自分史B

ごきげんよう、あやめでございます。

前回はゼミ選択について語ったので、今回はもっとさかのぼって高校時代について書こうかと思います。またもとてつもなく長くなる予感がします。じめじめした内容です。そしていつもの。この作品は事実に基づいたフィクションです。

◆◆◆

忘れもしない出来事というものは、他の誰にも覚えられていないような何の変哲もない一日に起こるものだと思える。ワクワクして一か月前から楽しみにしてカウントダウンした遠足のある10月8日も、隣に住んでいる大学生のお兄ちゃんには全く関係ないことだし、過去最低点を観測した中間考査の社会のテストがあった5月20日も、散歩をしているおばあちゃんには関係がない。私にとって最高の日も、お母さんにとっては最悪の日で、その晩はお母さんの愚痴大会が開催される。私にとって最悪の日も、5歳年下の妹にとっては最高の、縄跳び大会の日で、妹はそこで1位を取って賞状を貰って帰って来た。私にとって最悪の、あの、古典の授業を早退した、それを皮切りに高校に向かう足の重さをこれ以上なく認知した日は、忘れもしない、4月22日の午後であった。微熱が出て、珍しく春にインフルエンザが流行った年だったから、大事を取って早退したはいいものの、怠い体を引きずって帰るには30分に1本しか来ない電車も、花曇りの冷たい空気も、2時間越えの長すぎる通学路も、あまりにもストレスフルな環境だった。そこで私はおぼろげに、あそこに行きたくないと感じてしまったらしいのである。

中学時代の私は、有名な優等生をやっていた。人数が少なく、保護者同士の距離も近い密度の高い地域に住んでいて、そこで優等生をやるというのは、役職総なめをするということに等しい。様々な肩書を背負い、先生方の期待どころか地域丸ごとの期待を背負って、若さのエネルギーを成長一本につぎ込んで、タケノコよろしく、破竹の勢いで成長していた。周囲の成長を押さえつけてでも這い上がるような勢い。勉強も部活も行事も委員会もこなす勢い。友達には何度も羨ましいと言われ、その言葉に彼岸と此岸を隔絶するような重たい杭を感じても、私には「そのほか」の時間がないからゲームばっかりやっているらしいあなたと違って然るべきねとその境界線すらはねのけ、そこのけそこのけ私が通る、と突っ走っていた。この間、純粋でまじりっけのない童話の世界観で生きていた小学生時代のキラキラおめめを棄て、斜に構えて誰にも頼れないという事実に基づかない信念を片手に、この世のすべてを疑ってただ己の力のみを頼りに生きてやろうと思っていたあの頃。テストでどれだけ…たとえ5教科合計で490点台をたたき出していても…100点満点じゃなければ意味がないとして追い込めるだけ自分を追い込んで、まだ足りないまだ駄目だと、追い込むほどに点数が低くなるのにも構わず追い込み、行き先の知れない〈怒り〉みたいな感情を爆発させる毎日であった。あまり自分本体に興味もなく、思い通りに「結果の出せない」「使えない」脳みそを恨んだりした。あのころ欲しかったのは「1」という順位か「100」という点数で得られる数字で、サンタさんにお願いしたのは時間だった。進学する高校すらどこでだってよかった。勉強さえできるならなんだってよかった。強いて選ぶならば一番勉強が出来そうで、愉快で知的なお友達が得られそうな、そして将来の選択肢を広くとれそうな地域で「一番の」進学校に行きたい(行くべき)と思った。最期の模試の結果的に偏差値はぎりぎりだったけれど、通知書の数字がほとんど完璧(体育だけどうしても5を取れなかった)だったおかげで、なんとか目標だったあの地域一の進学校に合格した。

高校時代の私は、中学時代に切望した「時間」を、不登校になるという方法で手に入れた。代わりに、中学時代にその時間を使ってやりたかった数々の「タスク」が、ことごとくできないコンディションになった。読書がしたかった。勉強がしたかった。いろんなことを知って吸収してそれをつかって積み木遊びがしたかった。かんたんなパズルを解くような気持ちで、学校のワークを解きたかった。もっと知りたいことがあった。ボールが真っ直ぐ飛ぶことを、数式で表せるってどんな気持ちだろう。大好きな合唱が数字で見られたらどれだけ面白いだろう。世界中の事柄を知れるようになったら読むべき文字数が何文字増えるだろう。あの山にかかる雲の正体を知れたら「くもをつかんだ」気持ちになれないだろうか。このあふれ出る気持ちを誰か他の人に伝える手段として漢詩を詠めるようになったら、どんなにか!しかしこれらの情熱の火は、あの日古典の授業を早退したあの日にフッと消えてしまった。

不登校時代はまったく苦しい日々だった、と今になってようやく認めることができている。当時は「苦しい」ということを自覚することすらままならなかった。誰かに何か危害を与えられたわけでもないのに、大した理由もなく、くるしいふりをして、ずる休みをする、卑怯なやつだと、自分を認識していた。毎日仮病を使って、そのうちなんだか本当に苦しいような気がしてきて、目の前が真っ暗になって、おっとやりすぎたかな、と思ってしゃがんでみたら、駅に居た善良なおばさまに駅員さんを呼ばれたこともあった。出席日数を稼ぐために、「文化祭だけ出席するヤツ」になって、そこでよせばいいのに所属していた部活動の発表を一生懸命やって、ようやく発表が終わったから控室になっていた暗くて誰も来ないパソコン室の床にしゃがみこんでいるうちに、手足はおろか顔面とお腹がしびれてきて、誰も来ないだろうと思ってそのまま横になってみたら、ひんやりして喧騒がすごく遠くなった気がして、なんだかすごく心地よくて、このまま誰にも気づかれないまま寝てしまいたい気になって、ぼんやりしていたことがあった。無論あっけなく友達にみつかって、あれよあれよといううちに大事になって、保健室の先生に「またお前か」という嫌な顔をされているのに気づかないふりをしつつ、ここまで来てもまだ立ち上がる気力がわいてこず、後は野となれ山となれと思ったこともあった。その日は救急車で搬送された。大したことない仮病で搬送されて、恥ずかしくて嫌になったけれど、搬送されてもなお、起き上がる気もまた起きなかった。次の日はまた休んだ。

この調子で満足に通学することもなく、欠席か遅刻か早退を繰り返して、毎朝母に「行くの?行かないの?」と問われるたびに「朝」を強烈に感じては、コピペしたみたいに進展のない毎日を嘆いていた。読書も勉強も、そもそも文字が読めなくなってできなくなった。判読する前に脳みそが限界を迎えて、集中力が極限まで削れていた。これでもまだ仮病だと思っていた(今だってただの思い込みだったような気がしてやまない)私は、毎晩じぶんを呪って、その呪いの効果は抜群で、次の朝も最悪の日のスタート地点に立っていることになった。

たまに行く高校で楽しみな授業は、数学と地学だった。ただし数学は基礎の授業を欠席して、応用の授業だけ出席したりしていたから、まるきりなにを言われているか分からない日もあった。それでも楽しみだった。他の授業もさすが進学校、大体が予習と復習が必須の内容だったから、一人だけまったく置いて行かれた人として存在してゐた。隣の人やらグループで取り組む課題はことごとくご迷惑をおかけしたし、私が所属するグループは必ず一人少ない状態で進行していた。かわいそうで申し訳ないことだった。情けなくてひとでなしだと思った。そして、中学時代に夢想したような「愉快で知的なお友達」は、どこにもいなかった。私はわたしが外れ値であることを自覚した。

開けない夜はない。止まない雨はない。四季は巡る。やがて春が訪れる。これらはあの頃極端に嫌った言葉群である。このつまらなくて苦しいふりをした面白みのない私の青春は、青くなる前に枯れ果てて、春なんて幻想なんだと思うことで自分を守っていた。止まらない脳みその回転に身体が負けて、自己否定が溺れかけの私の一把の藁であった。ぬくぬくのお布団の中に居ながら、自分が何者でもないと想像して泣いて、夕飯の時間になって呼ばれて、夕飯を美味しく食べて、布団に戻って来て、家族に属しておいて、何者でもないとはなんだと思い返しては想像力のなさを嘆いて泣いて、泣いている時間と労力が無駄だと泣いて、この間2時間半、通学できちゃったな、と冷静な視点を持ちながら、面白くなってきて泣きながら笑って、脱水症状になって気絶するように眠った。

どうしても成績がよかった理科を手放したくなくて、周囲の大反対をつっぱねて国公立志望を出した。担任の先生に何度も呼び出されて、出席数が足りなくなってきたら自分だけじゃなくて母親も呼び出されて、劣等生を通り越して問題児になっているのに、国公立。とりあえず数学と理科の勉強をして、授業が演習になった高3の2学期からは遅刻しながらも欠席を減らして通学して、のらりくらり、共通テスト本番は模試で軒並み高得点だった国語と伸びてきた数学がここにきて大コケしつつ、他は過去最高点を取ったため、進学は叶った。

大学進学してからは、どうしても「あの頃」に戻りたくない、という一心で例えば体力づくりとか、気持ちの整理とか、自分の取扱説明書をつくってみるとか、そんなことをしていた。多分、こういうことはもっと若いうちに終わらせておくべきだったんだろうなと、湧いて出てくる邪念をほうきで掃きだしながら。幸い、文字が読めるようになったから、それをつかってあの頃何が起きていたのかを、大好きな「学習」を使って認識したり振り返ってみたりした。誰にも明かしてはならない、こんな発想バレてはいけないと信じていたこれら不登校時代の記憶を、こんな不特定多数のみなさまの前で打ち明けれらるようになったのも、大学四年間の集大成としては上々の結果なのかもしれない。

ご存知でしょうか、これまでの人生において、一番年を取っているのは今この瞬間なのです。しかしながら、これからの人生において、一番年若いのはまた今この瞬間なのです。何を想像しても明日は来るし、であれば踊らにゃ損、という算段が成り立ちそうです。例えばお先真っ暗であることを嘆いて、自分のかわいそうなさまを強調して、あったかくておおきい存在、誰であってもいいからかわいそうだったねと言ってくれる存在を探り当てて、抱きしめてもらえるように訴えかけることはもちろん可能です。そう言う存在が実在するかどうかは別として。例えば私の物語の主人公は私であるのだから、他でもない私が悲劇のヒロインであることは自明で、これによってあなたに私が悲劇のヒロインですよと自己紹介することも可能です。「あなた」がどう思うかは別として。だけれど、このへんちくりんなおばけの私は、かようにして「おばけ」を自称するに至りましたし、おばけとして浮遊すれば(私の物語の主人公であることすら「抜け出せれば」)楽しく存在できることを知りました。分相応かは別として。

結局、中学時代の私がサンタさんにお願いしたかったのは、本が読めるという事だったようです。おばけになってから、ずっと前にサンタさんはプレゼントを届けてくださっていたことに気が付きました。どうしてこれまで気がつかなかったのか。それは、私が、クリスマスプレゼントは枕もとの靴下の中のお届けだと思い込んでいたからです。そうではなく、玄関前の置き配でした。灯台下暗し。我思う∴我有り。以上大長編でお送りいたしました。私の半生物語を、日本史Bの教科書をもじって「自分史B」とか生意気な名前をつけてお届けしました。お付き合いいただきありがとうございました。また次回。

満腹で満喫

お久しぶりです!ゆずなです🪼

今回は、

①クリスマスマーケット

②人生初福岡

の2点を綴りたいと思います。

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🪼①クリスマスマーケット

友人と横浜赤レンガ倉庫のクリスマスマーケットに初めて行ってきました🎄以前からクリスマスマーケットの楽しさは兄弟や友人から聞いていたので、念願叶って行くことができ、とても嬉しかったです🫶🏻

会場に足を踏み入れた瞬間、そこはクリスマスのヨーロッパにタイムスリップしたようでした!
赤、ゴールド、緑、クリスマスカラーに装飾された小さな可愛いお店がお出迎え。中央にはライトアップされた巨大なクリスマスツリーがあり、見ているだけで心がウキウキ🎅🏻

パンの中心をくり抜いたところに入った熱々シチューや、ぐるぐるとした形の大きなソーセージといったクリスマスマーケットならではの食べ物から、メリーホワイトミルクティーという上にトナカイや雪の結晶のチョコレートが乗っている可愛い飲み物までたくさん味わってきました!
友人と長い時間お喋りすることもでき、ステキなひと時を過ごすことができました💞

クリスマスマーケットに行かれる皆さん、赤レンガは海に近く、想像以上に冷えるので防寒対策は十分にして行ってあったかい時間と食べ物を楽しんでくださいね……!


🪼②人生初福岡

一泊二日で福岡に行ってきました🧳推しのライブに行ってきたのですが、演者やファンの熱量をほんとーーに久しぶりに実際に感じることができてとても楽しかったです🔥 
DVDや配信で見る推しにも活力を貰えますが、現場に行く楽しさを再確認することができました。

太宰府天満宮には、ずっと憧れにも似た気持ちを抱いていたので、ライブの翌日に参拝しました⛩️
太宰府駅から太宰府天満宮に向かうまでの道は厳かな趣があり、紅葉真っ盛りの太宰府天満宮もいとうつくしゅうございました✨境内は整然とした中に華やかさがあり、人々に愛され尊ばれていることが伝わって来ました。


参拝後は、参道であまおういちご飴、梅ヶ枝餅、太宰府スカッシュなど、たらふくいただきました。こちらも推し活を楽しみました。

私のお勧めは、梅ヶ枝餅という和菓子です。こちらは、平安時代、無実の罪で太宰府に左遷された菅原道真公が、食事にも困るほど困窮していたところ、近くに住む老婆(浄妙尼)が梅の枝に餅を刺して差し上げたのが始まりとされます。
素朴で純粋な味で美味しく、お土産用を即購入してしまうほどでした🤤


太宰府天満宮のお参り後にはラーメンを食べる予定だったのですが、参道でありがたく食べ過ぎたお陰でお腹がいっぱいになってしまったため断念しました…。

私は梅ヶ枝餅を「かさの家」というお店で買ったのですが、他にも多くのお店で販売していたので次に太宰府天満宮に参拝する機会があれば、他のお店の梅ヶ枝餅もいただきたいです。もちろん、お腹と相談して断念した博多ラーメンも🍜



博多、ばり好きっちゃん!

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本日も私のブログを最後まで読んでいただき、ありがとうございました。



今日もあなたにとって、笑顔になれる日になりますように♡

充実してて逆に怖い日々

 こんにちは、こんばんは。
やりたいことをたくさんこなせていて、ご満悦なりさ🎧です。


 本題に入る前に最近あった教職の授業のことでも書こうかしら。
先日教職の模擬ミニ授業がありまして、それは11月の時点で方向性を決めていたのもあり発表前日に時間がなくて焦るようなことはなく無事終えることができました。
今回行った授業は道徳で、取り扱ったテーマは「礼儀」について。日本人は特に礼儀を重んじますが、それはなんのために誰にするのか、なぜ必要なのかを相手が中学生だと仮定して行いました。(日本女子大学で教職を取る場合には中高の教員免許状の取得が基本です!道徳は小中にしか設置されていない科目なので、ここでは中学生へ向けた授業の練習を行います。)
他の聴講生はパワーポイントやワークシートを用いていましたが、板書でやる難しさを経験しておきたい、と思い私は板書で授業しました。
 実際にやってみて、「板書している“間”をどのようにデザインするか」が自分の中で議題に上がりました。無音の時間は空間がピリつくような感覚がします。
かといってパワーポイントでは想定する答えが出てこない限り質問を繰り返すことになりますし、ワークシートだけでは全体の共有が難しい…
実際の現場ではICT機器を用いてリアルタイムで意見を共有できるようにしているのでしょうか。
今度母校に行く機会があるので聞いてみようと思います。


 さて、本題に入りましてやりたいことができている「今」をざっと紹介していきたいと思います。いつまで遡りましょうか。
 11/29かな。この日は神宮外苑の銀杏並木を見て、その後国立新美術館で「ブルガリ カレイドス 色彩・文化・技巧」展(以下ブルガリ展)を見にいきました。
銀杏並木はやっぱり旬なのもあって人がたくさんでした。ふと足元を見てみたら銀杏の落ち葉でハートが形作られていたり、ブーケを作っている方がいらっしゃったりと器用な方が多く眩しかったです。
ブルガリ展は言葉が出てこなくなるほどのジュエリーによる美の暴力に圧倒されました。
行った後に気づいたのですが、この展示は日本女子大学が入会している「キャンパスメンバーズ」の割引対象展示だったようです。ちょっとお安くブルガリの作品を見れるのもあと1週間(12/15までの開催)ですので、気になった方はお早めに!

 お次は12/4。この日は1限に出席してから友達と待ち合わせて新宿の方へ。
そこでは昼食をとるのと私が欲しかったお洋服・文房具を買いました。大事な時間を私の買い物に充ててくれた友達に感謝です!
その後はお目当ての六本木のイルミネーションへ。
六本木ヒルズのイルミネーションは先に見える東京タワーも相まってとても綺麗でした。ただ、その感動をスマホで撮ろうとしてもなかなか難しかったです。きっといろいろな設定をした後に撮るのでしょうね。いつか行く時のために勉強しておこうと思います。
東京ミッドタウンのイルミネーションではシャボン玉の演出があり、六本木ヒルズとはまた違ったそれに感動しました。
(余談ですが、この日の1限は「f-Campus 5大学単位互換制度」を用いて他大学で受講しています。日本女子大学とはまた違った雰囲気で、学食も週替わりでとても楽しいです!)

 最後に12/6。この日は教習所で学科を受けてからユニクロへ。お目当てはマフラーに刺繍を入れること!
インスタで投稿を見て、商品だけ決めて行ったのですがなんとその日はお安くマフラーが買える日だったようで、2,990円のところ1,990円で買うことができました。刺繍は+1,000円なので、マフラーの定価で刺繍も入れれるというお得な日…!!
受け取りに2日ほどかかったものの、一目惚れした商品に刺繍ができるという大満足のサービスを受けることができホクホクな気持ちです。
気になった方はユニクロのインスタ、もしくはホームページをチェックです!


 本日は道徳の模擬ミニ授業と充実している日々についてお送りいたしました!
またお会いしましょうー!!

世界中から愛される日本古典文学

皆さまこんにちは!こゆき✨です
突然ですが、皆さんはArthur Waley(アーサー・ウェイリー)という人をご存じでしょうか?この方はイギリス出身の東洋学者であり、世界で初めて『源氏物語』を英語訳し、英語版『源氏物語』”The Tale of Genji”を出版したことで注目を浴びました。この本が出版されたことで『源氏物語』が世界に広まったと言っても過言ではありません。

火曜3限にある「世界に拓く日本古典文学」という授業で日本の古典文学がどのように英訳されているのかを学ぶことができます。この授業では、先ほど紹介した『源氏物語』の他に『竹取物語』や和歌などを取り扱っています。また、先日はアメリカ出身でスタンフォード大学にて連歌を勉強し、現在は『源氏物語』の注釈書を研究されている方がゲストスピーカーとしてご講演をしてくださいました。アメリカでも多くの日本古典文学が研究されていると聞き驚きました。日本語に限らず、翻訳はどうしても原文通りのニュアンスで伝えることが困難です。例えば、クレヨンしんちゃんの「オラ、しんのすけ!」は英訳すると単に「I am shinnosuke!」となってしまいます。「オラ」という一人称によって伝わるクレヨンしんちゃんのキャラクター性やアイデンティティが英訳になると感じられなくなってしまいます。これが翻訳の難しさであり、面白さでもあると思います。

言語って難しいですよね、、、😂

それではまた!

経験も使い方次第

皆さんこんにちは、みちこです。

今日も今日とてやることが終わらず、この文章を打っている現在時刻は23時13分。日付が変わる前に更新を完了させようというタイムアタック方式で駆け抜けていく所存です。

最近急に寒くなりましたが、皆さま体調は大丈夫でしょうか。かく言う私も微熱が続いた時期がありまして、せっかく3連勤できて、稼げるはずだったバイトを2日お休みすることとなってしまいました…。

悲しや悲しや…。まあ、こんなこともありましょう。後日シフト代わっていただいた方にはきちんとお礼を申し上げましたので、ご容赦ください。

 

さて、本日の話題ですが…。

こないだよさげなのが思いついたんですが、今それを思い出せないので、最近ずっと自分の中でくすぶっているこちらの話題について書くことにしましょう。

それは「ゼミ活動で培ってきた力が実は就活に役立っている」ということについてです。

具体例にどういうことかと言いますと、「何かしらの発言をしたり、質問をしたりということが事前準備なくその場で出来てしまうようになった」ということです。

この能力はおそらく、社会に出たら嫌というほど使うようになりましょう。

 

例えば、会社説明会の場。自分の将来の就職のため、面接の切符を手に入れるため。そんな少しの不純物が混ざった動機から参加する会社説明会です。自分が少しでも興味を持った会社なのですから、受け身ではよくない。そう思って、会社説明会に参加する前には必ず会社のHPで情報を集めるようにしています。

この会社は何をしている会社なのか、社風はどのような感じか、この会社の強みってなんだろう、など、さまざまな角度から会社を見るためです。

当たり前のことなのかも知れませんが、情報として仕入れる前から自然と私はこのようなマインドになっていたような気がします。ある種の「礼儀」として。

 

なぜか。それは至極簡単な理由です。自分も相手も、貴重な時間を使っているからです。

わざわざその時間を空けて聞きに行く、企業の人事の方も参加する学生のために時間を使って下さるならば、互いに有意義な時間を過ごしたいでしょう。

だったら、その理想に近づくよう、せめて自分だけでも行動するまでです。そういうマインドです。

そしてその理想に近づくためには、人事の方への好印象を持ってもらうこと。そうなるための一番手っ取り早い手法は「質問すること」なんです。

 

実はこういう場面での質問って非常にいい手段でして。というのも、まず質問してくれたというだけで人事側からすれば、自分の会社に興味を持ってもらえている、という意思表示になるからです。

そうなれば名前までは覚えてもらえなくとも、「あ、この子はうちの会社に興味を持って、面接も受けてくれそうだな」と思ってもらえる可能性が上がるわけですよ。

何かしら質問をするだけで良い印象を持ってもらえる可能性があるんですから、コスパいいんですよこれ。ホント。マジで。

 

この習慣やマインドがどこから見に付いたのか、という話ですが、それが私は「ゼミで発表資料を事前に読み込む」という習慣から身に付いたものだと考えています。(前置きが長いですね、はい。いつものことです…)

他のゼミはどうか分かりませんが、私の所属している中世ゼミでは発表日の3日前(土日を挟む)には必ず発表資料を提出するようになっています。

つまり、土日の間に発表資料をきちんと読み込んで、ゼミの時間に質疑応答をきちんとできるぐらいまで読み込んでおけという、まあ端的に言ってしまえばそういうものです。

なので私は3年生になってゼミに所属してから、ゼミの質疑応答に対応すべく、Wordファイル1ページ分にびっしり、2人ないし3人の発表に対するコメントや気になったところ、質問事項などを、発表資料を読みながら事前にメモしているんです。

そしてそれをゼミの発表を聞きながら質問を精査していき、質疑応答の時間で精査された質問やコメントを発言するという、そういう流れを毎週のように行ってきました。

 

この習慣があると何がいいかって、まず「目の付け所」が分かってくるんです。

知識量がどこまで豊富にあるかにもよりますが、発表資料を読んでいるその瞬間から「どこがツッコミどころなのか」というところが大体分かるようになってきます。

この「気付く力」というのはデカい。

さっきの例でいうと、企業HPを見ていて「自分の知りたいこの情報がないから、会社説明会の時に聞こう」となるわけですね。

この「気付きの力」というのは、意外と訓練していないと出てこないものだったりします。

 

あとは、「発言することに恐れを感じなく」なります。

意外と皆さん、発言を恐れがちなんですよね。かく言う私も今でも「これって言っていいのかな…。」と躊躇して結局言わなかった、なんてことはよくありますが…。

でも実際発言してみると、意外とそんなことなくて、相手はちゃんと受け取ってちゃんと回答してくれます。自分の中でぼんやりして、まとまっていなくたっていいんです。

そしたらそれはそれで、相手が補足情報を伝えてくれるので、そこから疑問に思ったことをさらに返す。そうするとまた答えてくれる。このような、会話のキャッチボールを進めていけばいいだけなんですから。

 

そして、こんな状態に慣れてくると今度は「事前準備がある程度なくたって」その場で質問を考えて言えるようになるわけですよ。要は慣れです。本当に。

あとはまあ、私の場合は「意見を聞いてくれる環境だった」っていうのが要因の一つな気もするので、その環境自体があるのはだいぶ恵まれてるな、と思うのですが…。それも私の持つ1つの力なのでしょうかね…。「自分で自分の望む環境に身を置く力」とでも名付けましょうかね…。

 

とまあ以上のように、ゼミで培う能力だって、やろうと思えば就活にだって役立てられるんですよ、という話でした。

経験は地続きなんですよね…。これは私が大学2年の時分から今まで約1年半以上の多忙の日々から得た学びです。どんな経験も、今あるいは未来の経験のどんなところにも生きる。

なので皆さんもぜひ、「経験を点と点で捉えず、線で捉えてくれたら」嬉しいです。

それだけで、あなたの世界が少し変わるかも知れません。

 

と、だいぶかなり綺麗ごとを申し上げつつ今回の記事はここまでにしようと思います。

次回はちょっと巷をにぎわせているチャッピー(ChatGPT)君の個人的利用法について話そうかな、と思います。今回で書こうと思ってたんですがちょっと間に合いそうにない…。

(結論から先に言うと、私は対話相手として、自己理解を深めるためにチャッピー君を使ってます。割と不思議な使い方してると思うので、それはまた次の更新で詳しくお話できたらいいなと思っています!)

 

というかこの文章を書いている時刻が現在0時14分なんで、まあ全然間に合ってないんですけどね!

というわけで、今回はこの辺で失礼します!

最後までお読みいただきありがとうございます!(というわけで、0時18分に執筆完了。記事作成時間;1時間5分でした。謎の検証してました(笑))

近世の人間は、よくめしを食う。

ここ最近のブログ部の流行はゼミの話題らしい。
この前開催されたブログ部ティーパーティーに参加できず、更新も遅く、ブログ部のビッグウェーブに全て乗り遅れている、そんなしらです。

そうか、2年生はもうゼミを考え出す季節か……と、未だまっさらな卒論テーマ発表のレジュメを尻目にこのブログを書いている。
「福田先生、もう無理です。テーマ、変えます!」と我らが福田先生に泣きついたのは、つい先週の話。
私は、そんな福田先生率いる近世ゼミに所属している。

私はもともと、近世にはあまり興味がなかった。
興味がないというよりは、どんなことをしているのかもピンと来なかったし、
私はもともと図書館情報学とか、近現代とか、その辺に興味を持ってこの大学に入ってきたのだ。

そんな私は、1年生の時になんとなく近世自主ゼミに、入った。
なんで入ろうと思ったのかは、正直あまり覚えていない。
ただ一つ確かなのは、ガイダンスの時にとっていたノートで、近世自主ゼミのメモのところの大きな丸がついていたことだけ。
近世自主ゼミは正直とても居心地がいい。今は人数が多すぎて、あっぷあっぷしてしまうが、アットホームで楽しくて、とにかく福田先生が大好きだった。

福田先生は本当に優しくて面白くて、素敵な教授である。
私が近世ゼミに入ったのは、この福田先生のお人柄に惚れ込んでいるからと言っても過言ではないかもしれない。
もちろん、近世自体に惚れ込んでいるところもある。
近世絵巻の華やかな色使い、当時の人々の息遣いまで聞こえるような庶民文化。
華やかな演芸、近世の日本人のユーモア。

近世ゼミで取り扱われている内容は多岐にわたる。
それは、近世という時代区分の自由さとも関連づいているのかもしれない。

江戸時代。
近世ゼミは、「近世の日本文学」というより「近世の日本文化」を愛する人が楽しめるゼミ……かもしれない。
あまり言い切ることはできないが、私はそんな風に思っている。

近世ゼミ、そして近世自主ゼミは、いいぞ!!

あたたかさを求めて

こんにちは。

先日、ブログ部のティーパーティーに参加しました!同じ部員であっても普段はなかなかお互い顔を合わせることがないので、久々(の方とはじめまして!の方もいたなあ)にリアルでお会いできてうれしかったです。そして、対面だからこそ存分に伝わる後輩たちの熱、熱、熱量!正直私が彼女らの後輩になりたい笑。知識も経験も豊富で、明るくてはつらつとしていて、そんでもって親しみやすくて頼りがいがあるなんて、なんて素敵な方々なのでしょう。こういうことはやはり、PC越しでは分かりませんね。

最近特に感じるのが、対面で人と会うことの大切さです。家に1人でいると結構モチベーションを保つのが難しいんですよね。私の場合、隙あらばお布団の中で眠り続けてしまいますし。血流と一緒に頭の回転が悪くなりまして、表情筋の機能していない顔でじっとりどよよんとした生活になってしまいます。この1年を振り返ってみれば、私は教育実習も就職の試験対策も卒論も大学で知り合った友人たちに励まされながら乗り越えてきたのです(卒論はまだ乗り越えきれてないですね)。

同じ目標を持つ人が近くにいると感じることほど、心強いことはありません。そんなことをふと、先日のティーパーティーでは感じました。居合わせた4年生部員でしみじみしていましたけれども、頼もしいメンバーに囲まれて私は幸せ者です。

そうだ、せっかくなので私が①日文に入った理由、②卒論で中世ゼミを選んだ理由を簡単にお伝えしましょう。

①日文に入った理由

元々私は心理学系を志望していました。「このような状況に置かれたとき、人はこのように行動しやすい」といったものを学ぶのがおもしろそうだな―と思っていたのですが、高校の進路学習の中で心理学について調べるうちに「大人数について調べるより、個人とか作品とかを1つずつ見ていく方がおもしろそうだな」とふと思ったのです。国語は結構得意科目で、読書はそれなりに好きで、高校時代は国語便覧を眺めるのが好きでしたので文学がいいかと。日本文学を選んだのは高校で読んだ『徒然草』をはじめ、古典作品がおもしろかったからです。我を忘れるほど何かに熱中する性質はないし、飽き性な私ですが、国語ならやり続けても苦じゃない。「苦じゃない」という距離感が私にとっては重要だった気がします。

②卒論で中世ゼミを選んだ理由

ゼミを選んだ理由として大きいのは、漠然と『平家物語』に惹かれていたからというのがあります。『平家物語』は冒頭を小1で暗唱してから、「祇園精舎」くらいしか分からないくせに私の脳内にずっと住みついている作品です。「敦盛最期」とか「扇の的」とかも授業で扱って、まあそれらが『平家物語』の一部だと理解するのはしばらく後ですけれど、武士の力強さと情に厚い感じが印象に残っていて、結構好きだなと思うのです。ときどきずる賢いことをするのもまた人間らしい気がしまして。

ゼミ選びで決め手となったのは、担当の先生です。2年生までの間に学科の色々な先生の授業を受けましたが、先生によって授業の雰囲気が全く違うことに驚いたものです。また、1年生のときに受けた上代から近現代まで基礎的な部分をつまみ食いするような授業の中で、自分は近現代より古典のほうがおもしろいし肌に合っていると感じていました。1年生のときから中世自主ゼミに入っていたこともあって石井先生にはずっとお世話になっておりましたし、気になる作品は中世の分野だったので、もうゼミは石井先生しかない!と思って中世ゼミを選びました。

大学生活、今思うと色々あって随分濃い4年間だったと思います。でも何か大きなことを成し遂げたわけではなくて、4年間の収穫を格好よく言い表すことは難しそうです。ひとまず今は例によって例のごとく卒論の大変さを感じておりますので、今回はこのへんで。

みなさんもお体にはお気をつけください!

『南総里見八犬伝』はムズくて深い! 〜日文授業日記〜

どうもー!甘くてフルーティな絶品コーヒーに巡り合えたいのり🧸です。

今回は、「日本文学科ってなにを学ぶの?」シリーズ第1弾を開催!

アイコンのテディベア
勝手にシリーズ化✨
授業で学んだことをブログに書いていきます!
(日本文学に寄ってしまうので、日本語学は別の方に託します……。)

重要単語! “時代区分”

まずは、これだけは知っとこう!

授業資料探してまとめてみました。本当におおまかです。 間違っていたらコソッと教えてください🙏 しれっと直します。

日本文学は、時代を基準?に5つの区分に分かれています。(近代と現代は合わせて、“近現代”って呼ばれているよ!)
日本女子大学でもこの分野ごとに授業が開講されているので、頻出単語です!

“講義”と“演習”の違いって?

これも知っておいた方が、ブログを読むときに分かりやすいかも!

講義→先生が前に立って、大勢の学生に教えてくれる授業。高校の授業のイメージでOK!

演習→自分で調べて考えたことを発表する、少人数の授業。議論をしたり、意見交換をしたり、参加型の授業って感じ!

演習授業『南総里見八犬伝』

それでは本題へ。
今回は、「近世文学演習4」で学んだ『南総里見八犬伝』をご紹介!

アイコンのテディベア
近世文学ってことは江戸時代に生まれた文学だね!

そもそも『南総里見八犬伝』ってなに?って方向けに、超カンタンあらすじだけ書いておきます。
(ほんとうにざっくりなので、気になったらネットで調べてください!)

《超×100カンタンあらすじ》
捕らえられた玉梓っていう女の人が、里見家に呪詛を吐きながら処刑される。玉梓に呪われた里見家を救うべく、八犬士が大活躍!

「近世文学演習」では、『南総里見八犬伝』が各章ごとに分けられ、2人ペアになって調べました。
私の担当箇所は、

【第八回】
行者の岩窟に翁伏姫を相す
滝田の近邨に狸雛狗を養ふ

この場面を現代語訳して相関図を作り、気になる点を調べて深掘りしていきました。

この回ですごく面白かったのは、“玉梓って実は悪者じゃないんじゃない?”って意見が出たこと。
玉梓がいなければ八犬士は生まれてないって言われ、たしかにそうかも……?と思いました。

みなさんはどう思いますか??

私は、勧善懲悪の物語なんて特に、悪役がいなきゃ物語は進まないって思っているので、玉梓はヴィランだと思っています! 玉梓って絶対悪者だろ!って。

でも、こんな風に真反対な意見を出してもいいんです!意見がたくさん出て、あーだこーだ話すのが楽しいです。
演習授業だと、調べることより、むしろ発表あとの時間がメインだと思います。

楽しそう!やりたい!って思った方は、ぜひ日本文学科へ!
お待ちしてます〜💗

いのり🧸

わたくしごと:『南総里見八犬伝』との出会い

小学生のとき、角川つばさ文庫の『サトミちゃんちの8男子』シリーズを読んで、その元ネタが『南総里見八犬伝』だと知ったのが、初めての出会いです。

同じく角川つばさ文庫から発売している『南総里見八犬伝』を読んでみたけれど、難しくて挫折してしまいました、、、。
それからは、八犬伝は難しい!というイメージから一度も開かず……。
(今思うと、たぶん小学3年生?くらいに読んだのでそりゃ難しいですよね 😥)

なつかしい本たち。いま読んでも面白い!

そんな『南総里見八犬伝』を大学生になって読むことになるとは!
もう読むことはないと思っていたのに、不思議な巡り合わせですね。

しかし、さすがに大学生になったからといっても、原文はムズい!
あらすじを知るためなら、最初に友達から借りたマンガ碧也ぴんくさんの『八犬伝』が読みやすかったです。変な改変がないし、改変があってもそのことを書いてくれています。
もし内容を知りたいって方はこれを読んでみてください!

全15巻で7巻までKindle読み放題に入っているので気になる方はどうぞ〜!
碧也ぴんく『八犬伝(1)』

🌱コトバ


なにかに本気でとりつかれるってことはさ、みんなが考えてるほど、ばかげたことじゃあないと思うよ

映画「トリツカレ男」
(原作:いしいいんじ『トリツカレ男』より)

Aぇ! groupの佐野晶哉くん目当てで行った映画『トリツカレ男』。それがまさか“人生の1本”になるほどの映画とは、思いもしませんでした。

なんにでも夢中になるトリツカレ男のジュゼッペ。何のためにとか、今後それがどう活きるとか、そんなことは一切考えず、ただただ好きだから夢中になってしまう。そんなジュゼッペが風船売りのペチカに一目惚れして(トリツカレて)……。
というまぶしくピュアなラブストーリー。

私の人生に刻まれる映画って、こんな人になりたい、と思った作品が多いんですよ。
だからジュゼッペは、私のなりたい人のひとりです。
後先考えずに“好き”にがむしゃらになる姿がいいなって。“好き”は自然と自分のモノになって、大切なときに活きてくると思うから。

日本文学科を選び、そして近代文学を選ぶ

皆様こんにちは、今日もつーんと冷えますね。風邪予防のマスクすら防寒具のように思えてきました。
気がつけば師走。私はどうやら大学生という身分をもう3年分も走ってきてしまったようです。


3年生となれば次に来るのは4年生。4年生となれば卒業論文……捻り一つない、けれど効果はバツグンのマジカルバナナが完成しました。胃がキリリ、ギリリッリリ……リ。
そう。弊学の日本文学科は2年生のうちに卒業研究のためのゼミ所属アンケートを行い、3年生からゼミに所属。同じゼミを選んだ4年生の先輩方のお背中を拝見しながら少しずつ自らの卒業研究を練り上げていくのです。なんて計画的なご利用システム。安心ですねぇ、、安心なはずだったのに安心と逸れてしまったような、一面の銀世界という風情のPC画面と向き合っているのは何故なのでしょう。
顔色も PC画面も 冬景色。おお情けなや、わたくし。


Q.これほど懇切丁寧に誂えられた履修システムのレールの上にいながら立ち往生している原因を答えよ
A.怠惰


うん。問うまでもなかった。そうだよ、サボってるのは君だねぇ。
こんな風に一問一答で答えが出せればまだ良いのですが、研究……殊に文学の研究となるとそうもいきません。自分で疑問点を見つけて、自分なりにアプローチをして、けれどその先で皆から頷いてもらえるような結論を導き出す。答えは一つなんかじゃない、問いもそう。広々と自由なので迷子の定義すらムツカシイのです。

そういう時こそ初心に帰るのが大切。
私、そういえば何故日本文学科へ来たのでしょう。




***



師走、となれば年末も目前。帰省のシーズンです。帰省といえば「ふるさと」。皆様は帰りたくなる「ふるさと」の景色がおありでしょうか?私はあります。



その「ふるさと」はちょっと褪せた色合いで、触れると乾いた音がする。雨の日は独特の香りが立つ。
それは私の手のひらに広がっている。

私の「ふるさと」はとある1冊の本だ。いつでもそのインクの世界に帰りたくなる。




えぇ、もちろんふざけてなどおりません。せっかくです。昔話を、させてください。
私は幼い頃から何度も何度も住所が変わる子でした。物覚えが悪くて、覚えたての平仮名も全部鏡文字になってしまうような少女は、自分の住んでいる街の名前すら覚えられないまま。引っ越しのトラックがいつも青色だったことだけを覚えていました。

昔馴染みの街も、幼馴染なんて存在もてんで分からない。誰とどこで知り合ったとていずれ会えなくなるのですから、新しい友達を作ることにも草臥れてしまっていたのでしょう。もしくは致命的に社交性がなかったか。

けれど、オセロもチェスもいつしか自分と対戦することが上手になってきていたし、何より、もっともっと素敵なお友達にも出会えたのがその頃でしたでしょうか。
絵本が大好きだった私は、新しい街で真っ先に図書館の場所だけは覚えていたのです。
その日はなぜか絵本ではなくて何だかもっと大人っぽいものを読んでみたくなって必死に必死にあの頃の少女でも読めるものを探して……そうして出会った奇跡みたいな詩を私は生涯忘れない。

平仮名と長音がこだまして、ハラハラと手のひらに降り注ぐような、寂しい優しい綺麗な詩。
読めない漢字は全部吹き飛ばして、その平仮名の楽譜を幾度となくなぞりました。




それでもまた別れはやってくる。図書館の受付のお姉さんにも、○○ちゃん、なんて名前を近頃呼んでもらえるようになったのに。




気が付けば私はまた、知らない街に立っていた。
歩きなれない図書館を迷宮に挑む勇者の心地で突き進む。「あっ!!」私は初めて図書館で叫んだ。隅っこの一段と埃臭い本棚にその見知った背表紙はいた。真っ直ぐにこちらを見つめていた。
そうだ、私はこの日、人生で初めて「再会」の意味を知った。

それからというもの、少女はどこへ行ってもへっちゃらになった。
どこの街でも必ず私たちはまた会えたから。




***






その詩集にお友達を紹介してもらうように、お隣さんの本もそのお隣さんの本も……と握手を繰り返していたら、いつの間にかその本棚周辺が全部愛おしくなりました。
そこにいらっしゃる皆様が「近代文学」というグループに属するのだと知ったのは随分後になってからでしたが。。この近代文学の古書たちの匂いと背表紙の枯れ具合はどこの書架でもすぐに見つけられましたし、そしてどんな図書館に行っても「「必ず」」置いてあるのです。それが、どれだけ少女を安心させたことか。

だから私は今でもその詩集だけは手元に置いていない。アルバイト代どころか古本屋にでも行けばワンコインで買えるけれど。今までもこれからも図書館の古ぼけた背表紙から旧交を温め続けることでしょう。その詩集が読みたくなったときは私にとって「帰省」の頃合いなのですから。




幕間




・・・なんて、物覚えの悪い女が少々話し過ぎました。昔を懐かしむ時ほど自己が頼りなくなる瞬間はありませんね。自分は自分の人生の脚本も演出も監督も主役も脇役もやっているのだから大変です。下手な回想シーンはカットしましょう、ベタでベッタベタで歯にくっつくわ。こんな駄作じゃ噂話にされかかってクシャミがでるだけよ。
きちんと注釈も入れなくちゃ、はいハ―――ッアクション!!





近代文学


文字通り「近代の文学」……きっと国語の教科書で芥川龍之介の「羅生門」や中島敦の「山月記」なんかに出会ったことがあるでしょう。日本においての「近代文学」はだいたい明治維新から太平洋戦争くらいまで、、、でも大きく見るなら「近現代文学」という括りで現代小説まで含んじゃうかも〜……うーん明確には区切れな〜い…という何とも軟らかくて可愛らしくて情けない感じ。
けれども確かに言えることは。活版印刷が主流になった明治に本格始動した「商業出版」の文化が「商売」としての「言葉」を、可能にした。「言葉」が商品になる時代が来た。

誰かの放った「言葉」が大きな広がりを持って無限に商品に成り続けられる時代が来たのです。
それはもう、実用書だけになんて限られない。娯楽、精神の娯楽としての「言葉」たち。何の実益もない、楽しみのための「言葉」、人を楽しませるためだけのあざとい「言葉」!



明治、大正、昭和……このたった1、2世紀に一体どれだけの世界が動いたことか。
日本では長い鎖国の世が終わり、世界中の異文化・新しい価値観の奔流に飲み込まれていく。刀はペンに持ち替えられ、描く未来図は明るくも暗くもなる新時代。そして近代兵器の……歴史も地図も何もかもを塗り替える戦争。
この100年間はあらゆるものを押し流していった。神は隠され神秘は見失われ権威は息をひそめた。拠り所を喪った人は自己〈ヒト〉を穴が空くほどに見つめるしかなかった。
その視線で身体を射抜き、自己の在り処をシラミ潰しに探すよりほかになかった。空いた穴から抜ける隙間風が過呼吸のように音を立てる。その魂の喘ぎが、生き方の模索が、近代小説には溢れている。

そしてそのいずれもが、究極には「商品」。
ヒトの人生がショートケーキみたいに切り売りされていく。どこまでもその甘みを信じたって良いし、疑ったって良い。〈激動の時代〉と〈人生の切り売りという芸術家の術〉が恐ろしいほどに噛み合った、ヒトの業の凝縮物が近代小説だ。



近代文学は、私にとってそういうもの。知ったから生きやすくなった。知ったから生きにくくなった。
私の肺の左右どちらかは近代文学で出来ているのかも。




***





昔を振り返ってみたけれど、一体いつどこの時点から近代文学の虜だったのかわかりません。
あの詩集に出会った日かもしれないし、あの書棚を愛した日かもしれない。明確な日付は何も思い出せないけれど、気が付いたら私の人生の岐路にはいつも近代文学があった。
だから、やっぱり捻り一つないつまらない答えが、私の自己紹介。


好きな物を好きなままで大人になりたいから
ごく自然に日本文学を選び、ごく自然に近代文学を選んだ
何の変哲もない女子大生です。どうぞよろしく。




いやだわ、見切り発車、聞いてもいない昔話を囀ったと思えば今度は偉そうに講釈垂れて。
きっと必死に目を逸らして今日も眠ろうとしているのね。そうは問屋が卸してくださいません。
初心に戻って与太話まで書いたのだから卒業論文に取り掛かりなさい。

あぁもし、もしも、進路に悩む高校生が読者にいらっしゃるのなら、取りあえずこのトンでもない怠け者のことは参考にしてはいけません。反面教師です。
でも、そう…「好きだから」という理由で何かを決断することに遠慮や迷いを感じてしまう方がいるのなら。そこの一点だけはこの愚か者を試金石として見てやっては頂けないでしょうか。

受験・研究・就活、、、学生がぶつかる現実だけでも「好き」の想いだけではどうにもならないとされるモノはいくらでもあります。それに付随するように「好きな物を好きだと言えない苦しさ」「好きだけでは受け入れてもらえないもどかしさ」、そういうモノに衝突することも無いとは言い切れません。
だからといって「好き」を選ぶことを避けますか。避けてしまうのですか。避ければ、その先で障害物にぶつかることは無いのでしょうか。私はきっと否だと思うのです。
どれほど上手く生きたとて全てが100点で行くことなんてありません。どうしたって失敗はするし、予想外なことだって起きます。けれど、そういう時こそ今まで見えていなかった側面に気が付くことが出来るのです。そしてそういった側面を失敗の度に見つめなおしていけば、いずれ周囲をも説得できるような実用的武器になることでしょう。


アハハ!なんだかそれっぽいこと言ってみたくて格好つけましたが全然ムリ!!
つまりね、多分どんな道を選んでも、きっちり向き合ってこねくり回してりゃそこそこ正解になるんですよ。全部正解だ!なんてトンだ綺麗事?けどまぁ、世界にはこれだけ沢山の人間がいるんです。「正解」だって沢山ないと追い付かないですよ。
ですから、どうせ全部正解なんです、せっかくなら「自分の好き」を「正解」にしてみませんか。



日本女子大学の文学部日本文学科にきて、誰かの「好き」にとても寛容な友人たちに囲まれて、自分が何よりも「好き」な日本文学を全力で味わって、案外就職活動でも役に立っている。
誰がなんと言おうと、私の大学生活は楽しいです!大好きだから!




まどか🐧

この時期の日文2年生との会話に困ったら一旦ゼミどうするか聞けば時間過ぎてくじゃん

どうも、みくで〜〜す🔥

すっかり寒い日が多くなってきましたね。かと思いきやただただカラッカラの風が吹くだけ吹いて太陽が出ていると一気に汗ばむなあという日もありますね。
私はタートルネックのトップスが好きで5着くらい持っていますから、10月〜3月はほぼ毎日(本当に9割くらい)タートルネックを着回しています。

先日ブログ部お茶会が開催されまして、いろいろなお話が聞けました。
普段みなさんの文章を読んでいるから日常を知っている気がして、でも顔を合わせるのは2回目?とかで、なんだか変な感じがしました。
私ってぼんやり生きてんだな〜と思わされ、先輩方のように「日記」ではなく「気付き」を発信するのってやっぱりかっこいいからたまには挑戦してみよ〜〜と思いました。
まずは考えたことをすぐXにネタ投稿するのではなく真面目にメモするところから始めてみたいです。Xやめるのは無理なんですが。

さて、同学年のみんながゼミの話をしているので私もいつかの自分が見返して、私はこんなことを考えてゼミを決めたんだ……と思えるように今の気持ちを書いておこうかな、ということで。

まず、私の中には3つの選択肢がありました。中世ゼミ、日本語教育学ゼミ、中国文学・思想ゼミ です。先日の事前アンケートでは日本語教育学ゼミを選択しました。

中世ゼミに関しては、完全に石井先生リスペクトゆえです。
オープンキャンパスで石井先生がお話されているのを聞いて日文に入ろうと決意したのが1歩目。
総合型選抜の2次試験の面接で、私が高校3年の夏をすべて捧げた小論文(平家物語)を褒めてくださったのが2歩目。人生でいちばん頑張って書いた文章だったので、とても嬉しかったです。
そして、ブログ部に勧誘してくださったのが3歩目です。
1年生のときに受けた授業も楽しく、頑張った分だけ評価してくれる石井先生が大好きになりました(なんだか媚び媚びな文章になってしまった笑 すべて事実です)。

でも、日本語教員養成講座の勉強がかなり楽しくて、資格の勉強をはやく終わらせておきたい!と思って2年生でたくさん資格関連の授業を取っていたら、今年はなんとひとつも中世の授業を取っていません。あらら……(そうなることはわかっていて、3年は石井先生yearにすると1年の後期から決めていたので、来年が楽しみです)。

また、空きコマ埋めで履修した中国思想史が、案外性に合っていることに気が付いてしまい、あれ……?私、和歌より漢詩が好きかも……!?と思い始めているのが、今。

そんなわけで、1年半捧げるのなら日本語教員or中国思想!という結論に至りました。今年いろいろと文学史を受講して、上代から近代の中だったら中世がいちばんいろいろあって楽しいな〜と感じたので、中世は「授業を受けてておもしろい!」というところまでにしておこうかな〜と思っています。
ブログ部の2年生はどうやら中世ゼミがたくさんいるので、その子たちの卒論を読ませて貰いたいな〜なんて思っています。楽しみ。

さあ、日本語教育と中国思想ですよ、問題は。どうやっても比べようがないんです、違いすぎて。

日本語教員養成講座に入ったきっかけは、高校の時にやっていた英会話です。オンラインで毎日別の先生と話ができるサービスで、いろんな国の人と話せるのがとても楽しくて、「これ、日本語を学ぶ側はないの!?これのバイトってめっちゃ楽しいんじゃない??」と、いわば英会話の逆(日本語会話?)サービスがないか調べたところ、「日本語教員資格」が条件に入っていて、初めて存在を知りました。

この授業のいちばん楽しいところは、自分が一生味わうことができない「日本語の難しさ」を疑似体験できるところ、だと思います。
私が使いこなしているこの言語は、イチから学ぼうとするとこんなにややこしいのか!と驚くことばかりです。え!?こんなミスする??!何が分からないの……?の連続です。なんでこれが言えるのに、こっちはできないんだ……?というのを見ていくのが結構面白いです。

バイト先で「ちょっと日本語がわかりそうな外国人」の対応をする時、どの単語なら伝わるか、どの動詞なら伝わるかがなんとなくわかったりもします(「やさしい日本語」といいます)。

例えば、「1週間後に経過の診察にいらしてください。予約を取って帰られますか?」を「薬、1週間、なくなる、また来てください、時間、決めますか?」と言いかえて伝わった時は、授業受けててよかった〜!と思いました。

これが正しい「やさしい日本語」かどうかはさておき、授業を受けていなければ、接続詞はややこしいからなくして……です・ます以外の尊敬語はなくして……簡単な動詞を使って……という考えに至らなかったと思うのです。

私自身、英語の勉強が大嫌いで全く扱えないので、外国から来て日本語を勉強している方には尊敬するばかりです。
日本語教員養成講座を受けてさらに日本語の難しさを知り、都内のコンビニで働いている外国人とか見るともう、偉すぎて……感動。
めちゃくちゃ丁寧にありがとうございますと発音しています。

中国文学は今年1年思想史と演習を受けてみて、楽しいな〜と思っている、くらいかもしれません。
自分の中では結構好きだと思ってたんですが、今文章にしてみると、明らかに日本語教育学の方に熱があることが判明した気がします。書いてみてよかった〜〜。ブログやっててよかった〜〜。

ただ、「好き」と「卒論を書きたい」は別だと思うので、やはりもう少し考えます。では!