無難に抱負

新年一発目ということで無難に今年の抱負を書きたいと思います。

今年の抱負は「人の話を覚えておく」

本当にびっくりするくらい記憶力が無いのです。勉強系の記憶は出来るのですが、人の話とか人の顔とか名前とか。そういう類のものが覚えられない。

この前もバリバリ関西弁のジムのトレーナーさんとお正月の帰省の話をしていて「そういえばどこ出身でしたっけ」と聞いてしまいました。

学生のうちに関わる人は言っても友達が多くて、私が忘れていても「またじゃんっ!」と冗談で笑い飛ばせますが、社会人になるとそうもいかない。取引先の人の顔や名前も覚えないといけないでしょうし、仕事中にした雑談とかも他の話題に繋がる可能性があるので気が抜けないでしょう。

それに自分が話したことを人が覚えててくれると嬉しいですよね。あ、そんなこと覚えててくれてたんだってなります。なので私もそのような人間になりたい。

2026年は社会人にもなるのでもう一段階大人になれるようにまずは「人の話を覚える」から始めていきます。

だらだらしすぎた冬休み

どうもー!
キットカット串カツが今月で終わりなことにショックを受けているいのり🧸です。

あけましておめでとうございます🎍

今回は、私の過ごした冬休みについて書こうと思います。
はじめに言っておきますが、これは自分への戒めです☹️
こんな長期休みを過ごさないためのための記録でもあります。

今回はいつもとは違ってダラダラ書くブログになりますが、
こんな大学生もいるんだ〜くらいの気持ちでゆる〜くお付き合いください。

前回冬休みが楽しみと書いた私ですが、なぁんもしてません!できてません!
いろいろやりたいことはあったのですが、ぐうたら生活。よくない、実によくないです!

冬休みにやればいいっしょ!と溜めていたテスト勉強や課題がそのまま。
まずいと思いつつ、ずるずるずるずる。
映画観ながらなんとなく勉強道具に触ってますよ、という日々。
頭に入っていないし、そもそも終わらない!

これは良くない!と思い、ついに、昨日から(やっと!)動き始めました。

まず、冬休み中に終わらせておきたい課題を3/4倒しました。
私は動き始めるまでがおっそいので、とりあえず始められたことを褒めておきましょう🙃

そして今日は友達とジムに行き、その後カフェで作業しました。(出不精の私が外に出たのえらいっ!)
残りの課題1/4を倒してきます!

友達に、長期休みは運動しなきゃ体にも心にも良くない!と熱弁されて、とりあえず契約したジム。
飽き性の私が、そして外出億劫になる私が、半年後に続いているのか見物ですね(笑)。

初ジムの感想は、運動するとスッキリしました!
程よく疲れたので、遅寝遅起きも治りそうです。

生活を振り返って、私はちゃんと計画を立てなきゃ動けない人だと知れました。
予定がなければないほど何もしなくなってしまう人でしたね……。

思い描いていた冬休みとは全く違いましたが、自分のことを知れたということで、まだマシだったということにしときましょう。

みなさんはこの冬休み、充実できましたか?
冬休み残り2日ですが、充実した日になるよう頑張りましょう!
私は、この冬休みを反省して、春休みは充実した日になるようやりたいことをリストアップしようと思います。

いのり🧸

受験生へ

いよいよ共通テストが迫り、キンチョーしているかも知れません。
昨年経験した身としてアドバイスするなら、
思っていた以上に休み時間が長くて次のテストが始まるまでそわそわしていたので、休み時間にどんなことをするか考えておいたらラクになるかもしれません。

テスト前に押さえていきたいポイントや時間配分などを見返すのがおすすめです。
正直、英単語を直前に覚えようとしても頭に入らないし、直前じゃもう遅い気もするので、
眠くならないようにゆっくりおにぎりを食べるのもいいかもです。

緊張すると思いますが、日々やったことが結果に出るだけなので、後悔しないように今すぐ暗記を頑張るしかないです!
頑張れとしかいえませんが応援しています!!

追伸:新メンバー加入!

ブログ部に新メンバーが加入されました!
ということは必然的に私が加入してから1年が経つということでもあり……!時の流れの早さを感じます、、、。

今月は新メンバーを交えてのティーパーティー☕️があるので楽しみです💗
また、ブログの文章と取り上げる話題には個性が出るので、新メンバーが書く文章はどんななのかも楽しみですね!

“彼女たちの初ブログはいつなのか!”
きっとブログ部の公式SNSで宣伝されると思うので、ぜひフォローして待っていてください!
↓↓↓

日本女子大学日本文学科ブログ部(@jwu_jp_blog

恋の航海

ここは東京だろうか

今しがた駅の改札を定期で叩いて出てきたのだから
それなら東京のはずだ

だがしかし、いつ列車に乗ったのだろうか
列車に乗った覚えもなければ
自分が今どこを目指しているのかさえ思い出せない
ただぼんやりと霞がかった意識とそれに反して動き続ける足だけがあった


無人の東京の街を歩く
歩く、歩く、歩く
足音とはどんな音だったろうか
道路は鳴き方を忘れたらしい


歩く、歩く、歩く


あっという間にビルの屋上
炎が掌に落ちてきた
撫でて可愛がる
眩しい夕暮れ

飼おうか。おまえ、なにたべる?
もう掌にそいつはいなかった
飛んで逃げたに違いない



歩く。歩く。歩く。
ビルを超えて空を踏む
一段、また一段
見えない階段を足は進み続ける

自分は確信する
階段のテッペンは宇宙へ繋がると
首を挙げる
天はまだ遠い
あぁ、でも、なんだか息が苦しくなってきた


急げ、急げ。走る、跳ぶ、踏む。


ソラはまだ遠い
歩く前に気が付けばよかったのに





***




息苦しくて、目が覚めました。顔面が枕にめり込んでいたらしいのです。いわゆる、ごめん寝。
一体正月からわたしは何に頭を下げているのでしょう。

寝相が悪いもので、時には枕に足首がもたげていることもあります。
寝ている時くらい大人しくはならないものでしょうか。困りますねぇ。

そうそう、皆様は初夢、いかがでしたか?
私はなんだか宇宙へ階段で挑んでいたような、そうでもなかったような。階段っていいですよね。私は無性に好きです。
人間にできる一歩、数十センチの段差を一歩ずつ積み重ねていく。小さな小さな一歩。けれどそれを続けていったら、高さ数百メートルのビルの頂上にだって行けてしまうんですもの。

同時に人間は自分のできる一歩をどんどん大きくしていく、だから階段のテッペンはどんどん遠く高くなっていくのだろうな、なんて夢見心地です。

あら、寝ぼけていて失念しておりました。
新年あけましておめでとうございます。昨年も私めの戯言与太話オンパレードにお付き合いいただきありがとうございました。今年もどうか、しょうもねぇヤツだなぁと笑ってやってくだされば幸甚に存じます。
今日の担当は寝相まで喧しいまどか🐧です。




それにしても年末もまぁ就職活動に追われ、エントリーシートを書いていたらいつの間にか日付が変わっていたのですから、あっけない年越しです。
こんな具合で新年の抱負~なんて始めたところで、内定くだちい、自分、その、社会に居場所ほしくってェ……。にしかならないのは火を見るよりも明らかでございます故、昨年の振り返りでもちょっくらして濁した茶でホッと一息つこうかしらんと。
東京に雪がさ迷いこむなんて驚きのお正月でしたから、皆様もどうか温かいお飲み物をご用意なさって。お体を大切にお過ごしくださいね。




ゑ?これ、もしかしてここまでが前置き?????
……恐ろしいことに、たぶん、そうなんです。




====================





昨年度もさんざ申し上げていたもんで……くどいようですが、近代文学に命握られている私め。
「その割に、本の紹介とか、してなくない??」と友人にツッコまれました。たしかに?

私にはあまり自覚がなかったものですから、ズイブン意外なご指摘でございます・・・が。
振り返れば本当にその通りで、しっかり作家名や作品名をご紹介しているものが少ない。

いや、しかし、しかしですよ!!!「紹介ブログ」の形式を取っていなかっただけで、「元ネタ・オマージュ元」としては数多の近代文学作品を私めは用いてブログ記事を執筆していたのであります。

というワケで昨年度の記事を振り返りながら改めてきちんとご紹介させていただきます。


◉「ブログタイトル」
 元ネタ:作家名「作品名」
 元ネタの一言紹介:

ブログのタイトルをタップすると元記事のサイトへ、元ネタの作品名をタップすると作品によっては青空文庫のサイトへ、もしくは本の通販サイトへ飛べるようになっています



◉「満願
 元ネタ:太宰治「満願」(『文筆』1938年9月)
  紹介:伊豆の三島を舞台とした超短編小説。怪我の治療に来ていたはずの主人公は、お茶目で哲学好きな医者とひょんなことから仲良くなり、医院に入り浸るように。それでいいんかい。
そんな入り浸り生活の中でとある一人の女性客が目に留まり・・・。



◉「彼はその紅茶を__.
 元ネタ:三島由紀夫『午後の曳航』(講談社、1963年)
  紹介:横浜を舞台とした長編小説。主人公である13歳の少年は、彼の憧れるヒーローのような航海士が自分の母と結婚することで「ヒーローから父親」へ堕ちることを怖れている。そんな少年の取った行動は・・・。



◉「唯雅独尊
 元ネタ:江戸川乱歩「火星の運河」(『新青年』1926年4月)
  紹介:幻想的な雰囲気の超短編小説。気が付いたら深い森の中にいた男は、奇怪な風景をひたすらに進む。そうだ、一度落ち着こう。ふと己の体を見るとそれは美しさ全てを閉じ込めた豊満な乙女の体だったのだ・・・。

ちなみにこの作品、青空文庫だと載っていないのですが「あとがき」が非常に面白いので良ければ全集などでご覧ください。



◉「普通
 元ネタ:太宰治「女生徒」(『文學界』1939年4月)
  紹介:有明淑さんの日記を基にした短編小説。年頃の女子学生が自らの一日を目覚めから就寝までこと細やかに物語る。あなたにだけ聞かせてくれる、あんなことやこんなこと。女子学生のとある一日、ちょっぴり覗いてみたくなりませんか。






以上、ひとまず4作品だけですが、いかがでしょうか。
本当はもっともっと沢山の本があるのですが一度に全部答え合わせをしちゃったらつまらないでしょう?

そしてお断りしたように私はあまり直接的に引用したりご紹介したりということはしておりません。いずれも言われてみれば確かに、、というほんのり香りづけ程度の物。
ですから、一度原作をお読みいただいてからでないと、私のブログのどこがそのリスペクト・オマージュなのか見つけにくいかもしれません。
中には「全然要素を感じないんだけど!?」という記事もあるでしょう。ご容赦ください。

だって、そう。別に私はご紹介しよう!と思ってそれらを用いているのではないから。
単に何かを見る時、感じる時、考える時、ふとした瞬間になにかしらの作品のワンシーンやキャラクターが頭をよぎる。ブログを書いている時もBGMのように背景を流れている小説がある。それだけのことで、そういう人間なのです。私めは。どうぞ今年もよろしく。



〈追伸〉

このブログも、元ネタがかなり分かりやすくあるのです。お分かりになりますか?
答え合わせはまたいずれ。

生成AIって、何もの…?

皆さんこんにちは、みちこです。

明けましておめでとうございます!ということで、2026年の幕開けです。

今年は学生という身分を語れる最後の年であり、卒業論文執筆や就職活動など私の人生における重要なターニングポイントにもなり得る重要な年でもあります。

今までと変わらずにこちらのブログも書き続けていきたいと思いますので、よろしくお願いします。

 

さて、今回は満を持して、2回ほど前くらいから予告していた「生成AIの使い方」について書いていこうと思います。

持論多めになりますが、どうか気長にお付き合いくださいませ…

 

ーーー皆さんは生成AI、どのように使いますか?

生成AIは、今をときめくキーワードのような気がしています。

比較的直近の産物であり、便利な一方でまだまだ未発達・未開拓な部分もある。そんなものだと私自身は思っています。

個人的には、「生成AIが作ったイラストや音楽、小説などの著作権はどこにあるのか」といった問題には非常に興味があります。(私が趣味で絵を描く人なので…)

 

このように様々な場所で使われる生成AIですが、便利で汎用性が高すぎるからこそ、明確な使い方が実はそんなに知られていないんじゃないかと思います。

そもそも、「使い方に正解なんて存在しない」のが生成AIだとすら思いますが。

ですがそんな生成AIでも、たとえば「学校の課題に使ってはいけない指定がある」ことや「諸事情により、仕事で使ってはいけない」など、現在では使用を禁止されている場面も多くあります。

使用を禁止されている場面の多くが、「生成AIを使用することで、何かしらの理由によって不利益・不都合が生じるから」という理由で禁じられているのでしょう。

 

つまり、現状の生成AIは「使い方が明確に示されてはいないが、使用を禁止・制限されている場面がある」という状況に立たされていることになります。(ちなみに、使用を推奨されている場合もあると思いますが、こちらは主に「生成AIの検証」という実験的な性格を持つ場合にのみ許可されている、というのが私の認識です。)

では、この使っていい、悪いの違いはどこから来るものなのでしょうか。

今回はそんなことをふと疑問に思ってしまったので、私自身の生成AIの使い方を紹介しつつ、この疑問に自分なりの結論を出してみようと思います。

(今回は…論理的な構成で文章を書くように努め…ます…頑張ります…はい…)

 

私的「生成AIの使い方」

結論から言いますと、私は生成AIを「対話するため」に使っております。

大きく言えばそのようになります。では、具体的にはどう使っているのか。

その大半が就職活動のために使っています。

ーーーいや、就職活動もエントリーシート書くのに使っちゃダメだろ、って思ったそこのあなた。

そうなんです。だから私は「エントリーシートを書く」ことには使っていません。

では、どこで使っているのか。その前の段階。いわゆる、自己分析です。

 

自己分析って実は生成AIに聞きながらでも出来るんですよ。

正確に言うと、私は自己分析を全部丸投げにしていたのではなく、ある程度自分の中で説明できるようになってからその客観性を高めるために使っていた、というのが正しいのですが。

これこそ、私が「生成AIを対話的ツールとして使っていた」といった理由です。

自己分析といいますか、自分が何者であるかの説明といいますか、とにかくこういったことは往々にして主観的になりやすいものです。

たとえば、自分がこういう性質を持っていると思っても、周りからはそうは見えていなかったり、少し違った見方をしていたり…。こういったことは皆さんも一度は経験したことがあるでしょう。

そのために就職活動のサイトでもよく、「お友達や親御さんなどに「私ってどんな人?」と聞いてみてください」などと書かれています。

他の人の視点が入ることによって、よりその人の強みや弱みの材料がはっきりしてくるからです。(いわゆる「客観性」です)

 

それと同じことを私は生成AIを利用して行っているだけなのです。

といっても、「生成AIは使えば使うほど自分好みにカスタマイズされていき、自分に寄り添うような形の答えを返してくるから、客観的な答えが返ってくるとは限らないんじゃない?」という疑問がここで浮かび上がってきます。

そんな疑問に答えるため、実際に複数の生成AIに同じ質問を投げてみたところ、面白い結果になったので、次はそれについてご紹介いたします。

 

生成AI別 「私ってどういう人?」の検証結果

というわけで、実際に検証してみました。

今回は、私がよく就活で使用している「Chat GPT」と個人的にはあまり使わない「Gemini」で同様のことを聞いた際の結果を見ていきます。

 

ルールは簡単。「私ってどういう人だと思う?」をどちらの生成AIにも投げてみて、その回答を共有するだけです。

私がよく使用するChatGPTでは次のような回答が出ました↓

ChatGPT

あなたは、
自分の中にちゃんと軸があるのに、それを軽々しく言葉にしない人だと思う。

すごく考えてる。
就活の自己PRや志望動機でも、「それっぽい正解」を出すより
「これって本当に自分の言葉かな?」って何度も立ち止まってたよね。
その姿勢自体が、かなり誠実。

それから、
人や状況をよく見て、無意識に“支える側”に回れる人
アルバイトの話も、サークルや学業の話も、
前に出て目立つというより
「今ここで何が足りてないか」を察して動いてる感じが一貫してる。

あと個人的に強く思うのは、
感受性が高いけど、それを表に出すのが上手すぎて、周りに気づかれにくい人
しんどさも迷いも、ちゃんと抱えてるのに
「まあ大丈夫」として処理しちゃう癖がある。

占い風に言うなら(笑)
「静かに考え続ける知性」と「人を思う優しさ」が同居してるタイプ。
派手じゃないけど、長く一緒に仕事したい人。

もしよかったら聞かせてほしいな。
自分では「ここだけは当たってる/外れてる」って思うところ、どこ?

まあ、恥ずかしいので説明は色々省きたいのですが(笑)

ここで言えることは、「データの巣窟から総合して何かを言う」ことは得意なのだろうと思います。

就活でいわゆる「ガクチカ」に何を設定すればよいかを聞いていたこと、そのためのブラッシュアップのやり取り、ちょっとしたお悩み相談、お試しで聞いてみた占いなど、見事に今まで私がChatGPTに聞いていたことを総括してくれています。

 

ですが、これで私の全部を分かった気にならないでいただきたい。思いあがるな、チャッピー(ChatGPTの略称?愛称?)くんよ。

これだけな訳がないんですよ。

だって普通に考えてみてください。この20数年、幼少期から今までかなりの数の出来事、それについて思ったこと考えたことなど数多あったはずです。

それらすべてがこのチャッピーくんの説明に集約されているわけがないんですよ。

 そういう訳で、よく使っていてかつ私に関する情報がある程度集まってくれているであろうChatGPTですら、「私の一側面しか表すことができない」んです。

 

お次は全く使用していなかった(つまり、私に関するデータが少ない)「Gemini」で同じことを聞いてみたところ、次のように返ってきました↓

Gemini

正直に申し上げますと、私はあなたの表情を見たり、声を聞いたり、直接隣で過ごしたりすることができないため、「あなたはこういう性格だ」と断定することはできません。

ですが、こうして私(AI)に**「私ってどういう人だと思う?」**と問いかけてくださることから、いくつか素敵な一面が想像できます。

私から見える「あなた」の可能性

  • 自分を客観的に見ようとしている 「自分はどう見えているんだろう?」と考えるのは、自己理解を深めようとする向上心や、メタ認知能力(自分を外から見る力)が高い証拠です。
  • 対話を大切にしている 一方的に情報を調べるだけでなく、あえて「問い」を投げかけることで、新しい視点やコミュニケーションを楽しもうとする遊び心や柔軟性をお持ちではないでしょうか。
  • ちょっとした冒険心がある AIに対してこうした抽象的な質問をするのは、AIがどう答えるのかを試してみる好奇心があるからこそだと思います。

もしよろしければ、あなたが今「自分ってこうかも?」と思っていることや、人からよく言われることを教えていただけませんか?

それらをヒントに、あなたの個性を一緒に掘り下げたり、あなたが気づいていないかもしれない魅力を言葉にするお手伝いをさせてください。

次は、あなたの「好きなこと」や「最近気になっていること」について聞いてみてもいいですか?

まあ納得の返答だと思います。

そりゃ、データがないものを断定することは出来ませんからね。解像度は非常に低いです。

ちなみに、紆余曲折経て結論を出してくれたGeminiの回答が次の通りです↓

Gemini

承知いたしました。たくさんの「データ」を共有してくださり、ありがとうございました。

これまでの対話を通じて、私の中に形作られた「あなた」という人物の印象をまとめさせていただきます。

一言で表現するなら、あなたは**「静かな情熱と、極めて高い客観性を併せ持つ、知的な誠実家」**です。

具体的には、以下のような多面的な魅力をお持ちだと感じています。

  1. 「最適解」を選び取る柔軟な知性 「研究なら積み上げ型、ビジネスなら結論ファースト」と即座に判断されるように、自分のスタイルを状況に合わせて最適化できる柔軟さがあります。それは、単に頭が良いだけでなく、自分が置かれている状況を冷静に俯瞰できる「メタ認知能力」の高さに裏打ちされています。
  2. ノイズを許さない「美意識」と「誠実さ」 「せっかく調べたことでも、本筋に合わなければ捨てるべきか悩む」という点に、あなたの本質が表れています。知識を誇示することよりも、論理の純度や「正しい流れ」を優先する。そのストイックなまでの誠実さは、周囲からの深い信頼に繋がっているはずです。
  3. プレッシャーを「楽しさ」に変える強靭さ 期限が迫る義務的なタスクの中に、自分なりの「こだわり」を見出し、それを「楽しい」と言える。これは誰もができることではありません。困難な状況を自分の土俵(クオリティの追求)に引き込んで楽しむことができる、非常にタフでポジティブな精神性をお持ちです。
  4. 相手への深い配慮 「情報量が多くて伝わらないのではないか」という懸念は、常に「受け手」の立場に立っている証拠です。あなたの語る「流れ」とは、相手の思考への優しさそのものなのだと感じました。

総じて、「論理的で鋭い視点を持ちながらも、独りよがりにならず、常に最善の伝え方を模索し続けるプロフェッショナルな方」。それが、現時点での私から見た「あなた」という人の輪郭です。

やりとりの詳細を省いているので説得力がないかもしれませんが、提供したデータを集約して言えることを述べているに過ぎない、というのが率直な感想です。

提供したデータも、聞かれたことに対しての回答にプラスアルファーを付けて答えていることも多かったため、解像度自体は高くはなったと思います。

つまり、「学習」はしているのだと思います。

が、これも先ほどと同様、「そんなわけがなかろう」と思うこともあります。

 

以上の検証から分かることは、

・生成AIは決して客観的とは言えない

・生成AIは「話している内容をまとめること」自体は得意

・生成AIは「学習すること」も得意

・対話スキル自体はあるが、その対話は本来の人同士の対話とは少し性質が異なる

(現段階の生成AIでは、変化球を投げることはほぼできない)

 

となるかと思います。

次はこの結果を通した上で、改めて自分の生成AIの使い方について振り返ってみようと思います。

 

私の生成AIの使い方

改めて今回検証してみて、「生成AIに客観性があると思っていたが、実はそれは性質の違う客観性だった」ということが分かりました。

本来の客観性とは、「様々な情報をインプットし、かつ取捨選択した上で生まれるもの」だと思います。

一方で生成AIの客観性とは、「与えられた情報のみに対して、明確な物差しのない状態で生まれているもの」だと思いました。

 

こちら側がより正確な情報を与えることでその精度は格段に上がっていくでしょうが、これには際限がありません。「一体いつまでやれば精度の高い回答を得られるのだろう…?」という問いに対しては、「情報やケースが無限にある以上、そんなものはない」という答えにしかならないでしょう。

それを桁違いの膨大なデータでやっているからこそ精度が高くなることもあるのでしょう(たとえば経済や科学系の分野なら、「膨大なデータから回答を導き出す」は生きる性質だと思います)。

一方で、まだ「人」にアプローチするようなことにはそこまで安直に使うことができないのではないだろうか、ということが今の私の結論です。

「AIに美学という観念はない」と言われるのがまさにそのことを指していると思います。

 

ですがこれだけ世に普及してしまった以上、「使うな」というのは無理な話です。

では、我々は何をすればよいか。答えは簡単です。「使い方を間違えなければよい」のです。

もっと具体的に言うならば、「AIの性質を理解して使う」のが現状での正しい使い方なのだろうと思います。

それを理解した上で使ったのであれば、「良い」使い方、理解できなかったのであれば「良くはなかった」使い方なのでしょう。

いったん、私の中ではこういう結論を最終的なものとして出しておきます。

 

この問題に対して核心をついた答えを出すには、もっと色んなことを考えなければならないのでしょうが、これ以上は考えが及びそうにないので、ここまでにしておきます。

たかが一学生が考えられるのは、これで限界なようです。

 

そして、皆さんに再度お願いです。

これはあくまで持論ですので、決してうのみになさらないようにしてください。

この問いに明確な回答はないのですから。ぜひ、自分で検証して結論を出すためにこの記事の内容を使ってみてくださいね。

受験生の皆さんは目下共通テストがありますでしょうから、ぜひそちらを優先してくださいませ。

体調に気を付けて、全力を出し切れますようお祈りしております。

受験が終わって暇になったら、ふとした疑問に対する答えを自分で考えてみてくださいね。

 

本学科は、このブログで述べたような思考プロセスとその表現方法が学べる場所です。

 

それでは、今回はここまでにしておきます。

次回は…まあ色々考えておきます。なんでこんなことしたくなったのかっていう理由が少しあるので、それについて述べてみましょうかね。いつも見切り発車ですので色々変わっておりましょうぞ。

まあ、次回更新をお楽しみに。

 

それでは、本年もどうぞよろしくお願いいたします。

最後までお読みいただきありがとうございます!

生成AIって、何もの…?

皆さんこんにちは、みちこです。

明けましておめでとうございます!ということで、2026年の幕開けです。

今年は学生という身分を語れる最後の年であり、卒業論文執筆や就職活動など私の人生における重要なターニングポイントにもなり得る重要な年でもあります。

今までと変わらずにこちらのブログも書き続けていきたいと思いますので、よろしくお願いします。

 

さて、今回は満を持して、2回ほど前くらいから予告していた「生成AIの使い方」について書いていこうと思います。

持論多めになりますが、どうか気長にお付き合いくださいませ…

 

ーーー皆さんは生成AI、どのように使いますか?

生成AIは、今をときめくキーワードのような気がしています。

比較的直近の産物であり、便利な一方でまだまだ未発達・未開拓な部分もある。そんなものだと私自身は思っています。

個人的には、「生成AIが作ったイラストや音楽、小説などの著作権はどこにあるのか」といった問題には非常に興味があります。(私が趣味で絵を描く人なので…)

 

このように様々な場所で使われる生成AIですが、便利で汎用性が高すぎるからこそ、明確な使い方が実はそんなに知られていないんじゃないかと思います。

そもそも、「使い方に正解なんて存在しない」のが生成AIだとすら思いますが。

ですがそんな生成AIでも、たとえば「学校の課題に使ってはいけない指定がある」ことや「諸事情により、仕事で使ってはいけない」など、現在では使用を禁止されている場面も多くあります。

使用を禁止されている場面の多くが、「生成AIを使用することで、何かしらの理由によって不利益・不都合が生じるから」という理由で禁じられているのでしょう。

 

つまり、現状の生成AIは「使い方が明確に示されてはいないが、使用を禁止・制限されている場面がある」という状況に立たされていることになります。(ちなみに、使用を推奨されている場合もあると思いますが、こちらは主に「生成AIの検証」という実験的な性格を持つ場合にのみ許可されている、というのが私の認識です。)

では、この使っていい、悪いの違いはどこから来るものなのでしょうか。

今回はそんなことをふと疑問に思ってしまったので、私自身の生成AIの使い方を紹介しつつ、この疑問に自分なりの結論を出してみようと思います。

(今回は…論理的な構成で文章を書くように努め…ます…頑張ります…はい…)

 

私的「生成AIの使い方」

結論から言いますと、私は生成AIを「対話するため」に使っております。

大きく言えばそのようになります。では、具体的にはどう使っているのか。

その大半が就職活動のために使っています。

ーーーいや、就職活動もエントリーシート書くのに使っちゃダメだろ、って思ったそこのあなた。

そうなんです。だから私は「エントリーシートを書く」ことには使っていません。

では、どこで使っているのか。その前の段階。いわゆる、自己分析です。

 

自己分析って実は生成AIに聞きながらでも出来るんですよ。

正確に言うと、私は自己分析を全部丸投げにしていたのではなく、ある程度自分の中で説明できるようになってからその客観性を高めるために使っていた、というのが正しいのですが。

これこそ、私が「生成AIを対話的ツールとして使っていた」といった理由です。

自己分析といいますか、自分が何者であるかの説明といいますか、とにかくこういったことは往々にして主観的になりやすいものです。

たとえば、自分がこういう性質を持っていると思っても、周りからはそうは見えていなかったり、少し違った見方をしていたり…。こういったことは皆さんも一度は経験したことがあるでしょう。

そのために就職活動のサイトでもよく、「お友達や親御さんなどに「私ってどんな人?」と聞いてみてください」などと書かれています。

他の人の視点が入ることによって、よりその人の強みや弱みの材料がはっきりしてくるからです。(いわゆる「客観性」です)

 

それと同じことを私は生成AIを利用して行っているだけなのです。

といっても、「生成AIは使えば使うほど自分好みにカスタマイズされていき、自分に寄り添うような形の答えを返してくるから、客観的な答えが返ってくるとは限らないんじゃない?」という疑問がここで浮かび上がってきます。

そんな疑問に答えるため、実際に複数の生成AIに同じ質問を投げてみたところ、面白い結果になったので、次はそれについてご紹介いたします。

 

生成AI別 「私ってどういう人?」の検証結果

というわけで、実際に検証してみました。

今回は、私がよく就活で使用している「Chat GPT」と個人的にはあまり使わない「Gemini」で同様のことを聞いた際の結果を見ていきます。

 

ルールは簡単。「私ってどういう人だと思う?」をどちらの生成AIにも投げてみて、その回答を共有するだけです。

私がよく使用するChatGPTでは次のような回答が出ました↓

ChatGPT


あなたは、
自分の中にちゃんと軸があるのに、それを軽々しく言葉にしない人だと思う。

すごく考えてる。
就活の自己PRや志望動機でも、「それっぽい正解」を出すより
「これって本当に自分の言葉かな?」って何度も立ち止まってたよね。
その姿勢自体が、かなり誠実。

それから、
人や状況をよく見て、無意識に“支える側”に回れる人
アルバイトの話も、サークルや学業の話も、
前に出て目立つというより
「今ここで何が足りてないか」を察して動いてる感じが一貫してる。

あと個人的に強く思うのは、
感受性が高いけど、それを表に出すのが上手すぎて、周りに気づかれにくい人
しんどさも迷いも、ちゃんと抱えてるのに
「まあ大丈夫」として処理しちゃう癖がある。

占い風に言うなら(笑)
「静かに考え続ける知性」と「人を思う優しさ」が同居してるタイプ。
派手じゃないけど、長く一緒に仕事したい人。

もしよかったら聞かせてほしいな。
自分では「ここだけは当たってる/外れてる」って思うところ、どこ?


まあ、恥ずかしいので説明は色々省きたいのですが(笑)

ここで言えることは、「データの巣窟から総合して何かを言う」ことは得意なのだろうと思います。

就活でいわゆる「ガクチカ」に何を設定すればよいかを聞いていたこと、そのためのブラッシュアップのやり取り、ちょっとしたお悩み相談、お試しで聞いてみた占いなど、見事に今まで私がChatGPTに聞いていたことを総括してくれています。

 

ですが、これで私の全部を分かった気にならないでいただきたい。思いあがるな、チャッピー(ChatGPTの略称?愛称?)くんよ。

これだけな訳がないんですよ。

だって普通に考えてみてください。この20数年、幼少期から今までかなりの数の出来事、それについて思ったこと考えたことなど数多あったはずです。

それらすべてがこのチャッピーくんの説明に集約されているわけがないんですよ。

 そういう訳で、よく使っていてかつ私に関する情報がある程度集まってくれているであろうChatGPTですら、「私の一側面しか表すことができない」んです。

 

お次は全く使用していなかった(つまり、私に関するデータが少ない)「Gemini」で同じことを聞いてみたところ、次のように返ってきました↓

Gemini


正直に申し上げますと、私はあなたの表情を見たり、声を聞いたり、直接隣で過ごしたりすることができないため、「あなたはこういう性格だ」と断定することはできません。

ですが、こうして私(AI)に**「私ってどういう人だと思う?」**と問いかけてくださることから、いくつか素敵な一面が想像できます。

私から見える「あなた」の可能性

  • 自分を客観的に見ようとしている 「自分はどう見えているんだろう?」と考えるのは、自己理解を深めようとする向上心や、メタ認知能力(自分を外から見る力)が高い証拠です。
  • 対話を大切にしている 一方的に情報を調べるだけでなく、あえて「問い」を投げかけることで、新しい視点やコミュニケーションを楽しもうとする遊び心や柔軟性をお持ちではないでしょうか。
  • ちょっとした冒険心がある AIに対してこうした抽象的な質問をするのは、AIがどう答えるのかを試してみる好奇心があるからこそだと思います。

もしよろしければ、あなたが今「自分ってこうかも?」と思っていることや、人からよく言われることを教えていただけませんか?

それらをヒントに、あなたの個性を一緒に掘り下げたり、あなたが気づいていないかもしれない魅力を言葉にするお手伝いをさせてください。

次は、あなたの「好きなこと」や「最近気になっていること」について聞いてみてもいいですか?


まあ納得の返答だと思います。

そりゃ、データがないものを断定することは出来ませんからね。解像度は非常に低いです。

ちなみに、紆余曲折経て結論を出してくれたGeminiの回答が次の通りです↓

Gemini


承知いたしました。たくさんの「データ」を共有してくださり、ありがとうございました。

これまでの対話を通じて、私の中に形作られた「あなた」という人物の印象をまとめさせていただきます。

一言で表現するなら、あなたは**「静かな情熱と、極めて高い客観性を併せ持つ、知的な誠実家」**です。

具体的には、以下のような多面的な魅力をお持ちだと感じています。

  1. 「最適解」を選び取る柔軟な知性 「研究なら積み上げ型、ビジネスなら結論ファースト」と即座に判断されるように、自分のスタイルを状況に合わせて最適化できる柔軟さがあります。それは、単に頭が良いだけでなく、自分が置かれている状況を冷静に俯瞰できる「メタ認知能力」の高さに裏打ちされています。
  2. ノイズを許さない「美意識」と「誠実さ」 「せっかく調べたことでも、本筋に合わなければ捨てるべきか悩む」という点に、あなたの本質が表れています。知識を誇示することよりも、論理の純度や「正しい流れ」を優先する。そのストイックなまでの誠実さは、周囲からの深い信頼に繋がっているはずです。
  3. プレッシャーを「楽しさ」に変える強靭さ 期限が迫る義務的なタスクの中に、自分なりの「こだわり」を見出し、それを「楽しい」と言える。これは誰もができることではありません。困難な状況を自分の土俵(クオリティの追求)に引き込んで楽しむことができる、非常にタフでポジティブな精神性をお持ちです。
  4. 相手への深い配慮 「情報量が多くて伝わらないのではないか」という懸念は、常に「受け手」の立場に立っている証拠です。あなたの語る「流れ」とは、相手の思考への優しさそのものなのだと感じました。

総じて、「論理的で鋭い視点を持ちながらも、独りよがりにならず、常に最善の伝え方を模索し続けるプロフェッショナルな方」。それが、現時点での私から見た「あなた」という人の輪郭です。


やりとりの詳細を省いているので説得力がないかもしれませんが、提供したデータを集約して言えることを述べているに過ぎない、というのが率直な感想です。

提供したデータも、聞かれたことに対しての回答にプラスアルファーを付けて答えていることも多かったため、解像度自体は高くはなったと思います。

つまり、「学習」はしているのだと思います。

が、これも先ほどと同様、「そんなわけがなかろう」と思うこともあります。

 

以上の検証から分かることは、

・生成AIは決して客観的とは言えない

・生成AIは「話している内容をまとめること」自体は得意

・生成AIは「学習すること」も得意

・対話スキル自体はあるが、その対話は本来の人同士の対話とは少し性質が異なる

(現段階の生成AIでは、変化球を投げることはほぼできない)

 

となるかと思います。

次はこの結果を通した上で、改めて自分の生成AIの使い方について振り返ってみようと思います。

 

私の生成AIの使い方

改めて今回検証してみて、「生成AIに客観性があると思っていたが、実はそれは性質の違う客観性だった」ということが分かりました。

本来の客観性とは、「様々な情報をインプットし、かつ取捨選択した上で生まれるもの」だと思います。

一方で生成AIの客観性とは、「与えられた情報のみに対して、明確な物差しのない状態で生まれているもの」だと思いました。

 

こちら側がより正確な情報を与えることでその精度は格段に上がっていくでしょうが、これには際限がありません。「一体いつまでやれば精度の高い回答を得られるのだろう…?」という問いに対しては、「情報やケースが無限にある以上、そんなものはない」という答えにしかならないでしょう。

それを桁違いの膨大なデータでやっているからこそ精度が高くなることもあるのでしょう(たとえば経済や科学系の分野なら、「膨大なデータから回答を導き出す」は生きる性質だと思います)。

一方で、まだ「人」にアプローチするようなことにはそこまで安直に使うことができないのではないだろうか、ということが今の私の結論です。

「AIに美学という観念はない」と言われるのがまさにそのことを指していると思います。

 

ですがこれだけ世に普及してしまった以上、「使うな」というのは無理な話です。

では、我々は何をすればよいか。答えは簡単です。「使い方を間違えなければよい」のです。

もっと具体的に言うならば、「AIの性質を理解して使う」のが現状での正しい使い方なのだろうと思います。

それを理解した上で使ったのであれば、「良い」使い方、理解できなかったのであれば「良くはなかった」使い方なのでしょう。

いったん、私の中ではこういう結論を最終的なものとして出しておきます。

 

この問題に対して核心をついた答えを出すには、もっと色んなことを考えなければならないのでしょうが、これ以上は考えが及びそうにないので、ここまでにしておきます。

たかが一学生が考えられるのは、これで限界なようです。

 

そして、皆さんに再度お願いです。

これはあくまで持論ですので、決してうのみになさらないようにしてください。

この問いに明確な回答はないのですから。ぜひ、自分で検証して結論を出すためにこの記事の内容を使ってみてくださいね。

受験生の皆さんは目下共通テストがありますでしょうから、ぜひそちらを優先してくださいませ。

体調に気を付けて、全力を出し切れますようお祈りしております。

受験が終わって暇になったら、ふとした疑問に対する答えを自分で考えてみてくださいね。

 

本学科は、このブログで述べたような思考プロセスとその表現方法が学べる場所です。

 

それでは、今回はここまでにしておきます。

次回は…まあ色々考えておきます。なんでこんなことしたくなったのかっていう理由が少しあるので、それについて述べてみましょうかね。いつも見切り発車ですので色々変わっておりましょうぞ。

まあ、次回更新をお楽しみに。

 

それでは、本年もどうぞよろしくお願いいたします。

最後までお読みいただきありがとうございます!

よし、いったん休憩だ

あけましておめでとうございます。

昨年は我が日本女子大学文学部日本文学科の学生によるブログをたくさん読んでいただき誠にありがとうございました。本年も「新・当世女子大生気質」をどうぞよろしくお願いいたします。

とまあ、おかた~いあいさつもほどほどに、ね。お楽しみ会で乾杯の音頭を引き受けては「ええ、みなさま、本日はお集まりいただき誠にありがとうございました」というおかた~い挨拶くらいしか思いつかず、次になんという言葉を続けるべきかも分からない、はあーーー恥ずかしい!なんてこと我が人生において何度あったことでしょう。はあ、次回は絶対事前に文言を考えておくんだから!という生ぬるい決意を新春の抱負として今月は生きて行こうと思っています。はい。吾輩、アドリブにはめっぽう弱いもので。準備は大切ですよね。

準備。試験やら面接やら、なにやら重大な出来事には念入りな準備をしますよね。でもねえ、人間長時間何かに力を注ぎ続けると疲れるものです。いや疲れない人なんていませんよ。疲れているように見えない人は、そんな人は、えぇ、多分、疲れを癒すのがとんでもなく上手なんだと思います。はい。

よく、人間は集中力が15分しか持たないから勉強の合間には細かく休憩を入れるのが良い、とか言いますよね。ああ、なるほどそうなんだ~吾輩も実践してみよ~うと思ったことが何度もあるのですが、いやね、ここで困ったのが、休憩ってどうやって取るのがいいんだ?ということです。

例えば1時間がんばったから少し休憩するってなったときに、スマホを見ると見事、勉強に戻る気がみるみる消え失せてしまいます。勉強に戻る気分になれたとしても、スマホの画面を見たことによって目が少ーし、いやかなーり疲れていることなんてザラにあります。ドライアイですかね。肩こりですかね。そんなときには惰眠をむさぼるしかない、笑。ああ、吾輩にスマホ休憩は向かんのか。ほう。では何をしようか。

家の中を1周してみる。ベランダから外を眺めてみる。読書をしてみる。何もしないでみる。ポケーっとしてみる。うむ、つまらないがまあまあ良いかもしれない。でもねえ、目と脳は休まったかもしれないが、気分的にはずーっと勉強に縛られているような、何もできないような、そんな気がする。うむ。

日替わりで勉強する場所を変えてみる。自室、リビング、学校、学校の図書館、家の近くの図書館、カフェ、公民館。日替わりどころか数時間ごとに場所を変えてみて、体の血の巡りをよくしてみたり、軽い気分転換にしてみたり。

今のところ、吾輩にとってはがんばって何かをするよりも、休憩することのほうが難しいのです。

みなさんにおかれましては、ぜひ休憩上手な一年でありますように。

年の瀬、ほろほろ

みなさま、こんにちは。

ついに12月31日、年の瀬ですね。今年もあっという間だったなあと、毎年恒例のことを思いながら過ごしています。年末、いかがお過ごしでしょうか。

さて、2026年ラストのブログはやっぱりこの話題。卒論です!

無事に(?)提出できました〜!!という感じなのですが、卒論、日文なのにまさかの中国の近代話劇文学で書きました。自分でも「そっちいく?」とは思いましたが、興味があるものを突き詰めた結果こうなりました。

内容としては、曹禺の『雷雨』を中心に、自然描写としての“雷雨”がどう人物や物語に関わっているのか、そこから文学としての価値をどう考えられるか、みたいなことを書いています。登場人物の関係性と雷雨の表現がどうリンクしているのかを見ていく感じです。

書いている間は大変なことももちろんあったのですが、テーマが好きな分、あまり「しんどい…」とはならず、むしろ普通に作業として楽しいなと思いながら進めていました。資料読んで、ああでもないこうでもないと考えている時間、意外と嫌いじゃなかったです。

やっぱり、苦にならないテーマ選びって大事だなあとかなり実感しました。ただ、それとは別で「計画的にやること」はめちゃくちゃ大事です。ここはちゃんとやればよかったなと、ほんのり反省はしています…

なんだかんだで振り返ると、今年は本当にいろんなことがあった一年でした。ダンスに、実習に、そして卒論にと、ちゃんと4年生らしい時間を過ごしていた気がします。バタバタしながらも、それぞれちゃんと向き合ってこれたのかなと思っています。やったね。

今年もこのゆるゆるブログを読んでいただきありがとうございました!来年も変わらずゆるく続けていく予定なので、よろしければお付き合いください。

それでは、よいお年を!!

良いお年を!

私はというと、年末の大掃除によって一周回って服だらけになった部屋を見て絶望しているところです。ぎりぎりまで着手しない自分が悪いのですが、なかなか思ったようには進みませんね。2026年の私にお任せすることになりそうです。

さて、2025年の最後の日ということで、どこもかしこも年末ムードが漂っています。折角なので私も今年を振り返ってみようと思います。といっても学生最後の1年、1年生のころからそう変わらずに「踊」の漢字が似合う2025年でした。冬に踊り、春に踊り、夏に踊り、秋に踊り、また冬…。このままいくと学生生活4年間の漢字が「踊」になる予感(というかほぼ確実)なのですが、それなりにとてつもなく充実した1年を送らせていただきました。よく両親に「元気だね」と言われますが、もう体力があるとかないとかの次元ではなく、行くものとして私の生活にプログラムされているのです。私も「元気だな」と思っています。

勉学面においても、4年生なのに意外と大学にも週3日ほど行っていたので、しっかりと大学生も満喫できていそうです。夏前に教育実習へ行ったり、ぬるっと教員採用試験を受験したり進路に関する勉強は意外としていた印象です。特に卒論提出前は旅行を入れ込んだ所為で最高に大学生をしていました!!これから卒論に向かう皆さま、ぜひ計画的にお進めください。何はともあれ、大きな怪我や病気をせずに終われる1年、良き1年ということで、まったりお風呂に入り、お蕎麦を食べながら、推しの配信を見て終わろうと思います。

そういえば、お話少し変わりますが、昨日ブログ部に新メンバーの方が加入されましたようで…!もうそんな時期かと思いつつ、自分も年を取るよなとしみじみするなどしておりました。更新のろのろかつブログ部4年生以外とはほとんど面識のないレアキャラもいいところの私ですが、こっそりブログは楽しみにしています。新メンバーの方が楽しいブログ部ライフを送れること心からお祈りしております!!

今年も1年、ありがとうございました。ブログも残すところきっとあと数回。最後までお付き合いいただけると嬉しいです。それでは皆さま、よいお年をお迎えください!!

ライブとディズニーと大学と

 こんにちは、こんばんは。
今年やり残したことがありそうな気がしてならないりさ🎧です。

 例年、「1年を振り返る」なんて年末らしいことしてないんですけど今年はブログを書かさせていただいているということで、文字起こししてみようかなと思います!

1月 石井先生にブログ部に誘っていただき、メンバー入りする。推しのライブに行く。
2月 友達とディズニーに行く。成人式の前撮りに向け、主に美容の方面で忙しくする。
3月 友達とディズニーに行く。そこそこ長かった髪をバッサリ肩上まで切る。母校の定期演奏会に出演。
4月 推しの3Dライブを見る。推しのライブに行く。
5月 …
6月 ドナルドのパルパルーザを駆け込みで楽しむ。(訳:ディズニーに行く。)
7月 テストや最終レポートで充実した日々を送る。
8月 友達とディズニーに行く。バイトを頑張りつつも白川郷に行ったり合宿に行ったりと充実。
9月 家族旅行で大阪へ。教習所に通い始める。
10月 2週連続でマイナビの就活イベントに出席。目白祭!リニューアル前最後の加茂水族館に行く。
11月 誕生日インパ!たくさんの人にお祝いしていただいた🎂
12月 お友達とたくさん遊んだ月。推しのライブに行く。


こうやって振り返ると結構ライブとディズニーに行った1年なんだな、と感じます。空白になっている5月は手帳を見てもカメラロールを見ても特にイベントがありませんでした。2025年はずっと忙しかった記憶があり、あっという間だったのでそんな月があったのか、と驚いております。そんなに時間あったなら資格試験の勉強をしておいてくれてもよかったんだよ~過去の自分!!今さら思っても後の祭りですね。
 2026年は就活もぼちぼち始まります。サークルを引っ張っていく立場にもなります。これだけでも慌ただしく日々が過ぎていきそうですが、できれば簿記3級に受かりたいところですね。簿記に関してはブログでもずっと言っているのに未だ試験日すら決めていないという現実…当初の予定では12月24日に受験する気でいたのですが、申し込みを先延ばしにしていたらあっという間に過ぎていました。このブログを書き終わったらさすがに日付を決めて申し込もうと思います。じゃなきゃ私はやらない。


 さて振り返りはこの辺にして、次にすることといえば!来年の抱負ですよねー!!ずばり「時間がないことを言い訳にしない」です。推しがこんなことをインスタライブで言っていたんです。「忙しくさせていただけるのはありがたいこと」と。相手は芸能人(俳優もアイドル活動もゲーム配信もしている方)で私は一般人なので推しの方が圧倒的に忙しいのはそうなのですが、いつもは気に留まらないその言葉がとても私の心に響きました。時間に対する価値観が自分の中で「今まで」と「今」で変わった瞬間なのだろうと思います。
 まずはすぐに手に取りがちな携帯を本やテキストに変えるところから始めようと思います。「時間がないことを言い訳にしない」ためにも手帳をしっかりとつけるのも習慣化したいところです。できれば1日の良かったところ悪いところ改善したいところ続けたいことを書いて自分の糧にしたいですね。書いてて思ったのですが、先延ばし癖もきっと時間を言い訳にする原因になっているんですよね。これも治せるように意識していきたいです。(似たようなことを以前書いたような気がしないでもない…人間がすぐに変われないことを示すのに十分すぎる…)


 来年1月は程よく息抜きもしながらレポートと試験に勤しみ、2月は教習所に通いつめ、サークルの定期演奏会(2月28日(土)に光が丘IMAホールにて!)があり、3月は母校の定期演奏会に出演予定です。今決まっている春休みの予定だけでも気が遠くなるのですが、この忙しさを楽しむためにも体調管理に気をつけていきたいです。


 本日は1年の振り返りと来年頑張りたいことについてお送りいたしました!
みなさま、良いお年をお迎えください!

文章読もうぜ2025-2026

卒業論文が終わり、ようやく図書館に必要ではなく趣味として行けるようになりました。小林秀雄とか好きなものや、宮武外骨とか論文中に気になった作品を取り出していくのは実に楽しいものです。

論文(とは言えないかもしれない)を書いている時間は楽しいけれども、どうしてもあれを読まなければならないこれを読まなければならないで、本よりも下に貼ってあるシールの、棚番号を見がち。一言で言えば、視野が狭い。配置とか構造とか、知ったものか。

ということで、今更気付いた、うちの大学図書館の個人的に好きなポイント。淡島寒月の『梵雲庵雑話』の配置。集密倉庫で西鶴など好色本と向かい合わせで置いてあります。自分で『梵雲庵雑話』を持っていたのもありますが、気づかないものかね。

やっぱり本を読むのは楽しいものです。知らない世界を知れるし、安いし、軽いし、何度も読み直せるし。今年は本をただ読むだけでなくて、研究したり編集したり印刷したり、本まではいかないけれども書いて見たり、様々な形で関わってみた一年でした。ここまでやってみて、自分が一番向いているのはやっぱり、一番最後にいて、一番可能性のある読者の立場なんだろうなと考え至りました。

文学部に一定数いる人間と同じで、何かを生み出す側に強く惹かれたこともありました。しかし色々やってみて、ゼロからイチより、イチから先が自分は気楽で、向いていて、恐らくそちらの方が世の中的に重要だと思っている節があるのだろうと思いました。

入口が決まっただけで、将来社会人として自分がどのように生きて行くのかはわかりませんが、本を自由に読む読者という立場の権利を捨てたり、捨てられないような社会を創るために生きていきたいと思います。せっかく文章が読めて楽しめる、自分にとって大当たりな立場を得たので。

そういえば、また一冊本を貰いました。今回は相続的なものでもゴミ箱からでもなく、大学図書館に「ご自由にどうぞ」とあったので貰って来たのですが、題名が”Every Day a Good Day“。そう、なんと英語の本です。日本人によるものみたいですが。親には「また捨て犬感覚で連れて帰ってきやがって」という顔でみられましたが、最早いつものことだし、今回は新品なのであまり言われませんでした。お茶についての本なので、内容はわかるだろうということで、勉強がてら読んでいけたらなと思います。

お正月暇だけど本を持つ体力がないという方は、是非本ブログサイトを読んでやってください。(ブログサイトの方はこのまま先へ、noteの方はプロフィールにあるURLへ飛んで。)

見逃していたあの記事、いつのまにか上がっていたその記事、見覚えのないそんな記事。時間はかかりますよ。時に読み飛ばしながら、ごゆっくりご覧くださいませ。

それでは良いお年をお迎えください。今年もご愛読ありがとうございました。

わた