9月の私詰め合わせ

お久しぶりです!ゆずなです🪼

今回は、

①私的9月

②本紹介

の2点を綴りたいと思います。

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🪼 ① 私的9月

前撮り👘

先日、成人式の前撮りをしてきました📷✨

振袖は昨年の夏に着物や帯のデザイン、伊達襟や帯揚げの色、帯締め、持つ鞄まで既に決めており、大満足の出来栄えにすることができていたので何も不安に思うことはありませんでした。

しかし、ヘアスタイルはまだ決めていなかったため、夏休みに入ってからは袴や振袖の雑誌をめくりながら、永遠と悩んでおりました。なにしろ、七五三や小学校の卒業式で着た袴以来の経験でしたので、自分でも何が正解なのか考えれば考えるほど分からなくなり、2ヶ月弱も迷走していたのです……。
ただ、私の中でなぜか振袖を着るならアップスタイル!という漠然とした願望があり、そのために髪を伸ばしていました。アップスタイルにしているモデルさんの写真から、自分がしたい髪型を無事見つけることができました👏🏻

当日、ヘアメイクをしてくださる方に私が決めた写真をいくつか見せた時、それが同じようなヘアスタイルではなく、全く別物であると言われた時には衝撃が走りました💦笑
ヘアメイクさんは大変穏やかで、困っている私にそれらの違いを丁寧に教えてくれました。お陰で、落ち着いて考え、納得して、無事に髪型も決定することができました。私としては同じヘアスタイルをいくつかのパターンで見せたつもりだったのですが、所詮は素人目線でして、プロからすれば全く別物だということ知り、レアスタイルの工程の奥深さに触れられた経験でした。


ブログ部おしゃべり会

昨日、19日にブログ部のおしゃべり会がありました。みなさんの読んでいる本や後期の時間割、ゼミ、就職活動、大学周辺のおすすめスポットなど、たくさんのお話聞くことができてとても楽しかったです!特に、ゼミについては近い将来に自分が決めなければいけないことであり、現在どの時代を選択するのか絶賛悩み中のことでもありましたので、先輩方のお話を聞くことができた貴重な機会でした🩷ありがとうございました🥹

今回、全員が集合することは叶いませんでしたが、春休みぶりに、石井先生とブログ部のみなさんと何時間もお話をすることができて嬉しかったです💞

おしゃべり会の中で、直接みんなで集まりたい!というお話になり、石井先生のご予定をお聞きして、次回の日付の候補を決めることができました🥰
何かをしたいとは言っても、予定を立てることなく時が過ぎ、結局しなかったなんてことは常々ありますが、今回はしっかりと予定が立てることができました✨素敵!


🪼 ②本紹介

昨日のブログでは、あやめさんが本紹介を早速してくださり、わくわくしながら読みました。
他の方の本紹介を読むと、私と同じような本を読んでいることを知れて、親近感を抱き共感したり、また、私が読んだことがなく、普段は手に取らないような本を教えていただき、私の視野のベクトルの方向が色んな方向に伸びていくのを感じたりしています📖

ブログ部のみなさんが読んでいる本を知りたいと密かに思っていたものですから、まずは翌日の私が拾って、つなげていけたらと考え、書いている次第です。
私がここ最近読んで特に心に残っている本を少しご紹介していきたいと思います。

「いつも機嫌がいい人の小さな習慣」 / 著:有川真由美

自分に余裕がないときに自分のことだけに集中してしまいがちで、焦っていつものように対応できないことがあります。そして、対応をした後に「あっ、私焦ってる」と気がつくという、、。自分の中でその焦りを自覚し、自分の機嫌は自分でとる人になりたい私にとってピッタリのタイトルを本屋さんで見つけ、すぐに手に取った一冊です。

漠然とした不安を解消しお金に好かれる習慣だったり、感情のせいができて上機嫌で過ごせる習慣だったりと、いくつもの自分の生き方を豊かにしてくれるヒントを教えてくれる有意義な本でした。自分の行動にも移していきたいです💭そして、この本には88のオススメの習慣が書かれており、毎日少しずつ読み進めていくのが楽しい本でもありました。

「私が間違っているかもしれない」 / 著:ビョルン・ナッティコ・リンデブラッド

成功や富、地位などを捨てて出家し、17年間もの間修行に打ち込んだビョルン・ナッティコ・リンデブラッド氏のノンフィクションです。普段、学校の授業では、何百年も前に出家した人々について学んでいるので、現代において出家した方の実話がとても興味深かったです。作中に自分の中で大切にしたいと思える考え方を見つけることもできた一冊です。

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本日も私のブログを最後までお読みいただき、ありがとうございました。



今日もあなたにとって、笑顔になれる日になりますように♡

読書遍歴?

ごきげんよう、あやめでございます。

夏休みが、あっという間に過ぎていきました。夏休みはとても足がはやいのですね。全速力でした。

今年の夏休みは、私にしてはマア楽しめたのではないかと思われますが、根が出不精でありますから、高は知れております。ただ、

①自動車学校に通い始める②大阪・関西万博に行く③科博に行く④内定者懇親会に行く⑤家族旅行に行く⑥早起きが(ほんの少しだけ)できるようになる⑦夏バテになる⑧熱中症になる

をしたので、バリエーションは豊かと思われます。たのしいなつやすみでした。

万博は、暑いうえ人が多く、さらには新幹線酔いをしてしまったため、終始力ない、へなへなの声しか出ない人になっていました。

◆◆◆

本日はブログ部員同士のおしゃべり会が、zoom開催でありました。

そこで私が「今日更新分のブログのネタがおもいつかない…」などと申したところ、今日のおしゃべり会でのことを書けばいい、というお声をいただいたので、そのようにしようと思います。

最上級生のくせに誰よりもきょどきょどしたぎょろ目で参加させていただいた、本日のおしゃべり会でありました。私にはやっぱり3人以上の会合は緊張するものらしいですが、学びが多く、また参加したいとも思いました。たくさん発言をする人、ちょうどいい塩梅のぴりっとした気の利いたフォローをする人、話を盛り上げる人、刺激を与える人、といったように、私以外はみんな「会話上の役割」を担っているようにみえて、「ァ」という気持ちになりました。私もえいやと就活のはなしをしてみたりしましたが、とってつけたような「先輩風」みたいでいやでした。

マアつまらない私の感想はさておき、おしゃべり会で「あやめさんはどんな御本を読みますか」というご質問をいただき、美容系YouTuberみたいに紹介したけれど見えにくかっただろうなと思って、改めて私の読む本、もといのうみそを流出させてみようかと思います。私の読む本は日本文学科らしさはあまりなく、フィクションですらないのですが、私が書いたことをみなさんが後々ブログで拾ってくれる…らしいことをおっしゃってくださったため、その言葉を信じて書き進めて参ります。

私の「語り」が多くなってしまって、つまらないのではないかとおびえながら、どうにか面白くなるように努めて、参ります。

◆◆◆

私が読む本は「考える筋力になりそうなもの」だと思われます。プロテインでしょうか。勿論フィクション作品だって、「考える筋力」のとても良い養分になりますが、私は一度「筋トレ」の方法を知ってみたいと思っているらしく、フォームを知るために「考えの枠」ごと習得できるようなものを選んで読む傾向にありそうです。一生懸命人に紹介するべく、ああでもないこうでもないと自室の本棚をひっくり返してそんなことを思いました。

本及びそれについての私の反応をご紹介をするつもりですが、内容を言うのは「ネタばれ」だと思いますし、上手な紹介はもう誰かがしているンじゃないかな…という具合に私がへっぴり腰なので、ごく簡単にするに留めておきます。よかったら…読んでみてくださいね……

思考法系

最も「筋トレフォームを学び取れる」分野であると思います。具体的には直近1年で以下のような数冊を読みました。読破できていないものもあるので「カッコづけ」ですが。

「頭のいい人が話す前に考えていること」著:安達裕哉(ダイヤモンド社)

「あたまのいいひと」になれるのかも!などと思って読みました。話す前に考えることを知っておけば、面接とか、今後お話しする直前に「ア」と思い出せればいいなと思って手に取ったのです。こうやっておススメすると「あたくしは頭が良いのです」とアピールしているみたいでいやですが。

読み終えて、話し方や話すことに関する思考法以外のおおきなことを学び取れたため、やはり「考え筋力を鍛えるトレーニングのフォーム」を学べたように思えました。そもそも「考える」とは何か、「話す場」で何が起きているのか、そのうえでじゃあどうしたらよいのだろうか、ということを学べました。

「仕事のできる人がやっている減らす習慣」著:中村一也(フォレスト出版)

仕事もやったことがないのにこんな本、と思われるのでしょうか。私はシンプルに荷物が多く、また悪い意味で考え事が多い人物なので、「手放して減らす」ということを目指して読みました。来春には引っ越しをする予定なので、その際に効果が表れているといいなと思います。

「ムダをへらす」ということや「仕事ができる」ということ、「バランスをとる」ということを学べたように思います。

「人生は「気分」が10割――最高の一日が一生続く106の習慣」著:キム・ダスル、訳:岡崎暢子(ダイヤモンド社)

お察しの通り、私はじめじめ高湿ネガティブおばけなため、「気分が10割」だとしたら大変困るのですが、しかしそれを否定できず「タシカニ…」とぐぬぬの顔になったので、読むことにしました。どんなふうにして自分のご機嫌を取るものなのか、学びたいと思います。読破できておりません。

私が一人でゐたら思いつかないだろう発想が並んでいたため、刺激的だなと思っております。視点の角度を改めてくれる一冊だと思いました。

知識系

考え方というより、考える材料としての「知識」を仕入れるために読んだものです。好みがバレてしまうため、本当に恥ずかしいです。

「本当の自由を手に入れる お金の大学」著:両@リベ大学長(朝日新聞出版)

お金の亡者でありますから、私は昔から「おかね」関係の知識は大好物のおばけでやらせていただいております。それに伴ってつけておきたいおかねの知識。生きて行くのに絶対に必要な知識だと信じて読みました。「本当の自由」なんて書かれたら読んでしまいます。

カラー印刷、イラスト多めで書かれておりますから、吸収するのがやりやすかったです。著者の方はYouTubeチャンネルを開設されているらしいので併せて学べておもしろかったです。

「行動経済学が最強の学問である」著:相良奈美香(SBクリエイティブ株式会社)

以前のブログでもちょっと触れたように思います。「最強の学問」と言われては興味が引かれてしまいます。分厚かったので読み切るのに苦労するかと思われましたが、知らないことづくしで楽しく、すぐ読み終えてしまいました。変わり者の自分について、私を取り巻く「他人」の皆様について、新しい角度から見てみたくて手に取りました。考え方のクセについて、それをどう「活かすのか」について学べました。

「あなたを疲れから救う 休養学」著:片野秀樹(東洋経済新報社)

2年生のころにブログで触れた気がしますが、私は休み方もへたくそでありますし、特に「眠る」ことがへたくそであります。上手にやすむということは私にとって悲願であります。ただ、そのやりかたや作法を知らないな、「休養学」というのがあるなら知ってみたいなと思って読みました。読み終えて、「休養学」の奥深さ、重要さに気が付き、知識を活かせるよう自分で実験してやろうという発想で居ります。実験が成功するように頑張ります。

番外:昔よんでいた本

フィクションとか、一年以内ではないけれどこんなもの読んだこともある部門として設けました。これに限らずいろいろ読んだはずですが、あまり思い出せませんでした。

「少年と犬」著:馳星周(株式会社文藝春秋)

映画化したらしいですね。管見すぎて存じませんでした。私は2020年の直木賞受賞時に本屋で見つけ、(珍しく)手に取って気まぐれに読んでみて、面白すぎて一晩で読み切りました。手に取って、けちんぼの私が一冊を大事に買って、買いながら、あんまり「流行最先端」みたいなものにはビビッて手が出せないタイプなので、我ながらちょっとミーハーみたいだなと思いつつ、でもしかし本屋に3回通ってまだ気になるんだからぜったいに読むんだぞと思いました。一晩で読んで、ミーハーとかの自意識の気持ちは忘れていました。なるほど、事象をこんなふうに書くことができるんだな、という学びの多い面白い作でした。犬がどうなってしまうのか、追いかけたくて読み切ったともいえると思います。

読んだ頃はど真ん中不登校時代なのでとても活字が読めない時期でしたがこれだけは読めました。そういう意味でも私に影響を与えた作だと思って挙げてみました。それにあまりに「フィクション」がなかったので…

「なぜ、地形と地理がわかると幕末史がこんなに面白くなるのか」監修:大石学(株式会社洋泉社)

中学生時代、なんだか幕末…新選組…のあたりに凝っていた時期がありました。情報を集めたくてしょうがなくて、一生懸命関係ありそうな本を集めていたものです。ついには修学旅行で京都に行き、新選組のゆかりの地へ、何も知らない班員を強引に引き連れて回りまくって、ガイドさんのありがたいお話しを、「全部知ってた」とかスカしたつまらないことを言うに至っております。こういう、粋がっていた最悪の記憶があります。

さて、その時代に読んだ一冊です。当時幕末史を「かっこいい先人が大活躍した」みたいな、アバウトでヒーロー譚と勘違いした捉え方をしておりましたが、この一冊では地形、地理を用いて「実際はどうだったのか」を再現しようという試みがなされておりました。【学問】として幕末史に触れられる、良い機会になりました。また読みます。

「燃えよ剣(上)」「燃えよ剣(下)」著:司馬遼太郎(新潮文庫)

それまでもっぱら児童向けの本やら絵本やらを読んでいたため、文体・展開・内容すべてに圧倒されて、震えました。こんなに粋なかっちょいいひとがいるのか…!と。私は昔から本は一回読んだらもう大方は覚えてしまうというつまらない理由で繰り返し読めないタイプなのですが、この作だけは何遍も擦り切れるまで読みました。いい思い出です。多分、当時中二の私のちょっと中二病な部分に刺さったのだろうと考察しております。当時は知らずに読んでおりましたが、今では大家の大作であることは重々理解できているつもりですから、また読んで「創作」というものを学んでみようかと思います。

◆◆◆

なにだろう、やっぱりダメだったんじゃなかろうか、という冷や汗が止まらない思いであります。べらべら偉そうにしゃべってみました。きょどきょどしております。

自分が読む本を知らせるという事は、自分の脳みその中身を知らせることに似ていると思いましたし、自分の脳みその中身を知らせることがここまで恥ずかしいことだと思わなかったので、おしゃべり会中に「やって」と言われて、「やって」なんて言って貰えてうれしくなってしまって、例によって安請け合いで軽い頭を「ウン」と縦に振りましたが、だからあとには引けませんが、かなり後悔しました。恥ずかしすぎるので、どなたでもいいので後を引き継いではくれませんか。

なさけない語尾でなされる断末魔でした。

使えるものは使ってしまえ

皆さんこんにちは。みちこです。

最近は古典文学不足すぎて早く大学の授業が始まって欲しいと願っている奇怪な人種になっています(笑)

今回は一風変わったことをしようかなと思います。ここのブログ部員のブログを読んでいて、気になるテーマを見つけることが多いので、今回はそのテーマを借りつつ、自分なりの答えを書き記していく、という回にしようと思います。

(ちなみにおそらくシリーズ化します。多分1つの記事に書ききれません。)

***************************************************************************************************************2025年7月15日のブログ:「時間の使い方について」

https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2025/07/15/task_management/

これを読んだ時に、これのアンサーとなる記事を書きたい!と思い早1ヶ月が経ちました。

満を持して、私の回答を記そうと思います。

 

前提として、私は授業のみならず、飲食店アルバイト(週2~3回;シフト1回につき4時間程度)、学内サークル1つ(週1:そろそろ引退時期)、長期のボランティア活動(月2回)をしています。これに日文の組織(自主ゼミ2つ、オープンキャンパス委員、本ブログ部)というそれなりの激務下にあります。(ちなみに、1日休みの日なぞあればよいのですが、最近は就活も始まってきているのでほぼありません。)

これでも成績は上位25%以内には入っているでしょうというくらいの成績をしているので、学業と課外活動の両立はそれなりに出来ていると言えるでしょう。

 

そんな私の時間術はズバリ、「早く着手すること」です。

これだけ多くの組織に入っているので、当然タスクは人の1.5~2倍くらいあるでしょう。そうなると、普通の人と同じようなやり方をしていても、絶対にすべてのタスクが完了する訳がありません。

そこで私が実践し始めたのが、「早く着手し、早く終わらせること」です。簡単なようで達成するのが難しいのがこの事実です。それは皆さんも良くお判りでしょう。

大学の課題は基本当日中に終わらせる、タスクも項目ごとに分けた上ですべて締め切りを設定し、管理する。(下図参照)

(PCの画面に収まりきらないほどタスク項目がありました…)

 

そして、ここがミソです。それは、

締め切りを2~3日前に設定すること

これだけで、基本すべてのタスクをこなすことが出来ています。

ちなみに、To doリストに書いていないけど存在している仕事もあります。ですが、おおむねやり遂げています。

 

これで私は日々のタスクに追われながらも、きちんと締め切りまでに(なんならそれより前に)仕事が終わっていることが多いです。

これなら突発的なタスクが入ってきても多少なりとも余裕をもって臨むことができます。

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これを言うとよく「偉いね~」と言われるのですが、「偉い」というよりかはむしろ「そうしないとこなし続けることができないくらい生活が危うい」ことの証でもあります。

なのでまったくもって偉くありません(笑)

ちなみに、着手しやすいタスクから着手して、本当にやらなきゃいけない課題は後回し、みたいなこともよくやります。そのため、これがすべて理想通りに事が運べているかと言われるとそういうわけでもありません。

 

なので皆さんは、必ず「自分のキャパシティーをしっかり理解するところ」から始めてみてください。

そうしないと、私のように痛い目を見る事になります。

しかし、忙しさのおかげで時短になるようなツールの使い方なども学ぶことができるので、悪い面ばかりではないのですが…。

 

というわけで、今回の記事はここまでとしたいと思います。ちなみにもう何個か部員のテーマをお借りして話したいテーマがあるので、このシリーズはしばらく続くかなと思います。

もうしばしお付き合いをお願いします。

最後までお読みいただきありがとうございました!

にっと

こんにちは。

最近、私の中でかぎ針編みのブームが到来しています。世間でも編み物ブームが到来しているとの噂をどこかで耳にしたような、していないような。

私の手芸遍歴はさかのぼれば小学生までいきます。裁縫から始めてビーズ、レザークラフト、羊毛フェルト、刺繍など、100均でキットが売っているものを手あたり次第手に取ったものです。本格的なものに挑戦したいときは手芸屋さんを訪ねました。

その中でも長続きしているのが編み物です。とはいえ、本業のかたわらでずーっと編み物をしていたというわけではなく、私の場合、数年ごとに編み物ブームがやってくるのです。

最近はアフガン編みに挑戦しています。母の母(つまり私の祖母)が持っていたアフガン編みの本にはきれいな模様編みの写真が載っているので、小さい頃からカラー写真のところだけみていたものです。母は私がまだばぶばぶ言っているようなときに、その本をみながら帽子を編んでくれたといいます。現物はすでになく、記憶の片隅にしか残っていないのが少し残念です。アルバムを探せばベビーピンクの母お手製帽子をかぶった私がみつかるかもしれません。

これまでにも何度か編み物ブームを迎えた私なのですが、モチーフばかりを作っていたのでアフガン編みは試したことはありませんでした。あんなにアフガン編みの本をみていたのに、この年になってやっと実践に移すとは思いもしませんでした。母娘三代の本は、うれしいことにとても役に立っています。複雑な編み図がたくさん載っているので、そのうち習得できるといいなあ、と思います。

遅れてるの、止まってるの?

みくです。

遅れてるならいいんですよ。私待てます。
止まってるんですか?じゃあ無理です。

雷で停電しちゃったのがまだ復旧しません。←こちら、仕方なさすぎる。私、怒らない。しょげない。諦めない。頑張れる。

乗ろうとする電車「(私の目的地)まで行きません。乗り換えてください」
私「🆗」
乗り換えてと言われた電車「(私の目的地)まで行かなくなりました。たった今変わりました。乗り換えてください」
私「こちら」←仕方なさすぎる

そうですね。仕方なさすぎる(仕方なすぎる、ですか?仕方なさすぎる?どちらですか?)。
電車が止まるのって、仕方なさすぎるんですよ。仕方なさすぎるから悪い。もっとありえなすぎてくれれば私だって堂々と「ありえなさすぎるんですけど😡⁉️」と怒れるんですよ。そうしたら
私「🤬🤜」JR「✋😧🤚」東武「😢🙏」私「🤬……ッッッ😡✊、😠🤚…、、☹️🫳……😔🙏」東武「😌🫴」私「🫲😯」JR「👏☺️」
こんな感じで和解できました。
でも仕方なさすぎる理由にされると、迂回ルートを理解できない私が悪いような気持ちになり、異常に惨めです。ここまででお察しの方もいらっしゃるでしょうが、実を言うと、私は電車がとても苦手です。
高校生の時に、毎日登下校で使っていた駅のはずが、部活の遠征からの帰りで全く来たことがないホームに降り立ち、自分が知らないけど同じ名前の謎の駅に来てしまったんだと思って父親に電話をかけたことがあります。
そんな私ももう20歳。都内の大学に通います。いろんな劇場にライブを観に行きます。
かなり電車、使いこなせてるじゃん?笑 余裕笑 ←このような実感もありました。

でももうやめます。自称電車マスター・失格。自信喪失。自分ってこんなに「迂回」に弱いんだって初めて知りました。
もう「迂回」が怖いです。今日は「迂回」の夢を見るでしょう。二度と「迂回」をしなくていい人生でありますように。では。

追記

やっっっと、やっっっっっと、国宝を観ました。びっくりしました。面白くて。3時間ということもあり、満足感がすごかった。私は歌舞伎に関して無知ですし、ネタバレもぽろっとしてしまいそうなので内容に関しては触れられないのですが、ひとつ悔やまれるところがあるのでそこだけ……。なぜ、なぜこの作品のいちばんの旬が夏休みに被ってしまったのでしょう!授業があれば!日文の先生は必ずと言ってもいいほどこの映画の話をしてくださったでしょう!?「光る君へ」の放送期間は毎週2人以上の先生がその週の放送話の感想を語ってくださったのだから、きっと国宝も同じようになるでしょう!?私はせっかく文学部日本文学科に所属して、先生方のお話を聞く権利があるのに!無知な私や家族で感想を共有するだけではなく、先生の感想が知りたいのに!!悔しいです……。

私が今願っていることは、休み明けにも授業で映画の感想を語ってくださる先生がいますように、ということだけです。

能楽堂への誘い・参

皆様こんにちは。ペンギンと近代文学を愛するまどか🐧です。
本日は少々久方ぶりに見たようなタイトル。実は何度か同じタイトルで能楽について色々とお話……もとい布教ブログをしたためております。

それにしても、能楽、といいますと何だか学校の授業でお国の伝統芸能としてその素晴らしさをお勉強したような。私なんかは格式の高さを感じて気後れもしてしまいます。云々と抜かしてモジモジしていた(してなかったかも、私、太々しい)のが2年前のことで懐かしいです。

もしかして、もしかしてだけど、ちょっとお能の観劇に慣れてきたんじゃないのぉ!ふへっへへへへへ。と思いながら今回も能楽堂目指して歩を進め…降り立ったのは表参道。



ゑ??????????表参道?



いやいやいやいや、え、表参道。煌びやかなアパレルショップが所狭しと並び、現代通り越して近未来すら感じてしまう街並みに。能楽堂?
もしかして劇場情報に誤字とかあったのかしら、どうしましょうどうしましょうとグーグルマップ先生に泣きつきながら向かうこと10分ほど。
全然見つかりませんけれども!!??といい加減ダレかに泣きついて道でもお尋ねしようか、ああ見れど探れど周囲は観光客の方ばかり、ワタシエイゴデキナイ。カタコト英語で能楽堂の場所尋ねる新手の不審者になっちゃう。


うろうろうろうろ、傾き始めた夕陽に急かされる様に。迫る開演時間と戦い……。
ありました。PRADAの向かい側、真ん前に。


こちらが今回の会場、【銕仙会能楽研修所】!
お察しの通り、私は初めて訪れたのですが表参道のPRADAなどが立ち並ぶ中に突如として現れる古風な「銕仙會」の表札に驚いてしまいました。
さらにさらに会場内は土足厳禁の座椅子スタイル。こんな能楽堂あるんですか!?もう開演前から驚きの連続でした。まさか会場すらマトモに見つけられないとは、、、。観劇にちょっと慣れてきた、とか抜かしていた脳内フローラル人間はどこのどなたでしょう。まだまだのようです。

さてそのような座椅子スタイルのお席(見所)だからこそ、能楽師さんの足元まで間近で見られることはもちろん、なんと檜舞台の軋む音まで聞こえてきました。舞台と見所の距離感の近さだけでなく、檜舞台と対照的なコンクリート造りの現代的な壁に囲まれているなどとにかくよく音の響く会場だったように思います。



***

今回の公演は9月6日(土)に行われた第66回公演の「響の会」という会で、番組としては「天鼓」「松虫」「西行桜」の仕舞と「誓願寺」を一調、最後に立花供養の小書付きの「半蔀」というボリューミーかつバラエティに富んだ並びでしたため、観劇後の満足感…というよりも満腹感が素晴らしかったです!心がおなか一杯になる!

そのような会場で始めに見たものが鵜澤久さんの「天鼓」だったのですが、その静やかで安定感のある所作一つ一つが実に素晴らしく、後ろ姿までカッコいいの一言に尽きました。周囲の能楽師さんと比べて華奢に見えるお身体に柔らかい所作を勝手に想像していたのですが、そのお身体から放たれる無駄のない凛とした足拍子には目が釘付けになりました。
先程の紹介通り、全体的に音の響きやすい板の上だったように思うのですが、鵜澤さんの足拍子はスッと必要なタイミングに必要な量だけ響いておりその心地よい美しさが心にまで響きました。私は今までの観劇経験の中で鵜澤久さんのことを後見の役でばかりお見かけしていたため、このように板の上に立たれているお姿を拝見できてとても感動しました。

もしまだ鵜沢久さんについてご存じないという方がいらっしゃいましたら、ぜひとも事前知識のない真っ新な状態でこちらの素晴らしい能楽師さんのお姿を味わってきて頂きたいです。そのため、敢えて今回はあまり紹介しないでおきますね。

続く「松虫」「西行桜」もそれぞれで使用されていた扇の絵柄が可愛らしく、また能楽師さんお一人ごとの声質の違いを味わうことができて大変充実しておりました。「誓願寺」は一調の形だったのですが、一調の公演を初めて拝見したためにデュエットのような見た目でありながら対バンのような緊張感をもつ独特の舞台上の空気感に衝撃を受けました。
今回は太鼓との華やかな組み合わせの演奏だったためか、視覚的な情報と聴覚的な情報のギャップがとても印象的でした。一調はその時その時で様々な組み合わせがあるそうなので、その他の楽器との組み合わせだとまた違った一調の雰囲気になるのでしょうか。とても気になりますね。
きっと中々狙ってお目にかかれるものでは無いのかもしれませんが、ぜひ他の曲目や楽器でも拝見したいものです。



最後に大本命の「半蔀」ですが何よりもまず小鼓の響きがあまりに美しく、終始聴き入ってしまいました。ちょうど「半蔀」のタイミングで会場外から救急車のサイレンが鳴り響いたり、見所から携帯電話の着信音が轟いたりと色々あったのですが…どれほど気が逸れようと引き戻される存在感と安心感のある小鼓の音色に本日の観劇体験が救われたような気がいたします。
もちろん鼓と聞いてすぐに想像されるような大鼓のように派手に響く訳ではないのですが、しっかりと耳に届く小気味良い音のまろみが大変美しく、もっと聴きたいと心から思いました。この日の小鼓は大倉源次郎さんという方だったようなのですが、絶対にまたこの方の小鼓を聴きに行こうと思います。


・・・と、いきなり話が逸れましたが。「半蔀」の内容も扮装や立花供養など見所満載でした。

あ、そうそう。紹介しそびれました!今回の公演はとーーーってもスぺシャル!なんと立花供養という小書き付きの公演だったのです。
皆様ご存じの『源氏物語』に登場する「夕顔」を題材としたお話が能「半蔀」なのですが、、

  【京都の雲林院で夏安居(ゲアンゴ)という禅修行をする中で「そろそろ修行もラストスパートだからお花の供養をしようかな~~~」と僧侶が立花供養を行っていると、どこからかフラリとドえらい綺麗な白い花を手向けに来た女性が。その女性に名を尋ねたら「名前はいずれわかること、ちなみに住んでるのは五条のあたり」とのご回答。そりゃもう、気になるし、五条あたりまで行くっきゃありませんね!さてはて、僧侶は無事に彼女のお話が聞けるのやら。何が語られるのやら。】

超意訳ではありますが、そんなところからお話が始まります。ザっと解説を聞くだけでもお花がキーワードとなりそうな香しい公演ですが、普段は謡でのみそれらの様子が表現されています。
ですが…なんと…今回に限り……!?
そう!実際にお花も出すよーーーーー!!!!!というのが小書き付きの特別公演というワケ。うんうん、能楽師さんの美しい舞だけでなく綺麗な生け花まで観られるなんて。財布の紐全開放。さぁ張り切って行きましょう。

そんな期待に胸を膨らませた「半蔀」公演。
アイとして登場された方の腰帯が花柄であったり、前シテの方の装束が花々の吹き寄せ柄であったり……とにかく花尽くしの鮮やかな舞台でした。さらには会場の入り口から階段まであらゆる所に、今回の公演用に花を生けた華道家の大塚理航さんの作品が並んでおり、会場へ入るまでも花尽くしになるよう演出されていました。


しかし!
いよいよ舞台上の立花供養で登場した花は、なんと木々や葉がふんだんに使われ青々とした逞しい雰囲気のものでしたため少々面食らってしまいました。とはいえ能楽堂の暖色照明に照らし出された葉は温かな彩を舞台上へ加えており、謡の描き出す世界観との共鳴が華やかなものでした。
うーーーーーん。それでもやはり直球に「花!」という生花を想定していた私にとっては舞台上に花が足りない。
そんな焦ったさを感じていた次の瞬間、板の上に進み出た後シテ・夕顔の美しさよ。
あぁ、花はここに在った。
白を基調とした長絹が眩しいくらいに輝いて、視線を全て攫っていく流石の華でした。


***


ちなみに、公演が終わって作り物が撤収される時に立花供養の花がくるりと回されて漸くその生花を正面から見ることが叶ったのですが……ありました、ちゃんと白い美しい花が。
なんと私は脇正面に座っていたために公演中は生花の後ろ姿しか見えていなかっただけなのでした。これにはもう全力でズッコケていたのですが、ある意味で良い思い出かもしれません。それにしても、生花の後ろ姿しか見えていなかったからこそ、夕顔という花の盛りを特等席で見られた…なんて考えれば脇正面で観る景色もまた一興な気がします。


このような学びの多い観劇が終わり、最終的に座椅子型の観劇に慣れていなかった私は足腰を完全にやられ、タタラを踏みつつ大笑いしながら帰路についたのですが実に楽しく思い出に残る時間でした(笑)


こんな観劇体験、こんな1日。
曲目・役者・扮装・舞台それぞれの組み合わせ次第で、そこには全く別の唯一無二の作品が生まれる。
表参道に能楽堂があるなんて知らなかった。ねぇ、もしかしたら貴方の通勤・通学の道すがら、自宅・実家の近く。思わぬところにもあるのかも。

ちょっと、今触っている電子端末で「能楽堂」とか「劇場」とか調べてみませんか。

お月見うさぎ

みなさま、こんにちは!

9月といえばお月見の季節ですね。十五夜だなあと思いながら、夜の月をぼんやり眺めることが増えました。月といえばうさぎ、やっぱり可愛いですよね。飼っている人もいるよなあ、なんて考えていました。

…で、ふと思ったのですが、うち、動物多いなと。

犬に、文鳥が3羽、インコが1羽、フトアゴヒゲトカゲが1匹、ヒョウモントカゲモドキがたくさん、あと魚もいた気がします。改めて並べると、ほぼ動物園です。前者3つが母、後者が父の趣味です。しかも最近。私の家族は誰もアレルギーなどなく、動物もみんな好きなので、セーフですが、物心ついた後に家に生き物が次から次へと仲間入りするのは不思議感覚でした。それぞれ全然違うのに、見ているとちゃんと可愛くて、なんだか面白いし、唐突に家に生き物が現れる我が家の家庭環境そのものが大変面白く感じられます。ちょっとした弾みでこの話をすると必ず驚かれます。それはそう。うちの子たちは、ついたお餅を食べることが出来ませんが、月いるうさぎには代わりにたくさん食べていただきたいところですね。

今日もお読みいただきありがとうございました!たまにはのんびり空を見上げてのんびりするのはいかがでしょうか?それでは!!

シゴデキに見られたいお年頃

 こんにちは、こんばんは。

10日の午前2時から始まるApple社の新作発表と、10日に行われる原神のアップデートが待ち遠しいりさ🎧です。

 なぜ頭からApple社の話で始まったかといいますと、iPadの買い替えを検討しているからなのです。大学では基本的にパソコンではなくiPadを持ち歩いているのですが、そのiPadが高校入学と同時に買ったものということもあり、最近アプリが落ちたり挙動が怪しかったり電池の消耗が早かったりと少しずつガタがきているなーと感じます。そのiPadでは主に、manaba(日本女子大学がよく使う課題提出フォームや先生からクラスへの連絡に用いるインターネットサービス)でリアクションペーパーを提出したり、PDFで送られてくるレジュメをアプリにダウンロードしてそこに書き込んだり、家ではYou Tubeを視聴したりする用途で用いています。先述した症状たちは頻繁に起こるわけではないので、「今すぐにでも!!」というわけではないのですが、やっぱり意識しちゃいますよね。新作発表。わくわく。

ここまで読んだ方は1つ疑問に思ったかもしれません。なぜパソコンを持ち歩かないのか、と。私がパソコンを持ち歩かない理由として、10キー付きのパソコン(Windows)であるために、デカく重いというのが理由に挙げられます。パソコンを使うのはこのブログを書く時、そしてレジュメや期末レポート、凝ったパワーポイントを作成するときのみ、と考えると授業で毎日のように持ち歩くのは体力的な面でのコスパが悪いのでパソコンの大方の役割を担ってくれるiPadを持ち歩いています。(なので、大学でパソコンを持ち歩いている方を見ると羨ましい気持ちになります。なんかパソコンの方がシゴデキ感が出ませんか??異論は認めます。)manabaはiPadでもPDFやWordなどのファイルを提出できるのですが、反応速度がパソコンに劣るので「授業が終わるまでに提出してください」と言われるととても焦ります。なぜなら、パソコンだとアップロードがすぐに終わるけれどiPadだとめっちゃ時間がかかるからです。なんならアップロードの時間も読めないから明確に5分前にデータを仕上げればいいという話でもないんです。困っちゃいますねぇ。10日に新作iPadが発表されるとも限らないので当分の間は今まで通りの役割分担でiPadとパソコンをハイブリッドに使っていこうと思います。

 そして同じ10日には原神のアップデートが来ます。話始めると多分長いので数行に留めておきますが、とっても楽しみです。アップデートごとにストーリーが追加されるのですが、ネタバレを避け、オンタイムで楽しむためにこの8月のありとあらゆる時間を原神に注ぎました。(そのせいで母に多少怒られましたが…)今から楽しみです。

 最近で言えば大阪旅行に行ってきました!大阪の電車はホームとの隙間がなく東京よりも乗り降りしやすく「みんなに優しい」という印象を受けました。大阪・関西万博の開催期間内であったからかもしれませんが、思っていたよりも関西弁を聞く機会がなく、道頓堀もまるで渋谷のように海外や国内からの観光客で賑わっていました。大阪に来たな、と感じたのは電車内でヒョウ柄の服を着たご婦人を見かけた瞬間です。(本当にいるんだ、と思いました。今度行った時には飴ちゃんを配るご婦人に出会いたいです。)そしてエスカレーターどっちに乗るか問題。これに関して私の体感で言えばそんなに大きな問題ではないのかな、と思いました。なぜなら東京のようにエスカレーターで歩く人がそんなにいないからです。(私が電車を利用した時間帯によるかもしれませんが。)どちらにせよ、「郷に入っては郷に従え」といいますから関西では右に乗った方が良さそうです。

 本日は私のiPad/パソコン問題と大阪旅行の2本立てでお送りいたしました!iPadとパソコンを持つ私のそれぞれの役割が大学進学を控える方のヒントになれば幸いです!

またお会いしましょうー!!

押し入れ集・参

ごきげんよう、あやめでございます。

前回は大遅刻してしまったので今回は…と思っていたのに今回もまた滑り込みになってしまいました。お詫び申し上げます。ごめんなさい。

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今年の私の夏休みは、卒業論文を執筆する夏休みです。人生最後の夏休みらしいですが、大満喫ができているのか不明です。次回は夏休みにやったことを思い出して書いてみようかななどと画策しております。

さて、今回は2年次(おととし)の5月、3年次(去年)の5月にやっていた「押し入れ集」を、やっぱり押し入れから引っ張り出すように思い出して、私やっぱりアレ好きなんだなと思って、しつこく第3弾をやろうとたくらんでおります。

押し入れ集、についてご存じない方に向けて、改めて簡単にお知らせしますと、暗くて変なにおいがしてひんやりして怖い、あるいは物が煩雑に置かれている単に物置としか思われない「押し入れ」が好きな私による、押し入れへの愛を語るもの…ではなく、押し入れのようにいろいろ詰め込んだ大小さまざまな文のまとまり、くらいの気持ちで名づけました文章集であります。随筆、なのでしょうか、わざわざ名前を付けるほどでもない文章のまとまり、というか、いわゆる「雑文」といいますか、「雑(ぞう)」といいますか、まあ今回も徒然なるままにこりずに始めようと思います。年に一度しか開かないこの重たいふすまをひらく音。

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やっぱり物が詰まったふすま。重たいわけである。あけたら中身がはじけ出てきた。

この大きな物音が嫌いで、かといって荷物が整理できる訳でもなく、同じ轍を踏み続けるのだ。どんがらがっしゃん、である。

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重たい荷物を持つのが嫌で、めったに使わない櫛は置いて行こうと思った、そういう日に限って髪を整える必要にかられて、ああ、櫛は持っていない、となる。

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カバンの奥底で押しつぶされたしなびたハンカチを見て、今日の私だと思った。

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ブラックブルーのインクが好きで、そのインクで文字を書いたら、真っ白の紙に行き先が描かれたような気がして元気が出た。

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アジサイの花の色は、その花が生える土のphに拠っていることを、理科の教科書を読んで知った。それからというもの、アジサイを見つけては「あそこの土は酸性なんだ」と、アジサイの花の色を、さも土のphを識別するための標識かの如くまなざしていた。でも、そういう風に知識を動かして遊ぶ人はめったにいないらしい。しょんぼりした。そのことを、とっくのとうに枯れて、酷暑にうなだれている、花だった部分を見て思った。6月にやるべきだった。

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最近、朝の決まった時間に、勝手に目が覚めるようになった。ここ数年の私の朝は、おでこに漬物石が置かれているくらい眠くて重くて怠くて頭痛のする、いやな寝起きしかなかった。それが何が良かったか、小学生以来の朝のさわやかな目覚めを体験することができている。ここ数年の不調・不快が嘘みたいで、奇蹟かなにかだと己の体内時計及びシステムを疑いつつ、爽快な感覚に喜びつつ、眠いまなこをこすりつつ、台所で蛇口をひねって水を汲んだ。嚥下。水がしみて、目尻からこめかみにかけての部分がひんやりするような気がする。

小学生の頃はごはん、特に朝食が美味しくて、食べるのが遅いくせたくさん食べるからちんたらもりもり、毎朝40分も50分もかけて味わって、遅刻しかけていた。最近は毎食あまり食べないから全然良くない痩せ方をして、せかせか焦ってカリカリきりきり、自律神経でいったら交感神経ばっかり優位な生活をしていたのだと思う。ここ数年のまとまった膿みたいな不摂生が今日、どこかへバカンスに行ってくれたのかもしれない。のんきでちんたらもりもり、が性に合っていたのかもしれない。大人ぶって背伸びして合わない靴を履いて靴擦れして踵を引きずるから歩みが遅くなって、それなのに「自分は足が遅いのがいやだ」とぼやいているような、あべこべな文句を言っていたのかもしれない。

コップは空になった。

水道水がてきてき、滴り落ちる音がする。

二度寝しよう。

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パイナップルの缶詰をタッパーにあけて、冷凍してから食べてみた。耳から「うまさ」が煙になって抜けていくような爽快感があった。おいしかった。

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時計を見ないで生活したら、溶かすほど時間を使ってしまい、それを「時間の大富豪」とか呼んでにんまりする遊びをした。

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昔、横断歩道を渡り切った後、私の通行を待っていた車の運転手さんに向かってお礼をするべく、くるっと振り返ってぺっこりおじぎをする、というゲームをしていた。マイルールというか、「しばり」をつけて生活してみるのが面白かった。それに運転手さんや周囲の反応を見てもいた。趣味が悪すぎる。

誰かと一緒にいても必ず毎回ぺっこりしていたら、そのうちに友人もやるようになった。ちょっと驚いたけれど、まさかこんなへんてこな気味の悪い「ゲーム」だとは言い出せず、やっぱりしつこく続けていた。そのうちにクラスメイトとか、同学年の子がやり始めた。「お礼をするのって大事なことだよね」と言っていた。この辺りから「誰がやり始めたか」ということは重要でなくなっていた。そろそろまずいか、と思ったけれどもう「ぺっこり」をしないほうが「礼儀がなっていない」人みたいになってしまった。私は当時学級委員をやっていたからか、周囲からはまさか「礼儀がなっていない」人だとは思われておらず、当然「ぺっこり」派だと思われていた。面白いから続けた。そのうちに先輩や後輩がやり始めた。この「習慣」が学校全体に本格的に根付いてしまって、朝礼で校長先生が「ぺっこり」を「素晴らしい習慣」とか言って褒めだしたのでもう後には引けなかった。そろそろ笑えなくなっていた。

その習慣は、5学年年下の妹の代まで続いてしまった。「お姉ちゃんが意味わかんないゲームをするからおじぎを絶対やらなきゃいけなくなっちゃったじゃん」と妹に物凄く怒られた。しつこくものを続けるのも、考えものだということがわかった。もう面白半分で流行を作るまい、と決意した。頑固なのは治りそうもないけれど。

高校時代の友人にこのことを話したら、「こわ」と言われて、しっかり落ち込んだ。

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来年も押し入れ集をやろうか、と思って、イヤ来年は無いんだったと思い返す。もうこの押し入れを開く必要はない。どんがらがっしゃん、に直面する必要はない。もう二度と取り出す必要のないものを箱詰めして、ぴったりとふすまを閉める音。もうやらない。

水音

皆さんこんにちは。みちこです。

長期休みの方が忙しいという謎の減少が起きています。授業がなくなって課題やらなにやらもないはずなんですが、おかしいですね…。なぜでしょう…?

そんなこんなで明日はいよいよ年内最後のオープンキャンパスということで、私も委員として参加しております!

実は受験生の中でも「ブログ見てます!」という方は珍しくありません。かく言う私もそのひとりでした。

オープンキャンパス委員にも、ブログ部で記事を書いている同輩・後輩が参加しておりますので、読んでるよ~と言う方がいらっしゃいましたら、お声がけでもして下さるとうれしいです!励みになります!

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さて、今回は珍しく書くネタが思いつかないので、数ヶ月ほど前からブログ部部長が挙げてくれている「今期の漢字」というお題に沿って記事を書こうと思います。

「今期の漢字」は「音」ということで、「私の好きな音」というテーマで話をしてみようと思います。

 

「好きな音」と聞かれてパッと答えられる人は少ないのではないかと思われますが、私はある明確な理由で「水の音が好きだ」と言えます。

その理由とはすごく単純で、「私にとって水の音は深い思考へといざなってくれるキーのような音だから」という理由です。

でもこの感覚、おそらく中々理解されないんだろうな、と思います。(特に恐怖症レベルで水あるいは海のことが苦手な人には理解されにくい感覚であろうと思います。)

ちなみに私が好きな水関連の音は割と多岐にわたります。以下に具体例を挙げると、

・氷が溶けてグラスの中でカランという音

・炭酸を注ぐ時のしゅわしゅわとした音

・水が沸騰した時などにする、こぽこぽという音

 

以上の具体例に挙げたものは、水の音が持つ「爽やかさ」から来る種類の音で、主に「涼しさ」を感じられるので好きです。これらの音を聴くと「夏らしさ」を感じるので、夏が大嫌いな私の唯一の夏の楽しみ方と言っても過言ではありません。

 

そして最も私が好きなのが、深海に沈んだ時のようなこぽこぽ感のある音です。これが最も思考の整理には丁度いい。なので大好物です。

ちなみに一時は就寝時にこの「深海×水の音」みたいなASMR調の動画を漁りまくって流して寝ていた時もありました。

(音に関して、私は好きな種類はたくさんあるのですが、こと「どストライクゾーン」を探そうとすると一気に選択肢が狭まるタイプです。なのでリアルに数か月単位でお気に入りの音を漁り続けている時もあります。それくらい、この種類の音についてはこだわりが強いです。)

 

この、「思考を深めるタイプの音」というのが実は先に好ましいと思っていた音で、先に紹介した「爽やかさ」系の音は後から好きになりました。これらの音が好きだと自覚した当時の私は、とにかく「思考を深めたい」という思いが強かったのだろうと思います。

 

皆さんにはそのような時はあるのでしょうか…?

私はあまり普通の感覚を持っていないという自負があるので、感性から来る発言のほとんどは理解されないだろうと思っているのですが…。

 

あるいは、逆なのかも知れませんね…。あまりにも考えすぎて疲れたので、音を聴くことで周りの雑音をシャットアウトしたい、という深層心理の表れだったのかもしれません。

お気に入りの音探しにハマっていた当時より、今の方がより多くのことを考えている気がするのですが、当時はまだ今ほど考えられるキャパが広くなかったのでしょうか…。

 

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という謎を残しつつ、今回の記事は終わろうと思います。

去年に引き続き、誕生日前後の私の情緒というのは一体どうなっているのでしょうか。

私の思考はかなり哲学的で、その自負は無論あるのですが、誕生日前後に文章を書かせるとその本質により拍車をかけたものが出力されてくるようです。

ちなみに21になりました。もうよく分かりません。大人ってなんでしょう。とても大人びた、と思う時もあれば、まだまだ子供だなと思うところもあります。

大人は大人の皮を被った子どもなんだろう、現時点ではそう結論付けています。

「三つ子の魂は百歳になるまで変わらない」そうですから。

 

いつになく終着点の不明な記事を書き上げたところで今回は終わろうと思います。

次回もまた何か思いついたものを書くような気がします。

私のネタは常に思いつきです(笑)

 

それでは、最後までお読みいただきありがとうございました!