ごきげんよう、あやめでございます。
遅刻しましたこと、お詫び申し上げます。最近の記事にはこんな言葉ばかりを並べてしまっていること、併せてお詫びします。
引っ越しをいたします。引っ越す日は更新予定日の翌日です。つまりこれを執筆している今日からみたら過去のこと。それに伴っていろんなタイプの脳みそ抽出液浸し紙…もとい落書きが出てきました。いろいろ苦労して悩んでどうにもならないことまで無駄に考えて言葉にしてひとり納得して、そういう歩き方をしてきたようです。
今回は実は、投稿したすべての記事のタイトルを集めて、あとは試みに記事の一番お気に入りのセンテンスを抽出して、それをあつめて、太宰治の「葉」という作品のまねっこをしようと思っていました。「葉」は私が文学、あるいは文学研究に大きな関心を寄せるきっかけとなった作、と言っていいと思います。大学1年生の必修の講義で「葉」に出会って、文学というものはこれだけ自由で面白くて、遠いものなのかと驚きました。せめて何が起きているのかを研究してみたいと思いました。あわよくばこんなふうにも読めるのではないかしら?と「読みの可能性」を私が拓きたいと思いました。それだからこの記憶をここに留めておきたかったのですが、能力不足でこの試みはできませんでした。ずっと前から考えていた「企画」だったために残念です。せめて今回は、初回「かすかなるむぎぶえ」のアンサーを書いてみましょう、それで、ご容赦ください。
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こんにちは。ブログ部をもうすぐ卒業する部員の あやめ です。よろしくお願いいたします。
自己紹介は、最後までうまくできないままでした。けれど、自己紹介に己のすべてを懸けている人もまたそう居ないこともわかりました。だからこれでよいのです。「私は22歳の女性です。読書が好きで、大学では日本文学を学んでいました。それから珈琲も好きです。大学時代のアルバイトはカフェの店員でした。つたないところもあるかと思いますが、精一杯頑張ります。よろしくお願いします。」
私は活動することで消費するエネルギーが莫大で、そのうえ蓄えられるエネルギー量が少ないため、できることに限りがあります。使い方を誤ればいくらでもどこへでも爆散してしまう、そういう不安定な者です。それは他の何事にも当てはまることです。
書かせていただいている間に、書くための「素材」を集めることができるようなりました。私は素材を変な角度から変な形に切ることが得意だということがわかりました。私は誰もが見逃すことを、道ばたの石ころを、わざわざ拾ってきて、わざわざ着色して、わざわざみなさまにドヤ顔でお見せするマヌケのにょろにょろです。昼間に化けて出るおばけです。日々を消化すること一つをとっても消化不良をおこして、紙詰まりでエラーメッセージを表示する、手がかかるロボットです。
推しはできませんでした。個別具体的な事象に注目することより、傾向や抽象やパターンやルールを理解することの方が得意らしいです。だからこそ、こんなよくわからない文章群がうまれました。
普段はよく眠り、よく噛んで生きています。おいしいごはんを食べることと温泉につかること、良質な睡眠をとることが好物です。それから、読書と勉強。知識を、私の脳みそフィルターに通すこと、持っている知識を組み合わせて別のものをつくること、持っている知識が新しい知識と結びつくこと、こういう営みが大好物です。それはまるで新しいおもちゃを箱から出して眺めてみたり、おもちゃの想定された通りの遊び方で遊んでみたり、別なおもちゃとバトルさせてみたり、そして売られていたときの包装をできるだけ真似してしっかりきっちり箱に仕舞ったりして遊ぶようなことです。大した意味も何もない、だけれどうっかりワクワクしてしまうことです。
だから私は、私のことしか書けませんでした。ジメジメどんより、いまにも雨が降り出しそうな顔で、くどい文章を書くしかなかったのは、そういうインプットをしたから。私小説を書いてみたかったのは、私の知識というおもちゃで遊んでみたかったからにすぎません。
対面でいろいろな方とおはなしをして、たしかにしっかりしているとか、頼れるとか、「流石~!」なんてほめていただくこともたくさんありました。大学時代もまた、色々なタイプの「代表」をする機会に恵まれました。だけれど同時に、なにだか飄々としていてつかみどころがないとか、逆に思っていたよりマヌケで親しみやすいとか、いなかっぺで世間知らずで心配だとか、新しいラベルをいただくことも格段に増えました。すごくまじめで良い子だけど、なんか面白い子だよね、という最高級の褒め言葉だっていただきました。そしてなにより、私を形容するのは、私ではないことを知りました。
特殊ということを、存分にアピールしても、誰もなにも言わないことがわかりました。私が「特殊」をふりかざして言葉を紡ぐことは「イタい」ということに変わりはないかもしれないし、私はどうしても「特殊」なのかもしれないけれど、けれど「特殊な人」は他にも山ほどいることだって知りました。しかも多種多様に。イタいとか、そんなこと小さな問題なのではないか、と思えるほどに。
実験・観察を続けて来て、たのしかったなあ、という稚拙凡庸感想が出てきたところで今回は終わりにします。今の私は、「良い子」の積み木を体育座りで眺めて、新しい積み木群に組み込んでいます。私の積み木の周りには、だから何だと、カラッとした気温の低い、太平洋側の冬の日みたいな風が吹いています。
お付き合いいただきありがとうございました。
併記
一、授業で学んだことを、エッセンスを、たくさん詰め込んで書くように努めました。日本文学科の学びをアピールできたでしょうか。私は知識を使って新しい表現をたくさん得ることができたため、にっこり大満足です。
一、「公的文章」を書く、その難しさには何度も頭を悩ませました。そしてこの経験は就職活動、卒業論文執筆に大いに役立ちました。さらには内定先企業の就活生向けのブログ記事を内定者として執筆することにまで活かすことができました。あの日、首を縦に振ったその判断は、なにも間違っていませんでした。このカッコつけた文章は、無事家族にも読まれてしまいましたがね。
回顧
※この作品は、事実に基づいたフィクションです。





