こんにちは!ましろです。
一昨日、大学の階段をぼーっと歩いていたら最後の一段で捻挫をしてしまいました。まさか、こんなところでという場所で捻ってショックを受けています。その日のうちに冷却と圧迫をして、翌日は休みでほぼ動かなかったので今はだいぶ良くなりました。
10月後半のお話になりますが、ミュージカル、『エリザベート』を観てきました。私がミュージカルにハマるきっかけとなったこの作品。3年前から10作品以上観ました。前回とは違う出演者の方もいて、演出も少し変わっています。それでも、改めて、『エリザベート』が1番好きだなと思いました。
最初の時、何故ハマったのか改めて考えてみると、テレビや動画では分からない、舞台ならではの生の良さを知ったからだと思います。映像にはのらない声の響きや厚みがあり、衣装や演出、ストーリーがあってこその歌でした。包まれるような音圧、集団心理の恐怖、心からの叫びに感情が揺さぶられました。場面ごとに変わるドレス。鏡が使われた美しいセット。この世の者ではない役の実態のつかめなさや、その影のダンサー達。人間の老け具合。人が上から登場したり、客席を通ったり、(コロナのため今回はなかったですが)記念品をばら撒いたり。客席は手拍子をして一体感がありました。
エリザベートの良さについて考えてみると、曲、衣装、世界観が思いつきます。最初に見た時、数曲は予習して聞いていましたが、物語が展開する中で歌われることでやっと正解を知る感覚でした。歌番組で歌われない有名ではない曲やオーケストラの演奏も素敵でした。ミュージカルは、同じメロディーでも楽器や転調、テンポで雰囲気を変えたり、違う人が違う歌詞を歌ったりします。同じものを少し変えて繰り返すことで音楽にストーリー性が生まれ、一つの世界観ができるように思います。この世と隣り合って日常に潜み込んでいるあの世も好きです。衣装は宮廷の物語ですからドレスだらけでとにかく華やかで見ているだけで楽しいです。
まだまだ好きなところはたくさんあるのですが、ネタバレをしてしまいそうなのでこれくらいにしておきます。
ここまで熱く語っておいてなんですが、今からエリザベートのチケットをとるのは難しいと思われます。もし、ミュージカルを観てみたいけれど、何が良いか分からないという方には劇団四季のアラジンがおすすめです。ジニーが盛り上げてくれて、魔法がたくさん使われるのでワクワクします!『ホール・ニュー・ワールド』などの聞き馴染みのある曲もありますよ。
以上ましろでした。
自演会を終えて
こんにちは。寒暖差が激しく室内でも外でも花粉が舞い上がる日々が続きますが皆様はいかがお過ごしでしょうか。
私は抗アレルギー薬を飲んでも日中の頭痛と眠気と目の痒みに襲われており、花粉への闘志を燃やしている所です。花粉マジ許すまじです。
さて、以前から能研についてのご報告ができていなかったので久々に。
丁度1ヶ月前にはなりますが、無事目白祭が終了しました。相次ぐトラブル、少ないお稽古回数、引き継ぎ資料と睨めっこしながら勘で進む作業……と不安要素の塊でしかない状態で迎えた本番ではありましたが、ありがたい事に部員達がスーパーマン並みに爆速で動いてくれたおかげで無事に終わる事ができました。加えて先輩にもしつこく聞いて助けていただきました。
本番はどうだったのかと聞かれると、緊張し過ぎて始まりに扇を開くのを忘れたり、振りが飛んだり、小物を持つタイミングを間違えたり……😱
一番失敗が多かったのは私だと思います。あまりに動揺し過ぎて、終わった直後視界が点滅していてお客さんが帰るまでの記憶がほとんどありません。私以外の部員達はよく出来ていたし緊張がほとんど見えなくてすごいと思いました。最も本番に弱い人が部長で申し訳ない。
例年の目白祭がどんな感じだったのかは分からないので、いつも通りの自演会にはならなかったかもしれませんが、私達らしい発表にできたと思います。今年の反省点を踏まえ、来年はスムーズにできますように!
では、また!
シケモク焼場
ご無沙汰しております、みちるです。
あなたは、この日のために生まれてきたんです。
「冗談は止して。その[目的]は酷く醜い。まるで腐敗した理想主義の成れの果て」
なんです、面白の通じない。今からひとつ寓話を繰り広げる予定だったのが台無しじゃないですか。
思想の潔癖は我々の(そう、我々の)生において好ましい事実ですが、生活はそれじゃいけない。だから私は生活が嫌なのですが、そんなことはよいとして。
(間奏)
あなたは、こんな話をご存知でしょうか。
それは、まだファンタグレープが人間の飲み物だった時代。少々分かりづらいのでこう言い換えましょう。それは、まだポンデリングが人間の食べ物だった時代。
そのとき我々は我々として、ただ一つのものとして生きることを望んだ。自らが自らの唯一の原因であるかのように振舞う白痴ぶりが一世を風靡し、都市から周縁までを席巻した。席巻しすぎて泡が立つほどだったといいます。
当時はどんなに優雅に靡くエルメスのスカーフよりも傲慢というアクセサリーが好まれ、真っ白なタブローに黒い絵の具を一点、乗せた絵が百万ドルで落札されていたのだそうです。
人間は恋愛をし、結婚をし、子供を作って死んでいく。とても淡白に語ることの出来る生が「幸福」のレーベルで全人類を対象にブランディングされ、結局それで我々は恋愛ができなくなった。結婚か、別れか、いずれその二択を迫られるような恋愛関係の窮屈さに誰も気が付かないまま長い時が経ち、そんな適応のもとでも恋愛に倫理を持ち出したりして自分たちの理性に陶酔してきたから、ここまで世代は続いてきました。
「みんなでこれまでの人類にお礼を言いましょう」
「ありがとう、これまでの人類!」「ありがとう、盲目な人類!」「ありがとう、口の利けない人類!」「ありがとう、かっこわるい人類!」ありがとう!ありがとう!人類、ありがとう!
これまでの人類は、皆番号で呼ばれるようになりました。その番号というのは、そうです。あなたもご存知の通り、マイナンバーです。マイナンバーがあれば個人の識別に名字も名前も不要ですから、これまでの人類は皆マイナンバーによって呼ばれ、そうして個々が区別されています。我々も名字は不要であるとの考えを持ってきたため、とある時点で全員が名字を棄てました。だって「みちる」に名字はないでしょう、当たり前にさ。
そうして現在、この国において名字を持つ存在はただ一つ ●● を除いていなくなったわけです。わかりますね?
番号で呼ばれるこれまでの人類は、時期が来れば我々の糧となる。正確にはその準備のため工場へと送られるのです。人の命は誰かの所有物ではないというのが憲法における原則ですから、人の出荷は当人のみを通して行えばよく、家畜の場合のように余分な仲介料が発生しないのは良い点でしょう。
無論、これまでの人類のなかには番号で呼ばれることに抵抗を示し、こちら側へやってこようと努力する者も少なくありません。しかし彼らの中に一人でも、あのナンバーを棄てたものがあったでしょうか。当時の選択が現状を決定しているのですから、心苦しくはありますがゆっくりと出荷されて頂きます。
さて、ここで●●はどうなるのでしょう。我々は孤独のやみの中に●●を取り残すことを選びました。あなたは、あなたならどうしたでしょう。私にはわからない。
――さあ、時間です。タグは持ちましたか?貴重品の処分は?祈りが必要であれば今のうちにどうぞ。
私があなたにできることは、ここで絶えてしまうあなたの生を肯定することだけです。ドーナツ屋までもが鉄柵に囲まれた灰色の施設に変ってしまったいま・ここで、何も聞かずあなたを肯定することだけなのです。
それでもなんと呼びかければよいか分からなくなったときには、あなたやあなただったものたちが誰かを思い出すことができるように
「あなたは、この日のために生まれてきたんです」
そう、満面の笑みで伝えることにしているのです。
またお手紙書きますね、大好きです。 みちる
羽ばたけ!#にちぶんちょう!
皆さん、こんにちは!ずきです。
11月15日は、その語呂合わせにちなんで「いいインコの日」なのだそうです。私の友人にインコが大好きな方がいるのですが、その方の話を聴いていると、インコちゃん良いなぁ…動物良いなぁ………と思います。実家では長年猫を飼っていたこともあって、昔から動物が大好きな私。都内には、鳥さん達にふれ合えるカフェもあるようで、インコ好きな友人といつか行ってみたいと思っています。
・・・
「いいインコの日」に関連して、今回は可愛らしい鳥さん達を紹介します!
その鳥さん達がこちら!!!
そうです!「にちぶんちょう」!!!(タイトルで盛大にネタバレをしていますが!笑)
私達が所属する日本女子大学文学部日本文学科の公式マスコットキャラクターに、今年から就任した文鳥さん達です。全部で10羽いるのですが、全員可愛いですよね!現時点(2022年11月15日時点)でTwitterでのいいね数が7000件を突破しており、にちぶんちょうの可愛さが広まっていることをとても嬉しく思っています。ありがとうございます!!!
「にちぶんちょう」は日本文学科の卒業生の方が制作してくださったそうです。初めてこの子達を見たときは、それぞれの分野の特徴がしっかり表現されていて感動したことを覚えています。私もイラストをよく描くのですが、オリジナルで何かを生み出せる創造力・デザイン力は乏しいという自覚があるので………
デザインしてくださった卒業生の方、本当に尊敬しています!大好きです!!!(先輩に届くと信じて、ここでラブコールをさせてください…!)
今年のオープンキャンパスでは「にちぶんちょう総選挙」を開催!第一回の結果はご覧の通りになりました。
皆さんの「推しにちぶんちょう」はどの子ですか?私は、どの子も大好きなのですが、特に「日本語学にちぶんちょう」と「上代にちぶんちょう」が好きです!
好きな文学分野から選ぶもよし、好きな色・デザインで選ぶもよし。ぜひ「推しにちぶんちょう」を#にちぶんちょうで呟いてみてくださいね!
それから、今後はグッズの展開を予定しているとのことですので、「日本女子大学文学部日本文学科/大学院文学研究科日本文学専攻」公式Twitter(https://twitter.com/jwu_nichibun)や公式Instagram(https://www.instagram.com/jwunichibun/)からのお知らせをお楽しみに!
このブログ部の(自称)宣伝隊長としても、「にちぶんちょう」に関する話題は随時お知らせしていきたいと思います。
それでは、また!
カウントダウン
こんにちは、とみーです。
時間が経つのが早すぎて怖いなぁと最近よく思います。噂によると、人生の体感時間の半分は20歳くらいで終わっているとか……。納得できてしまうのが面白いですね。
さて。本日は卒論ゼミのお話を少ししたいと思います。卒論ゼミは(特に変更がなければ)3年次になる前に選択した予備ゼミからそのまま持ち上がり、約2年間自分のテーマと向き合い続けます。
私の所属している中世ゼミは、人数にもよりますが大抵1か月に1回のペースでレジュメや資料をまとめて発表していきます。3年の夏休みにやりたいことを決めはじめて、11~12月に4年生から3年生へ発表ターンをバトンタッチします。昨年の4年生の発表を思い出すたびに、やっぱり先輩はすごいなあと一生追いつけない気分になります(笑)
最初の発表もつい昨日だった気がするのですが……そんな呑気なことも言ってられません。いよいよ次の授業(22日)で私も最後の発表になります。
あまり最後だとかは考えていませんでしたが、先日のれいかさん(同じゼミ)のブログを読んで「そっか、もう終わりなのか!」と実感しました。
まあ、まだまだ発表準備を詰めなければならないですし、肝心の卒論文章化をもっとしっかり進めなければならないのですが。
それはそれとして、やっぱり時の流れが早いし寂しいです。
私のゼミは約1年、1人につき10回くらい発表機会がありましたが、ゼミごとに所属人数も大きく異なるため、発表回数や方法は各々違います。振り返ってみるとあっという間ですし、1回1回が貴重な意見を貰える場でもあります。これから4年生になる人は是非、その機会を大切にしてください!
それから、卒論ゼミ(予備ゼミ)どうしようかなぁと悩んでいる2年生の方。冬休み明けくらいから、本格的に所属先を決めなければなりません。
これまで自分が受けてきた授業等を振り返って、興味がどこにあるのか整理しておくと良いと思います。悩んだらお近くの先輩や先生に相談してみましょう。きっと皆さん聞いてくださいますし、私も聞きます(笑)
それでは、本日はこのへんで。またお会いしましょう。
(よく考えたらこのブログもあと少ししか更新機会がないのですね…)
さんぽ
あんなに走った公園が、思っていたより狭かった。
あの時登って怒られた、桜が意外と低かった。
あの時すべったすべり台、なんだか短いあっけない。
あの時ひろった紅葉の葉。今も変わらず赤かった。
白いベンチに落ちてきた紅葉は今日も変わらない。
*****
まいです、ごきげんよう❀
懐かしい地元の公園でひとりお散歩をしてみました。西日が射して遊具の長い影が伸びる公園は、昔走り回っていた場所とはなんだか別物のように感じられました。でも、隠れんぼした紅葉の樹だけは、いつもと同じ秋の色。寒さに固まった皮膚が、太陽の熱でじんわりと自然解凍されていく時、いつかの思い出が沁み込んできます。
*****
先日、相方と2人で地元・埼玉の川越で着物散歩に出かけました。
お着物をレンタルし大正ロマン溢れる街並みを、下駄を鳴らして歩いている自分。なんとも言えない充足感が足取りを自然と軽くさせました。
お天気にも恵まれ暖かく、目につくものを買っては食べ買っては食べの、のんびり散歩。定番の「いも恋」や「おさつチップ」「おいもソフト」を食べ、写真と実物にかなりのギャップがある餡バターサンドを食べました。気づけば甘いものづくしだったので、最後に買った串刺しきゅうりの漬物の美味しさたるや。「カツオだしの1本ください」と言ったのに、食べ終わり次第お店のおばあちゃんのところへ戻って「やっぱり梅しそも1本お願いします」と言っていた自分。
和服を着ていたので、外国人観光客の方々に声をかけられ、一緒に写真を撮りました。密かに有名人気分を味わっていると、相方が隣で「やばい!フォロワーの通知が鳴り止まない!」とハイテンションでふざけているのを見て、目が覚めました。
その後、川越の氷川神社にご参拝に行き、「1年安鯛」というお魚のおみくじを釣るとなんと2人とも大吉!「すること成すこと上手くいく」とあったので何かお困りのことがあれば私にお任せ下さい。なんだかよくわからないけど、今ならいける気がします。(?)
借りたお着物を返しに行き、気がつけばもう、時の鐘もシルエット。どこかでカラスが鳴いています。さてさてそろそろ帰りましょう。お散歩日和はまだ続く。明日はどこへ行こうかな。明日は何を見ようかな。
断捨離の立冬
こんにちは。れいかです。
突然ですが、断捨離をしたい欲求が高まっています!(笑)
毎朝のようにバイトをして、その後はサークルに行ったり友人と会ったり。
色々な場所をよく歩いた3週間でもありました。
外に出掛けて初めての景色に出会うことは、刺激的で心が躍る一方で、肝心の自分は空っぽになっていくような心もとない感覚も孕んでいます。
前に断捨離をしたのは、大学2年生になる前のタイミングです。
1月末から2月末の約1ヶ月間、これまで使っていた教材や洋服、中学時代の思い出の手紙など、思い切って処分しました。
当時は、自分なりに大きな転機だと意気込んでいましたが、今振り返ると一つの通過点にすぎなかったと感じます。
きっと今の心境も数年後には色褪せて、「あぁ、あの時片付けがんばってたかも」程度に思い出すのでしょう。(笑)
それでもいいから、新しいもの、人、体験……今の自分にとってベストな出会いにしっかりと気付いて受け入れられる体制を作るために、手放せるものは容赦なく捨てていきたいと思います。
今週、ゼミの最後の発表が終わりました。
昨年の11月末から定期的に発表をしていました。
長期休みなど、正直ほとんど進められなかった期間もありましたが、こんなに長い間一つの作品に向き合ったのは初めてです。
まるで卒論提出後のような振り返り方………違います、あと1ヶ月書き進めていくんです。
角度を変えて調べるうちに見えてきた、作者の性格や人間性。
それを愛おしく感じる瞬間があるからこそ、自分が納得できる形まで持っていきたいです。
執筆に集中するためにも、余計なものはそぎ落として臨まなくちゃ。
これ以上綴っていると、また書いているうちに満足してしまいそうなので、今日は短めに終わります!
それでは、また。
読解力
小学生の時何の授業が好きでした?私、国語が好きでした!日文にいて国語が好き、なんの捻りもねぇなと思われるかもしれませんが実際小学校の国語の授業が楽しくて国語が好きになり、好きこそ物の上手なれじゃないですけど中高で何となく得意教科になり、今に至るので人生そんなもんです。
小学校の時の国語の授業でよく覚えているのがいくつかあるのですが、今回は5、6年生の時に担任だった先生の面白かった国語の授業を紹介したくて。
物語文を扱う授業ってあるじゃないですか。私は小学生の頃読書の虫だったので物語文の読解の授業がそもそも好きだったんですが、その先生は教科書掲載の作品を使わずに先生がもってきた作品でやるんです。毎回1時間でここまで読めるだろうって範囲だけ先生がプリントを配って、私たちは初見でその文から読み取れることを探す、みたいな形でした。”初見で”ってのがミソで、だから教科書は使わないんですね、私みたいなのが4月に配られた時点で先に読んでるので。また、”文から読み取れること”は何でも良くて、ここの文は強調されてるからこの先の伏線になりそう、だとか、こことここの言葉は対比なのではないか、だとか、ここでこういう描写があるからこの登場人物はこう思ってるだろう、だとか。『べろだしちょんま』をやった時には、長松は苗字があるから村の中でえらい人のうちの子だ、とかもありました。物語の背景を探るもよし、登場人物像を固めるもよし、先の展開を考えるもよし。とにかく先生は、私たちが私たちのもちうる知識と感性で本文から何を読み取ったか、を大事にしていたように思います。それを見つけられた人から挙手して発言し、先生がそれについて解説したり訂正したりするのが流れでした。この授業が私はめちゃくちゃ楽しくて。これ、すごいのが文章を徹底的に読むので自然に使われてる技法とかに気が付くんですね。よく、「私も今度これ作文の中で使お〜」って拝借してました。通常より時間がかかるので毎回こんな授業だった訳じゃなくて、1年に3~4作品くらいだった気がします。私の通っていた小学校が普通の区立の小学校なのに人数がすごく少なくてクラスメイト20人もいないくらいだったので、今思い返せばだから出来た授業なのかなと思います。
そして時は過ぎ去年、近代文学の授業を取った時にテクスト論を習いながら私は小学生の時やってた国語を思い出します。
あれ?あの時やってたことって、テクスト論?
びっくりです。6年ぶりの再会です。授業課題で文から読み取れることを書き出しながら、「私も鈍ったな〜」とか思ってました。
小学生の時の授業が今活きてくるのすごいなと思います。本当にすごい先生だったな。
私は今年近代文学の演習を取っていて、ちょうど今扱う文をどう読んでいこうかなと考えているところだったり、また教職の授業を受けて教えるって難しいなと実感しているところだったりしていて、今回はこんな感じになりました。小中高振り返ると色んな教科の色んな授業を受けてきて、眠かったり難しかったりもしたけど何だかんだ結構どれも面白かったなと思います。学びに専念できる時間はあとわずかで、色んなことを知りたいなと思いました。前回と着地点が同じになったところで、では。
ピッチ走法もあり
こんにちは、ゆきほです🏃
いつもなら最初に絶対お茶の絵文字を入れているのですが、今日は走る人にしてみました。ここ数日、当社比でちょっとだけ忙しかったです。
いろいろあったのですが、特に何が大変だったのかっていうと中間テストが2教科今日に重なってしまいテスト勉強をしてたんです。
私は勉強そのものが嫌いなタイプではないと思っているのですが、テスト勉強はすっごく苦手で。周りがみんな勉強していたり、やることが決まっていたり、勉強しなさいって言われたりすると途端にやりたくなくなっちゃうんですよね。天邪鬼なのかもしれません。
これを書いているのは過去の、まだテスト勉強真っ只中の私なのでなんとも言えませんが(先に勉強しろよという感じですよね、私もそう思います)、恐らくこのブログを更新している私は開放感に満ちあふれていることでしょう。だってその開放感で忘れちゃわないようにこれ先に書いてるんですから。
でも残念ながらのんびりしている暇はあまりありません。学校のことだとそろそろ演習の発表準備を始めないとだし、発表が終わったらまたすぐ次の発表があるし、そうこうしているうちに期末レポートも迫ってくる……
まだ師走ではありませんが、師だって絶対もう走りまわっていると思います。あわてんぼうのサンタクロースはもうフィンランドを飛び立っているでしょう。
私も今年の師走はストライド走法で駆け抜けていきたいです。
∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴
この前新しいシャーペンを買いました。
中学生で筆箱にシャーペンをいれられるようになってから、0.5HBのシャー芯とドクターグリップとクルトガだけは壊れても新しいものを買って、スタメンから外れることなく筆箱に常駐しています。文房具にこだわりがあるというわけではなく、ただ冒険しないで確実に使いやすいものを使い続けているというだけです。
全く使ったことない種類の新しいシャーペンを買うなんていつぶりだろう、新しい文房具を買うこと自体高校生ぶりかもしれない。
そんな私が急に新しいシャーペンを購入したというわけですが、何も深い理由はありません。
とある雑貨屋さんを冷やかしていたら、ふと好きなアニメと文具メーカーとのコラボ商品が陳列されているコーナーを発見して、あまりコラボ商品が出ない推しが描かれたシャーペンも見つけてしまったんです。
『あっっ0.3しかない……けど……まあシャー芯も買えば使うし……?』
完全なる衝動買いです。あまり推しの文房具は買わないタイプのはずなのにシャーペンだけでなく芯ごとお買い上げなんて、しっかりと雑貨屋さんとメーカーの戦略に乗ってしまいました。芯と合わせてもワンコインに満たないくらいリーズナブルな価格だったということにも後押しされちゃって。
そんなこんなで、大学生にして迎えた0.3㎜のシャーペンデビュー
たかが0.2㎜、されど0.2㎜。0.5㎜の感覚で油断して力を込めて書こうとすると、すぐにポキッといきます。長年親しんだ(今も普通に使っていますが)0.5㎜のようにはいかないけど、でもちょっとだけ細いペンで書く文字って大人っぽくてかっこよくない?と考えながら使っています。文字を書くのがもっと楽しくなりそうです。
ではまた!
続、確か君の苗字は珍しかった
7月の終わり頃に、「確か君の苗字は珍しかった」というタイトルのブログを書いた。
内容は、故郷を離れ東京で暮らしている高校時代の友人と思いがけず話す機会があり、良い時間を過ごした、というようなもの。
その友人と、最近会ってきた。
最初に話した日から4ヶ月も経っている今どうして会うのか、と思うかもしれないが、彼を誘うか誘わないか自分の虚弱な神経と戦っているうちに4ヶ月経ってしまっていたのだ!
どうにか会う約束を取り付けて、薄暮期、私は港区へ向かった。
久しぶりに会った彼は髪の毛が茶色くなっていた。マッシュ・センターパート・パーマヘアのどれかで私の目の前にやってきたらその時点で帰ろうと思っていたが、そのどれでもなかったので安心した。
「東京で、高校の人と会うの変な感じ」
そうかな
「だって、ここ、”東京”だよ」
そうかも
久しぶりに会う友達同士の、微妙な距離感。
16歳の私たちは22歳になった。
垢まみれの制服は垢抜けた私服になり、
ニキビだらけの肌は滑らかになっていた。
いくら大人になったって、高校の友達と会えば、高校の話をするものだ。そして高校の話をすれば大体、誰かの悪口になる。この悪口というのが、私は非常に心地よい。大学に入って、誰も悪口を言わないもんだから、びっくりした覚えがある。しかし地元の成人式に参加してみれば、悪口悪口、悪口大会で、これまた驚く。
東京には、いい子が多いんよね、と彼が言った。
分かるよ、と返す。
真面目で、いい子だけだったら、いじめられる。真面目だけじゃない、いい子だけじゃない、変わった人間じゃないといけない。毒を持った姿を見せて、上手く関わっていく。そうやって生きてきたのに、東京にくれば、純粋に真面目でいい子たちしかいない。東京にいれば、生きるために獲得した毒だけが、悪目立ちする。
幸せなんだよ、その方が。知らなくていい世界なんよ、あんなの。
…そうかもしれない。
時々、自分はギリギリ男になったような気がするんよね、と彼が言う。彼曰く、自分の手の指を見つめた時、薬指より人差し指の方が長かったので、少し落ち込んだのだと言う。薬指より人差し指が長い人は、女性ホルモンが多いとかなんとか。そんな迷信。
ああ、その話、と言って私は自分の手を見つめる。人差し指より圧倒的に長い薬指が目に入る。私もね、自分はギリギリ女になったんじゃないかと思うよ。
なんとなく、私と彼が仲良くできる理由が、分かった気がした。典型的な男性らしさ、典型的な女性らしさが求められる、私たちの故郷で、男性性の強い輪の中で、女性性の強い輪の中で、それぞれ抱えてきた生きづらさを、故郷を出て、東京に身を置くことで、解決しようとしていたのかもしれない。
私たちはお互い高校の文化を憎んで、地元の権威ある大学に行かないことを選択し、浪人し、同じ予備校に通い(しかもそれは同じ高校の人があまり行かない予備校である)、そして同じように全く興味がない東京の大学に転がり込んできた。
つまりさ、魂の友達って感じがしてるの
まあ分かる
(別に分かってるよ、何も解決しないって。東京に来ようと、地元に残ろうと、今日話そうと、話さなくとも、男でも、女でも、いい子でも、自殺でも。)
(でも、)話してくれたこと、会ってくれたことに、とにかく感謝してる。ありがとう。
また会ってね、と声をかけて、別れる。
わが友の、
笑って隠す淋しさに、
われも笑って隠す淋しさ。