ふわとろ卵と幸せ

こんにちは!やなです。
最近とんでもなく寒くてびっくりしています。電気毛布をかけてもこもこの部屋着を着ても風邪をひきそうなくらい寒くて、パソコンの前で毎日震えています。
春はまだ遠そうですね。

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今日はブログ部の食いしん坊担当・やなのおすすめの親子丼のお店を紹介します!

その名も『とりじん』(池袋サンシャインシティ)。

お昼に池袋に用事があるときは必ず行くお店です!
唐揚げ定食、鶏かつ丼、やきとり丼……など、親子丼以外にもラインナップはあるのですが、私のおすすめはなんといっても親子丼。私は特に炭火焼き親子丼が好きです。

炭火焼き特有の味の鶏肉に、ふわふわの卵。ぷるぷるの卵たちをスプーンに乗せて食べる瞬間はまさに贅沢な一時です。

量もそこまで多くないのでするっと食べられます。

カウンター席が多いところもおすすめポイントの1つですね。男性だけでなく女性のお客さんも多いので、女子大生おひとり様でも入りやすいです。

みなさんもお近くを通る際はよろしければぜひ。

とりじん 池袋サンシャイン店
https://r.gnavi.co.jp/ga4h001/

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好きなゲームの正月イベでついに推しと推しが会話をしました〜!!✨️
これまでゲーム本編よりも前の時系列で実は絡んだことがある、という設定はあったのですが、2人の所属(?)が違うせいで本編ではなかなか喋ってくれる機会がなく。半分諦めていたのですが、アプデ直前でいきなり2人が話しているPVが公開され。
これはもしかして…?!とひそかに期待していたら、イベントストーリー最終日でやってくれました。ありがとう運営。
推しの珍しい表情がたくさん見れて満足です。2人のツーショットスクショは宝物にします。

それでは今回はこの辺で!やなでした!

夢満開スイートピー。

皆さん、こんにちは!ずきです。

1月27日は、「船穂スイートピー記念日」。岡山県倉敷市船穂町のスイートピーの魅力を発信することを目的に、JA晴れの国岡山西船穂町花き部会が制定した記念日なのだそうです。ちなみに、1月21日は「スイートピーの日」だったそうです。色とりどりのスイートピーをお花屋さんで見たら、疲れた心も癒されそう。お花屋さん、覗いてみようかな…。

スイートピーの花言葉は、「至福の喜び」「やさしい思い出」などです。

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先日、念願のライブに行ってきました。期末課題を全て終わらせ、晴れ晴れとした気持ちで参加する予定…でしたが、諸々用事が重なり、残念ながらそれは叶わず……。今は、このライブの余韻を糧に期末のレポートをまとめています…がんばります………。

さて、ライブの話に戻ります。
私が参加したのは、「[Re : collection] HIT SONG cover series feat. voice actors 1st Live」
https://recollection-songs.com/1stlive/
このライブでは、11名の声優さんがCDアルバムでカバーした曲を披露してくださいました。「声優さんが有名なJ-POP曲をカバーし、披露する」という、これまでにないライブ内容で、私はこのライブを昨年の7月から待ちわびていました。CD発売と同時に発表されたライブ開催。これをモチベーションに、これまで頑張ってきました。

CD発売の発表が昨年の4月末から5月初めごろにあったのですが、昨年5月7日更新分のブログを見返したところ、少しだけこのCDアルバムの内容について綴っていました。

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話は変わりますが…私の好きな声優さんの一人が、この楽曲をカバーするそうです。

玉置浩二『田園』
https://youtu.be/j5O3kKfICXc   

これまであまり馴染みが無かった曲でしたが、実際に曲を聴き、爽やかなメロディーと前向きになれる歌詞に惹かれました。好きな声優さんがカバーする『田園』が、ますます楽しみになりました!
(ずき・『収穫』2022年5月7日更新分より)

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これを生歌唱で、しかも、贅沢なことに2回も聴いてきました。(昼の部・夜の部ともに行ってきました。)これぞ、まさに「至福の喜び」。

声優さんのお芝居を観劇したことは何度かありましたが、歌の生パフォーマンスは初めて。しかも、ペンライトを使って応援するライブの参加も初。何もかも初めてづくしで、開演まで楽しみと不安、緊張でいっぱいでしたが、開演してすぐ、それまで抱いていた不安はどこかへ飛んで行きました。
盛り上がるアップテンポの曲から、しっとりバラード曲、爽やかな応援ソングまで、様々なジャンルの曲を声優さんの生歌唱で聴くことができました!全力でペンライトを振り、合間のトークコーナーでは沢山笑いました!
ペンライトの色は事前に決められておらず、声優さんがステージに上がったときの最初の照明の色に点灯して振るという、ペンライト初心者にはあまりにも大変なことでしたが…(笑)それもまた、なかなか無い経験が出来たのではないかと思います。本当に楽しかったです!!!心の栄養、心に「やさしい思い出」。参加できて、とても良かったです!

今回のライブにご出演の11名の声優さんを含め、30名の声優さんがJ-POPの名曲をカバーしたアルバム「Re:collection HIT SONG cover series feat. voice actors」は、”1990’s~2000’s”・”2000’s~2010’s”・”2010’s~2020’s”と3枚に分かれており、音楽配信アプリなどでも配信されています!もし、『この歌、懐かしい・知ってる!』『この声優さんのお名前見たことある!』など、気になった方は是非…!お気に入りの歌を探してみてください!
https://recollection-songs.com/
個人的には、”1990’s~2000’s”のアルバム収録曲が好きです。先ほど挙げた『田園』、それから『TOMORROW』、『サウダージ』を良く聴いています。

今回のライブで、このアルバムの新シリーズ発売の情報が解禁されました!
次はどの楽曲がカバーされるのか、どの声優さんが歌われるのか。今からとても楽しみです!1990年代以前の曲も聴いてみたいな…という思いがあるので、松田聖子さんの『赤いスイートピー』もどなたかカバーしてくださらないかな…。続報を待ちたいと思います…!

・・・

そういえば、もう一つ。スイートピーの花言葉の代表的なものとして挙げられていたものがありました。
「門出」
花姿が蝶のように見えることから、つけられた花言葉なのだそうです。

既に見てくださった方もいらっしゃるかと思いますが、日本女子大学の公式HP・各種SNSには、在学生から受験生に向けた応援メッセージが掲載されています。(久しぶりにやってきました、自称・宣伝隊長のお知らせコーナー!)日本文学科を含め、それぞれの学部学科の学生からの応援メッセージ、ぜひご覧ください!

一般試験の日が近づいてきましたね…!私も一般試験で入学した者なので、これから試験を受ける皆さんの気持ち、よく分かります………。
受験票、持ち運びやすい参考書の持参はもちろん、カイロ・手袋・マフラー・コートなど…とにかく温かく出来るものの用意を…!
それから………
不安な気持ちを抱えている方もいらっしゃるかと思いますが、これまでの経験で得た自分の力に自信を持って、支えてくれた方々に感謝することを忘れず、体調を万全にして試験に臨んでください!
少し早いですが、受験生の皆さんの新たな「門出」に、沢山の幸せが訪れますように!応援しております!

それでは、また!

ニマニマ

こんにちは、ゆきほです🍵

レポート以外の文章を書くのが久しぶりなので、何を書こうかな~とニコニコしながらWordを立ち上げました。ここ最近は低いテンションでパソコンに向かっていたので、急に楽しそうな私が現れてパソコンの方もびっくりしたことでしょう。

レポートを書くのは決して嫌いではないんですけど(高校生のときのテスト勉強よりは断然好きです)、それでも1人無言で延々とパソコンに向かうのはやっぱり疲れますよね。その反動なのかは分かりませんが、ここ数日無意識のうちに鼻歌を歌っていることが多いです。なぜかクリスマスソングが私の頭を駆け巡っています。

「期末レポートのモチベにする!」と言って決めた予定もかなり目前に迫ってきたので、あとちょっと頑張ります……!楽しい春休みはもう目の前だ……!

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さて、今回もこの話題でいきたいと思います。

22日まで開催されていた大相撲初場所です。本場所が終わってから4日、まだ”相撲ロス”で、夕方になると無意識のうちにテレビのリモコンの”1”を押しています。

よく考えたらこのブログの担当が回ってくるのはだいたい月2回、本場所は2ヶ月に1回開催されるので、私のブログでは3回に1回くらい大相撲の話題が出ることになりますね。そこそこの高頻度です。
実は初場所も14日目に国技館に見に行ったのですが、今回したいのはその話ではありません。
(墨田区のPaypay30%還元にしっかりと踊らされてたくさんお買い物しました楽しかったです)

成人の日だったので、もしかしたら家にいてテレビで中継を見ていた方もいるかもしれません。2日目のことです。

大相撲中継では時々、視聴者からの質問や力士への応援コメントを募集して画面の端に流し、アナウンサーさんや解説の親方が読んだり質問への回答をくれたりする日というのが存在します。
始まったのはここ数年の話で、私も開催される度にコメントを送り続けていましたが、採用されたのは1回だけ。しかも取り組み直前にちょっと写っただけで、放送で触れてはもらえませんでした。

今場所は成人の日にコメントを募集する日がありまして。成人式に行かない民だった私はちょうど家で暇していたのでコメントを募集するサイトのQRコードが流れた瞬間にコメントを考え、勢いのまま応募してみました。

そうしたらなんと、コメントが流れ始めて2番目くらいで採用してもらえて!しかもアナウンサーさんが読み上げてくれたんです!これは嬉しすぎる!!
放送日が成人の日、私が今年20歳ということでそれに絡めたような内容を書いたので、やっぱり時事ネタは強いのかもしれません。
でも私、焦って年代選択を間違えて10代で投稿してしまったんですよ、本当は20代なのに。それだけが後悔です。20代歴がまだ浅いのでうっかりしてました。

残念ながらその日の中継は録画していなかったので、母のスマホを使ってNHKプラスで再生して、それを静かに私のスマホで撮るという、とっても原始的な方法で後から録画しました。今後もたまに見返して1人でニヤニヤしようと思います。

ではまた!

念願

こんばんは。やるべきこととやりたいことで押し潰れそうです。まなです。
最近はめっぽう寒いですね。これまでの冬は冬ではなかったのだと思い知らされました。おでこが冷たい風に晒され過ぎて、頭痛がするほどの寒さ。氷点下は久々に経験しました。しばらく散歩は控えたいです。

さて、先日、ついに念願のPS5を購入することが出来ました!以前まで使っていたPS4はとにかくローディング時間が長く、ストレスを感じていたためにPS5の購入を検討していたのですが……。発売から数年経つ現在、発売当初の価格から値上げされながらも、相変わらずいつでも買えるという状況ではなく。通販でも店頭でも抽選やらゲリラ販売やら選択肢が限られていたため、買い渋っていました。

しかし、PS4がいよいよ不調を訴えてきたので、いい加減本気を出そうと思い至り……。抽選も申し込んだのですが、やはりストレスなく一番早く購入できたのは家電量販店でした。朝一で入店してみたらレジ奥に山積みにされてて驚き。今まで「ないない」言ってた時間は一体……。それなりに高価でしたが、実際にプレイした際の快適さで全てチャラになりました。ソシャゲもそこそこにやっていますが、コントローラーでやるゲームはやっぱり楽しいですね!あのカチャカチャする感触、実際にゲームをプレイしているのが直に感じられるので好きです。原神がとにかく捗ります。アルハイゼンが使っていて楽しい。

それではまた。体温調節をしっかりと、くれぐれもお体に気を付けてお過ごしください。

偏見と経験

 この間、ド深夜に道徳の学習指導案を書きながら、私は果たして道徳を説いていいような人間なのかと考えていました。

 最近ふと気が付いたんですが、私以外の方がブログを更新している時って名乗ってから本題に入っているんですね。私全然そんなの頭になくて、恐らく初回以外は名乗ってないんじゃないでしょうか。まあでも私以外の方が大体名乗っているならいいか、の気持ちもあります。良くないですね~。ただ、別に元から匿名というわけではありませんが最初に名乗るとどうも堅くなる感じがしてやりづらい。ので多分今後も名乗らない気がします。ゆる~くやっていきたい。よろしくお願いします。

 常識とは18歳までに身につけた偏見のコレクションのことをいう、というアインシュタインの言葉がありますね。私あれは本当だと思ってて。だからこそなるべく色んな経験をして色んなことを知ろうと思って生きてきた、というのを高校の卒業式の門出の言葉の中で言ったのですが、その18歳を過ぎた今、18歳まで生きて味わってきたことって形を変えたりそのままだったりはするけれど自分の核を成すパーツになっているなぁと思うことが増えました。
 自己肯定感の高さってよく問題にされますが、私自身はなんだかんだいって高い方なんじゃないかなと思います。もちろんすごーく低くなって何もかもダメだ……となる瞬間がないわけじゃないけれど、でもにも根底は自分を認めていて、自分なら大丈夫と信じる気持ちがあるように思います。その自己肯定感が形成されたのってやっぱりここまで生きてきて関わってきた周りの人間や、親のおかげなんじゃないかなと。親や周囲の人間に愛されて育ったという自負がどれだけ私を支えてくれているのかを考えると何にも代えがたいものだなと思います。ここでいう「愛されて育つ」というのはこう、単純な愛だけでなく例えば「幼少期両親や祖父母が様々な経験をさせてくれたから何でもそれなりに出来るようになった」だとか、「先生がやるべきことを達成したら褒めてくれた」だとか、それから「友達に優しくしてもらった」だとか。周囲が私を思ってしてくれたであろうことが経験として自分の中にずっと残り続けていて、私が私として生きているのは全部環境や周囲の人々があってこそだと、有難いなと思います。最近は私自身もちょっとずつそれを返していけたらな~と思いながら生きています。実際私はそんなできた人間ではないけど、頑張りたいな。

 今回はあんまり綺麗にまとまらなかったですね。でもレポート書かなきゃいけないのでもうここで終わらせます。では。

【星移】20年間生きたということ

※事故の話が書かれております。読まれる前にあらかじめご了承ください。

まいです、ごきげんよう❀

*****

少なからず人は死を恐れ、それと直面すれば衝撃を受け、疑問を投げかけたりする。
しかし死ぬことよりも生きていることの方がずっと不思議なことなのだと、やはり思う。

「成人式」から「二十歳のつどい」に名前を変えた地元の式典は、晴れやかに清々しく行われた。
私の地元の中学は小規模で、小学校から人の入れ替わりもほぼないことからとても仲が良かった。
公園ではよくサッカーをする男子メンバーがいるし(そして通りすがりの私を見かけると大声で呼んでくる)(これは小学校の頃と全く変わらない光景)、SNSで繋がる女の子同士は私が知っている中学時代の彼女らからは想像もつかないような組み合わせでよく遊んでいたりしている。中学時代スマホを持っていなかったこととその後もSNS交換などをしなかった私は彼らとの連続的な関わりはなかったけれど、それでも偶然出くわすと「久しぶり!」と言い合えるのだから、私も仲の良いメンバーの一員なのだと思う。
そういえば私たちの学年は小学校でも中学校でも「幼い」と言われることが多かった。田舎育ちでませていなくて、純粋に楽しいことが好き。そんな学年だったからこそ「二十歳のつどい」への参加率はかなり高かった。
開始前まで受付をしていた私は訪れるひとりひとりの旧友と軽く会話を交わした。落ち着いた印象から煌びやかな雰囲気になっており一瞬誰だかわからないという人に焦っても、その人が笑った瞬間あっと名前が出てきたりしてとたんにその子にしか見えなくなる瞬間は嬉しいしおもしろかった。長いこと人に覚えてもらいたければ日頃からたくさん笑顔を見せておくのが良いのかもしれない。懐かしい笑顔たちが言うことには私は「全然変わっていない」そうだ。

私は式典での代表スピーチで、「誰よりもこの20年間生き続けた自分にありがとうを伝えよう」という主旨の話をした。これが伝えたくて私は実行委員長に立候補した。
今年からこの式典の目的は「成人を祝う場」から「20年間生きた自分を称える場」になった。少なくとも私はそう捉えていた。だから「大人になったから秩序ある言動を」という表現は用いたくなかったし、ましてや「育ててくれた両親、家族に感謝」などという幸せ者が言える、無責任で攻撃性の強い言葉は公の場で絶対に避けたかった。「参加者代表」なのだから参加者のことを裏切ることはしたくなかった。今この場にいることが出来ているのは、紛れもなく自分が生き続けたからなんだよ。

私には、20歳を迎えて間もなく、この世を去った友人がいる。小学生の頃から“読書好き”で通っていた女の子で、中学時代はよく作詞をして将来作詞家になりたいと言っていた。私も一緒になって作り歌ってみたら、センスあるよ!と言ってくれた。プライベートで遊んだことはなくて周囲から見て「ペア」と認識されるような友好関係ではなかったのだろう。でも、私のことを好いてくれてるという自負はあったし私も好きで、そして尊敬していた。一緒に文化祭で演劇をしようと計画をしてマジックを練習した。家庭科のケーキ作りで二人でトッピングをした。帰宅部だった彼女は、いつも誰よりも朝早く来ていて、放課後は教室に残って友だちと話していたり、文化祭の準備をしていたこともあった。評価しているように聞こえたら彼女に申し訳ないけれど、とても感受性の豊かな子で繊細な感性をもっていて、当時では少数派の「ぼくっこ」だった。アニメが好きで、兄弟がたくさんいて、褒め上手で、親友と喧嘩していることもあったし、そうそう卒業文集ではプロローグストーリーを私が書いて、エピローグをあの子が書いたんだ。
……これまで彼女についてここまで語ったことはなかったけれど、こうして文章におこしているとこんなにも記憶は蘇るのかと驚いている。
私は今この文章を書く手をとめてあの卒業文集を引っ張り出した。

友人が私には、と教えてくれた訃報。

春、夜中11時前だった。毎日のように使う最寄り駅と隣駅の間の踏切で起きた人身事故の“人身”はその子だった。私は遊びに行っていた。その日の夕方の電車に乗っていた。事故詳細には「20代から40代とみられる女性の……」と書いてあった。私は言いたかった。その子は先月20歳になったばかりです、40歳じゃないです、と。

踏切を見ると、暗闇の中ここに正座をしたらしい彼女の姿が思い浮かばれる。中学卒業以来5年間、一度も会わなかった。この知らせを知らなければ、「一度も会ってない」ということも考えなかったと思う。思えば高校生のとき、一度か二度最寄り駅ホーム上で見かけたのに声をかけなかった。あのとき声をかけて遊ぼうって言ったら良かったなんて、考えるべきではない。
ただ……。会っていない時間、日々、彼女の息を感じていたわけではないから、彼女がいなくなったと聞いてもその喪失感はいっこうに訪れなかった。その違和感が私をよけいに苦しめた。

いなくなった、という言葉を使っていた私だが、これは間違いだったと訂正させてほしい。
訂正の理由は、5年ぶりに読んだ、例の、彼女の書いたエピローグストーリーにある。
本文の後半を引用するね。あなたの言葉に尊敬と感謝と安堵の気持ちをこめて拍手を送ります。

【星移】

春夏秋冬 キセツが流れ
目の前にあるものが見えなくなる

互いの心の距離は変わらずに廻っていくだけ
進む道がたとえ違っても 僕らの心は変わらないのだ
隣にいないようで
いつでも同じ宇宙(そら)にいる
いつも一番星のように輝いていよう

 廻ろう共に
   行こう僕らの道へ…

( エピローグストーリー本文後半抜粋。太字はこのブログの書き手によるもの。)

スウィートな僕は同窓会へ向かう

 
 更新担当:もこ

 女という言葉は弱い、しかし男という言葉も弱い。そういう意味で女という言葉は強いし、男は強さの陰で脆い。そんなことを考えて、同窓会はかなしい。

 悲しき医学生に多く会った。高校の近くには私立大学があって、伝統ある医学部を有している。そこに入学するには家一軒分の費用がかかって、そのために何浪もする人がいる。その私立大学自体は決して偏差値が高い訳ではない。これが、悲しみの要件のその一。プライドがあるとしたら、学部まで皆言うのである。
 私の同級生には開業医の娘息子が多く、なんとしても親の病院を継がなければならない人多し。文学が好きでも?数学が好きでも?学ぶべきは医学。難関大有名大国立大に行きたくても、これ以上「入学のための学問」を続けるリスクからか、とにかく現時点で入学できる医学部となると、家一軒分建てられそうな金額を投資。悲しそうなのである。書かずにはいられないのである。ホラ、また学歴とか、権威とか、そういうことを伝えたいのではない。私の精神病を治したのも、その大学出の先生だったが、医者になってしまえば、どうでもよくて、そんな話を、大学入学に関わる諸問題でメチャクチャになった私に、してくれて、優しくて、まあつまり、悲しいのだ。

 悲しき上京者にも会った。私がいた「地方」では、学歴が大事である。学歴をよく見てくれるということでもある。東京は見てくれない。どうやら東京は、学校というものの選択肢があまりにも多いらしい。あまりにも多い選択肢の中から、なぜその学校に進学することを選んだのか、なぜ、をよく聞かれる。どんな大学に行ったかではない、どうしてその大学に行ったのか。なぜその学部なのか。大学名なんて、どうでもいいのだ。その人がどんな人なのかに興味がある。それが東京。東京の人はよくネイルを褒めてくれる。
 地方から指定校推薦で某難関私立大に行った人がいた。それで、その人はそれで安泰と思っていた。確かに、地方なら安泰。いい大学に行ったら、それでハッピー親孝行20代までお年玉。しかし、そうではないのがTOKYO。その人は、なぜ、を聞かれて困った。なぜこの高校?(それ以外高校がないからですよ!)なぜこの大学?(有名だからですよ!)そんなもの、通用しない。やあやあ、地元に帰って、地元の巨大企業に就職しました。語弊、それを良くないと言っているのではなく、そのことに本人がやや満足していないことを言っている。本人は、全国に名を轟かす有名企業に行くつもりで、わざわざ東京まで来たのだから、そのことを考えるなら夢破れて山河もなし。だが、地元に帰ってきて良かったと、私は思っているよ。それでもきっと、悲しい。その子の双子の姉と最近会った時、妹にはもっといいところに行ってほしかったと言っていたから、やはり悲しい。

 喜びの人にも会った。権威ある地元の帝大に行って、岐阜の文房具メーカーに就職した子。受験とか、就活とか、そういう競争にぜーんぶ飽きて、自分が大好きなものを追求したら、文房具が昔から好きだった。そしたら偶々好きだった文房具メーカーと接点ができて、そのまま入社。二十何年も福岡を出たことはないのに、いきなり岐阜に飛び出す、真面目な女の子。私はその子の就職先の文房具を雑貨屋なんかで見つけたら大体買っている。昔は嫌いだった子だけど、今は好きになっちゃった。君からもらったハンカチ、実は愛用。

 変わらない人にも会った。受験がうまくいかず、行きたかった国立大に行けなかった。浪人はせずそのまま私立大学に入って、4年間心理学を学ぶ。その後、心理学を極めに極めて、院からは、行きたかったあの国立大に行く子。秋ごろに、「(A大学)と(B大学)、どっちも受かっちゃったんだけどどっちに行けばいいかな😂」と私にメッセージをくれた、あの時の私には青汁みたいな血が流れた。飲み込んで「最終学歴的には(B大学)の方がいいしそっちに行きなよ」なんて、その子が喜ぶと思って返した。青汁。いくら不味くても健康になれるんだ。牛乳と混ぜて飲んでいた、小学生の頃。

 美人にも会った。誰か分からなくて、「お名前なんですか?」と聞いたら、旧友の名前を名乗ったので、私は驚いた。「え!めっちゃ友達やん!全然分からんかった!」と返した。どうしてその子と判別できなかったのか、目元を見てすぐ分かった。全部察して、「まあ私たちみたいな人は、変わるよね〜」と言った。これは、私も悲しい。「そうよ〜変わるよ〜」と返された。なんだか嬉しそうだった。私も、じきに変わると思う。ヤ、変われないかもしれない。まだ、子供みたいに手術が怖くてサ。

 弱いとか強いとか、あまりにも表裏一体なもので、弱いと思っていたら強くて、強いということが弱さの暗喩で、しかしとにかく私は弱いと、これだけは言える。そして最近、いやいやあんたは「甘い」のよ、と強い友達に言われた。ああ、弱い。紹介し忘れた、友達。賢すぎる大学に行って良すぎる企業に就職した悲しみも血も涙もない最強の友達。その子が、私を見て「甘い」と言い切っていて、その強さの前に、私は何をしたら良い。舐めてみる?なんて、ハハ。こう見えて、苦いカモヨ?ハハ。もう彼女とは、一年の浪人以上の経済格差が生まれてしまうでしょう。気軽に飲みに行けないね。奢るよ、なんて言われても、半分払わされても、なんか癪。

 悲しいとか、弱いとか、あなたに分かってもらいたくて書いてるんだよ。

 あなたは私を嫌いじゃないって信じてたから、こういう時、どうしたらいいかね、分からなくて、悲しんでるんだよ。言葉もなく、こんな仕打ちないでしょうって、泣いてるんだよ。気が済むまで訴え続けるよ。

 シティポップが苦手です。

 シティポップが好きな君は好きです。

 また会いましょう、もこより。

ひとやすみ

みなさん、こんばんは!やっと新しいスマートフォンを手に入れたあやがお送りします。当たり前ですが、バッテリーの持ちが良くて助かっています。しばらくはモバイルバッテリーを持ち歩かなくても大丈夫ですね👌🏻カメラも私の知っている画質の何十倍もパワーアップしていて、感動!母親には宝の持ち腐れになりそうと言われてしまったので、これから出先で活躍していただきましょう。そういえばデータを整理していたところ、スマートフォンにこれまで書いたブログの文章がしっかり残っていました。なかには書きかけてやめたものまで… なぜこのようなことを?なんて今思い返すと少し恥ずかしいブログもありますが、それも含めて私らしさです。ブログの内容と同時に、美味しいドリンクやスイーツをお供に書き上げた記憶も。残りわずかのブログ更新も思い出にしていきたいです。最後までどうぞお付き合いください🤗

さて、本日のブログは文喫に行ったお話を少し。そうです!本を手に取りながら、落ち着いた雰囲気の中で食事も楽しめるブックカフェ、六本木の「文喫」に行って参りました。初めてのブックカフェ。平日は非常に空いていましたよ。こんなにも居心地が良いとは知らず、もっと前から知っていれば…という気持ちでいっぱい。本のジャンルも幅広く、フリードリンクのコーヒーを片手にあれこれ読み漁っていました。お店の中には、リラックスできそうなソファやしっかりしたデスクなど席種も様々なので、時々場所を変えながら本の世界へ。結局9時間ぐらい滞在していました😓コンセントも多く備わっていたので、周りのお客さんはPC作業に打ち込んでいる方も多め。そして、会話・通話可能なスペースがあったので、ちょっとしたWeb会議ができるというのも魅力的。私も友人と旅行の計画を立てるために使用しました。気になるお食事ですが、パスタやカレー、プリンなど喫茶店ならではのメニューでお値段もお手頃。ちなみに、こちらが私が食べたカレー。美味しかったです😋

たまには自宅や図書館を離れ、ブックカフェで読書や勉強をしてみるのも良いですね!私も資格勉強をしに行きたいなと思っています。おすすめブックカフェがあれば、ぜひ教えてください。


おっと、こちらについても触れておかねば!ブログ部をさらに盛り上げてくれる新メンバー6名と対面でお話ししてきました。興味のある授業や作品、サークルや趣味、推しにそれぞれの地元の話に。100分の顔合わせ会はあっという間で、それどころかまだまだ話足りないようでした。これだけは言っておきます。今回も個性的なメンバーが集まっています!!どのような女子大生のキャンパスライフ、プライベートが明かされるのか…!?2月後半から更新をお任せするのですが、同じブログ部員である私が一番楽しみにしているかもしれません。 在学生、受験生、たまたま当ブログサイトを見つけた方、全員に楽しんでもらえるブログ部を目指して💪🏻新メンバーのみなさん、よろしくお願いします。

モーターポリス

ご無沙汰しております、みちるです。

記録隊になったんです。

「南極にでも行くのかい」

行くよ。
今あなたにそう言われたから行く。そう言われなければ、今すぐには行こうと思わなかった。

常々、私の行動は外界からの刺激、とりわけ他者からやってきた刺激の影響を大いに反映して決定されていると感じます。
それだけに、人間の言葉に過剰に意味を持たせてしまう傾向にあるとも。しかしそれは他者をテクストのように見ることに繋がってしまう。大切な人間たちの人格を剥奪してまでやりたいことなどないし、それで通せる愛もまた存在しない。人格を剥がれても叶えたい願いを受け入れられないあたり、私にもゆるせないマゾヒズムがあるのだとわかった。

マゾヒズムは非道徳のうちで栄えるけれど、非倫理のうちではそうならないのかもしれない。私たちが宙づりになるのは倫理のなかでの出来事であるし、倫理はまま非道徳だ。

そして私はまだ、倫理と道徳が地続きにあるという考え方に驚きを隠せないでいる。

 

(間奏)

 

奴を相手に、ずっと意地を張ってきた。
私は現行の日本において、いや世界においてさえ幸せになりたいとはどうしても思えなかったけれど、奴に意地を張ることで可愛い可愛い人間と幸せに生きていくのだと思うようにしていた。

目の前のものを見るのが得意だから、得意を活かしてやっていった。私のやれる範囲、適した範囲は人間と恋愛をするには不十分だったけれど、人間は私の隣にいたいと言ってくれた。私は、これは結果的に人間との関係を盾にして要求を通すようなものなのではないかと、私の最も嫌うコミュニケーションの成立ではないのかと疑った。

人間を好きだと思う私の気持ちは嘘でないはずなのに、奴の言葉が頭に焼き付いて離れない。

「それがあんたの云う「かっこいい」ってやつなのか」

鏡を見て、あまりに洗練されていない自分の姿に驚愕してしまった。奴は自分も、自分の周りにいる数少ない人間にも、本気でやっていてほしいと云った。気が付けば私も同じことを望むようになっていて、でも目の前の人間は、どうしたってそれを望んで良いような対象に見えなかった。高いとか低いとか、そういうことではない。
可愛いその人間に私の望むものを望むのは、魚を陸で走らせるようなものだった。
そう気が付くとき、奴にとって私は随分低きものであったのだろうとわかって腹が立つ。

家族と時間をずらして夕食をとるとき、ドレスコーズを聴くとき、お風呂でシャンプーする時にも奴のことを思い出す。私、「スーパーサッド」する暇がなかった。だからずっと悲しいし虚しいし、人格を人格として愛することのできる関係のもとへかえりたいと思ってしまう。
全ての人類を固有のものとして愛するには、私が一方的にそれらの人格を尊ぶので充分なのかもしれない、というよりむしろ、そこまでしか出来ないのでしょう。しかし、相互にそうした仕方をとることが出来る関係がもしも可能なら、私が自ら拡がりをもって自然であるのもそうした関係のなかでしかあり得ない。

私が云うのもなんだけど、こんなの相当頭のネジが飛んでいなければできない。
でも、やるほかない。私は勝つまで求め続けるだろうし、その分といってはなんだけれど求めて当たり前のものは求めない。
人のことを大いに傷つけてしまった。それでも今後与えてしまうであろう傷よりもより少なく浅いものであるはずだ。人間は長く私の隣にいたいと言ってくれたけれど、長くいればいるほど欺瞞は巨大化していくだろうし、人間も私も傷ついていく。
可愛いその人間は倫理と道徳を似た項として認識していて、数量化が得意。私の周りはとにかくおかしすぎるから、私は人間のそういう普通なところも良いと思う。だけど、それではいつかふたりの関係は戦争文学になってしまう。この残酷に気が付かないままでいてくれればそれはそれで良いのかもしれないけれど、いつか私は耐えられなくなって残酷の仕組みを教えてしまうだろうし、その人間がそれをわからないような人だと思いたくなかったから、教えたくもなかった。

愛は、数字のゼロのようなものなんだと。
私がブログの題の素材として色々と拝借している平山夢明御大は仰いました。小説のなかで何かと愛を”かける”と、それはゼロになってしまうのだと。私はひねくれて「じゃあ、”たす”ならいいのか!」と本気で信じながら色々と試行錯誤したものですが、そうじゃなかったのかもしれない。

引っかかるべきは”かける”ではなく”愛”の方だったのです。それも愛ではなく”愛”、永きに亘ってそれとして認識され、題材とされてきたような愛の通念、それをかけるようでは空虚であるということ。平山の真意は定かでないですが、そう解釈するのが私の正しさと符合すると思いました。

何だかんだ云って平山は愛の話を書くじゃないか。そう感じていたけれど、実際僕の考える愛と符合するならそれは、”愛”と明確に区別されるものだ。

――愛、と打っていたら、

「絶対にぃ、成功させようねぇ」

と、女性の声が聞こえてきた。オクターブをまたいだ二つのBの音がする。
脳内で勝手にもう一人入ってきた。今度はD#の音で喋っている。

「「絶対にぃ、成功させようねぇ」」

三度目にはもう一人入ってきて、今度はF#で喋る。

「「「絶対にぃ、成功させようねぇ」」」

勝手に増殖して、三人の女性が同じことを言いまくっている。
やめてーせっかくいつも通り語りの手紙が書けていたのにー・・・・・・

数回繰り返したのち、二人目に入ってきた女性の音がD#からEへ変わってることに気がついた。

 

sus入れんなや――

 

そんで、それを言うのは愛じゃなくて誠なんだよね。

ヨネダ2000【決勝ネタ】1st Round <ネタ順8> M-1グランプリ2022

ラッセンのイルカ?ラッセンのイルカじゃない?

一番気になっちゃう。

 

またお手紙書きますね、大好きです。    みちる

かぜっぴき

こんにちは、とみーです。
共通テストを終えた受験生のみなさん、お疲れ様です。

私は現在四年生(もうすぐ卒業!)で、受験があった2019年度は平成だったしセンターだったなあとお思うととても不思議な気持ちになります。たった4年しか経っていないのに、時代の節目に立った感じがすごいですね…。

2019年度のセンターは、英語に羽の生えた野菜モンスター(笑)が登場したり、国語にて「玉水物語」が採用されたりで話題になりました。私はこの作品を卒業論文で扱ったので思い入れしかありません!(詳しくは私の卒論について書いたブログに色々書いています)

そんなこんなで私の時代はセンター試験だったので、共通テストの恐ろしさというのは味わったことがない世代なのですが、今年の古典は『俊頼髄脳』が出たそうですね。平安後期の歌論書で、あまり高校生にはなじみがないイメージですが、とても良い作品でもあるので、興味がわいたら調べてみてください。
大学生になった後の心得(?)として、自分が楽しい、知りたいと思ったことを必ずメモして、忘れないうちに調べる! というのを個人的に大事にしていました。大学には充実した設備がありますが、講義も図書館も様々な講座も活用しないと無いのと同じ。
大学の授業は本当に楽しいですが、学習段階としては種まきだと思ってください。そこで面白いと思ったことをどうやって伸ばして芽を出して花を咲かせるか。どんな風に育つのかは人それぞれです。
大学の設備は定額使いホーダイ! ぜひ活用してくださいね。

受験で合格した後の自分を想像して、学びを楽しむことを思い描いて、頑張ってください! 入れ替わりで卒業してしまうので、待っていることはできませんが、応援しています。

最後に。13日くらいからちょっと信じられないくらい体調を崩して、熱出るわ喉痛いわで散々でした。筋金入りの病院嫌いなので、家に引きこもってやせ我慢してようやく治りかけてきましたが…。(結局はやり病だったのかもよくわからん状態です)みなさまも体調にはくれぐれも気を付けてお過ごしください。

それでは、また。