早口

こんにちは。お久しぶりです。

3月の初めにブログを更新して以来、長らくお休みをいただいておりました。その間にブログ部では新入部員をお迎えし、その一方で先輩方の門出をお祝いするという、大きな出来事が2つ続いておりました。まさしく春、出会いと別れの季節を感じさせます。

また、昨日は本学でも入学式が開催されたとのこと。新入生の皆さま、ご入学おめでとうございます。

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さて、お休みをいただいていた私の3月はといいますと、ニヤリ。とある準備を進めておりました。今回はその宣伝をすることを宣言します!

私たちは「ブログ部」という名の下で日文の魅力(と女子大生の生態)を発信するべく、こうして日々ブログを書いています。(いつもご愛読ありがとうございます!)

しかし、ブログを書くのに必要なのは自分の相棒PC1つのみ!ブログ部全体での顔合わせ会(Zoom使用)は長期休みにあるものの、部員同士が顔を合わす機会はまだまだ少ない!このままではお互いの名前ばかりは知っているもののお顔はよく分からないという状態が続き、大学構内を歩いても気まずいスルーライフになってしまうのですよ・・・!せっかく同じブログ部にいるのだから、ぜひとも部員同士顔を合わせて、ついでに互いの趣味についても語り合ってみたい!という思いつきから出来上がった企画がこちら、

「 女子大生目白対談 」

(・・・正直どうなんですかねぇ、このネーミングは。分かりますか?『東海道四谷怪談』と音が似ているような?そうでもないような?)

この企画というのは「対談」という名を冠しておりますけれども、実態は「おしゃべり会」となる予定です(笑)。1つ対談らしいものといえば、そこで話した内容を雑誌記事の如くこのブログを通じて紹介する、ということでしょう。

(私の脳内では「推しの先輩・後輩と合法的に会って話す」機会の提供、すなわち「推しの先輩と話せることになっちゃった~!大丈夫大丈夫!合法だから!めっちゃ楽しみ~」という女子校あるある(?)をイメージしていたのですが、部員には上手くお伝えできていないかもしれません。要するに、対談という名目で学年の垣根を越えて仲良くなっちゃえぃっ!というのが真の目的です。学年をまたげば履修・進路の相談とかもできますし、「大学の先輩」「大学の後輩」っていうワードがなんか格好よくないですか?(※個人の感想です。)もちろん同学年で集まって普段は中々できない濃密なオタクトークを繰り広げて、これを機に仲良くなったね!やったー!というのも大歓迎でございます。)

ありがたいことに、この企画に参加してくださる部員が数組できまして、(本当にありがとうございます!)これから度々そのようなブログが発信される予定です。詳しい日程は未定ですが、これを機に日文生のガールズトーク、さらには現役女子大生の日常生活の片鱗をお伝えできれば幸いです。

乞うご期待!

実習ガチャ失敗

 皆さんこんにちは、あかりです。ついに新年度が始まりましたね、始まってしまいましたよもう!4月なのに冬みたく寒いわ就活は始まるわで私は早くも憂鬱でございます。中でも泣きたい出来事を今日は思いっきりぶちまけます。

 日本文学科こと日文ではいくつかの資格課程があります。教員、学芸員、図書館司書などがあり、複数の資格に興味がある場合は同時に取ることもできます(おすすめはしません。時間割がどえらいことになります)。私が履修している「日本語教員養成講座」(以下日本語教員)は国家資格の登録日本語教員になるための勉強ができる資格課程です。日本語教員とはざっくり言うと海外の人に日本語を教える職業のことです。日文は必修科目と日本語教員の授業が被っているものが多く、個人的には履修のハードルはそこまで高くない印象です。とはいえ、必修と被っていない授業も当然存在しますし中には資格課程にはありがちな卒業要件の単位にはカウントされない授業なんてのもあります。そして資格課程であるからには当然実習も存在するわけで…

他の資格課程はどうなのかは知りませんが、日本語教員の実習はいくつかの班に分かれて行われます。授業の時間は班ごとに違い、月曜5限、水曜5限、金曜5限の三択が設けられていました。春休み中にどの時間の授業が良いかのアンケートがメールで送られ、その希望をもとに班の振り分けがされるという仕組みでした。しかし、希望は所詮希望でしかありません。そう、絶対ではないのです。お察しの通りこの私、あかりは見事に大☆爆☆死!あろうことか茶道部の時間と思いっきり被った金曜5限組になってしまったのでした。しかもよりによってお茶の先生がいらっしゃる活動日…トホホ。新年度早々アンラッキーにも程があります。こんなんもうブログのネタにして笑い飛ばすしかありませんよね?しかも今は新入生が来たばかり&履修登録が始まる時期、資格課程の話を書くにはベストタイミングすぎる。新入生の皆さん、良かったらこの話を履修登録の参考にしていただければ幸いです。先に書いた通り、日文にいると取りやすい資格課程ではあるので、「何か資格を取りたいけど何取ればいいか悩むなー…」という人には割とおすすめです。かくいう私も「日文と授業被ってるし取るの楽そうだな」という不純すぎる理由で勉強しています。どうか日本語教員養成講座研究室にバレませんように…。え、ブログに書いてる時点で手遅れ?おっしゃる通り。

とまあ、そんな個人的な不安は横に置いといて。資格は沢山あるのに越したことはないので良かったら新入生の皆さんも何かしら資格課程を登録してみてはどうでしょうか?それではまた次回お会いしましょう!

想像の欠片、その名も「知識」

皆さんこんにちは。みちこです。

本記事の投稿日は4月1日。新たな学年の始まりの一日です。

進級した2年生以上の学生は本日、新学年のガイダンス日でした。いよいよですね。

私は春休み中、授業が始まってほしくてほしくて仕方がない、マイノリティー側の学生だったので、こうして新学期が始まってくれた(ようやっと授業が始まってくれる)ことに喜びしか感じておりません。

どうせまた大変だし、忙しいのでしょうが、それを差し引いたとしても好きなことを好きなだけ学べるこの感覚はそう長く味わえるものではないでしょう。しばらくはこの感覚に浸ることとします。

 

さて、本日のテーマは「想像と知識」としました。

これは前に書いた「発想の源」という記事に書いたもの(https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2024/05/07/)とテーマ自体は似ていますが、観点は違います。この記事は「創作活動における」発想の源というつもりで書いています。

しかし今回は「鑑賞における気づき」という側面が大きいものとなっています。

前者が「アウトプット」だとするならば後者(今回の記事)は「インプット」により近い性質のものだと思って頂けると良いかな、と思います。

などと分かりにくそうなことを並べていても伝わりそうもないので、ご説明しますね。

 

先日、念願叶って能を鑑賞しました。我が学科の中世分野担当の石井倫子先生と、先生の授業を取っていた有志の生徒10数名と共に「武文」を鑑賞してきました。

「国立能楽堂」という東京は千駄ヶ谷にある能楽堂で鑑賞してきました!(あいにくの空模様でした…)

正直「これが能でいいのか!?」という感想を第一に抱きました。

皆さんは「能」というとどんなことをイメージされるでしょうか…?

おそらく大多数の人が「伝統芸能」という名ににじみ出る「お堅い」イメージを思い浮かべると思います。私もそうでした。(石井先生の講義を取って何度も「そうではない」のだと教えられたところで、やはり実物を見ないことにはそのイメージを完全に払しょくすることは出来ませんでしたし…)

では、何がそんなに私を驚かせたのか。

それは、「役者の演技」と「演出」の二つの要素だと私は思いました。

 

①役者の演技

鑑賞していて特に印象に残ったのは「舵取り」の演技でした。かなり現代劇風だったからです。「舵取り」は野村萬斎さんが演じていたのですが、まず登場時からかなり印象に残りました。

この役は登場時から「お調子者」というか「チョイ役」みたいな立ち位置だったのですが、それが私たちがイメージするそれらの役のイメージとピッタリ重なっているように感じました。

先述の通り、能は「お堅い」イメージがどうしても拭えないでしょうからその壁を取っ払って少しでも「親近感」を味わってもらうための「新演出」だったのだろうと思います。

にしてもあれだけオーバーな演技が演目の世界観と離れることもなかったというのは、間違いなく役者である野村萬斎さんの力量であるのだろうな、と(誠に勝手ながら)思いました。

②演出

「火つけ」の演出に特に驚きました!成人男性一人が両手で抱えるくらいの大きな松明(火の部分はおそらく糸か紙かを使用している)が出てきました。まるで現代劇のような形の小道具が能の世界から飛び出してきたことに驚きました!

しかもこの時の火付け役の演者の動きも、能舞台全体を使って「屋敷に火をつける」動きをしており、「新演出」と銘打っているだけあるな…と思いました!

 

「能ってこんなに現代チックでもいいんだ…!」という驚きと共に私は囃子、いわゆる「バックミュージック」にも注目しながら見ていました。

さて、ここからが本題です。(←遅っ!)

演目が始まる冒頭部分、けたたましく鳴る笛の音とともに「武文」は幕を開けました。

この部分は「夜」の部分であるという注釈がついていましたが、夜の殺伐とした雰囲気を開幕の笛の音、小鼓や太鼓(そして打者の声)で表現するというのは中々に想像力が広がる演出をしたな、と思いました。

(ここからは完全に個人の感覚の話になるので、全く共感できない人もいるかとは思いますが、ご容赦下さい。)

開幕の笛は夜に活動を始めるような、鳥の中でも獰猛な部類の鳥の鳴き声であろうと想像しました。それらの動物たちが夜に活動を始め、反対に昼間に活動をして、夜に活動をしない動物たちはそれらの動物たちに狩られないよう、おびえながら夜を越すしかない。私はこんなイメージを抱きました。

(あるいはあれは、「木々が風にこすれて揺れる」音だったかも知れません…少なくとも、「これから起きる事件に対して不穏な要素を暗示するような開幕」であったとは感じました…。)

 

何を言いたいかというと、これは単に「想像力が豊か」という話では片づけられないのではないか、その背景にはその人が得てきたもの、すなわち「知識」があるのではないか、という話です。

これは授業で得た「能楽の知識」のみならず、「物語の知識(どのように展開しやすいか、このような演出がなされる時はこういう意図がある、など)」、あるいは「生物の行動習慣による知識」など様々な知識が「想像」の種となる。そう感じました。

もしかしたら私が「学ぶことが好き」なのも、こういう「想像の糧は知識だ」と無意識のうちに考えていたからかもしれません。最近、引退してしまったサークルの先輩に影響されて作曲の勉強をほんの少しかじっているくらいですから…。納得いくような曲はまだ作れていませんが、そのうち絶対に作ってやる…という思いで気長に学ぼうと思います。

 

さて。こんな話をされて誰が喜ぶのでしょうか(笑)いつにも増して着地点を決めずに書いているため、読みにくいところなどあると思いますが、ご容赦ください。

他にもブログ部員で同じ演目を見に行った方はいらっしゃったと思うので、ぜひ他の皆さんの感想も聞いてみたいところです。

といったところで今回は終わりにしたいと思います。

次回は何を書いているでしょうね…久々に息抜きに推しの話をしても怒られない…よね?

そのうち気が乗ったら書きます(笑)

それでは失礼いたします。最後までお読みいただき、ありがとうございました!

言語の単位のはなし

皆さんこんにちは、しおんです。

今日は2024年度最後の日ですね。それと同時に新しい一年の始まりの日につながる日でもあります。

今日は東京の桜が満開になったとニュースを見ました。

改めまして、2025年度本学に入学される皆様本当におめでとうございます。入学式まであと2日、新しい環境に進むことの緊張と不安、それと同時に大きな喜びも感じていらっしゃることと思います。

桜と共に入学される皆様とお会いできることを心から楽しみにしております。

さて、今日は入学に際してどんなことをすれば良いのか、しておいた方が良いのかと不安に思っている方の助けになるようなお話ができれば良いなと思います。

皆さんはきっと、高校から大学に進学にあたって、この隙間の春休みの間に勉強の習慣をなくさないようにと何度もいろいろな方から言われていらっしゃると思います。

ですが、正直勉強の習慣といっても、高校と大学では学ぶことも全く異なりますし、何をすればよいのやら……。と思った記憶が私にもあります。

そんな時に私がおすすめしたいのは、言語の勉強です。

特に、検定の勉強をしていただきたいのです!

これからの社会に様々な言語が必要になるから、という抽象的な理由ではありません。

まず日本文学科では、必修の英語の単位8単位(4授業)の他に、選択外国語を4単位(2授業)修得しなければいけません。選択外国語の種類は、ドイツ語、フランス語、中国語、韓国語の4つです。

1つ目のメリットは、ここにある言語の検定の勉強をしておけば、一歩先に進んでおくことができるということです。大学で初めて知らない言語に触れるのは正直とても不安で、わからないことも多いと思います。ですが、数ページでも触れておけば、これ知ってる‼と安心する材料になるのではないでしょうか。

2つ目に私が検定の勉強をおすすめする一番の理由は、合格した検定のレベルによっては自由選択科目の枠に4単位分単位が認定されるということです。詳しくはシラバスを見ていただきたいのですが、4単位分はかなり大きいです!

ここまで、自分だけ何もしていないかもという不安感を拭うためであったり、勉強の習慣を途切れさせないためであったり、単位を認定してもらえるなど、手段としての言語についてお話ししてみました。

ですが、言語は手段としてだけでなく、心と世界を豊かにしてくれます。授業や単位をきっかけにして、皆さんの世界がもっと広がりますようにと思っております。

これから始まる大学生活、何もかもわからないことだらけの毎日が続くと思いますが、自分らしさを忘れずに毎日を過ごしていってくださいますように。

それでは、また。

                                    しおん🐦

春休みもこれでおしまい

こんにちは、みくです🔥

自分に合ったブログの書き方を模索するべく、今回は日記形式にしてみました。以下、毎日コツコツ書き溜めていたものになります。

・小学校のころからのお友達と一緒に人生初、アフタヌーンティー。恵比寿にある「ACCUEIL」というカフェに行ってきました。時期的にバレンタインっぽいチョコレートのスイーツづくし。スイーツはもちろん、初めて飲むフレーバーの紅茶を飲むことができ、大満足。おしゃれなスイーツはどこから食べれば良いのかわからなすぎて、二人して「?」という顔をしながら大口を開けてスイーツを詰め込むという、絶対にマナー違反な時間も生まれていた。
・ホテルなどで開催されている格式高いものもたくさん見かけたけど、ラフなカフェにして本当に良かったね、とお友達と言い合った。いつか二人でおしゃれの最上級みたいなアフタヌーンティーに挑戦したいです。

・新宿ルミネでダブルヒガシさんの単独ライブ。楽しすぎる。久しぶりに生で見る&単独ライブならではの、二人とファンだけが楽しいただわちゃわちゃするだけの時間。楽しすぎる。

・大阪遠征。初めは一人で行く予定が、私が両親に信用されていなすぎて心配され、最終的に母との旅行になった回。信用されていない理由は、高校の時に毎日使っていたはずの駅で迷いに迷い、困りすぎて親に電話するというダメエピソードのせい。冷静になると絶対に違うというのはわかっていても、駅を歩くと「前の人が行く方向が自分の目的地」だと思い込んでしまいます。ただ、最近はこれが極まってきて「自分と同じ場所を目指していそうな人」を選んで後ろを歩き続けていると気がつくと目的地に到着しています。かなりおすすめ。継続は力なり。
・今回の旅行の一番の目的はお笑いライブ。90分の寄席と、最近気になっている例えば炎さんの初単独ライブ。初めての「マンゲキ(なんばにある劇場)」で良席を確保することができ、もう最高という感想しか出てこない。中盤、笑いすぎて手足が痺れてきましたが、そんなことも気にならなくなるくらい笑っていました。あの時絶対酸欠だった。大阪まで来てよかったと心から思える満足感のあるライブでした。また遠征したいな。
・ホテルの近くに造幣局があったので見学に行ってみる。歴史ある造幣局と誕生日が一緒で、なんとなく親近感。
・500円、100円硬貨が主に製造されているらしい工場を見ることができて面白かった。硬貨を作るところは埼玉にもあるみたい。新都心駅の近くらしいけど、そんなのあったかな。
・食べたもの。千とせの肉吸い。たこ焼き。肉。串カツ。たこ焼き。豚まん。

・ブログ部の定例会に参加。ご飯のあとカラオケ。リアルに会うとみんな照れ照れしているように見えました。私も人見知りすぎてめちゃくちゃ緊張していましたが、最終的には仲良くなれました(よね??)先輩方とも顔合わせができたのが嬉しかったので、また開催された時は参加したいです。

・今日から三連勤。春休みが終わったらこんなに働けないだろうから、頑張って労働。
・野良の大学生ってこんなに稼いでいいの?

・友達と履修を考える。絶対に取りたい演習があるけど、抽選だと人気そうで不安。2人のLINEでは「履修プレミアムとかないの、金払ってでも当たりやすくしたい」「課金いけます、させてください」という割とありえない会話も飛び出した。

・近世ゼミのお食事会。福田先生のお宅にてたこ焼きを100個錬成。たこ焼き班が一心不乱に焼く間に、先輩方が炊き込みご飯のおにぎりを作ってくださっていた。
・ちょうどいい感じに人が集まってくるのと同時に、料理もぽんぽんぽーんと出てきて、福田先生のスケジュール管理は凄まじいな、なんてよだれを垂らしながら思っていた。
・あの品数の多さに対して「ぽんぽんぽーん」なんて言っちゃダメ。
・先生お手製のスペアリブ、人生で一番美味しかったかも。私がこっそり3きれ食べていたの、誰かに見られていないといいなと思った。
・先生や先輩方がいろんなお話をしてくれて、近世ゼミの先輩、というかうちの大学の卒業生ってすごい人ばっかりなんだ、と10回くらい思った。

・姉の大学の卒業式。普段から趣味で髪をいじっているので、ヘアメイクを頼まれた。ベリーショートの姉の髪を結って髪飾りをつけてあげたらとっても褒められて嬉しい。頑張った甲斐がありました。

・演習の抽選結果が出た。私は4つ先行かけたら3つ通りました。去年のリテラシー演習が練習になってるんだろうけど、あれでもいっぱいいっぱいだった私はどうなってしまうんだろう。あとこの前のお食事会で先輩が教えてくれた中国思想演習は後期だけ当選した。やった。
・演習の抽選に対して「先行かける」って言い方であってるのかしら。お笑いのチケットと同列で考えている自分がいます。

今回、ほぼ毎日書いてみましたが、こんなことをしたのは初めてなのでもう一ヶ月くらいこの形式でやってみたいなと思いました。続くかなあ〜?見返してみると忘れていたことも結構あって自分では結構おもしろかったです。あと今回は写真とかいじってみました。機械音痴すぎてなんか変?
練習しときます!ではまた!

はじめに

こんにちは、ゆきほです🍵

卒業式の日に、昨年度ブログ部部長のずきさんとお会いすることができました!

ちょうど4年前の今ごろは、ずきさんたちブログ部の先輩方の文章を毎日楽しみに読んで、大学生活にワクワクと少しの不安を抱えながら過ごしていました。
そんな私がブログ部員になって、ブログを通して入学前から知っていた先輩方と直接お会いすることができて、何なら部長まで務めさせていただいて、今日はついに最後の更新日だなんて。4年前の私は信じられないと思います。

ずきさん!お会いできてとっても嬉しかったです!!ありがとうございました!!

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今パソコンでこの文章を読んでいる方は、画面左上にある三本線をクリックして、執筆者の中から「ゆきほ」を選んでみてください。

スマホで読んでいる方は全部読み終わってからでも大丈夫なので、今日のブログのすぐ下にある、「ゆきほ」を押してみてください。

“投稿者「ゆきほ」のアーカイブ”が現れて、今日のブログが1番上に出てきましたか?

私が今までこのブログ部のブログを読んできたように、これから先も、様々な環境に置かれている様々な人が今日のブログを読むことになるでしょう。もしかしたら人生に悩んだ私が戻ってくることもあるかもしれません。

以下に続く66本のブログは、人との縁に恵まれ、興味の向くままに学び、たくさんの”好き”に出会い、実り多い幸せな4年間を送った大学生が書いたものです。

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卒業式の日に友人から「今はまだ全然卒業する実感がないけど、みんなが書いたブログ読んだら泣いちゃうかも」と言われたため、泣いていたらどうしよう……と若干心配しながらここまでの文章を書いています。今のところ泣ける箇所はないはずです。

かく言う私も卒業式の日は全く卒業の実感がありませんでしたが、毎日「何か出し忘れている課題はなかったっけ!?」と不安になって見ていたmanabaを全く開かなくなり、JASMINE-Naviにもログインすることができなくなっていると気づいて、本当に学生生活が終わるんだということをようやく実感し始めています。

私はこの4年間で新しい“好き”を見つけて、”できる”ことが増え、そして同時にいつからか忘れてしまっていた”好き”や“できる”を思い出すことができました。

街中で見つけた崩し字をちゃんと字として読むことができるし、何なら字母まで説明することができるようになりました。

三日坊主で飽きっぽい性格だと思っていたけれど、バイトは4年間続けることができて昨日無事に退職しました。

人前で話すことは苦手だと思っていたけど、演習授業での発表を通して、たくさん調べて準備してきたことを「いかにして伝えるか」考えることの楽しさを知りました。そういえば私は、学級会の司会もするし、卒業式の呼びかけとかにも立候補できちゃうような小学生でした。

テスト勉強も宿題もいつも頑張り切ることができなくて、「根気がない」「詰めが甘い」と言われ続けてきましたが、私でもちゃんと頑張ることってできるんだ!ということに気がつきました。卒論を35000字も書いておいて、もう「根気がないからできない」とは言えません。

高校生のときにはリーダー系の仕事はもう絶対にやりたくない!と思っていたけど、いろいろなところで責任ある仕事を任せていただいて、たくさんの支えのおかげで務め上げることができました。『研究ノート』の発行ができたんだから、どんなことでも絶対にやり切れる!と思っています。

生活圏の変化によって足が遠のいていた地元の公共図書館にも、司書課程の授業を受けてから通うようになり、ある時から読むのをやめてしまったシリーズ物の小説を図書館で借りて全巻読破しました。イベント情報も、郷土資料室も、児童書コーナーも、知識を得たことで見え方がガラッと変わりました。

もちろんこのブログもその1つです。

無遅刻・無欠席で更新することができた67回分のブログは、私にとって紛れもない大きな自信になりました。自分が書く文章を好きになることもできました。みんなから「ブログ読んだよ!」と言ってもらえて本当に嬉しかったです。

4年間で見つけた、たくさんの根拠に基づいた自信があれば、これから先どんなことがあっても強く生きていける気がします。

私の4年間に関わったすべてに感謝の気持ちを込めて、このあたりで筆をおこうかと思います。

ではまた。ありがとうございました。

飛び立て!!

ああ なんて軽い
心が軽い、からだが軽い
胸いっぱいに爽やかな風を吸い込んで
志をもって あの輝きに飛んでいける

ああ なんて重い
どうしてこれほど重いものを持ち続けていられたのだろう
心が重い、からだが重い
あの過去に、あの記憶に立ち向かうのが怖くて
これまでずっと逃げていたけれど

だけど

その思いがあったから大切な価値観に出会え
その想いがあったから他の誰かを救う希望になった

ああ なんて重くて軽い
胸いっぱいの想いがある
からだが動き出す想いがある
この想いを持って 世界に愛を届けたい

みんなが あなたにしかない経験を持っている
あなただから救える人がいる
それぞれの命が輝きますように
幸せの連鎖の起点になりたい

あなたにはどんな夢がある?
あなたにはどんな想いがある?
自分の人生自分が主役!
さあ!飛び立とう!!



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こんにちは!だいふくです🌟
あっというまに4年間が過ぎ、3月20日に卒業式を迎えました。コロナ禍でどうなることやらドキドキしながら入学して、次第に対面での授業も増えていき、できることも増え、最高に充実した状態で卒業できました。
私は高校まで共学の学校に通っていたので、女子校・女子大とはどんなところなのか…‼と、不安もありながら入学しました(トイレでぼっち飯かも…という今考えるとあり得ない妄想をしていました(笑))。

私のイメージでは…
日本女子大学全体に言えることですが、特に日本文学科は、みんな好きなものがそれぞれあり、それに没頭して深く研究し、極めていく人が多いように感じます。熱中できることがあるからこそ、他の人の好きなことや好きなものを大切にでき、話しているうちに新たなアイディアが生まれたりもします。
先生方も個性的で授業もおもしろいですし、なんといっても、本当に素敵な友達がたくさんできました。この大学での出会いや思い出は、すべて宝物です。

私は、大学4年間を通して夢ができ、これからの人生どう生きていくか、どのように考えどのように在りたいか、志ができ、道ができました。

想像してみてください。
あなたの自分の理想の姿は何ですか?
人生最期のとき、どのような状況で、どんな人たちに囲まれ、どんな言葉をかけられ、どんな気持ちでその最期を迎えたいですか?
そうなれるように、日々どんな自分で生きていきますか?

大学時代、多くの方々から未来を考えるきっかけをいただきました。
大学3年生のころの短期留学プログラムを通じて、素敵なホストファミリーに出会えたことから、一歩踏み出したい誰かを応援し、背中を押せるような、世界のママになる!という夢ができました。(2023年9月のブログ参照)そこから、それを体現するためにはどんな仕事をしていきたいか、私が命を使っていきたいことは何なのかを、自分と対話し友人と話し、想いがまとまって、今では生きていく上での大きな力となっています。

この夢や想いに結びつくまで、今まで目をそらしていた自分に向き合い、寄り添う時間が必要でした。何か将来のことを考えるたびにストッパーになっていた自分の嫌いな自分。そんな自分に向き合うのって本当に辛いし、できれば忘れてしまいたい。でも、過去を乗り越えないままではずっと重りをつけたまま、ストッパーをかけたままなんとなく生きていくことになってしまう。本当にこのままでいい?このままの自分で、人生楽しく終われるの?胸張って終われるの?いやだ。このまま終わりたくない。なんとなくで終わるのはいやだ。やっと。
自分と向き合うまでに本当にいろんな方と話して、支えてもらって、ここまで来られました。多くの大切な友達に、仲間に支えられてきました。自分に本当の友達なんかいないって思いながら生きてきた時期もあったけど、今振り返るとたくさんの愛をいただいて、たくさんの人たちに支えていただいて生きてきた。そう考えたら。
そう考えたら、自分を縛っていたのは自分だったのだと、たくさんの愛に感謝してもしきれません。今度は私があふれんばかりの愛を、縁ある方々へ送っていきたい。

今、あなたは自分を愛していますか。
なにか苦しんでいることはありませんか。
あなたにストップをかけているものはなんですか。

大丈夫。あなたの想いを大切にしてくれる人がきっといるし、あなたと一緒にあなたの夢を叶えたいといってくれる仲間がきっといます。私はそんな友達に、仲間に、日本女子大学で出会えました。この大学に入学してよかったと、心から思います。

あなたの人生はあなたが主役です。
入学する皆さん。4年後、どんな自分でこの大学を卒業したいですか。心がワクワクする方へ、自分が信じることへ。たくさん挑戦してください。
同じように、他の方の人生も大切に。輝く方へ!!

私の人生に関わってくださっている皆さん、これから関わる皆さんも、いつも本当に有り難うございます。大好きです。


スギと桜と出会いと別れと

 今日、花粉とんでもなくないですか。朝から鼻も喉も目も全てがやられ、なんなら顔の皮膚ごと痒くてたまらず、鼻水に溺れそうになりながら生活していました。花粉と戦うことはや10年、もはや花粉症じゃなかった時期の春を何も思い出せません。
 小学生の頃、算数の授業中に先生が年をとると1年の体感が短くなるという話を分数を交えて説明してくれたことを覚えていますが、齢22になるとだんだんあぁそういうことかと実感できるようになりますね。夕方、外を眺めて陽が伸びたなと感じる毎日です。人生って「陽が長くなったなあ」と「陽が短くなったなあ」の連続なのかも。今年もまた春が訪れ季節が巡るのは早いなと思いつつ、先週は雪が降り今日の最高気温は27度らしく、今が冬なのか夏なのかもう私には分かりません。三寒四温の域を超越しているんじゃないでしょうか。

 先日、無事卒業式を迎えましてついに学生生活にピリオドを打ちました。私は入学式の時、「本当に合格できているのだろうか」と半信半疑で迎い学生証をもらうまで不安でいっぱいだったのですが、卒業式でも同じことが起きておりまして「私は本当に卒業できているのだろうか、資格を取れているのだろうか」と思いながら学位記や免許状を受けとりました。よく卒業してしばらく経っても単位が足りない夢を見るといったことを聞きますが私も例に漏れないのかもしれません。短大に通っていた祖母は子ども、つまり私の母を産んだ後に時系列的にはありえないのに赤子を背負って単位の関係で学生課に行く夢を見たことがあるそうです。
 この4年間を振り返り、とかをし始めるとキリがないのに部活や実習のことなど言えないことも多くてこの場ではなかなか難しいのですが、面白くて少し苦しくて達成感なんかもちょこちょこあり、なんだんかんだ充実した時間だったなと思います。何を成し遂げられたかといわれたらそんな大それたことはできなかったけれど、私の人生には必要不可欠だったとは自信をもっていえる日々でした。好きな勉強をできるのって好きな分苦しんだこともありつつそれすらも楽しかったなあ。自分という人間の引き出し、深みみたいなものを多少なりとも得られた気がします。まだまだ若輩者ですが。
 文章の創作活動をするわけではない私にとって、自分の綴る砕けた言葉公に発信する場所はここが初めてだったかもしれません。小中高であれば感想文や小論文、大学だとレポートや論文を書く機会は多くありましたが意外と口語体に近いような、堅くない文章書く機会って学校教育の中だとあんまりないですよね。思いっきり私的なやりとりですが保育園通ってた頃とか小学生の時に友だちにお手紙書いたくらいですかね。60回以上更新してきて今更ですが、そう思うと多くの人の目に触れる場所に砕けた文を載せるって不思議な感覚ですね。私の記憶が正しければたしか初回からの数回分は人に見られていることを意識してしまい何を書くべきか悩みに悩み何時間もかけていました。途中からまあ誰も読んでないよなと思うことで肩の力を抜いてのびのび書けました。のびのびしすぎて私のブログは随筆と日記の間みたいな内容ばかりだったように思います。果たしてこんなものを公に出していいのだろうか、と思うこともありましたね。特に叱られもせずなんとか3年間更新できていたのできっと大丈夫だったんでしょうね、良かったです。

 3月、4月のこの時期、変化が大きくても小さくても新たな環境に身を置く方が多いでしょう。皆さまにも、私自身にも、この春が良い季節でありますようにと願っています。というか新生活に緊張で胃がキリキリしている私にどうか健やかな毎日を……お願いします……。
 秩序もルールもなく、名乗りもせず、その時思ったことを思ったままに、時には何も書くことがないと頭を抱えながら3年間更新し続けてきました私ひとこのブログですが、ひとつだけ、「では」で締めることだけはなんとなく自分の中で決めていました。「では、また。」の意の「では」。更新し続けること前提のこの言葉でした。これ、風呂敷を広げすぎて結べなくなった時にも強制的に終わりを示してくれるまあ便利な言葉なんですね。というよりは勝手に便利に使っていたという方がふさわしいでしょうか。そんな小さないつもの、も今回で終わり。今日はいずれまたどこかで、という気持ちを込めて、いつも通り終わろうと思います。3年間、お付き合いいただきありがとうございました。では。

春へ

何枚もの色鮮やかな袖が春風に揺れている。この1年全く顔を合わせる機会のなかった同級生たちが一同に集っている。袴たちも1年ぶりに浴びる外の光にはりきっているようだ。

みんながはしゃいでいる。「ひさしぶりー!」「その色似合ってるね!」「一緒に写真撮ろ!!」…もはや涙を浮かべる余裕などなく、色や声が目まぐるしくすれ違ってゆく。再会と互いの着飾った姿に高揚し、軽い感動があちこちで生まれる。便利な言葉だけの会話がそこかしこで沸き起こる。

しかしそんな中にも刹那の沈黙があった。誰もが同じ目をする瞬間があった。「またね」が少し真剣になった。

あちこちで繰り返される16分休符が、一つの音楽が、確かに流れていた。

この春、私は卒業した。

*****

まいです、ごきげんよう❀

……というここでの挨拶も、どうやらこれが最後のようです。

先日姉から嬉しい話を聞きました。

姉の同僚の娘さんが春から日本女子大学の日本文学科に通うそうなのですが(合格おめでとう!)、ここを目指す決め手の一つが、なんと以前私が出演した学科紹介ムービーだというのです。

特にお母様(姉の同僚さん)がムービーを通して日本文学科に好印象を持ってくれたらしく、近々ZOOMで「入学後の生活など」について娘さん(とお母様)とお話しすることになりました。

学科の印象を好いものにする目的の活動なので、このような形で効果を実感できて嬉しいです。「日文のある意味へんなところ、面白さをもっとアピールしたら良かったなあ」と今の私は思っているのですが…(できることなら撮りなおしたい。卒業したので最早「現役生」ではありませんが)。

日本文学科への愛は前回のブログで語らせてもらったので、今回は入学する方々に向けたお話しをしたいと思います。

とは言っても、「大学ではこんなことがあるよ」「こんなことをするといいよ」という実用的な助言はありません。大学でどれだけのことを学びどれだけ成長できるかは、間違いなく自分自身にかかっているからです。

小中高は、違いました。日本の教育は、決められたことをみんなで取り組むスタイルが根本にあるので、「いつ頃にどんなことをするのか」「それでどんなことを学べるのか」「どういう成長が期待できるのか」がある程度予想することができ、結果が大幅に外れることもありません。みんなが同じことをするので、かえって能力や成長の差は顕著になり、人によっては物足りない環境に、人によっては過酷な状況に置かれることになります。これは自分ではどうしようもできない部分です。アメリカのような飛び級制度は基本なく、意欲に対し供給が不足することもありました。

ですが、大学は違います。

まず、大学生になる頃には様々なツールを使えるようになっています(使いこなせるかは別として)。分からないことを、そのままにするか教授に聞くか…自分で調べるという選択肢があるのです。その選択肢が小学生にはないかと言われたら全くそんなことはありませんが、パソコンや分厚い本や難しい言葉を処理できるようになった自分の「調べる」の深さは、そうでなかった時のそれとは格段に違うでしょう。

そしてその「調べる」行為を存分に応援してくれる設備や環境が、大学にはあります。図書館だけでなく、教授や友人の知識も大いに学びに繋がります。義務教育や試験には、どうしても1つの「答え」がありました。しかし大学で一問一答はしません。学生は必ずしも「答える側」では無いのです。疑問をもち、問を立てる。自分なりに解決していく。普段から問をどれだけ立てたかで、同じ授業を受けていてもそこから得られるものは大きく異なります。

小学校の時と同じように、言われたことをメモし、問いかけに答えているだけでは、「大学の良さ」をいかしきれません。むしろ「言われなかったこと」「説明されなかったこと」にこそ意識を集中させ、疑問を持ってみる。そしてそれを仲間に、教授に話してみる。脳に皺が刻まれていく。おもしろい!と感じる。

そういうことができる場所が大学なのです。

私は、大学に来てはじめて勉強のおもしろさを知りました。

それまでも学校や授業は好きでしたが、そのゴールにある試験と「学び」の行為の乖離に耐えられず、違和感を拭えずにいました。なにも褒められたことではありませんが、受験勉強に身が入ったこともなく、「教科書の太字を覚える」「言葉で説明できても漢字を一字間違えると罰になる」「そうとも読める、で丸はつかない」「薄っぺらい内容でも、文に問題がなければ丸がつく」…といったシステムの歪みに黙って従っている感覚が耐えられませんでした(反抗してもしょうがないんですけどね)(勉強は素直にして損ないですからね)。

そんな私が受けた衝撃のひとつは、大学1年生の古文の授業でした。

受験勉強のためには古文単語をそれこそ一問一答式に暗記し、助動詞の活用形を唱えていましたが、大学1年次の基礎的な授業で教授は「古文単語は分からなければ辞書を横に置いて調べればいい」と言ったんです。

「え!!!そうだよね!!?」となりました。

大学の授業で、「じゃあ〜“あはれ”って現代語訳すると?」なんてことは訊かれません。そんなのは調べればいいんです。むしろ大事なのは、その古文を、「文学作品として」読むこと。どういう心境なのか、この地名がここに登場する意味はなんなのか、どう読めばおもしろいか──。

あ、今まで私って古文を読んでいなかったんだ!!と目からウロコの思いをしたことを今もはっきりと覚えています。

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4月から、入学される皆さん。4月から、進級される皆さん。

今の自分の意欲を、未来の自分が叶えることはできません。ぜひ、学びたい、知りたいと思う気持ちにブレーキをかけず、思い切ってください。そんな危険運転が許されるのは、今だけです。

キーワードは「気になるけどちょっと手間(面倒)」です。興味を持ってのめり込むことはもちろん良いですが、それであれば言われずとも積極的に取り組むでしょう。むしろ「ちょっと手間だなあ」と思うときの1歩こそが、重要です。

この4年間でしたいこと、なりたい姿、自分のなかで「緊急ではないけど実は重要なもの」について考えてみてください。

大学は赴けばそこにあります。 あなたのために建っています。

長期休暇は全部くっつければ1年で半年近くあります。

そんな4年間をあなたはどう過ごしたいですか?

…あなたの選択を心から応援しています。

𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄

ご愛顧、ありがとうございました!!

このブログ部のメンバーは日本文学科から選ばれし最強のメンバーです。

ぜひこれからもブログ部をご贔屓に!よろしくお願いいたします❀

まい

おわりに

 春の匂いと共に、花粉と黄砂がアタックしてくる季節。

 一応四年生の端くれをやらせていただいていた私も先日卒業いたしました。

 思うとこの4年間、本当に色々なことがありました。全然思うようにいかないことばかりだったけど、自分なりに頑張れたと思っています。

 コロナ禍もあって想像の斜め上へ飛んで行った私の学生生活の中でも、石井先生にブログ部へお誘いいただいたのは私にとって大きな転機でもありました。

 そう、もともとは私が本学の観世流能楽研究会の部長だったので、そのPRを、という事でお声がけいただいたんです。途中で退部していますし、今は能の一文字すら書くことがないこのブログ、果たして意味があるのかと何度も思っては胃がもやつくような胸やけの感覚を味わい、その癖自由に書き散らしていました。本当に申し訳ない。ごめんなさい。ひと匙の罪悪感を隠し味にしたこのささやかなブログ、視界の端に入った方は少しでも笑っていただけたでしょうか。

 4年間、長かったですね。ブログ部で執筆を開始したのは二年次からですので、見返すと私の人生の足跡を振り返って眺めるような気分です。

 実は私、卒業式でノスタルジーな気持ちになった経験が人生で一度もなかったんです。むしろ精々するような気持ちでしたし、卒業式で号泣する友達を見ても全く共感できませんでした。でも今回、大学を離れるのがどうしようもなく惜しくて、自分は日本文学科のことが好きだったんだなぁと、終わるタイミングで気づきました。

 高校で転がり落ちるように魅力に引き込まれた中古文学や近世文学は本当に好きなだけ勉強できましたし、私の視野を広げてくれる中国文学との楽しい出会いもありました。日本語学では唸りながらパソコンと向き合い、近現代は……思うと全然触れませんでしたね。勿体ないことをしました。上代の授業も面白かったです。私たちの世代はコロナ禍に振り回された世代でもあったので、入学してから二年間はほぼオンライン授業で、大学に通っているという実感があまり湧かなかったんです。三年生になってから突如キャンパスに人が溢れかえり、昼になると食堂も構内のテーブルとイスもすべて埋まってしまって、うちにはこんなに学生がいたのかとびっくりしたくらいです。

 対面で受けたかった授業もたくさんありますが、オンライン型だからこそ気になった箇所を何度も聞き返して時間をかけて咀嚼する事ができてよかったな、と思う授業もあります。

 楽しかった授業、一体いくつあるんでしょう。

 中古文学沼に入るきっかけになった林先生の日本文学史の中古は授業が毎回楽しみでわくわくしましたし、中古の古典文学講義も楽しかった。毎回別形式のレジュメを三種類用意してくださったりと慈愛の女神なのではと思うほど親切丁寧な授業で、講義の感想へのフィードバックを丁寧にしてくださったので、そこに自分のコメントがあると嬉しかったのをまだ覚えています。一年生の時から私は林先生が推しでした。満足のできる成果を出すことはできなかったけれど、自主ゼミも卒論ゼミも林先生に見ていただけて本当に嬉しかったです。

 福田先生の日本文学史の近世はどこまでも広く深い先生の近世文学への知識と探求心に驚きつつ、過去の文学の教養を土台にしつつも新しい面白さを生み出してくる近世文学の魅力を知るきっかけになりました。

 吉田先生の中国文学の授業、特に演習は、人と意見交換をする楽しさを生まれて初めて知りましたし、想像すると眩暈がしてくるほど膨大な中国文学の歴史を軽々と網羅しながら楽しそうに講義をしてくださって、穏やかな微笑みの下にどれだけのご経験があるのかと考えてしまったこともありますた。吉田先生の授業は文学に限らず、人生の生き方まで示していただいたような不思議で豊かな時間でした。

 石井先生の古典文学特論(能)の授業は、実際に能をやったからこそ感じられる実体験を含んだ奥行きのある面白さがあり、これは一年生の時に受ければよかった、二年生でも受けておけばよかった!!とすごく後悔しました。能研での経験と石井先生の教養の授業での経験から、能は私の人生に色の鮮やかさを足してくれたと感じています。一生をかけて楽しめるのは日本文学全般にいえることですが、なんせ能は今でも観に行くことができます。ストーリー背景や見どころを理解した上でシテの方の巧拙がある程度わかるとそこに注目して見る事もできますし。近世の歌舞伎や浄瑠璃といった芸能も含め、現代でも見る事ができて、その面白さが理解できるってめちゃくちゃ豊かで粋な人生だと思いませんか⁇能研に入っていなかったら、そして石井先生の授業を受ける事がなかったら、私は一生銀座シックス地下能楽堂で能を見る事はなかったでしょうし、今後能を見に行く人生の選択肢も生まれなかったでしょう。

 あとは東洋音楽の授業や仏像、寺社の建築物に関する授業も、日本文学を別の角度から眺める際に役に立つ知識で面白かったですし、挙げきれないくらい沢山の思い出があります。引っ越しするときもどうしても授業の資料を棄てられなくて、かさばりまくる紙の束をそのまま持って行ったくらいです。

 特に忙しさに追われながらも必死にこなしていた1,2年次の胸のときめきはまだ覚えています。にしても、フィジカルがあまりにも弱すぎて何度床を転げまわり天井を見上げながら無力さに打ちひしがれたことか。それでもやろうと思う意思があるのであれば、日本文学科の先生方は必ず手厚くサポートしてくださいますから、大丈夫です。

 寂しいですね。こういう時出しても恥ずかしくないくらいの立派な成績で、あらゆることに長けていたら、あるいは文章を書くのが上手だったらもっと日本文学科の一学生として胸を張れるんですが。後悔がないといったら嘘になりますし、きつかったことも沢山ありましたが、それでも豊かな大学生活でした。

 最近、読解力、分析力を人に褒められることが増えたんです。こんな稚拙な文章ですが、言葉の選び方について指摘されることや、文章に限らない分野でもよく見ているね、よく気づいたね、と言われることもあります。自分の言葉の引き出しからの出力に間違いなく慣れましたし、続けたからこそ自分の頭で考えて自分で言葉を紡ぐ面白さに気付くこともできました。

 そして、これから先の人生を生きる中で、日本文学科で得られたものに気付くことができると思います。今はまだ気づけていない、あるいは整理して言葉にすることができていなくても、いつかふとした時に気づくことができるような予感がします。

 いつも通りにまとまらないまま書き散らしてしまいましたが、とにかく最高だったことが伝わればそれでOKなことにします。

【今回のおすすめコスメ】

キャンメイク ぷらんぷくコーデアイズ いちごぷらんぷく

最近再販された名品ですね。

 どちらかというと黄みが得意な私にはやや青みを感じますが、ニュートラルカラーで他のアイシャドウとあわせて使いやすい、癖のないカラーです。cipicipiのいちごみるくと一緒に使うと、韓国コスメの(実物と色味が違い過ぎる)広告のアイメイク、最近の韓ドラの主演の女の子の目元になれます。かわいい。あとつやっつやキラキラのラメが最高。買ってください。私はストックを買います。

 最後に、私の絵文字の宝石マークについて語っておしまいにしましょう。

 ブログ部員でそれぞれ絵文字を決めましょう、というお話になった時にちょうど聞いていたちゃんみな「美人」の歌詞からとりました。

「予想違い驚きなさい 磨いたらダイヤ美しい 前例がないのは怖いかい ならお手本になりなさい 怖がったままでどうすんだい? あの彼女を助けなさい」

ちゃんみな「美人」作詞:ちゃんみな 作曲:Ryosuke ‘Dr.R’ Sakai,ちゃんみな

 決して容姿に限らず、あなたも私も、全ての人が輝くダイヤです。ダイヤじゃなくたっていい、ペリドットでも、カイヤナイトでも、どんな色や形の石でもいいんです。磨く意思があるなら、あなたは美しい。私も今後の人生何があるかわかりませんが、背筋を伸ばして、強く、気高く生きていきます。

 日本文学科の先生方、中央研究室の皆さま、本当にありがとうございました。

 それでは皆様、さようなら、お元気で。