正できました。ある程度継続しなければならないのは大変ですが、変わる事を意識し始めてからびっくりするほど全部上手く滑り出したので自分結構やれるんちゃうか!?と調子に乗りかけましたね。少し時間はかかりましたが、あの時真剣に向き合った自分がいたおかげで何が起こっても絶対にどうにかできるはずという確信が生まれた気がします。

大なり小なり色んな問題を抱えて生きている人が沢山いると思います。私は自分の力でなんとかできるレベルだったのでこんな事が言えますが、そんなレベルじゃないのよ、という方々も星の数ほどいるでしょう。

そんな方々になめくさった態度で諭す事はできませんが、掘っていった所に原因があるかどうか念のため確認するくらいはやっておいてもいいんじゃないでしょうか。繰り返すという事は必ず理由があり、完全に片づけることはできなくても、少しだけ綺麗にすることはできますし。

そして何より、自分の気持ちや感覚を大切に。機械にエラーが出たらメンテナンスしますし、みなさんがお持ちのスマホも必ず充電するでしょう。人間も心身共にメンテ必須ですからね。

今を生きるみなさんの道が少しでも明るくあたたかいものでありますように。

銀幕

 毎日毎日花粉花粉花粉で非常にまいっています。目なんか開かないですよね、腫れぼったくて。鼻水もどこにこんなに水源が!?ってくらい出ます。人間の体ってほんとにほとんど水で出来てるんだ……って実感しました。

 すごーーーく久しぶりに映画館で映画を観ました!!!!!!!楽しかった!!!
映画自体は人並みに好きだと思うし映画館という空間も好きなんですが、高校生まで1000円だったものが大学生になって1500円になるの結構デケー、と思いまして。中学生とか高校生の時の娯楽って私の中では専らカラオケか映画だったんですけどね。安く時間をつぶせるから。子どもの財布に優しい。なので、めっちゃ映画ファンとかじゃないし別に誇れるような数字でもないんですがそれでも年に3~4本とかは映画館で観てました。今じゃめっきり行かなくなっちゃいましたね。大学生になってから映画館行ったのは今回で二回目でした。あまりにも、激減。2021年に「キャラクター」という映画を観たっきりです。菅田将暉とかセカオワの深瀬くんとか小栗旬とかが出てくる映画です。ああいうのはなんて言うんだ?と思って今ググったらジャンルとしては「ホラー/ミステリー」らしい。なんかまあざっくり自分の言葉でまとめるなら殺人鬼と漫画家の奇妙な交錯の話です。この書きぶり的にぜんぜん内容重くなさそうになっちゃったけど、なにもほっこりしない。なんなら後味が悪くて体調悪くなるタイプのやつでした。私は割と人間の感情に引っ張られるタイプだと自負しておりますが、映画とか漫画とか小説とかでも同じで、享受したものを2~3日引きずるんですね。でもこの内容引きずってたらちょっとダメだろってぐらい重かったので感想と考察をダーッと書き出したのを覚えています。オタクの人間はすぐ考察をしだしますね。とにもかくにも、人間の精神に干渉してくるくらい面白い映画だった。気になる人は見てくださいね。多分Rはついてた気がしますが。
 ちょっとキャラクターの話し始めると本題に入れないのでこのくらいで切りますね。今回、といっても2月27日なので半月前なんですが、観てきたのは「カラオケ行こ!」という映画です。先に言います、良すぎる。和山やま先生の漫画が原作で、綾野剛・齋藤潤が主演です。これもヤクザと中学生の奇妙な交錯の話なんですが、こっちはほっこりするぞ!「青春も延長できたらいいのに」みたいなキャッチコピーがついてましたがまさしく青春だった。え~中学生ってこうだよね~~~苦しいよね~~~の解像度が高すぎる。今の私って思春期の中学生とそれをほほえましく思ってるヤクザの間くらいの年齢なんですよ、恐らく。それもあって、こう、どっちの気持ちも分かる!!!と思ったし思春期特有のぐっちゃぐちゃになっちゃう描写がリアルすぎて自分の中学時代思い出して泣きました。苦しいよね~中高生。でも大学生も苦しいです。映画観終わって頭からつま先までカラオケ行こ!のことでいっぱいになってまたこれもとりあえず感想と物語構成について先に観てた友達に送りつけてたら原作の漫画貸してもらって。それもまた良かった。原作の方がコメディとシュール要素がやや強めで映画の方が青春みがやや強調されていた気がします。脚本の角度とか重きを置くところの違いだけじゃなく、齋藤潤の岡聡実が原作の岡聡実より青春要素強めだったのかも。ここら辺の感想、あんまりネタバレするの好きじゃないからストーリー展開自体の核心に触れることはしてないけど物語の根幹には思いっきり触れています。これで気になったらもう自分で観てください。私は自分が何か作品に触れる時ファーストインプレッションを大事にしたいからレビュー等なるべく見ないので、こういう時どこまで言っていいかわかんないぜ……。ここまで書いてあらすじすらまとめていないことに気付きましたが、まあこれレビューでも紹介でもなくいち個人の感想なので許されます。ひとつ確実に言えるのは、私にはカラオケ行こ!の続編、ファミレス行こ。の下巻がこの世にまだ存在していないことに絶望を覚えるくらいには刺さりました。少しでも興味をもったらみんなも聴こう、岡聡実の魂の紅を。

 あんまり普段好きなものとかハマったものの話をせず自分の日常を切り売りしてブログを更新しがちですが、熱量をもって書いてたら私ってここでこんな口調だったっけ???になってきました。どんどんこの場がTwitterみたいになってくよ~よくないよ~。きっと映画観た直後の私に同じ題で書かせたらもっとインターネットくさい文章を書いてきたでしょうね。日常どころか自分の身を切り売りし始めている。そろそろ切るところもなくなり、美味しいところは削ぎ落され、あとは灰汁とかエグみとかしか出てこないのでここらでお暇しますね。では。

昨日を脱いだら、春

歩道橋の上で水を飲んだら、太陽が目に刺さった。春。アウターを持たずに家を出た。電車に乗ると、東京ソラマチの広告が目に入った。「昨日を脱いだら、春」。いいキャッチコピーだ。

脱いで着込んで、慌ただしい大学生活だった。新入生の頃は、“関東人”に舐められたくなくて、沢山着込んだ。逆に浅ましかった。関東生まれの人にとって、関東は特別な場所ではないから、着込む必要なんてない。気張っていることは、ああこの人は地方から来たんだなという、メッセージになる。

弊社には地方から上京してくる人が多数いる。新入社員向けのミーティングで、入社してから楽しみなことはなんですか?という質問に、「東京で働けることが楽しみです!」と答えた同期が多数いた。冷めた目で見た。自分だって上京3年目で、関東人ではないのに。過去の自分を見ているようで、拒絶反応が出る。「東京」というものに憧れる人々に、芋臭さを感じて、距離を置きたくなるのだ。東京なんて、そんないいもんじゃないよと、スカして、冷めて、“東京”ぶりたいのだ。

23歳、生まれて初めてディズニーランドに行った。九州からディズニーランドに行こうとすると、1人10万円の費用がかかる。飛行機代、ホテル代、滞在中の飲食費、交通費、お土産代、そんなものを考えて、10万。4人家族で行くなら、40万。当然、幼い頃にディズニーなんて行ったことがなかった。東京に来て、人生で一回もディズニーに行ったことがないというと、よく驚かれたものだ。仕方がない。伝える気もない。

人生初、ディズニーには、Dオタの友人と行った。ディズニーに行って、塗装が剥げていないことに驚いた。それを伝えると、「そりゃあ夢の国だから」と、いとも当然というように、返された。全然当然ではない。私が行ったことのある遊園地は、みな塗装が剥げていた。どこか、寂しかった。ディズニーにはそれがない。完璧で、栄えていて、生きている。それが当然だと思っているなら、恵まれているということだ。キョトンとした顔で、とぼけないで欲しい。恵まれているからと、幸せそうな顔をするな。転勤のない会社に絞って転職したんです。地方に行くのは勇気が出なくて。丁寧な言葉で、貶すな。気づかないふりをするな。

「自分が好きなところに居ればよかたい」
と親からLINEが来た。私は福岡に帰る気がないのだ。福岡に帰省する度に、視線にやられる。ミニスカートを履いていれば、おじさんの視線が刺さる。派手な格好をすれば、同性の視線が刺さる。ゴンチャで、ほうじ茶ラテLサイズタピオカナダテココミルクフォームトッピングを頼んだ。スタンプカードが全部貯まったからだ。すると後ろのギャルに「うわデカ」「タピオカ以外もあるくね?」「やばすぎ」とヒソヒソ言われた。そうだった、と思い出すのだ。実家の隣のおばちゃんに「大企業に就職したらしいね😊😊あとはケッコンだけね😊😊😊」と言われて、ハハハと返した。愛すべき地元は憎い。

どう足掻いても関東人にはなれなかった。育ちが悪い。擬態は性に合わなかった。普通に暮らしていたら、思想の強い地方人になった。仕方ない。地方では品がいい方だった。国立大附属の学校に通う、上品なお子様だった。鼻につくので、近所の同級生からは嫌われていた。公立小、中に行くのが普通の地元で、姉は私立中高に行って、私は国立小中に行った。色眼鏡で見られた。ずっと嫌だった。上京した。地方人だった。でも地元よりは過ごしやすかった。

春な忘れそ。忘れていない。痛々しいブログデビュー、ちゃんと覚えている。東京は好きになれたかい?私は私のことを、もっと愛せるようになった。

昨日を脱いだら、春。福岡を脱いだら、東京?

いや、福岡を脱いだら、本当の私。

20歳になっちゃったはなし――あやめの靴下事情――

〈注意‼:投稿前に必ず変更を加える。まだメモ段階・清書する!!〆切:3月13日〉

草稿

前略。

黒い靴下を、高校時代からずっと選んで履いています。

同じくらいの長さで、しかも黒だから、見分けがつかず、いよいよ超高難易度神経衰弱(もっとうまい言い回し考える)になっています。いや、靴下評論会とでも言いましょうか。靴下万博でしょうか(しつこい)。←変更を視野にいれて。

あっちとこっちは長さが違う。こっちとそっちは生地の厚みが違う。それとこれは黒と紺で色違い。

ここになにかワンフレーズ;唐突感防止)読者の皆様いいですか、これが10代です(読者のあなたがいくつだろうが、これを訴えなければ、私は20歳になれないのです。これを知らせなければ、お酒に酔えたものではありません!)。

浅い経験を豊かな感情、よく効く嗅覚とぎりぎりのバランス感覚、つまりは子供特有の殊更鋭敏な感覚でもって表現することで、飲めないアルコールではなく自分に酔って、前後不覚、ある者は音楽に勤しみ、またある者は恋人と浮世をランデブー、わたくしといえば厚顔無恥、軽薄軽率、楽観的、夢見がちに生きている、これが10代の性質であります。これをまさか大人がやったら、目も当てられない、と(辛辣に!!)思う私は今、10代を終えるところでありますから、この専売特許を今のうちに出し切る所であります(編者注:筆者は昨年12月にポとスポンジの落ちる音を立てて思いついて発作的に書き殴っていますが、編集をする者(つまり私)は残念ながらもう20代に悠々突入しておりますから、非常に非常に恥ずかしい思いをして、たとえるなら幼い弟が公共機関で大声で「うんち!!!!」とかなんとか、恥ずかしいことを嬉しそうに大声で、言い出した時のような、そしてそれを制するのが自分しかいないような、そんな恥ずかしさ、なんなら頼りなさ、心細ささえ抱えている、というような気持であります。これでは筆者の訴えんところがまるで「うんち!!!!」同等であると言っているように見えますが、それとはまた違うのです、えっと、こう、なんというか、また蛇足を書いてしまったのでしょうか。(←あとでうまいこと編集する……代替案無し:12月18日記)蛇足でしょうか、いいえ誰でも、まあ、このようにまごつき、しかしどうにもできず耐えているのです、こいつ、なんてことを言い出しやがる、です、ます)。別に20代になったからといって急に、「この」性質を出してはならぬ、という法律も道徳観も探したってないのですが、専売特許を年下から奪うのはそれこそ恥を知らない大人になるのだ、と私の美学と、そして、やはり切り離せない、まだ大人も辛酸も知らない子供なこの性質をもった私の心が、こう、訴えるのです。経験は、浅いのです。大人はこれを微笑んで見守ってほしいのです(全然全く1ミリも共感も理解も納得もできなくていいのです、というかできるわけない、とも思います。人には人の乳酸菌、へえ、ほお、なるほど、いろいろ考えて賢いね、偉いね、ご褒美におかしやろうね、など(編集注:一部画像の乱れた個所がございます。多分に筆者の理想・甘えが混ざりました、お詫びいたします。筆者によりますと、「マアさらさら直す気はありませぬ笑。」とヘラヘラ笑ったムカっ腹の立つ顔でお詫びを申しております、謝るのは大人のお仕事なのでしょうか、申し訳ございません。)適当に話を合わせてまるっきり「子ども扱い」して下されば、こちらは大満足して鼻息荒く、獲物を捕らえてほめてもらった犬コロのようになります。あ、もちろん、うまくやっていただかなくてはいけませんよ。本当にまるきり子ども扱い、たとえば赤ちゃん言葉でテキトー言われてはこちらが困ります。ああ、この大人の方は、大人の世界で疲れ切っておかしくなってしまわれたのだ、と、見当違いなジャッジを下すことになってしまいます。それは大人の方々の沽券におおいに関わると思われますので、もう少し、親切な言葉をかけてほしいのです、そうですね、たとえば、具体的にいっこだけいいところをチラと見せてくだされば;ニヤ、と笑って「ふーん、なかなかやるじゃないか(ニヤ)」で、大喜びです。こちらにもプライドがございますから、大人の方々の前ではカッコつけて「そう?マアなんかうまくいったかも?全然本気じゃなかったんだけどね?イヤ運がよかったわ(ヘラと笑う)」で終わりますが、一人になった瞬間、「ッッシャアアアア!!!」という具合であります。断っておきますが、大人の皆さま、子供の、経験は、浅いのです。

ここになにかワンフレーズ;唐突感防止)また10代はしかし、この恥を恥とも思わず、のびのびやるべきだったのです。モラトリアム人間。青年期は伸びました。絶対善も絶対悪も、そんなものは神様と一緒に滅んだのです(←表現変更?)。一体何百年昔のことを悩んでいるのやら!変に悟った気持ちになって、慣れないのに、ホントは違うのに、恥じて大人びた顔をするから下手になる。恥じるのは大人の仕事。10代はまだ子供。こう、単純に思考できれば、今までの「あやめ」がこれほど恥じていたのは、ある種の大間違いでありました。学校で、複雑で難しい、奥の深い世界を覗かせてもらうことが多いから、肝心なところで、単純に、さわやかに思考ができなくなった、ということでしょうか。遅かった!気が付いたころにはもう、大人です。大人は恥を知らなければならない。大人になってまで恥を知らないのは、恥ずかしい。ほら、あの偉い人も、いつも恥がどうのって、言ってましたでしょう?あなたも必ず知っている、あの偉人ですよ?

遅かった!もう目前に20の数字が迫っている今になってやっとようやく「恥」から解放され、それなのに20になればまたすぐに、恥の呪縛に襲われる手筈になっています。なんと不幸な、我が人生、これにて頓挫、もうなすすべなし、四面楚歌、おじゃん、がっくり、しょんぼり。

◆◆◆

さて、如何ですか。「撮る」に足らない日常でこうやって遊ぶのは。靴下が両足揃わなかったフラストレーション「如き」で、ここまで壮大に語るというのも、また面白いものと、信じています。厨二心燻る(??)文体でもってつまらぬことをコネコネすることが、私の生きがいであり、生き様でありんす。申し遅れました、あたくしが麒麟児、あやめでござんす。どうしてこんな、綿毛のフワフワを純粋にふーーーーと飛ばすような話し方が、考え方が、つまらないだろうか(いやつまらなくない)。

草々、いや、女性は「かしこ」でしたか。

(2023年11月1日分のブログで打ち明けましたが、文の始め方も締め方も分かりませんでした、が、分からなければ逃げればよかったのです。前略、早々、これで万事解決でした。私の言いたいことなんて、前略、早々、こういう急を要する、気が変わらないうちにかき込むように読み下していただく、そんな話ばかりですので。…同じことを繰り返すのは〈芸がない〉ので、私のポリシーに反し、もう使えないのですが。私の発見は、いつも遅れて、大遅刻でやってきます。だから大器晩成とか、哀れんだ顔で言われちゃうんです。あーあ)

あやめの靴下事情[要約編(編者による)]

はしがき

ここまで読んでくださった親愛なる読者の皆様。ごきげんよう、真っ青な顔をしているあやめです。

あれだけ気を付けたのに、草稿段階でアップロードしてしまいました。ところどころ編集すべき点を記したマークやらなにやらもつけっぱなし、変更していないところも散見、漢字の変換ミスまであります。おおやらかしです。ほんとうにごめんなさい。恥ずかしいとか、恥ずかしくないとか、それどころではありません。やらかした。ただこのひとこと。

しかも、皆さんには読めないであろう【外国語】でしたためてしまったために、意味も分からない文字の羅列を見せられた、と皆さまお怒りであると思われます。心の底からお詫び申し上げます。ただ、もし有識者の方がいらっしゃったとしたら、この文を読むと、なんというか、その内容の、大変にムワッと、こう……なんというか、芳しい香、いや、この際はっきり申し上げますが、「「「「臭い」」」」のにお気づきでしょうと思われます。しかし、なんたることか、ウチの新人(佐伯くんと申します)が、うっかり間違えてそのボツ、というか草稿段階の物をアップロードしてしまったので(彼にはキツく言っておきます、このことが発覚した際、佐伯くんは泣きそうな顔で/人一人あの世にお送りしちまったかと見えるほどの最悪の顔で、地獄の底からちいちゃな声で、「あの……ほんとすいませn……」と言っていました)、お詫びして以下に[要約編]をあげさせていただくことで訂正をいたします。全く、やっと大人の仲間入りをしたというのに、しょっぱなから、いけないことです。申し訳ございません。

【要約編】

二十歳になってしまった。完

【あとがき】

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蛇足編

こんにちは、ごきげんよう、上記の人物群とは全く関係のない、中の人・あやめです。

無粋ではありますが、ちゃんと断っておきますと、上記のお話は”フィクション”であります。決して「佐伯くん」を雇ってゴーストライターさせてるわけではないですし、断じて「私が」あンなむっさくるしいヤなことをネチネチ考えたりしているのではないのですからね。かっ、勘違いしないでくれる?べべ、べつに、あんたのためにやってるわけじゃないんだからねっ!

マ冗談はさておき(冗談しか言えない病気とかにかかってしまったのでしょうか)(しかもネタが古い)、そういうわけで、1か月ぶりの更新となっております、皆さまお元気でいらっしゃいますか。私の方は(誕生日にコロナになったりそのせいで予定が大崩れしたりしましたが)おおむね元気であります。1か月も空いてしまったせいか、大いに意気込み、大作が出来上がってしまった気がします。大したことは言っていないのですがね……ハハハ……

さて、久しぶりなのにご挨拶もなく始めてしまい、失礼いたしました。唐突感が要るものを書いてみたかったのでこのようになりました。……おもえば私の記事の多くは唐突に始まり、言い訳をごたごた並べ(言い訳するくらいならやらなきゃいいのですが。)、そしてブツリと終わるものばかりではありませんか。こんな形式が好きだなんて、これだから「変わり者」と言われるのです。

今回は要するに、ぴちぴちの二十歳になったことをお伝えすべく話し始めました。二十歳なんて随分大人だと思っていたのにな。二十歳のあやめもどうぞよろしくごひいきに。

ひとりごちて、夢見月。

皆さん、こんにちは!ずきです。

3月12日は「ワールド ワイド ウェブ(Web)の誕生日」なのだそうです。こうしてブログをお届けできているのは、Webが生まれてくれたおかげですね!

各部員がそれぞれ好きなことを語っていたり、大学での様子を語っていたり…の自由な語り口でお届けしている、この「日文ブログ部」。
偉そうに言える立場ではありませんが、これだけははっきりと、自信を持って言えます!先輩方のこれまでのブログも、同級生や後輩たちのこれからのブログも、読んでくださっている皆さんに絶対に楽しんでいただける文章の数々です!
今後とも、日本女子大学文学部日本文学科ブログ部を、どうかよろしくお願い申し上げます!

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ブログの初投稿は、「ひとりごと」から始まった。「ひとりごと」を言ってしまうくせは、相変わらずである。
『3年経ったくらいじゃ、何も変わっていないんじゃない?』

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2020年4月に入学、1年次は大学構内に入ることが一切出来なかった。まさか、感染症のパンデミックを経験するとは思わなかった。歴史の教科書で見たことがあるだけの出来事、一生経験することのないものだと思っていた。

今振り返ると、当時のひとりごとは「嘆き」が多かった。
『こうだったら、きっと今頃は…』『ああだったら、これが出来ていたのに…』

嘆いたところで状況が一変するわけでもないのに、あの頃はとにかく嘆いてばかりだった。「~だったら」が口癖だった。

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そんな私の考え方や行動が大きく変わっていったのは、2年次のとき。対面で同級生と会えるようになってからである。
小学校~高校までの同級生とは、何か違うものを感じた。言葉では表しきれない「何か」が違う。あふれ出てくる自信とか、自分らしさとか、確固たる信念とか…。何だろう、内側からみなぎってくるもの?

同級生の皆の姿が眩しく見えた。

『私もそうなりたい!』

同級生の皆が、私の憧れだった。


憧れの皆を追いかけ続けていたら、ずっと殻に閉じこもっているような人間が変わることができた。気がついたら一人で旅行に行ったり、沢山の友人達と出掛けたりする「フッ軽人間」になっていた。

環境が人を変える、というのは良い意味でも悪い意味でも、真実であると思う。
私はこの日本女子大学に来て、良い意味で変われた人間である。

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時は経って、今年の3月初め。
中学の同窓会に参加するため、私は地元に帰った。気合いを入れて、祖母の訪問着を着て出席した。
同窓会の会場は、結婚式場だった。エントランスにいたスタッフの方に声をかけられた。

「奥さま、本日はどちらに…?結婚式会場でしたら3階、同窓会でしたら2階の会場でございます。」

気がついたら、お嬢さまも通り越して、”奥さま”になっていた。そんな私はもちろん未婚である。
その言葉で「”奥さま”と呼ばれるくらいには上品な大人の女性になれたんだなぁ…私!嬉しっ!!!」とかなり上機嫌になった。その勢いで、結婚式場の評価に星5をつけた。
しかし、そもそもエントランスで会場図を穴が開くほど見つめている客人を、スタッフが対応しないわけにはいかなかったのだと気がついたのは、同窓会終了後のことである。

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ただの阿呆人間の話とも言えるが、この出来事で、私は「自分自身の考えの持ちようが変わったな」と思えた。それこそ、嘆いてばかりだった頃の私なら、「老けて見えたのだろうか…。」とマイナス思考になっていたはず。

プラス思考が上手く出来るようになった。強くなった、強くなった!
『名前に見合った性格に、漸く近づけた!!!』

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私の本当の名前は、字面が男っぽいと言われます。実際、芸人さんにも漫画家さんにもいるんだから、それはそちらの読み方のほうがメジャーであって、よく読み間違えられます。慣れたものです。
でも、この名前を嫌いになったことは一度もありません。この名前を付けてくれてくれた両親には、本当に感謝しています。
この名前に誇りをもって、これからも生きていきます。この名前に恥じない生き方をしたいと思います。こう言い切れるくらい、この4年間で心身共に強くなれました。

まだまだ心配はかけると思うけれど、これからもよろしくお願いいたします!

・・・

『たった4年、されど4年。私でも変われるんだな!自分、やれば出来るじゃん!』
『大学生活、あっという間だったけど、本当に楽しかった!』
『4月からの新生活も、楽しみでいっぱいだ!』

見ているかい?3年前の私。
これが、3年後の夢見月(ゆめみづき)の私の「ひとりごと」。

・・・

『ここでなら、変われるかも。』と、受験帰りにひとりごとを言った、あなたの直感は間違っていないよ。

京都に行きました

皆さんこんにちは、あかりです。今回はちゃんとネタを用意してきました。

先日、私は中世自主ゼミで京都へ二泊三日の旅行に行きました。自主ゼミとは日本文学科内の活動の一つで、授業とは別に学生が自主的に行う勉強会のことです。私が所属する中世自主ゼミは、日本文学の中でも鎌倉時代から安土桃山時代に成立した文学作品を対象にしています。京都は高校の修学旅行以来で、前日から浮かれっぱなしでした。

京都では沢山のお寺や神社を訪れましたが、行った場所を全部一つ一つ書くとこのブログがあまりにも長くなってしまうので、ここでは今回観光した場所で私が特に楽しかった清水寺と仁和寺についてのみお話させていただきます。

京都旅行の定番中の定番ともいえる清水寺ですが、実は私、まともに観光するのが今回が初めてでした。門の辺りまでしか行ったことがなかったので、待ち遠しすぎて旅行の一週間くらい前から脳の半分が清水寺に支配されていました。誇張ではありません、ガチです。ノンフィクションです。何かイベントがあると果てしなく舞い上がるのタイプなのです。

さて、清水寺に話を戻しますね。清水寺へ行った日は曇り空で空気も冷たく、天気はあまりよくありませんでしたが、清水の舞台や音羽の滝などの名所を訪れることができたので大満足でした。清水の舞台は平日にもかかわらず、大勢の人でごった返していました。舞台のすぐ下をのぞき込むと、音羽の滝とそこ群がる観光客が少し大きめのジオラマくらいのサイズに見えました。逆に清水の舞台から下りて地上から見上げると、舞台が何本もの柱に支えられている姿が露わになり、同じ清水寺の中でありながら、高さや角度によってさまざまな景色を楽しむことができ、それぞれ違った面白さがありました。ただ、毎日部屋に引きこもっているせいか、階段の上り下りが少し大変でした。

こんな感じで初めての清水寺はとっても楽しかったのですが、一番脳裏に焼き付いたものは本殿でも、清水の舞台でも、音羽の滝でもありませんでした。

正門近くにあったこの謎のこけしです。ちなみに木製ではなくバルーンを膨らませたもののようでした。

このこけし、実はただのこけしではなく時折「オナカスイタ…」と妙に耳に残る言い方でつぶやくのです。この虚空を見つめた瞳で、出てくるワードが「お腹空いた」。はっきり言って怖かったです。ホラーゲームだったら間違いなく何かが始まっていたでしょう。清水寺に行ったのが昼頃で良かった…。色々とインパクトが強すぎて清水寺と全く関係ない巨大こけしが最も忘れがたいものになってしまいました。

仁和寺も、清水寺に負けず劣らず大きなお寺でした。仁和寺は瓦に一つ一つ「仁和寺」とお寺の名前が小さく書かれていて、同じように名前が刻まれていたのは今回行った場所の中では他に建仁寺だけでした。

仁和寺の金堂では、お坊さんに金堂の裏側を見せていただきました。金堂の裏側には不動明王をはじめとした五大明王の壁画があり、それぞれどの仏様が変身した姿なのかなどの説明を聞きながらじっくり鑑賞できました。

仁和寺は将棋の竜王戦の対局が行われた場所でもあり、敷地内にあるカフェでは竜王戦で出されたお茶とお菓子をいただきました。学生にとってはかなり贅沢なおやつでしたが、とても美味しかったです。特に抹茶が美味しかったので、もし今後仁和寺に行く機会がありましたら是非立ち寄ってほしいと思います。

さて、今回はこの辺で終わりたいと思います。京都が楽しすぎて他にも話したいことが沢山あるのですが、最初に言った通り長くなりすぎるので断念します。何より日文のくせにボキャブラリーが過疎化しているので、書きたくてもいい表現が見つからない気がします。そんな訳で所々、変な日本語になっているかもしれませんが、広い心で受け止めてくれると嬉しいです。誤字なども一応チェックしたつもりですが、多分言いたいことは伝わるはずなのでもし見つけてもスルーしてください。最後に京都旅行最高でした。それでは、また。