不思議と言えば

夏になると怖い話を読みたくなりませんか?

小学校の時の自由研究で「怖い話は本当に体温を下げるのか」という実験をしたくらいには怖い話が好きです。しかし怖い映像とか心霊スポットに行くとかは本当に嫌いです。あくまで話。あくまで文字で読むのが大好きなだけで。

そんな私は毎年夏になると決まって意味が分かると怖い話や洒落にならない怖い話(通称:洒落怖)を読んでいたのですが、巷にある有名作品はほとんど読み切ってしまったのです。ですから今年の夏はカクヨムという小説投稿サイトでホラー作品を漁っています。今映画化している「近畿地方のある場所について」もカクヨム発です。ちなみにこの作品も2年くらい前にTwitterでバズったのをきっかけにメディア化までいったのですが、その前から読んでいましたと古参アピをしておきます。

そんなわけで今は脳内が絶賛怖い話モードなんです。

自分の何気ない日常も頭の中で怖い話風にナレーションしてしまう。

なので本日は私が先程体験してきた不思議と言うか意味の分からないお話をしようと思います。一応言っておきますと、心霊現象とかではないので全く怖くないです。

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大学四年の夏休みは想像していたよりもだいぶ忙しい毎日でした。卒論は勿論、遊ぶお金欲しさのバイトに友人との予定、それに加えて内定先に指定された資格を取るために講座にまで通う必要があり、今日も朝早くからお昼過ぎまで講座を受けるために塾のような施設に行っていました。

講座を受けると言っても大人数で前のモニターに流れる映像授業を見るだけです。たまに監視の人が教室に入ってきますが、それ以外はみんなスマホを見たり、寝ている人もいたり。お盆開けなこともあって周りも集中はしてなさそうでした。

かくいう私もあまりやる気は起きず……。教室の後ろの方で時折スマホを眺めながら講義を聞いていました。

教室の出入りも基本は自由で、お昼も過ぎて少し眠くなってきたところを眠気覚ましのため私はお手洗いに行くことにしました。

建物自体もお世辞にも新しいとは言えないのですが、一番古さを感じさせるのがトイレです。別に汚くは無いのですけれど、施設の奥にあることもあって電気を付けても若干暗く、入りずらい雰囲気です。

個室の中で教室に戻るの面倒だな、と思いながらぼーっとしているとトイレットペーパーホルダーのカバーが目に付きました。見たことない方には伝わりにくいかもしれないのですが、よくおばあちゃん家とかにあるトイレットペーパーホルダーの上に花柄やなんやらのおしゃれな布のカバーがかかっているやつです。

ふだん気にしないものですから、カバーがかかっていたということにもその時初めて気付いたというか認識しました。別に特別なものではない、一般に売っていそうなカバーです。しかし眺めているとあることに気付きました。

カバーの縫い目のある一辺の上がホッチキスで端から端まで止められているのです。

糸がほつれたから応急処置として止めているのかな?と思い、カバーの縫い目を確認しましたが糸のほつれやそれによる穴も見つからず。またその箇所をホッチキスで止めたからといって新たな機能となるようなポケットが出来るわけでもなく。

気になってほかの個室のトイレットペーパーホルダーのカバーを見てみましたが、すべてある一辺だけホッチキスによって端から端まで止められていました。

一番濃厚な説を挙げるとしたら、ミシンで縫う前に仮止めとしてホッチキスを使い、そのまま外すのが面倒で使用しているでしょうか。しかし見た目では市販品のようでホッチキスの点以外で手作り感は全くありませんでした。

別に誰かに真相を聞くような話でもないので、そのまま教室に戻りましたが、あのホッチキスは一体何のためだったのでしょうか。

〜癒され動物特集〜

どうもー!
岩手行きの夜行バスをネカフェで待ついのりです🧸

次回、岩手旅行についても書きますね。福田先生主催の旅行なんですよ!
初めての土地に、グルメに、とっても楽しみです♡

先日、東武動物公園へ行きました!
メンバーは近代自主ゼミの先輩同期後輩たち。学校だけでなく、プライベートでもちょこちょこ会って飲み会したり、遊びに行ったり。
つくづく仲良いなぁと思います。

今回は動物のベストショットを公開します!今日はぜひ、東武動物公園にいた動物たちに癒されて帰ってください〜

裏話

実は私、東武動物公園に行く前は、動物かぁ……う〜ん……と思っていました。

一部から怒られちゃいそうですが、動物はそんなに好きじゃない。怖いし、動物園は見るだけだし……。

しかし今回、動物を上手にカメラに収めよう!と決めて回っていたので楽しく回れました。

そして、帰り際にはまた動物園に行きたいとも思いました。テーマを決めて回るといつもよりワクワクしますね!またやろうと思います。

ではでは、写真を大公開✨

ホワイトタイガー

\ぐで〜/
ホワイトタイガーの赤ちゃんです。生まれて10ヶ月でもうこんなに大きい!

\お水をぺろっ/ 
網越しから、赤ちゃんのお母さんです。

シタツンガ

「あ!シカだ!」って言ったそこのあなた!

はい、私でした😅
この子は、“ウシの仲間”だそうです。立て看板に見透かされて、先輩と大笑いしました😂

シワコブサイチョウ

\じ〜っと/ 
こんな近くで見られるなんて!自分たちが檻のなかに入って観察できちゃいました。 艶やかな真っ黒い羽が美しいです。

キリン&エランド

\のほほ〜ん/ 
ちょっと離れたところにいたキリンとエランド。ここではおっとりとした雰囲気が流れていました〜癒しです。

ホンドタヌキ

\ぷにっ/ 
2枚目をよ〜く見てください。
ほら、可愛い肉球が!手を挙げてくれました。可愛っ♡

アカゲザル

\ぶら〜ん/ 
これ、なかなかのベストショットじゃないですか!?遊具で戯れている子ザルさんたちは可愛かったです♡

ヒグマ

\スヤスヤ/ 
小さな子が泣き喚いている声が聞こえて覗いてみると……ガラス越しでも大迫力😳
これは泣きますわ。スヤスヤ寝ていたので、写真は撮り放題でした!

可愛い動物たちに癒されてくれましたかー?
動物たちを写真に収めるのはとっても楽しかったです〜!

スマホでカメラ撮る習慣ができたら、カメラも買いたいなぁって思います。

だって、カメラ持ってたらかっこいいじゃないですか(笑)
バイト頑張らなくちゃ。

ではまた。

いのり🧸

おまけ

お盆にいとこがカレーを作ってくれました!

実はいとこも日本女子大学に通っているのです。調理実習で作った料理を振る舞ってくれました。

いとこによると、このメニューは先生が生徒だった頃より、ずっっっと前からあるのだとか!

辛いけど、甘い!とってもおいしいカレーでした✨

鶏肉にもカレーの味付けが!ニンジンがすり下ろされていて甘いっ!
また食べたいなぁ

あひる2

こんにちは。

最近ちょっとした現実逃避口として『薬屋のひとりごと』(小説版)を読んでいます。いまは10巻を読み終えたところなのですが、なんと!ののさんの大好物あひるさんが登場しました!!

私のあひる好き歴はまだ短いのですが、まさにあひるファンになった瞬間が以前アップしたこちらのブログからお読みいただけます。

2024年4月21日「あひる」

https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2024/04/21/

『薬屋のひとりごと』は植物、薬、毒に関する知識が満載で、中華古典テイストのミステリーです。ちょっと前にアニメも放送されていて、続編の制作も決まっているようです。私が『薬屋のひとりごと』を知ったのもアニメがきっかけでした。ちなみに小説の10巻はアニメ化している部分の大分先の話です。早くかわいいあひるさんがよちよちと歩いている姿をアニメで見たい!

しかし、『薬屋のひとりごと』は薬に毒に草に、の話ですから、まさか作中にあひるさんが登場するとは思ってもいませんでした。なんたる幸運!白くて艶のよい丸々とした体、つぶらな瞳、フリフリされる尻尾。想像するだけでなんとかわいらしいことでしょう。作中では「家鴨」と書いて「あひる」と読むのですが、「家鴨」の字を見るたびに私の脳内ではあひるフィルターによって120パーセントかわいくなったあひるさんがよちよちと再生されます。

しかも、老若男女、性格を問わず、あひるさんと一緒に描写されるだけでそのキャラクターが本来持つ真面目さ、強さ、硬さ、性格の難さが柔らかくなるのですから不思議なことです。

ちなみに私が普段肩から下げている通学カバンにはインコさんが描かれています。このカバンを買ったのはあひるファンになる前の話なので、いまはインコさんのカバンを持ったあひる好きという複雑な状況になっております。今度お買い物に行ったらあひるさんグッズを探してみようと思います。

花火大会

残暑お見舞い申し上げます。
皆さま、いかがお過ごしでしょうか?こゆき✨でございます!世はお盆真っ只中ですね。私も先日お墓参りに行かせていただきました。そして、こんな暑いにも関わらず暦の上では秋を迎えていることに驚きが隠せません…(笑)引き続き水分補給をしっかりしなきゃですね。本日は先日に行った花火大会についてご紹介いたしますので最後までお読みいただければ幸いです!

先日、母親・叔母・祖母たちと一緒に花火を見に行きました。実は幸運なことに私の祖母の家のベランダから花火を見ることが出来るので、会場にわざわざ行かなくても家の中で見れるという点が唯一の自慢でございます。叔母と会うのは約6年ぶりで昔は従妹たちも集まっていましたが、仕事や子育てが忙しく今年も集まれないかなと思っていましたが、花火が終わった後に従妹たちが祖母の家に遊びに来てくれたおかげで初めて従妹の子供に会うことができたのです!!従妹の子供は11か月で、私が抱っこをしてみたらギャン泣きされました💦やっぱりお母さんやお父さんが良いみたいですね、、、泣いている姿も愛おしく、赤ちゃんの生命力の強さを実感することができました。また、小さい時はよく一緒に遊んでいた従妹がお父さんになったと思うと何だか感慨深いですね…新しく家族が増えてくれたおかげで賑やかになりそうです!なかなか会うことができないので、おそらく次に会ったときはランドセルを背負っている年頃なのではないかと思う今日この頃です…

気が付けば8月も折り返し地点、、、洋服屋も秋物を売り始めている…いや!まだ8月も折り返し地点!!まだまだ暑い夏は続きます!これからも体調には気を付けながら夏を楽しみましょう~

引き続き、良い夏休みを~!

AM03:38


空っぽになったスナック菓子の袋と目が合う

同じく空っぽのパソコン画面が私の顔を照らしだす

心は忙しないのに、書きたい言葉はなにも浮かばない

そういう日。

夏、逡巡

ごきげんよう、あやめでございます。

お盆期間になって、祖父の家から大学に通っている弟が帰宅しました。庭の木を切ったりして活躍していました。得意顔でした。

一方の私は「最後の夏休み」を過ごしております。さいご、なんて自分で言っておいて悲しくなって参りました。それを題材にして書いてみました。息抜きのつもりで書いたのに、肩ひじ張ってしまったのか、へたになってしまいました。無念。

太陽が、この時を待ち望んでいた!とでも言いたげに燦燦と陽光を降らせている。つい数時間前までは土砂降りの大雨で、大きな傘でも凌げなかったほどなのに。台風が過ぎ去った今はもう、刺すほどの光で満ちている。

あまり強い光は、青空のあおを引き立てて日向を照らすけれど、その分影もくっきり濃くすることが、照り返しの強いアスファルトの上を歩いて初めて分かった。喧騒の大都会でしか得られない空気を吸って歩いている。

大学生で4回目の夏休みが目前に迫っていた。季節はせりあがるような夏を告げていた。水遊びが似合う夏。最後にかこつけてはじけるように遊ぶ夏。友人はみな、旅行とレジャーに忙しそうであった。けれど卒論が書き終わりそうもない私の気分はどこか、重く怠い感じがした。青信号が点滅する横断歩道で、先ばっかり見て最後の夏休みを遊びきれない私を仲間外れにするように、終業式を終えたらしい小学生の集団が駆けて行った。信号は私を通せんぼして、すぐさま車が往来した。ランドセルたちはすっかり遠くなってしまった。手持ち無沙汰なので、もっていた雨傘をくるくるしたらボタンが外れてしまった。あわてて巻きなおした。

巻ながら、季節を捉えること、もっと言えば「今が何月であるのか」を捉え続けることがむずかしく思う、そういう感性をしているなと思った。ふとした瞬間に「アレ、今日って何日?」と聞かれて、日付どころか何月だったかも、まるごとスッカリ抜け落ちることがよくある。まるでそれは、自分が今いる地点の緯度、経度を問われるような唐突さに似ている。ああそうだ、今日は7月18日、とわかってから、襲うように「暑さ」に見舞われることもある。もちろんこれは、心地よい湿度気温に保たれた屋内で起こることである。今のように凡ての毛穴をハイジャックされて暑さを埋め込まれて、それでも前進しなければならない時には当てはまらないが。パッと、信号が青に変わった。一方通行の標識がある、車通りのすくない道に入った。

自分の人生を、一方通行の四季に例えることに違和感があった。うまれたてを若葉として、老いるところを枯れ木としたら、人生は春から冬に向かって流れていくと教わった。エネルギーに満ちた学生時代は「青春」と呼ばれて、甘くて若くてみずみずしいのは「青春」の特権だという流れがあるように感じた。でも学生のはずの私の今は青でも春でもない。私にあるのは梅雨のジメジメした不快な暑さと、何もない極寒の冬だけだと思っていた。なにを成し遂げたわけでもない。なにをしたいでもない。そこにあった道を、おや、と思って何気なく、寄り道多めで歩いているだけだった。それを急行電車に乗った級友は通り越す。そんなふうに、青くて若い、まわりのエネルギーに負けて萎びた私には、居場所が無いようにおもった。

それは時に「あやめちゃんって彼氏いないん?」という発言にどぎまぎすることだったし、時に「卒論おわんなくね」という言葉にドキドキすることだったし、時に「一緒にプール行かない?」という誘いをいかに断ろうかと逡巡することだった。プールの横を通り過ぎた。黄色いような声が上がった。顔に水がかかったのかもしれない。浮き輪がどこかへいってしまったのかもしれない。近所の川でもおなじような声をよく聞くなと思った。水を浴びるということは黄色い声と切り離せないのかもしれない。私はながらく、冷たい水につかっていない。やっぱり、私はわかくないのかもしれない。

相変わらず、太陽は燦燦だった。またも大通りへ出た。ながくて重い、じゃまなしっぽを引きずるように歩きながら、ふと、このしょんぼりを「台風」と喩えることは、「あり」だったかもしれない、と思った。台風が去ったら、太陽がギラギラになることしか思い出せなかったけれど、台風が過ぎるごとに秋は深まるのだった。同じように、これからの私の目の前には、野心やら向上心やらといった、一方的で莫大なエネルギーを有する「生命力」が、ギラギラちらつくのかもしれないと、それだけを想っていたけれど、実りの秋が、私の豊かなおいしい季節がやってくるかもしれない。そこまで考えたら、あれだけなにをしても取れなかった、頑固汚れに似た「自責の念」が、何の因果か、すっかり落ち去って、軽やかな足取りで道を征くことができた。水遊びじゃなくても、わたしにはわたしのたのしみがあるんだ。わたしにはわたしの足取りがあるんだ。

今はしばしの台風一過。遠い南洋ではすでに次の台風が、勢力を増している。季節は無情にも巡るらしい。そうだ、季節は巡るもの。春は一回だけではないし、大人にも夏休みはあるはずだ。過酷な冬を超えるから、春の花は咲き誇るんだ。梅雨の長雨のおかげで、夏野菜はみずみずしい。人生が楽しんだもの勝ちなら、今ならその理論を信じられる気がする。スキップで帰った。

そこで、私は翌日の図書館ではなく端末を取った

『ゴヤのファースト・ネームは』、という詩があります。

飯島耕一氏による名詩だそうで、御存知の方が多いのではないでしょうか。

二年前、同志社女子大学の『ご自由にどうぞ』コーナーから引っこ抜いてきた、荒川洋治氏による『文学のことば』(岩波書店、二〇一三年七月)。私はこれを読んで、この詩に辿り着きました。

なんでも超大作のようで、全部は引用されておりませんでしたが、冒頭の、

何にもつよい興味をもたないことは

不幸なことだ

ただ自らの内部を

眼を閉じて のぞきこんでいる。

何にも興味をもたなかったきみが

ある日

ゴヤのファースト・ネームが知りたくて

隣の部屋まで駆けていた。

と、最後にあるという

生きるとは

ゴヤのファースト・ネームを

知りたいと思うことだ。

が引用されておりました。いずれも詩集『ゴヤのファースト・ネームは』(青土社、一九七四年初出)からのもののようです。

荒川氏はこの詩に関して、「何かに興味をもち、何かを知りたいと思う。それはたいせつなことであり、人の基本なのだと思う。」と述べています。

私はこれを読んで、この詩と荒川氏の述べる「人が生きることとは何か」という答えに共感すると同時に、この詩が持つ「間」の美しさに感銘を受けました。

またそれと並行して、今私たちが生きている時代は何故か必要以上に時間に追われていて、ゴヤのファースト・ネームを知るために隣の部屋まで駆ける時間も、ファースト「・」ネームと一度区切る時間も、こうして詩を編む時間も、惜しまれるんだろうなと考えるなどいたしました。

***

少し前に、「(本に携わるとしたら)エデュターになりたいのか、ライターになりたいのか」という問いかけがありました。周りの子が答える中で、私は最後の回答者になることを進んで享受し、結局私の前で時間が来たので、発言を避けることができました。

今はこのブログ部の「ライター」ですし、書く事が好きでした。しかし今振り返ると、その「好き」は一方的なもので、あまり「人に伝えること」を主軸には置いていませんでした。

四年生、就職活動。通らないエントリーシート。何枚出せども何枚出せども、祈られるばかりで、自棄になり始めた時、とある方から「今じゃchatGPTを使うのは当たり前だよ?」と言われました。

信じていただけないと思いますが、私は今年の春まで生成AIに、一度も自ら触れてこなかった人間でした。疲れ果て、魔が差し、とある企業のエントリーシートの文章を、chatGPTにつくらせ、少し自分で操作した物を提出いたしました。

結果は通過。初めての通過でした。

実力の至らなさと今までの傲慢、そして何よりAIに頼ったという自分が、非常に恥ずかしく、たまらないほど悔しくて、怒りに怒って、そして私は、文章と距離を置きました。

出来る限り、文章を打たない・書かない日が続きました。レポートや友人や先生、企業へのメッセ―ジ等でキーボードを叩くことはありましたが、その度に両手の操作が一切効かなくなる時間が一定時間発生するようになりました。

この文章を書いても伝わらないだろう、改行はどの程度したらいいのだろう、もっと良い表現があるのではないか、敬語は、挨拶はこれであっているのだろうか。今まで授業等で習ってきたことを含めて全て、文章作成における全てが疑心暗鬼となりました。

しかし、レポートも返信も、期限や人間関係、建前などというものがあり、出来るだけ早く返すべきもの、という認識が私には存在します。

その時頼ったのが、これまた生成AIでした。私はある程度文章を打ち、毎回chatGPTとCopilotに添削していただく日々がしばらく続きました。今見ると、本当に温かみがなく、堅苦しい文章だらけですが、当時はそうしないと安心して送信ボタンが押せませんでした。

その影響が普段の会話文まで浸透しかけた時に、聞かれたのが先程の、「エデュターかライターか」という問いでした。

過去現在未来、全てのエデュターとエデュター志望の方に謝罪を申し上げます。

もし、自分の番が回ってきたら、「私は自分で文章が書けないのでどちらかといえばエデュターですかね」と言おうとしていました。

しかしすぐに、エデュターこそ、最も文章の「伝わりやすさ」や「間」を追求する職業です。故に、ライター同等、それ以上の文章に対する知見が無くては務まらない職業だと考えなおしました。

そして今の私にとっては、対極にいる存在だとも。

***

私はその問いかけを頂いた日、少し渋谷をうろついて、家に帰って、久しぶりに長風呂をいたしました。スマホやパソコン、テレビにラジオから離れ、湯気や蛇口の雫にも興味を持たず、ただぼうっとしてみました。

その翌日と翌々日は休暇だったので、一日目は久しぶりにスマホに頼らず勘で料理を作り、出汁と炭薫る卵焼きを食べました。二日目は、京都では毎日のように行っていた古い洋館を巡りに行って、ずっと読みたかった『ギャグマンガ日和』を読んで寝ました。

そんな二日間を経て、だいぶ満たされた私は、ちょうどブログの更新日が今日であることに気づき、では、洋館のマントルピースが美しかったことを書こうと、パソコンを立ち上げました。

そして、いやちょっとまてと、文章を久しぶりに書くのだから、その前に本らしい本でも読んでおこうと、『ヂョンソン』『ノイマン』などの字が並ぶ「積読の棚」から『文学のことば』を取り出し、そして冒頭に戻るわけです。

私はこの詩を全部読みたいと思いました。書かれているというスペイン紀行についても、私はスペインやバスクが好きなので気になりましたし、何よりもゴヤのファースト・ネームを私も一緒に知りたかったのです。

早速、スマホで『ゴヤのファースト・ネームは』と調べました。調べてしまいました。

検索バーの下に出てくる青い線が、九割のところまで来た時、「ああ、やってしまった」と思いました。

そこに出て来たのはいったい何だったと思いますか。

わくわくだらけの夏休み

 こんにちは、こんばんは。

週始めに高校の友達とディズニーシーに行き、テストやらレポートやらで彼方へ飛んでいった英気を養ってきましたりさ🎧です!

 みなさんいかがお過ごしでしょうか??

真夏のディズニーの敵はなんと言っても熱中症!ということで私も梅干しや水で濡らす用のタオル、扇風機、日傘(折りたたみ)を持っていきました!なるべく待機列が日陰になるようにキャストさんが列の調整をしてくださっていましたが、それでも暑いものは暑く…これから行かれる方はぜひしっかりと対策をしてくださいね!

 今回持っていって良かったなと思ったのは日傘(折りたたみ)です!アトラクションに乗る時も畳んでカバンにしまえば置き場所に困らずgoodです!

私が行った日は比較的空いていたのかどのアトラクションも70-80分前後で乗ることができました!おかげで、①アナとエルサのフローズンジャーニー、②レイジングスピリッツ、③トイ・ストーリー・マニア!、④ラプンツェルのランタンフェスティバル、⑤マジックランプシアター、⑥タワー・オブ・テラー、⑦タートル・トーク、⑧ソアリンと主要なアトラクションに乗ることができました!空いていたとは言え、課金せずに数々の大人気アトラクションに乗ることができたのはほぼ奇跡に近いと思います。欲しかったグッズも買うことができ、すっごく充実した夏休みの1日でした!!!

 また、火曜日からテスト期間明けのサークルが再開しました!ですが、火曜日はディズニー疲れで体が重く、参加は金曜日からしました…

演習発表やらなんやらで前期はなかなかサークルに顔を出せていなかったので夏休み以降、特に後期は目白祭に定期演奏会があるので、気を引き締めてサークルに参加しようと思います。来年からは就活が始まりますし、今のままでは何もかもが中途半端になってしまうのでまずは体力づけからやっていこうと思います!

 この夏休みは、旅行、資格を取得するための勉強、とにかく本に埋もれたい!と思っています。みなさんは夏休みの予定、何をしたいかなどもう決めましたでしょうか??

私はすでに決まっている予定だけでも、日帰り白川郷、サークルの合宿、大阪旅行とわくわくがたくさんあります。といってもこの合間にアルバイトが鬼の形相で入っています…笑

 最後に、私がハマりにハマっている本を紹介して締めようと思います!

その名も『レーエンデ国物語』(作・多崎礼)です。「革命の話をしよう」のフレーズにとてもわくわくして手に取ってみたのですが、このフレーズがすごくいい味を出していて読み進める手が止まりません…!!おかげで就寝時間が遅くなることも。でも、夏休みだからいいよね!気になった方はぜひお手に取ってご覧ください!

 本日はディズニーシーを全力で楽しんだ話、夏休みにしたいことの2本立てでお送りいたしました。

またお会いしましょうー!!

推しって

ブログ部部長が少し前から「今期の一文字」を定めてくれているのですが(本当にいつもありがとうございます。すみません。)その一文字が「光」だったので私の光について話そうと思います。

人生を照らしてくれる光。それは推しの存在です。

あまりにも多くの推しがいるので一番きてる!最新の推し!をご紹介します。

お笑いコンビの囲碁将棋です。

お笑いはずっと好きなのですが、今まで一番好きなお笑い芸人は?と聞かれると「東京03」と答えていました。もちろん東京03さんは本当に今でも好きでずっと追っているのですが、もしこれから一番を問われたら「囲碁将棋」と答えてしまうかもしれません……。

きっかけは5月に放送されたTHE SECONDの決勝戦。囲碁将棋のことは前から知っていたので応援するぞ!の気持ちで見ていました。

結果は準優勝。

しかしあまりにも面白かったんです。ずっと知っていた人たちだったのに、この人たちの漫才がこんなに面白いことを知らなかったことをあまりにも悔いました。それから放送が終わって深夜まで友達と囲碁将棋のここが面白かったとか、今度よしもとの劇場に見に行こう、そんな話をして興奮冷めやらぬまま眠りにつきました。

それからしばらく囲碁将棋が出る関東圏の舞台を見に行っては友人と語り、楽しい毎日を謳歌していました。そんなある日友人から一通のメッセージが届きます。

「囲碁将棋のファンクラブに入ったら一緒に写真を撮れるらしい」

どうやら毎月一回ファンクラブ限定のトークイベントを開催しており、それに参加するとそのあとの写真撮影会にも参加できるらしいというものでした。金だけは簡単に払うオタクなのですぐにファンクラブに入りました。どうやら一週間後にちょうどそのトークイベント(ガレージトークというので以下ガレト)があるらしく二人ともチケットを取りました。

ガレトは大宮で行われるイベント後に行われました。

正直イベント中もこのあと本当に写真が撮れるんですか?というドキドキであまり集中出来ず。何なら写真撮影なんてない方が安心して帰れる。と思っていたくらいでした。

イベントの最後、囲碁将棋のお二人から「このあと写真撮影もありますんで。お時間ある方はぜひ」

本当にあるんだ……。

写真が撮りたくてきたのに友達とどうしようどうしようと言いながら写真撮影の列に並びます。

ポーズも指定したりできるらしく、昔からのファンらしき人は簡単な会話もしながら列が進んでいきます。自分の順番が近づくにつれて本命企業の最終面接くらいに心臓は音をたて、手の先も冷たくなります。

正直、自分の番の時は頭が真っ白で今でも覚えていないので何も書けることは無いのですが、確かに写真撮影があったことだけ書いておきます。

お笑いファンの中で「ワーキャー」と言われる芸人のビジュにだけ湧いているあまりよく思われないファンの総称があるのですが、はたから見たら私たちはまさにワーキャーだったと思います。

このガレトのあとの写真撮影はすでに二回体験しているのですが、二回目も頭が真っ白で何も覚えていません。でも二回目の写真はあまりにも良すぎたのでスマホのホーム画にしています。この世に身バレと言うものが無ければこのブログで全世界に発信したいくらいにはいい写真です。

囲碁将棋の漫才もトークも勿論大好きなので、この冬は単独公演を見に行くべく徳島と大阪に遠征する予定です。まだチケットは当たっていないのですが、必ず当たるように徳を積んでおこうと思います。

人生とはなかなかに難儀なものなり

皆さんこんにちは。みちこです。

相変わらずの滑り込み更新で失礼します。

 

今回は近況報告の寄せ集めから、自分が最近どういうことを考えているのかなというのを改めて振り返ろうと思います。寄せ集めといっても2つしかないんですけどね(笑)

では参りましょう。

 

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①中世文学ゼミ 夏の中間発表

今週月曜日から水曜日までZoomで行われた「中世ゼミ卒論発表会」がありまして。私も3年生枠で発表しました。

率直な感想を言うと、「卒論に対する認識の甘さ」を痛感しました。当然楽しいことばかりじゃないですよね…そうですよね…はい…と若干意気消沈しました。逆になんで私は卒論を書くのが楽しい「だけ」の要素だと思っていたのでしょう。無論卒論を書くのに「作品への愛」は必要不可欠です。ただ、それだけではどうにもならないこともあるのもまた事実です。意識の低さが露呈したな、という感じでした。

この3日間で先生やOGの先輩方からもアドバイスをいただき、我々ゼミの人たちの意識もさらに高まったことでしょう。少なくとも私はもっと意識すべき点はあっただろうなと反省しつつ、しっかり計画を立てていかないといけないと思いました。

 

ちなみに、OGの先輩方も参加しての卒論中間発表会が開催されるのは本学科では中世文学ゼミくらいでしょう。他のゼミでこのようなことをしているという話は聞いたことがないので、それだけ中世ゼミがしっかり学べる場所であるということと思います。

 

ここで改めて、「文学を学ぶ」ってどういうことだろうと思いました。OGの先輩方は「社会人になってからプレゼンする機会は山のようにある。このゼミでの学びはそこに生きる。」と仰っていました。

この3日間では「いかに自分が分かりやすく説明できていなかったか」。これを痛感することになりました。これって自分の発表だけじゃなくて人の発表を聞いていても思います。

「もっと分かりやすい伝え方ある気がする…」とか「卒論でやりたいことの全体像を提示してから話を進めてほしいな…」とかよく思いながら発表を聞いてました。

しかしいざ自分の発表でその視点が生かされているかというとそういう訳でもないようで。完膚なきまでに叩きのめされました(笑)

その「気づきの視点」を自分に還元していかないと何も意味がないじゃないか…と悔しく思いながら、今日までの3日と半分を過ごしていました。

こういう、「気づきの視点」だったり、「視点を生かす能力」だったり、「人に分かりやすく伝える能力」だったり、「調べる力」だったり、「まとめる力」だったり…こういうものの総合で卒論って成り立っているんだろうなと思いました。

せっかく大学に入って、せっかく好きな作品を見つけて、好きなゼミに入らせてもらっているのだから学べるものはすべて学び取りたいよね。うん…はい…がんばります…。

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②グループディスカッション体験

7月末、大学の講座で「グループディスカッション体験講座」があり、受講してきました。

以前本学のキャリア支援課(就職相談ができる場所)の個別面談(希望すれば本学学生はだれでも利用可)でアドバイザーから自己分析に関する相談をした際に「グループディスカッションとかグループ面接とか得意そう」と言われていました。なのでそこまで苦手意識を抱く事なく、でも初めてのことだったのでそれなりの緊張も携えて受講しました。

結果は以前言われた通りで、講師の方によるフィードバックの時間では「意見を言える人」「グループディスカッションに必要な要素をすべて持っているバランス型」だという評価をいただきました。しかし同時に「意見を言える人だからこそ、発言回数が少ない人に話を振ってほしい」とも言われ、確かにそこは反省点として受け止めるべきだなと思いました。

自分の殻に閉じこもるのが良くも悪くも私のクセであるのだな、と再認識しました。

もしかしたらこの文章も、自分の中だけの思いを綴っているだけだから「分からない」文章になるのかも知れません…(先日祖父から「ブログを読んでるんだけどよく分からない」と言われてしまったので…)

古典の話などたしかに難しい話をしていることが多いので、分かりにくいと言われたらそうなのでしょうが、う~ん…最近は身内向けにしている話が多いからかも知れないですね…。

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さて、以上近況報告をしてきましたが、以上2つの出来事から私は今迷走の期間に突入しているらしいことが分かりました。

自分の強みだと思っていたものが実はそうでもなかったらしいことや、逆に自分が強みだと思っていなかったことが強みだったり。

ある程度は自分のことを客観的に見れているのかと思ったら実はそうでもないらしく、未だ主観に囚われているらしいこと。

人生とはなかなかに難儀なものなり。まあでもいつまでも順風満帆なわけないので。

こういう時期もあるでしょう。逆にすぐ調子に乗る私のような性格の人は少しくらい痛い目にあった方がいいのでしょう。私は相当なあまちゃんです(笑)

 

それでは今回はここで失礼します。

次回は紹介したいものがあるのでその記事を書けたらいいなと思うのですが…時間があればいいな…

最後までお読みいただきありがとうございました!