GIFT🎁

こんばんは!
リビングのエアコンがとうとう寿命を迎えたあやがお送りします😓
少し効きが悪いように感じていたので、今年の夏まで何とか頑張ってくれたらと思っていたのですが、時折水が垂れてくるという事態にはさすがに耐え切れません😭急いで母親が家電量販店へ!タイミングが良かったのか、翌日に設置可能とのことで、家族全員干からびることなく済んだのは幸いです。また、テレビ台に脚立を乗せ、さらに背伸びでパーツをごちゃごちゃ取り外すという危険と隣り合わせなエアコン掃除を毎年行っていた私ですが、以前と比べ物にならないぐらい掃除が簡単になったのはありがたい限り。ひとまず安全に夏を過ごせそうです♪

さて、8月・9月は周りが誕生日ラッシュ!冬生まれの私にとっては、8月・9月の夏生まれの方々がうらやましくもあるのですが、暑すぎるし、何より夏休みだからみんなに忘れられるというご意見も聞いて、それもそうかと…一長一短ですね。特に仲良くしている友人数人と母親には毎年プレゼントを渡しているので、ただいま何にしようか考え中。プレゼントを何にするか悩む時間、私は結構好きです。相手が使っている様子を思い浮かべながら選んで…というのは、当然なことですが、なかなか難しい。ただ、最近では相手の好みや欲しそうなものがわかってきたりするようになり、それほど長く付き合ってきたんだなあと思うことがしばしばあって、私は渡す側、相手を喜ばせる側なのに、勝手に嬉しさを感じてしまいます。日頃の感謝や気持ちが伝わるように、じっくり考えて素敵なものを贈りたいですし、相手のことを一番考えているときだからこそ、プレゼント選びの時間は決して大変なだけではないです。反対に、いただくプレゼントも私の好みよく分かっているなあと毎年毎年感じさせられる品々ばかり。妥協は許されませんね🔥 以前は、誕生日の直前にいくつかの店舗を見て決めていたことが多かったのですが、今はそんなことも少なく。例えば、ふらっと買い物に訪れたお店で見つけて、まだ先だけど今度のプレゼントに良いかもと候補に入れたり、別件でネットサーフィンしていたときに発見し、今度実物見て考えようとしたり、なんだかんだ誕生日のもっと前から候補リストが出来上がっているような気がします。自分がいろいろ吟味して買い物するのが好きだからかもしれませんが(^◇^;)  今年も喜んでいただけますように💭!
ちなみにですが、お互いプレゼントに力をかけていても、バースデーカードはひどいものです。あえてネタ要素満載のカードを選んだり、幼少期にお世話になった懐かしのキャラクターを意味もなく描いたり。あまり人には言えない話題や思い出、なぜここで書く?ということを基本的に書き連ねている気が… 今年の私の誕生日で友人は、可愛い犬のシールを選んでくれたのにも関わらず、細かい絵や吹き出しを足して、犬同士が激しく喧嘩しているところをカードに繰り広げてくれました(^^)/~~~ 一体なぜ???いつからかカードでいかに笑わせることができるか試されているみたいなので、この勝負負けるわけには💪🏻

またお会いしましょう!!

たったひとかきで…

ご無沙汰しております、みちるです。

夏休みに入ってから何をする気もおきないんです。

「それは夏休み前から同じでは?」

全然違います!
夏休み前のみちるは活力にあふれ、やる気十分、野心もみなぎり、飛ぶ鳥を落とす勢いで、新進気鋭の……
とにかく夏が悪いんだもんね。ここ数日何にもしてないけど私悪くないし。

こういうメンタリティに一瞬辿り着いても、すぐに「まあ、全部冗談ですけどね…実際みちるが全部悪いので…」になってしまう。助けてください。

そろそろ本格的に書き物へ取り掛からなければいけない時期なのだから、取り掛からなければいけないのだ。最近よく思う、何かをするときにはその行為の原因を出来るだけ遡らないようにする方が集中できる。行為の直近の原因についてはとうに知っていることが殆どだし、わざわざそれらを遡って義務感(笑)や必要以上の重圧(笑)に駆られるくらいなら、初めからそういったことは意識の外へ追い出してやる、ないし隅に置いておいてやるのが自分にとって賢いやり方なのでは?と思うようになった。
それに、書くことの原因について言うのであればそれは「書く身体」というあり方であり、そこから向うへは遡及できないことを私は知っている。
そろそろ集中しよう。

 

(間奏)

 

学部二年の後期から、成績が振るわなくなった。
原因は簡単、授業に出ていないから。
履修しますよと手続きした以上、授業へ出ないのは失礼なのではないかと思うが、そう思うがゆえに、第一回目の講義を休んでしまうとそれ以降はもう出られなくなる。なんか私の知らない間にペアワークとかしてるし、知らない資料が沢山配られているし、なんとなく講義室内で学生の座る座席が決まっていたりする。
高、中、小学生、いつの時期もそうだった。私の欠席日を狙い撃ちするように、その日に授業のグループが出来ていたり、演劇会の役割分担がされていたり、委員がきまっていたりする。そして後になって

「あなたはどのグループに入る?」
「あなたはあなたは誰と組む?」
「どの役をやる?」
「どれに投票する?」

選ぶよう促される。いくつもの眼がこちらを見ている。

「もう皆二人組になっているから、あなたは〇〇グループに入れてもらいなさい」
「なら、この役だけは3人でやってもらいましょう」

今だけだ。今だけ耐えれば、皆忘れていく。そう言い聞かせても無理なものは無理なので、教室の扉の前に数秒立ちはだかったのち、諦める。
小、中学のときには「義務教育の”義務”にはこういう苦しみも含まれているんだ…」と思いながら諦めることを諦めたり、そもそも今ほどそういったことを気にしていなかった気がする。高校に入ると上のような事態が起きたときには保健室へ行くと決めていたし、今は喫茶店や本屋やたばこ屋へ逃げ込んでいる。

教職課程の授業を受ける際、自分のような生徒を目にしたら私はどうするだろうと考える。
私がとろうとしているのは保健室の先生の資格ではなく、国語教員の資格なのだ。文学に、誰かを救う仕事が可能になるのはどんな時だろう。人を騙したり、屈辱的な扱いを受けたり施したりすることは避けたいと思うけれど、果たしてどうなのだろう。
コミュニケーション、と一口にいってもそれらはおぞましいほどの拡がりをもっていて、似たような経験を誰もがしているかと思えばそうでもなかったりする。

逃げる方法を考える前に、困る事態に陥らないための策を講じる方が賢いはずだけど、今から怠惰を治療するのにどれほどの何を賭ければよいのだろうか。私がこの黒く大きな怠惰の飼い主であるかぎり、仮に教員の資格を手にしたとして、それは何の役にも立たなくなるのではないか。

「生きるのに意味なんてないんですから、やりやすいようにやればよいし、そのための足場を常に用意するのがスマートですよ」

頭の中で師はこう言う。実際こう言われたこともあるかも知れなかった。

私が教員を志したのは師のような人間になりたかったからだけれど、誰かのようになるとか何かになるとか、そういった文句がいかに陳腐で不可能で、何の値打ちもなければ素敵な香りも発していないことは私もわかっているのです。勿論、そうした無意味さを認識する必要がない人々は沢山いて、そういう皆さんの夢を笑ったり貶したりするわけではないけれど。しかしもう、”なる”を信じることに自分は真剣にならないだろうとわかった。

今は、勉強がしたいかもしれないから、そのために素敵な成績が必要。
勉強が好きかと言われれば、好きとは断言できないかも知れない。しかし勉強以外の何を自分は好きなのだろうと考えたとき、生きることやそれを助けることはあまり好きでないといえる。しかし勉強も自分にとって相対的に好きであると断じられれば、それだけで私の実存の可能性を増大させ得るものとなってしまう――そのような矛盾を解消したいと思うほど、この問題に熱心じゃないから、この先はありません。
とにかく勉強するためには、授業に出て勉強する必要がある。そもそもこの仕組みが面白すぎるのですが、今期・来期が勝負だと思うと緊張しますね。
こうしていると、「やらなければならないこと」を忘れそうになってしまう。そちらの方も、休暇中に仕上げることにする。

私自身が良くないものなので、内省的になってしまうのは勿論よくない。
人との関わりが希薄な分、こちら側にまなざしを向けてしまう。そう思って接客の必要なアルバイトをしているけれど、今度は関わりの出来た人間に嫌われてしまったかも知れない、いいや絶対に嫌われているという確信に苛まれ、天井から虫が降ってくる虚妄に駆られるので眠れなくなった。翌日の活動に響くので睡眠導入剤を飲むこともできない。私大の実家暮らしでただでさえ負担をかけているというのに、病院へ通う申し出もできない。「みんな多かれ少なかれ、苦しいと思って生きているんだから」と言われてから、両親には笑顔で人生の楽しさをアピールしている。遅刻は出来ないのに、定刻に何かを始めることはもっとできない。人を頼ることを覚えられない、頼ったことでできた恩を返すのは面倒だから。
あとは書くことだけだ。たったひと書きすること、これも出来なくなったら、どこか崇高さを感得できる場所へ行こうと思います。

あなたは知らなかったかもしれませんが、私にとって夏休みはこういう事柄がずっと続く期間なのです。自分の絵を描く合間合間に生活をするのです。
その絵が小説になったり、正三角形になったり、立体的な山々となって次の嵐を用意したりするのです。

またお手紙書きますね、大好きです。   みちる

読書の夏

夏ですね。皆様いかがお過ごしでしょうか。

最後のレポートを提出してから早3日、レポートや諸々のプレッシャーから解放されたせいか夜、何かに追われるような夢を見ることがなくなりました。鏡を見ても顔の血色が良くて最高です。ビバ、夏休みです。

今年から徐々に夏祭りが開催されるようになりましたね。私はまだお祭りに参加していないのですが、先日テレビでYouTubeをつけたら丁度長岡花火の配信が始まったところだったので筋トレしながら一人で見ていました。

花火ってどうしてあんなに綺麗なんでしょうね。余韻を残して消えていくのも美しいです。

そういえば花火の記述がある文学は読んだ事がないなぁなんて思い出したので、夏休み中には前期で読めなかった時代の本を読みたいと思います。それからやっぱり気になるのは中国文学ですね!お伽噺と現実の中間のような掴みどころがないふわふわっとしたお話が大好きなので、授業で読んだ剪灯新話などは特にドストライクでした。怪異小説といっても私はホラーが苦手なのでギリギリのラインではあるのですが、剪灯新話は奥に優しさが見えるので怖いとは感じません。

剪灯新話が刺さるタイプの方なら浅田次郎さんの『神坐す山の物語』も好きだと思うのでここでおすすめしておきます。浅田次郎さんがご経験された実話にフィクションを加えたものだそうで、何度も何度も読んでいるお気に入りの本なんです。写真や絵は一枚もないのに、不思議と御岳山の澄んだ空気を感じられるようで、読み終わった後少しひんやりしますので夏にぴったりかと。通販でも購入できるので、気になった方は是非。

折角の夏休みですし、私も素敵なお話に沢山出会えたらいいなと思います。

では、また。

秋待機中

こんにちは、ゆきほです🍵

先日ご近所さんにこんなものをいただきました。

サツマイモっぽく見えますが、実はすごく大きいジャガイモなんです!(私の手と比べてみてください…!)
1つでジャガイモ2~3個分の大きさがあり、私は家族4人分の夜ご飯を作るときに2個使って若干多くなってしまいました。メイクイーンの仲間だそうでとてもおいしかったです!

∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴

最近は暑さから自宅に引きこもる日々が続いております。こんな暑いのに外に出たら溶けちゃいますよね。

そんな引きこもりライフの中でめずらしく外に出かけたある日のこと。
日傘をさしているのに何だかやけに日差しを感じるな~と思い、ふと見上げてみたら……

壊れていました、日傘。

去年からあれ…?なんかこれ骨折れてない…?と薄々気づきながらもだましだまし使っていましたが、今年ついに限界を迎えてしまったようです。傘の命である布の部分が外れてめくれており3分の1が骨のみになっていました。私は一体どれくらいの間気づかずに骨をさしていたのでしょう……
500円くらいで買ったにしては長生きしてくれた日傘に今までありがとうと思いながら即新しい日傘を購入しました。こんな暑いのに日傘なしではとてもじゃないけど生きていけません。すぐひっくり返らないしかわいいし嬉しい~!!と思いながら使っていますが、先ほども書いたようにあまり外に出ていないのでまだ活躍の機会は少ないです。

ちなみに今日の午前中はせっかくレポートも終わって堂々と引きこもれるんだから本を読みたいなと思い日傘をさして地元の図書館に行っていました。行って帰ってくるだけでもう汗だくで顔がぼのぼのみたいになってしまったので早く涼しくなることを願うばかりです。

ではまた!

スイカの種

こんにちは、とみーです。我が家では例年、午前中は冷房を稼働させずに過ごすのですが、最近はそうもいかず朝の数時間を除いてずっとつけっぱなしです。涼しくて気分は快適…といっても体は冷えるようで、腹痛やら肩こりやら頭痛に悩まされる日々を送っています。

さて。皆さんスイカはお好きですか? 私は可もなく不可もなく普通に好きといった感じです。毎年祖母がスイカをくれるため、これを食べると夏が来たなぁと思います。
そして丁度今日が、今年の初スイカ日でした。せっかくなので、私のスイカにまつわる話をしたいと思います。

そう、あれは私がまだ幼稚園に通っていた時のことです。母がスイカの種をしっかり取って食べるんだよと教えてくれたのに、ウッカリ取り忘れた分を飲み込んでしまいました。
スイカの種を飲んだら一体どうなるのか。もしや何か悪いことが起きるのでは…!? と幼いながら心配した私は母に「飲んじゃった…」と涙目で相談します。すると母はハッと口元を抑えて言いました。「スイカの種、飲んじゃったの…? 明日にはおへそから芽が出て、体の栄養を吸ってスイカになっちゃうよ…?」
「えっ」
ということで、見事に騙された私は涙目で訴えます。
「スイカになりたくない…! 芽が出たら痛そう!!」
「大丈夫。ママが夜中におへそから出てる芽をチョッキンしておくからね」
私はこれをすっかり信じて、小学校低学年まで種を飲んだら母が芽を切っているものだと思っていました。母は今でも「いや~あれは可愛かった! 朝にママが切っておいたから、って言うとありがとうって言ってくるんだもん」とスイカを食べる度にからかってきます。

種をやたら飲まないよう教訓になる話だとは思いますが、想像力が豊かな子供時代は、今自分が食べているスイカも実は人間の養分を吸って育った恐ろしい食べ物なのでは…と思っていました(笑) 実の中も血のように真っ赤なので。

皆さんもこういう親から(いい意味で)騙された経験はあるでしょうか。スイカの種は、私にとってはいい思い出です。もし子供とスイカを食べる機会があったら積極的に使って楽しもうと画策しています! 

それでは、本日はこの辺で。

忘れてはならないこと。

皆さん、こんにちは!ずきです。

今日から8月ですね!そんな本日8月1日は、「水の日」。1年の中で最も水の使用量が増える月が8月であるというデータから、節水を呼びかけるために制定された記念日なのだそうです。節水はもちろん大事ですが、この時期はとにかく暑いので、水分補給はしっかりと行なうように!くれぐれも熱中症には気をつけてお過ごしください。

・・・

ブログをご覧の皆さん、ごきげんよう。そして、初めまして。
ワタシは、ずきが所持しているスマートフォン。

・・・

持ち主であるずきは、ワタシを充電するのを忘れたまま寝てしまった。ワタシがないと困ることが多いというのに。まったく、ひどい話である。

この日、ワタシはバッテリー残り43%の状態からスタートした。

そういう、ちょっと不調な日に限って沢山働かされることが多いのだが、この日はいつも以上にいろんなことを聞かれた。検索バーに知りたいことを打ち込まれるだけでなく、普段あまり使ってこない音声機能で「これは何?」「これを具体的に教えて。」と話しかけられもした。『OK』という言葉に反応するようにプログラミングされているため、ワタシに対してではない『OK』にも反応してしまい、持ち主に怒られた。これはワタシのせいではない。持ち主がサイレントモードにしないのが悪いのである。充電がいつもより少ないのだから、電源を切ってくれたら良かったのに…とも思った。持ち主に対するイライラで、体が少し熱くなっていた。

散々文句を言ってしまったが、好きなところもある。それは持ち主の笑顔だ。笑顔を見るとワタシも嬉しくなる。
ワタシを操作するとき、基本的に彼女は無表情だ。ブサイクな顔を目の前に突き出されるのは正直気に入らないが、この日はいつも以上に笑顔を見せてくれた。
話をするのが好きな人だ。最近は一人でいることが多かったから、他の人と話をするのが嬉しかったのだろう。いつも横顔でしかその表情を見ることが出来ないのが悔しいところだが、笑顔を見たおかげなのか、もう少し頑張って仕事をしようと思えた。

そんなわけで、いつも以上に働いた。気がつくと、バッテリー残量がかなり危険な状態になっていた。残り7%だった。

ワタシのバッテリーは、家に着くまでもってくれるのだろうか。これまで何度か不安になることがあったが、ここまで余裕がないのは初めてだったから、いつにも増して不安だった。彼女も不安そうな表情をしている。ワタシのバッテリー残量に気を遣って、しばらく仮眠をとらせてくれた。

そういえば、彼女はワタシのバッテリー残量に気がついたとき、充電し忘れたことを謝ってきた。彼女の生活を観察していて思うことだが、人だけでなくモノに対しても感謝と謝罪をよく口にしている。良いのか悪いのかワタシにはよく分からないところだが、面白い人間だとは思う。

お互いヘトヘトになりながらも、なんとか家にたどり着いた。バッテリーは残り3%だった。

帰ってきてすぐ、彼女はワタシを綺麗に拭いてくれた。アルコール配合のウェットシートと布製の液晶クリーナーの二刀流。これは毎日の日課だ。充電は忘れていたが、この日課は忘れずにやってくれた。おかげでサッパリして、1日の疲れも少し和らいだ。こうして拭いてくれることは勿論のこと、いつもワタシを落とさないように注意を払ってくれている。だから、もうすぐ3年目となる彼女との生活の中で、ワタシが怪我をしたことはほとんどない。基本的に優しく扱ってくれるところも、持ち主である彼女の魅力なのかもしれないなと、ふと思った。

次の日に予定を入れていないとき、彼女は目覚ましのアラームをかけない。この日もアラームの設定をしなかった。彼女の様子とワタシに記録されたスケジュールを見る限り、アラームをかけ忘れたわけではなさそうである。
私が先に起きておく必要がないから、今日はゆっくり休めそうだ。低速充電の方がワタシもありがたい。

…残り1%。
危なかった。1%になるまでワタシもよく頑張った。持ち主もワタシと同じように頑張っていたから、心の中で褒めておいてあげよう。

お互いに疲れていたから、今日みたいなことになってしまったんだ。今日は充電器とともに過ごせているから、問題ない。前の晩みたいなことにはならないはずだ。

持ち主、また明日もよろしく頼むよ。
お互いに充電は忘れないこと、約束だから。それじゃあ、おやすみ。

休日

 七月も残すところあとわずかですがいかがお過ごしでしょうか。世間は夏休みということで今回は少し休みらしい内容、昨日出かけてきた話をしようかなと思います。

 表参道にある根津美術館をご存じですか。私は昨日行くまで知りませんでした。なんなら文京区の根津にあると思っていましたからね。ちなみにどちらも東京メトロ千代田線です。そんなことはともかく昨日ここを訪れたのですが、なぜ全く知らなかった美術館に足を運んだのかというと母に企画展を見に行こうと誘われたからです。さて、母はただ私を付き添いに選んだわけではありません。その企画展、「よめないけど、いいね!」というタイトルで写経や歌集の断簡なんかを展示するものです。つまり解説代わりに呼ばれたのです。まあ理由は何であれ私も興味があったので一緒に行ったのですが、

「よめないけど、いいね!」展なのに、断簡、読める、読めるぞ!

ムスカばりに感動しました。古代に書かれた文字の解読という点においては彼も私と同じ気持ちだったのかもしれません。去年の今頃一所懸命変体仮名のテストに向けて勉強した甲斐があったなと。日文の人間たちにもぜひ「あっこれ貫之の書じゃん」とか、「この崩し字の字母は……」とか、無双していただきたいなと思います。ちょっと楽しいです。写経の方も分かる箇所があったり、この経知ってるなと思うものがあったりしました。結果からいうと展示物は解説が近くに書いてあるものが殆どで私が母に一から十まで解説する必要は全くなかったのですが、母以上に私がひとりで盛り上がってしまいました。とっても面白かったです。
他には能面と装束の展示もあったりしてそっちも楽しんで見てきました。今年授業で初めて能にがっつり触れたのですが、その中で私は能面に興味があったのでゆっくり鑑賞する機会ができて嬉しかったです。身に付けた知識は割と披露したいタイプなので小面と増女の面の違いなど母に説明しながら見ました。

 美術、芸術のようなものは先入観のないまっさらな感性のままフィーリングで楽しむのも大好きなのですが、それに対する知識があるとまた違った面白さがあるなと再実感しました。大変珍しいことに非常に文化的な時間を過ごした日でした。

仮面の奥にあるものは……

こんにちは。れいかです。

7月は教習所とバイトのおかげで充実した日々を過ごすことができました。
前回の更新の時はまだ車に乗っていませんでしたが、そこから約10回教習を受け、本日無事にみきわめを終えました。
来月は修了検定。
「自信を持ってやれば大丈夫」と言ってもらえたので、焦らず着実に臨みたいと思います!

そんな私の現在のマイブームは、『ガラスの仮面』。
美内すずえによる少女漫画で、平凡な少女(北島マヤ)が芝居の才能を開花させ、成長していく過程を描いた作品です。
不器用で、裁縫・勉強・掃除など、芝居以外のことはからきしダメな少女が主人公。
ラーメン屋の出前に行ったはずが、届け先の映画館で1時間夢中になり帰ってこないくらいお芝居が大好き。2時間に及ぶ舞台でも、1度観ただけで登場人物たちのセリフや動きを覚えて再現してしまう。
ごく普通の女の子に見えるマヤちゃんは、舞台に立つと別人となり、人々の心を鷲掴みにします。

私が『ガラスの仮面』を初めて読んだのは高校生の時です。
友人が貸してくれて、夢中で読んでいました。
1巻を読んだ時点で、時間や場所、自分がどこにいるのかも忘れてしまうくらい没頭して、あっという間に『ガラスの仮面』の世界の虜になったことを覚えています。

劇団同士、役者同士の派閥が繰り広げられるシーンもあり、常に平和な展開というわけではないのですが、登場人物は憎めない人たちばかりで、人間味を感じます。
そして、主人公のマヤちゃん、マヤちゃんのライバルである亜弓さん、彼女たちが演じる役との交わりにとても心が惹かれました。
「たけくらべ」のみどり。「ヘレンケラー」のヘレン。
同じ役をライバルである二人はどう演じるのか。
漫画を通して、舞台で繰り広げられる演劇が観られる、観客の熱気が読者側に伝わってくる……。
物凄い技量だなぁと思います。

「ガラスのようにもろくてこわれやすい仮面」
素顔は決して覗かせない。でも、この仮面の奥で静かに燃えているのは役者自身の本心と情熱。
役になる。役を作る。稽古を重ね、その両面から役を掴んでいくマヤちゃんの姿は本当に圧巻です。

私は中学2年生の時、ミュージカル部で「ロミオとジュリエット」の公演をし、ジュリエットの父親役をやった際になかなか役に入れず悩んだ記憶があります。
マヤちゃんの先生である月影先生のお言葉に触れ、13歳の時よりも様々な人と関わって経験を積んだ今の私なら、きっとあの時とは違う演じ方ができることでしょう。
この先、再び演技をする機会があるかは分かりませんが、ちょっぴりワクワクします。

そして『ガラスの仮面』を語るうえで欠かすことができない人物。そう、「紫のバラの人」です。
マヤちゃんのファンで、マヤちゃんが出ている舞台には欠かさず足を運び、毎回紫のバラの花束をプレゼントしてくれます。
高校の学費や稽古場まで手配し、マヤちゃんがピンチの時にいつも助けてくれるあしながおじさん。
マヤちゃんは、「紫のバラの人」が月影先生と敵対している大都芸能(大手芸能事務所)の社長だなんて知る由もありません。
作中劇はもちろん、この二人の関係からも目が離せないのです。

先日、1巻から10巻まで文庫を大人買いしました。
前回読んだのがかなり前なので、続きを読み進めるのが楽しみです。
たしか17巻くらいでマヤちゃんが狼少女を演じることになり、稽古をするシーンが好きだった記憶がうっすらとあるので、その場面を読むのが今から楽しみです!

『ガラスの仮面』を貸してくれた友人が「印象に残る場面が毎回違って、読むたびに自分の成長を感じる」と話していました。
何歳になっても大切に読んでいきたいと思える作品に出会えてすごく嬉しいです。
今宵もマヤちゃんの生き生きとしたお芝居、キラキラした瞳をしっかりと焼きつけて、眠りにつきたいと思います。
それでは、また。

時計の針が縫うもの

銷夏 (しょうか)

高陽 黒土 鈴の音短し
濃影 青雲 夏日 長し
竹径に独り行けば風変じて冷ややかなり
ただ蝉声のみ響き遠方を望む

(陽は高く土は黒々とし、風が吹かないので風鈴の音も短い。
影は濃く 雲は青く光り、やはり夏の日は長い。
独り、竹林の小径に入っていくと、先程と変わり冷ややかな風が吹いてくる。
ただ蝉の声が響いているのを聴きながら、遠くで揺れる蜃気楼を眺めている。)

*****

まいです、ごきげんよう❀
冒頭の漢詩は中学校の修学旅行で京都の竹林の小径に行った時を思い出して、大学生の私が初めて作った七言絶句です。

中学校時代がつい最近だった頃があったはずなのに、「思い出」はどちらかというと「記憶」になって、輪郭が徐々にぼやけていくのを感じます。でも、たとえ記憶が揺らいでも、あの時の感覚は肌に心に残しておきたい。

そのような感覚を呼び覚ますあるいは更新するような機会があったので、今日はそのお話を。

成人年齢は引き下げられましたが私の自治体では二十歳の年で式典を行います。そして今年の式典は私の学年、実行委員をつとめることになりました。
ちょうど実行委員会の初日に参加して来て今にいたるのですが、同じく委員を務めることになった懐かしい仲間たちとの再会には歓喜してしまいました。

みんな、中学生の頃は想像してもいなかったであろうことに興味を抱いていたり、反対に 今の言動からかつての彼らを思い出させられたり、とても心地よい感覚でした。

グランドルールということで、今後話し合いを進めていくうえでの約束事を決めました。相手の意見を肯定する・アイディア出しを積極的にするなどなどいろんな意見をメモに書いては模造紙にぺたぺたと貼っていく作業は久しく、わくわくします。


それぞれがそれぞれらしく、中学卒業プラス5年どんな風に生きてきたのかも気になるし、想像でつなぎとめていた間柄の人々と今日この場で再開できたことはまさに縁だなぁともつくづく思います。
ここから定期的に会議があるので、どうやら未完成だった我々の思い出は繰り返される「今」として刻まれていきます。

時計の秒針が、確実に縫っていく。

流れてしまわないように一定のリズムで捉えていく。

躊躇いもなく焦りもなく、時は素直に進んでいく。

確か君の苗字は珍しかった

何を書こうか、色々と迷ったけど、今しがた面白い出来事があったので、それを書こう。

何気なくInstagramを開いたら、高校時代のクラスメイトがインスタライブをやっていた。
なぜ?と一瞬思ったが、とりあえず参加してみた。参加者は私以外にいなかった。

その人はお台場にいた。お台場でレインボーブリッジを眺めながら、何もやることがないので配信を始めたらしい。私はその人の近況をよく知らないので、彼がなぜ今お台場にいるのか分からなかった。

その人はずっと京大を目指していた。現役の頃は落ちて、私と同じ予備校に通っていた。その後の消息は知らないままだったが、かなり賢い人だったので、京大に行ったとばかり思っていた。

京大はねえ、10点足りなかったんですよ、と彼は言った。私は笑いながら、私なんて1点だよ、と返した。するとその人は、うわぁ、と喉の奥から辛そうな声を出し、私以上に悔しがった。

お互い色々あって、東京に来たんだと思った。
画面に映し出されたレインボーブリッジの先には雷が光っていた。

その人は渋谷と横浜の間に住んでいると言った。東横線?と聞くと、そうそう、と言われた。私は副都心線沿線だよ、と言うと、あーなるほどね、と言われた。電車なんて、西鉄しか知らなかった私たちが、標準語で、東京の路線の話をしている。可笑しくなった。不自然とは、新しく獲得した普通のことだ、なんて思ってみた。

高校の頃の話をした。私たちの高校が持つ嫌な文化を思い出して、あれは嫌だったね、と言い合った。

大学の話をした。1年生の頃は、全部オンラインだったよね?うん。ずっと福岡から受けた?うん。
やっと今普通の授業してるよ。分かる。1,2年生の頃大学の人と話す機会なかったもん。分かる、てかサークル入るタイミングあった?なかった。よね?笑

中学校の話をした。その人の中学校は、地元で一番の不良学校だった。運動場を原付が走り回り、テスト中に爆竹がなる。タバコを吸うのは当たり前。中学生がタバコを吸っていても注意されないけど、ノーヘル(ヘルメットをつけていない状態)で自転車に乗ると注意される。そんな学校。

東京にくると、そんな学校が存在していたことも、自分がそんな学校出身であることも、忘れてしまう。大多数は実家暮らしで、きちんと教育を受けていて、ありえない貧困も暴力もない。ない方が幸せなのに、それらが全く存在しない世界に来ると、声をあげたくなる。ワッと人を殴って、万引きをして、河川敷を走り逃げる。そんな血が、彼と私の間には流れている。

まあ、私の中学校は、地元で一番の大人しい学校だったが。その人の出身中学校の人とは極力関わらないようにしていたが。そしてもちろん二人とも、大人になるまでタバコを吸ったことはないし、万引きなんてしたことないし、ボコボコに人を殴ったりしない。でも、血というものはある、そういう話。

話は尽きないが、無理やり中断し、私たちはお互いが干渉し合わない世界に戻った。

濃ゆい、時間だった。