私が日本文学科に進もうと考えたきっかけは、高校2年生前期に古典の授業で和歌に触れたことでした。更に後期では、古典は『伊勢物語』現代文は夏目漱石の『こゝろ』を読み、この2作品で日文への進学の思いは固まったのでした。
今は中世で卒論を書いていますが、振り返れば高校生の時に『こゝろ』を読んだことで今の私がいます。
「自由と独立と己れとに満ちた現代に生れた我々は、その犠牲としてみんなこの淋しみを味わわなくてはならないでしょう」※
この一文を読んだ時の衝撃、「私」と「私以外」を自覚した時の悲しみと戸惑いが、生き方の一端を作っているといっても過言ではありません。
通っていた附属高校では、作品を抜粋ではなく文庫本で読みます。そのため、2年生最後の数回は「下 先生と遺書」を読んだと思うのですが、授業を聞きながら私は一人涙をこらえるのに必死でした。それは、「先生」が悪いとか、そういう単純なものを越えて、正しさや倫理観をかざした「利己心」は誰にでもあることを知り、そして人生の上澄みの純白な部分だけを掬って生きることはできないのだと実感したためでした。自分にどう責任をとって、孤独と向き合っていくか、生きることは思っていたよりも淋しさとともにあることを意識しました。
更に、ちょうどその頃(振り返ってみれば)色々な面で一番辛い時期だったため、その時の体験や思いと『こゝろ』の内容が心の内で深く重なっています。その意味でも、『こゝろ』は忘れられない作品です。
ただ、授業時に使っていた文庫本を私は紛失してしまいました。その文庫本は、中学1年生の夏休みに購入した新潮文庫のプレミアムカバーでとても気に入っていたのですが、高校卒業後もう一度読みたいと思った時部屋の隅々まで探しても見つからなかったのです。授業内容はほとんどノートに取っていたので見返せば良いのですが、多少は本にラインを引いたり鉛筆で印をつけており授業を受けた時の軌跡が残っていたので、失くしたと気が付いた時は相当ショックでした。
そして今年、もう見つかることはないと諦め、夏にプレミアムカバーの文庫を買いました。材質は変わっていましたが、真っ白なカバーと金の刻印は同じで素敵な装丁です。読むというより、手元に置いておきたかった、という方が強いかもしれません。
そして、夏が過ぎ秋を迎え、卒論提出が近くなってきた今日の朝。
寝ぼけたままリビングでお茶を飲んでいた私は、キッチン横の籠の中から微かに見える本の背表紙、「文庫」の文字に不思議と引き寄せられました。母の書類などを入れているので私は中身をよく知らないのですが、恐らく籠の中の光景はずっと変わっていなかったはずです。けれども、今朝は妙にその「文庫」に目がいったのです。
私はてっきり母が友人に借りた本だと思っていて、しかし本のタイトルが気になり、中から引っ張りました。
それは、あの失くしたと思っていた『こゝろ』でした。
数年ぶりの再会に驚くとともに、ずっと身近にあったはずなのにどうして気が付かなかったのか不審に思いました。母に聞いたら、籠の中の方は普段見ていないから分からなかったと。そもそもなぜその中に紛れてしまったのか、若干顔を出していたにも関わらずどうして目に留まらなかったのかと、何もかもが不思議な出来事でした。
でも、ともかくも長く紛失した思っていた大切な本は、私の手元に帰ってきました。
本を開くと、5年前、確かに書き込んだ跡が残っており、重要なページには付箋もついていました。パラパラと拾い読みをしていると、授業で『こゝろ』を読んだ時の心の動揺と、その時に抱えていた苦しみが思い起こされました。
私はあの時、毎日を生きるのに精一杯でした。自意識過剰な気もしますが、終わりのない悲しみの海にいるような気分でした。日文に進学することは決意していたけれども、大学生になる自分を全く想像することはできなかったし、まして卒論を書く姿は、星のように遠い気がしていました。
今、私は卒論を書いています。
これで良いのかと毎日迷いながらも、確かに今までの知識の蓄積の上に立って、試行錯誤を繰り返しながら進んでいます。
その時に知り得なかった私になっていることに深く感動します。そして卒論でくじけそうになっていた私に、『こゝろ』は日文に進もうと考えたことー初心や原点ーなるものを思い出させてくれました。読んでいた過去の私が今の私を励ましてくれたのです。
あの時の苦しみが、今の原動力になるなんて。
本を見つけるタイミングが、あまりにも運命的です。
時は一方方向にしか流れない、この瞬間から過去を眺めることしかできないと思っていたのですが、時間、時間の中で紡がれる経験はそれぞれが反照し合う、相互補完的なものだと知りました。そして、あの時に流せなかった涙がこぼれました。
過去から今に投げかけてくるもの。愛おしい本との再会は、今の私を助け、そして悲しみの記憶を少しだけ解放してくれるものでした。
過去の私に、心からのありがとう。
卒論提出が迫ってきています。
不安は尽きないけれど、今できることを精一杯する以上のことはないのだと信じています。
来週は大学生最後の演習発表です。悔いのないように頑張りたいと思います。
※夏目漱石『こころ』(新潮文庫、1952年、改版2004年)p.47




