光陰矢のごとし

はじめまして!今回からブログを書かせていただくことになりました、ゆきほと申します。

リラックマやサンリオの「はぴだんぶい」というユニットのタキシードサムくんを初めとしたいろいろなキャラクター達や、大相撲、各種アニメ・マンガなどが好きです。

ブログを書いた経験はなし、日記を書くと三日坊主……どころか大体2日くらいで終わってしまうという先行き不安な性格ではありますが、好きなものや最近出かけた場所、はまっていることなどの近況をマイペースにお話しできればと思います。これからよろしくお願いします!!

∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴

さて先日のブログ部の顔合わせの際に「最近行った博物館や展示」的な話題もありましたが、私もついこの間江戸東京博物館に行ってきました。

中学生ぶりの江戸東京博物館でしたが、前回は読めなくて分からないからスルーしていたくずし字の資料がちょっと読めたことに自分で驚きました。前期の変体仮名演習の初回授業の時に、これは読めるようになる気がしないぞ……と内心焦っていた自分からは少し成長できたのでは?と少し嬉しくなってしまいます。
そして今回どうしても語りたかった私的に最大に嬉しかったこと、それは2020年の初場所ぶりとなる両国駅への上陸でした。そこ!?と思われるとは思いますが、2年も両国に行っていないなんて私にとっては結構な大事件です。
私が知っていた両国駅は、総武線から降りた瞬間から鬢付け油のあの甘い匂いが漂っていて、改札を出たらそこら中にお相撲さんがいる本場所中の両国駅ですが、今回は駅前に大相撲のグッズを売っている出店もなく、国技館にはのぼりも立っていない普通の両国駅でした。それでもホームからの階段を下りて上を見ると「満員御礼」の垂れ幕があり、右を向くと優勝額や手形が飾られている久しぶりの両国駅にはかなりテンションが上がりました。今度は場所中の国技館にも行きたいものです。

さて、少し話はそれてしまいましたが江戸東京博物館はなんと今年の4月1日から令和7年まで大規模改修のために休館となってしまうそうです。次に開館するとき、私はもう社会人です。チケットの表記が「大学生・専門学校生」から「一般」になってしまいます。「まああと1ヶ月ちょっとあるし……」と思った方、今回のブログのタイトルにもつけたように時間が過ぎるのは早いです。1ヶ月も3年もあっという間に過ぎてしまうのでこの機会にぜひ足を運んでみて、ついでに両国駅も満喫してみてはいかがでしょうか?

後悔の選択肢。

こんにちは、あこです。

最近、12時頃に目が覚めます。ええ、お昼の。目覚まし時計を3回セットしたこともありました。それでも、ダメ。起きたら、お昼なんです。

一番怖いのは、夜更かしをしているわけではないということ。”早寝遅起き”状態です。つまり、ただただたくさん寝ているってことです。2月8日に2,3年ぶりの5時起きをしたのですが、その次の日から12時起きが続いています。そろそろ7時に起きたいです。切実に…

*****

3日後の2月23日は、曽祖母の命日です。昨年の2月23日に、彼女は98歳で亡くなりました。そのことは3月のブログでも書いたけれど、今回も少しだけ触れさせてもらいたいと思います。

以前書いたように、私の曽祖母はパワフルな人でした。もちろん、彼女も人間なので体の「老化」は訪れていましたが、そういった姿を私があまり”見ていない”というのもあって、私の中の彼女は昔のままです。それは、私が彼女の「老化」と”向き合わなかった”ことの表れだとも言えるでしょう。否定は、できません。だけど、私には、できませんでした。

先日、ブログでお祖父様の話をしている方がいらっしゃいました。そして彼女のブログの中に、「亡くなってから、もっとこうしておけばよかったという後悔はなかった」という一文がありました。その文章を読んだ時、私は自分が後悔していないことに、そして後悔という発想がなかったことに気づいて、困惑しました。なんて言ったらいいのかわからないし、なぜかはわからないけど、「後悔」の2文字が、頭から離れなくなりました。

*****

曽祖母は祖父母と住んでいたから、祖父母の家に行けば曽祖母がいた。曽祖母と祖父母と私の母は母が結婚するまで一緒に暮らしていたから、彼らは元々”家族”だった。曽祖母と祖母と母、そして私という4世代のつながりが見えた。”曽祖母と曾孫”の関係だったし、彼女の曾孫は8人いたけれど、曽祖母から私まで一本の線になっているような気がしていた。だから、思入れもあった。でも、彼女の晩年はあまり会いにいかなかった。曽祖母は好きだったけど、そうじゃ無くなるのが、怖かったから。そういう感情になるかもしれない自分を認めたくなかったから。それなのに、”後悔”なんて考えなかった。

*****

こういう言い方をすると、私が後悔したがっているのだと思われる方もいらっしゃるかもしれません。でも、そうでは無いんです。後悔していないことに安堵しているわけでも、後悔しなかったことを後悔しているわけでも、無いんです。ただ、後悔という”選択肢”がなかった。後悔しなかったことと、後悔という”選択肢”がないことは、同じなようで、ちょっとだけ違うのではないでしょうか。

*****

人の「死」を意識するのは、人生で2回目でした。1度目は、小学校3年生の時。

私には歳の近い弟がいますが、彼は私が幼稚園生の時から入退院や手術を繰り返していました。でも私にとっては単なる弟だったし、「病気だからかわいそう」とか「病気だから優しくしなきゃ」とかなんて思ったことは、全くなかった。むしろ「ちょっと体が弱いからってチヤホヤされよって」「何がかわいそうなんだ」「ずっと母親を独り占めするなんてズルイじゃないか」と、被害妄想と嫉妬と羨望とよくわからない悔しさとでいっぱいでした。

それでも、私が小学3年生の時、弟は大きな手術をすることになりました。まだ9歳とは言え、幼稚園生よりは成長していたので、私も少しだけ大人で(←多分…)、それまでとはちょっとだけ違う感情だったのを覚えています。「死ぬかもしれない」なんてはっきりとしたことは思わなかったし、「死」がどういうものなのかなんて、全然わからなかった。でも、「死んじゃえ」とか「死ね」という言葉は誰に対しても言ってはいけない言葉だということは、知っていました。「死」はわからなくても、「死」を「し」と捉えることはできるくらいの年齢ではあったと思います。

*****

弟が手術を受ける前に、彼のメッセージを吹き込んだボイスレコーダーを弟の担任の先生に持って行った。その中に、「レモン味のカンチョウが〜」というフレーズがあった。私が事前に聞いた時には、「なんでやねん」と突っ込みながら笑ったけれど、弟の先生は終始神妙な面持ちで、「レモン味のカンチョウ」にも全く笑っていなかった。ただ、椅子に座って、なんとも言えない表情で、ボイスレコーダーから流れる弟の声を聞いていた。なぜか哀しくて、寂しかった。

*****

もちろん、私は弟のことを心配していなかった訳ではありませんでした。手術が失敗すると思っていた訳でもありません。でも、成功すると信じていた訳でもないし、「なるようになるさ」と思っていた訳でもありませんでした。松任谷由実の「守ってあげたい」の歌を1人父の部屋で聴いてみたり、手術の日は弟の服(確かパーカー)をこっそり着て登校してみたりしたこともありました。でも、そういう「行動」は思い出せるけど、当時の「感情」や「想い」は思い出せません。当時どんな想いだったのか、なぜそういう行動をしたのかは、全く覚えていないのです。

*****

先のブログを読んだ時、曽祖母が亡くなった時には全く思い出さなかった小学3年生の時の記憶が、ふっと甦ってきました。”後悔”という2文字によって、二つの事柄が、ふわっと、でも確実に手繰り寄せられました。その理由は、わかりません。もしかしたら、覚えていない当時の感情は、曽祖母を亡くした時の感情に似ていたのかもしれません。そしてそれは”後悔”がキーワードなのかもしれません。曽祖母と弟は性別も年齢も状況も(結果も)違うけれど、潜在的な”何か”や”共通点”があるのかもしれません。

*****

人は生まれたら絶対に死ぬということは、今も昔もわかっています。年齢を重ねた先には死があり、病気や手術はいつでも”死”と隣り合わせであるということも。そしてそれは当然私も同じであり、だからこそ”後悔のないように”生きようと思っています。でも、”後悔”を意識する一方で、その中身/内容は、よくわかっていません。何をしたら後悔するのか、何をしなかったら後悔するのかは、私は日々意識していません。

私は、「ちゃんと生きる」とか「悔いの残らないように」という言葉を使いがちです。意識して使っている訳ではないし、「ちゃんと生きる」ってどんな生き方よって、自分でも思っています。だけど、後悔を恐れている一方で、もし明日自分が死んだとしても、もし明日誰か親しい人が亡くなったとしても、後悔という選択肢は、ないと思います。もちろんすごく悲しいし、受け入れられないと思うけど、そういう選択肢はないから、後悔はしないと思います。

*****

「誰もみていなくてもお天道様は見ているからね。」の「お天道様」のような、「神様はなんだって知っているよ。」の「神様」のような。私にとって”後悔”はそういう存在です。見ているけど、見ていない。知っているけど、知らない。あるけど、ない。

「それはあこが若いからだよ」とか、「結局「こうしたい」って思ったことを全部叶えてきたんじゃないの」とか、「後悔しないこととなんら変わりはないじゃないか」と、言われるかもしれません。そして、それはその通りなのかもしれません。

あるけど、ないけど、やっぱりあるのかもしれない。でもやっぱり、ないのかもしれない。

今の私には、それで十分です。

*****

今日はいつも以上にまとまりませんでした。きっと、私の中で消化できていない”何か”が、まだあるのだと思います。でも今は、これ以上は、もう無理です。ごめんなさい。

それでは、また。

駆け込み乗車にご注意ください

はじめまして、だいふくです(*^_^*)

簡単に自己紹介…

ムーミンキャラクター(特にリトルミイ)が大好きです!!

文房具、食器、トートバッグ… 私の周りはムーミングッズでいっぱいです。しあわせ。

趣味は着物を着て出かけることです。着付け教室に通っていて、資格取得に向けて練習しています。コロナが収まったら着物を着て旅行したいです♪

ブログでは、日常生活で起こるちょっとした事件やうれしかったことなど、読んだら思わず笑ってしまうような話を皆さんにお届けしたいです。

よろしくお願いします!

今日は雨が降っているので、雨の日の思い出をお話ししようと思います。


高校2年生のとき。

私は自転車通学だったのですが、その日は雨だったので、仕方なくバスと電車で通学することにしました。自転車だと学校まで20分で着くのに、雨の日はバスと電車を乗りついで30分以上もかかります。めんどくさがりの私は、晴れでも雨でも起きる時間が同じなので、雨の日は毎回遅刻ギリギリでした。

雨の日のバスは窒息しそうなほどパンパンです。

「バスって時間通りに来ないじゃん‼︎ていうか朝のバスって120%満員じゃん‼︎苦しい_:(´ཀ`) ∠」:」と思っていました。雨の日の登校がこんなにハードなものだとは…‼︎

押しつぶされながらもなんとかバスはクリア。その後、バスから電車への乗り換えでセーフか遅刻かの運命は決まります。ぎゅうぎゅうに詰め込まれたバスの中で電車の発車時間を検索し、駅について扉を出た瞬間猛ダッシュ!!

ε=ε=ε=ε=ε=ε=┌(; ̄◇ ̄)┘

間に合うかどうかは最短距離をどれだけ速く走り、階段を駆けおりるかにかかっています。階段をマッハで駆けおり、残り5段というところで発車ベルが鳴り始めました。

「や、やばい…‼︎」

しかし、階段をくだりきって電車が目の前というところで私は確信しました。

「これは、いける…‼︎」

そして電車に向かって駆け込もうとしたそのときでした。

気づいたときにはすでに遅かった…
なんと、タイミングよく、電車と並行に歩いていた男の人の足に引っかかり、電車にダイブ☆

「あっ」

こんなに急いでいるのに突然スローモーションになってびっくり。

ピンポン、ピンポン。

ダイブした瞬間にゆっくりと扉が閉まりました。間に合った、と顔を上げると、同じ高校の制服を着た人と目が合って、笑われました。

(´Д` )ガーン‼︎

駅から教室までもダッシュして、無事間に合いました。これだけ走っていたら、なんだか雨の日ってだけで痩せられそうですよね。

ちなみに、各停の下り電車だったので、人もあまり乗っていなく、ダイブしても特に怪我はありませんでした。

(日本女子大学の最寄駅は、山手線の目白駅か、副都心線の雑司ヶ谷駅なので、ダイブはできないと思います。)

今では私も電車通学なので、かなり時間に時間に余裕を持って通学していますよ!!

雨の日は朝から大冒険です。特に普段は自転車通学だけど雨の日は電車、という皆さん、駆け込み乗車にご注意ください( ^ω^ )

穏やかな日々

あと1ヶ月と少しで自分が社会人になることが信じられません。一生学生でいたいです。

どうも、みなさんこんばんは。さやかです。

14日にバレンタインの短期バイトを終えました。お菓子の販売スタッフということで、倉庫に在庫を取りに行ったり、レジをしたりしていました。いやー、コロナ禍でも人がすごいすごい。私の勤めていたお店では売り切れが続出。バレンタインの経済効果を肌で感じました。実働8時間×6連勤とか馬鹿な働き方をしていましたが、無事に達成しました。今月はもうアルバイトしたくありません。

12月は卒論、1月は期末レポート、2月頭は連日アルバイトだったので、2月中旬にしてようやく何もない自由時間ができました。何も考えずにだらだらする生活。最高です。ニート万歳。

自由になった今、主要都市では名探偵コナンプラザなる期間限定ショップがオープンしています。アルバイトを頑張ったご褒美として、散財してきました!

5000円以上買うとトートバッグがもらえるとのことで、5000円を超えるように計算して買い物しました。戦利品は、トートバッグ、イヤリング、手鏡です。ランダムの缶バッチとかマスコットとかも買おうかと思ったのですが、推しが引けなかったら悲しすぎるので、やめました。散財しすぎた気もするけど、バイト頑張ったし、いっか……!

そして、急に自由時間ができた!ということで、久しぶりにチョコを作りました。最後にお菓子を作ったのはおそらく中学生の頃ですので、本当に何年振りだ…?という感じです。

私は料理ができない人間なので、事前にチョコ手作りキットを購入していました。チョコレートは溶かして固めるだけなのでそんなに失敗しないような気もしますが、万が一のことを考え、冒険するのはやめました。

セットのチョコと市販の生クリームを混ぜて、冷やして、成形して、また冷やして、でトリュフチョコレートの出来上がりです。とても簡単でした。冷やす時間を除けば、1時間とかかっていないのでは…?ただ、チョコレートの等分に失敗し、大小様々なトリュフチョコレートが完成しました。形の良いものを厳選し、人にあげようと思います。

タスクに終わらず、のんびりと推し活とお菓子作りができるなんて、いつ以来だ…!?私は気づいたら予定を詰め込んでしまっている人間なので、こんなに心穏やかな日々は本当に久しぶりです。社会人になっても、こんな穏やかな日々を続けていきたいな…無理だと思うけど……

というわけで、今日はこのへんで。さやかでした!

夢八夜

こんにちは、もこです。でも今日は、ともです。

私にはもう祖父母が誰一人としていない。
みんないなくなってしまった。

私が3歳の時には既に、母方の祖父以外は全員他界していた。
それからずっと、母方の祖父は、私のたった1人のおじいちゃんとして、私を可愛がってくれていた。

そんな祖父も、私が中学一年生の頃に亡くなってしまった。
それからずっと、祖父母がいない生活を送っている。

大学生になっても、まだ祖父母が生きている人は多い。ブログでも、おじいちゃんおばあちゃんのほっこりする話を見かけるし、さらにはひいおばあちゃんの話まで出てきて、驚くことがある。

羨ましいと思っている。

両方の祖母を幼い頃に亡くした私には、おばあちゃんという存在が、どういうものなのか、よく分からない。
自分の父や母に、さらに母親がいるというのが、ちょっと信じられない。
優しくしてくれる存在なのか、可愛がってくれるのか。昔の話など、聞かせてもらえるのか。

でも、おばあちゃんがという存在がよく分からなくても、おじいちゃんがどんな存在なのか、私はよく知っている。
祖父は2日おきくらいに私の家に来ては、いつも私を車でいろんな場所に連れて行ってくれた。
本当によく可愛がってもらった。
 

祖父の夢を見た。
亡くなってからもう何年も経っているというのに。

夢の中で私は、祖父の家にいた。お正月のような雰囲気だった。祖父は食器棚の前で、伯父と談笑していた。私が来ると、ここの食器はともんために残しとる、と祖父が言った。もう捨ててもよかばってん、ともが使えるごつ、残しとる。
祖父はいつものように笑っていた。

すっと場面が変わって、私は自分の家にいた。
私は、最近じーじがうちに来ていないね、と言う。
母は、そうやね、と言う。
祖父は私たちの家に頻繁に来ていた。3日来ないことがあれば、電話することになっていた。もう、1週間くらい来ていない気がしていた。なんで、最近来ないんだろうと思っていたら、目が覚めた。

目が覚めて、思い出した。
もうこの世に祖父はいないのである。
だから、来ないのである。

亡くなってからもう8年も経つのに、気づかなかった。

食器を残してある、と祖父は言っていた。
祖父は知らないのかもしれない。
祖父の家は、もう無いということを。

祖父の死後、親族間のあれやこれやで、祖父の家は取り壊されてしまった。簡単に言うと、名義が祖父のものではなかった。

私は中学校の頃、駅から自転車で学校まで通っていた。祖父の家は駅と学校の間にあった。いつも通る道ではなかったが、行こうと思えばいつでも行ける所にあった。学校帰りに遊びに行くこともあった。

祖父の家がむざむざと破壊されるのを、私は毎日見ながら帰った。見に行っても、祖父はそこにいないし、家が戻るわけでもないのに、毎日毎日見に行った。

毎年お正月に親戚が集まった部屋も、かくれんぼをした押し入れも、毎年クリスマスツリーを飾ったあの部屋も!祖父がいつもいたリビングも!家に乗り込んだ重機は無慈悲に全てを破壊した。
むき出しになった柱。破壊された柱と柱の間から見える、壁紙の模様。何度見に行っても、戻ることはない。だけど私は、毎日毎日、見に行った。

祖父は夢で、私のために食器を残してあると言った。でも、食器はおろか、家さえ無くなっているのである。夢に出てきたあの場所も、もうないのである。私がこれからあの場所に行くことも、祖父に会うこともない。夢の中でだけ、祖父がいないということも忘れて、あるはずのない家で、笑えるのだ。

祖父は大晦日に倒れた。そのまま、8年前の明日、亡くなった。
膵臓がんだった。
膵臓がんの5年後生存率は、8パーセント未満。
助からないがんである。

祖父が元気な時、たくさん遊んだし、入院してからも毎日自転車で病院に通った。亡くなってから、もっとこうしておけばよかったという後悔はなかったし、死もすっかり受け止めていると思っていた。でも、まだ、祖父を思い出しては、悲しくて泣けるのだ。

そういえば祖父は、タイミングよく夢に出てくる。ポメラニアンの子犬を飼った時も、夢に出てきて、家に来たばっかりの犬を眺めていた。あはは、新しい犬を見にきたんだねと、母と笑い合ったのを覚えている。
今回も、私が家で茶碗を割ったから(なのに新しいのを買わずに味噌汁椀でご飯を食べていたから)、しびれを切らして出てきたのだろう。ちゃんと、見られている。

明日は祖父の命日である。

次はいつ会えるだろうか。

物語税をお支払いください。

物語税

「こんにちは。いやこんばんはかな? どちらかは不明だけれど、おはようございますはちがうだろうな。全く君はいつも書き始めるのが遅い。夕方か夜が多いよね」
 いつも通りさぁ書くかとスマホをいじっていると目の前に見知らぬ人物がいた。私はこの人の正体を知らない。しかし私宛の来訪者であることはなんとなく、分かっていた。いつからそこに。そして何様で。スーツを着込んだ兎に話しかける。
「ああ、またスマートフォンで書いてる。PC開くのが面倒だったのでしょう。何せあなたの机の上はいつも乱雑だからねぇ」
 ひどいなぁ。言い返すことはできないけれど。机の上が散らかっているのは紛れもない事実であるし、その為にPCを開くのが億劫で、最近はもっぱらスマホで投稿しているのも事実であるからだ。
「いやまあ、文章の質が変わらなければ私としてはPCのキーボードをカタカタ打ってもらっても、スマホのフリック入力で親指を忙しくしていてもどちらでも良いのですけれど。皆さんもそう思ってますでしょう」
 うさぎは、やれやれとでも言いたげな表情をした。私はうさぎの表情に詳しくないが、絶対そのような顔をしている。私には分かる。
「あ、今途中でメモを閉じて他のアプリ開いたでしょう。いつもながら集中力が無いですね」
 なんで分かるんだそんなこと。もう500字以上書いているんだ。ちょっと休憩しても良いだろう。
「ま、あなたがメモ開いて一度も閉じずに書くときなんて、だいたい〆切間際に焦ってるときくらいなので、今更あまり気にしませんけど」
 全てバレているのである。
「それは兎も角、うさぎだけに。あなたから物語税を徴収したく、私は訪れたわけでございます。あなたが自由に書き散らした物語、ここらでちゃんと整理してもらいますよ。まさに年貢の納め時って奴ですね」
 物語税?そんなもの聞いたことないが?
「初めて知ったという顔をしてますね。とぼけても無駄なのですけれど。仕方がないですね説明しましょう」
 うさぎはそう断りを入れると、どこからかホワイトボードを引っ張って来た。
「物語とは通常、ある世界の一片を切り取ったものだと考えられています。つまり、物語を書いた時点で、一つの世界が生まれているのです。シリーズものでしたら、その世界の続きや別視点を切り取っていることになりますし、作者が同じ世界線であると明言していれば、その作品の全ては一つの世界となります。しかしそのどちらでもなければ、物語は一つ生まれるごとに、一つの世界の誕生を共にしており、物語ごとに世界が生まれていることになります」
 なるほど。理屈は分かった。一つの物語につき一つの世界。単純で分かりやすい。
「で、その世界を生んだ分の管理費、維持費に税がかかるんですけれど」
 そこですよ。なんですか税って。誰に納めるんですか?
「勿論その世界の住民でございます。あなたの手によってぽんぽこ生み出された世界は、あなたの手を離れて回っているにせよ、あなたなしでは生きられません。あなたからの税が必要になります」
 ええ、そんな。税がかかると知っていれば、こんなにぽこぽこ話を生み出したりしなかったのに!
「あなたは月に二回ペースで世界を生み出していたものですから大変ですよ。しかも共通の世界線では無く単独で。ショートショートも考えものですね」
 月に二回。確かにこのブログのシステムならそういうことになるが、それにしたって。
「それでですね。あなたが物語形式にして新しく世界を生んだ記事を確認してみましたが、その数全31話でございます」
 31話も書いたのか!?客観的に眺めるとなかなかのものでもあるし、31回分、自分の近況というブログ本来の目的から外れて、好き勝手していたのかと思うと、怒られるのが怖くもある。
「なので、31世界分の税がかかるわけですが」
 それは、おいくら万円なのでしょうか……。
「あなたにかかる税は、そうですね」
 勿体ぶりますね。
「ずばり、責任ですね。世界を生んだ責任。勝手に生まれた側にもなってくださいよ。こちらは頼んでもないのに。春の夜の夢から生まれたこの世界たちの責任をとってくださいよね」
 責任?そんなこと言われても。というか春の夜の夢ってもしかして。
「そうですね。この話の結末に嘘ですと書くことで、あなたはフィクションを書いても許されるのではないかと甘く考えて、物語を書き始めたのですね。これは現実と延長線上で、嘘ですと記載されているため、世界と数えるのはやめておきました」
 なるほど。そういえばそうだったような。
「次に気がついたら球体人形になっていたあなたから、税が発生してますね。現実の延長線でホラーにすることでぎりぎり許されると思ったのでしょうか」
 図星ですね。
「荒野からのラジオ放送も届いています」
 JLDchannelのことか。彼はタフだから生きてるとは思うけど、なかなか大変そうだよね。でも元気が出るからまた聞きたいな。
「何年後から閉鎖され独立都市国家となった東京の話だって」
 あれよく怒られなかったよな。でも時勢を面白おかしく茶化してしまいたくなる気もあるし、東京という都市はあまりにも物語との馴染みが良すぎる。恋物語としても、SFとしても。
「美味しいお昼が食べたいお嬢様のお話もありましたね」
 あー。あの油麺の食べ方、本当に美味しいんですよ。お嬢様もお気に入りのようで良かったですよね。世場さんと仲良くしてくれてるといいんだが。
「今年の夏を嘆く後輩と先輩なんかも」
 そうですね、やはり夏という概念は美しいって話ですね。あの温度と湿度が鬱陶しくて、けれども物語としては良いんですよね。現実じゃあ懲り懲りだけど。
「夏子さんと秋子さんのお話も書かれてましたね」
 やはり夏という概念が好きなんでしょうね。春も冬も秋も全部好きですけど。今年は冬子姉様が、しんしんと猛威を奮っておりますねぇ。
「PCの中に住んでいる電脳世界の少女は?」
 ネッツはいいですよね。きっと頼りない彼とまだまだ一緒に遊んでいると思います。
「〇〇の秋、とか」
 あー、その話はやめよう。結局ヒューエネって何って、テレビで説明していたでしょう?
「おいしいものが大好きな森の仲間たちの話とか」
 そうですね。かれらはたのしく暮らしているんじゃないでしょうか。この話もやめましょうね。
「ハロウィンを楽しみたい子たちの話は?」
 そうですねぇ、今年もまだ縮小しちゃったので、来年は人間たちに混ざって楽しんでくれるんじゃないでしょうかね。題名が好みです。
「特別な朝食とか」
 ……そうですね。美味しい朝ごはんは大切ですよね。実はこれブログに載せるのが初めてではなくて、他の企画で描いたものだったんですよね。お気に入りだったので再掲しました。
「特別でもないクリスマスとか」
 クリスマスなんてね、特別なことが起こらない方が珍しいのでね。彼は元気にやってると思いますよ。
「春の七草の話は?」
 春の七草、みんなチャーミングに見えたら良いなと思っています。挫けずに毎年頑張ってほしいです。
「部屋の中のロボット執事の話とか」
 エリックさんね。実はネッツのPCを使ってる男の子とエリックさんが世話してる女の子は姉弟という設定があります。でも世界観が違うから税は別?駄目ですか。
「雛祭りの物語はどうでしょう」
 個人的に気に入ってはいるんですけど、私のあの記事以降、前のサイトが使えなくなったの、結構気にしてます。やはり長年のものをてきとうにいじってはいけませんね。愛情はあるんですけど……今年は出そうかどうしようか。
「エイプリルフールの話もしまたね」
 4月1日の彼らは結局どうなったのだろうか。どこまでが本当で嘘だったのか。これは彼らしか分からないんですね。
「自問自答の繰り返しは?」
 これは就活に行き詰まった自分が反映されていて、創作として楽しむレベルに切り離すことが未だに難儀するんですが、ちゃんと自分に向き合おうとしたのは良いことだと思います。私の行く先にどうか幸運を。
「雨の日の喫茶店の話は?」
 かわいらしい話になりましたよね。マスターも客である私も、きっと今もコーヒーブレイクを楽しんでいると思います。雨の日の喫茶店のしっとりとした雰囲気と珈琲の香りってなんでこんなに良いのだろう。
「ある魔法の話とか」
 力作ですね。いやどの話も頑張ってるんですけど、推理小説が好きな人間の腕の見せどころって感じの話でした。なかなか頑張れたと思います。魔法って良いですよね。
「浴槽の住人は?」
 しっとりとした話になりましたね。短命と長命の埋まらない差は愛おしいものです。美しい話になりました。彼女たちもなんとかやってると思いますね。
「七夕に想いを馳せたり」
 織姫と彦星を結ぶカササギに想いを馳せたりしたり。彼女の複雑な心境は昇華されたのでしょうか。なんとも。
「おまつりの話とか」
 おまつり好きなんですよね。雰囲気が。ええ。現世と幻世の淡い、人も妖もよいよい。一瞬だからこそ記憶に残っているのは全部終わったあとの話。
「夏をもたらす魔女とか」
 やはり夏が好きなんですね。暑いだけなのに不思議ですね。いつか季節が無くなると聞く度に危機感を覚えてしまうのは、面倒な四季が彼も私も好きだからでしょうね。
「星の旅人の問いかけもありました」
 地球の外にいる存在が我々を慈愛を持って眺めていてくれたら、とても素晴らしいことだと思いませんか。スケールの大きい存在の愛が好きです。てんやわんやしてますが、今も優しく眺めてくれていると助かります。
「月に還る話は中秋の名月に捧げて」
 月とか星とか、好きなんでしょうね。彼女は今もちょくちょく月に帰ったりしながらも、地球で彼と仲良くしています。
「西部劇もやってみたりして」
 いいですよね。ダイナーにガンナー。ちょうどそういった漫画を読んだばかりのときで、影響を受けまくってますね。彼女は良いガンナーになりますわ。
「妙に掴みどころのない文章は?」
 たまには良いでしょう。読みづらいけれど、読みやすいだけが良い文章じゃない。雰囲気で酔える文はなかなか高級な味がして好きです。
「12月24日の話とか」
 クリスマスイブに警察沙汰(未遂)を起こすのがクセなんですかね。彼らは今も仲良くやってると思います。
「その年までのおやすみは」
 純粋に年明けを祝えば良いものを天邪鬼で駄目ですね。彼が満足する年もきっと来ます。そのときは楽しんでほしいですね。
「冬の朝にランニングする話も」
 まるで普通の話なんですけどね。つまらなかったらすみませんね。普通の日常の話なんでね。

「とまあ、このように長くなりましたが、あなたは数多の世界を生み出したわけで」
 そりゃあ月に2回も書いてりゃね。それにしても多かったな。
「いや私はあなたの創作でないエッセイの体のブログも好きでしたがね、創作で新しい世界を節操なしに生んでいくのが好きでしたよ」
 ありがとうございます。
「ということで、領収いたします。物語税。あなたが生み出した物語に責任を持ってください」
 どう持てば良いか分からないけれど、とりあえずこの記事を書き上げるので、どうかな。
「そうですね、こうやって一言でも振り返るのは良いと思います。気にかけてもらった世界も喜ぶでしょう」
 それは良かった。しかしなぜ今。
「おやおや、もうお終いも近いじゃないですか。せいぜいあと一回か二回なんですから、この場で物語を生むこともないでしょう。だから最後に、というわけで」
 なるほど。
「この物語税の話もまあ、世界の一つであるので税がかかるわけですけれど」
 ……ややこしくなってきたぞ。これもかかるのか。
「ええ、もちろん。あなたの一人遊びに過ぎないですけれど、物語は物語なので」
 そういうことになるのか。では私は登場人物だ。
「いかにも」
 ああ、ではあれだ。きみ。そこのきみ。そう、この文章を読んでいるきみだ。すまないが、この物語税を払っておいてくれ。頼む。なに、読み終えてくれたらそれで満足なのだから。一人芝居を誰かに見せられるなんて、素敵なことだから、それで充分、ということで。いつもより長くなってしまったが、読んでくれてありがとう。キミの前にこの形で登場す?のはもうあと一度、二度も無い。去り際は美しい方が良い。いつまでも執念深く残っていると醜くなってしまうのでね。ということで、

「まいどあり」

昔から、寒さに震えることが好きだった。

冬はもっぱら薄着をした。もちろん寒さに耐えきれず、友達と「寒い、寒い」と半ば叫びながら、登校前に母親がポケットにねじ込んだ小さなカイロを両手で必死に握った。雨の日はわざと傘を差さずに帰り、びしょ濡れのまま家の中に駆け込んだ。母親に怒られながらバスタオルで頭を拭いた後、布団にくるまって温かいお茶を飲む。馬鹿らしく思うだろうが、そうした方がなんだか贅沢な感じがしたのだ。

頭痛がした。目頭を軽くもみ、PCを閉じる。吸い込んだ部屋の空気は生暖かく、胸が重苦しい。外の空気を吸うために、ベランダに向かった。昼間は日が出ていて暖かかったから、もうすぐ春が来るのだろうかと思ったが、まだまだ夜は冷える。空にはオリオン座が鎮座していて、M42もはっきりと見えた。そういえば、ベテルギウスがどんどん暗くなっているという話を聞いた。オレンジ色の光を眺めながら冷えた空気を思い切り吸って吐けば、いささか頭痛が治まった気がした。数分程度ぼうっとしていたら、やはり寒さで身が震えた。この瞬間が、たまらなく好きだった。

「風邪引くよ」

カラカラとベランダの窓が引かれる音がした。サンダルをひっかけ、ひょこひょこと彼が隣にやって来る。曖昧な返事をすると、彼は私の真似をするように、ベランダの手すりに両腕を預けて空を見上げた。やがて、彼の肩が触れ合っている部分がほんのりと熱を帯び始める。身体はすっかり外気の冷たさに麻痺してきていたから、それがやけに熱く感じた。

「冷えるねぇ」

「うん」

ああ、贅沢だなぁ。

確信

最近雪が多いですね、れいです。
無事卒論発表会と口述試験が終わり、ひとまずホッとしています。

口述試験、すっごく緊張したのですが、始まってしまったら大丈夫でした。卒論に対して大きな愛があるので、話している時間が本当楽しかったです!
ただ、執筆時の自分の愛だけに頼って乗り切れるものではないこともお伝えしておきます。
試験前は卒論を何度か読み直して、構成やどのように問いを立て、解決したのかという全体の流れを再度把握しました。ただ読むだけだと時間が漫然と過ぎてしまうので、私は、展開やポイントを押さえながら読みました!その上で、当然質問されそうなことは事前に対策を立てました(緊張すると答えられなくなるので、ほぼ暗記して望みました)。

そう、最初答えを用意した時、思ったより長くなってしまって。ただ、時間は限られているから簡潔に話した方がいいなと思って、切り捨ててシンプルにしつつ、除いた部分も念のため自然に話の流れを作れるように準備していきました。
そうしたら当日、まさにその部分を先生に聞かれまして!しっかりと準備していて良かったと思った瞬間でした。
1月は一度書いた卒論に自信がなくなってしまって読む度に不安になっていたのですが、卒論発表会と口述試験を経て、卒論大好き!という気持ちが戻ってきました。

口述試験の日の夜、薄曇りの黒くなりきらない夜の空から降ってくる雪の静かな美しさに、4年間の大学生活に思いを馳せました。学生生活の半分はコロナ禍で、自由に外出したり、対面での授業は制限されてしまいましたが、この月日も今になってみると、決して意味のないものではなかった、と断言できます。
コロナ禍になるギリギリ前、ちょうど2年前に行ったコンサートのライブ音源を収録したCDが、先日発売されました。このコンサートのことはブログにも書いたので、気になる方は前のブログをあさっていただければと思うのですが(恥ずかしいのでURLは載せません…)、その時は、まだ大規模イベントも大丈夫だったのですよね。あの時前列で、しかも私の名前を呼んでくださったこと…生涯忘れることのない日なのですが、私にとってあのコンサートがコロナ前とコロナ禍をはっきりと分ける線のようになってしまっていたのも事実で。

コンサート(ツアー)は途中で中止になり、再開もなく「幻」と呼ばれるように。当初は音源も映像も記録用しかないためにCD、DVDは発売できないとのことで、記憶を頼りにするしかなくなってしまったのですよね。私は、行った後すぐに感想を書いていたので、記憶は決して不確かなものではなかったのですが、記憶の中で時は進まない。あの時を超える何かに出会うことができなかったんです。
けれども、今回記録用の音源と映像を整理してくださって、CD(初回盤にはDVDも)が発売されることに。映像の一部は、発売数日前のNHK「SONGS」で流れましたが、番組が始まった瞬間から泣きました…。記憶の中で薄らいでいたみゆきさんの像がはっきりと取り戻されてきて、私は、あのコンサートの後の2年間を確かに過ごしたのだな、と実感しました。


ひとりでも私は生きられるけど
でもだれかとならば人生ははるかに違う
強気で強気で生きてる人ほど
些細な寂しさでつまづくものよ
呼んでも呼んでもとどかぬ恋でも
むなしい恋なんて ある筈がないと言ってよ
待っても待っても戻らぬ恋でも
無駄な月日なんてないといってよ

中島みゆき「誕生」(作詞・作曲 中島みゆき)より


ずっと、「無駄な月日なんてない」と信じているけれど、時にはそう思えない時もあるのが人間ですよね。けれども、2年越しに「誕生」を聞き、その信じる気持ちは確信に変わりました。
上手くいかない、努力が報われない自分を受け入れるのは想像以上に苦しいけれども、そんな私をも全て受容することの出来る大きなものをまた得た気がします。

時は戻せないけれど、きっと雪のように降り積もるのだと思います。そう、確信しています。

さて、今日はアドバイザーの先生とブログ部の学生を交えてのオンライン女子会がありました。私は残念ながら用事があり参加できなかったのですが、2月後半からは、1年生の皆さんの担当も始まるそうで。楽しみです!
とともに、私たち4年生のブログの更新回数が残り少なくなってきて寂しいです。ブログを書くことで、過ぎ去ってしまう時々の気持ちを残すことができ、(恥ずかしい気持ちもありますが)文章一つ一つが自分の財産になっています。残り数回、後悔のないように書きたいです。

今週末はまた雪が降るそうですね。皆さまも暖かくしてお過ごしください。
(パソコンの調子が悪く、改行が上手くいかず読みにくくてごめんなさい!)

円周率と狂客

ご無沙汰しております、みちるです。

円周率、割り切りました。

「あれは割り切れないのが売りでしょうが。一応聞きましょう、君の見解」

円周率――ぴったり”2”でした。

「そんなわけないでしょう3で手打ちで大モメだったんですよ」

・・・

「これ、変じゃないか。どうも聞き覚えのあるやり取りが――具体的にはそう、お笑いコンビ金属バットの漫才で聞いたようなやり取りが」

何!?あのお笑いコンビ金属バットの漫才……M1グランプリ敗者復活戦連続出場のあの金属バットの漫才……確かに言われてみれば”丸”と”2”が私を取り囲むようにわらわらと転がっている。

「君、ちょっとたすけて、でっかい2と丸で両手がふさがってしまいました!」

関係ないけど昨晩は暖房つけっぱなしで寝てました。口がカピカピです。

「あ、もう終わりなんですね」

ハイ。でっかい2と丸で両手がふさがった男がどうなるのかはさして重要でないですが、金属バットと真空ジェシカが面白いのでぜひ、というダイレクト・マーケティング……。

(間奏)

情報の伝達を諦められた、そうわかる瞬間が明確にあった。君にはわからないよなあ、と。

そういわれると「わかるよ」と反感感情が芽生えるから良くない。厳密には”わからない”、共有不可能である、という事実は目の前に迫っているのに。

コミュニケーションにおいては、相互に”間隙”が生じるのが常である。むしろそれは礼儀作法と言っても過言でないのではないかと思う。
間隙、隙(すき)。策略的になれば、相手に付け込ませるための間隙をあえて用意することも出来てしまう。間隙を見出せない相手とのコミュニケーションは非常に難しいものがある、志向するところが見当たらないから。

その間隙が、確たる不理解として落とし込まれる場合がある、それが先程のあれ。あれ。もどかしいな、しかし説明を加えることも諦めてしまったら本当に死んでしまうよ。

「Esprit、どう訳す?」

それは精神だ。
それは機智だ。

君って奴は本当にどうしようもないんだな。
そこが売りさ。

Espritをきかせて。
街灯に、文学に、暴食のモネスティエに、鳴れど響かぬvaporwaveに、史上最高の!花束を。

今日もpeaceが一箱消える。

またお手紙書きますね、大好きです。   みちる

カレンダー📅

お久しぶりです、まなみです。
最近口述試験を終え、卒論に関してゼミで意見交換?する機会がありました!
そしたら卒論を書いていた記憶が蘇り、あったあった〜と思ったので何月に何してたよ〜みたいな話をしたいと思います☀️
効率が悪いことで有名なのであまり役に立たないかもしれません🤧

私のゼミは3〜10月までが4年生の発表(夏休みくらいに中間発表)、11月から3年の発表という感じで回っていきます。月に1回発表の機会があったかな〜という感じです!
その時々で何をしていたかをまとめていきま〜〜〜〜〜す

三年次
4〜7月…4年生の発表を聞いて質問や意見を述べる。正直難しくて何やってるか分からなくて毎回泣いていたよ!
(4年生の発表聞きながら気になる作品や事象?を見つけていこう!私の場合は稚児物についてやりたかったので、『お伽草子事典』に載ってる稚児物のあらすじを片っ端から読んでやりたい作品見つけたよ!)

8月…中間発表!気になる作品についてちょっと調べてどこが気になるかを発表したよ!
(作品が確定したら夏休み中〜11月にかけて進められるとよい!私は多分この時期に作品の本文をワードに打ち込む作業と現代語訳の作成と場面分けをしたと思う?)

9〜10月…4年生の発表を質問や意見を述べる。ここまでくると難しさが段違いなので、どこを掘り下げるのかとかを参考にするといいかもしれない知らんけど!

11月…発表が始まる。作品確定した!その作品がどんな作品なのか、成立時期や分類とかを確認してまとめたよ!

12月… 4年生みたいな本格的な発表が始まる。私はお話の内容について掘り下げたかったので、11個くらいに場面分けして進めてたんだけど、12月は場面①,②を扱ったよ!この瞬間から一度に場面を2つずつ考察することが決まったけど、後で死にかける!でも、絶対に毎回〇〇個ホニャララするぞ〜!(5個は考察の項目作るぞとか)って決めて進めると昔の私さぁ…🤢ってことは少ないよ!

1〜3月…正直この時期に卒論なんてやりたいはずないので、簡単な作業を進めておくと良い!頭は使わなくていいけど手は動いてるしな…と思って自分を許せるよ!
具体的には本文をワードに打ち込む作業(後々本文を引用することあるからこれやっておくと楽!エクセル派もいる)だとか、作品名を検索するだけで見つかる先行論文発掘とか!現代語訳がなさげな作品の人は早めにやっておくといいよ!私は古文が出来ないので泣きながら日本語が成立してない文章を作ってまた泣いていたよ!

四年次
4〜7月…発表をし続ける。場面⑥まで進んだ!私は7月の発表なかったらしい!

8月…中間発表!ここでも進めなきゃ場面⑪まで終わらなくね?と焦るも、心が無理で今までの発表のまとめをしたよ!でもまとめる機会って大事!
(発表で先生からご指摘頂いた部分とか質問してもらった部分は必ずメモして残しておくようにしたよ!それをここで解決した!あとは自分のレジュメを見返しておかしくね?ってところは改めて考察し直したよ!)

9月…中間レポート提出!中間発表でズル(してよかったズル)をしたので、場面⑦〜⑧を進めたよ!去年の先輩とかは今までやったことを発表のレジュメから文章に直す機会にしてた。でもやりたいことやるのが1番だと思うので、進めたい部分を進めてもいいのでは?知らんけど!

10月…終わらなくない?と焦って場面⑨〜⑪を進めたよ!無事最後まで読み通せてよかったね〜!
(私はここで調べたいこと全て調べたから卒論とかどうでも良くなって放心状態になったよ!)

11月…なぜか11月も発表してた!読み通した達成感で無気力だったので、改めて卒論で書きたいことについて考えたよ!書きたいことを卒論としてまとめるにはどのような要素が必要か(私の場合は従来の作品のテンプレートとどこがズレているのか、登場人物の心理描写がどんな感じなのか)をあげていった!

11〜12月…発表したことを文章化していくよ!発表の後、先生との面談が始まり、やる気が戻ったよ!先生じゃなくて友達とかにも自分が扱ってる作品のどこが面白いのかとかを伝えると意識が戻ったりする!
私の手順としては章立て作成→各節ごとの執筆→卒論要旨作成だった!(でも、他の人は章立てを中間発表くらいに作ってた!私は嫌でここまで伸ばしたけど、書きたいことが決まってるなら問題ないかも?書きたいことたくさんあるなら章立てを早めに作ってそれに沿う形がいいと思う!)

12月…提出!お疲れ様😵‍💫❗️(早めに出そう)

これはメモです🗒
・初めて読んだ時の感想を書いておくと役に立つ
(これは本当に大事です!この作品どーでも良いなーとなった時に昔の私が使えたりします!)
・先生に頼る
(ゼミの先生って1年もしくはそれ以上のお付き合いだと思うので、面談とかをお願いしても多分怒られないと思います😑私は怒ってもらえませんか…?とお願いしたり(?)勝手に作品の萌え語りをしたりしました(?))
・ノートに何でもメモして書き上げるまでに使い切るぞと思ってると楽しい
(楽しい!し、今考察してる部分じゃないけど思いついた!みたいなことをメモしておくとなんだっけあれ〜〜〜ってことがなくて楽です)
・参考文献リストは早めに作り始めると楽
(これも頭使わず手だけ作業なので、無気力でやばい時にやると達成感はあるので良いです🤭多分遅いんですが私は9月ごろにやったと思います)

私は作品の内容について調べてたので、全員がこうではないし効率は悪いかもしれません。ですが、作品を丁寧に読みたかったのと発表聞いてくれてるゼミのみんなに私が扱ってる作品の布教をしたかったので(笑)このような手順をとりました〜🙃
人には人の卒業論文なのでどんな内容にするかどれだけ手間をかけるかは自由だと思います!これは秘密なんですが文字数を超えていてちゃんと出せば多分大丈夫…🤫
でも扱う作品への愛情があったり、私の考察にひれ伏しなさい❗️みたいな(?)気持ちがあるならばある程度ちゃんと進めるのが大切なんだと思います知らんけど!

あ〜んここまで書いて卒論受理されてなかったらどうしよう😣隠れて削除します!(笑)
もうバレンタインですね!最近お菓子キットを買ったのですが、裏面の作り方を見たらもう嫌で放置してます😪
誰か作ってくれねーかな🤷
それでは〜🌹