Now’s your chance to be a Big shot.

ご無沙汰しております、みちるです。

 

人は死にますから、と言われた。

その人のシャツは知らない土地の空気を纏って、それを私のアルバイト先まで配達する。その人の指先からはきっと毎月違ったハンドクリームの香りがするのだが、しばらく会っていなかったから本当はどうなのか私にはわからない。他の色々なひとほど、私はその人と親しくない。何を見ているのか、何を考えていたり、考えていないのか、冗談以外のすべてがいつまでたっても分からない。それでも昨日は坂本龍一が死んだという話をして、少なくともその時だけは、互いにリアルな面持ちで向き合っていたのだと思われる。

(人は死にますから。僕だってもう死にそうだし、肺に穴も開いたし。)

冗談では済まないのに、笑っていなければやっていられないので笑う。
おいで、と言われて手の甲を差し出すと、両手に余るほどたっぷりのハンドクリームをくれる。花のいい匂いがしたけれど、去年のいつかに分けてくれたマスカットの香りの方が好き。

 

「春とは、何だったのかな」

春は骨になって埋まってしまった。

「では」

「春とは、何なのかな」

春は、項垂れた滲むピンク。
春は、一目で明らかな異常。

春はあなたの肌の温度も知らないくせに、我が物顔であなたを抱き寄せ、切りつけていった。傷つけても構わないのだと。
私は何をされたら嫌なのかがわからないから春を壊せない。本当はあなたに触れることも許せないはずなのに!心の底から嫌なのはいつも、鏡に映る一つの生き物だけだと感じられてやまない。

 

(間奏)

 

誰かがその場所を譲るたび、汲み尽くされるたび、私が代わってやればよかったと本気で悔やむ。私は時代を愛していない、人類その個体をそれぞれ愛している、だからもう春など来なければよいのだと怨む。次も、その次の春も私が祟る。この春も、昔の私に祟られている。そしてその祟りを私が一人で引き受けているのだ。意味もなければ快楽もなく、そうであれば責苦と焦りだけが残っているこの自然さは説明するべくもない。

四月になったら、四年生になったら、地面を蹴る足がわずかに軽くなるのではないかと考えた。そしてそのわずかな軽さこそが私を救い出すだろうから、きっと私は都会の真ん中に立ち尽くして泣くのだろうと考えた。しかし思えばこれまでずっと、誕生日になっても、年を越しても、梅雨が明けても、試験が終わっても、祖父母が亡くなってその家までもが喪われても、それらはそういう季節であるだけだったのかもしれない。それらは自ら行わなければならないし、自ら参入しなければならない――ある局面ではずっとそうしてきたはずだろう。

・・・

好きだ。

いま突然、人を好く気持ちの波が高まった。

・・・

そうか、春も骨になって埋まってしまったのではない。私が骨にして埋めてしまった。そう、それが良いよ。

その人はいつも、私の知らない高校の空気を背広に纏って私のアルバイト先まで配達する――冒頭の彼とは別人。
職場でもないのに「先生」と呼ばれては気疲れしないだろうかと心配するのだが、毎度つい「先生、」と言って話しかけてしまう。先生は私と齢四つほどしか変わらないのに、落ち着いていて怜悧そうな顔つきをしているから羨ましい。彼の立ち居振る舞いなんて身近にいる誰よりも優雅で瀟洒なものだから、「女の子なんだから女の子らしい言葉遣いをしなさい」「女の子なんだから靴下脱ぎっぱなしにしないの」などという小言教育はすっかり敗北していると見てよい。きっと先生は解いたネクタイをまっすぐにアイロンがけするだろうし、未亡人の靴下も見たことがないのだろう。産まれたその時に彼を刺激した分娩室の過激な光を、掌で遮ったのだろう。

先生は私の居ないところで私の話をするとき、私を「変な人」とだけ表現するらしい。
私は先生じゃない先生、実際の恩師を思い出す。彼に言われたことを思い出して、彼らが見る「変」さは類似のものなのではないかと思ってしまう。
「変」だと断じられることを甘んじて受け入れているこれは果たして妥協なのか。諦念なのか。敗北なのだろうか。そう思ってこなかったというだけで、そうである可能性が高まっていく気がする。
自分が愛されているその形式がどれだけ純粋だろうか、その中にどれだけの屈辱があるだろうか。気が付けば常にそうやって他人を上目遣いで見ているんじゃないかと思い巡らし、血を見るまで強く頭を打ち付けたくなる。精神の潔癖だ。息がしづらくなってきた。

先生――恩師の方には暫く連絡を入れていない。教育実習に行かれないことをどうやって前向きな表情で伝えようか迷っていたら、ついに年始の挨拶もできなかった。次に連絡するのはいよいよもう会えなくなるという時なんじゃないかと思ってしまうほど、恩師のイメージは遠ざかってしまった。合わせる顔がないので遠ざけているのかもしれない。

多大な功績を残し名をあげた人物が逝去することの表現として、”巨星堕つ”というものがある。 ”堕”ちてこそ巨星なのかといえば、それは”堕”ちてみなければわからない。そうなったことがないからわからない。今こそ、というとき、我々は名をあげるか”堕”つかして自らを巨星たらんとする。それが自ら参入して然るべき領域であるかは、またしてもそうしてみなければ以下同文である。

急いで何かしなくてはならない、焦る、眠れなくなる、頭痛がおさまらない。
最近わかったのはLINEの未読通知が丁度100件溜まったときに叫び出したくなるか、キリの良い数でラッキーとだ思うか、それがその日の調子のひとつの指標になるということ。
誰より物知りになったって梟になるだけならば、いっそパロールを強く信じて外側へ向かっていきたいし、その方が健康だ。

しかしどうしてか芸術の内側や夢の中で見る景色は、現前する昼間の世界よりもずっと明るい。
「そんなのはずるい、私だって楽しい思いをしたいし明るいところで生きてみたい。それでもそこに這い出るために力むことができずにいる。生の途中や終わりに具体的なヴィジョンがないことが苦しみになるような世界を誰が作ってほしいと言ったのだろう。誰か、助けてほしい」
情けないことを言っていないでしっかり立ってほしい。自分のあり方について疚しい思いをしないでほしい。頼むからフリーズしないで、大きく動いてくれ。助けてほしいと呟くだけでは誰も助けてくれなかったのだから、今度はそいつの目の前まで詰め寄って直訴してくれ。頼むから私は私を困らせないでくれ――こんなことを言ったって、抑圧が重くなるだけかもしれない。自分に期待するほどに力が減退していく。

つまりは、任意の領域に自ら参入する必要がある。それはおそらく芸術で、自らの生で、愛で、文芸で、彼女で、彼で、あなただ。だから勝手に消えないで。何だってこれからだから。

 

またお手紙書きますね、大好きです。    みちる

足元に気を付けると吉

こんにちは。昨日3年生になりました、ゆきほです🍵

3月後半も更新がなかったということで、またまた1ヶ月ぶりの更新となりました。
前回の最後に「次は春休みの思い出の話をしたい」的なことを書きましたが、春休み終わっちゃいましたね。

今年は遊びにバイトにと、外出した日が比較的多めの春休みを過ごしました。筋金入りのスーパーインドア派の私にしてはすごい進歩です。
もちろん外に出かけることも楽しいですが、やっぱり家にいる時間は家にいる時間で変わらず大好きなんですよね。
今年の春は3DSでイナズマイレブンと妖怪ウォッチを楽しみつつ過ごしていました。

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本当は新学期の抱負的なものを書くつもりだったのですが、申し訳ございません。今回は私の”2年生最後のやらかし”の話を聞いてください。

忘れもしない、あれは3月29日。最後の授業以来2ヶ月ぶりくらいに学校に行った日のことです。

そう、決して”ちょっと躓いた”とかそういうレベルの話ではありません。今まで何十回、何百回と降りてきた最寄り駅の階段で盛大に転びました。そこに”ある”と思っていた1段がなくてガクッとなり、そのままトートバッグの中の荷物を全部ぶちまける勢いで膝から転けました。

気持ち的にはしばらくそのままでいたいところでした。そりゃそうです。だって雨で滑っていた訳でもない、ただの下りの階段で転んだわけですから。

しかし、もちろんそういうわけにもいきません。とりあえず荷物をまとめ、人目もあったので何事もなかったかのように立ち上がりました。
まさに火事場の馬鹿力で、立ち上がるところまでは無意識のうちにできたわけなんです。

……えっ?だいぶ痛いんだけど?

そう、忘れては行けない。私は膝から転んでしまったのです。安全な転び方としては0点です。本当に泣くかと思いました。
立てないこともないし歩けないこともないけど、かなり痛い。これは今日学校に行くのは諦めた方がいいんじゃないか。

一旦改札前のベンチに移動して考えましたが、同時に私の中に眠る”大相撲脳”もフル回転します。いやいや、膝に休場するレベルの大怪我を負った力士はそのまま立てずに車椅子で運ばれている。私は立てたし歩けたから大丈夫じゃないか?と。

……いや、ダメですよね。今思うと比較した相手のレベルが違いすぎます。

でもその時の私はそのまま頑張って歩いて学校に行ってしまいました。行って帰ってきてから数日間湿布を貼って、翌日安静に過ごしたことによって何とか治ってきて今に至ります。何事もなさそうでよかったです。

4月2日現在、痣の気配は感じていますが、まだ痣にはなっていません。私が膝を着いたところは恐らく点字ブロックだったため、水玉模様の痣ができたらどうしよう……と不安に思っています。歩く分には無痛ですが階段の上り下りはちょっと痛いです。

この文章を読んでくださっている方の多くはご存知かもしれませんが、日本女子大学は昨日2.3年次のガイダンスがありまして。もちろん例にもれず私も登校したんですね。
もうそれはそれは気をつけて、そろそろと階段を降りました。最寄り駅の階段のことはちょっとだけにらんでおきました。

今日ブログに書こうと思って昨日私に会ったみんなには内緒にしていたので、もし私の友達でこれを読んでいる方がいたら、ぜひ盛大に笑ってください。

そして皆さん、階段をおりる際には十分に気をつけて新学期からも頑張ってください。私みたいに普通に歩いていても転ぶときは転びますから。

ではまた。

湿った床は滑りやすい、本当に

皆さんこんにちは、ののです。

先日、部活で3泊4日の春合宿に行ってきました。このご時世、合宿に行くのは部員全員が初めてだったそうですが、私にとってとても有意義な時間を過ごせました。

普段の練習では1回3時間程度しかできないのですが、合宿場はなんでも弓道場付きの旅館ということで、朝から昼、昼から夕方にかけてみっちり練習することができました。大会と似たような形式でひたすら引き続けるという日もありましたが、途中で的中てゲームがあったりチーム分けをして部内戦をしたりと、普段はなかなかできない練習方法もあり新鮮でした。

道場は住宅街の中にあり、何度か素通りしてしまいそうになってしまったくらいその存在を住宅になじませていました。住宅地にあるからか、ねこちゃんが道場付近をそろりそろり。ねこ好きの部員はそのかわいらしい姿をぱしゃりぱしゃり。隣の道場を使っていた男子高校生たちもねこちゃんにメロメロでした。

ご飯もとてもおいしかったです。白米は炊飯器に入っていて、おなかをすかせた食べ盛り女子大生にはありがたくお代わり自由!初日は小さな炊飯器が用意されていましたが、予想以上の食べっぷりだったのでしょう、翌日から大きな炊飯器が用意されていました。私もこの4日間で胃袋が1.5倍くらいにはなった気がします。

こんな感じで、弓を引いては飯を食い、弓を引いては食って寝る、の楽しい4日間でした。肩のあたりが筋肉痛になった方もいらっしゃるようですが、私に関しては筋肉痛はなく、代わりにと言ってはなんですが、3日目の夜に風呂場ですっころんだ時の傷(心身共に)が一番痛いです、ははっ。

それではまたお会いしましょう。

おわりに

これまで本稿では、日本文学科に在籍する一学生の日常や思いを自由に書き連ねてきた。学位記を手にした今、4年間のキャンパスライフを振り返りながら、これだけは明らかにしておきたい。


みなさん、こんばんは!明日からいよいよ新年度。3月最終日である本日は、ブログ部の部長・あやがお送りします。そして、約3年間綴ってきたこのブログも終章を書かねばならないとは。寂しいですが、どうぞ最後までお付き合いください。

さて、高い学費と引き換えにいただいた4年間はもちろん特別な場でした。高校までの学習とはまるで異なり、専門的に学問を追究することができる。それが大学の授業ですが、ひとことで言うなら「出会い」だと思います。すべての学生が足並みを揃えて与えられる学びではないこと。必修以外は何を受講するのも自由。あくまで自身の興味に基づくこと。その中で、自分の知識をより深めたり、知らなかった世界に突然興味を持ったりと、学生と学びが結びつく瞬間をもたらしてくれるのですね。「自身の興味に基づく」と先ほど述べましたが、それ以外で学びと出会うこともあります。空きコマがあったから受講してみるか…そんな理由で受講した講義で、私は中世文学と出会い、そこからどっぷり沼落ちしました。「わからないから」「知らないから」でシャットダウンするのはおすすめしません。なんとなくが自分の興味に繋がり、専攻になることもあるのです。

おっと!!偉そうに語っているものの、1年次は何度泣きながら辞めたいと親に言ったものか。大学に馴染めない、授業もいまいちわからない。モチベーションはないのに、謎にプライドはあって… そんなダメダメ学生でしたが、授業内容に対して自分なりに思うことがあればその考えを大切にしていました。すべてを良い・素敵と肯定する必要もないし、100%理解していて今すぐに論理的に説明できる人なんてそういないでしょう。「この登場人物ひどいな」「◯◯に似ている」といった何気ない感想、「これには賛成できない」という批判的な捉え方、それでも大丈夫だと思います。内容に対して頭の中でぼんやり浮かんだちょっとした思い、考えこそが意外と活きてくるような気がします。難しく捉えすぎないということも一つのコツ!また、他大学と比べて人数が少ないからこそ先生や院生の先輩からアドバイスを多くいただくことができたのも恵まれた環境だと思っています。4年前の何もわかっていなかった自分なら、卒論を完成させることも到底無理だったはず。手厚いサポートに何度も救われました。

そして、大学在学を通して人間的にパワーアップできたと実感しています。何より書くこと話すことに自信がつきましたし、以前よりも人との交流が活発になりました。このブログもそうですが、新たなことにチャレンジさせていただく機会が多かった4年間。時には失敗・反省しながら自分を高めたり、新たな一面を知ることができたりと非常に充実していました。これもまた、自分自身との「出会い」だったのでしょうね。

厄介な感染症のおかげで大学の教室でノートを広げる機会が少なかったのは悲しい事実ですし、やり残したことや後悔はあるのですが……いよいよ社会人として新たなステップを踏み出すとき。大学で得たことを無駄にはせず、今後も粘り強く頑張ります。

歴史あるブログ部に私をスカウトしてくださった石井先生、ブログ部を盛り上げてくれた部員のみなさんには感謝の気持ちでいっぱいです。そして、これまでブログを読んでくださった画面の向こうのあなた。本当にありがとうございました。少しでも楽しんでいただけたのならば幸いです。今後も引き続き「新・当世女子大生気質」をよろしくお願いいたします。

それでは。

これにて

こんにちは、とみーです。ブログ部4年生卒業ラッシュ、私もいよいよ最終回です。何か特別なことを書き残したい気持ちもありましたが、いつも通り行こうと思います。

さて。いよいよ春休みもあとちょっとということで、めいいっぱい遊ぶことも大学生活の思い出に欠かせませんね!(笑) 前回のブログでも友人先輩行脚してましたが、28日には福島のお友達に誘われて、茨城県古河市に現地集合してスタンプラリーをしました。歴史博物館や古河公方公園、現地の美味しい喫茶店でランチなど、古河満喫の一日でした。
私が自由にスケジュールを動かしてお出かけの日を合わせられるのも、今だけの特権です。

古河公方公園ではちょうど桃祭りを開催していました…といっても、桃の花は流石にほとんど葉っぱになってしまっていて、その代わりに(?)沢山の桜と菜の花がお迎えしてくれました。平日だったので程よく空いていて、きっと休日は子供がはしゃぐようなアスレチックで、22歳のおなご3人できゃっきゃと遊びまくりました(笑)

また、こうやって楽しく遊ぶためにも、身心の健康を保ちながら四月から社会人を頑張らねばなりませんね。

卒業式を終えて、先日、中世卒論ゼミでは謝恩会がありました。
個人的には、卒業式以上に仲間たちとの別れと門出を感じるものでした。ゼミ員一人ひとりが進路・卒論・これまでのことを述べて、教授のお話を聞いて…私はやりたいことに正直に、まっすぐに、突き進んで挑んだ日本文学科の道でしたが、必ずしも全員がそうとは限りません。知らないところで皆いろんな悩みを抱えていたんだなあと感じました。

昨今は、将来に対する不安や就活に備えた進路選択が多いので、日本文学科を選ぶ方が少ないらしいです。私の場合、好きなことは趣味、大学では自分の研究したいこと・人生を豊かにすることを、就職は地元で!みたいな選択が自分の中できっぱりしていたので、不安はあっても悩みはしなかった気がします。
もし学び直したくなったら、自分でお金貯めて音大に行って経験を活かしてピアノ教室でも開業しよ~とか、働きながら社労士の勉強したいな~とか、そんなことを考えています。就職もそうですが、ここが人生のゴールだ!と思ってしまうと、そこが合っていなかったときの不安に押し潰されるものです。

だから、ふんわりと、こういう道も目指せたら楽しいかもな~と現実的にいけそうな未来の枝葉の先を考えれば、なんとなく頑張れる気がします。
こんな性格だからか、謝恩会では先生に「木をバッサバッサとなぎ倒して進むパワフルさ」とのお言葉をいただきました(笑) 自分ではあまり思っていませんでしたが、周りからはそんな風に見えるのかと。でも、パワフルさはあって悪いものではないので! この言葉を胸に今後も自分の道は自分で切り開いていこうと思います!


最後に、進路に思い悩む人に一言。
日本文学科は本当に色んな授業を取る余地があるし、組み方によっては外部活動を充実させることもできます。結局、どこに入るかよりも何をするか、人との縁を大切にしながらどうやって進んでいくかが大切です。歩いた後に道ができるのですから、振り返って自分が誇れる道を作ってください!

やらない後悔よりやる後悔ということで、これから受験・学生生活を控える方には、どんどん挑戦してほしいです。私たちの代みたいに、いつコロナ的なのが来てできなくなるかも分からないのですから。


私にとって、日本女子大学で学んだ四年間はかけがえのないものになりました。そして、中世ゼミで学んだこと、書き上げた卒業論文は達成感や知識ではなく、自信になりました。
寂しいですが、学生生活は一旦おしまいです。先輩から脈々と受け継がれてきたこのブログにも携わることができて、本当によかったなあと思います。いつか、私のブログを読んで元気を出してくれる方がいらっしゃったら嬉しいかぎりです。

それでは、縁があれば、またお会いしましょう! さようなら!

卒業のアンサンブル

こんにちは、れいかです。
ついに最後のブログとなりました。

今日の私はいつもと変わらずバイトに行って開店準備をし、料理を運んだり、オーダーを取ったり、お会計をしたりしました。
でも、4年近く続けたこのバイトも、あと2日で終わり。
何にでも終わりが来ることは分かっていても、いざその日を迎えると寂しい気持ちになります。

月に2回、静かな自室でパソコンを開いてブログを書く時間は、特別なものでした。
なんとなく、次はこれを書こうかな…?と思っていても、いざ書き始めると当初想像していたものと全然違う内容になっていた…!ということは多々ありました。

こうしてパソコンに向き合っている空間は限りなく一人なのに、画面の向こう側には読んで下さっているあなたがいること。姿は見えなくても、たしかな存在を感じられる、不思議な感覚です。

「広くアンテナを張り、語彙を豊かに楽しく書く。このブログを通して、私も自分を磨いていきたい」
3年前の最初の投稿で書き残した、この目標には課題が残ります。
ただ、できるだけその瞬間の想いにフィットする言葉を選びたいと意識してきました。この積み重ねが少しでも自分の成長に繋がっていたらいいなと思っています。

先日行われたゼミの謝恩会や、母校である附属中高への訪問は、とても幸せな時間でした。
4月から始まる新しい生活でも、これまでの学生生活を通して知ることができた自分の良いところを生かしながら、楽しんでいきたいです!

最後になりましたが、ブログ部に誘って下さった石井先生、ブログ部の皆さん、読者の皆様。本当にありがとうございました。
等身大の自分を表現する場所があり、それを共有できたことは大きな喜びでした。
ブログ部を卒業しても、文章を書くことは続けていきたいと思います♪

お付き合い頂きましてありがとうございます。れいかでした。
それでは、お元気で🍛

「 」

こんばんは、めいです。

最後のブログ。
何を書こうかと数日前から考えていたのですが、結局何も決まらないまま今日を迎えてしまいました。

引き続き考えながらぼんやりと過去のブログを読み返し、感じたのは、文学の話ほんとに一つもないな…ということ。普通にバレてるだろうなと思いつつ名言したことはなかったのですが(何故かちょっと気恥ずかしかった)、私は日本語学を専攻していました。

日本語学を学んで来た中で一番印象に残っているのが、「誤用は変化の始まりである」という先生の言葉です。
そもそも私が日本語学に興味を持つようになったのはまさに”誤用”が始まりで、日常生活に馴染んでいる日本語の誤用を扱ったテレビ番組を観て面白いと感じたことがきっかけでした。
それ以降自然とテレビや街中で聞こえてくる誤用に意識が向くようになったのですが、そのうち、無意識に”誤り”であるということに対して目くじらを立てるような感覚になってしまっていて。
そんな時に「ことばはそもそも様々な変化を経て今の姿になっていて、当然これからも変化していく。誤用はその変化の一種であって、一概に悪と捉えるべきではない」という先生の話を聞いて、ハッとしました。
誤用が生まれることにも、多くの人が同じ誤用をすることにも、その誤用が社会に浸透することにも、必ず言語的な要因や、時代的・社会的な背景があります。そして、そうやって人々の営みに連れ添い、共に変わっていくことばというものを、私はとても興味深く感じたのです。

卒論のテーマも、ある種の誤用について、そんなところに焦点を当てて書きました。もちろん細かい反省点は山ほどありますが、4年間の集大成として、自分の興味を形にすることは出来たかなと思います。
2年次からはほとんどリモート授業で、正直に言えば大学での学びというものを実感しづらい部分もありました。それでも、振り返れば日文での4年間がちゃんと自分の中に残っています。
日本神話も百人一首も能も浄瑠璃も太宰も全部。難しかったけど、やっぱり面白かったし楽しかったです。先生方、ありがとうございました。日文で学べて良かった!

そして、2005年から途切れることなく繋がれて来たこの日文ブログ。3年と少しの間、その繋ぎ手の一人でいられたことを光栄に思います。他の誰よりどうでもいい話しかして来なかった自負と申し訳なさがあるのですが、ほんの僅かでも楽しんでいただけること、時々するお節介アドバイスで参考にしていただけることがあったなら嬉しいです。
まだまだ募る想いはありますが、全て言葉にしようとすればきりがないので… 名残を惜しみつつ、この辺りで筆を置くことにします。

石井先生、ブログ部の皆さん、友人たち、そして今この文を読んでくださっている貴方へ、ありったけの感謝と愛を込めて。

ありがとうございました!またいつか!

終着点

こんばんは、まなです。皆様いかがお過ごしでしょうか。
あっという間の卒業。最終回です。せっかちにも何回か前にブログの振り返りを書いたので、今回は日常回にしようと思います。

つい先日、高校時代の友人と鎌倉へ行ってきました。何かと話題の場所ですが、今回は単純に友人の家の近所であったことと、「美味しい和菓子が食べたい。鎌倉なら美味しいお店があるに違いない」という安直な理由でいざ鎌倉。

とある人気店に並び、あんみつを食す。そして運動がてら、佐助稲荷神社、銭洗弁天、長谷寺を巡りました。以下の写真は、長谷寺の階段をひたすら登った先にあった景色です。運動不足による息切れも忘れるほどの絶景でした。

道中、友人とは数年ぶりに会ったことも相まって、話に花が咲きます。

「そういえば、猫飼い始めたんだよね」
「なんだって!?!?」

何やかんやあって、友人宅にお邪魔することに。Twitterでは猫のアカウントをフォローしまくり、YouTubeでは猫動画を漁っている身ではありますが、実のところ、実物の猫とお会いしたことがありませんでした。友人のお母さまにおやつの冷凍ピザを頂きながら、ついに猫様とご対面。

最初はやはり警戒されて、遠くからじっと見つめられていました。友人に抱えられながらやってきた猫様に自分の手の匂いを嗅がせ、「はじめまして。まなと申します。」と一礼。丁寧に自己紹介を済ませます。友人曰く、家族含め、その子はどの人にも引っ掻くことなく、暴れないとても良い子なのだそうです。私に撫でられても大人しくしていて、嫌がる様子は見られませんでした。それどころか、一度だけ私の指を舐めてくださったのです。感動の余り、私は「はわゎ」としか発せなくなるほど。非常に得難い体験が出来ました。一日付き合ってもてなしてくれた友人には、頭が上がりません。

というわけで、卒業から就職に向けて心残りがないように好き勝手していましたが、そうも言ってられない時期に。大学に入学して、授業、自主ゼミ、ブログ部への入部、趣味等々目まぐるしい日々を送っていたら、五度目の桜が咲いていました。大学を卒業した後も、私の人生は恐らくそれなりに続いていくはず。私の旅の終着点には何があるのでしょう。色々ありましたが、大学卒業という一旦の終着点は、卒業式を経て、日本文学科ブログ部で迎える運びとなりました。

文章にて、終わりを告げる。中々に自分らしいなと思います。未練が無いと言えば嘘になりますが、それを言ってはキリがないです。経験則では、小さな後悔でさえ、時間が経つと膨らんでいくものなので、とりあえずやってみるのはいかがでしょう。「やらなきゃよかった」と思うのは、その後でもいいんじゃないですかね。

改めまして、ここまで読んでくださりありがとうございました。日本女子大学、日本文学科ブログ部、関わってくださった全ての方に感謝を込めて。

それでは、またいつか。きっと何処かで会いましょう。



キーボードを叩く音が、暗い部屋に響く。

「こういうのをね、蛇足って言うんだよ」

部屋に静寂が訪れる。四方にある闇がずっと濃くなった。

「思い返せばひどいもんだったね。ほら、ラップを書いた回があっただろう。アレは特に最悪だった。ワクチンの副作用だって喚いていたけどね、事情なんか知ったこっちゃない。世間様の目に触れるんだ、もっとマシなものを書かないか、君」

しばらくの間、言い争う声が部屋を揺らす。すると、傍にある壁から鈍い音が一つ響いた。二人は口を噤み、一方は再びキーボードを叩き始める。

「今更なにを言っても取り返しのつかないことだ。文章は自らの手から離れ、勝手に独り歩きすることもあるからね。制御が困難であるというのは理解を示すよ」

「君にしては、よくやった方じゃないか。担当制とはいえ、三年近くも書き続けたのだから」

「自画自賛? 結構なことだ。褒めるやつが一人でも多くいれば嬉しいだろう、君は単純だし」

書き手は溜め息をつき、PC内の全てのウィンドウを閉じた。

「まあ、お疲れ様。とりあえずミルクティーでも飲もう。砂糖多めでね」

GLHF!

こんにちは、みどです!

この日文ブログ部でブログ記事を書けるのも最後になります。大学1年生から今まで書かせていただいたブログ。「あ~、こんなことあったなぁ」とか「この時、こんなこと思ってたの思い出したな~」と、私自身の大学生活を振り返る備忘録のような役割になっていたこのブログ。4年間で、様々な事柄と向き合い、その度に自分の内で新たな感情と出会っていったり、言葉との出会いがあったりと、精神的成長が凄まじかったと思っています。逆に4年間での体の変化はというと、身長は何故か縮み(!?)、体重は10キロ増えました。小さい時に祖母が「20歳頃になったら、自然と女の人は痩せるんだよ。だから今の内にいっぱい食べておきな~!!」と言っていたのを信じ続け、20歳迎えましたが、おばあちゃん、痩せませんでした!!!!おばあちゃんの大きな愛情が私のお腹のお肉にぎっしり詰まってるよ~♥♥♥
そんなわけで、日本文学の知識と10キロのぜい肉を4年間で手に入れたわけですが、もっとこうしたかったな~という後悔もたくさんあります。
もっと真面目に授業を受けておけばよかったな~とか、もっと図書館で様々な資料を読んでおけばよかったな~とか、大学生のうちに旅行沢山行けばよかった~とか、そもそも友達をもっと作ればよかったな~とか。出始めたらキリがない。
ブログ部の後輩の皆さんや、中高生の皆さん、こうならないようにね…!

私みどにとっては、最後のブログ記事なので、大学生活で最も私の人生に影響を与えた出来事についてお話します。
以前、いつかのブログ記事でも話題に出した(出してなかったらすいません💦)、私が参加していたボランティア活動、『TOMODACHI 女子高生キャリアメンタリングプログラム』です。
高校2年生の時に参加者として1度、大学1年生・2年生の時に大学生メンターとして2度参加しました。
活動内容としては、参加者の高校生をサポートしたり、相談に乗ったり、時にはプログラムの進行やプログラムの中で関わる社会人の方たちのサポートなど、なんでも屋さんなことをしました!私の説明を読むより、実際にサイトで活動内容を見てもらった方が早い気がするので、是非ご覧ください。
https://www.jibunmirai.com/tomodachi_cmp/

このプログラムに参加して、私の人生観や考え方、物事の見方が変化したり、人とのかかわり方やコミュニケーションの取り方などほーーーーんとに、学ぶことや新しく知ることが多かったプログラムでした。プログラムの中では、ヤングアメリカンズという様々な国の出身の若者たちで構成されている団体の方たちや外国人留学生、社会人女性たちと交流することができたり、直接話を聞くことができます。色々な立場や出身の人の話を聞き、自分の考え方や見方が広がっていき、プログラムが終わるころには「自分は狭い世界で生きて、狭い考え方でしか物事を判断できなかったんだな」と気づくことができました。私にとっては、貴重な体験や自分と向き合う機会を何度も与えてくれたプログラムでした!
今年無事大学を卒業できたので、必然的にこのプログラムと関わることは無くなるんだろうなぁと少し寂しい気持ち。今こうして、ブログ記事を読んでいる皆さんにこの活動を少しでも知ってもらうことで、自分が活動した時間を残している気持ちになれます。
なんか、ごちゃごちゃしてきたのでこの辺で終わります!

最後に、3年前、日文ブログ部に誘っていただいた石井先生、本当にありがとうございました!
ブログ記事を書くこと、ものすごく楽しかったです。私は誰かに自分のことを伝えたり発信したりすることが苦手だったので、この執筆作業は自分の人生においてとても重要な存在でしたし、身についたことが大きく、誘っていただけて良かったなと思います。日文ブログ部のメンバーとして、ブログ記事を書けたことを誇りに思います。ブログ部の益々のご活躍を心から応援しています!

以上、みどでした!!
Good Luck, Have Fun!!!!

春霞

気怠い、という言葉を知ったのは春でした。

猫があくびしてる感じだな、と思いました。

だいぶ春めいてきましたね。私の住む山は杉の木の山ですから、それはもう飛散していますよ、花粉。見えます。黄色い。黄砂ではなく、花粉。ああ鼻がかゆい。しかも私は重度の花粉症ですからひいひい言っております。涙出てきた。

◆◆◆◆◆

だいぶ黄色い話になってしまいました。止めます。

気を取り直して前回の続きです。

前回は、能を見に行った感動と魅力を語っていたところでした。

ところで、みなさまは、能って、なんというかこう「お堅い」とお思いではありませんか。私はそう思ってました。歴史の授業でやったやつだなあ、くらいで、長そうだし難しそうでちょっと遠いものだと思ってました。ところが、能って、(たしかにルールとか前提知識が必要なパートあるものの)意外とわかりやすいんですよ。能を勉強し始めたのはつい1年前のことですが、1年そこらでわかるようになります。

…わかってもらえないだろうなあ!何を隠そう1年前のこの私が、先生に似たようなことを言われて、「本当?」と疑ったンですから。あーあ!わかってもらえないンだろうなあ!!

ゴホン。さて、話を戻して。

能舞台の狭さは前回お話した通りですが、「狭い空間であれだけの世界観を演じ、それが見ている側にも分かる」ことに感動したことについて、少し深堀してみます。

私にとって演劇は、以前宝塚をみたくらいで、あまり馴染みがないものでした。ですから、沢山は語れませんが、そのとき感じた、ミュージカルの印象はこうです。

分かりやすい、派手、リアル。

ストーリーが分かりやすく、衣装が派手で、小道具や舞台そのものもリアルに作られている。舞台に奥行きがあり、山や川といった風景も小道具でできており、場面が変わるとライトや音楽が(チカチカ)変わり、登場人物が目まぐるしく入れ替わっていくー-おそらく、「あの感じ」は、みなさまにもこの四行ちょっとで伝わったンじゃないかな。つまり、広いし、想像する手助けになるものがいくつもある、ということを主張したいんです。

さて一方能はというと、音楽も変わるし衣装も変わりますが、登場人物は少なめ、小道具は、なんというか、お遊戯会みたいなちょっとしたものしかありません。室町時代あたりの古い芸能ですから、そうだよね、と思いますが。例えば狐の役には頭の上に狐の形の厚紙が付いたわっかをチョンと乗せてる…みたいな。…違うのかな。怒られるかな。少なくともミュージカルのリアルな小道具とは全然違います。

それにもかかわらず、そこには狐がいるし、山が見えるし、大木が見えます。場面が変わっても、自分の思い描いた通りの山、川がそこに現れます。このことに大いに感動しました。鳥肌が立ちました。すごい!狭いのに!小道具ないのに!

◆◆◆◆◆

こんなつたない説明読むより、やっぱり実際に見てみて欲しいな、と思い、わざと(?)自分の感想だけ書きました。「結局どういうことなの」と疑問に、あるいはイライラして読んだ方は、是非とも、実際に、能を見に行ってみてはいかがでしょうか。…回し者みたいな文句ですが、本音です。

息切れしてきたので、今回はこのあたりで。