ごきげんよう、大遅刻しました、あやめでございます。大変申し訳ございません。スッカリばっちり忘れておりました。ごめんなさい。お詫びに今回は長めに書いてみました。
その期間とは別に熱中症になってしまいまして、しかも数日ひいひい言っておりました。軟弱。
夏に吹く風、とくにここ数年のは、涼しい心地いいものでは到底なく、密度が高いような感じを受けますね。それに吹かれてあちちになって、熱中症になったのでしょう。エアコンの呼気が気持ち良すぎて部屋に引きこもっていたせいで、夏の風がこんなに高濃度だと忘れておりました。
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友人に、「なぜおまえの人生は、〈お前の人生〉なのに〈お前が主人公〉で展開されないんだ」という趣旨のことを言われた。
いわく、私は私の人生のなかで「主人公」ではなく「観察者」をやっているらしい。自分自身が私の人生という小説の、〈地の文〉として存在してゐるような、あるいは普通「一人称」の人生を、(視点固定ではあるが)三人称で生きているお前が理解できない、ということだった。
友人の言うことはおおむね理解できる。たしかにネ。私は距離をもって自分を見ているのかもしれない。自分(現実世界のアバター、動く人)と自分(メタ視点を持っている・アバターを操作する人)が存在してゐるような、そういう遠さがあるようだった。それをゆびさして、理由を述べよと言っているのだと思う。理由を説明できるほど成熟していない私は、かわりにこんな風に世界がみえていますヨと言って見ることにした。友人も変わり者で、その話は大いにウケた。
アバターとしての私及びそのステータスは、操作する私にとってかなり厄介である。とくに「まっすぐ」に弱い。まっすぐ、切る・貼る・書く・立つ・歩くなどのことはできないし、投げる・蹴る・打つ・飛ぶのような「接地面から離れる行為」はより一層できない。マヌケで弱虫けむしで、操作性が悪くて、簡単に傷がついて、うまくいかないアバター。私はそれを嫌っているらしかった。理論的にはうまくいくはずのことが、このアバターを使用したら全然うまくいかない。これがもどかしいらしかった。
私の書く文章が「観察」に基づいていて、それが「個性」として認められるとしたら、それは私の「操作する人」が評価されたことになるだろう。だからあなたは、斜に構えた、ひねくれて可愛げのない、拗ね者の私を大いに褒めてくださいね。「操作する」方の私はきっと、ほめ言葉を簡単には受け入れられないだろうから、大げさでくどいくらいに言ってやってください。もちろん外側の、アバターとしてのマヌケの私はすぐに大喜びですけれど。やったあ!
マアそんなわけで、自らを咀嚼しなおすために・自分に向けた「自伝」(日本国語大辞典によれば自伝とは自叙伝、すなわち「自分の生い立ちや経歴などを、自分で書いたもの」だというから、これから書くものは自伝未満であるかもしれないが)を書いてみたいと思い立ったのはもう、数年前のことである。本当は琵琶法師みたいなひとに語らせたいようなものを書きたいと思った。自伝であるくせ、軍記物語とか、歴史物語のように、遠い未来の他人が書いているような遠さがあるものにしたかった。であるから、試みにあなたは、これを読むあなたのなかの琵琶法師みたいなひとに語らせながら読んでみてほしい。決して「あやめ」が語っていると思わないでほしい。ただ、私の文章を読んだ方は往々にしてこのヘンテコを「落語を聞いているようだ」と形容するので、いつもの如くに書けば、そのようになると信じて書いてみた。そう思うと、何か、会話劇の台本が、誤って流布しちゃったようなつまらなさを伴って、読んでいただきたいわけである。言わずもがな自分語りの羅列で、これを機に私を嫌いになる方もいらっしゃるだろうが、それを小説未満の断片の間に配置することで、さもこれも「小説になりかけの断片のひとつ」みたいにして、語りかけてみる。応答があるだろうか。うまくいくだろうか。わくわく。
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再三申し上げているとおり、私は高校時代不登校児(児?)をしておりました。誰かにいやなことをされた、とかというよりは、自分が作った「高校像」と現実の忙しい高校生活とのギャップにやられて目をバッテンにしていた、という具合でありました。それはほんの、もらってくるプリントやら宿題やらの量がおおすぎる、という具合の、些細なことで決壊して、もうすべてがダメになってしまいました。通うことも、高校生として在ることも、全部がむりなことに感ぜられて、あ、私は高校生になれないのか、と思っておりました。確かに私は文化祭とか体育祭とかの「祭」がみんなきらいでした。高校生が心血を注ぐイベントはみんなおもしろくないとおもっておりました。仲間外れがバレるからです。たとえばわたしは、以下のような思考を展開するユニーク個体でありますが、過去の私は「ユニーク」を「唯一無二」とか「めずらしくておもしろい」という意味ではなく、「特異」「奇抜」「外れ値」「規格外」と理解しておりましたから、ユニーク個体だとバレるのはなんとしてでも免れたかったのです。
さて思考内容はこうです。
いつもうまくできないため、アルバイト先の同僚に質問してみることにした。うまく質問できるだろうか。いつもは、突拍子もない質問だね、と笑われてしまう。今日こそは正しい質問ができると信じたい。
「みかんのかわを、うまく剥く方法を教えてください。いつも、ぼそぼそ、ちぎれてしまって掃除が大変です。」
同僚は大笑いした。おや?このような反応が得られたということは即ち、今回も実験は失敗だということだ。
「みかんのかわを、そ、そんなに真面目にむくひと、いないって」
同僚の一人が、笑い声の隙間にこんなことばを配置した。
私は、みかんの、かわを、まじめに、剥いているのか?
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以前から、気になってしょうがないことがある。椅子に座った際に林立する脚の見方である。個体によって脚の処し方が違う。組む者、投げ出す者、内股、足首の辺りで交差させる者…衣服や靴も、素足かどうかもばらばらである。どのように見るべきなのか。何の暗号だろう。どのような情報が発信されているのか。どのような理論で組み立てられたのだろう。なぜその選択をしたのか。知って理解して、私も仲間に入れてほしい。それで、友人に耳打ちでコッソリ相談したら、意味が分からないという顔をされて、話を流されて、終わってしまった。
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School(学校)、というのは、古代ギリシャ語の「ひま」を意味する「スコレー」に由来する言葉だよということを学んだ。そう考えると、学びというのは大前提、「遊び」によって形成されなくては、本質・定義に反するのではないだろうか。我が人生に一片の悔いなし!といって元気に(?)死を迎えるには、そういう「あ~たのしかった」という感じが残っていてほしいと思い、また、私にはそういう「スコレーな学習」が必要不可欠だと思う。本当は学ぶのがすきだから。誰にも言えないけれど。
このような自分を見て、不登校の原因はおそらく、みんなと一緒にあそびたかっただけの、さみしいみたいな気持ちを発散する場も機会もなくここまで来てしまった幼稚園児の私が、小学、中学を通り越してようやく顔を出した、みたいなことだったのだろう、と今では理解しております。なんで仲間外れにするんだい!あたいも仲間に入れてくれやい!みたいなことでしょう。たいして「変」でもないのに、私の定義する「ふつう」枠から自ら外れていたせいで、自らのパラドックスみたいになっていたのかもしれませんネ。そのエネルギーだけあって、肝心の訴えはもはや自分にもよくわからないほど大きく成長してしまい、あるいは「こんなことを思考している自分がゐてはならない」みたいなちょっとしたプライドが邪魔をして、核となる訴えそのものが見えるようになるのにながらく…4年も時間を要しました。
こんなことを、私特有の悲しい記憶として、「特殊」として捉えてもらえても、ごくごくよくあるありふれた、「普遍」と捉えてもらえても、私には嬉しく思えます。あなたが読んでくれているので。むしろ、どちらの見方もできるように書いてみたいとすら思っております。どちらか一方に傾いているのなら、それは私の研究・勉強・技量不足だということであります。
この特殊ということを、大人になって、イタくてとても書けなくなってしまう前に、まだ、若気の至りねと許してもらえる内に、書いてしまいたかったのです。誰かに見てもらいたい、というより、どのくらい通用するかしないかを実験・観察してみたかったのです。
私は初回のブログでこんなことを申しておりますが、ここまで見てきたとおり、やっぱり本当は見てもらいたくて仲間に入れてもらいたくて、たまらなかったはずなのです。特殊、と分別顔で申しておりますが、やっぱりわたしだってふつうなんですよ、という透けて見える訴えがあるような気がして恥ずかしいですね。その「訴え」はおよそ、この3年で書いてみてきた断片の端々に見えるものと同じで、なおさら恥ずかしくなりました。3年ぽっちじゃ、何も変わらないことがよく、わかりました。
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いままでのブログで「このことは追々語りましょう」とか言って言い逃げしている事柄がいくつかあって、それを回収しないまま卒業するのは実にまずいことだと思ったので、今回は回収第一弾と思って書いてみましたが、苦くてまずいつばがたくさん出ました。全然うまくいかなかった。しょんぼり。炎天下に化けて出て、溢れんばかりの太陽光エネルギーにやられて一瞬で蒸発する本日のオバケでした。ごきげんよう。









