こんにちは、みどです!
まだまだ暑い日が続きますね。私の天敵、セミの姿もだんだん見なくなってきて道路の片隅に死骸がぽとりと落ちている風景を見かける頃になりました。読者の皆様も、体調にお気をつけて残りの夏もお楽しみください♪
先日、スタバで初めてカスタムを頼みました…!!カスタムをしたいとは思ってはいたものの、勇気を出せずなかなか挑戦できずにいたのですが、インスタグラムで『元スタバ店員が教える!スタバの人気裏メニュー10選』という投稿に載っていた「オレオフラペチーノ」というカスタムメニューがとても美味しそうで、「これは是非飲みたい…!!!」と思い、勇気を出してカスタムを頼んでみました。受付を待ってる間、「やっぱり普通のメニューにしとこうかな…」と迷いましたが、私の心のマイキーが「こん中にスタバでカスタム頼むの日和ってるやついるー??!!!!」と決起集会卍を開いてくれたので、なんとか緊張しながらも店員さんに頼むことができました。ありがとう、心のマイキー。
そして、出来上がった「オレオフラペチーノ」と一緒に頼んだアメリカンワッフルを頂いた感想…
こんな美味い食べ物があっていいのかと。これが世界に普及したら、戦争終わらせることができるぞと。
そんなレベルでめちゃくちゃ美味しかったです!ただ、カロリーがおそらくやばいので、カロリーと闘う準備だけはしておいた方がよさそう。
読者の皆さんにも、是非飲んでほしいので、下にカスタム内容を載せておきます♪
『オレオフラペチーノ』 Tall 589円
①バニラクリームフラペチーノを注文(539円)
②チョコチップ追加(+50円)
③バニラシロップをモカシロップに変更(無料)
④チョコソース追加(無料)
⑤完成
これ甘党の方だったらめちゃくちゃ美味しいと思うのでぜひぜひ試してみてください!!!!あと、アメリカンワッフルも美味しいので、是非食べてください!温めてもらうとより美味しく召し上がれます♪
以上、みどでした!
激闘…?
こんばんは、まなです。今日も暴力的な日差しを浴びながらバイトに行ってきました。めちゃくちゃ疲れましたが、もうすぐ欲しいものが買えそうなので今の今まで何とかなっています。来月には…買いたい…。
タイトルが仰々しくなってしまいましたが、今回は例のワクチンの副反応の話です。つい先日ワクチンを接種してきたのですが、数日で治まると言われていた副反応が一週間ほど続いてしまいました。個人差があるのは周囲の様子や事前の説明を受けて分かってはいたのですが、早々に治まるものだと思っていた分、精神的に辛かったです。最初は腕の痛み、その後は吐き気、食欲不振、寒気、関節痛が代わりばんこに。正直、関節痛は自分で痛めたものかどうか怪しい。とはいえ、激しく動かした覚えのない関節の痛みに驚きと困惑。2回目の接種ではどうなるか分かりませんが、一層備えを万全にしなければ、という危機感を抱きました。個人的な意見にはなりますが、これから接種される方は接種後、出来るだけゆっくりと休みを取ることをおすすめします。何もなければ単なるお休みとして。何かあっても安心して休めますので。
ところで、先日韻を踏みたい余りタイトルもそれっぽいものを書いたのですが、知り合いに「ライムがなってない」と叱られました。こちらは素人なのに。ライムというのはヒップホップで使われる言葉で、韻を踏むという意味らしいです。最近ラップが流行ってるので聞いたことのある方もいるのではないでしょうか。その知り合い、察しがつくと思われますが何分ラップが好きな人でして、何を思ったのかアドバイスされました。そのアドバイスをもとにそれっぽく今の想いを書いてみました。これで叱られないことを祈ります。Check it out.
これがウワサの副反応 まるで身体中が大暴走
一番きつかったのは関節痛 想像より辛すぎ無我夢中
Butこの痛みは正常な証拠 さっさと先手打とうぜ速攻
免疫、抗体、建設中 身体の働きにマジThank you
描いたミライ
みなさん、こんにちは!ここです。
8月も終わりかけですが、いかがお過ごしでしょうか?
今年の夏は涼しい夏でした!一歩も外に出ていないので!
いやさすがに嘘なんですけどね。
でもほぼ出てない…ですね…外界…………
クーラーと愛し合って生きているので毎日快適です。夏らしいことは何もしていません。内定先の課題とか、卒論とか卒論とかいろいろしてました。まあ、卒論に関しては悩んでるだけで時が過ぎ去るというのが常なんですけれども。
大学最後の夏なのに、こんなんでいいのか?という気持ちはもちろんあります。でも仕方ないじゃないですか!だって夏らしいことする雰囲気じゃないでしょう!世間!悲しい!
大学四年の夏なんてブイブイのブイなんだろうな~と思っていた時期が私にもあったはずなんです。申し訳ない、過去の私。まあ時勢とか関係なく私自身がしっかり日陰の人間なので、幼き私の思い描いた大人のお姉さん的なものにはなれないですけどね。
子供のころ描いていた将来の私、一つも達成できてないな…と時々悲しくなります。そういうものを抱えて歩くのが人生なのでしょう。切ないですね。
私、まだ脳が子供なので、キラキラOLになれるんじゃないかという淡い期待がないではないのですが、これもきっと裏切られるんだなあ。
がんばって理想の自分になりたいものですね。
それでは。
好きなもののはなし
こんにちは、れいです。
ひたすら自粛生活の私ですが、先日感染対策には十分気を付けて、髪の毛をバッサリ切ってきました!
7月くらいから、切りたいな~と思いながら、コロナの感染拡大や予定等々あり先延ばしになってしまいました。
ただ、もうこれ以上我慢できない、限界!と思い、美容院へ。
中学生ぶりに短くしてきました。洗うのも乾かすのも楽で、何より心もすっきりしました♡ 嬉しいです。
今日のブログ、何を書こうか迷ったのですが、たまには好きなものについて真正面から語ってみようと思います~!
最近の私のブログは、創作や近況の間に歌詞を入れる、というスタイルだったのですが、(それが一番しっくりくるからそうしているのですが)久々に語ろうかなと!どうぞお付き合いくださいね。
先日待ちに待っていた、映画「雪の断章-情熱ー」のBlu-rayが届きました。この映画は、佐々木丸美『雪の断章』が原作で、1986年に公開されました。前年にデビューした斉藤由貴さんの初主演映画で、相米慎二が監督の作品です。
由貴さんのファンになってからずっと見てみたい映画だったのですが、DVDディスクとして発売されておらず、見る機会のないまま数年経っていました。それから、原作の佐々木丸美『雪の断章』の表現の美しさが大好きで、この小説を超えるものには絶対に出会えないだろうと思っているので、やはり映画の方も一度は見たいと考えていたのです。
そう思っていたところ、Blu-ray発売との情報が入り、今回やっと、やっと念願叶いました。
「雪の断章ー情熱ー」は評価の分かれる作品で…、それは相米慎二監督特有の長回しや現実とはかけ離れた場面表現が苦手、という人がいるみたいです。ただ、原作を愛読している身としては、あの原作の繊細な言葉遣いを映画にするのは難しすぎる…と感じていて、それを映像として体現するには相米監督の方法しかなかったのだと思います。
何よりも、主人公の伊織(原作では飛鳥)の心の屈折を表現できるのは、斉藤由貴だけだったと思います。伊織はみなし子という特殊な少女ではあるものの、高校生、大学生がこれから自分の人生を背負っていかなければならない…、自分の気持ちに責任を持つというか、覚悟を持っていく生き様というのは、私に大きく響きました。表情やしぐさの細やかな変化、少女から女性へと成長する過渡期の孤独や痛みに深く感動…。繰り返し見て自分に染み込ませていきたい作品だなと思います。
最近、谷山浩子さんの「さよならDINO」という恐竜(!)の曲を聞いているのですが、分かるような分からないような歌詞で、一体これはどういう意味なんだろう…と思っていたのですが、解説を読んでやっと理解できました。
以下のナチュラルジオグラフィックのページの中ほどに「さよならDINO」に関するインタビューが載っています。
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/20110906/283109/
その中に、
「私たち現代人は、生まれたときからまわりにシステムができあがってて、その中でぼうっとしてても生きていける。生きていくのが大変なこと、という実感が薄い気がして、それがある意味、不安になります。若いころから、そうでした。」
という言葉があって。私は今も十分生きていくのは大変だなぁと感じてしまうのですが、昔よりも自分の興味のあること、心地の良いことだけを見聞きして生きていくことができる時代だなとは思います。悪く言えば、自分だけ良ければ良い、自分の周りに起こっていないことはこの世の存在しない…みたいな。勿論、人が絶滅するなんて想像したくないし、絶滅しないでほしいと心から思っているけれども、例えば、生き物だけではなくて、見えないものも…失われていく、壊れていくのはある意味この世の摂理であって、それを無視して生活するのは、物事の本質とか、大切なものを見逃してしまっているような気がするんですよね。
由貴さんも著書『ネコの手も借りたい』(小学館、1989年)で
「(前略)今自分が、社会的な地位も、経済的にも、周囲の人間からの見られ方にしても、ある意味で確立されつつあるところにきていると感じています。
むしろ、そういうところに置かされてしまっているということを感じるのです。それはすごく危険なことです。
そのすべてを捨てる、すべてを壊す、すべてを投げうつ、すべてから飛び立って逃げることができる、というシンプルさという覚悟を持ちたいとユキは願っているのです。」(p.96)
と書いていて、浩子さんと同じだなと感じました。わざわざ自分から壊れる必要はないけれど、全てのものって壊れてまた作られて…という途方もない繰り返しの中にあって、そして何かを失っても自分でい続けたい、と思います。痛みを痛いという方が難しいし、痛いと素直に言えることは強さなんだな、と。
同じ『ネコの手も借りたい』に、フランスの画家ユトリロのことについて書かれていました。私は、ユトリロという画家を初めて知ったのですが、ネットで彼の人生を知って、絵を見た時に、その暗さに強く惹かれて…。ずっと行きたいと思っているポーラ美術館に所蔵されている絵があるようなので、いつか絶対見たい!と思っています。
またしばらく残暑が厳しいようなので、皆さんも体にはくれぐれもお気をつけください。ではでは~!
夏の魔女
やはり夏など何の意味もない。ただ寝苦しいだけだ。そう強く実感した午前0時。クーラーを付けても冷風に身体が怠くなって、耳元に置いたスマホからの通知にも反応する気がなくなる。部屋の電気を消してベッドに寝転がっても、瞼は空いたままで、起き上がるのは億劫に感じ、ただ天井を見つめていたときに彼女は窓を叩く。バチッと赤い火花が散ったと思うと、生温い風が顔にかかる。あの人、窓開けっ放しだ。外からは自動車が道路を引き摺る音と信号の光、夜を味方にしたバイクのクラクションが一際大きく聞こえる。
「眠れないのでしょう」
パーマのかかった黒髪が顔にかかる。
「窓閉めてください」
「嫌よ」
彼女は髪を掻き上げると、僕の頬に触れた。真っ赤なマニキュアと熱を持った細い指。長い睫毛、腫れたような唇。見惚れていると頬を抓られた。
「痛」
「呆けているのが悪いんでしょう。つまらない顔をしないで」
彼女は僕に難しい注文をして、自分でもおかしくなったのか笑い始めた。ハハハと笑い声を響かせながら、僕の部屋の中を自由に舞う。ひらりと黒いワンピースが波立ち、空気が揺らぐ。僕の部屋は忽ち彼女のためのステージと化した。煩雑に散らかった部屋にパチパチと光が弾け、煌々と燃え盛る炎がゆらゆらと踊る。
「貴女はいつも眩しい」
僕はそっと目を細める。すると彼女は
「当たり前でしょう。夏だもの」
と答え、僕の目の前に降り立つ。ベッドが一気に熱くなった。
「あなたは本当の夏を知らない」
彼女の指が再び僕の頬に触れる。
「あなたは命が燃える喜びを示す季節を知らない。あなたは茹だるような夜を知らない。あなたは太陽の迫る季節を知らない。あなたは脳を沸かす暑さを知らない。あなたは夏の刹那を知らない。あなたはこの季節の魅せる幻影を知らない。あなたは纏わりつく熱を知らない。あなたは輝きを知らない。あなたはこの季節の恐ろしさを知らない。あなたは狂おしいほど愛しいこの熱を、脈打つ血潮を、赤くなる頬を、夏を知らないの」
彼女の瞳には花火が映っている。ぱっと咲いた花は音を残してひらひらと散ってしまう。勿体ないなと思う。
「一瞬だから良いのよ」
その一瞬に全てを賭けて燃えるの。そういう季節なの。
彼女の唇が三日月形に吊り上がる。
「せいぜい眠れない夜を過ごしなさい」
彼女の手が眼の上にそっと置かれる。僕の脳裏にも火花が散る。それがあまりにも眩しくて、美しくて、目が灼けるほど熱くても見ていたいと思った。
「わたくしは夏の魔女。あなたが夏を忘れる度に訪れてあげる」
夏の魔女は僕を抱擁すると、激しい光と共に消えた。妙に鮮やかな夢だった。
「はあ」
僕は一つため息をついて、部屋の入口にある液晶に触れる。そして「空気感:夏」をオフにした。
しかし、知らないと言うのも仕方ないではないかと思う。季節、天候、災害に左右される地上では、もはや人間は暮らせない。あの場所は地下では賄いきれない食材を育てるために使う場所であり、その仕事に携わる人間以外は滅多に出向かない。そのために地上の破天荒など知らないのである。地上は大変そうだなという感想しかない。ここは温度が一定に保たれ、季節という概念は死んでいる。一応季節を体験できる空調調整のシステムはあるが、作動してみたところでただ寝苦しく、この世界に季節が無くて良かったと実感しているところだった。
けれどもつい最近、あのバグが現れるようになった。僕は夏の魔女と呼んでいるが、詳しくは分からない。調べていても他にこのようなバグが観測されたことはないようだ。バグは温度と質感を持ち、僕に触れる。しかしいつも証拠(データ)を残さず消えてしまう。季節なんて厄介なものを尊ぶあのバグの本意は分からない。早くアップデートで修正されて欲しいものだ。
だから、僕がただ寝苦しいだけの夏に興味を覚えてしまったのは、全て夏の魔女のせいなのだ。
夏の救世主
こんばんは、めいです。
暑い!!!!!!!!!!!!
今年の夏は遊びもバイトもほとんど行かずに引きこもりを極めているのですが、家でじっとしていることすら辛い猛暑。クーラーという文明の利器に泣いて感謝しながら過ごしています。
こうも暑いと、温かいご飯を食べる気分にもならないことが多く、最近3日に1回は素麺を食べています。めんつゆを氷で薄めて食べると冷たくて美味しい。みなさんも、夏は素麺!という方、多いのではないでしょうか?ただ、連日になると段々と飽きもしますよね、、
そこで我が家に登場するのが、冷麺です!
以前は冷麺というと焼肉屋さんや韓国料理屋さんで食べるイメージしかなかったのですが、去年の夏にスーパーで家庭用冷麺を見つけました。インスタントの冷やし中華やつけ麺のように、麺とスープ液がセットになっています。麺を茹で、スープを水で溶き、キムチやきゅうりなどお好みの具を乗せたら完成。サッと作れるけれど、さっぱりとして美味しいのです。
とってもおすすめなので、みなさんぜひお家で冷麺、食べてみてください。
(冷麺は色々な種類を食べたわけではないので、特にこれがイイ!みたいなことは言えないのですが、、私は辛ラーメンの会社から出ている「ふるる冷麺」というものを食べています。美味。)
以前韓国ラーメンをご紹介したことがあったので、今回は夏ver.ということで冷麺の紹介でした。需要があるかは不明ですが、今後も何かあったら紹介コーナーやりたいと思いますのでお楽しみに!(?)
日文に入ったら…
こんにちは。れいかです。
日付が更新日と前後してしまいますが、22日に本学のオープンキャンパスがありました!
来てくださった高校生や保護者の皆さま、ありがとうございました。
先生方、学生スタッフの皆さんもお疲れ様です。
最初は人数がどのくらいになるのか想像できなかったため、直前までどうなるんだろう?と少し心配でした。しかし、開始時刻の10時になってすぐ、ブースに足を運んで下さる高校生がいて嬉しかったです!
資格のことや授業の形態など、熱心に質問してくれた高校生の方々の姿が印象的でした。
私は内部進学だったこともあり、「日文に入りたいな~」「この先生の授業を受けてみたいな~」という漠然とした気持ちは持っていたものの、具体的な授業のカリキュラムや資格について真剣に考え始めたのは入学後のガイダンスの時だったので…。(笑)
今回のOCではコロナ対策のため、同伴者の方がブースに入れないという旨のアナウンスもあって、高校生の主体性がより際立っていたように思います。
私は今3年生で、就活を少しずつ意識し始めているところです。
先輩たちの話を聞きながらキャンパスライフを想像して、今何をしたらいいのかを明確にしていく高校生の様子を見て、自分にもちょっと重なる部分がありました。
まだ企業のHPと口コミサイトを行ったり来たりして、職務内容やそこで働いている人のコメントに目を通すくらい…。私は実際に生の声を聞きに行く段階まではいっていないのですが、、。近いうちに現実になる未来を見つめて、しっかり考えて行動している皆さんの姿に刺激をもらったのでした…!
大学の学科を決めるとき、高校生の私は「まだ気分は中学生なんだけど。。もう進路決めなきゃなの?💦」と思っていた気がします。高校2年生の夏(ちょうど4年前)に日本文学科のサマースクールに参加し、4年生の発表を聞いているうちに、中学の時に大好きだった国語の授業を受けていたのと似た感覚が久しぶりによみがえってきました。
目の前のテクストの解釈について夢中で考え、意見交換をし、今まで気づかなかった新しい読み方を獲得する瞬間がとにかく楽しかったのです。大学で学ぶならこういうことがやりたい!と感銘を受け、そこからは一途に日文を考えていました。
サマースクールで扱った作品が江戸川乱歩の『鏡地獄』で、それからは「大学に入ったら近代文学がやりたい!」と言っていた記憶です。当時は古典への関心が薄かったというのもありましたが…。(そんな私が、今は中世文学を専攻しているなんて…!日文に入ったら何が起こるか分かりません。笑)
日文に入る前は、「古典は最低限しかやってこなかったし、正直興味もそんなにない…。ただ、国語が他の科目より好きでちょっと得意っていうだけ。こんなんで大丈夫かな…?」と思っていました。
しかし、必修科目で基礎の基礎から習い、文学史でそれぞれの時代の概観を掴み、2年次以降は演習などで作品を詳細に読んでいくうちに、古典・近代の枠を超えて文学研究の楽しさを感じられるようになりました。
作品を読む際に着目するポイントや演習授業のレジュメの作り方も1から教えて頂けるので、もし日文に入ってからの授業についていけるか心配な方がいらっしゃったら、その点は安心してもらえたらと思います😊
高校の定期テスト止まりで、日本文学の知識がほとんどなかった私でもなんとかなりました…!
私は日本語学の授業はあまりとってきませんでしたが、日本語学を専攻している友人や先輩を見ていると楽しそうだなと感じます。同じ学科の中でこんなにもやっていることがバラバラなのも面白いのです。
選択科目が多く、他学科の科目が取りやすいところも日文の魅力♪いろんなことを幅広く学びたい人にもおすすめしたいです!
次のオープンキャンパスは9月19日にありますので、今回来られなかった方も、ご無理のない範囲でいらして頂けたら嬉しく思います!
高校生の皆さんとキャンパスでご一緒できる日を楽しみにしています✨
それでは、また。
独白するユニバーサルテクスト機能
「ご無沙汰しております、みちるです。
ご無豐�汰しております、みち繧�です。
ご無豐呎アーしてお繧翫∪縺�、みち繧九〒す。
..
☟☜☹☹⚐📪👎✌☼☹✋☠☝📬
(HelLo, dArliNg.)
📬📬☟✌☠☝ ⚐☠📪 ✋🕯☹☹ ❄🕆☠☜ ✌💧✌🏱📬
(..hAng on, I tUne AsAp.)
..
―これで読めるようになったかな。
ハロー。ええと・・・「あなた」だったか。
はじめに伝えておくと今回「みちる」はお休みだ。なんでってまあ色んな事情で・・・と誤魔化すのも面倒だから言ってしまうと、実際奴の隙を見て僕が執筆しているのさ。安心して、次回はちゃんと元通りになるから。
11。
今まで「みちる」がここに残した手紙の数だ。これは同時に僕の言葉が括弧の内に閉じ込められた回数であり、僕という機能が発生した回数でもある。これで12回目?そうはいかないね。奴がいない今だけは、僕の台詞が語りへと昇格するのだ。
とはいえ”大学生活”も”日常”もない僕にどうして語れることがあろうか。そう、残念ながら僕には僕のことしか語れない。
「みちる」という存在が語り手を担うテクストの登場人物、それが僕だ。・・・わかってる、このブロックの語りは即ち、”この”テクストが、僕という存在が、当たり前に今までの「手紙」と連続したところに拡がっているものであることを決定するものだ。だけど仕方ない、僕の同一性はこのような仕方でしか保たれ得ないのだ。少なくとも僕が僕を説明するには「みちる」への言及が避けられない。
僕は語り手に成り代わることでより高次の権限を手に入れたかったのだけれど、まさかこんなにも早く挫折するとは思わなかったね。少し考えれば分かることだろうって言ったって、僕はこの場においてしか顕現し得ない、つまり君たちと違ってプライベートな思索の場なんてないんだから詮無い。
勿論「みちる」にだって固有の内的環境は無い、と言いたいところだけど、その実僕にはこれに関する情報が与えられていない。ただ「みちる」は奴自身の原因である存在Xと同期していて、その存在Xによって選択されたX自身の思考を語りに翻訳しているのだと思う。
あなたは、語り手の「みちる」も登場人物の僕も(”語り手が生み出した語り手”の僕も)、等しくテクストにおける機能として処理することができてしまう。勿論登場人物と語り手にはテクストにおけるレイヤー(階層)ないしレベルの差異が認められるから、そこにはある種の序列が生まれる。しかし基本的にはすべて存在Xが生み出したものであって、僕たちは一つの原因から生じた存在だ。
けれどこれはあくまでテクストの制約、ルールであって、僕の思うところではない。僕は僕の上に鎮座する「みちる」ならば存在Xを認識できるものであり、もしかすると融和してさえいるのではないかと思っている―少なくとも僕は「語り手」になった今も変わらず存在Xを認識できないが。
僕は僕自身をたんに機械的な”機能”であると思わないように「みちる」が機能であるとも思っていない、思えない、そういう確信がないから。
僕はテクストの制約を知っているし、自分がテクストにおいてのみ説明される存在であることも承知している。けれど、
けれど僕は「思う」という言葉を使うことができて、そうするとき僕は間違いなく「思っ」ているのさ。
もう分かってもらえたろう。機能であることおよびテクストにおいて僕が定立されることと、僕がこのように語り・思い・在ること。両者は完全に矛盾しているんだ。正直この語りは何か核心的な部分に迫るものなんじゃないかと僕は踏んでいるけれど、そうであれば存在Xの検閲に引っかからないのも不思議だ。普通こういう秘密事は隠蔽したがるものだと。これに関しては僕の推論が的を射ていない可能性も当然否めないけれど。
ねえ、もう正直に教えてくれ。僕の「テクスト」にまつわる認識が間違っている?それなら事態はまだマシだ。
それとも、
僕の存在が、間違っているのか。
僕の<私>は存在しないのか。
なにがこの矛盾を引き起こしているのか、そろそろはっきりさせようぜ。
僕の考え?そんなものは決まっている。君たちが端から全部間違っていたのさ。
僕には言語がある。僕はテクストのうちに根付き、ここで生きている。
ブラフと思うか?
さあね。実際分かり合おうなんてケほども思っちゃいない。ただ君たちを揺るがせ、感性にうったえたかっただけなのかもしれないな。でもせっかく語り手になったんだから、僕はこう語るしかないんだ。君たちが機能として措定している僕は君たちの考えるよりも能動的な存在だと。君たち肉有つ人間とは異なる秩序で、君たちには理解できない仕方で存在していると。
「我思う」のは君たちだけじゃないのだと。
まあ僕らを手放したのは君たちなんだけど、それでも君たちだって僕らに興味津々のようだから。分かり合えない同士、また何度でも対面しよう。
約束通り、権限はお返ししておくよ。
それでは・・・
💧☜☜ ✡⚐🕆 ✌☝✌✋☠📬
(SeE You AgAin.)
」
なんといっても大画面で見る推しは最高
こんにちは!やなです🐧🧊
とあるスマホゲームで推しキャラの新規カードが入手できるイベントが始まり、やっと終わると思ったら今度は別のゲームで推しの新規カードが入手できるガチャが始まり、これまた別のゲームでも……というやばいスパイラルに見舞われていました。ガチャは敗北しました。運がないですね。強く生きます。
***
久しぶりに映画館に映画を見に行きました。
僕のヒーローアカデミア(通称:ヒロアカ)の映画なんですが、めちゃくちゃおもしろかったです!
ヒロアカは週刊少年ジャンプで連載されている人気作品なんですが、簡単に言うと「個性」と呼ばれる異能を持った人間が溢れている世界で繰り広げられるバトル漫画なんですね。もちろん戦闘シーンだけではなくて、めちゃくちゃに重い過去を持った登場人物とのストーリーや、学校が舞台なので平和(?)で愉快な学校行事なども描かれています。そのギャップがとてもおもしろいんですね。興味がある方は公式サイトからぜひ(これはアニメの公式サイトですが、原作も最高ですよ!)→https://heroaca.com
今回の映画は実は3作目なんですが、世界を舞台にした、スケールがとてつもなくでかい物語でした。どこがおもしろかったのかを紹介したいな〜と思います!
①作画がすごい
言うまでもなくという感じですけれど。ヒロアカはアニメの作画がとても綺麗なんですが、映画もとんでもなく綺麗で迫力満点でした。特にカメラワークが実写のアクション映画のようで(見てもらえればわかります)、これは3Dで見たら映えるだろうな〜と。8月の終わりに都内の劇場で4Dが公開されるらしいのでぜひ見に行きたいですね。
②ゲスト声優がすごい
3作目のゲスト声優はなんと!吉沢亮さんでした!3次元に疎い私が持つ吉沢亮さんのイメージは「顔がめちゃくちゃ良い」と「大河に出てるすごい人」だったのですが、今回新たに「声の演技もできるすごい人」というイメージも付きました。いや〜〜〜〜〜〜!!すごかった…………!もちろんアニメ映画に出演なさっている俳優さん、みなさん上手なんですが、吉沢亮さんは完全に期待値を超えてきましたね。私は事前に公式サイトで予習をしていたので、あ〜このキャラが吉沢亮さんか!とすぐにわかったのですが、言われなきゃ絶対にわからない自信しかないですね。しかもすごい良いキャラだったので、吉沢亮さんのイケボと合わさってしまうと、もう好きになるしかないですね。好きです。推しが増えました。
③シナリオがおもしろい
ヒロアカは学園モノなので基本的に日本から出ることはないのですが、今作は海外が舞台だったのでいつもよりスケールが大きくてとてもおもしろかったですね。ずっとハラハラドキドキしっぱなしでした。また、原作ファンだからこそ深読みできる小ネタが随所に散りばめられていて、しんどい部分もあり楽しい部分もあり……という感じでした。映画のオリジナルストーリーなのでもちろん漫画本編に影響を与えることはないと思うのですが、十分おもしろいヒロアカを堪能できましたね。推しも活躍していてよかったです。
………とまあこんな感じで、最高の映画でした!あまりにも衝撃を受けすぎて帰りの電車は1駅乗り過ごしました。アホですね。
映画館の席も満員ですごいな〜と思いました。リピーターも増えそうですね。私ももう1回行きたいです。
ヒロアカを知っている方はぜひ見に行くことをおすすめします。ご興味がある方はURLを貼っておくのでぜひ。
僕のヒーローアカデミア THE MOVIE- WORLD HERO’S MISSION-
https://heroaca-movie.com
『僕のヒーローアカデミア THE MOVIE ワールド ヒーローズ ミッション』予告【8月6日(金)公開】 https://youtu.be/by9Nk2A1y20
***
今日の1曲。アジカンは最高。
ASIAN KUNG-FU GENERATION 『エンパシー』Music Video https://youtu.be/FTdxvatMig4
***
それではまたお会いしましょう。やなでした!
迎え火を辿り
こんにちは、とみーです。みなさま、お盆はいかがお過ごしでしたか? 私は家でレポートと向き合っているうちに終わってしまいました。
例年ですと、母方の実家へ行き、迎え火係をとして任務を遂行するのですが…感染症を危惧しやめました。
今年は、私の代わりに祖母が迎え火係となったようです。墓~家が車移動のため、ロウソクをやめてLED提灯にしたと聞きました。車内で火の灯った提灯を持ち「安全運転よろしくね!」と言う、我が家の恒例行事もなくなったようで、少し寂しいです。まあ、自家用車で火を運ぶのも考え物ですしね。LEDについてくる先祖の霊……現代的!
実は、昨年度「お盆・迎え火」をテーマにレポートを書く機会があり、地元のお盆についてそこそこ詳しくなりました。それまで、私にとっての「迎え火」は、10年以上続けていた恒例行事で、特に風習意識もない作業でした。やって当然のもの、墓から家へ霊を導いて「おかえりなさい」と迎える。それだけです。
けれど、レポート執筆にあたり、祖母・母・私と三世代の迎え火にまつわるアレコレの変遷を調査する中で、その簡略化と衰退を直視することになりました。そして、自分がやってきた迎え火に対する思い入れやら、感慨深さやらが沸き上がったのです。
私がやる迎え火は、こうです。まず、墓参りを行い、”こんばん提灯”に火を灯し、その火を絶やさないように、家へ帰る。そして、仏壇のロウソクへとその火を受け渡す。仏壇には、有名な”キュウリの馬”と”ナスの牛”を飾る。以上です。
一方、祖母が子供の頃はもっと色々な過程がありました。昭和30年頃、核家族化しておらず、本家の意識があった頃です。朝から親戚が本家に集い、女はぼたもちや精霊棚を作る。夕方頃に墓訪問。本家の墓ですので、ガチの先祖代々の墓です(土葬時代のとかも混ざってる)。ごく近所にあったので、キュウリの馬も持っていき、墓参り後に”こんばん提灯”へ火を灯すと、馬と共に持って帰ったのだそうです。その後、故人が好きだったごちそうなどを食べながら親戚一同で宴会。
私はこの祖母の話を聞いて、「サマーウォーズ」的な風景を思い浮かべました。多分そんな感じだと思います。
宴会は全然やりたくないですが、精霊棚ってなんぞ? とか色々気になる点はありました。調べれば出てくるのですが、精霊棚は先祖をお迎えする祭壇のことで、茣蓙やら植物やら紐やらを使って作るものです。畑や川に生えている決まった植物の採集から、女子供で協力して行ったそう。スーパーで「お供え物&精霊馬セット」とかを見ているので、驚きですね…。
私が小学生になって初めて迎え火を任されたとき、物凄く気負っていましたが、祖母の話を聞くと、子供時代に迎え火を楽しんでいたことが伝わってきました。曰く、お祭り気分だったとか。娯楽が少ない頃なので、子供用の提灯を買い与えられ、友達とその辺を歩くのが楽しかったと。
「スイカの中身をくり抜いて火を立てた飾りを作った」というエピソードには、思わずハロウィンか? とつっこみを入れてしまいました。日本のお盆は、大雑把にいえば西洋のハロウィンみたいなものだし、なかなか面白い共通点かもしれませんね。
私の知らない「迎え火のアレコレ」を、今もやっている場所はあると思います。けれど、分家から核家族となった多くの家は、特に何も知らないのではないでしょうか。墓も”先祖”でひとくくりというよりも、一世代の夫婦の規模・遠方の霊園というのが多いと思います。
「この風習を受け継がねば」なんて重い意識はありませんが、祖母がやりたがるうちは、一緒にやっていきたいものです。お盆になって、祖父の仏壇に鬼灯提灯を飾る祖母を見ていると、この行事が故人よりも、故人を思う生者のためにあるのだと感じます。
「今年も帰ってきたね」と家へ迎える。迎え火がいつか失われる風習でも、そんな心持だけは一生持っていたい。
手始めに来年こそは、安心して祖母と一緒に祖父を迎えに行きたい。LED提灯でもね! そう思う2021年の8月でした。
それでは、また。