皆さんこんにちは、如何お過ごしでしょうか~~~!!
寒さが日に日に増していく中、ラジオから聞こえてきた「今年は暖冬」という言葉に「???」となっているえぬです。冬は様々な病気にも罹り易くなりますので、引き続き手洗いやうがい、こまめな換気やアルコール消毒などの感染対策を継続していきたいですね!
さて話は変わりまして。前回の投稿で推しバンドがライブコンサートをやるという事について触れたのですが、見事にチケットの当選は玉砕しまして……。キャパシティも会場の半分以下なので、グッズや配信で貢献出来たらなあと思います。生で見る事は出来なくとも、配信があるというのはやはり心の支えになりますね笑
卒論の締め切りがついに一ヶ月後に迫り、日々間に合うのかドキドキしながら書き進めています。先日国会図書館に予約をして行ってきたのですが、久々の本に囲まれる空間に心が躍りました!!ただやはり使える座席や端末に限りがあるので、取り寄せ等には時間が掛かりましたね……。でも今はもう絶版になってしまった本なども休憩時間に読んだりと、久し振りに本に没頭した休日を過ごすことが出来ました~~。あの周辺は自然も多くて散歩にピッタリですよね、もう少し暖かかったら歩いて帰りたかったなあ……。
さて今回はこの辺で。紅白出演アーティストの話題に何処となく心が追いついていないえぬでした~~!!
◀秋と図書館の組み合わせは良い…(⌒∇⌒)
月別アーカイブ: 11月 2020
私の源氏物語
あっという間に3年生の冬を迎えようとしています、れいです。
時の流れというものは、怖いです。一時は本当に悲観的になっていました。
神経質な私は、この新しい生活になじめず時間が失われていくばかりな気がして、どんどん置いて行かれるんだ、と思っていました。でも、困難に出会った時に、すぐに適用してそれをプラスのエネルギーに変えられる人もいれば、忘れたころに何か活かされる場面のある人もいるはず。
私もいろんな経験を通して、少しずつ自信を取り戻すことができています。うまくいかないと感じる時は、自分に変化を求めている時だとも思うのです。そしてどんな時も、自分は気づいていなくても人は少しずつ成長している、変化していると私は思っています。
そんな2、3年で見方が大きく変わったもの一つに、『源氏物語』があります。
実は、私は高校生の時、源氏物語が苦手でした。古典が好きなので選択授業も取り、人よりも(少なからず授業内では)源氏を読んでいたのですが、その時は文法の難しさと登場人物の多さ、垣間見などの共感できない要素からか、あまり好きになれませんでした。
源氏が苦手なまま入学したのですが、一年生の時一つ目の転機が訪れます。それは、昨年度ご退任された高野先生の源氏物語の授業を取ったことでした。先生は、源氏物語を和歌という視点からご研究されており、私が古典の中で最も好きな和歌との繋がりの中で源氏物語を学べたというところが大きかったのだと思います。そして、先生の「源氏物語は女君が主役でもある」という言葉。今まで光源氏を中心に物語を見ていた私にとって衝撃が走りました。そして実際に女君の視点で源氏物語を読むことで新しい発見が多くあり、苦手意識は少しずつ薄れてきました。
そしてもう一つの転機、それはまさに今です。今年私は通年の演習授業で『山路の露』という、建礼門院右京大夫が書いたともいわれる源氏物語の二次創作を読んでいます。そして後期からは、源氏物語の講義も取っており、源氏物語をいろんな角度から見ることで、「生きた」物語として読めるようになったと思います。
そのような中でふと気が付いたことがあります。本文に最初に登場する女君、桐壺更衣ですが、和歌の中で「生かまほしきは命なりけり」と詠み、生きたいと願っているにも関わらずすぐに死んでしまいます。しかし最後に出てくる浮舟は、更衣とは反対に死にたくて入水をするものの結局生きながらえることになるのです。その皮肉というか、まさに生き方が「生と死」という視点で対比されていて、自分で気が付いた時鳥肌が立ちました。定家も宇治十帖は紫式部本人が書いたと言っていますが、こんなストーリー同一の作者ではないと書けない、と私も思います。そして最後に死なない女君、浮舟に視点を当てることで、私たちに現実世界で女性として「生きる」とは何かを考えさせているのかな…、と漠然とですが考えました。
そして、すでに指摘がされているように、源氏物語が母と子の物語であることも、桐壺更衣と浮舟の対比は示しているように思います。実際、光源氏は母桐壺更衣の面影から藤壺への思慕と繋がり、またその思いが物語を動かしますし、浮舟は反対に母親がいても、親子ですべて理解し合えることができないのです。
『山路の露』は浮舟物語の後日談を書いたもので、最終巻夢浮橋からしばらく過ぎた、薫二十八歳の秋から物語が始まります。ちょうど先週発表担当だったのですが、その際に源氏物語からの継承という視点で、浮舟物語を読み直しました。すると、母中将の君にとって、娘浮舟は身分意識の中で自己投影の存在としての側面も持つことにも気がつかされました。別にそれは母君が悪者ということではなく、母君は母君自身の中で浮舟の幸せを、自分の境遇とも照らし合わせながら考えているのでしょうし、一方の浮舟は母の気持ちも十分に理解しつつ、でも自分の描く幸福はまた別にあることに確実に分かっていて…。『山路の露』は、まさにその母娘の心情の機微をも上手く描き出していて、源氏を愛した人が書いた素晴らしい作品なのだと改めて感じました。
たぶん女性なら誰しもが自分を浮舟に重ねる部分があるはずです。私も、浮舟を知ることは自分の痛みと向き合っていくことでもありました。『山路の露』をはじめ二次創作が書かれたのは、源氏物語が普遍性を持つ作品であるからだと改めて実感します。
浮舟物語を読むと、私が必ず思い出すのは、3年ほど前の「お母さん、娘をやめていいですか」というドラマです。主役の娘美月はずっと母と一緒に乗り越えてきて、母がなれなかった教師にもなり、母が親友といういわゆる「友達親子」なのですが、ある男性との出会いによって母親の顔色をうかがいながら生きてきたことを自覚していきます。一方の過干渉な母は、段々と自分の手を離れていく娘に戸惑い、どんどん追い詰めていってしまうというのが大まかなストーリーなのですが…。今考えると親子関係はまさに中将の君と浮舟に重なる部分があって、もしかしたら時代を近くして源氏物語を読んだ読者は、このドラマのような生々しさを感じていたのかな、なんて思いました。
「お母さん、娘をやめていいですか」は、私が見た中でも忘れることのできないドラマで、いつの時代も変わらないんだなと実感します。
今まで私は、古典の物語は、日記や和歌とは違い別の世界にあるものだから、どうしても共感できないことが多くありました。でも、架空であるからこそ、自分に引き寄せて読むことができるのかな、自分の想像を膨らませることができるのかな、と今回発見しました。まだまだ源氏物語のほんの一部にも満たないほどの読書と知識量ですが、時間を経ていくごとにどんどん好きになっています。これからも、この好きという気持ちを大切にしたいです。
卒論のおともに☀️を
こんにちは! 今日のお相手はむーです。
卒論がやばいです。
卒論がやばいながらも集中力は続きません。大学の図書館に行くと、どうしても「気晴らし」がしたくなってしまいます。
そんな日々を過ごす中で、最高の「気晴らし」スポットを見つけてしまったのでご紹介します。

目白台運動公園!🙌🙌🙌
目白の図書館から、1分半くらいのところにあります。めちゃ近。新泉山館の方へ歩いてすぐです。
この間、同じく図書館で作業していた友人とここをお散歩していたら、最高に気持ち良くて幸せになりました。

芝生に思わず腰掛けてしまった。

結局、日が少し傾くまで、芝生に座りながら文献などを読んでいました。
友人の専攻は中古文学で、ちょうど自然あふれる場面を卒業論文で取り扱うから、自然の中に居るとイメージが湧いて良かった、とのこと。
最近家に引き籠ることも多かったから、外でゆっくりするのがわたしにとっても気持ち良くて、いつもより捗ったような気がします。
しかもこの公園、さらに素敵なことに、セブンティーンアイスの自動販売機があります。(夢中になって食べてしまったのでお写真はありません、あなや)
「太陽が気持ちいいね」なんて言い合いながら、アイスを食べる至福の時間……
けれど、きっと1人でこんな、芝生に腰掛けて日向ぼっこしながらファイルをガン見して、アイス食べてる人間がいたら良くないだろうな、と思うので、本当に持つべきものは趣味の合う友……という気がしています。本当にありがとう……
図書館で勉強していて、ちょっと一息つきたいなと思ったら、良かったらこのブログのことを思い出してみて下さい🙋♀️
それでは今日はこの辺で!お相手はむーでした!
ありがとう、令和のヒーロー
こんばんは。しおりです。
11月になりました。今年もあと2ヶ月弱。考えてみると早いものですが、何だか今年は気持ちが晴れない日が多いですよね。家に籠って鬱屈した気持ちになって、外には出てみるけれど、本当にやりたいことを思う存分やったり、行きたい場所に行ったりできるわけじゃない。何だか気持ちが安定しない、そんな毎日ではないかと思います。
とにかく必要以上に電車に乗りたくない私は、ここ数ヶ月、自転車で近所に気晴らしに行くことが増えました。自転車をこいでいると、風も直接肌に感じられてとても清々しい気持ちになるのです。ただ、そうやってあまりに乗りすぎていたからかもしれません。先日、いつものようにこいでいると妙な違和感を覚えました。何かが外れた感覚。そうです、チェーンが外れてしまったんです。それも、外れた場所が不運にもなにもない場所。自転車屋さんまで行くのも大変な距離でした。母と二人、とにかく自転車を歩道に止めてどうにか直そうとしましたが、全くどうにもならないわけです。新しい自転車でもないので、そもそもチェーン自体が錆びていたんですね。下手に触っていると手を切ってしまいそうで、どうしようもなくなって呆然としていました。
するとその時。突然、走ってこちらに向かってくる人がいました。そして、「チェーン、外れたんですか?」と声をかけてくださったのです。持っていた軍手をさっとはめて、錆で汚れてしまうのも気にせずその場で直してくださいました。その方は車で車道を走っていたそうなのですが、私と母が突然立ち止まったのを見てチェーンが外れたのだと思い、居ても立っても居られなくなって車を止めてきたとおっしゃいました。チェーンを戻すと車から工具を持ってきて、緩んでいたネジまで締め直してくださいました。そして、全てが終わると何事もなかったように車に戻られました。何かお礼を、と思うもののコンビニも自動販売機さえもない場所。結局、「ありがとうございました」という言葉しか伝えることができませんでした。
困り果てていた時に突然現れて助けてくれる。それは小さい頃にテレビで見ていたヒーローそのものでした。コロナ禍のただでさえ気持ちの晴れない時期。自分のことに精一杯になってしまって、やさしさや思いやりを持つこと自体が難しい時期かもしれません。それも全く知らない他人に対してです。困っていることには気が付いたとしても、ソーシャルディスタンスなども言われていることですし、車にも乗っていたわけですから、通り過ぎてしまうのが普通ですよね。それをわざわざ車を降りてまで来てくれた。本当のヒーローってこういう人のことを言うのだと思います。
卒論に追われているこの頃。気持ちの落着かない中で全く知らない人に助けてもらって、何だか心のバランスまで正常に戻していただいた気がしました。どこの誰だかわからないけれど、忘れられない令和のヒーロー。本当のやさしさに触れた、心温まる一日となりました。
他学科の授業!
こんにちは。とみーです。
今日は「節分」ですね!
…あれ、節分って2月3日じゃないの? と思われた方、実は本来少し違ったらしいのです。
現在では失われましたが、節分というのはもともと旧暦における「立春」「立夏」「立秋」「立冬」の前日を指す言葉でした。つまり文字通り季節の分かれ目のことですね。
では、なぜ私たちが普段節分と呼ぶ2月3日だけが「節分」として残ることになったのか。それは2月3日前後が旧暦における立春の前日で、大晦日にあたる日だったことに由来しています(年によって変動が見られるので実際の日付は不定)。
大晦日は、季節どころか一年の区切り。まさにキングオブ区切り。そりゃあ特別でしたし、この日だけが残されることに繋がりました。
現在は暦が変わり12月31日固定になりましたが、やはり大晦日は特別な日で、1日中あわただしく、色々な慣習に追われる家がほとんどかと思います(大掃除、おせちづくり、除夜の鐘…etc)。
昔とは異なる点も多くありますが、豆まきも「邪気をはらう」役割を担っているものですし、大掃除と似通っている精神があるかも。豆を年の数だけ食べるのも、年を重ねることとのつながりが感じられますよね。
さて。いかにも物知り風に語ってみましたが、実はこの節分の話、「民俗学の方法2」という授業で今年度扱ったものの一部です。この授業は史学に分類されていて、日本文学科だと博物館の学芸員資格をとりたい方などが、多く受講しているかもしれません。
この授業、個人的にお気に入りの授業のひとつです。今年度は資料配布型となっており、枚授業ごとに資料を読み込んでいますが、とても興味をそそられる…。私はもともと日本の慣習、俗信などが大好きなので、そういったものの由来、変遷を知るのがとても楽しいです。
特別に歴史系が得意とは言えないのですが、どんな学問も歴史なしには生まれません。蔑ろにされがちな文系科目ですが、これこそ人間の営みの根幹にあるものでもあると私は思っています。意味が無いわけないし、何より面白い!
シラバス検索や時間割を決める際、結構「日本文学科」という項目にチェックを入れてしまいがち。しかしそうすると他学科の授業は見られません。ぜひ、履修の手引きの授業タイトル、全学科でのシラバス検索などをしてみてください。そして興味を持ったものについてはリサーチしてみてください。
文学の中にはいろいろな教養が溢れているのですから、他に興味を持ったものについてどんどん吸収することは、決してマイナスにはなりません。そしてきっと楽しい出会いもあるはずです。(日本文学科では特に色んな学科の授業がとれるようになっています。深読みかもしれませんが、多角的な視点から文学と向き合えるからかも…!)
みなさんの大学生活の中で、「とりそこねた!」という悔いが残らないようにぜひ色んな授業を知ってほしいです。
それでは、本日はこの辺で。またお会いしましょう。
乱痴気キッチン・パンプキン
今年のハロウィンはなんとなく終わってしまった。そういえばあったね、と流れるよう終わってしまった。毎年毎年乱痴気騒ぎに混ざってお菓子をもらうのが楽しみだった僕からすれば、だいぶ悲しい話である。仕方のないことではあるが。
「今年はあんまりお菓子もらえなかったね」
テーブルに肘を置いて足をふらふらさせながら、彼女が不満そうに呟く。
「まあ仕方ないよ。そういう年もあるでしょ」
「ハロウィン楽しみだったのに〜!」
彼女の頭を撫でてやるが、まだご立腹のようだ。
「せっかくの楽しみだったのにねぇ」
その横から音もなく男が現れる。ひょろりと長いシルエットは月に照らされて、影を落とした。
「嫌になっちゃう!」
ぷんとほおを膨らませた彼女に男は肩をすくめる。僕はもう一人の助っ人を呼ぶ。
「どうしたの〜? そんなに落ち込んで。そんなにお菓子食べたかった? 作ってあげようか」
陰から現れたもう一人の助っ人は、長い服の裾をはためかせて、キッチンに駆け込んだ。
「え!? 本当!? ケーキが良いな!」
すると、みるみると少女の機嫌が治っていく。単純だな、という呆れと共に微笑ましさを感じて、によによと口角が上がってしまう。
「おやおや、ご機嫌いかがかな?」
「集まってきたね。大きいケーキにしないと」
「やったー! 楽しみ」
わらわらとお屋敷内が騒がしくなっていく。
「今年はハロウィンでそのままの姿でお菓子をもらうことができなかったから悲しかったけど、お屋敷内でパーティーすれば良かったんだ! 天才!」
「それもそうだ」
僕は頭に被っていた帽子を外す。彼は手袋を外している。彼女は楽しそうにメイクを落とし、あの子はタイツを脱いだ。すると出てくる角、鋭い爪、縫合の跡、変わった皮膚の色、包帯、羽。
「来年はこの姿で街に繰り出して、たくさんお菓子をもらおうね」
ハロウィンは僕らがそのままでいられる特別な日なんだから。
超小旅行
みなさん、こんにちは。ここです。
先日、友人と巣鴨の温泉に行ってきました。
休日の真昼間から温泉につかって、一度出て、談話室でごろごろしながらお喋りをして、もう一度温泉に入り、、、というのをひたすら繰り返して、結局夜まで温泉にいました(笑)
最近バイトが忙しくて足腰が瀕死状態だったのですが、それも改善され、疲れも取れて、副交感神経をばしばしに刺激してとてもリラックスできました。
満足感が二泊三日の旅行に行った帰りくらいあって、最高の休日の過ごし方を見つけてしまったと友人と大興奮(笑)
旅行はもちろん楽しいんですが、リラックス目的に行こうとすると、結局宿や温泉でリラックスできても移動で疲れてしまったりしませんか?それにくらべて都内の温泉は、移動も楽で、ひたすらリラックスだけを追求できるので、本当に本当に最高でした。
旅行は、どこにいくかではなく誰と行くかだなあとしみじみ。都内の温泉でも大好きな友達と楽しくリラックスできれば、旅行くらいの満足感を得られるんです!
本当におすすめなので、お疲れのみなさま、ぜひ都内温泉超小旅行に行ってみてください!
それでは、また。
母の味
こんばんは。れいかです。
日中だらだらと過ごしてしまい、「せっかくの休日が…。」と思いましたが、夜に嬉しいことがあり、自己肯定感が爆上がりしました!笑
最近は母が仕事の日に私が夜ご飯を作っています。
以前少し紹介した、シャープのヘルシオホットクック(煮込みが得意なお鍋)と、ヘルシオウォーターオーブン(焼き、蒸し、炒めとオールマイティーなオーブン)を駆使して(助けてもらいながら)!
献立に迷ったときはクックパッドのお力を借りて、、。
そのおかげで以前よりもレパートリーが増えました!(チャーハンとオムライスしか作れなかった。。)
今日はホットクックの方を使って麻婆茄子と、久しぶりに卵焼きを作りました。
卵焼きは母がいつも作っているレシピを教わって、今年の4月に練習していました。
毎週金曜日を「卵焼き曜日」にして、午後になると巻き巻きしていたのが懐かしく思い出されます。
その直後にスパイスカレーにハマってから他のものを全然作らなくなってしまったので、色々なおかずを作っていた時の感覚が少し戻ってきてほっとしています。

話を戻しますね。
最初に言った今日の嬉しかったことは何かというと!
自分で言うのもなんですが、今までで一番美味しくご飯を作れたことです!!
そもそも麻婆茄子は多分初めて作ったのですが、ただおかずとして美味しい、というよりも味の広がり方が絶妙で、食材と味つけの調和がとれている感じ!(なんだか恥ずかしくなってきますが、、(苦笑))
母は料理が好きで、私も母の作るご飯が本当に大好きです!そんな母も絶賛してくれて、とても嬉しい気持ちになりました♡
優しい味。
いつか私も作れるようになりたいと思い続けている母の味。
一歩前進できた気がしました。
「料理は哲学」
これは2年生になって料理に力を入れたいと思った時、最初に言われた言葉です。
自分が食べるため、写真をとるために作るなら一人の時でも十分。
家族の食事を作る責任の重さと、毎日の食卓に溢れる愛のエネルギーを知って、今までものすごく支えてもらっていたと感じました。それと同時に、私が今まで踏み入れてこなかった世界を目の前に突き付けられた気がして、涙が止まりませんでした。
今日の体験で、自分の心の状態がこんなにも料理に反映されるんだ!と驚きました。
哲学というのは比喩ではなくて、怖いくらい[作り手の人となり]が料理に現れてしまうのだと思います。
食べることは小さい頃からずっと好きでしたが、最近さらに楽しくなりました!
これからも健康に過ごせるよう、日々の食卓を大切にしたいと思います!
それではまた。れいかでした!
重なった嬉しいこと!
こんばんは!
11月。世界的に厳しい年であった2020年もあとわずかです。まだまだ先行き不安ですが、私たちは何とか前に進むしかありませんね。
本日は最近嬉しいことが重なったあやが担当いたします。この場をお借りしてその嬉しさを少し語らせていただきます笑
まずね、推しアイドルくんの公演に行けることになりました♬︎ 決して大きな会場でなく、このご時世で席数もだいぶ減らしているので、本当に今回はラッキーだったなあと。そもそも最初の当落発表では見事に落選でした。まあまあショックを受けていたのですが、その1週間後にバイト帰りの電車で「復活当選」のメールの文字を見て…
もちろん1人でニヤつきましたよね(怪しい)
感染症対策をバッチリして楽しんでこようと思います♥
そして、もう1つ嬉しかったのは、少しの間音信不通になっていた地元の友人と久しぶりに会う約束をしたことです。彼女とは小・中学校が一緒で、毎年ディズニーランド・シーに行く仲でした。高校は別々で、お互い進路が決まったらゆっくり遊ぼうと約束したもののタイミングが掴めず。彼女の就職が決まったことは知っていたのですが、忙しそうで連絡しづらいなあーなんてダラダラ思っていたら、先日「会おう」と彼女から連絡してくれました。おそらくちゃんと会ったのは2年以上も前なので、話したいこともたくさんあります。この先、どちらかが遠く離れた場所に移り住むことだって無きにしも非ず。そう考えると、今気軽に会えるときが貴重ですよね。彼女からどんなお話が聞けるのか楽しみです(^^♪
その他にもいろいろあって、11月は非常に充実しそうです。みなさんもぜひ充実した11月を。
え?課題は大丈夫かって??
もちろん何とかします、、、
目白キャンパスから実況中継
大学の授業も進み、就活関係の資料が増え、ついでに趣味の本が増え、部屋に紙が大量発生しています。本棚がもう一つ欲しいところですが、スペースがありません。どうしたら良いのでしょうか…
こんにちは、さやかです。
先日、半年以上ぶりに目白キャンパスで授業を受けました。

ここはかつて、図書館があった場所です。西生田キャンパスの移転の関係で、新たに別の建物を建設しているところです。
昨年冬には、完全にシートやら鉄骨やらで覆われていて「中はどうなっているんだろう…」という状態だったのですが、今ではこのように、その全貌があきらかに…!(ちなみに、なぜかイケイケのBGMが流れていました。作業員の方の趣味なのでしょうか)
きっと図書館同様新しいピカピカな施設になるんだろうなぁと思います。完成したら、一度は中に入ってみたいですね。

こちらは、百年館の一階です。最後に行った時から、ソファが変わっている…!よりおしゃれなら空間になっていました。
とまぁ、久しぶりにキャンパスに行ったら、私の記憶の記憶の中のキャンパスとは所々違っていて衝撃でした。昨年は当たり前のように通っていたはずなのに、キャンパスに行く前日からずっとそわそわしていて、緊張した結果、当日朝寝坊したのは内緒です。
早くまた当たり前のようにキャンパスに行ける日が来るといいなぁと感じた、今日この頃です。
それでは、また!