国内留学のすすめ/2024年度交換学生

おひさしぶりです。まいますです!💟
以前から散々触れている京都への国内留学ですが、今回はわたさんにお誘い頂き、3日連続で体験談のブログを投稿する運びとなりました🌸

今まで書いたことと重なることもあるかもしれませんが、ぜひ目を通していただけますと幸いです💖

🌟国内交流との出会い🌟
私がこの制度を見つけたきっかけは、ズバリ受験対策です!
総合型受験をするにあたり、日本女子大学のことをもっと知ろうと思い、ホームページの「大学案内・学びの特色」というページから「他大学との交流」というページに飛び、そこで国内交流の制度を見つけました。
もともとゲームなどがきっかけで興味を持っていた日本の文化の、まさにそのものである京都という地で暮らせるこの制度はとても魅力的に思えました。

🌟留学実行の後押し🌟
“1年間ひとりで京都に行く”ということは一人暮らし経験のなかった私にとって決してハードルの低いものではありませんでした。
しかし、同志社女子大学には寮があること、学費は本女に納めている分のみで大丈夫なこと、あとはなんとかなるだろうの精神で、実行に至りました笑
後押しと言えるか微妙ですが、金銭面の問題や住居などの不安が軽減されていた点は大きなポイントでした!

🌟下宿の見つけ方🌟
初めは寮に入ろうかと思っていたのですが、寮の詳細を聞き一人暮らしの方がいいかもな、と感じたため下宿をすることにしました。
私は同志社生協のページへアクセスして家探しを進めました!
サイトに同志社生協と繋がりのある家探しの会社が紹介されているので、派遣が仮決定してすぐの10月下旬頃に、場所やその他条件で絞って案内をお願いしました。

条件としては、
・洗濯機が室内
・学校、最寄り駅が徒歩圏内
・バストイレ別

辺りが必須条件で、あとは
・2階以上
・家具家電備え付け
・独立洗面台

上記が叶えばいいなーといった感じでした!

ある程度候補を絞ったあとは、
11月頭の連休を使って母と京都に行き、3日間で目星をつけていた物件を回って最終日に家を決定しました!
時期が遅いと、同志社・同志社女子大学に入学が早く決まった高校3年生が物件を抑え始めるので早めの行動がおすすめです!

今後国内交流をされる方へのアドバイスなのですが、家の近くにコンビニ・薬局・スーパー・病院があるかないかはかなり大事だと思います!
私の場合は駅から家までの間に病院以外は全部あり、大きめの病院も近くにあったため発熱時にはとても助かりました。
個人的にはよく利用する皮膚科や耳鼻科も近くにあり、過ごしやすかったです◎

引越し時期はかなり早く、3月7日から京都での生活を始めました。
授業開始が4月10日辺りでしたので、およそ1か月前です!
せっかくなら少しでも長く京都にいたかったこと、早めに京都生活を始めてバイトを探したりしたかったことが理由なのですが、
早い時期に行ったぶん学校が始まるまでに生活に慣れることができたり、3月にしか味わえない綺麗な桜をたくさん楽しむことができました!🌸

🌟家具類の揃え方🌟
私はひとつ前の代で京都にいっていたわたさんに相談をして、わたさんが利用したものと同じ家具レンタルを利用しました。
物件自体に洗濯機・冷蔵庫・電子レンジは備えてあったので、ベッドやカーテン、自転車、テレビ、トースター等を1年間レンタルしていました。
洗濯のために物干し竿もレンタルしたのですが、外干しで虫が着くのが怖くて一度も使いませんでした…笑
部屋干しでどうにかなるので、物干し竿はいらないとおもいます😼
また、京都を楽しむなら自転車は必須です!
朝学校に行くのも、神社や寺を巡るのも、買い物に行くのも、よく自転車を使っていました!

他に、ベッドのシーツ類や電気ケトル、フライパン、収納などはニトリで揃え、食器などはダイソーで購入しました。
京都のイオンに入っていたIKEAでも組立式の棚を買い、退去時には処分しました◎

電気の取り付けのために、棚としても利用できる脚立を購入し、狭すぎるキッチンでちょっとものを置くのに使ったりバスタオルを干すのに使ったりもしました。意外と便利でした👍🏻

(このような感じ。もっと安いものを適当に買いました。Amazon|パール金属 脚立 折りたたみ 踏み台 3段 ステップツール コンパクト ホワイト/ラテ N-7216|パール金属株式会社 – 踏み台・ステップ 通販)
最後この脚立を処分する時に外に置いていたら誰かに盗られてしまった苦い思い出もあります💧

🌟京都での時間割🌟
京都での時間割はこちらの通りです!

前期時間割
後期時間割


これにプラスして、夏休みには和菓子について学ぶ特別集中講義も受講しました。

夏休み中の講義で訪ねた場所

私は日本女子大学で第二外国語を受講していなかったのですが、独学で勉強していた中国語をしっかり習ってみたいと思い中国語の履修を決めました。
また、もともとスペイン語に興味があったため、本学では学べないこちらも受講を決めました。同女ではひとつの言語に対して基礎と演習があるため、気付けばほぼ毎日一限という時間割に……😱😱

その他の授業は、京都文化に関するものを選んだり、本学の単位に置き換えられそうなものをシラバスを照らし合わせて探して受講しました!
その甲斐あって、想定よりもかなり多くの単位が最終的に本学の単位として認めて頂けました。

全休はなかったものの、何も無い日があるとダメになってしまうので、
一限だけの日なんかは朝早くから動き始めて、その後に遊んだりバイトをしたりと充実した時間を過ごせたように思います◎

🌟京都生活を送る上でのサポート体制🌟
私は毎月実家から家賃や光熱費+お小遣いを頂いていました。具体的な金額は伏せるのですが、これにプラスしてアルバイトもかなりしていたので、生活に余裕はあった方だと思います。
また、家から近い神社でも働いていたためそこの職員が余った野菜やお米を分けてくれたりと、頼りになる大人が身の回りにいたのは安心できる要素でした。

🌟同期の留学生との関係🌟
私の時は交流生が私を含め4人いました。
うち、今出川キャンパスに通ったのは私のみで、ほかの3人は京田辺キャンパスに通っていたためたまにしか会う機会は無かったのですが…🥲
オリエンテーション時にLINEグループを作ったり、そのタイミングでユニバに行く約束をしたり、交流生と大学職員で集まる機会があった際には夜ご飯やお昼を一緒に食べて親睦を深めました!
深い交流はそこまでしていないものの、いまでもSNSでは繋がっています♡

🌟同志社、他大学の学生との関係🌟
同じキャンパスに通う交流生も、友人もいなく、友達ほしさに同志社への新入生へ向けた新歓に何度も通いました!
国内交流生という存在の珍しさも相まってか、みんな優しく受け入れてくれて、長期休みの時にはみんなでドライブに行ったりたくさん思い出ができました!国内交流が終わった後もみんなでご飯に行きました♡

また、バイト先の他大学の子と仲良くなったり、授業がおなじの同じ学年の子や一つ下の子、サークルで知り合った同志社生など、いくつかコミュニティに属していた分、広く色々な方と仲良くなれたと思います。
たまたま高校時代の友達や趣味で繋がっていた友達が京都に住んでいて遊ぶということもありました!

🌟同志社、他大学の先生との関係🌟
授業外でなにか交流が、ということは無かったのですが、交流生という立場上たくさん気にかけて頂きました🥲
おすすめの場所やお店を教えていただけたり、履修について相談させていただいたり、国内交流中の一年間本当にお世話になりました!

🌟心に残った大学の授業外活動🌟
同志社女子大学では学部などが主催するイベントが多くありました。中でも大きなものでは、リトリートというイベントと奈良の吉野山を巡ったイベントです!

リトリートは宗教部主催のイベントで、同志社びわこセンターという場所で講師の方からお話を頂いたり、みんなで美味しいご飯を食べたり、礼拝に参加したりしました。
当日割り振られた初めましての方と寝泊まりしたのですが、同い年の子と一緒で仲良くなれました♡キャンパスが違いそれ以降はあまり交流は無かったのですが、夜に先生方も交えてみんなでお菓子パーティーや色々な話をしたのはとてもいい思い出です!
(2024年度春季リトリートを実施 :: 同志社女子大学)

奈良への巡検では学校集合でバスに乗り、奈良県の吉野山を目指しました。
学科の先生や学生と金峯山寺や吉水神社といった場所をめぐり、普段自分ではなかなか行きにくい場所でもバスで向かってくれるので、とても貴重な機会でした!
如意輪寺というお寺の坂がとてもキツかったことが思い出です…笑
吉水神社には貴重な展示物の数々があり、とても見応えがありました!
(吉野山方面への文学散策を実施 :: 同志社女子大学)

🌟日常生活での思い出🌟
京都ならではの思い出といえば、空きコマや授業前後の時間に色々な寺社仏閣を訪れたことです!
同志社女子大学は一限と二限の間に合計10分の休み時間に加えて、30分間礼拝の時間があります。
また、二限と三限の間には45分の昼休みがあるため、二限が空きコマになると、一限と三限の間に2時間45分の休み時間ができるんです。

なので、この時間に自転車で金閣に行ったり、時代祭を見に行ったり、2時間だけ巫女のバイトをしたりしてました笑
もちろん、試験が近いときや課題がある時はこの時間に課題をしていました!

同志社女子大学は学生が快適に過ごせるスペースが多く、楽真館という館にあるラーニングコモンズやカフェで寛いだり課題をしたり、
デントン館のラウンジで過ごしたり、
純正館5Fの屋上庭園前で勉強をしたりしました。
屋上庭園前は暖かい時期には、陽が射し込んで充電もできてとってもおすすめスポットです!

左から、純正館5F、楽真館カフェ、デントン館ラウンジ

🌟京都や近畿地方のおすすめスポット🌟
おすすめはなんといっても銀閣です!
単純に私が好きなだけなのですが…
四季折々で色んな表情を見ることができて、
上から見える銀閣や京都の景色がとても素敵なんです!

また、スポットでは無いのですが、
京都駅から同志社大学への道を歩くのもとてもおすすめです。
京都はよく言われるように碁盤の目のような街並みになっています。
ですので、大きな通りを真っ直ぐ行くだけで気が付けば目的地なんてこともよくあります。
私は京都駅でバイトをしていたので、早く終わって天気のいい日は約2時間ほどかけて同志社大学近くの家まで徒歩で帰ることもありました!

帰り道には西本願寺や二条城、カフェがあったり川が流れていたりと、何度通っても飽きない楽しいお散歩時間を過ごしていました♡
少し路地に入れば案外薄暗く、星が綺麗に見えるのもお散歩の醍醐味でした。

🌟やり残したこと🌟
京都で色んなところに行ったらいいものの、大阪や他の県にあまり行かなかったことです…!
遊びなどでいくことはあっても、その土地の神社を巡ったり…といったことは京都ばかりで、
もう少し足を運んでみてもよかったかなー!と思っています!
大阪城にも行っていなかったので、国内交流が終わってから普通に行きました。

また、すぐ行ける場所にあるからといっていつまでも行かない場所があったのも心残りです。
特に、二条城。
京都で過ごす最後の3月にようやく行ったのですが、とても見応えがあり楽しい素敵な空間で、同志社女子大生はなんと100円で入城できた気がするので…もっと早くこの良さに気づいて、何度も行っていれば良かったなーと最後に後悔しました。

あとは、仁和寺の桜を見に行けなかったことと、雪が積もった金閣を見られなかったのも心残りですね……。

🌟日常的にお世話になった場所🌟
私自身スーパーは行くのが途中で億劫になりあまり買い物はしなかったのですが…
それでもよく行ったのは、薬局やコンビニです。
よく利用していたスギ薬局はパンが物凄く安く売っていたり、水やお菓子、そのほか食材も置いており、生活用品を買うという点でも何かと重宝しました。
また、同志社大学の最寄りである今出川駅からすぐのファミリーマートは、バイト帰りに寄ってスイーツを買ったり、ガス代を払ったりでよく利用していました。
そして、文具類や生活雑貨を揃えるのに、今出川通にあるダイソーはよく利用していました。
ダイソーで買ったパスタをレンジで茹でるツールやシャンプーボトルなどはとても便利でおすすめアイテムです!
ダイソーにもパスタソースや乾麺があり、たまに小腹を満たすために買い物をすることもありました。

🌟京都グルメ🌟
京都では頻繁にいろいろなお店に行きました!

いちばん通ったと言っても過言でないのが、和菓子屋の鶴屋吉信です。
生菓子にハマり、秋頃から月に2回ほど抹茶とお菓子を頂きにいっていました。
職人の方も優しく、目の前で和菓子を作ってもらえる実演では和菓子が完成するまでを見れるだけでなく、職人さんから和菓子についても教えて頂けます!

生菓子と抹茶のセット

🔽公式Instagram
鶴屋吉信【公式】(@tsuruya.yoshinobu_wagashi) • Instagram写真と動画

また、同志社大学のすぐ裏にあるパパジョンズというチーズケーキ屋さんにもかなりの回数赴きました。
夏の暑い日にアイスカフェラテとチーズケーキを頼んで涼むのがお気に入りでした!


🔽公式Instagram
Papa Jon’s 公式(@papajons_official) • Instagram写真と動画

そして、よくお世話になったのが、OPERAというマフィン屋さんです。
白峯神宮という神社のすぐ隣にあり、色々なバリエーションの美味しいマフィンやパン、焼き菓子を楽しむことができます!
不定休なので、買えたらラッキーかも…!?
オーブンで温めてから食べるマフィンがほんっとうに美味しくてオススメです!
たまに催事で関東の百貨店にも来ているそうです♡

🔽公式Instagram
BoulangerieOPERA・OPERA MUFFINS(@boulangerieopera) • Instagram写真と動画

🌟国内留学を通して🌟
本留学を通して、自分から動くことの大切さを実感しました。
1年しかない京都での生活をいかに有意義に過ごすかは、本当に自分次第です。
予定が1日何も無い日にどう過ごすか。
下調べをして新しい場所に探検にいくのか、家でテレビを見て過ごすのか、
私なら、せっかくなら今しかできないことをしたいです。
交友関係を広げるかどうかも同じだと思います。
自分から交流の場に飛び込んだからこそ色んな友達ができました。
色々な環境で育った人や、違う価値観を持っている人にたくさんたくさん出会いました!
きっと国内交流をしなければ出会えなかったような人が大勢います。
そして、そんな人達のお陰で、行ったことのない場所に行けたり、したことのない経験をすることができました!

この1年は本当に私にとって有意義なものでした。
今でこそ就職活動に思い悩み停滞しているのですが…自分から前に進み、現状を変えていかないとな、とブログを書いていて思いました。

あとは京都の土地勘がつきました!笑
またはやく京都に行きたい!

これから日本女子大学に入学される方や、今在学中の1年生の皆さん、

京都で日本文化と共に生きる一年を過ごしてみませんか?

京都留学のすすめ / 2023年度交換学生

わた🐓です。本年もよろしくお願いいたします。

本日(15日)から17日まで、日本女子大学と京都の同志社女子大学間で結ばれている国内交換留学制度について、3日間に渡りご紹介いたします。

2023年度留学の私、2024年度留学のまいますさん、そして2025年度留学中の学生より、その制度と学びと暮らしの魅力を語ります。15日(noteは16日)の今日は、わたが担当いたします。もう2、3年前のことなので変化はあると思いますが、記録と将来の留学生のために書き残します。また、当時の私が附属学生への紹介用に作ったパワーポイントを発掘したので、その画像も併せながらご紹介いたします。

☆制度について↓

同志社女子大学との国内留学協定について | 他大学との連携について | 日本女子大学

国内留学制度 :: 同志社女子大学

▼▼▼

国内留学にいきたい!

私がこのプログラムを知ったのは、日本文学を学ぶために、大学受験をするか否かを考えていた、附属中学2年の時です。パンフレットを見て、こんなのあるんだと軽い気持ちで見ていました。

本格的に行きたいと考えだしたのは、附属高校1年の時に、本学科のサマースクールに参加後、ぼんやりとこの大学に通うだろうと思ってからです。理由としては以下の3点がありました。

①京都そのものに興味があった

②日本文学・文化を学ぶならば京都に行かないといけないという心があった

③「日本女子大学」だけの世界で生きてきて、そのまま社会に出るのは不味いと考えていた

自分の中では②が最も強かったのですが、特に③は家族の同意を得るのに大変役に立ちました。私はこの大学の建学理念をはじめとする全ての基礎的な教育方針に心陶、肯定の立場を取りますが、それでもやっぱり人生でずっとここを出たことがなくてそれ以外の世界を知りません、という人に自分は絶対になりたくなかったし、親もそれを望んだのです。

それに、高校受験代も大学受験代も今までかかっていない子ども。学費をプラスで収める必要もなく、京都は東京よりも下宿代が安い。いざとなったらすぐ帰れる。何よりも祖父母の強い支持があった、ということで、大学入学前に家族には了承を得ました。

入学後は、成績で推薦を貰えなければまずいという気持ちもあり、また入学したての何も知らないフレッシュなエネルギーで、学業を修めました。学年アドバイザーの先生に相談し、そのままの勢いで話したこともなかった当時の学科長の先生にサインをもらいに行き(ダメなことです)、あらゆる学部の先生にコの字で囲まれて面接を受け、無事通過。最終的な通知は1月でしたが、11月には面接の結果が来ていました。こうして京都行のチケットを獲得したのです。

下宿探し、引っ越し、いざ滋賀へ

家探しは12月初週に行いました。一応、同志社の学生生協の下宿相談に申し込みましたが、あとは成り行きでした。その場で決めて契約するため、父親と2人で行きました。当時よく使っていた五条の安いホテルを取って行きましたが、もう少し今出川に近い安いホテルを取ればよかったと思います。

烏丸今出川沿いの下宿不動産は全て回って、高いくせに床がベコベコでありえない物件や、距離的に遠すぎる物件を含めて30近い物件を見ました。1泊2日の予定だったので、ほとんど1日で回りました。結果、1日目の最後の最後に、

一年更新

②バストイレ別

洗濯機置き場が外・玄関脇ではない

④エアコン付き

⑤3階以上

⑥女性専用

⑦7畳以上

大学から比較的近い

⑨周りが静か

という素晴らしい物件を見つけました。(そんな下宿の問題点は後述)

父がその場で契約してくれて、無事下宿探しは終了しました。

家具付きではなかったので、洗濯機や掃除機、照明、冷蔵庫と電子レンジはレンタルしました。ベッドはニトリのコイルベットが借りるよりも安かったため、購入。炊飯器やフライパン、ポット、机、コピー機は翌年の福袋や初売りで安く値切りつつ購入。テレビやトースターは、以前使っていたものや引き出物カタログで入手。結論としてあまりお金を使わずに、何故か絶対に要らないはずの木製ベンチまで下宿先に持っていくことになりました。

引っ越し業者というのは、3月末から4/2までが高くて繁忙期です。これを考慮して、オリエンテーションがある初日まではホテル住まいにしました。しかし、このように余計な費用がかかるため、時間が許す人は2月のうちに引っ越すことを推奨いたします。

当時はすでに五条のホテルもインバウンド需要から非常に高く、滋賀県南草津のホテルに泊まることにしました。なぜ南草津かというと、特急が止まるからです。(京都→山科→大津→南草津)

なので、引っ越しの搬送は家族にやってもらって、下宿先で私と母が受け取る形になりました。ベッドや机椅子、本棚、あとベンチは下宿先に届けてもらうように指定したため、段ボールは10個ぐらいだったと思います。他の人の話を聴くと、宅配で送ってもらったり、車で運んだりしているそうなので、10個はかなり多い方なのだと思います。その点、服とかそういったものは滞在中買わずに済みました。

オリエンテーション

着いた翌日、オリエンテーションがありました。

7時にセットした、大音量目覚まし時計を止めて、槙野を片目にパンを食い髪をセット、どんな格好で行けばいいのかわからなかったのでリクルートスーツ。適当に荷物をつめて、ホテルを出ました。

私が何よりも驚いたのは、人の歩くスピードでした。JR湖西線のホームから地下鉄に向かう必要があるのですが、正直な感想、この人達、歩くスピードが遅すぎる。本当にゆっくりで、前の人の靴を踏みそうで、新宿だと人にひき殺されているぞというイライラ半分、スーツで急いでいる私は相当浮いているのだろうという焦り半分。

そうこうしているうちに、同志社女子大学に着きます。守衛さんに「国内留学生で〜」と言うと、場所の案内をしてくださいました。

集合場所に着くと、私以外は普段着でした。普段着でよかったらしいです。23年度は日本女子大学から私含め3人、他大学から3人の交流学生がいました。当時は未だコロナというのもあったのか、ひとつ上の学年が比率的に多く、日本女子大学から来た私以外の学生は当時3年生でした。皆さん非常に優しく面白く、同じ授業を取ったり、休みの日に遊びに行ったり文化祭に行ったり。現在でも連絡を取り合う、大切な同志です。

オリエンテーションでは構内案内を含めた諸説明が行われます。新入生のオリエンテーションと同じです。説明が終わった後は、留学生担当の教授と時間割の相談が開かれます。ここで相談して、決めた時間割(紙に記入式)を学修支援課に提出します。つまり、オリエンテーションの時点で春秋両学期の時間割を決めておいた方が良いです。

私は当初、単位互換を優先させるようにとのことだったので、互換できる科目を聞いてから、時間割を決めようと思っていました。しかし結論としては、単位互換が出来るか否かはその単位を修得してから決まるとのことでした。だから、留学生担当の先生も日本女子大にいる学年アドバイザーの先生も中央研究室の先生も、誰も何を単位互換できるか知りません。

時間割の提出期限も近く、特に同志社大学や京都大学コンソーシアム加盟校との交流科目は期限がその日だか次の日だかで、非常に期限が短かったです。

何も決めていなかった私はその場で急ぎで時間割を作成、秋学期分は夏に修正することとして、留学生担当の先生に見せました。演習系の授業は、その場でその先生が演習担当の先生に許可を貰ってくださいました。

そして南草津に戻り、特に期限が迫っていた、同志社大学との交流科目を大急ぎで選択。同志社大学との交流科目については、選択できる科目の表がオリエンテーションの日に配布されたはずなので、取りたい人は同志社大学のシラバスで予め目星をつけておいてください。結論として、夜を徹する作業となりました。

時間割

こうしていろいろ考えた末に、こうなりました。正式名称が長い故に、名前を勝手に変えた授業もありますが、参考程度にどうぞ。当時の私が紹介用に作ったスライドから画像引用しているので、見づらさと一部背景の色が違う点はお見逃しください。

時間割のうち、「自然人類学」「日本文学講読広域A」「日本文学講読近世D」「装こう文化論」「講読中世B」「京都の伝統産業」「京都文化学概論」「漢方学」計8つが同志社女子大学以外の大学で受けた授業です。

同志社女子大学の思い出

狂言師の先生に狂言を習う授業は、留学前から絶対に取ろうと決意していた授業になります。狂言の歴史について学んだり、狂言をほんとうの目の前で観たり、能楽堂に行って舞台に立ったり幕を上げたり、そして実際に狂言と謡のお稽古がある。最終回は受講者による狂言「痺」と謡「土車」の披露。受講者は5人と少なく、電車が止まった時には私と先生一対一という授業もありましたが、優しくて面白い先生と他の受講者と狂言に向き合う時間は非常に楽しく、多少ホームシックに悩まされていた私の心を晴れやかにするものでした。

同志社女子大学ではこの狂言の先生の他に、能楽師や御所人形師の先生など、外部の「文化の担い手」を通年か半期の講師として、例年呼んでいることが非常に印象的であり、強みであると思います。

近現代文学史は、京都生活をしている中で非常に文学的影響を受けた授業といえます。目的は単位互換で、前期だけ取るつもりでしたが、1年を通して最前列で受講しました。この先生こそ、私が京都生活中にお世話になった存在です。外部の大学から来ていた先生ですが、ご飯やお茶に連れ出してくれたり、その大学のゼミ飲みに謎に参加させてくれたりしました。そこで院生の方々とお話しして、自分や文学の将来を考えました。その中でも、特に日本女子大学文学部日本文学科の卒業生と出会ったりしたのは、今思い返しても面白い偶然です。

百人一首といえばのY先生による授業が受けられたのは非常に喜ばしいことでした。23年度末に退任で、ギリギリ受けることが出来ました。古典文学及びそれを使った遊びが更に好きになった時間でした。また、先生は「女子大学の行く末」についてよく語ってくれたところがあり、これもまた毎週考えさせられました。

あとは、まさかの小学校の同級生がいて笑ったり、相国寺の承天閣美術館に行ったり、三条大橋から御所まで歩きながら歴史を感じたり、全国のお雑煮について学んだりしました。立地ならではというと、『源氏物語』の授業中に、御霊神社の牛車が学校の前を通って、みんなで上から観て、あれが牛車、御息所と葵上の、といって関心したりしました。話はそれますけれども、牛車ってありえないぐらいうるさいですよね。

大学コンソーシアムの思い出

日本女子大学にもf-campusという、近隣の大学との単位互換プログラムがありますが、京都にはそれよりも大きな枠組みがあります。同志社女子大学を含めた40以上の大学が単位互換を行える、京都大学コンソーシアム京都

留学生の私も使えて、どうせ単位互換されるかわからないなら好きなの取ってやるとたくさん取りました。日本女子大学だけなら取れなかった授業や、会えなかっただろう他大学の生徒・先生との交流が大変魅力的でした。

☆京都大学コンソーシアム京都のHP↓

公益財団法人 大学コンソーシアム京都

☆単位互換制度について↓

単位互換制度 – 大学コンソーシアム京都 | 公益財団法人 大学コンソーシアム京都の単位互換制度の特設サイト

前期は他大学はあまり行きませんでした。というのも、希望締め切りが確か4月5日と、2日に存在を知ってから短かったためです。

唯一行ったのは京都大学。ここは行っておきたい学校でしたので、進んで取りました。京都大学といえば、私は文学とサル学と地震学のイメージが強かったため、そのうちの1つを受講できて幸いでした。

自然人類学という授業は大変刺激的なものでした。まず、1回の授業の内容がかなり盛りだくさんでした。私は全ての授業を同じノートで受けるのですが、この授業はそのノートの1/3を占めました。

そして、受講生のタイプが違いました。日本文学科の学生として、まず驚いたのは1回生向けの授業に関わらず、普通に英語の論文を読まされる。翻訳機を使って、時間をたくさんかけてようやく読み切ったのは良い思い出です。これを当たり前に読む他の受講生は流石だと思いました。そして、すぐ指摘ができる。後々考えれば初歩的でしたが、エコロジーとかデモクラシーとか、最後にyがつく言語だと記憶しております。それを先生が話の折に触れて、「どこの言語由来だっけ」と言って、すぐに「ギリシャ語です」と後ろの方の席から返答が返ってくる。これが初回の授業!

後期は反転、よく外の大学に行きました。計5つの大学に行きましたが、今回は文学以外に絞って思い出話をします。

京都芸術大学では装こうについて学びました。まず、美術大学という環境に通うことが出来たのが楽しかったです。学内に展示された創作物や、学生間交流を経て、芸術文化に関するアイデンティティが微小ながら自分の中では大幅に変化。

装こうについては、帰ってからも他の授業で少し触れられることはあれども、やり方と素材と歴史と後継とと、全体的に学べたのはこの授業だけでした。特に、素材についてや、今文化を引き継ぐ者からの視点を深く学べたのは芸術大学ならではなのかなと思います。授業後は同じ受講者とラーメン屋に寄って、腹を満たしてからまた違う大学へ向かったのも良い思い出です。

平安女子大学では今根付いている京都の文化について広く学びました。先生は関東出身の人で、それも私と近いところだったため、なかなか意見が合いました。おすすめの美味しい和菓子屋や豆腐屋について教えてくださったのも有益でした。

この授業では、同期の交換留学生を含めた6人のコンソーシアム生がいました。席が近くに配置されたため、すぐに仲良くなり、課題も一緒にやったし、休日や放課後に遊びに行ったりしました。

京都薬科大学はコンソーシアムの施設内で受講したのですが、これまた大変刺激的な授業でした。漢方医学について学ぶものでして、私は医学などこれしきりですが、実際の原料などをきちんと学べたため、非常に楽しく理解できる授業でした。

以前から興味はあったとはいえ、この授業以来、私は漢方を完全に頼るようになりました。初めて服用してみた桔梗湯が意外と美味かったのもあるかもしれません。大黄は私も苦いと思います。帰郷後色々とあるたびに様々な漢方を処方され服用していますが、副作用が出ていないのはここでの知識が活きているのかなと思います。

単位互換結果

以上のように1年間楽しんで学び、私の場合結果は以下のようになりました。日本文学科は卒業単位として演習授業が12単位以上取らないといけないため、ここで4単位稼げたのは非常にありがたいことでした。

・単位互換成立…学科科目12単位(文学史4単位・演習4単位)、自由選択科目14単位、合計26単位

同志社女子大学の「京都」とついていない授業

・単位互換不成立 (自由選択科目に「学科科目・他学科(区分)」として単位数のみ加算)…16単位

科目名に「京都」とある授業

コンソーシアム、同志社大学の授業

日々の暮らし

毎日必ず外に出て、大学かどこかに行くかの生活をしていました。理由はふたつあり、ひとつは単純に観光に使える時間を1秒たりとも無駄にしたくなかったから。もうひとつは下宿先の電波状況が異常に悪かったから。故に、下宿に帰るのはほとんど寝るのと夕飯・朝食を食べるだけ。基本的に春秋冬は夜だけ帰り、夏は暑いので朝10時から15時あたりまでの間、帰ることもありました。例外もかなりたくさんありました。

下宿先は先程述べた通り、大学から徒歩圏内。静かで、寺の鐘も聞こえて、朝は子どもがたくさんいて、近所の人も本当に優しくてあたたかくて、デカいスーパーがすぐ近くにない。

スギ薬局が出来たのは留学生活も終わりの方で、結果私はほとんどの買い物を、バスで5分ぐらいのライフか、鴨川沿いのライフか、鞍馬口のハウディか、北大路のイオンか、出かけた先のスーパーで済ませていました。なかむらは堀川通りの反対側だったので、あまり使いませんでした。フレスコは朝に弁当を買っていて、現在は恐らくないですが、小さなおにぎり5個とコロッケとハンバーグとポテトサラダなどが入った500円ぐらいの弁当を毎回購入していました。量が多くて大好きでした。

出先のスーパーというのはなかなか面白く、尼ヶ辻のいそかわ、三室戸のハッピー六原はかなり好きでした。山城青谷の山田屋では大きな聖護院カブを抱えて帰りました。肉も安めで大きくて良かったです。あとは朝市などで済ませたりしていました。

夏に帰省して料理の美味さと有り難さに気づくまでは、そもそも不摂生だったため、晩御飯は和菓子という生活を何日も続けたりしていました。痩せもしないし髪と肌は傷むし、やめた方がいいです。

自炊下手くそ界隈の方々におすすめしたいのは、永谷園とかが出している、材料を切って袋に入れて揉んで、レンジに入れれば完成するシリーズです。

☆一例↓

【味の素KK】「Steam Me スチーミー®」|お肉を入れてレンジでチンッ! 新しい形の調味料

レンジ調理商品|商品情報|味ひとすじ 永谷園

ナスの肉味噌については、毎回作ったら袋からナスと周りについた肉だけ出して、残りのタレを使ってまた翌日、ナスを切って同じように調理していました。3回ぐらいできます。当時はまだ白米が安かったので、ナスと白米と納豆で何日もまわしていました。

☆なすの肉みそ↓

本日の逸品 なすの肉みそ|商品情報|味ひとすじ 永谷園

また、京都に行く前に福袋で買った、成城石井のカレー100食分は非常に役立ちました。特に銀座ろくさん亭のまかないカレーは美味しくて、少し高かったけれども買いに行ったりしていました。

あとは、下宿先の水道管が原因ですが、どうしても水道水が不味く、水を菅原院天満宮まで汲みに行っていました。1回6〜8リットルぐらい汲んで、冷凍保存して3日間で飲んでいました。地下水は本当に美味いです。

食品以外の生活用品は北大路のイオンで済ませていました。電気屋や服屋、ニトリ、靴のお直しなど生活で必要な店は揃っていました。本は大垣書店があって、行ったら必ず寄っていました。京都観光本が豊富だったのと、かなり早い段階から店内でBAKUNEのような商品を売っていたことが印象的です。

京都ならでは日常生活

この交換留学の何よりもの醍醐味はすぐに京都や関西の名所や祭に行けること。私も「京都手帳」と「京都観光Navi」、そして何より祖父と同期留学生の史学科の先輩、地元の人に聞いて毎日色々な所に行きました。1日中下宿先に居たのは、熱を出した1日だけでした。

☆京都手帳

京都手帖

☆京都観光Navi

【京都市公式】京都観光Navi

毎日計画的に複数の場所に行って、とにかくいろいろなものを観ました。例として、2月3日の午後の行動を動画でまとめたものがあったので、公開します。この日の私は、前日に吉田神社から酔っ払いながら帰ってきたらスマホが起動しなくなっていたので、朝イチでAppleに行き、午後から蘆山寺→藤森神社→吉田神社の順で廻りました。

京都の三大祭、賀茂祭(葵祭)・祇園祭・時代祭もすべて行くことが出来ました。祇園祭については、有名な巡行以外の祭事、特に神幸祭と神輿洗式、鱧道中を観せていただけたのは良い思い出です。

送り火に関しては、前日に台風が来て新幹線が静岡あたりで止まったのもあり、地元の人ばかりでした。道がすいていたので、出雲路橋から美薗橋まで歩いて北上しながら、鳥居を除いて、西に向かって順番に点いていくのを見ることが出来ました。静かに私の関西の先祖を何十年かぶりに京都で迎え、送り出すことが出来た、一族的にも嬉しい思い出です。

祭以外だと、能狂言や歌舞伎、宝塚、OSKなど観劇によく行きました。授業を抜け出し、能を観に行ったときもありました。先述の狂言の先生が出演する狂言会はほとんど毎回足を運んでいました。歌舞伎やOSKなど、南座で行われる時は帰りに必ずみよしやのみたらし団子を買って帰っていました。

芸舞妓さんの舞台を観に行けたのもいい思い出です。多少高いので、私が行けたのは鴨川をどりだけでしたが、その美しさ、面白さに今でも魅了されています。茶席付きのチケットで行ったのですが、茶席でいただいたお皿は、毎日食卓で使うたびその時の思い出が浮かび上がり、笑顔になります。芸子さんに投げてもらったサイン入りの手拭いも宝物です。

文学部らしく、文学の「聖地巡礼」にも暇を見つけては行っていました。

また、京都は植物が非常に美しい。また23年当時は二十四節気にきちんとあった形でその時その時の花が美しく咲き誇っていたのが印象的です。関東生まれ関東育ちの私は京都で初めて二十四節気を意識しました。北区の植物園にもよく通い、特に薔薇の季節は一見の価値があります。

紅葉の時期は、近所の人や先生から毎日のように言われていましたが、異常に混んでいました。下宿の在る場所も、紅葉の季節だけはバスも乗れないぐらい混んでいて、本当に毎日モヤモヤしていたものです。特に、土曜日の授業はバスで通学していたため、いつもは余裕で座れるバスを1台逃さないといけないくらい乗れなかったのは辛かったです。

永観堂や東福寺といった有名な場所は敷地に入れないほど混んでいて、結局今まで行ったことがないのですが、金戒光明寺周辺や植物園、泉涌寺などで紅葉を静かに楽しみました。早朝に散歩がてら見に行って、授業を受けて、夜間拝観に行くという日もありました。

花や紅葉については、京都Naviで状況をチェックできます。

花だより|【京都市公式】京都観光Navi

紅葉だより|【京都市公式】京都観光Navi

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あとは、先ほどさらっと書きましたが、京都は和菓子屋さんが多いので、よく買って楽しんでいました。二十四節気ごとにこれも変わるので、毎日のようにチェックをしては、和菓子屋に足を運んでいました。

画像
お気に入りの和菓子

奈良、滋賀での思い出

京都は湖西線か東西線で滋賀に、京阪線か阪急線かJRで大坂・兵庫に、そして地下鉄兼近鉄線かJR奈良線で奈良にと、直ぐに移動できる環境があります。私の場合、あまり大坂は行きませんでしたが、代わりに奈良と滋賀にはよく行きました。

滋賀は、同志社女子大学の学生に滋賀県民が多いこともあり、「なんとなく毎日頭に思い浮かべる場所」でした。10月の大津祭には宵宮と本祭、2日連続で行きました。囃子が非常に好みで面白く、今でも動画をよく見返します。

あとは坂本城の石垣が出て来たというニュースを聴いた次の日に行って見たり、安土駅から安土城まで歩いて非常に疲れたり、三井寺の鐘の音を目をつむって楽しんだりしていました。後悔があるとすれば、『翔んで埼玉2~琵琶湖より愛をこめて~』を授業の関係で大津の映画館ではなく、新京極の映画館で観てしまったことです。

奈良には本当によく行きました。特に、関東に帰る前の2、3月は毎日のように奈良にいました。奈良には地下鉄でそのまま帰って来られるので、夜中に行事がある場合でも、気にせず行くことが出来ました。行事ではなくても、例えば竜田川の紅葉など、和歌に詠まれたり、物語に出てきたりした場所に、その時期・季節に行けたことはとても貴重で嬉しかったです。

特に行けてよかったと思っているのは、2月14日の長谷寺の「だだおし」と、3月12日から13日にかけての二月堂のお松明、お水取り、修二会です。お松明は12日以前にも3回、行きました。お水取りがあった13日は最終電車に乗って二月堂へ行きました。ご香水を汲んで堂内に入っていく一行を見届け、西の局に入ってその日の法要を観てから、丸1日奈良市観光をして、お松明を観てから帰宅しました。この2つは京都に行く前から、絶対に行って見たい・観てみたいという気持ちがあったので、念願叶ってよかったです。未だに忘れられない光景です。

下の画像は、左から大津祭宵宮の源氏山、だだおしのお松明、そして一番右の上がお水取りの一行が堂内に入った後の二月堂、下が彦根城での写真です。

まとめ

以上が私の1年間のハイライトです。長くなるので、ここでは省きますが、他にも色々と学校行事や文化人の集まりみたいなところにも行かせていただいて、非常にいい経験が出来ました。色々失敗もしましたが、本当に楽しかったし、貴重で、自分が今後どう生きて行けばいいのか、何が好きで何を求めて進めばいいのかを導き出せた1年でした。ここで行かなければ、今の私はいないし、そして就職先も違ったどころか、本来は厭な方向に進んでいたかもしれないと思っています。

日本文学科は単位互換もしやすく、かつ扱っている分野が分野であることから、一度は選択肢として誰もが悩むべきだと個人的に考えております。ただ、現状としてあまりにも存在が知られていませんので、今日から3日間のブログで、少しでもこの制度の存在を知ってくれている今と未来の学生、保護者の方々が増えますことを願っております。

また、「行きたい!」と思った学生の京都生活に入る助けになれればとも願っております。ただ、かなり古い記録なので、最新の情報を常に集めて、XやInstagram等の情報も取捨選択しながら取り入れていってください。外食系はXで飯ばかり発信しているわけではない、住人による投稿が一番信じられます。

明日は24年度に留学したまいますさんによるブログです。お楽しみに!

わた

明けました!!

みなさま、こんにちは!

少し遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。気づけば1月も半ば、時間の流れの早さにびっくりしています。いつものことです。

年末年始はいかがお過ごしでしたでしょうか。私はしっかりゆっくりしつつ、気づけばいつも通りの日常に戻ってきました。こうやって自然に日常に戻っていく感じ、なんだか毎年同じだなあと思いながら過ごしています。

そしてこれからは、いよいよ最後のダンス尽くしの春休みです。…あれ、引退してなかった?という声は、どうかお口ミッフィーでお願いします。世の中には卒業公演やらOBOGだから出演出来る公演というものもありまして。もっぱら、なんなら10月くらいからなんだかんだずっと踊っています。踊れる場所があるのはありがたいことですね〜と思いながら残りの学生ダンス生活を締めくくる予定です。

今日もブログをご覧いただきありがとうございました!残る回数も少ないながら、相変わらずのマイペースで、ゆるく続けていけたらいいなと思っています。本年もどうぞよろしくお願いいたします!それでは!!

小学生、高校生、そして大学生

こんにちは、こんばんは。
りさ🎧です。

新成人の皆さま、おめでとうございます🎉
私も、お母さんもお父さんも、おめでとう。

 昨日、成人の日を迎えた私が何をしていたかというと相も変わらず働いておりました。夕方にとてつもなく混んで夜は穏やかな時間が流れる、そんな3連休の最終日でした。出勤前には今日の2限にあった期末試験の勉強をしておりました。この祝日において、主役の1人でもある人の1日とはとても思えない。
それでも、長らく連絡をとっていなかった友達から連絡が来たり、インスタのストーリーで振袖を着ている写真を見ると「私たちあっという間に20歳になったんだなぁ」と嬉しい気持ちと、なんだか寂しい気持ちになります。

 小学生だった私は「早く中学生になりたい」と願い、高校生だった私は「早く大学生になりたい」と願い、大学生になった私は「中学生に戻りたい」と願う。社会人になった私は何になりたいと願うのでしょうか。
 高校生の私へ。あなたがなりたかった大学生に私はなれているでしょうか。憧れていた大学生は思っていたよりもキラキラしていて、楽しくて、でも輝いている分しっかりと影は存在していて、取捨選択が苦手になったようにも思います。自己犠牲型なのは今も変われずにいます。やりたいと思ったことがあっても、制約があるとどうしても諦めがちな私。大学卒業までにいい意味で生まれ変われているといいですね。
 そして、過去の私から「今日」を生きる私へ。就活に卒論にサークル運営と、これからあなたが迎える3年生はきっと考えられないぐらい楽しくて、忙しくて、苦しいかもしれないけれど大切なのはメリハリをつけた生活を送ること。そうすればきっと大丈夫。そう信じて朝日を迎えよう。だって今日までそうやってなんとかやってきたのだから。

記憶

あけましておめでとうございます。ごきげんよう、あやめでございます。

さあいよいよ2026年がはじまりました。今年はどんな一年になりますでしょうか。スポーツのイベントが多い一年みたいですね。冬季オリンピックとか。私は運動は見る専門なので、楽しみにしています。

共通テストをはじめ受験シーズンが近づいていますね。受験生のみなさんはとくにピリピリする時期だと思われます。体調に気を付けてお過ごしくださいね。私はどうだっただろう、と思い返してみました。このくらいの時期はもうダメだと泣いたり、イヤやっぱり意外に受かっちゃったりしてね?と笑ったり忙しかった気がします。家族はそれに振り回されて、気を使っている様子が見えて、気の毒だなと思ったりしました(私が原因なのに)。暖かくして良く寝るのが良いのだとわかるけれど、そんな悠長に構えても居られず、いまさら何の勉強をしたら良いのかもわからず、ひたすら迷走しておりました。本番は変にポジティブで、変に冷静で、おかしなテンションのままペンを持ちました。休み時間は首を伸ばして会場の中にいる人たちの動向をきょろきょろと観察してみたり、逆に顔を伏せて音楽を聴いて「わたしはできるぞ」と勇気づけたりして過ごしました。水と、ヨーグルト味の免疫に作用があると書かれたドリンクを、代わりばんこに飲んで、カイロで末端冷え性の縮こまった手先をひたすら温めて、つぎは日本史か…みたいな簡単なことだけぼんやり思っていました。胃がチカチカしました。

私の場合、共通テストは大コケしてしまっていつも通りの結果が出せなかった教科と過去最高点を取れた教科の差が大きく、消化不良に終わってしまった記憶があります。あれから4年がたちますから、もう忘れてしまったことも多くあります。それだけ大学生活が大変で楽しいものだったのでしょうね。受験後にはそういう楽しい世界がまっているんだと楽しみにして、いまは少し力をためておいてください。影ながらコッソリ応援しています。旗とかふって。

先日、ブログ部では新入部員のみなさんと交流することを目的としたティーパーティーを開催しました。交流してみて、みなさんの個性の豊かなところを目の当たりにして、はやく記事を読んでみたい気持ちになりました。ワクワクして待っていてくださいね。

今回は最後に、以前(2025年11月16日)に書いてみたおばけらじおの続きを載せて、終わろうと思います。私の大学生活はこの「おばけ」みたいに、ゆらゆらしたものだった気がします。

おばけらじお 第肆回

こんばんは、裏飯屋のおばけであります。へいらっしゃい。早速参りましょう、本日の生定食。

●●●(BGM)

電車内の適温に保たれた空間につい気が緩み、うとうとどころか爆睡してしまった。気がついたら見知らぬ片田舎の終着駅にたどり着いてしまった。から始まる物語ならいくらでもあろう今日この頃、私の家はその「片田舎の終着駅」からさらに車で30分のど田舎にあるから、無論そんなおしゃれな冒険譚は存在致しません。ただ車内で無防備に爆睡した正体不明のおばけです。スッキリしたような、眠気が抜けないような。田舎の最寄駅の外気温は東京都心の気温と比して冬は5度違いますから、自ずと目は覚めようもの。ましてど田舎の我が家は都心と気温が8度、10度違うのはざら。えっ!都会って氷点下いかないの!?マイナス10度の地獄は存在しない?!ありがたいですね。地球を大きく見渡せばマイナス50度の冷凍庫越えの世界もあるのだから、マイナス10度くらいでヒイヒイ言って甘えてはいけないけれど、あまりに寒いのでこんなことを言ってぼやいてみたくもなるものです。眼前に広がる枯れ草のもの寂しさに、自信みたいなものも枯れ果ててしまうのか、と嘆いてみましょう。真相は、秋のうちに野生動物どもに食い尽くされてしまったため確かめようもない、甘いはずの野生の柿の実のみぞ知る。

●●●(BGM)

ちょっとだけ時間が余ってしまいましたね?では体験談をば。昨日は先行研究を探るべく国立国会図書館にいそいそでかけたおばけです。人が多くて、それ以上にパソコンが多くて、せっかくおばけなんだから夜に向かえばよかったな、と猛省いたしました。パソコン全部を操ってパソコンと仲良しになってフェスのひとつでも開催するのなんて、おばけには朝飯前なのに。マ、事実「朝飯」前には終わらせなければならないのですが。寒いダブルミーニングでした。さて、昼間の国立国会図書館は、「本の管理」が使命であるために、図書館でありながら書庫や書架がありませんで、そのため本が物々しくベルトコンベヤーで行き来するのを待ちぼうけする、病院みたいな場所でした。もうあんまり病院には行きたくないのですがね。スーツの大人が大半の、面白い基地みたいなところで、今度は喫茶にも寄って見ようとおもいます。無論、ルール遵守おばけでありますから、無断飲食はいたしません。きちんと利用者カードも持って、順番待ちだっていたします。ああ、目当てのものは手に入りました。活かせるとは思えません。無論、おばけでありますからね。け。

今回はこの辺りで。おやすみなさい。良い夢を。お会計、六文です。

君の本棚を見てたい

先日のブログ部おしゃべり会で、「あやめちゃんが読んでいる本見せて~」と言ったら、その場でも見せて紹介してくれた上に、その日のブログでも更に詳しく沢山紹介してくれて、嬉しい限りです。そして、その後も続々と、皆さんが読書遍歴やお勧めの本をあげてくださり、いつもに増してブログを読むのが楽しいです。読者の皆さまも是非、ブログを読んで気になった本があれば読んでみてくださいね。

現時点でのみなさんのブログはこちらから↓

私は他人の読書遍歴というものが、その人の中身のようなものが可視化されるから面白いなと考えておりまして、MBTIや恋愛MBTIなどよりも、よほど興味・関心があります。

聞いておいて自分が話さないのはなんだか、と思いますので、今回は私の最近読んできて、好きだったなあと思う本を一部紹介していきたいと思います。

***

私の本棚は歴代の趣味(国文学含む)に関連した本と人からもらった、あるいは押し付けられたともいえる本でいっぱいいっぱい。恥ずかしながら正直いくら本棚を作っても入りきれず、机という机、椅子という椅子に積みあがっていたり、今ブログを書いているパソコンの下には雑誌が三冊あります。なかなかの汚部屋ですが、同士及び私の上をいく人はきっと多いだろう、と信じております。

私の趣味は多岐に及びますから、土からAIまで様々な本が揃っております。私にとっての本棚は、その時その時の人生の相棒たちをコレクションしている場所ですね。改めて見ると、本当に色々なことに興味を持ってきたし、挑戦させてくれた環境に対して本当にありがたいなと思います。強いて言えば、旅行と文化に関する本や雑誌が多いかな?

皆が皆、ためになるかはさておき、読んでいて楽しいと思える本ばかりだと思います。なので、今回私からは、私の大学生活上で思い入れのある本を三冊と、「おもしれ〜」と思った本を三冊、ご紹介いたしますね。

思い入れのある本

「思い入れのある本」というと、「全部!」というのが本当の正解なのですけれども、そんな中でも、私の大学生活に大きく関わっていたり、思い出深い三冊を紹介したいと思います。

『歌讃の海』ダンヌンツィオ作 原田謙次訳 日本出版株式会社

京都の丸善で行われていた、古本市で購入しました。千円もしなかったはずです。隣の本を引き出した時に落ちてきたのが、安くて状態が良かったから買いました。

私は京都で好きだった喫茶店がいくつかあるのですが、そのうちの一つ、丸善の近くにある『築地』という店がありまして、そこで買ってすぐに読みました。来店時にはすごく雨が降っていたと思います。上京にある下宿に帰れもしないほど降っていて、これはダメだと逃げ込んだのでした。

観光とかではなく、日常生活の京都での一コマとして、紅茶を飲みながらダンヌンツィオの詩に思いをはせたあの数時間はかけがえのない思い出です。今でも、ページをめくると、あの時の紅茶の香りだったり、煙草の煙、BGMの後ろで聞こえる雨の音がよみがえってきます。

京都は古本市も古本屋も多いので、他にも古本はよく購入しておりましたが、この本が「初めて読んだ時の情景を思い出せる」という面では一番思い入れがあります。

最近実学主義に走りがちな私は、ついつい「ためになる本」「今の自分に足りないところを補う本」を探しがちです。それもあって、この詩集のように、本来の日常の娯楽として楽しみ、その時のメモリアルのような存在になれる本というのは本当に貴重で大切な存在で、私という存在を何よりも立証しているモノなのだろうと考えたりもします。

『伊勢物語』岩波文庫

まだ私が高校生の時。今のゼミの教授に「入学試験前に何すればいいですか」と泣きついて、「古本屋で一冊、安い古典文学の文庫本を買って読めばいい」と言われ、帰り道に近くの本屋で買った新品の本。

短さ・手軽さ(値段と重さ)・有名さと、三拍子そろっているため、古典文学を手始めに買うなら『伊勢物語』をお勧めします。『仁勢物語』が有名ですが、諸所に引用や少なくとも影響がある作品なので、今後長い目でみて本当にお勧めです。写本も大量に無料公開されているので、くずし字学習の初期の方で、「くずし字で書かれた文章を読む」という練習も、内容を知っていると多少楽に進みます。

一方で、古典文法を理解しないまま読んだので、「文法を気にせず最後まで読みきってしまう」という今にも続く本当に不味い癖がついてしまった因縁の本でもあります。日常で古典を現代小説と同じように楽しむのなら越したことはないものの、研究する上では、非常に不向き。

テストの点数とか関係無しに、現代語訳を一切見ないで読んでみるという経験は、確かに力になりますが、文法が滅茶苦茶な状態の人にはまだお勧めしません。

でも、「古典文学が読めて面白い!」と思えるようになった、私にとっては思い出の本です。

『二百十日』新潮文庫

これが私の、日本文学に関心を寄せ始めたきっかけの小説です。今まで青い鳥文庫だったりハリーポッターだったりしか読んでこなかった中学一年生の私。夏目漱石とか、宮沢賢治とか、受験で覚える語句の一つでしかなくて、授業で「ほんとうの幸いってなんだろう」など話し合うたびに、今も屋上で走り回って遊んで中一にわかるかアホがなどと考えておりました。

そんな私に夏休み中に課された、漱石の作品を一つ読んで作文を書いてこい、といった課題。本当に面倒くさがっていたところに、母が登場。「これならいいんじゃないか」といって持ってきてくださったのが、『二百十日』でした。

会話劇方式でスラスラ読める!何よりも単純に面白い!と感じ、「他にも面白い本、たくさんあるかもしれないな」という探究心から、以降短編小説や詩を中心に、便覧に出てくる作品を読んでいくこととなります。

よく考えれば、卒論を近世と近代の狭間の時代にしたのも、近世文学的要素と近代文学の手法を併せ持つ、この作品に今でも惹かれ続けている、というのがありそうですね。

面白かった本

『政治哲学講義 悪さ加減をどう選ぶか』松本雅和著 中公新書

春学期に他大学の授業で紹介された本の一冊。どっちを取っても悪い結果が予想される時、最終的にどっちを取ればいい?という話。

例えば本文では『ローンサバイバー』だったかな、が例に出ていまして、要は作戦を現地の民間人に見られて、民間人を殺すか殺さないかで悩んで、殺さなかった結果やっぱりその民間人はスパイで、味方2人を失うという内容のものなのですが、ようはこういった「通常時ならどちらも取らない悪いこと」しか選択肢にない時どうする?ってもの。

最近は朝に、日に日に世界が悪くなる♪気のせいか♪そうじゃない♪とか歌っていますが、現実というのは基本的にそうで、その選択が誤ったのか否かは未来でしかわからない。それだとダメだと思う人が、少しでもマシな選択を行えるようになるための本かなと思います。

『たたずまいの美学 : 日本人の身体技法』 矢田部英正著 中央公論新社

京都で女将さんや着物屋の娘だという子とかと話したり、自分でも成人式で着物を着て、思ったことがあります。

洋服より着物の方がイケてね?

だいぶ日本人は洋服が似合うようになりましたが、それでもまだ洋人が洋服を着ているのを見て、かっこいいな〜と思ってしまうところ。逆に外国人が着物を着るのは綺麗だけど歩くと違和感。骨格はまず仕方ないとして、何が違うんだ?

その答えがこの本には書かれています。

私はこの本を読んで、洋服の時の歩き方を改善しました。すると、ヒールの歩きやすさや、靴の痛みの早さがぐんと良くなりました。あまり利益のために本を選ぶことはしない方ですが、この本は現在進行形で役立ってるなと思います。

***

今回はわかりやすく単行本と文庫本で統一しましたが、普段は専ら雑誌です。

ただ、持ち運びがやや困難なのと、三分五分あれば最後までだいたい読み切ってしまうので、もう少し時間をかけて読める本があれば教えて欲しいなと考えています。

皆さんも、是非おすすめの本を教えてください!

年末大祭典の思い出

どうも、みくです🔥

明けましておめでとうございま〜〜す!!!

さて、前回のブログで散々M-1楽しみだ〜というお話をさせていただき、決勝と敗者復活戦のおすすめネタも紹介しますねとぶいぶい言ってたんですが、半月経とうとしている今でもまだ消化しきれていないのと、YouTubeにアップされておらず、見ていただくにはTVerかテレサしか手段がないので、YouTubeにアップされてからご紹介したいと思います。

当日の私はというと、まず六本木の会場に(チケットもないのに)行って、推しのグッズを入手するべくランダムグッズの購入、からのファン同士で交換……という、まあまあグレーな行為をやってきました。
会場付近でペリペリ開封していると、ラジオの収録中のアナウンサーの方からインタビューを受け、「今開封してるんですね!誰が出たんですか〜?」などなど盛り上げられながら全然推しが出ない袋をひたすら開け、当然のように推しは出ませんでした。
しかし、インタビューの中で「お目当てはどなたなんですか?」「豆鉄砲さんで……」という会話をしたおかげで、なんと、隣で開封作業をしていた方がインタビュー後に交換できます!と話しかけてくださったんです!お優しい〜〜♡♡めちゃくちゃありがたかったです!
他にもいろいろと交換や譲渡を繰り返した後、お友達も無事入手でき、ふたりでゲットしたグッズの写真をひたすら撮りました。

画像は会場とのぼりアクスタ、昼ごはんとのぼりアクスタ、ホテルでのおやつとのぼりアクスタですね。エンジョイ♪

というわけで、六本木ヒルズで美味しそうな海鮮出汁茶漬けをテイクアウトして晩御飯を確保・銀座のホテルへ移動……。

ここからは、もう完全に祭りでした。15時にチェックインすると、22時までずっとテレビに張り付いてM-1を楽しみました。

いや、文句なしの優勝でしたね〜!お笑いに全然興味がない母も何回もたくろうのネタを見たがって、録画を見せてと私にテレビのリモコンを渡してきます。とても嬉しいです、なんかニヤニヤしちゃいます。今年は長年燻っていたコンビが大目立ちするとってもいい年だったと個人的に大満足です。M-1に良くない年なんてないんですが。

ちなみに敗者復活戦で活躍された、私の推しの豆鉄砲さんは、惜しくも決勝出場ならずでした。(ここからオタクの推し語りです)ただ、去年の準決勝で決勝を逃したネタをブラッシュアップして今年決勝を狙いに来たというところがもうかっこよくて、最高の推しでした、楽しませていただきました。しかも今年準決勝まで勝ち上がってきたネタはまた別なんです。つまり、まだ面白くて世間にバレていないネタがいっぱいいっぱい残ってる。すごすぎる、かっこいいです。来年は必ず決勝に連れて行ってくれると確信できる完璧なお姿でした。(推し語り、終わり)

あとは審査員のミルクボーイ駒場さんのコメントが優しくてそれでいて的確で、さすがだな〜と感動しました。私はミルクボーイがリーダーの「漫才ブーム」というユニットライブのファンなので、それなりに駒場さんの人柄を知っているつもりでしたが、大人数でいるといつも後ろの方で優しい顔をして見守っているイメージです。
正直、あんなに長ーくお話されている駒場さんはほぼ初めて見ました。短時間で漫才の評価をする審査員はみなさんさすがに言葉を扱う職業だなと思いますが、駒場さん……!(←言葉にならない、情けない私)
来年もぜひ、審査員でいてほしいなと願うばかりです!!

あらら、今回もM-1の話で終わってしまいました。とにかく楽しかったです。冒頭でも書きましたが、おすすめネタもきっとご紹介します!大学は1月中旬でほぼ終わりますから、テストとかレポートとか、あと少し踏ん張れば夢の春休みですね。私は、とりあえずテストがやばいです。みんなで踏ん張りましょう!では~!

年末大祭典の思い出

どうも、みくです🔥

明けましておめでとうございま〜〜す!!!

さて、前回のブログで散々M-1楽しみだ〜というお話をさせていただき、決勝と敗者復活戦のおすすめネタも紹介しますねとぶいぶい言ってたんですが、半月経とうとしている今でもまだ消化しきれていないのと、YouTubeにアップされておらず、見ていただくにはTVerかテレサしか手段がないので、YouTubeにアップされてからご紹介したいと思います。

当日の私はというと、まず六本木の会場に(チケットもないのに)行って、推しのグッズを入手するべくランダムグッズの購入、からのファン同士で交換……という、まあまあグレーな行為をやってきました。
会場付近でペリペリ開封していると、ラジオの収録中のアナウンサーの方からインタビューを受け、「今開封してるんですね!誰が出たんですか〜?」などなど盛り上げられながら全然推しが出ない袋をひたすら開け、当然のように推しは出ませんでした。
しかし、インタビューの中で「お目当てはどなたなんですか?」「豆鉄砲さんで……」という会話をしたおかげで、なんと、隣で開封作業をしていた方がインタビュー後に交換できます!と話しかけてくださったんです!お優しい〜〜♡♡めちゃくちゃありがたかったです!
他にもいろいろと交換や譲渡を繰り返した後、お友達も無事入手でき、ふたりでゲットしたグッズの写真をひたすら撮りました。

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画像は会場とのぼりアクスタ、昼ごはんとのぼりアクスタ、ホテルでのおやつとのぼりアクスタですね。エンジョイ♪

というわけで、六本木ヒルズで美味しそうな海鮮出汁茶漬けをテイクアウトして晩御飯を確保・銀座のホテルへ移動……。

ここからは、もう完全に祭りでした。15時にチェックインすると、22時までずっとテレビに張り付いてM-1を楽しみました。

いや、文句なしの優勝でしたね〜!お笑いに全然興味がない母も何回もたくろうのネタを見たがって、録画を見せてと私にテレビのリモコンを渡してきます。とても嬉しいです、なんかニヤニヤしちゃいます。今年は長年燻っていたコンビが大目立ちするとってもいい年だったと個人的に大満足です。M-1に良くない年なんてないんですが。

ちなみに敗者復活戦で活躍された、私の推しの豆鉄砲さんは、惜しくも決勝出場ならずでした。(ここからオタクの推し語りです)ただ、去年の準決勝で決勝を逃したネタをブラッシュアップして今年決勝を狙いに来たというところがもうかっこよくて、最高の推しでした、楽しませていただきました。しかも今年準決勝まで勝ち上がってきたネタはまた別なんです。つまり、まだ面白くて世間にバレていないネタがいっぱいいっぱい残ってる。すごすぎる、かっこいいです。来年は必ず決勝に連れて行ってくれると確信できる完璧なお姿でした。(推し語り、終わり)

あとは審査員のミルクボーイ駒場さんのコメントが優しくてそれでいて的確で、さすがだな〜と感動しました。私はミルクボーイがリーダーの「漫才ブーム」というユニットライブのファンなので、それなりに駒場さんの人柄を知っているつもりでしたが、大人数でいるといつも後ろの方で優しい顔をして見守っているイメージです。
正直、あんなに長ーくお話されている駒場さんはほぼ初めて見ました。短時間で漫才の評価をする審査員はみなさんさすがに言葉を扱う職業だなと思いますが、駒場さん……!(←言葉にならない、情けない私)
来年もぜひ、審査員でいてほしいなと願うばかりです!!

あらら、今回もM-1の話で終わってしまいました。とにかく楽しかったです。冒頭でも書きましたが、おすすめネタもきっとご紹介します!大学は1月中旬でほぼ終わりますから、テストとかレポートとか、あと少し踏ん張れば夢の春休みですね。私は、とりあえずテストがやばいです。みんなで踏ん張りましょう!では~!

儚い2週間

お久しぶりです!ゆずなです🪼

皆さま、明けましておめでとうございます。本日より授業が始まりました🏫
今年はゼミ活動が始まったり、就職活動が始まったりと、新たなことに挑戦していく年でございます。自分自身で挑戦してみたいこともいくつかあるため、よく学び、実りの多い1年間にしていきたいです。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

🪼 今回は、私の冬休み
について綴りたいと思います。

充実した日々を過ごしたからか、あっという間に感じられた冬休みを過ごしました。
12月末はバイトに勤しみつつ、友人とも遊び、大晦日には推しのライブ配信を見て…と自分自身をリフレッシュさせることができました。

元旦には早起きをし、清々しいスタートを切りました🌅
初詣も例年通り、近所の氏神様と明治神宮に行って参りました。昨年のお礼と今年1年の目標を伝えることができました。

2026年も徳を積んで、精進してまいりたいと思います🙏🏻

また、まだ猶予のあるうちから進めていこうと思っていた期末レポートや期末テスト勉強もある程度進めることができて安心しております。
期末レポートの期限の前に、9日にはゼミ決めのアンケートの締切、12日には成人式と、私の人生におけるビッグイベントが迫っております。「1月は行く」と言うように、忙しない月になりそうです💭

体調を崩さないよう、乳酸菌をとり、そして龍角散を舐めて、挑んでいきたいと思います。
私的これをとっておけば安心できる存在たちです。いつも大変助けられています!


本年もどうぞ、よろしくお願いいたします🙌🏻

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

本日も私のブログを最後までお読みいただき、ありがとうございました。



今日もあなたにとって、笑顔になれる日になりますように♡

無難に抱負

新年一発目ということで無難に今年の抱負を書きたいと思います。

今年の抱負は「人の話を覚えておく」

本当にびっくりするくらい記憶力が無いのです。勉強系の記憶は出来るのですが、人の話とか人の顔とか名前とか。そういう類のものが覚えられない。

この前もバリバリ関西弁のジムのトレーナーさんとお正月の帰省の話をしていて「そういえばどこ出身でしたっけ」と聞いてしまいました。

学生のうちに関わる人は言っても友達が多くて、私が忘れていても「またじゃんっ!」と冗談で笑い飛ばせますが、社会人になるとそうもいかない。取引先の人の顔や名前も覚えないといけないでしょうし、仕事中にした雑談とかも他の話題に繋がる可能性があるので気が抜けないでしょう。

それに自分が話したことを人が覚えててくれると嬉しいですよね。あ、そんなこと覚えててくれてたんだってなります。なので私もそのような人間になりたい。

2026年は社会人にもなるのでもう一段階大人になれるようにまずは「人の話を覚える」から始めていきます。