0.5

お久しぶりです!ゆずなです🪼

今回は、

①追われる私

②部屋の乱れは心の乱れ!

の2点を綴りたいと思います。

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🪼①追われる私

ついに7月に入りましたね!7月になったということは、2025年が半分終わってしまったということ……!時間の経過の早さに恐怖さえ感じる日々を過ごしています。

1年もきっと気がついたら終わっていたなんてことになりそうな予感です。


そして、着々と迫ってくる期末テスト・レポートの数々…😧
本日は、日本語史1という授業の期末テストがありました。試験が終わった解放感と、結果を知りたい気持ちとでそわそわしている中、ブログを書いています。

頑張った自分&今日以降も頑張る私のために甘いものをチャージしたいと目論んでいるところです。頑張る自分を自分で励まし、応援しています✨


🪼②部屋の乱れは心の乱れ!

以前から自室の模様替えをしたいな〜とふんわりと考えていたのですが、中々時間が取れず、、

家具の購入や組み立て等の大きな作業は夏休みの楽しみにとっておくとして、とりあえず気持ちばかりの模様替え実行しました!👏🏻既にある家具の配置を変え、家具裏や上など見えなかったところを大掃除しました。家具の移動で、部屋の印象が大きく変わりました🎵

模様替えをした翌日、帰宅後に部屋に入ると、自分の部屋ではないような気がしてしまいました😂
ちなみに、いまだに慣れておりません…笑


取り敢えず、大の気分転換になりましたし、夏の大改造もより楽しみになってきました~!

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本日も私のブログを最後まで読んでいただき、ありがとうございました。



今日もあなたにとって、笑顔になれる日になりますように♡

日文生の巣はガラス張り

こんにちは、みくです🔥

このごろは生命力が太陽に吸い取られています。みなさんの生命力もチュウチュウ吸い取られていることでしょう。
そんなみなさんに、代謝が良い私が近年辿り着いたサマーライフハックをご紹介しましょう。ズバリ、シースルーアイテムを取り入れろ!です。半袖なんて正直もう着ていられないじゃないですか。でもノースリーブってめちゃくちゃにハードルが高い。そんな時にシースルーです。ノースリーブを着た上に1枚シースルーのシャツを被せるだけで、汗ジミを全く気にせず1日過ごすことができますね。肌に1枚ファンデーションを乗せるようなものなので、二の腕太いな〜とか、剃毛忘れてた〜とか、その辺の悩みも全部スルー(シースルーだけに)(あちゃ〜)(またやっちまいました)(トホホ)。
そんなわけで私はこの夏、ノースリーブとシースルーを大量に仕入れています。パンツやスカートも、長いものを履いていてもちょっとスリットが入っているだけで涼しさが全く違います。
こんな風に、みんな知っていることをライフハックと言い張るだけでなんだかいろいろ知っている感が出ます。これもライフハックです。

そろそろいいでしょうか。実は私が今日書こうとしていたのは、ライフハック言い張りライフハックなどではなく、日本女子大学の図書館あるあるでした。
みなさん、図書館は使いますか?日文学科の学生は図書館の利用率が高いイメージがあります。なぜそう感じるかというと、日文の学生に「図書館の好きな席どこ?」と聞くと、迷わず各々のお気に入りの席をプレゼンしてくれるからです。逆説的にいうと、図書館の席にこだわりがある人間は日文学科の人間でしかありません。そのくらい日文学科の学生は図書館を利用していると思います(もちろん実際の利用率とかは知りません)。
ちなみに、私も例に漏れず図書館の席にこだわりのある日文学科の学生ですから、もちろん好きな席の話ができます。1番利用率が高いのは、3階(あまり馴染みのない方向けに申し上げると、受付カウンターは実は2階ですから、1階上がったところが3階です)の、校舎側にズラリと横並びになった1人用の机。の、1番左側です。スロープの上になっており、壁向きなのに目の前に壁がない、1人用席にしては開放感がある場所です{ちなみに反対側(校舎から遠い側)だと、お昼にとんでもない日差しを食らうはめになり、夏はあまりいい席とはいえません(個人的な意見です)}。
ああ、トイレが遠いという意見、よくわかります。でも、トイレまでの道のりに何があるかをお教えしましょう。あの辺の本棚は児童学科向けの本が揃っており、絵本がたくさん収納されています。大学生になって読む絵本って、めちゃくちゃ可愛くて癒されます。私は課題の合間に、お手洗いに立つついでに絵本をぱらぱらめくって息抜きをします。受付の目の前にあるラーニングコモンズ内にそっとある階段を使えば、入口までの距離も短縮されてお得感があります。
そんなわけで、私のイチオシは3階です。なかなかいいプレゼンをしてしまった、これのせいであの場所が混んだらどうしよう。
とにかく、みなさんも図書館を制覇して、好きな席を見つけてみてください♡

図書館あるある、と前に書いたのであるあるを出さないといけないんですが、もう思いつきません。ギリギリ図書館あるあるでいうと、校舎と図書館の間にある信号が意地悪、というのがあります。ここから先は、実際に行ったことがある人でないと絶対にわからないので、もし高校生でこれを読んでいる方がいたら申し訳なさすぎます。
私は図書館に行く時も図書館から校舎に帰る時も、今までに1度も待たずに渡れた日がありません。あいつなんなんですか(怒) 門を出てからでないと信号が見えないので、百年館前から歩くスピードを調整したりすることもできません。帰りは絶対に私が受付カウンターの前に居る時に信号が青に変わります。
これにムッとしている本女生は多いはず。
そんな本女生にいいことをお教えします。カウンター脇のゲートを出た時に青になった信号は、その地点からの小走りで渡りきることが可能です!みなさん、間に合うか?間に合わないか?と迷ったが無駄に走って渡れない未来を察知し、走らなかった、でも歩いてたら意外と青が長くて走れば間に合ったのかも、と思いながらわざとゆっくり歩いて心を落ち着かせた、という経験がおありでしょう?きっとあると思います、こんなことを考えているのが私だけでないと思いたいですし。
とにかく間に合います。全力ダッシュすると思ったよりも音が響いてしまうので絶対だめです。図書館全体から睨まれている心地がします。
忍者小走りで間に合います、私を信じてください。

結構長くなってしまいましたが、見切り発車で語り始めたにしては、まだまだ図書館あるあるを語れそうな雰囲気です。図書館入口にいる警備員さん、全員にこにこで好き、とか、いかに上手に入場ゲートを通るかで自分との勝負始まる、とか、地下に居るとインテリ感が出るから無駄に行って本棚を動かしてみちゃう、とか、無駄に行った時はガラガラなのに本当に見たい本があるときは人が居て動かしたい本棚を動かせない、とか、動く本棚が動いてる最中に歩き初めてホグワーツ感出す、とか。動く本棚ばっかりです。また語ります。では!

フリーBGMの世界

皆さんこんにちは!みちこです。

今回も相変わらず予告外の話題です。実は意外とこの話は掘り下げたことがなかろうというトピックでございます。

今回は、「BGM」のお話をしようと思います!

このタイプは一定数居るのではなかろうかと思いますが、私は何かしら音がないと何を取りかかるにしても進みだしが遅いのです。

なので、「作業中には必ずといっていいほど」BGMをかけながら作業しています。

色んな組織に所属し、様々な役職についたがゆえに様々な連絡事項をせねばならぬ時、課題をしている時などのよきお供となってくれる「BGM」について少し紹介できたらと思います。

 

私がこれだけBGMに傾倒してきたのは、実は大学入学後だったりします。

2年次から入った放送サークルの部員の一人に影響されて気にし始めるようになりました。(というのは影響された本人にも言ったことがあります。)

ちなみに、彼女の存在ももちろん大きいのですが、「放送サークルに入ったこと自体」がBGM傾倒のきっかけとも言えます。

というのも、この放送サークルでは動画制作なども行っている関係で、制作した動画にBGMを付けることがあり、そこから興味を持ったという理由もあります。

友人との偶然の出会いか、はたまた組織に入ったことによって得た必然的な視点か。

いずれにせよ、私がBGMを意識することになる理由はここに在りました。

 

そこから細々と自分でYoutubeを漁っては、興味のあるBGMを探すこととなります。

ところがここで問題が生じるのです。

 

「好みのBGMが一向に見つからない!!!」

 

そうなんです。実は私、「落ち着いた雰囲気のBGM」が大好物で、アップテンポなBGMをあまり好まない傾向にあってですね…

世に上がるフリーBGMはアップテンポなものの傾向が強く、「深夜に一人ひっそりと聞いて安心感に浸りながら眠りにつける」ようなBGMをなかなか探すことが出来ず、難儀することになります。

そもそも私の好みの音楽というのがかなり激狭でして。まず、落ち着いた、ローテンポの音楽であることは必須条件として、次にピアノ主体(グランドピアノのような厚みのある低音が聴けるとなおよし)であること、最後に目を閉じていると深い思考に落ちることのできるような(例えるなら、水底に落ちた後のような)音楽が好みドンピシャなのです。

最後の項目は私にとっては意外と重要でして、というのも、なぜか分からないのですが、作業をするのに「何かに没頭するような感覚」というのが必要なんです。

そのキーとなってくれるのが私の場合、「水の音(またはそれを模した音色の音楽)」なのですが、この感覚は外界の世界と自分を切り離し、今から目の前のことに取り組むぞ、というスイッチの代わりともなるものです。

しかし、最近見つけたチャンネルが私の趣向を完全把握しているようなBGMチャンネルでして。

こちらのチャンネルです。

 

https://youtube.com/@soratori?si=Mz5nMCqWSNeBgzZl

「まさにこういうBGMを待っていた!!!!」と言わんばかりに私にマッチしたチャンネルでした。

(よくやった、Youtubeのおすすめ機能…)

ピアノを主体としたBGMが基本で、時にASMR的「川のせせらぎ」要素もあるような動画もあったり、何より大半の動画が1時間で終了するので、休憩や作業進捗を確認するにもよし、といった具合のチャンネルです。

個人的にBGMに求めているものが多いといえばそれまでですが、ここまで私が好む条件にマッチしているチャンネルも少ないと思い、紹介しました。

 

というわけで、今日も私はフリーBGMを漁り、探しては見つけて流しながらやるべきタスクをこなしている状態です。

今回は短いですがここまでにしたいと思います。話すことはあるのですが、複数のトピックにまたがると煩雑になってしまうので。

次回は何を話そうかな…いい加減阿仏尼を語ろうか…どうしようか…

まあ、次回の更新をお待ちください。

最後までお読みいただきありがとうございました!

七夕とそうめん

こんにちは、うらら⛅️です。

日に日に暑さは増して、夏を感じる季節になりました。
そろそろ夏休みが始まりますね。私は今年サークルの合宿係となり、仕事がどんどん舞い込んで来て日々何かに追われているような気がします…(泣)

皆さんは七夕に何か行いましたか?
私は七夕ということで、鎌倉に流しそうめんをしにいく予定を立てています。何気に初めての流しそうめんなのでとてもワクワクしています。

ところで皆さんどうしてそうめんが七夕の風物詩となっているのか知っていますか。

それには説がいくつかあるらしいです…!
1つは、そうめんが織姫の使う糸に似ているところから裁縫や芸事が上手になるようにという願いを込めるため。もう一つは、索餅という食べ物がそうめんの原型で、七夕に無病息災を願って食べられていた風習が残っているためという説だそうです。

索餅というものは、縄のような形をしたもので中国から伝わり、七夕では食べることで疫病退散を願うものだそうです。調べてみてぜひ食べてみたいと思ったのですが、中々売っておらず断念しました…

年々、行事をあまり実施できなくなっているなあと感じ、今年は季節を感じながら過ごしてみようかなと思いました。日本の行事や季節に注目することで、授業などにも活かせればなあなんて思いました。

皆さんも七夕だけでなく、季節の行事に触れてみてくださいね🎋

とり

ごきげんよう、あやめでございます。

お久しぶりですね。6月の後半はおやすみをいただきました。

この間母にさらっと「あと半年で社会人かあ」と言われて総毛立ちました。はやすぎます。怖すぎます。卒論とか終わるのでしょうか。ヱ、終わらない気がしてきたこわい…

前回、筆が進まない話をしたかと思います。半月おやすみしても全く状況が進歩せず、今回は我等がチャットさんに「お題下さい」と言ってお題を貰って、ようやくひねりだすことに成功しました。ぐぬぬです。この3年間なにも進歩していない気がして、ぐぬぬです。

以下の文章を書きながら思いましたが、植物に水をやるときとかに「そ~らごはんだよ~」とか言うのは、あんまりメジャーなことではないようですね?あなたはどう思われますか?仲間ですか?

それから、以下の文章を諸生成AIさんにみせてみたところ、「まなざし」を評価してもらえました。やはり、「そ~らごはんだよ~」は言わないみたいですね。

名前のない生き物と暮らしている

先週から、私の足元、つま先から20センチくらい離れたところに、白い、もふもふして毛足の長い生物が滞留している。体高30センチ弱、幅15センチ、奥行き10センチ、しかし胴体はそれより小さいらしい。一度雨に濡れた時、体積が半分になったか?と疑うほどにぺしゃんこになったことから、そのように推察している。毛が長いからふわふわして大きめに見えている、痩せっぽちらしい。目など、「顔」と思しきパーツは全て毛に覆われてよく見えない。おぼろげに嘴らしきものはみえる。これをもって私はこの生物を「鳥」と呼んでいる。分類学的にどうなのか、今度の休日に図鑑で調べてみたい。 フクロウなのかと疑ったが、フクロウは目玉がギョロ…として首が一周するタイプのもふもふなので、多分コレとは「もふもふ違い」だと思う。

「鳥」は鳴き声がないのか、おとなしい個体なのか、うんともすんとも言わない。何を食べているのかいないのか、フンをするのかしないのか、しているとして、いつしているのか、全て謎である。電車に乗った際も足元を離れず、その日の電車は通勤ラッシュでトマトの缶詰状態だったので、「鳥」は圧死してしまうかと思ったが、電車を降りてもまだ着いてきたので、もう生物であるとも思えない。

愛着からではなく、あくまで好奇心から話しかけてみたことがある。

「こんにちは、私はにんげんです。あなたは生物ですか」

「こんにちは、今日は外気温がセ氏35度です。暑いですが大丈夫ですか」

「そんなところに居ては圧死しませんか」

「せめて風呂場についてくるのはよしてもらえないものですか」

「なぜわたしですか、面白くないとおもいます」

全て沈黙に飲まれた。あるいは「鳥」の喉に飲まれたのかもしれない。

「鳥」は誰かに見えているとも思えない。少なくとも母と妹には見えていないようだった。怖くて他の人物に質問はできていない。私のかなしい脳みそが生み出した妄想の生物なのかもしれない。なぜこんな、モップの権化みたいな見た目なのかは、おそらく「真実はベールに隠されている」とかなんとかいう信念に基づくのだろう。今思いついたことだけれど。

来春から一人暮らしをすることになった。大した家事のスキルも持たず、自己管理能力が高いとも思えず、非常に不安を抱えている。その矢先の「鳥」であるから、これは「ふあん」と名づけるのが良いのかもしれない。

よく晴れるから、布団を干して掃除機をかけることにした。普段は紺色のカーテンを閉め切って、日光を極力入れないようにして、冷房の効いたひんやり自室に籠るが、今日はそういうわけにはいかない。先日バイト中に咳と鼻水が止まらなくなり、困って耳鼻科を受診したところ、アレルギー症状だと言われた。ハウスダストとかそういうのに反応したのではないか、とふんわりしたことをいわれた。一ヶ月分の飲み薬と点鼻薬を処方されて、布団と部屋を清潔にするようアドバイスされた。だから今日は必ず布団を干さねばならない。

何もしないでゴロゴロしているせいで筋肉が削げ落ちた細くて頼りない貧弱の腕で、難儀しつつもどうにか布団を干し、掃除機をかけたら、「鳥」がいなくなっていた。このところ「鳥」にその日あったことを網羅的に語り聞かせるのが寝る前のルーティンになっていたので困った。布団の下に敷いてしまったのか?と布団をめくったり、掃除機で吸ったか?とわざわざ掃除機を解体したが、苦労もむなしく、「鳥」はあっさり私の元を去ったらしかった。毛足の長い、もこもこの「鳥」。私が「今日はただ歩いていただけなのに画鋲を踏みました。屋外なのに。画鋲はやり場に困りましたが、見渡したら掲示板があったので、そこから落ちたものと思って、そこに刺し直しておきました。」とか「今日は友人に会いました。友人と外食に行く約束をしました。私には友人が少なくて、「友人と一緒にごはんを食べにでかける」ことも珍しくて、舞い上がってしまいました。」とか「肩が凝って仕方ないのに、猫背が治りません」とか言うのをノーリアクションで聞いてくれた「鳥」。もういなくなってしまった。

しょんぼりして下を向いたら、さっきあれだけ探していなかった「鳥」が確かに居る。ああ、見落としただけか!と喜んだらやっぱり「鳥」はいない。 このことから、「鳥」は私のかなしい地域に住んでいる生物らしいことがわかった。なるほど、毛足の長いのは、寒さ・過酷さに耐えるためのものであるらしい。素敵な指標ができた。

このことを先の友人に話してみせたら、友人は大笑いした。「鳥」に敬語を使うのがおかしいらしい。

夏は憂鬱

春はあけぼの、冬はつとめて。
夏は、憂鬱である。

日本は酷暑、7月とは思えない暑さである。
家から徒歩15分の駅に行くだけでもふらふらして、具合が悪くなってくる。
駅に着いたらすぐに自販機でつめた〜い麦茶を買って、
すっきりゴクゴク600mlのペットボトルをあおって
およそ400mlくらいをすっきりゴクゴク流し込む。

昨日、誕生日を迎えて21歳になった。
21歳、流石に大人だなァ、と思った。

20歳を迎えた頃は、「やった〜!大人になったぞ!」と思っていた。
21歳を迎えた今は、「流石に大人か……」といった具合である。

私は脳内ハッピーお花畑タイプの人間なので、
自分の誕生日は祭りだ!!のテンションで一日過ごすが、流石にそうはいかなかった。

バイト先の先輩や、アラサーのお兄さんお姉さんも
「ここからどんどん一年が早くなっていくよ」
「誕生日、忘れるよ」
とかいってくるものだから、より不安になるものだ。

20歳として過ごした1年は笑ってしまうくらいあっという間だった。
昨日まで19歳だったような感覚だし、なんなら17歳だと思っている。
見苦しいかもしれないが、事実だから仕方ない。

誕生日は、中学二年生からの親友と共に過ごした。
14歳だったあの頃を思い出し、語り合う。

エモさなんてもんは一切なく、黒歴史にただ悶えるのみだったが。
互いに握り合っているえぐめの黒歴史をポツポツと語っては黙り込んだ。
それほどの仲ということ。

夏は憂鬱。
酷暑と軽度の熱中症と、21歳と麦茶。
ただ、涼しくなる夜を待つ。

彼女2

拝啓 日傘を差しても身体にまとわりついてくる熱気を感じては、マンホールで目玉焼きが焼けるのではないかといらぬ想像をしてしまう季節になりましたね。

ののさんにはお変わりなくお過ごしのことと思います。ちょっと昔に受けていた英語の授業で「傘を差している人がたくさんいる」的な例文が出てきたときに、外は雨なのか晴れなのか、どう捉えるべきかが話題になったことを思い出します。キャンパス護国寺門の横、カフェテリアの窓から見える学生のみなさんは、太陽ギラギラ灼熱の歩道を白、黒、青の傘を差して歩いて行きます。今日はとてもよい天気です。

 サウナのようなホッカホカの屋外とはうって変わって、屋内は空調が整備されていてとても快適な空間が広がっています。カリカリと紙と鉛筆を使ってお勉強をするか、ポチポチとパソコンのデスクトップに向かうくらいしかすることがない私は、冷凍庫のアイスクリームのように涼やかな空間に慣れて、いつか外に出たときにはとろとろと溶けてしまうのではないかという不安に駆られています。

 さて、先日「彼女」を拝読しました。あんなに容赦なく書いてしまうとは、私のドジも泣いてしまうのではないでしょうか。(もちろん、うれし泣きですから安心してくださいね。)あの「性格がペナペナしている」とかいう表現はペラっペラとヘナヘナの集まりですか?なんだか気に入りました。それでいうとののさんの場合は「へヨへヨ」ですかね。今度はののさんのドジも紹介してくださいね。楽しみにしております。

 最後に、おみやげとして最近のドジについてお話ししますね。先日、何を間違ったのか剃刀が額に当たってしまいまして、左の眉毛にスラッシュ(巷ではスリットと言うそうですね)が入ってしまったのですよ。鏡を見て、自分でも思わず吹き出してしまいました。調べてみると眉毛にスリットを入れてる方ってカッコイイ雰囲気の人が圧倒的に多くて、私の好む上品なカジュアルみたいな服装には似合いそうにないんですもの、もうおかしくて。でも朝になってお化粧をするときに消えた部分をアイブロウペンシルで描いても浮いてしまうんですから、その時はさすがに気が滅入りました。伸ばしかけの長い前髪を左側だけ下ろしていれば傍目には気づかれなさそうではあるのですが、髪が目に当たって視界も狭いし、何よりうっとうしいのです。そこでふと思い立って、試しにアイライナーを使ってみたのです。本来の使い方とは違うけれども、普段あまり使わないのでそれで眉毛を描き足してみたところ、思いのほか自然ではありませんか。これでロックな眉毛とはバレないで済みそうです。

 いよいよ夏休みも近づいてきましたね。卒論の中間発表も間近ですね。ののさんが図書館に籠ってヒイヒイ言っている様子が目に浮かびます。これからもしばらく暑い日が続きそうですが、お身体にはお気をつけくださいね。今度アイスクリームでも食べに行きましょうか。また連絡しますね。

敬具

  7月1日

ペナペナな彼女

ののさん

「彼女」https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2024/11/22/

【受験生向け】国語の参考書2選+おまけ

どうもー!
Aぇ! groupの新曲を聴いてるんるんないのり🧸です。
まだリアルでAぇ担に出会えていないので、ファンの方がいらっしゃったらぜひ、声をかけてください!!

今日の話題は、大学受験のことです。
先々週6/15(日)にオープンキャンパスが開催され、私はオープンキャンパス委員として参加していました!本学科を第一志望にしてくださる方も多く、たくさんの文学好きに出会えて幸せな時間でした。

その中で質問を多くいただいたのが、やはり受験について。
夏も迫り、受験真っ只中で不安ですよね〜

そこで、ちょっとでもお力になれたらと思い、私がお世話になった参考書などについてお話しします!
私のときと変わっていることがあるかもしれないので、あくまで参考程度に見てください。

私の入試事情

私は一般入試で本学に入学しました。

アイコンのテディベア
今これを読んでくださる方々は総合入試をする方の方が多いのかな……?

今回はそれも考慮して、国語に絞って書こうと思います。
受験では使わない方も入学後に絶対活きてくる知識なので合格後の勉強などにしてみてください!

【古典】『元井太郎の古文読解が面白いほどできる本』

私の大好きな参考書はこれ!
元井太郎の古文読解が面白いほどできる本

“文法、敬語、単語は完璧なのに問題解けない!”という人にめちゃめちゃおすすめです!!

文法、敬語、単語はひたすら暗記すればどうにかなるのですが、読解には読解の知識がいるのです!
そのコツがわかりやすくまとめてある優良本です。

私はこの参考書に本当にお世話になりました。これで古典が読めるようになったと言っていいくらいです。

アイコンのテディベア

それまで古典はダメダメでした。
実は私、科目としての国語は一番苦手です、、日文にいるのにね、、、

受験でいらないよー!という方も入学後は古典に触れることが多いので古典の知識は身につけてなんぼです!
特に1年生はどの時代も満遍なくやるので!

【現代文】新聞の社説

現代文でお世話になったのはこれ!

“新聞の社説”

1日1個読んで100字ほどに要約していました。論説文のようなお堅い文章は読み慣れていないと内容が全く頭に入ってこなくなるので慣らすためにも読んでいました。

この効果なのか、文章を読む際に事実と、意見が分かれて見えるようになったり、文章の構成が見えるようになったりしました。

”見える”って日本語合ってる?と思うかもしれませんが、言葉にしたら”見える”が1番近い気がします。

受験中はテレビを見なくなり世の中のことに疎くなりがちですが、社説を読んでいれば少しは知れるようになります!

新聞とってないよー!という方は、図書館に行ってみてください!
私も図書館で読んでいました。各新聞社のものがあるので選び放題です!!

おまけ

受験期のものを漁っていたら、こんなものを見つけました。

日女用のメモですね。

私は、試験直前に新しいこと入れても覚えられる訳ないと思っていたので、これ日本史の教科書だけ持って行っていました。

事前に過去問を解いて時間配分解く順番を決めておいて、時間も試験時間通りにメモしてました!
あと、注意ポイントをメモしているのかな?

個人的に付箋にメモをするのおすすめです!他の大学を受験するときは上の段を入れ替えて持っていけばいいし、色々融通が利くので!

恥ずかしいですが、せっかく残していたので誰か参考になれば!

以上、国語の勉強法を一部お見せしました!こんな風に紹介していますが、サボっていた日も多くて偉そうに言えないんですけどね💦

人それぞれ合うものが違いますから、道に迷ったらこのブログを参考にしてみよ〜くらいに思っておいてください。

受験勉強はこっから頑張りどきなのでファイトです💪!

いのり🧸

🌱コトバ


群青色の空にはわずかな光が残るばかりで、暗い風景に俺や佐伯の顔が二重写しになっていた。
「もうすぐ夜に追いつかれるな」

森見登美彦『夜行』

”夜に追いつかれる”という言葉、美しすぎませんか?この文章を読んではっとしました。
自然と空が暗くなるのではない、夜が私たちを追って空を染める。クラデーションに変化していく夕方の景色の中に夜の意思を感じました。

この本はひとつひとつの言葉が美しく、読むたびに新しい言葉の旋律に浸れます。
みなさんも帰りの電車に揺られながら不思議な夜の世界に迷い込んでみませんか?

私はどう生きるか

大学3年生、夏。
就職活動が本格的に始まってきた。

もっと、こう、「位置について、よーい、ドン!」で始まるものかと思っていたがどうにも違うらしい。
いつの間にか「合説(合同説明会)一緒に行かない?」なんて誘いを受けるようになってきて、いつの間にか皆すっかり就活モードになってきた。
それがちょうど6月中旬ごろ。みんな一斉に就活をはじめていたようだから、私の知らないところで「よーいドン!」のホイッスルは鳴らされていたのかもしれない。

小さな頃の将来の夢は、今思えばあっちこっち行って忙しいものだった。
覚えてるものといえば小説家、弁護士、エッセイスト、小説の編集者、漫画の編集者、国語教員、エトセトラエトセトラ……。

結果、今私はノリでなんとなく就職活動している。
なんとな〜く、エンタメかなあと思ってエンタメ業界の中でもなんとな〜く一つの業界に絞って。
でも、結局なんとなくで行きたいと惹かれる場所は自分に合っているような気がする。
人で言うなら運命の赤い糸のような、巡り合わせのようなそんな引き合う感じ。

そう思うと、今後一生勤めるかもしれない企業をこの1年足らずで決めるなんて、随分豪快なシステムだなァと思う。
在学中のこの忙しい中、片手間で人生を決めるなんてワイルドすぎる。
このシステム、スギちゃんが考えた?

嘆いても仕方ない。
ひたすらエントリーシートと向かい合う日々。
なかなか充実した大学生活をしている中で生まれたエピソードの数々を、手を変え品を変えコネコネコネコネ……。

「どうですかね、私随分頑張ってると思うんですけどぉ……」と、両手を擦り合わせながら上目遣いで様子を伺っている気分である。
就職活動、こんなにもガイドがないものなのだろうか。
就活アプリを入れたら勝手に進むと思っていた。
手探りも手探りな日々である。

一年後、私はどうなっているだろうか。
来年の今頃は、もう社会人としての人生が決まっている頃らしい。
なのに、もうやる気をなくしかけているのが現状。

自分の人生に、どこか他人ごとである。
私はどう生きていくのか。どんな未来を歩むのか。
楽しみでありながら、ぞっとするほどの不安を抱えている。

現代文学(エッセー)と私

 私の家は蔵書が多い方だと思います。私も家の人も全体的に本をよく読む方、だと思います。

勿論、小説の類に全く興味が無く、本よりもゆっくり解説を見ている家人も中にはいるわけですが、そんな人でも旅行に行く時はるるぶやらことりっぷやらを複数開いて、ああだこうだやっぱりやめようなど言っています。時代はネットで、私も今このブログはパソコンで書いているわけですが、やはり手元に物としてあったほうが、私たちは安心するみたいです。

 しかし最近、買うという行為には至ることが少なくなりました。自分で言うのもなんですが、私は人と比べて文章を読むのが速く、家の人も比較的読むのが速い。そして全員、近日中に読み直すということがほとんどないということで、図書館にあるもの、特に小説やエッセーは本当に買わなくなってしまいました。

直木も芥川も、昨今の候補作は全て図書館で借りて、ギリギリになって家族内で回覧板のように高速で回して、期限日に返却なんてことがざらにあります。本を愛するものを名乗ったものなら殴られそうなことだよなと思いつつマックのポテトレベルで消費しています。

 図書館で話題の本を借りる、という人は私たち家族以外にも沢山います。特になんたら賞とか取ってしまうと大変。予約番号が二桁、三桁になり、手元にくるのが何カ月も後なんてことはざらにあります。

先日も、知らない本の受け取り順が来たというので取りに行きました。調べて見ると、一年ちょっと前予約した本でした。なんでこの本予約したんだろ、有名な作家さんだけれども賞も取ってないし…。と家族内でちょっとしたミステリーが発生。

読んでみたら面白い内容だったので、新聞のおすすめとかに出て来たのだろうという結論に落ち着きましたが、未だ疑問が湧きます。一年も経つと人間、こんなに忘れるものなのでしょうか。

***

 そんな環境で日々を過ごしておりますが、それでも内容も見ずに買い集める作家さんの本というのはありまして、そのうちのエッセー部門で光り輝いているのが朝井リョウ先生と群ようこ先生です。

 個人的朝井リョウ先生の傑作は、部活を辞めるのでもチアしてるのでもなく、『時をかけるゆとり』『風と共にゆとりぬ』だと考えております。これらのエッセーを読む前に代表作は受験の関係で読んだ気がするのですが、エッセーの方が強烈で、作家本人と作品は違う次元のものなのだなと考えることが出来ます。

家族も先生のエッセーは好きでして、私の家族内での先生の呼び方は、うんこ先生、トイレ大明神、そしてその敬称が外れた単語単体等々。敬意をもって様々な形で会話に登場してきます。最近、冷房が寒くて腹が下りそうな時に訴えとして「リョウってくるわ」と言って見ましたが、見事通じました。

トイレ大明神先生のエッセーにはいろいろなことが書かれており、私たちはげらげら笑いつつ、たまに生活の参考にしております。就職活動とかは全く参考にはなりませんでしたけれども。

例えば、私の場合、先生のエッセーでとある朝食ビュッフェを知り、私もパンケーキが無限に食べたいなと憧れ、友人たちを巻き込み早朝からその件のビュッフェに行きました。

あの時のことは一生忘れられません。確かに久しぶりのビュッフェではありました。かなり気合が入っていて、ペースの早い大食いの友人を誘いましたし、私自身でも前日の夜から小食にして腹をすかせました。でもまさか、上からリョかけるとは思いもしませんでした。

あれ以来は節制しておりまして、お酒の場含めて少なくともトイレにこもることはありません。件のレストランのあるフロアのトイレは個人的な”Sites of Memory”として、近くを通るたびなんとなく首を垂れています。歴史を繰り返してはならない。

 群ようこ先生は私が生まれた時からその著作が家の本棚に大抵全てコレクションされていたので、小学校中学年のころから笑い読んでいました。先生のエッセーは振り仮名もついていますし、何よりも児童文学にはない面白さがありました。つまり、図書館で言うと、子どもコーナーと大人コーナーどちらに行けばいいのかわからない時期の私にはとっておきでした。

先生のエッセーは普段の生活が舞台ですので、世の中の生活に纏わる様々なものが登場してきます。SNSもゲームもやっていなければ、早く読み終わるからという理由で漫画が規制されていた私は先生のエッセーから(多少時代遅れ感と年上感のある情報とはいえ)様々なことを学びました。

例えば角栓取りのパック。毛穴の汚れってなあに?というピュアさを持っていたころでした。母は既にパックの恐ろしさを知っており、家に置きもしていなかったので、サン宝石のカタログで写真を見ても、鼻にスライム貼り付けて冷たくないのかなと思っていたぐらいでした。

そんなときに、『またたび回覧板』でその使い方と痛さを知ってびっくり!『十三日の金曜日』のジェイソンになったり、パックから汚れが生えているのを見るのは楽しそうだけれども、痛いって何。え、これ肌に悪くないの。

ご存知の通り、角栓取りのパックは肌に悪いどころか毛穴も更にオープンしてしまうものでした。さすがに角栓が気になる最近の私はパックではなく酵素洗顔と潤すタイプのパックを愛用しております。

薬局で洗顔コーナーの横を見ると大抵ある、角栓取りのパックを見ると、汚れが生えているのを私も見てみたいと一瞬魔が差しますが。なんとか毎回ぐっとこらえて、売り場を後にします。

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 このブログを書くにあたって、もう一度先生方の本を読みなおしてみたり、他にエッセー本はあるかなと探して読んでみたりしました。当時読んで面白かったエッセーとかもあるにはあるのですが、今読むと私の手の行く先は、口ではなく頭。好みも成長するものですね。

しかしお二人の作品は現在読んでも面白くて、何よりも文体が読みやすく、頭にすらすら入ってきます。改めて、私にとっての理想のエッセーはトイレとジェイソンなのだなと考えましたし、私もお二人のような文章が書ける人間になりたいと思いました。

内容はもう少し美しくいきたいですけれどもね。