「やぁ、マスター! 調子はどうだい? さっそくで悪いがホットドッグを一つ頼む! そう、いつものさ!」
木製の両扉が景気良く開かれ、カランと軽快なベルの音が聞こえる。賑やかな街のはずれのはずれ、荒くれ者どもが集う酒場にお客様がご来店だ。
「Ok,エリー。君こそ調子はどうかな? またヤンチャしたのかい?」
マスターと呼ばれた人物は、ロックグラスを磨きながら、巻き煙草をふかしている。皺の多い顔は歳を感じさせるが、袖の下から出た腕の血管は彼が歴戦の猛者であることを証明している。
「ヤンチャってマスター! アタシは牛を追いかけてるだけだぜ!」
マスターの問いかけに答えた客はドカッとカウンターの椅子に座り込んだ。テンガロンハットから溢れる金髪と、牛皮のトップス。ホットパンツの腰の辺りにぶら下がる鞭を持ったその客の格好は、まさしくカウガールだった。
「牛を追ってるだけねぇ。じゃあ隠し持ってるその鉛玉は必要ないってわけだ」
マスターは煙草から口を離し、煙をふっとふきかけた。すると彼女はバツの悪そうな顔をして、腰のベルトから物騒に輝くモノを取り出す。
「良い子だ。good girl」
「やめろよ、マスター。アタシが悪かったけど」
むうとほおを膨らませた彼女は、マスターからオレンジジュースを受け取り一気に飲み干した。
「こどもが使うにはちょっと高価で危険なんだ、エリー。分かってくれるかい?」
「でも護身用に持ってるだけで」
「持ってるってだけで危険なんだ。私も心配なんだよ。分かってくれるかい?」
「でも……」
もごもごと俯くエリーに向かって、マスターは出来立てのホットドッグを差し出す。
「ってのはまあ、建前ってヤツだ。本当は分かるよ。君だって年頃だ。憧れる年齢だろう。言いたいことは一つで、つまりもっと上手く隠せってことさ。いいね?」
マスターは軽くウインクすると、さらに一欠片のチョコレートを差し出した。
「マスター……」
彼女は目に涙を溜めたまま、ホットドッグを必死に頬張る。あふれ出したケチャップとマスタードが彼女の口元を彩った。
「あのね、マスター。アタシ、今、探してる人がいて、パパの相棒のひとなんだけど……」
ホットドッグを飲み込んだ彼女が話し始めた瞬間に、店のドアが乱暴に開いた。
「おぅおぅ、シケた店だなぁ! 老いぼれ一人と嬢ちゃん一人。全くついてないぜ!」
突然ダミ声と共にドカドカと人影が雪崩れ込む。先程まで和やかだった店の中にピシリと強めの緊張が走った。
「いらっしゃい」
マスターはすぐに顔を戻すと、ブランデーを取り出す。
「いいや、そんなんじゃ足りないね。まずはこの店のアルコール、あるだけ持って来てもらおうか」
「あるだけ……用意はできますけどお代は嵩みますよ?」
マスターが苦言を呈すと、集団は一斉に笑い出した。下品な声にエリーは眉を顰める。
「お代? 金なんて持ってると思うか?」
男共はしばらく笑った後腰から銃を取り出した。カチャリと重厚な金属音がなる。
「鉛玉で頼むぜジジイ!」
数々の銃口がカウンターに向けられる。彼女はびくりと震えてカウンターの裏に潜り込んだ。マスターは顔色を一切変えない。
「マスター!」
「じっとしてるんだよ、エリー。動いちゃ駄目だからね」
マスターはエリーの頭を撫でると、再び荒くれ者達と目線を合わせた。
「ついでにそのかわいいお嬢ちゃんもいただきたいねぇ」
「残念ですが、私で満足いただけませんか?」
マスターはナフキンで手を拭くと、グラスにブランデーを注いだ。
「は? 寝ぼけたこと抜かしてんじゃねぇぞジジイ! ただの老いぼれに用はねぇんだよ!」
頭目と思われる一際図体のデカイ男が、叫びながら引き金を引く。
「ただの、ね」
マスターはカウンターの奥から銀色のトレーと銃を取り出した。
「試してみます?」
「舐めてんじゃねぇぞ」
バウンと大きな音がして、マスター目掛けて弾丸が飛び出した。エリーは思わず顔を覆う。バウン、バウンと金属音が反響し、低い姫井がそこかしこで聞こえたかと思うと、ガンガンと弾丸が跳ね返る音が追いかける。しかしそれは時間にして約10秒ほどでぴたりとおさまった。
「マスター?」
彼女は恐々と目を開ける。
「どうしました? エリー。そういえばチョコレートが残ってましたね。食べ損なって悲しかったんですか?」
マスターは平然とした様子でカウンターからチョコレートを取ると、彼女に差し出した。
「うそ! さっきの男たちは?」
「ああ、なぜだか突然逃げ出して。用事でも思い出したのかなぁ?」
マスターは指に引っかけくるりと回すと銃をよれたジーンズのポケットに収めた。
「それで、先ほどの話の続きは?」
「え? ああ……あのね」
エリーは呆気にとられながらも、マスターがあまりにもいつもの調子だったので、驚きを飲み込んでしまっていた。
「パパ。アタシのパパの相棒を探してるの。最近死んじゃったんだけど、伝言を預かってるから。それでアタシ、冒険に出ようと思って」
「へぇ、そりゃあ親父さんも喜ぶね。そういえばエリー、キミのファミリーネームはなんだっけ」
「サンダース。エリー・サンダースよ。パパの名前は」
エリーの答えを聞き終わらないうちにマスターはひゅうと口笛を吹いた。
「知っていて?」
「いや、聞いたことないなあ。でもそうか。死んじゃったのか。それは辛いね」
マスターはそっとブランデーを注いだ。
「でもそれはキミが危険を冒してやる必要はない。私に伝えてくれれば、いつか訪ねてきた時に言伝しとくけど。」
「あんまり子供扱いしないで。アタシももう立派なレディよ。そして冒険したいお年頃なの?そして、ええ、あのパパの相棒の顔よ。見てみたいに決まってるじゃない! なんでも銃の名手だったとか言うんだから。いつも誇らしげにに話してたもの!」
エリーは瞳を輝かせてチョコレートを齧った。
「ふうん。そうか。そうなんだね」
マスターはふっと目を細めて彼女を見つめると、その肩を叩いた。
「じゃあ旅に出ると良い。子供扱いしてすまなかった。よく考えれば私が旅を始めたのもちょうどキミくらいの年齢だった。きっとキミのパパもそうだ。つい大人になると忘れてしまっていけないね。その代わり一週間、銃の稽古に付き合ってもらおう。オモチャを下げてたんじゃ意味ないからね」
「本当! マスターありがとう!」
彼女は頬を緩めてマスターの首に抱きついた。マスターは彼女を軽くいなして、グラスにジュースを注ぐ。
「そして旅に出るといい。全部を見て回って、満足したらまた帰っておいで。そしたらお土産話と一緒に、その伝言もあずかろう。だから伝言のことはあまり気にせずに、世界を見ておいで。パパも、その相棒もエリーの旅が楽しくなることを祈っているさ。きっとね」
「ふふ、そうなの! 本当は旅に憧れてたの! 楽しみで胸がはち切れそう!」
「では、エリーの旅立ちに」
cheers!二つのカランとグラスが鳴った。
「やけにお前に似てると思っていたんだよ」
その夜、マスターは一人店の外で月を見上げていた。
「なーに、心配するな。お前の娘は俺が立派に育てて送り出してやるからよ」
グラスを月にかざす。琥珀色の液体が丸い氷をゆっくりと揺らし、輝いた。
「安心して眠りな、相棒」
荒野に吹いた一陣の風は新たな旅立ちと永遠の別れを乗せて砂を巻き上げたのだった。