虚構を楽しむ

 先日、近代文学の授業で谷崎潤一郎の『吉野葛』を読みました。吉野の地を巡る小説なのですが、限定版では物語内で出てきたキーアイテムを実際に作って撮った写真や吉野の風景写真を載せていて紀行文風になっているそうです。他にも限定盤は和紙で出来ています。というのも、この物語では「和紙を梳くこと」が美しく書かれているのです。更には谷崎本人が吉野で集めてきた葛の葉を梳きこんだりと、聞いていてわくわくする要素がたくさんあります。
私、これを聞いた時に「ウワー!!!!!」と、だいぶ興奮しまして。こんなのオタク大好きなやつじゃないですか。いいなぁ、私が谷崎のファンだったら高くても買っちゃうなぁ。

 「没入感」を強く感じる物語ってどうしてあんなに魅力的なんでしょう。小学校一年生の夏休み、兄の影響で『ハリー・ポッターと賢者の石』を初めて読みました。7歳だったり9歳だったりそこらの子どもがあの本を読んだ時に何を思うのか。「11歳になったらフクロウ便でホグワーツの入学案内が来るかも!!!」。小説はファンタジーでありフィクションだと分かっていても「もしかしたら……」を想像してしまうのです。私は本気でホグワーツに行きたかった。
今年の3月に初めてユニバーサルスタジオジャパンに行きました。いちばんの目的はH×Hコラボだったのですが……その話は連載再開したらしましょうかね、かなりその兆しが見えてきたので。出来てからずっと行きたかったウィザーディング・ワールド・オブ・ハリー・ポッター。足を踏み入れた時、「私はずっとここが私の世界になることを夢見ていたんだ」と嬉しいような、わくわくするような、そしてこの場所を観光地としていることが切ないような、不思議な気持ちを味わいました。

 オタクが言う「キャラクターの絵やキャラクターモチーフのグッズばかりじゃなくて物語内に出てきたアイテムをそのままグッズにしてくれ」も言い換えれば「物語に没入させてくれ」なのかなと思います。ゲームのストーリーには「俺」「僕」「私」視点で物語が展開していくのものが多くあります。これなんかまさしく「没入感」を追い求めた結果なんだろうな。

 『吉野葛』の限定版が発売された頃の文学オタクたちはあれを見て何を思ったのでしょうか。「物語と直接関係ないところにも関わらず粋な演出をしやがって!クゥ~~~!!」と唸っていた人はいたのかしら。
現実と虚構の間で意識が揺蕩う時、私は幸福を感じます。
では。









 

 前回の更新の時に「いかがお過ごしでしょうか。」の人を名乗ってしまったせいか、なんとなく使うことにこっぱずかしさを覚えて今回はその入りを避けてしまいました。そのうちまた戻るかなあ、たぶん次は「雨天が続きますが……」だとか「梅雨真っただ中ですが……」だとかそんなんじゃないでしょうか。

字体のパレット

こんにちは。れいかです。

今日は天気が大荒れでしたね。
私は午前と午後に1つずつ予定があり、地下鉄で移動していたのですが、電車が地上に出た時、ものすごい大雨で驚きました。雷の音が怖かったです、、。
その後、外を歩いているときは奇跡的に晴れ間が差していて、電車に乗っている間に再び激しい雨が降っていたので濡れずに帰ることができました。

突然ですが…… 先月、久しぶりにお手紙を書きました。
いつもはLINEで済ませてしまうメッセージ。
少し前にプレゼントと一緒に手書きのメッセージをもらう機会があって、それがとても嬉しかったので、私も書きたくなりました。
パソコンで文章を作り、いざ便箋へ。
適度な緊張感を保ちながら、一文字一文字を丁寧に書き進めました。

お手紙を読み書きして、人の手書きの文字を見る機会って案外少ないな~と、ふと思いました。
中高生の時は、ノートの字、行事の時の色紙、部活の資料など、クラスメイトや部活の友達の字をよく見ていました。
大学生になってから、友達とノートを見せ合うことは減り、サークルの議事録はwordで作成するなど、友達とのやりとりは活字で済ませることが多くなったと思います。
ただ、サークルの部室に皆が3行くらいで近況や趣味を書き合うノートがあり、サークルの人の書く字はすぐ分かるようになりました!

自分の憧れている人や、好きな人の書く字を見れると嬉しくなります。
しっくり来たり、意外に感じたり。
アイドルのサイン会を見ていても、「この子は、こういう字なんだ!」と新しい一面を知れた気がしてほっこりします。

字で人の印象が作られる、というのは大袈裟かもしれないけれど、「優しそう」「かっこいい」「強そう」「美しい」「儚げ」「繊細」「元気・勢い」「華奢」など字を見て連想するイメージはあるんですよね。
小学校高学年の一時期、「なりたい自分」が分からず迷走していたときに、1週間ごとに上に挙げたようなスローガン(?)を決めて、毎週字体を変えていたことがありました。
字を通して、自分ではないキャラクターを感じたい、みたいな。(笑)
もう10年くらい経ちますが、藻掻いていた記憶はあって、結構クレイジーなことをしていたなぁと思います。
しかも、男子の字や雰囲気をモデルにしていたこともあり、見返すとほとんどが雑で、お世辞にもきれいとは言えない字のオンパレードでした😅

そこから今の字になるまでには紆余曲折あったのですが、中学2年生のとき、「今の自分の字が好きじゃない、きれいな字を書けるようになりたい」と強く思い、中塚翠涛(なかつか すいとう)さんという方のペン字帳を買って、線や丸、「あいうえお」といった基礎から矯正しました。
「30日できれいな字が書ける」というタイトル通り、ペン字帳を3分の2ほど習得する頃には、見違えるほどバランスの良い字が書けるようになりました。
正直、縦書きは今でも苦手意識があるのですが、書類を書く時などに字を褒めてもらえる機会が増え、あの時直して良かったなと心から思いました。

「なりたい自分」は成人した今でも確立していないけれど、「字」に関しては当時の自分が一番美しいと感じた翠涛さんの字を真似て学ぶことで、理想の字に近づくことができました。
藻掻いている時には、自分の思う「正統」を信じて真似するのも良いのかなと思います。
模範解答のような型に当てはめることによって、個性がない字になってしまうかも……という杞憂が当時あったかは覚えていませんが、どんなに忠実に真似したところで、払いの癖や角度など、必ず自分の癖は出てくるものです。
結果的に理想と、もともとの自分の文字が融合されて良い形になっているのではと思っています。(そう信じたい……(笑))

お手紙って意識しないと書かないものですよね、、。
小学生の時は、誕生日などの特別な日でなくても文通をしていたのに。
だからこそ「特別感が増す」と思ったら、貰った時の嬉しさは倍増です。
新年の挨拶もLINEで済ませるようになって、お互いに住所を教え合うこともなくなり、郵送する、というハードルはさらに高くなっているかも。

次にお手紙を書くのがいつになるのか分からないけれど、大切な人にこそ、真心を込めて気持ちを伝えられたらいいなと思います。
その時のためにも、またペン字帳を開こうかな。
練習した直後の字は、あとから振り返ってもすぐに分かるんです。
「綺麗に書きたい!!」という意志が文字の全身から伝わってきて、前向きなパワーが漲っている感じがします。
ゆっくりめに書くと、心が落ち着いて読みやすい字が書けるので良いこと尽くしですね。

「これだ!」と思えるものに出会ってからも、自分の源流を感じ続けること。
何かを消すことなく、お互いの良さを融合するパレットのような場所を持ちたいです。
何事にも影響を受けやすい私の課題であり、理想だと思います。

それでは、また。

嘘つきはドミノの始まり

イスを手作りしよう。長持ちするイスを作りたいから、丈夫な木が欲しい。オシャレなイスを作りたいから、木目が揃った木が欲しい。気が変わってタンスを作るかもしれないから、イスにもタンスにもなる木が欲しい。

木が欲しいと言ったけど、切りっぱなしの丸太はいらない。加工が面倒だから。使いやすい、角材が欲しい。でも、出来上がったイスを買いたい訳じゃない。今求めているのは、イスになりそうな、いい角材。

就職活動とは、こういうことなんだと教えてくれた人がいる。就職活動をしている時、私は商品となり、市場に出回る。腐った木も、尖った木も必要ない。けど、周りとおんなじ木じゃ、選んでもらえない。

I wish to live like what I really am.
Unfortunately, that seems to be looked nothing but a dream in this world.

All adults are lying to others, or even to theirselves, just to make them look well socialized. Such liars choose the new ones, which regenerates next liars.
A very simple, but crucial mechanism.
I have no choice but to make efforts to lie,and be chosen as their member.

That’s what the life in my age is all about, isn’t it?

高校の頃、自分の性格について書いてください、というアンケートが毎年あった。スペースは1行ほど。私は毎年毎年、こんな狭いスペースで語れるような人間ではありません、と書いて出していた。

就活セミナーの先生に、「言葉を選ばずに言うと、もこさんは不思議ちゃんに見えます」と言われた。笑止。変わった人間ではあるが、”不思議ちゃん”ではなかろう。あと、「急に文語で喋る時があるので、普段喋っている言葉で伝えてください」とも言われた。普段文語混じりに喋っていることまで指摘されてしまったよ。

人は皆、自分のために生きているけれど、それをうまく隠して、社会のために生きているように振る舞っている。ほら、優しそうな芸能人が、凄まじい性事情を暴露されている。

私の口が「ごめんなさい」と動く時、心は必ず「だから何?」と言っている。

文章を書くのは好きだけれど、今、文章を書くのが辛い。

ペンライトの海

こんにちは!やなです!
最近電車が遅れることが多く、この間は授業に30分遅刻しました。遅延を見越してもっと早く家を出ればいいだけの話では?………それもそうですね……。
常にギリギリを攻めている3年生には酷な話です。

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1年ぶりに推し(2次元ドル)のライブに行ってきました〜!!!!✨
去年の今頃もブログでライブの話をしたのですが、今回も同じコンテンツです。2次元キャラクターが3Dモデルでパフォーマンスするのを見て楽しむライブですね。

いや〜〜最高でした!!
もう何度も行われているライブなのですが、今回は初めてパフォーマンスする曲が多く、とても新鮮な気持ちで楽しめました!
ゲーム内のアプリ先行で勝ち取った席で、だいぶ後ろの方だったので、ステージはよく見えなかったのですが、モニター越しにアイドルたちの動きを目に焼き付けました。会場でしか味わえない、爆音で響くバンドチームの生演奏や、刻一刻と変わる照明の演出も臨場感があってとても良かったです!
まだ他の都市での公演も控えているようなので去年と違ってネタバレができないのが悔しいですが、パワーアップした推しの姿を見ることができて大満足です。
来年も行けるかしら。チケットが取れるといいな。

***

ライブの内容はとても良かったのですが、観客のマナーが良くなかった場面もあり、少し残念でした。
去年はコロナの影響で席がひとつ空きだったため、それほど周囲の観客の様子が気にならなかったのですが、今年は観客と密着(?)していたため、まわりに様子が変な人がいると目につきやすかったことが原因だったのかもしれません。
マナーに敏感になりすぎるのもよくありませんが、周囲の人に迷惑をかけない最低限のマナーは守ってほしいものですね。人の振り見て我が振り直せとはよく言ったものですが、私も気づかないうちに周りの観客に迷惑をかけてしまっていたかもしれないので、気をつけようと思います!

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ライブに行くと毎回思うのですが、ライブ映像に映る観客が照らすペンライトの光が色とりどりの海のようでとても綺麗ですよね。曲によって客席全体の色が一斉に変わるのも感動します。

今回はこのへんで。やなでした!

ハマる直前

こんにちは。ましろです。

この間は、最高気温で暑かったですね。最近は、マスクをしていると、息苦しさを感じるようになってきました。

最近、中国のドラマを見始めました。
留学生と少しでも相手の母国語で話したいと思ったことと、漢詩を中国の発音で読んでみたいと思ったのがきっかけです。ドラマなら気軽に楽しみながら学ぶのに向いてるじゃないかと思って見ています。

中国のドラマは、字幕がついているものが多く、漢字を見て何とな〜く内容が理解できます。分からないところも多いんですけれど、「とある漢字が多く使われている」だとか「来世で恩返しといった考え方が根付いているのだろうか」といったことを感じられます。
また、時代劇ものは、とにかく衣装が美しいんですよね。普段の服装や髪飾りはもちろん、甲冑だったり、結婚式の赤い衣装だったりとバリエーションが豊富です。朝廷に行く時の姿と普段の髪型の違いなんかも見ていて楽しいです。オープニング曲や劇中歌、エンディング曲もいいんですよね。中国語は、一つの文字で音に高低差があるからか哀愁漂うメロディーが多いように感じます。笛の音もいいですね。さらに哀愁をかきたてます。
さっきは漢字で何となく内容が分かるなんて言ったけれど、実際は分からないこともたくさんあります。言語が分からないものでは、バックミュージックの不穏さや表情で内容を読みとってるのだなと感じました。悪役は、完全に悪い顔をしていて伏線も見つけやすいです。
あと、自分の好みに気づいたのが、やっぱり人の表情を見るのが好きなんですよね。俳優さんたちが、ちょっとだけ口角をあげていたり、顔を緩めて雰囲気が柔らかになったり、真剣な表情だったりと見ていてどんどんと惹き込まれてしまいました。
戦闘シーンでありえないぐらい飛んだり(これはこのドラマだけかも)、亡くなるときに血を吐いたり、日本のドラマとの違いも改めて確認できて面白かったです。
まだまだ見始めですが、沼にハマる直前まできています。何事も楽しみながらするのが一番ですね!


暑くなってきましたので体調にはお気を付けて。自分をいたわってあげてくださいね。
以上ましろでした。

やってみないと分からない事

 こんにちは、さゆりです。犬王、公開されましたね!!!!
残念ながら私は課題に追われていて見に行けないのですが、少し落ち着いたら観に行きたいです。
犬王の影響で私の中のお能への気持ちもフィーバーしているので、今回は久しぶりに、お能のお話です!

 この前野村四郎先生が仕舞をしていらっしゃるDVDを見たのですが、舞のあまりの優雅さにびっくりしました。四郎先生がお亡くなりになるコロナ禍前まで、能研では四郎先生にご指導をいただいていました。残念ながら私はお会いすることが叶わなかったものの、先輩達が四郎先生の事を語る時いつも楽しそうにされていたので、すごく素敵な方だったんだろうなぁと思いながら聞いていました。一度お会いしてご挨拶がしたかったです。
 現在練習している「紅葉狩」は、高貴で美しい女性に扮した鬼女たちの舞です。能では男性と女性で舞のニュアンスを変えるそうで、私はまだ女性舞しかやった事がありませんが、男性舞だとカマエの時の手の位置を変えたりするみたいです。
 その四郎先生の舞なのですが、本当に女性に見えてくるほど本当に美しくたおやかで!所作の一つ一つが滑らかで洗礼されていて、見ながら練習しようと思っていたのに無意識に手を止めて見入ってしまいました。以前先輩が「仕舞は型の連続」と言っていて、その時はあまりピンときませんでしたが、このビデオを見ながら型を覚えるうちにうっすらと分かってきました。確かに型の連続です。でも、他の演目と同じ動作をしているはずなのにそうとは思えないほど表現豊かで全く別のものに見えて来るので不思議です。
 初めてのお稽古だったでしょうか、仕舞を教えていただいた時、先生が「プロでも摺り足は一生」とおっしゃっていたのが印象に残っています。映像で見た四郎先生の摺り足はとても自然で美しいですが、軽々と足を進めるので摺り足が難しいということをすっかり忘れそうになってしまって……いざやってみると、摺り足が一番簡単そうに見えて全く先生のようには出来ないので思わず苦笑いが出てしまいました。シンプルな型だからこそ、究極の美が詰まっているのかもしれません。なんと奥深い!!

 見るだけでも楽しいですが、実際に仕舞と謡を教えて頂けるというのは何よりも貴重な経験です。二年目にして、大学生活も長くて短そうだなあとぼんやり感じ始めているので1回1回を大切に練習に励みたいです。

 といいつつも、実はまだ実際に舞台を観に行ったことが1度しかないので、夏には何回か観にいければいいなと思います。

 舞台と書いて思い出しました。日本文学科が6月から国立劇場のキャンパスメンバーズに加入した、ということで!!メールで知って大喜びしてしまいました。これはうれしいお知らせですよね!能は勿論、歌舞伎や文楽にも興味があるので大学生でよかったわと喜びをかみしめています。

ではまた!

食の神秘

こんにちは、まなです。皆様いかがお過ごしでしょうか。部屋着を既に夏用のものにしてしまったので、夏本番の時期に果たして耐えられるか不安になってきました。もっと素材の薄いものを買うかどうか悩みます。

最近、食に対する興味が一段と湧いてきました。直近で感動したのは、ホッケフライの美味しさです。今まで鮭のムニエルに勝てる魚料理は無いと思っていたのですが、甘かったです。魚を揚げるだけでさっくさくホクホクの幸せが生まれる神秘。恐れ入りました。揚げ物を作る面倒さに目を瞑れば、出来ることなら毎日食べたいほどの衝動に駆られています。

ホッケフライとはまた別に衝撃を受けたのは、汁なし担々麵です。先日初めて食べたのですが、喉が焼き付くような感覚を味わい、余りの辛さに「こんな辛い物二度と食べるか」と涙目で決意しお茶を飲みました。しかし、数日後なぜか同じ汁なし担々麵の袋を握りしめカゴに入れる自分の手。自分の意志とは反してあの辛さを求めてしまう本能。あんなにつらかったのに、どうして? 「からい」「つらい」「美味しい」感覚は密接に絡み合う要素なのだと認識しました。今日も辛さ対策のラッシーをお供に汁なし担々麵を食べようと思います。

それでは、また。

自分らしさって?

こんにちは、みどです!
卒業論文の執筆から就職活動、授業の課題など毎日やることが多すぎて、何か始めるたびにログインボーナスとかつかないかな、実績解除とかされないかな…と考えています。
先日、就活で初めての対面面接という実績が解除されました!わーい😄
その面接で聞かれた質問の中で、答えるまでに少し固まってしまった質問がありました。

「あなたが考える「自分らしさ」とは何でしょうか?」

これを読んでいるあなたは、すぐに答えられることができますか?
この質問を即答できる方が珍しいですよね。実際に私もこの質問をされて答えたはずなのですが、どのように答えたのか、緊張と焦りで忘れてしまいました…。
自分らしいって何だろう?
残念ながら、私には突出した才能も、頭の良さも、人脈も、財力もありません。他の人と比べた時に「ここが違う!」となる部分も分かりません。特別顔も良いわけじゃないし。
でも、今までの人生21年間を振り返って、何か新しいことを始める時、事あるごとに「笑顔」というワードを口に出していたな…と思い出しました。
中学生の時、ダンスが苦手で上手くなりたくてダンスを習い始め、先生に「ダンスを上手く見せるには笑顔も大事だよ」と言われたこと。高校生の時、ダンス同好会で副部長になり、後輩に「笑顔で踊ったらうまくなる!」と教えていたこと。大学1年生・2年生の時に参加したボランティア活動で「みどちゃんはいつも笑顔が素敵だね」と褒められたこと、そしてボランティア活動に参加した高校生にも「辛い時こそ笑顔だよ」と話したこと。アルバイトでは、苦手な接客に挑戦し、笑顔を絶やさなかったこと。
思い出したらキリが無いけど、そういえば私の人生「笑顔」とともに歩いてきたな~と。「私らしさ」と「笑顔」は繋がるんじゃないかな…と、終わった面接の一つの質問をこの数日間、頭の中でグルグル巡らせてました。

結論:「自己分析、チョーーーーーーーーーーーー大事。」

これを読んでいるあなたの「自分らしさ」とは何ですか?
以上、みどでした♪

とことことことこ

トコトコトコトコ歩きます
緑のトンネル歩きます

キリッとキリッと歩きます
新品ピカピカいいでしょう

テクテクテクテク歩きます
目的地まであとちょっと

スタスタスタスタ歩きます
このペースだと遅刻しそう

チョコチョコチョコチョコ歩きます
靴擦れヒリヒリ痛みます

フラフラブラブラ歩きます
あなたが来るまで待ちぼうけ

ルンルンルンルン歩きます
四葉のクローバーみ〜つけた

そーっとそーっと歩きます
あの犬怖いな起きないで

ヨロヨロのっそり歩きます
体力限界はやく寝たい

ピタッと止まって見上げます
まっかな夕焼け見惚れちゃう

ズンズンズンズン歩きます
明日に向かって歩きます

*******


だいふくです。

歩いています。毎日歩いています。
皆さんも毎日歩いていますよね?
わたしが一日で一番「わたし今、歩いているな」と感じるのは、目白駅から日本女子大学までの道のりです。皆さん20分くらいかけて歩いていると思いますが、都会の「最寄り駅から大学」にしては少し遠い気がします…。学習院の人うらやましい…‼︎

ある日、事件はおきました。
いつの間にか目覚ましを止め、二度寝をしてしまったわたし。
もう一度目を覚まして時計を見ると、いつも家を出ている時間。

「おわった」

いや、もう間に合わないでしょ、と思いましたが、とりあえず準備をして家を飛び出しました。何とか遅刻しないギリギリの電車に乗れました。セーフ。目白駅到着予定は8時41分。授業開始は9時です。
まあ何とか20分のペースで歩けば間に合いますね。そう思っていたときに、車内アナウンスが流れました。「人身事故の影響でしばらく停止します」

「なぬっ??」

ここで止まられちゃ困る…
動いてくれ、動いてくれ…
3分で動きました。セーフか!?
ダッシュで山手線に乗り換え。よーし間に合うぞ!

「なぬっっ????」

山手線も3分遅れてるー!!
これはこれは。
そして、目白駅に着いたのは8時46分。
あと14分?
走るしかないでしょ!!

本女生で溢れているこの長い道をダッシュはできないので、極限にダッシュに近い小走りをしました。あとは腕時計とにらめっこ。

間に合うか、間に合わないか。
間に合うか!間に合わないか!
間に合わないか!間に合うか!

そして何とか鐘が鳴る前に校門に辿り着きました。
時刻はなんと!8時56分!10分で着きました!快挙!
皆さん、頑張れば目白駅から大学まで10分で着きますよ。
でも、寝坊はしないように気をつけましょう。
無意識で目覚ましを止めてはだめですよ。

今日も皆さんに素敵なことがありますように。

薔薇

百聞は一見にしかず、という言葉がありますが、時には一香が、一見に優ることも。

陽射しの五角形が重なるようにして橙色は広がってくる。
ニスが塗られたみたいに艶々とした葉っぱの緑は、朱を混ぜながら徐々にくすんでいく。

そこは影と美が混ざり合い、確かめ合い手を取り合う、舞踏会だった。光沢のあるひだを重量感たっぷりに身にまとい、あるいは控えめなフリルをちらつかせたりしながら、みな気高く、気品溢れる態度で、“お相手”の声がかかるのを待っている。時には疲れて首をもたげているのもいる。でも多くは、必死に陽光を浴びて、照らされたドレスをよりいっそう輝かせて歌っている、私を見て。

肝心の“お相手”、そんなこと見向きもせず。目を瞑り安堵の呼吸をして、あぁ、そこにいる、と歩き出す。
揺れる衣が振り落としていく芳しい香りに、乱れる心の花弁が1枚1枚剥がれていくのをよそに無条件にそこへ誘われる。

伸びてきた手は誘っている。
1曲いかが?そう言っている気がした。
鼻の先がずっと近くに寄ってきて、深紅に染まったそれは、

ちょきんと切り落とされた。

*****

鮮烈な薔薇たちは最も盛んな時に切り取られ飾られる。ぬくぬくと蕾から顔を出して必死に咲いた誰がそんなことを知るのでしょう。

まいです、ごきげんよう❀

ついこの間のことです。私の父方の祖父が他界しました。一時は余命宣告をされたけれど宣告時期を過ぎてもなお長生きし、最後まで自力で生き一週間と病院にいることなく眠りにつきました。

危篤状態になる数日前、病院にいる祖父のために父がボイスレコーダーを買ってきました。このご時世、病院にお見舞いに行くことも許されないので、せめて声を届けようと家族で集まりみんなで「アンパンマンマーチ」を歌って励ましの録音を聴かせました。

葬儀の経験というのは、ものごころついてからは今回が初めてでした。冷たくてすべすべな祖父の周りに色とりどりの花をいっぱいにつめました。これからの旅のお弁当と、みんなで撮った写真、父の詠んだ歌、それらを並べ、涙と感謝がずっしり染み込んだ棺は運ばれて行きました。

祖父の魂は既に狭い箱から出て、もっと清々しい景色に溶け込んでいたことでしょう。祖父との思い出話から知らない若き日の話などを家族同士で話し盛り上がり、記憶の中の祖父も笑顔にしていました。

「虹」という合唱曲にこんなフレーズがあります。

”ぼくらの別れをだれかが出会いと呼んだ”

祖父はわたしたちに別れを告げたその先で、いったいどんな素敵なものと出会っているんだろう。こちらに帰ってきたりはしていないから、きっと楽しんでいることでしょう。

すべての人の行く先々で、すてきな出会いが待ち受けていますように。

以上、19歳最後のまいでした。みなさん良い夢を🌙**