年末感

ごきげんよう、あやめでございます。

年の瀬、みなさまいかがお過ごしでしょうか。私は大掃除やら内定者学習やらで、思ったより時間のない冬休みを過ごしております。とはいえ、4年生は授業もほとんどなかったため、冬休みのありがたさはあまり感じられていないような気もします。それを裏付けるかのように、今の私に「年末感」は皆無であります。大掃除しているのに。こうやって暮れていくのだろうか。おおこわ。確か去年も「もう年越し?」と寝ぼけた顔で言っていた気がします。こんな話をしたら母が、年を取るというのはそういうことだという注を付けつつ、季節感がなくなるとア!!!!っという間に年を取るらしいので、無理やりにでもイベントに参加した方が良いらしいことを教えてくれました。おおこわ。

もう今年も終わってしまいますね。大学四年間ってこんなにアッと言う間のことなのですね。1年生のころ、耳にタコができるほど「遊んでおけ」「4年なんてすぐ終わる」と言われてきたのに、実際に自分が「そういう」目にあってみないと「アッという間」の短さがわかりませんでした。イヤ、まだあと三か月は大学生という身分を謳歌するつもりなので、しんみりすることは考えません。

年末感を取り戻しましょう。小学生のころのワクワク感を思い出しましょう。なぜか一生懸命夜中まで起きていて、年越しの瞬間をこの身で味わいたいと思って、でも物凄い睡魔に襲われて、結局10時半ごろに寝てしまっていたあの頃のことを。年を重ねて、年末じゃなくても日付が変更する時間に起きていて、そのことが普通になって、普通に年越しの瞬間に立ち会えるようになりましたけれど。奇をてらって去年は逆に早く寝ました。こんな調子だからかわいくないのです。ハイ気を取り直して。ごほん、今年の漢字とか、考えましょうか。今年はいろいろ変化がある一年だったような気がします(変化が無い一年の方が珍しいでしょうが)。例えば、自宅に引きこもって布団を背負ってカタツムリみたいにやっている私が、旅行に二回も出かけました。熱海と大阪。私にしてはなかなか大仕事をしたと思います(こんな調子なので、ブログにて、さまざまな場所におでかけなさっている仲間の様子を見かけてはすごいなあと思っています)。あるいは、就職先が決定しました。これは大きな出来事といえるでしょう。来春から社会人として「働く」をするのかと思うと、洗濯機くらいガガガと震える気持ちです。自己紹介に対する苦手意識はついに、払しょくされないまま、あらたな自己紹介チャンスが回って来てしまいました。とても憂鬱です。なんて言って自己を紹介しましょうかしら。とりあえず現段階では仕事で使う知識の勉強をしていますが、教科書が分厚すぎて、最初の方で学んだことを忘れつつあります。難儀しています。あるいは、つい先日ですけれども、卒業論文を提出しました。大学生活で最も重大な論文の執筆だと思われますが、提出直後は燃え尽き症候群のような、すっからかんの気持ちになりました。おわってよかった。

こうやって考えてみると、今年の漢字は「転」とか、「変」とかがいいでしょうか。「変」は「へんてこりん」という風にも読めそうでちょっとニュアンスが変わってしまうでしょうか。そのくらいがちょうどいいのか。

大学生が終わるということを今更気が付いて、キャンパスメンバーズなどの制度を使って、いろんな文化的な施設へでかけようと決意しております。歌舞伎も見てみたいし、オペラも(合唱経験者としてはぜひ)実際に目にしてみたいです。科学博物館も、美術館もいくつか行って見たい。カタツムリの私が、これだけの量のおでかけが果たしてできるのでしょうか。大学生のうちにいくつまわれるでしょう。残り少なくなってからの方がやる気が出てくるこの性分、どうにかなるのでしょうかしら。もやがかかった冴えない頭でぼんやり、大丈夫かなあと思ったあたりで今回はお別れといたしましょう。よいお年をお迎えください。

年賀状

 皆さんこんにちは、あかりです。気づけばクリスマスも終わり、お正月まで残りあとわずか。この時期になりますと大掃除をしたり、お正月飾りを出したりなど新年に向けてあっちもこっちも大忙し。スーパーにも伊達巻やかまぼこ、栗の甘露煮が並びお節料理のメンバーが勢揃いしています。

 私はと言うと、つい昨日茶道の先生方に年賀状を出してきました。なにぶん枚数が多いものですから友人や親戚の分はまだ出せておりませんが、明日にはポストに入れに行きたいところです。毎年、過去の年賀状を引っ張り出して住所を確認しては新年のご挨拶を書いていますが毎回はがきを探す度に思うことが一つ。

 この人とはいつまで連絡が取りあえるのかな。

 人間関係というのは脆いもので、引っ越しや進学を機にリセットされるのもしばしば。顔を合わせていない期間が続くと縁や絆というものがどうしても薄れてしまいます。生きていく中で環境がころころと変わっていくのは仕方のないこととはいえ、それでも親しかった人と会えなくなるのはちょっぴり寂しく思ってしまいます。さらに良くないのは、一度遠のいてしまった距離感(物理的にも心理的にも)は中々元に戻らないどこか変に気まずくなってしまい余計に悪化するパターンがあることです。会いたい思いはあるけど今更何を話したらいいんだろう。向こうは私のことをどう思ってるのかな、ひょっとしたら忘れられてるかも…なんて良くない妄想に憑りつかれてもっと話しにくくなってしまいます。(特に私の場合は)

 一期一会とは言いいますが、だからこそ一つ一つのご縁を大切にしたいものです。なので、年賀状を漁って同じ人から来たはがきを沢山見つけたときは何だか嬉しくなってしまいます。

 そんな訳で来年も再来年も続いていく縁でありますようにと、願望に近い期待を込めつつ今年も年賀状を送ろうと思います。もっともはがきだけじゃなく実際に会えるほうがずっといいのですが、はてさて…。

 それでは今回はこの辺で。皆さん、良いお年を!

1218 – 1225

お久しぶりです!ゆずなです🪼

昨日から冬休みに入り、まとまった時間が確保できたため、ここ最近しようしようと思って実行に移せていなかった、大掃除や年内最後の断捨離をすることができました。
2025年にやり残したことを残すことなく、悔いのない新年を迎えることができそうで、ほっとしております。

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🪼 今回は、この7日間
について綴りたいと思います。

ちょうど一週間前は、私の誕生日でした㊗️
たくさんのお友達に祝ってもらえて、両親からはサプライズで憧れのブランドのネックレスをプレゼントしてもらい、とっても幸せな20歳の誕生日になりました🥹❤️

お祝いしてくださったみなさん、ありがとうございます!

20歳になったことによる大きな変化の一つに、お酒が飲めるようになったことが思いつきます🥂ブログ更新までの一週間で、誕生日にシャンパンをグラス一杯と、クリスマスイブに梅酒ソーダをグラス一杯分、飲みました。
シャンパンはなんだか慣れない味でしたので、これが大人の味か……と思いながら飲んでいました笑
梅酒の方は、元々梅が大好きなこともあり以前から飲んでみたいと思っていました。梅酒というより梅ジュースのようで想像以上に美味しく、そして飲みやすかったです。

しばらくすると、母と弟に顔が赤くなってるよ、テンションが高くなってるよ等指摘され、酔いとは、こんなに自覚症状がないものなのか!?と驚きました笑
危ないですね、気をつけて楽しみたいと思います♬

みなさん、一緒に飲む機会がありましたら私の変化を教えていただけると嬉しいです🙏🏻笑

毎年恒例な家族とのクリスマスのお祝い。今年はクリスマスイブの日でした!
クリスマスケーキはダークチョコレートとラズベリーがメインのブッシュドノエルでした。私の誕生日に食べたのはタルト生地のイチゴがのったケーキでしたので、この1週間で全く違う種類の味のケーキを食べることができました😋

そして、本日クリスマス当日にはソラマチのクリスマスマーケットに行ってまいりました🌲前回のブログでは横浜赤レンガ倉庫のクリスマスマーケットに行ったことを書きましたが、まさか今年中に2回いくことができるとは……!
途中で雨に降られましたが、そんな中で飲んだホットココアが冷えた身体によく沁み、いつもの何倍も美味しく感じられました☕️

その後、スカイツリーの天望回廊まで登ったのですが、地上450メートルから見る夜景は息をのむほど綺麗でした…✨
夜まで素敵な時間を過ごすことができたクリスマスでした🌃


みなさまが幸せであたたかなクリスマスを過ごせていますように💫

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本日も私のブログを最後までお読みいただき、ありがとうございました。



今日もあなたにとって、笑顔になれる日になりますように♡

今年最後のブログ

皆さまこんにちは!こゆき✨です
早いものでこちらのブログが今年最後の投稿となりました。
そんななか、先日開催されていたM-1グランプリがおもしろすぎてまだ余韻に浸っております。
王者たくろうのビバリーヒルズのネタが最高すぎました㊗️
劇場で漫才が見たいです!

話が180度変わりますが、
前回のブログで日本の古典文学が世界で注目を浴びているという内容をご紹介しました。今回もまたそちらのお話をさせていただきます。本日(火曜)の3限にあった「世界に拓く日本古典文学」という授業で韓国ご出身で日本文学を研究されている方のお話を伺いました。感情が文学になる日本の和歌の素晴らしさを熱く語っていただきとても貴重な時間でした。また、今まで50冊以上の日本文学を韓国語に翻訳されたというお話を聞き驚きました。直訳にならないように分かりやすく日本の文化を交えながら翻訳することを今まで意識されていたそうですが、そのやり方はあまり良くなかったのでは?と最近思うところがあるようです。その理由としては、海外の作品を読む上で分からないことが多いのは当たり前であり、翻訳で分かりやすくしてしまうとかえって読者の考えや想像を固定化させてしまうという考えに至ったそうです。これらの内容から翻訳の難しさを実感しますよね。単に内容を伝えればい良いというわけではありません。昨年は韓国の作家であるハンガンがアジア人女性として初のノーベル文学賞を受賞したこともあり、韓国の文学も凄く興味があります!

今年はブログデビューをしたというとても実りのある一年でした♡

皆さまはどうでしたか?

良いお年をお迎えください!

昭和100年

皆様こんにちは。本日はどのような一日をお過ごしでしょうか。
可愛いネコちゃんを見かけたり、不思議な形の雲や石ころを見かけたり、何か楽しいものが目を喜ばせる素敵さはありましたか?

私は今日、自転車のハンドルを掴んだ時、カゴの中に寝転ぶイチョウの葉を見つけました。イチョウの黄色があんまり優しく輝いているから、錆びたアルミ籠も枝のよう。
だからきっと今日の私はイチョウの木に跨ってアルバイトへ行ったのです。


そうそう、日本女子大学の前の通りも銀杏並木が見事でして。受験に来た日も、入学した後も、私は無性に嬉しい気持ちでイチョウの黄金を浴びていました。これも私の小さなお気に入りポイントかもしれません。申し遅れましたが本日の担当は近代文学とペンギンを愛するまどか🐧です。




***




そうは言いましても、意図せず素敵なモノに出会ってそれを眺めて心を和ませるというのは存外むつかしい。
ですから私は「意図して」「すてきなもの」に出会う時間も作りたいなぁと思いながら日々生きています。そんな私が選んだのは【観劇】でした。

そして今年、2025年という年は私にとって実に特別な一年!
ブログのタイトルにもなっている「昭和100年」。私の敬愛する小説家・三島由紀夫はその満年齢が昭和と同じ時を刻まれたお方です。即ち今年は三島由紀夫の生誕100年記念の年だったワケでございます。2005年生まれの私にとっては己の成人の年でもあったのですが、そんなのはいい、こっちの方がよほど一大事です。
今年はもう演劇も文学館も美術館の展示もどこもかしこも三島由紀夫!!どこへ行っても彼の名を見られる幸福な一年でした。そのような一年の締めくくりに私が選んだ演劇は……「近代能楽集」。

さてさて本日のブログでは
①観劇の紹介と感想
②卒業研究のお話
この2本立ててお送りしようと思います。



舞台紹介

●タイトル:三島由紀夫生誕百周年記念二作品同時公演「わが友ヒットラー」「近代能楽集」
●原作:三島由紀夫
●演出:松森望宏
●会場:新国立劇場・小劇場(東京都渋谷区本町)
●期間:​2025年12月11日(木)~12月21日(日)
●チケット代金:全席指定9,000円 (税込) 「わが友ヒットラー」のみ18歳以下無料( 19歳以上同伴者:4,500円 )
●サイト:三島由紀夫生誕百周年記念二作品同時公演 – CEDAR

こちらの公演はなんと2作品同時公演!「わが友ヒットラー」はストレートプレイ(台詞と演技のみで表現するもの、ミュージカルとは異なる)で、「近代能楽集」は朗読劇(舞台上に座したまま台詞のみで表現する、声優さんのアフレコのように)での上演となりました。
2作品同時といっても一回の公演中にまとめて行うという訳ではなく、きちんとそれぞれが独立したチケットで別々の日取りに行われていますが……同じ公演期間に、同じ演出家さんの演出で、同じ劇場で、別作品が観られること!これは本当に面白いことなのです。全く同じはずの劇場と舞台でも、役者が動き始めた瞬間に観客の目にはもう別世界が広がっているのですから。この舞台の引力、魔力ともいうべき力を同時公演は身をもって感じることができるワケです。

私は近頃このように同時公演の別作品を全て観たり、同じ舞台に複数回通ったりすることにハマっています。同じ劇場の舞台でも役者さんや様々なスタッフさんの表現次第で如何様にでも変化する。そのような変幻自在の舞台のトリコです。ですから今回も二作品併せて観に行きましたが今回のブログでは「近代能楽集」のほうにのみ焦点を当ててご紹介します。



そもそも三島由紀夫の『近代能楽集』ってなんでしょう?能楽といえば700年近い歴史を持つ日本の伝統芸能……といった紹介で小中学生の頃に芸術鑑賞会をしたことがあるかもしれません。また三島由紀夫についてはなんだか戦争の前後に様々なメディア露出もしていた小説家といったイメージがおありでしょうか。しかしながら一体なぜそこが結びつくのか。実は小説家として知られる三島由紀夫は一方で演劇にも強い関心を示し、生涯で数多の戯曲を手掛けただけではなく演出までしていたこともあるのです!ワオ、多才!

そして実は過去にも三島由紀夫『近代能楽集』について触れたブログを書いておりましたため、その際の大雑把すぎる解説も引っ張っておきましょう。

「近代能楽集」では8曲の作品が収められているが、その中でも「葵上」や「卒塔婆小町」、「班女」などは聞いたことがある方もいるはずだ。
それではこの「近代能楽集」とは一体何なのか。簡単な理解としてはパロディといったところだが、もっともっとオタク的に分かりやすく申し上げるのならば謂わゆる「現パロ」だ。しかしながら、ただ時代設定を近代的にしたのではない。中世に比べて、様々な演出や技術の増えた「近代」の舞台で最も「劇的」に映えるように作られている。否、作り込まれている。
現在文庫化されている「近代能楽集」は戯曲本、脚本のような形で楽しめるのだが、読んでいると頭の中で「あぁこのシーンはきっと映える!」とそんな妄想が止まらなくなる。是非とも舞台で観たい作品である(https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2024/09/25/

「満願」2024年09月24日投稿のブログ


と、いう訳で。是非とも舞台で観たいと言っていた去年の私~~!叶ったわよ~~~!!まぁ本当はストレートプレイで観たいって意味だから断片的にしか叶ってないかもしれないけど~~~~~!


なにはともあれ、伝統的な能楽が描き出す真理・形而上の問題のようなものを、より顕在化させるためにその舞台設定やキャラクター像を「近代化」し、当時の観客にとって身近な例を以て描こうとした……そのような試みの作品と言えるでしょうか。ですから、扱っているテーマは「能楽」でも自然にスッと台詞が頭に入ってきて状況も理解できる舞台となっていまして、予習ナシでも楽しめるものかもしれません。




そのような『近代能楽集』の中でも今回は「弱法師」「班女」「卒塔婆小町」の3曲が朗読劇として上演されました。
私はアフタートーク付の12月18日㈭の回を観劇したのですが、特に驚いたのは「弱法師」と「班女」です。『近代能楽集』における「弱法師」という作品は盲目の戦災孤児である青年・俊徳(としのり)を主人公に、その青年の親権を実親と育ての親が家庭裁判所で争う・・・といったお話。もう成人するくらいの年齢でありながら、光を失った世界で孤独を抱えて生き続けてきた青年の強がりと寂しさ、その陰にある幼さがチグハグとした非常に難しいキャラクターといえます。私はこの俊徳というキャラクターが儚く刺々しいガラス薔薇のようで大好きだったのですが、だからこそ、きっとどんな役者がやっても納得しないだろうという熱意と落胆がありました。

それなのに…どうしたことでしょう。

神経質そうな間の取り方。少年と青年の間を彷徨っているような中性的響き。時折わざとらしく挟み込まれる舌打ちすら生意気で可愛らしい。
いかにも言い慣れないという風体の、三島戯曲特有の絢爛な言葉の乗り回しは精一杯の虚勢のようで痛ましく、愛らしい。
ラストシーンで桜間に甘えるときの幼児帰りした声も実に見事。完全に声変わりしたワケでは無いどっちつかずな声がこうまでも魅力的にハマるとは!本当に、本当に、俊徳が本から出てきたならアレだろう。笑い方のいわけなき、カラカラとした恐ろしさと空虚さったら!!

驚いたのはそれだけではない。アフタートークでは板の上の姿とのギャップも凄まじかった。脚本をもらった時に漢字を読むのが難しかったというお話や、本番前のルーチンは?という質問に対して「ないですね……」の回答など全体的に朗らかで緩い。ゆ、ゆるっゆるだ……と衝撃を受けたものだ。
そんな木村来士さんは現在まさかの18歳とのことで、これは今の彼だからこその演技でもあるのかもしれない。とても良いものを観た。声質や年齢のポテンシャルはもちろんだが、それを自在に操り、板の上に俊徳を見事に描き出してくださったことに非常な感動を覚えた。ぜひ他の作品でも彼の演技が観てみたい。

また、「班女」の花子にも息を呑んだ。まだ台本を開いてもいない、ただ入場しただけ。それでも彼女の全身が醸し出す狂気でたちまち引き込まれてしまった。
暗い劇場内でただ1人純白のワンピースを纏う彼女の異物感は甚だしく、その足取りも常のものではないフラつき。焦点の合わない目に真ッ赤なティントリップから紡がれる据わった声、こわい、狂っていると一瞬でわかる素晴らしさ。猫背気味に息を過分に吐いて吐いて吐き出す!地を這うような高音が登りつめ、劇場内の雰囲気を一瞬で変えた。ラストシーンでは2人きりの花実る世界が独特の粘度を持って描き出され妖艶だった。

アフタートークによると花子を演じた小泉萌香さんは稽古も一度きりで本番も一度きり、初舞台が千秋楽という本人も戸惑うスケジュールだったらしいのです。耳を疑うような本番の迎え方ですが、、舞台上での調和を拒む存在感。その不気味な魅力はある意味で、そのようなカンパニーだからこそ生み出せたのではないかとさえ思います。初日で千秋楽だなんて中々お目にかかれない状況、味わい尽くせたかもしれません。
そして、そう。衣装も見事だったのです。俊徳の真白なシャツには鮮血のような爛々と輝くビーズ刺繡が心臓の位置にだけ施されており、彼が感情を露わにしてベストが揺らめいた時だけ、その隙間からチラリと覗く赤の美しさよ。
加えて、後場で登場した花子の纏う雪景色のようなガウンも印象的だ。迎えたクライマックス、暗転する直前、彼女の引きずるガウンが心做しかネバネバと床に絡め取られるような……そんな背中を見送った。まるで幽閉されるバッドエンディングのラプンツェルみたいだ。なんと綺麗な後ろ姿か。

総じて感じたのは、朗読劇は言葉の強さを浮き彫りするということです。
三島戯曲に忠実な今回の朗読劇では実際に耳にするとなんとも舌の上で転がしにくそうな台詞が幾度となく登場しました。普段は戯曲本として文章しか追っていない私にとっては実に新鮮な心躍る時間だっとのでございます。当初はストレートプレイへの憧憬ばかり強めておりましたが、戯曲本来の魅力を体験し、演者の肉声を以てその世界に浸るには朗読劇は大変によい相性のものなのかもしれません。私にとって今年最後を締めくくる作品が「朗読劇・近代能楽集」であったことを幸運に思います。




***





以上が観劇レポートとなりますが、、あと少しだけ詳しいご紹介を。
今回の公演、なんと驚くべきはキャスト陣の層の厚さ!「わが友ヒットラー」は固定キャストであるのに対して、「朗読劇・近代能楽集」は公演ごとにキャストが異なるという実に様々な組み合わせを楽しめるスタイルでした。その中には神尾晋一郎さんや畠中祐さんを始めとする声優の方まで……!
朗読劇の形式ならではのキャスティングであり、声優ファンの方にもお楽しみいただける機会なのではないでしょうか。今回ご紹介した公演は残念ながらもう終了してしまっていますが、今後も朗読劇などの形で入り口を見出した瞬間にはぜひドアノブに手を伸ばしてみてください。知っている世界と、知らない世界がぶつかるのは、怖くてでもきっと大変に楽しいから。


そうそう、これは本当に余談なのですが演劇ジャーナリストの徳永京子さんとローソンチケットが共同で運営されている【演劇最強論-ing】という小劇場演劇に特化したサイトにて、「小劇場から選ぶ 心のベストテン第1位 2025」という投票企画が行われております。
もしこの2025年中に小劇場系の公演を観に行ったよ!という方がいらっしゃいましたらぜひ投票をしてみてください。対象となる公演は「2025年1月1日~12月31日の間に客席数386席以下の会場で上演された作品 作品の長さは問いません。短編も可とします」(以下の公式サイトより引用)とのことです。小劇場演劇のボーダーを座席数にしたのが面白いですね。

【募集】心のベストテン第1位 2025 | 演劇最強論-ing

応募期間は2025年12月24日(水)~2026年1月13日(火)まで。小劇場演劇ってサイコー!!

さて、ここまで長々とした熱弁にお付き合いくださりありがとうございました。もう薄々バレているような気もいたしますが、私の卒業研究はこの三島由紀夫『近代能楽集』というワケでございます。次章では恥ずかしながら少しばかりその卒業研究についてキッカケやゼミのことなどをご紹介する次第です。

「卒業論文って難しそうだけどどんなこと書くんだろう?」「卒業研究ゼミや論文テーマはどうやって決めたんだろう?」と気になる方のご参考になれば幸いです。え??どうでもいい?フフ……そんないけずなこと仰らないで……自宅に着払いで三島由紀夫全集を送りつけますよ。


卒業研究のお話


ここまで随分言葉を尽くしてきたけれど、畢竟私にとっての観劇はそう、寿命の屈伸運動なのだわ。
演劇という架空の誰かの命が焼き尽くされる瞬間を浴びに行くのには、浴びる側も命を削ってその炎へ近づこうとする。ギリギリまで近づいて、けれどもあと一歩敵わない。イカロスになれるのは板の上の架空の誰かだけ。

スポットライトが消えたとき、観客席には光が戻る。

そうした生還の喜びと、苦しみとを全身に抱えて劇場を後にする。
劇場のなかで限界まで寿命をすり減らした幻想に囚われ、その夢破れて、むしろ熱に当てられて・・・命がぐんと伸びる。
呆れられてしまうかしら。でも私にとって観劇は愛おしいほど重労働。とっても草臥れる。命がけで観に行っている。

今年一年は特にその傾向が強かったように思います。




昔から年に一回くらい母が連れて行ってくれた演劇、特にミュージカル。私の家族はいつ見ても、みんなお忙しそうで、クラスメイトが楽しそうに聞かせてくれるような遊園地やバーベキュー、キャンプなんて休日の景色は小説の中でしか見たことがなかったのですが……。そんな日々で、演劇だけは忙しい合間を縫って連れて行ってくれた、否、珍しいわがままを言って困らせて、連れて行かせていたのをよく覚えています。
年に一回の観劇。それはもう、本当に夢みたいな時間で。欲しいものを聞かれても何一つ思い浮かばなかった幼き日の私には、クリスマスよりも特別な日だったのかもしれません。欲しいものを聞かれても碌な回答を持たない、実に可愛げのない子供ですが。



そんな私にとって演劇は好きで当たり前のものだった。どうして好きなのか、疑問すら抱かないほどに。究明すらしないほどに。

ですが、大学へ入学して気まぐれに受講した【舞台芸術の歴史・東洋】という石井倫子先生の授業を契機に「能楽」という新しい演劇の世界を知りました。今まで触れてきたミュージカルやオペラとは異なる新しい舞台芸術の世界。その歴史を学ぶ中で、私自身が演劇の何に魅せられてきたのか。その手掛かりを掴みました。

そして同じく1年生の時分【近代自主ゼミ】にも飛び込み、右も左もわからないまま渡部麻実先生のご指導の下で、ひたすらに文学研究の基本とその先に広がる新しい解釈の可能性・面白さを目の当たりにしました。

さらに私の中を流れるオタク趣味と怖いもの知らずな衝動に突き動かされるまま、夏休みには山口俊雄先生による【太宰治ワークショップ24〈転生する太宰治・アダプトされる太宰治〉】へ。今振り返ってみてもここで受けた衝撃はやはり大きいもので、アニメや漫画といった「アダプテーション」も研究対象に成り得るのだと知ってからは随分研究への心構えが変わったように思います。



このように3年間を通して多くの素敵な先生方、素敵なご講義に触れる中でいつの間にか自分自身の原点である〈演劇への熱情〉の正体がくっきりと見えるようになってきたのです。
そして何より、私にとっての文学は生きること。衝動に正直にただ足を動かすこと。その熱源は文字であり言葉であり、劇的であるもの。人生の影法師なのでしょう、時には私の前に、時には私の後ろにある。

その劇的なる言葉たちは幾星霜を経ても輝きを失わない。何度でも蘇り、次の読者へ熱を繋ぐ。その営みの最たるものが「アダプテーション」ではないだろうか。
だから、三島由紀夫『近代能楽集』を通して数百年もの時を超えて届く熱源を探り当てたい。そしてそれらは今の演劇にどう生まれ変わっていくのだろう。

これが私の卒業研究です。たしかに大学入学以前から近代文学も三島由紀夫作品も好きだったのは事実です。とはいえ卒業研究の内容までは全く決まっておりませんでした。それでも、大学の3年間を通して自分が既に持っている関心を深めることに加えて新たな興味関心に出会うことを繰り返していくうちに気が付いたらその双方を掛け合わせたテーマをもっと探ってみたいと思うようになりました。
その結果、私は日本文学科の近代文学ゼミ所属でありながら戯曲・演劇を扱い、その内容は中世も近代も兼ねていて……東洋と西洋いずれもの美学が詰め込まれたアダプテーションを追う、あまりにも自由形すぎる研究の大海原を溺れながら犬かきしているワケでございます。おぼぼぼぼ・・・。

つまりそれほどに自由!同じ近代ゼミには「文豪とアルケミスト」というゲーム作品や「ヨルシカ」さんなどの楽曲を研究テーマにしている方もいらっしゃいます。考えてみれば文学・日本語はあらゆるモノの基盤となっているのですから、この幅広さもある意味では納得ものです。

ですからきっと卒業研究のテーマ決めは、自分の元来の趣味嗜好や拘りだけでなくとも良いのです。大学で経験した多くの新たな出会いや学びを振り返って、何か一つでも足を止めたくなるものがあったのなら……それを究める道すがら自分の「自分でも知らなかった自分」に出会えるかもしれないのですから。
近年では卒業論文を課さない大学も増えてきており、そのような中でわざわざ「ある」大学を選ぶのは少し負担に感じる方もいらっしゃるかもしれません。そしてもちろん、執筆は決して楽なものではありません。けれども、研究は宿題とは違うのです。みんながみんな同じでなくて良い。ただひたすらに自分の抱いた疑問にあらゆる手を尽くす。そんな時間が人生のうちに取れるのはきっと大学4年生だけ。


せっかくなら人生のなかで1年くらいそういう特別さを作ってみませんか。
やっぱりほら「意図して」「すてきなもの」に出会う時間を作って生きていきたい生き物なのです。

たまには昔の話をしてみる

皆さんこんにちは、みちこです。

最近寒くなってきて、体調を崩される方も多いと聞きますが、いかがお過ごしでしょうか。

世間はクリスマスムードらしく、イルミネーションなどが街で華やいでおりますが、皆さま何かご予定などはあるのでしょうか。

我が家はもう子ども2人(私と弟)がそれぞれの予定で忙しいので、去年あたりからクリスマスパーティーなどはしなくなりました。父が寂しがっているらしいですが、私は自分の好きなことをさせろと思っているので、悪いけど自分の予定を優先します。

ーーーえ?恋人?そんなものはいません。普通にバイトでお金を稼ぎに行くだけです(笑)

どうせ大みそかは年越しそばを囲んで、お正月はおせちとすき焼きを囲むんですから、それで十分だろう、我が父よ…。

(執筆途中に挟む;前回予告していた、生成AIの私的使い方を書くつもりが、この話だけで一記事出来てしまいそうなので急遽路線変更します。本能のままに書くと計画性のなさが露呈する、私の文章…。)

 

ちなみに我が家は長らくクリスマスプレゼントや誕生日プレゼントなどと言ったものはなく、最後に親族からもらったプレゼントを遡ると、おそらく5、6歳の頃のことです。

「もらっていらないものをあげても意味がないだろう」という両親の意向がはたらいており、私も弟も長らく両親からはプレゼントをもらっていません。そのかわり「これでなんか自分の好きなものを買いなさい」と父から現金をもらうのが我が家の通例となっています。

ちなみに母曰く、「不定期に何かしらご褒美であげているのだから、わざわざイベントごとにあげなくてもいいだろう」というのが答えらしいですが、私自身も別にそれで納得しながら過ごしてきたので、特におかしなことだとも思っていませんでした。

 

しかしこの話を友人たちにするときまって、「いやそれはどうなんだ…」と言われることが多いです。

あな恐ろしや、これが家庭環境の違いというものでしょうか。別にこれといって愛されずに育ってきたというわけではない(むしろどちらかというと過保護寄りで育てられている)ので、まあうちの両親の感覚がひどく現実的過ぎたのでしょう。

そのせいかは分かりませんが、子どもの頃からあまり夢を見る隙を与えられなかったように思います。

よく、「サンタクロース」をめぐるよもやま話がありますが(あえてぼかして書いております)、私がそれに対して回答を返すなら、「もう記憶もない頃からプレゼントを与えられた経験がないので、分からない」ということになります。

幼稚園の頃に(着ぐるみ姿の)サンタクロースがやってきたことは覚えているので、その頃は無邪気におとぎ話のようだと思っていたのですが、小学校に上がったあたりからもう両親からプレゼントはもらえなくなっていたので、途中から「そういう世界のもの」だと思ってはいたようですが、具体的にどこからと言われると…やっぱりちょっと分かりませんね…。

ここまでの話を聞いてお気付きかと思いますが、私は時に残酷なまでに現実的なタイプの人間のようです。自分の中における精一杯の返答を返したつもりでも、「正論やめて…それは分かってるの…」とよく言われます。冗談が言えないタイプ、といえば伝わるでしょうか。中身のない世間話がとにかくできないタイプです。

そしてここまで現実派であることを書いておきながら、私自身は高校生の中盤くらいまで自分のことを、「空想の中に生きている、いわば感覚派の人間であり、論理派ではない」と思っていました。しかし友人から「あなたは結構現実的だし論理的な方だよ」と言われ、そこでやっと自分が空想に生きる、感覚側の人間ではないことを知りました…。その時、やっぱり人間って面白いなあ…と思いました。

 

ここまで書くと、「子どもの頃から大人びた子だったの?」と思われそうですが、結論から申し上げますと「半分そうだと思う」というのが答えになります。

幼稚園くらいの頃の私はどうやら相当におもしろかったようで、母から「弟の印象深い思い出はほとんど出てこないが、私のおもしろい思い出はたくさんある」と言われるくらいにはおもしろい子だったようです。どうやら普通の子がしないような変な行動をたくさんする子だったようで、相当におもしろがられていたようです。まあしかし普通に遊びもしたので、そういった意味では年相応だったでしょう。

ただ、同年代の子と一緒に遊ぶよりも、一人で遊ぶもしくは大人の輪の中にいる方が好きだったようです。そういう意味ではまあ…変わった子だろうとは思いますね…。

そんな大人に混じることが多く、価値観が少し大人びていたからかは分かりませんが、小学生の頃は周りの子と感覚が合いませんでした。それ故に「一人でいる方が楽だ」と思い、ずっと友人を作らず一人で過ごしていました。

一時友人を作っていた時期もあったのですが、自分の時間が取られるのが煩わしいと感じたのと、一見すると全く意味のないことをルール化して行動しているのがどうしても理解できなかったので、結局当時の私は、友人の輪からは外れ、一人でいることを選びました。

 

今思えば、「物事の本質をつかむ力」はここから始まっていたのだろうと思いますが、当時は未熟ゆえかそれを上手いこと行動に移せなかったところが子どもだな、と思ってしまいます。今ならもう少し違う対応をしていたことでしょう。

 

さて、思わぬところから興がのってしまい、私の幼少期の頃の話をしてみましたが、どうだったでしょうか。

ーーーまあ、興味ないですよね!他人の昔話なんて!

導入の話からよくもこんなつらつらと書いたなあ…と思いますが、まあこれが私なのだろうとも思うので、読者の皆さんも呆れておりますでしょうが、私自身ももう自分を止められないだろうと、半ば呆れております(笑)

 

次回こそは、書きたい…チャッピー君について…。

そういえば今思い出したのですが、どうやら私の今年の更新は今回で終わりのようで。

次回更新は新年になるわけですが、そこでチャッピー君の話するんですね…。まあ別にいいですが(笑)

というわけで皆さま、体調に気を付けながら、よいお年をお迎えください。

 

最後までお読みいただきありがとうございました!

カメラを購入しました!

どうもー!冬休みなにしようかな〜って考え中のいのり🧸です。

最近、 カメラを購入しました!
旅行で見た景色をキレイに納めたい〜と旅行に行くたびに思っていたのですが、この度ついにミラーレス一眼カメラをゲットしました!

購入したのは、
OLYMPUS OM-D E-M10 Mark II」。
ダブルズームキットを買いました。(レンズ2つ付きです。)

また、私はボケた写真が撮りたかったので、追加で45mmの単焦点レンズも購入!
どちらもメルカリで購入しました。状態が良く、丁寧な人から買えて良かったです。

カメラを購入する際に、みく🔥ちゃんのブログを参考にしました↓
素人がお笑いライブ用にカメラを買ってみた(2025年10月13日)
めっっっちゃ調べること、ほんと大事です。

カメラで撮ってみました📸

質感がリアルでビックリ!

ライトの光がふわっとぼやけてくれた。やっぱカメラってすごい!

地元の小さなクリスマスマーケットにて。ピントを合わせるのがむずかしいね😢

Myカメラ📷´-

カメラストラップは、地元のクリスマスマーケットで購入しました。

3年ほど前に地元のマーケットで鍵用のストラップを購入して以来、気になってたお店。
それが最近、偶然お会いできてまして!お話上手の素敵な作家さんです。

とても可愛いストラップでカメラを首にさげれてニコニコです。

また近いうちに旅行の思い出とともに、写真をお見せしたいと思います。
では今日はこれで!

いのり🧸

🌱コトバ


Yes, life can be wonderful if you’re not afraid of it. All it needs is courage, imagination and a little dough.
 —人生に必要なのは、勇気と想像力、そして少しのお金もね

チャールズ・チャップリン監督・脚本・製作・『ライムライト』

興味が移ろいやすい私が、今ハマっているのが「チャップリン」。

推しがきっかけで、大野裕之さんが脚本・演出を手がけた舞台を観ました。考察はかどる社会派ミュージカルで、作品をもっと深く知りたい!と思うように。
大野さんはチャップリンの研究者というのを知って、作品にはチャップリンに通ずることがあるかもしれないと思い、大野さんの本を買ってみました。

チャップリンやナチス、ビジネスのお話は、私が今まで触れてこなかったジャンルなので、読むのに時間がかかっていますが、とても面白いです。

推しがきっかけで知らなかったジャンルに触れられる、新しい知識が得られる。自分の世界が広がって幸せです🎈

やっぱ、推しがいるって最高ですね!

世界を造る知識

こんにちは。

ーー知識を得るのが幼いことから好きだった僕は、水族館に行くことを好んだ。別に動物園でも植物園でも構わない。そこらには知識がたくさん住んでいるから。個体を見て、特徴をつかんで、飼育員さんが丹精込めて作った紹介文を読んで、また個体を見て。ああ、なるほど。この種の名前はそこから来ているのかと、一人満足して隣の個体を見る。その繰り返し。かわいいのもいる。寂しそうなのもいる。強そうなのもいる。眠そうなのもいる。静かに止まっている彼ら、あるいは彼女らは、見ている側からいくらつまらないと思われたって止まっている。それが彼女らの今すべきことだから。
そうして知識を得た僕は、満足して家に帰る。ああ、あれは眠そうだった、あれは暇そうだったと、今日見てきたものを振り返りながら帰る。
また、僕は本を読むことをも好んだ。カバンに収まるほどたいして大きくはないその体の中に、カバンには到底収まりきらないほどの知識を蓄えていたから。僕はフィクションでもノンフィクションでもいいから、本を使ってありとあらゆる世界を旅することにいくらでも時間を費やしたい。
僕の世界は、僕の見たもの知ったもので作られている。僕の狭い世界の外には、まだまだ僕の知らないものがたくさんある。だからそれを一つ一つ手繰り寄せるように知るのが何よりもおもしろいんだ。

ーー彼は知ることを好んだ。彼には何万、何億という知識が蓄えられている。しかし彼の知らないことだってある。自分の世界を作るのは、なにも知ることだけではないということを彼は知らない。世界は考えることでも作れるということを彼は知らない。
赤い花が人々を魅了するのはなぜか。美しさを規定するものは何か。言葉の正しい使い方とはどのようなものか。
自分の世界を作るのは他から得る知識ではない。自分が考えることによってはじめて自分の世界を作ることができるのだ。

ーー私は彼と一緒なんだ。

寒月雑話

未だ整理の追い付かない祖父の本棚から『梵雲庵雑話』を偶然引き出し、これを私の卒業論文にしようと思ったのは、墨田の桜はすでに緑、亀戸の藤も落ち着きを見せた、4月も後半に差し掛かったころでした。

初めの印象は、理想的な生き方をした人だなという印象でした。既に私の理想的人生モデルは存在していましたが、それ以上に楽しそうに生きた人だなと感じられました。元々、畿内関連の紀行文か、幕末から明治初期にかけての狭間の文芸をやりたいなと、ぼんやり考えていましたから、『百美人』がある寒月はどっちも抑えていて良いなと考えました。西鶴文学を学ぶ必要がありましたが、私は京都の大学で西鶴文学の授業を取ったり、全集を貰ったりしていたぐらい興味はありましたから、むしろ嬉しかったです。しかしそれ以上に、寒月自身に関心をもったというのが、一番の理由でございます。

『梵雲庵雑話』に収められている、主な文章の元は淡島寒月という人です。世のあれやこれを悟った上で、何でもかんでも「面白いね」と言って和かに愛し、これと思ったものは周囲に薦める、非常に無垢で良心的な好事家あるいは趣味家と呼ばれた方です。

寒月の、特に文学史上で凄いところは2つ。ひとつは、埋もれていた井原西鶴を掘り起こし、後世に引き継ぐきっかけを作ったこと。もうひとつは、幸田露伴・尾崎紅葉を代表する文学者に、井原西鶴などの近世文学を伝授したというところです。露伴紅葉どちらかの文章を読んだことがある人は、彼らの文章が西鶴の作品の影響下にあることはご存知でしょう。

簡単に言いますと、寒月がいなければ、私たちは世之介を知らないし、露伴紅葉、そこから連なる一葉鏡花漱石芥川三島、その他西鶴を慕った織田作之助や太宰治等、以降の文学は存在しなかったと言えるのです。違う形で存在していたかもしれませんが、確実に、『吾輩は猫である』の主人公は名前が違っていたでしょう。

祖父の本棚、しかも前列にあったものだし、生涯のネタにするにも相応しいものなのだろうと考え、直ぐに教授に連絡をいたしました。翌週には曳舟、神田、上野を歩きました。連休明けには、以前寒月に関する論文を出した先生が代表の、和洋女子大学硯友社文庫に乗り込みました。我ながら焦りを感じたらしいのです。当時、他にテーマを変えようと悩んでいるゼミ員もいたので、もしその子が同じことを考えていて、奪われたらたまったものではないと。今考えると笑いものですが。

ただ、おかげでまた、様々なものに出逢えました。美味い蕎麦、2枚の桜葉と薄い白い皮でつつまれた、控えめな甘さのこし餡、ことゝいと書かれ座った鳩、風情のある向島芸子の舞。以前から好きだった、浅草の和菓子屋やバーへ、ついでに通うことができたのも良かったところです。他のことを放って、こんなことばかりしていたせいで、家族に卒論一回辞めなさいと言われました。

本格的に執筆にとりかかったのは10月中旬からでした。夏は正直コンディションが調わず、10月7日に書き始めようと思ったら、インフルエンザになったので、翌週から始めたということです。10月末に最後の発表がありましたが、勿論間に合わず、当日は冷や汗をかきながら、淡々と発表した記憶がございます。

最後の発表の後、私は中学生の頃から成長しないんだと、泣く泣く打ち明けたら、他学科の友人が「私はまだ先行研究をまとめている最中だよ」というから、少し安心いたしました。しかし後から、彼女の学科の締め切りは日本文学科のものよりも1カ月ほど後だったことを知り、再び焦る羽目になった。これには流石に酷いと思いましたね。

論文執筆中は色々なことがありました。私は色々と知らないので、図書館やら国会図書館などのデジタル資料やらを沢山見て行ったわけですが、途中で、南翠や梅花の作など面白い作品をつい読み込んだり、デジタル資料越しに「こんな本 を見る奴は 馬鹿だ」「君もねっ」という落書きをみて、自分が少なくとも2人の奴らと同じく迷走していることを嗤ったりしていました。こうして寄り道をしているせいで、ぼんやりと目標として掲げていた、寒月の誕生日―11月17日でした、に第1稿を終わらせるというものは達成できなかったのです。

長時間本かパソコンかを見続けているため、眉間のあたりが常に重く、自動車学校の視力検査では追試を喰らいました。活字は辛うじて読めましたが、崩し字が読めなくなり、近世文学ゼミとしては焦りました。

目薬もアイマスクも効かなくて。目は脳に繋がっているため、そちらの方の疲労も中々。授業に出ることで気分転換を図っておりましたが、気絶するように長時間寝るような日々が続いたのもありまして、これはまずいと、休日は展覧会やゴルフに行ったりして画面から離れました。展覧会などのことは前回のブログで書きました。あれら以外にも色々とやりましたが、寒月は趣味の幅が広いし、きっとあれもこれも面白いから良いよと言ってくれるんじゃないかなと思ったりはしておりました。

寒月の事は春から今まで、ずっと好きだから、幸いでした。もし違ったら、ハロウィン以降は街中で見かける白いひげに敏感だったことでしょう。身内にいたら本当に困るが、昔の血のつながっていない人なので、こうして端から見る分には本当に面白い人でした。

紅葉露伴もそうですが、あの時代の作品や人物に関しては先行研究が少なくて、年表や家系図の整理から始めました。寒月による自作年表があるにはあるのですが、非常に簡潔なものですし、かつ寒月も言うことが時々によって違うことがありますから、信用なるかと言うと、そうとは言い切れません。

私は日本文学科に入って以来の願いとして、作品論をやりたかったので、そこに時間をさきました。寒月というのは、趣味の傍ら、愛鶴軒という、西鶴を意識した雅号で、いくつか小説や俳句を作ったことでも知られます。

初期の作品、『百美人』『けふあす』や、『浅草市の女不思議』あたりは近代の西鶴そのもので、文壇的役割もそこにあったものと考えられます。

そもそも、西鶴が求められたのは、その文体が非常に簡潔な写実手法をもっていたからです。時は言文一致運動の時代。どういった文体で表現していこうかという模索の頃に、西鶴文学に希望を見出した露伴紅葉を代表格とする文人たち。しかし、西鶴の『好色一代男』が生まれてから、明治15年時点でちょうど200年前。かの文豪たちも現在の私たちと一緒で、手にして、すんなりと直ぐに読めるものではなかったのです。特に風俗の違いは大きな壁となりました。文体を学びたいのに内容がわからないから先に進めないとなった時、求められるのは「現代の西鶴」です。寒月は綿密な西鶴研究のもと、そのニーズを見事満たすことに成功したのです。

尤も、寒月は処女作『百美人』を書いた時点では、専ら自身の旅の記録と、西鶴研究の成果として書いてみようとしただけで、悩める文人たちの助けになればなどといったことは無かったのだろうと考えられます。しかし、結果的に、これらが紅葉によって硯友社の『文庫』に「愛鶴軒」という雅号をつけて載せられる運びになったのも、同人の文学活動に役立つテキストとして重視されたからなのでしょう。

『江戸むらさき』第一号で行われた、投票に拠る当時の文壇で重要視すべき人物をランク付けしようという企画、「當世文壇十傑」では香雪(下田歌子)、得知(幸堂得知)、思案(石橋思案)と同票の10票を獲得しております。勿論、上には美妙露伴紅葉、南翠篁村、逍遥、あとは寒月と似たような分類だと宮崎三昧や依田学海が30票を獲得しているのですけれども、このランキングの注目すべきは「寒月」ではなく「愛鶴軒」でランクインしているところでしょう。つまるところ、寒月の作品に対する需要は硯友社に留まることなく、かなりの注目を受けていたと考えられます。

寒月作品を研究するに於いて、寒月が最後に書いた小説、『馬加物語』は特段重視すべき作品です。あれは『百美人』などを沢山書いた明治22年から10年後の明治32年に発表されたものです。西鶴をそのまま受け入れるのではなく、そこからキリスト教であったり、奈良朝趣味であったり、露伴ら友人達の文学作品であったり、アームストロング牧師との交流経験を併せながら、更に咀嚼して、寒月の内から出た作品だと考えます。

寒月は数え年68歳の大正15年2月23日に亡くなったのでありますが、来年はついにそれから100年ということになります。辞世の句は「我れと生き我れと死すも我がことよ その我がまゝの六十八年」「針の山の景しきも見たし極楽の 蓮のうへにも乗りたくもあり」というのでありました。

定職に就かず、ぶらぶらと世俗から離れ、自分の好きなことをして人生を楽しむ人のことを「遊民」といいまして、生前交流があった石川淳が寒月のことを所謂これだと言っている、丸山才一との対談がございます。遊民というのは江戸時代から存在していたものでして、戯作者などはこれに分類されました。しかし、明治時代からそういった者は減って行きました。国家の方向性が遊民が遊民として在るのを難しくさせたのです。寒月はこれに反抗するように、世俗から離れ向島に住んでいたわけですけれども、向島というのは関東大震災で酷い被害を受けたところであります。寒月の住んでいた梵雲庵も全焼、大事なコレクションを全て失ってしまい、恨心終に止まず、2年の内に自身も雪氷と共に溶け消えてまったようです。

ここからは未来を生きる私の予想ですが、淡島寒月翁という人は、安政6年から大正の終わりという期間だからこそ成立し得たのだろうと思います。大正が終わって昭和に入って暫くしないうちに、日本は国家総動員戦に移ります。この段階で遊民という存在は完全に無くなります。更に、趣味もままならなければ、寒月達が愛した芸術の域が戦争に利用されるわけです。それに、その戦争の相手というのが、寒月が若いころ移住したいと思っていたアメリカや、友人の故郷であるイギリスなどですから、もし生きていたら相当苦しんだのだろうと思います。逆に、安政より前に生まれると、裕福な商家の息子とはいえ外国趣味にこんなにも入り浸れたかは不明なところですし、やはり明治の人というところでしょう。

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出来上がった文章を見ると、卒業させてくれるかはともかく、私の色々と遊び暮らした大学生活をよく表していると思います。所々に4年間で学んだことを散らすことができました。これで卒業認定していただければ、私の大学生活は確固たるものとして保証されましょう。まだ提出できてないのですが。

色々と寄り道しがちな私が、コロナ禍を経た2022年、世界に出る前に日本を知りたいのだと、志望書に書いて合格した日本文学科で、同じく世界に出たら「日本のことを皆から聞かれるだろう」と考え、研究を始めた人のことを研究出来たことは、偶然にしては嬉しいことです。

私は決して真面目な人間ではないので、志望理由も、これ以外にも色々あったのですが、当時は確かに西洋趣味で、なんだか一番説明が楽な気がしてこれを選びました。入学してからも、気の赴くままに、面白そうなことは全てやっていこうという気概で、大学生生活を送っておりました。文学に囚われず、社会学、東洋医学、史学、地学、民俗学、心理学、生物学、工学、法学、数学、京都では神社仏閣と教会を往復して。4年になって、Nor ekarri du ardo hau?と遠い国の小さな自治州の言語を呟きながら、日本文学科の学科で取るべき単位が未だ数単位足りないことに気づいた時には、流石に私は何をしているのかと悩んだこともありました。

しかし結局これが本筋で、地図は祖父、道標が教授たちで、その先にいたのが寒月で西鶴といったところなのでしょう。信念徹底、自発創生成り得たということで、本日はこのぐらいにしておきたいと思います。

みなさま21日の予定はいかが??空けてる???空けてるよね

こんにちは!みくですどうも🔥

さあ、毎回懲りずにM-1の話ばかりしていますが、いかがでしょうか、このブログを日々読んでくださっている方だけでも、当日12月21日(日)に、18時30分からの決勝戦からではなく15時からの敗者復活戦から見てほしいのですが。ご予定はいかがでしょうか。とはいえ、受験生の方のもちろんいらっしゃるでしょうから、1日M-1なんか見れるわけないでしょ、という方ももちろん。まあ、録画して後から見るのもまた、楽しみが増えていいですね。
今年の決勝戦進出者も先日発表され、いよいよ来週に迫って参りました。
敗者復活戦の会場チケットに落選した悔しさの中、私はお友達とビジネスホテルに昼からチェックインして夜まで大騒ぎするべく、楽天トラベルのクーポンをフル活用することに全力を尽くしています。

さて、私には姉がいて、私があまりにもお笑いに熱いので興味を持ってくれ、今では姉も推しを作って一人で劇場にいくほどなのですが、その姉に、友達におすすめのネタを紹介したいから選んでくれと頼まれました。
自分でやれよ、と一瞬思いましたが、去年も同じように頼まれて紹介していたのを思い出しました。去年は、決勝ネタを全部見てくれたその子に、誰が好みだったかを聞き、その好みに合うように敗者復活戦のネタを選んだのでした。その選出がどうやらばっちり合っていたようで、好評だったので今回は準々決勝の段階から、YouTubeでネタを見てくれるそうです。
これは嬉しいことです。やりがいが溢れてしまう。

ちなみに、去年送ったDMはこちら。

勢いがありますね〜いいですね、しかし今見ても、このネタを挙げたのは納得です。今年決勝戦に進出したドンデコルテが入っていますし。

挙げたネタは全て見てくれたらしく、私も推しが多くの人に見られて嬉しいです。というわけで、今年の準々決勝を惜しくも落選してしまったネタが期間限定でYouTubeに載っていますから、こちらをぜひ見てください、と送った文章をそのままブログにも持ってきちゃいました!万人受けするのでは?というネタを厳選しました。挙げた順番には何も意図はないので、コンビ名に惹かれた、とか説明文が気になった、とか、何かしらの引っ掛かりがあれば、息抜きにでもしてください。

↓↓↓

YouTube準々決勝
コンビ名(ネタ:私のメモ用なので気にせず)をクリックするとその動画のリンクになっているはず、です。うまくできていれば!!リンク間違えてたらどうしようと思って全部確認してまた全員のネタを見てしまったので、多分合っていると思います。

今年のワイルドカード(準決勝で落ちてしまったコンビの中での視聴者投票)を勝ち抜いたネタですので、まずこちら♩さすけさん(画面左)の口から出てくる聞き馴染みのない単語を、ファンは「ベイビーワード」と呼んでいますよ♩

今年のベストアマチュア賞。ワハハ、じゃなくてグヘヘヘって笑うと思う。下ネタなんか言ってないのに、なんかイケない気持ちになります。アマチュアの社会人一年目コンビなのもこわいです。準々決勝がもし好みだったら、1回戦のナイスアマチュア賞を獲った動画もYouTubeにあるのでぜひ。

必須!絶対絶対見るべき!茶屋さん(画面左)の声ってクセになります。はい、せっかくリンクを持ってきたのだから、見てくださるべきです。

言葉遊び系だけど頭は使わないで見られるネタで、絶対みんなわかるし面白い!ネタとは関係ないけど、大学のお笑いサークルの先輩西野さん(男性)と後輩よしおかさん(女性)の関係性は普通にオタクみんな好きだと思います。敬語コンビ。

私は計算が一切できないので終始ネタの思惑通りに振り回されて楽しかったですが、生まれ変わって理系になって暗算が得意な状態でこのネタが見られたら、また違った面白さがあるのかな、なんて思いました。

今年、陰謀論系のネタ多いな〜という印象でしたが、私はこれが1番がっつりしていて好きでした!トリオって絶対コンビじゃできないことしてくれて楽しい!

ガチ兄弟コンビです。画面左が兄・体制さん、画面右が弟・紅葉さん。私は兄弟のネタの、日常のひっかかりを地球規模に大きくしていくような展開が大好きです。

木佐さんと一緒にちろるちゃんのお家を想像しよう!キモ系のネタです。

地球が”球”だと気が付く過程。私はこのとき劇場にいたのですが、ただでさえ重い準々決勝1日目のAブロックを一気に暖めたワクワク系のネタです。

鱈にあたった話をずっとしていますね。

加えて、個人的にめちゃくちゃ好きだったネタです!万人受けじゃないかもだけど私の好みのネタを挙げました!余裕があれば、こんな感じのが好きなんだ〜と思ってください。

私はワイルドカードをマードックで投票しましたよ。全部のネタを見て、決めきれなかったので劇場で見て衝撃を受けたネタに決めました。私はカラタチも好きですし、とにかくオタクがデュフデュフしてるのが好きなのかもしれません。マジで面白いです。来年も楽しみです。

なんと、3:21で、文字数制限が外れます。めっちゃ嬉しいです。

これを見ないと寝られない夜がありました。「70枚」が口癖になりました。

今度からカロリーの高いご飯を食べに行くことを「豚しに行く」と言います。

私は狛犬のこのシステムがめちゃくちゃ好きなので、はやく準決勝に行って欲しい。よく聞くとほんとにありえないことばっかり言っててえぐい。

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以上です!これが、落選してしまったネタなの怖くないですか。こんなに選んでこの面白さ。この人たちより面白いと評価されたコンビが決勝戦、敗者復活戦に出場します。楽しみになってきていれば、幸いです。次回の更新はおそらく決勝戦の後だと思います。誰が優勝するのか、私の応援しているコンビはどうなってしまうのか、ドキドキします。

ではまた、決勝や敗者復活のおすすめネタもきっと載せますね。