たったそれだけの話

髪を切った。
髪を切った。ばっさり切った。おさげの三つ編みがちょうど良くできるぐらいの長さの髪を、肩上まで切った。そしてインナーカラーで右側だけ緑に染めた。
それだけの話である。
思い立ってしばらく、美容院への電話予約が面倒でくすぶっていたが、春休みには切って染めるんだと決めていた。人生に一度くらい派手な髪色にしてみたかった。電話で遠い先の予定を確定するのが億劫に思うように、不確定な未来に決め手を打つのは怖い。それが初挑戦とかならもっと怖い。髪を切って染めるのには「そうしたかったから」という理由しかなかったが、ひどく恐ろしくて怖いものに思えた。
切ったところで、染めたところで、当たり前のように世界は何も変わらなかった。何かが決定的に違えてしまうような気がしたのだが、そんなことはなかった。ちょっと印象が変わった。それだけである。恐れる必要など一つもなかったのだ。
成人式が終わっても髪を切っても染めても、私は何も変わらなかった。それでも大学2年の春休みに髪が緑になったことは、確実に人生に変化をもたらしている。運命論と偶然論ならわたしは偶然論の方が好きだから、偶然、髪を緑にして、偶然また何かしらに作用してたら良いなと思う。
髪を切った、緑にした。そしてまた何かに挑戦する。いつかアポロ11号が月に行ったように。初めて深海生物を見つけた学者のように。タコを食べてみた人のように。新しいことを楽しめるように。
もうすぐ季節は春になる。