長く書くこと

ごきげんよう、あやめです。

何度か話していることですが、「創作技法論」の授業の話題をまた一つ。この授業では期末の課題が8000字の短編小説を書いてみよう!というもので、そんなに長くものを書いたことが(意外にも)ないのでどうしようか、とうなって、どうにか息切れしながら書き上げたばかりの、あやめです。長く書くには普段通りのグダグダ冗長文じゃ乗り切れなくて、頭を抱えました。どうにか出せてよかったな。

その直後の今回なので、またもや長く書くわけで、書くのが好きな人なんだな、と他人みたいに思いました。

おじさん(後編)

「来たらいやだった?」

ほとんど半べそで、私が言った。なんて言っても怒られると思ったので、一番被害が小さそうな言葉を選んだ。

「あれ、」

おじさんは間抜けな声を上げた。

「おれ、おこってないよ」

おじさんは困ったみたいな顔をして言った。

泣くのはズルいな、と言われて、続けてこうも言った。

「書いた物ってのは、うん、子供みたいなものじゃないかな、おれ子供いねぇから確かな事は言えないけど、おれがうみだしてやった癖に、おれではない別な個体として、独り立ちして、人は其れが好きなンだよ」

タバコの煙を、ため息みたいに吐きながら、考え考え、おじさんは続ける。

もうなんで泣いているのかわからないまま、べそかきつつ、私は頷いた。もう訳も分からず泣いている。とっくにおじさんのことで泣いているわけではなくなっている。が、おじさんにそんな事が伝わるわけもなく、弁解することもないのに、一生懸命に私に話をしていた。おじさんは責められて泣きそうになっているようにみえた。

このように書き出してみると短いが、おじさんは一言をかなり吟味して話すから、行間がすごくゆったりしていて、簡単に言えば話すのが遅かった。うーん、とか、ああ、とか、えー、とか言いながら、考え考え話すので、ものすごい時間を要する。

「こう、ん、なんつったらいいかね、ああ…

でも、それを生み出したのはおれだから、文章はおれの遺伝子を受け継いでる、ンだね、だからおれが不出来なら、文も不出来になるし、出来の良い親を持った文は美味いんだろうね」

おじさんは話すのが遅い。しかし私もいまだ、しつこく泣いていた。私は普段冷血と思われているくらいには涙と無縁だったし、泣いている最中も「10分経ったな、水を飲まないと脱水症状が出るな」とかよくわからん理性の部分が強く出たままだから、わんわん泣いているとは言い難い。どちらかと言えば「目から水をしたたらせている」という具合だ。素直じゃないというか、ひねくれているというか、ませているというか。しかし、泣き出してしまうと長かった。しつこくしつこく、いくらでも泣けた。おじさんが話し終えるのが先か、私が泣き止むのが先か。

「前にね、水族館だったかな、忘れたンだけど、日除けのパラソルが、夏なのに閉じられていて、それが整列してるのをみたんだ」

とうとう私が泣き止んだ。負けた。それを見て少し安心したのか、おじさんは昔話を始めた。

「白のパラソルが、上から吊り下げられる形で、こう、等間隔で並んでて」

おじさんは吊り下げられる「パラソル」を、腕と手で表現しながら話した。

「傘の部分がひらひらしてるのに、糸で結ばってるから、幽霊みたいに見えたンだよ」

子守唄をうたって、寝かしつけているみたいな声だった。

「おれ安心してね。「幽霊」なんて大層な喩えしたが、なんてことはない、傘なんだ。だけど、こう、こんなに幽霊が縛られて等間隔に並べられて、お天道様に晒されて、天日干しで、みんなに見向きもされなくて、幽霊なのに、それで、それだけだからなんてことァないンだけど、それだけで、おれ、良かったな、と思ったよ」

私は泣き止んだあとの腫れぼったい眼で話をきいた。泣いた後の疲労感やおじさんの子守唄の声で眠たくなっていた。心地いい風が吹いて、カーテンが幽霊みたいに揺れている。

「おじさんは、そんなことを思って文を書くんだよ。読む人が好きなのは、どんなに好きでも、俺の生んだ文。俺が好きなんじゃない。読む人が褒めるのは、どんなに巧言令色でも、俺の生んだ文。俺じゃ無いンだ。そこを履き違えちゃいけん(注:多分「いかん」のことだと思う)。

記事もそう。読む人に寄り添って、読む人に優しい文を書くんだよ。俺のことはどうでもいいんだから。逆に言やあ、文を、記事を批判されても、俺を批判されてる訳じゃないから、気楽なもんさ。はは、は、……あ、…いや、それは嘘か、いや…」

おじさんは黙ってしまった。私はそろそろ本当に眠くて、おそらく舟をこいでいたと思う。失礼なことだと思うが、おじさんはそれをあまり気にしていない。おじさんも大概、「私」を見ているわけではないようだ。概念としての「姪」を見ているように思った。高校時代に習った倫理の授業の知識が、断片だけ、浮かんだ、気がする。

「とにかくね、あんまり、気負わずに書いていいと、俺は思うよ」

これだけ時間をかけて喋って、答えは変に普通だった。時間にして3時間である。日が暮れた。寝ぼけた私は「ん」としか言えなかった。

夕飯どうするかい、まぁおじさんと食べちゃ不味くなるかね、とか言って、あ、小遣いやらんといけんね、と何も言わないのに、また来た時みたいにもたもたと、財布を探して、あったあった、ととっておいたらしい新札(手に入れているとは思わなかった)のシワをのばしのばし、かわいい女児向けポチ袋に入れて持たせてくれた。一生懸命持ちうる上品なお断りワードを並べてみたが、若いのに遠慮したらいけん、と言って、そういう時だけ強引なおじさんを言い負かすことは出来ず、結局またバスに乗って、もそもそ夕飯を途中で寄ったファミレスで、ポツン、と食べて、また電車とバスに乗って、ポツン、とした気持ちで帰った。

さっき寝たせいでむしろ目が冴えてきた私は、長い帰り道で、ゆっくり言われたことを思い出して、メモをとった(この文章はこのメモをもとに書いた)。今日、奇を衒って不思議なことをいうのは「いけん」ことがわかった。普通。これが一番。常道を行くべし。シンプル・イズ・ベスト。しかし私は、残念ながら「常道」外れのハズレくじなので、これがすごく難しく思った。おじさんも、多分同じようなことで困って、迷って、いまだその答えを見つけられず、迷路から抜け出せずにいるんだろう、と思った。だから一人で持て余す家に住んで、もたもたしながら、パンの工場で働いているんだと思った。そんなおじさんは、私の父親にバカにされていた。昔からそんな言葉を聞いて育ったから、立派な仕事に就くのが偉くて、フラフラ趣味とも稼業とも言えない仕事をするのは恥ずかしくて嫌なことだと思っていた。常道。いつからこんなもの、気にするようになったのか。それは、社会に参画し始めたら誰でもみんな気にする、大事なことなのだろうか。

「次は、○○○○」

答えは出なかった。もう、最寄りのバス停につく。涙は乾いている。

2%

おはよ・・・うございま・・す。

朝、目覚ましのアラームで目が覚めスマホの画面を見ればAM.6:20。アラームを止めるボタンを探り探りしてはたと気が付く。

スマホの充電、2%しかない。

えっ。昨日の夜寝る前に充電器に差したはずなのに、なぜ・・・あら、延長コードのスイッチが入っていなかったようです。やってしまったなあ。

起きてから家を出るまでの1時間とちょっと、いけるところまでひとまず充電しておきましょう。数十パーセントもあれば1日くらい何とかなるはずですから。

そうして家を出るころには29%ほどにはなりました。今日は午前で授業も終わるし、家に帰ったらまたゆっくり充電でもしましょう。

とか思っていた午前の私はどこに。昼食を食べながら午後の予定について考えを巡らせ巡らせした結果、私は稀に見る気まぐれを発動し、何と元町・中華街に行ったではありませんか!ご存じの方もいるかもしれません『文豪ストレイドックス』の聖地でもあるのです。

地下鉄の改札を抜けて地上に出ると、手始めに中華街の門とは反対方向に歩き始めます。たどり着いたのは山下公園。目を引くのは謎の石像と噴水、氷川丸という船、謎のガールズ像、バラの庭園、赤い靴をはいていた女の子。

初めて行く場所海のある場所聖地のある場所。そうなったら地図も開くし写真も撮りたいし検索もしたい。残りの充電20%に見合わないのは分かってる、でもやりたいことがわんさか出てきます!

(こちら、かわいいすずめさん。)

見ての通り、私の旅は基本的に気まぐれでできています。行き先も立ち寄るお店も行き当たりばったり。基本的には気の向くままに歩き、直感の働きに任せてお買い物をします。ただし、何も知らない町ではさすがに、迷子になる前にマップを開きます。今回訪れた横浜は街中いたるところに観光案内が立っていたので、それを参考に歩くことができました。充電の少ないスマホを相棒としながら方向音痴の私には本当にありがたいことです。これで道に迷わないことに加えて、残り15%しかないスマホの充電もキープできます。

次にたどり着いたのは赤レンガ倉庫。クリスマスマーケットが開催されていたようで、広場はなんともにぎやかで楽し気な雰囲気です。赤レンガ倉庫の中では芸術的なお店がたくさん並んでおり、お店といいつつ美術館や個展か何かに来たような気分。天井が少し低めなのも隠れ家のようでわくわくします。倉庫の中を回り切って外に出ると目の前はイルミネーション広場になっていました。海辺の強風と充電10%のスマホにうっすら涙を浮かべながら記念に一枚パシャリ。時刻はちょうど16時。日も傾いて来ました。

次にたどり着いたのは馬車道。街灯の暖かいオレンジ色の光と緑色の葉っぱを付けた街路樹のコントラストが何となく落ち着きます。県立歴史博物館に入るには少し時間が遅いですし、そろそろ中華街の方に向かいましょうか。

馬車道から中華街に向かって歩く道中にも西洋風のレトロな街並みが続きます。赤茶色のレンガのような色をした建物たちと、黄色になり始めた銀杏の木がかわいらしく並んでいます。こんな町なら毎日でも散歩したい。

中華街にたどり着いた頃にはさすがに少し歩き疲れてしまいました。飲食店が多いようですし、ここは今度誰かと一緒に散策することにしましょう・・・。

元町・中華街駅に向かって歩きます。――そういえば『文豪ストレイドックス』で度々登場するアーチはこの近くではなかったっけ・・・?むむむ、最後にそれだけ見てから帰ろう。

元町のショッピング街の入り口に差し掛かって、目的の物を見つけることができました。日も落ちて暗くなってきていたからか、アーチはライトアップされ、てっぺんの鳥さんがイメージよりも神々しく不死鳥のようでカッコいいです。(若干ピントがずれていますね・・・。)

おっと、もはやスマホの充電も残り5%。カメラも起動せず、私ももうそろそろ眠たくなってきましたので、今度こそここらで退散しましょう。

家に着くころ、スマホの充電は残り4%になっていました。2%だったらこのブログも締まりがよかったかもしれないのですが、まあ仕方ありますまい。

今度はスマホの状態も万全にしてもう一回行きたい・・・!

缶詰

 毎日寒いので鼻水と闘っています。これが寒暖差アレルギーってやつですか。
さて、12月に入ったということは、何があるかお分かりですね。そう、卒業論文の提出日がすぐそこまで迫っているというわけです。我々4年生は必死になって最終チェックをしているところでございます。頑張っております。

 そんなこんなで提出のため現在卒業論文を書いたり推敲したり参考文献リストの見直しをしたりなどしているんですが、こういうやらなきゃいけない作業がある時自宅で進められる方ですか。私は余程期限に追われていないとできないです。これ昔からそうで、高校生の時試験前には居残りをさせていただいてそこで試験勉強していました。大学受験の勉強とかもとにかく家じゃだらけてしまうので学校の図書室だとか、休日はファミレスだとか、そういうところで勉強していましたね。今も作業を進めなければいけない日は何も用がなくても大学に行って缶詰します。ここまで終わらなきゃ帰れないというラインを設定しておいてひたすら何時間もぶっ続けで作業するんですね。これを私は軟禁と呼んでいます。「進捗ヤバいから今日は軟禁してくる~」みたいな。でも実際これであらゆる物事を乗り切っているので作業環境を整えるって大事だなと。近代の作家が宿で缶詰して原稿書いたって話私としては分かるわ~と思っています。こういう人間なので毎日コツコツ少しずつ作業できる人を大尊敬しています。ダーっとまとめて片付けるスタイル、というよりはギリギリまで溜めてしまいがちなのでそうならざるを得ないというか、そんな感じで生きております。RealFaceすぎる。ただ私、万事がそうではないんですよ。私の所属ゼミは比較的早めに卒論を書くようあらゆる期限が設けられているのでちょうど一年前くらいは序章、一章を書いていまして。冬休み明けが提出期限だったので去年の私は年末年始家に引きこもり昼夜逆転しつつ執筆していました。家でだってやればできる!この時の私が頑張っていたから今の私が字数に頭抱えることも論の方向性に悩むこともなく仕上げの段階に入れているんですね~。早め早めの予定を立ててくださった教授とそれに沿ってちゃんと卒論を進めていた私に非常に感謝です。

 卒論って大学の勉強の集大成だなと取り組んでみて改めて思います。少なくとも私にとっては私の論は面白いものが書けている感覚なので良かったな。提出まであと少し。最後まで頑張ります。では。

小さな夢

皆さんは「別に叶えられなくても人生に問題はないけれど、一回はやってみたいなぁ」と思うような夢がいくつありますか。

私は沢山あります。その夢に大なり小なりはありますが、最近特によく思うのは「ラジオのDJやりたいな」という夢です。

私は割とおしゃべり、というか脳内でしょっちゅう独り言を言っているなという自覚があります。脳内のマインドマップがものすごく複雑でAを考えていたらすぐBを考えちゃうし、それならCとDはどうだっけ?みたいなことをよくやってます。でもあまりにも興味があっちこっちに行くのでこうやって文章化しようとすると「あれ、さっきあの話書こうと思ったのに忘れちゃった」ということがよく起こります。またAを書いている最中にBを思い浮かべて「あ、じゃあCについても書こう」と思うと本当はA→B→Cの順で書かないと読んでいる人には伝わらないはずなのにCを書こうと思った私はもうCに脳内が支配されているのでA→Cが完成するということもあります。またはBを説明するのが面倒になってCも結局書かなくなったり……。

脳内と手は動作スピードが違うので起きる障害だなと思います。

でも話題にしたいことや話したいことはいっぱいある。

「あなたの考える最強のシャウエッセンの焼き方は?」とか

「そうめんって夏より冬に食べた方が美味しい説」とか

「世の中で美味しいってバズってるもの、何割本当?」とか

「ラヴィット見てる人と最近面白かった回について語り合いたい」とか。

挙げた話題について持論はあるんですが、自分の考えばかり反芻してもさほど面白くないんです。所詮自分の考えなので自分以上にも以下にもならない。だからこういう話を誰かとしたい。でも友達と会うとこういう話よりもしたい話があってすぐ忘れちゃうんですよね。家族と話すのでもいいけれど、家族って基本同じ文化資本で育ってるので意外と意見が割れないんです。こういうのって意見が割れて議論が起こるからこそ面白いのに。要は誰かとしょうもないことでディベートをしたいだけなんです。

ということで一番最近思った「歯が最後に抜けたのはいつ?抜けた歯を屋根の上に投げる風習ってうちだけ?」話について今日は考えていきます。ここでこの話題を書くことによってある日誰かが校内で話しかけてきてくれて、ディベートが出来るかもしれないので。

まず第一に「歯が最後に抜けたのはいつ?」

調べたところ14歳くらいまでにほとんどの人は永久歯に生え変わるらしいです。でも14歳って中学2年生とかですよね。歯が生え変わってた記憶ってだいたい小学校低学年じゃないですか?そもそも歯ってトータルで20本くらいあるはずなのに抜けた記憶は2、3本しかないです。これって私だけでしょうか。

さらに調べると歯の抜け代わりには順番があるらしいです。6~7歳で下の真ん中の前歯2本が最初に抜け始めます。次に7~8歳頃に上の前歯の生え変わりが起きます。多分このあたりの変化が衝撃的過ぎてこのあたりしか記憶に残ってない気がしてきました。しかしこのあと奥歯が生え変わるらしいです。

え、奥歯が生え変わった記憶のある人っているんですか?

前歯は何となく記憶にありますが、奥歯って一ミリも生え変わったような気がしません。正直親知らずがいつ生えてきたのかもよく分からないですし。自分の体の事なのに知らないことが多すぎて怖いです。

そこで「奥歯 抜けた記憶ない」で調べてみました。

どうやら私と同じような記憶の人は多いらしい。そして乳歯が生え変わらずそのままという人も多く、それによって記憶がないらしい人も多いそうです。いや、でも、私は確かに全部永久歯になっているはずなんです。現在進行形で歯列矯正をしているのですが、乳歯があるなんて話をされたことは一度も無いですし。奥歯が抜けた記憶がないのは少数派なのか、多数派なのかぜひどこかのテレビ番組でも街角アンケートをやっていただきたいです。

さて続いて「抜けた歯を屋根の上に投げる風習ってうちだけ?」の話

歯が抜けると屋根の上か縁の下に投げていた記憶があります。屋根の上か縁の下で意味が変わってきて多分「食に困らないように」とか「丈夫な歯が生えてきますように」とか言った願いを込めて投げていたような気がします。小さい頃は祖父母の家に住んでおり、一軒家だったのでこの習慣に何の疑問も抱かなかったのですが、マンションやアパートに住むと「みんな歯が抜けたらどこに投げるんだろう」と気になるようになりました。

「抜けた歯 投げる」で調べるとどうやらうちだけでなく古くからある言い伝えのようです。

同時に枕の下に入れる、というのも出てきました。これは私はやったことは無いですが、漫画で読んだことがあります。この漫画の印象もあって枕の下が多数派だと思っていました。

屋根の上か縁の下かという違いも願いの違いではなく、上の歯なら屋根上、下の歯なら縁の下、という違いのようです。日本だけでなくアジア圏全体でそういう話があるらしく、意外とどこの国でもやっているメジャーな風習で安心しました。うちが田舎過ぎてやっている独特の風習でなくて良かったです。

以上最近気になっていることについて持論と調べたことを綴ってみました。

やっぱり調べても「へーそうなんだ」となるだけなので誰かと話したいですね。事実を知りたいというよりは誰かの主観や意見を知りたいので。事実はどちらかというとオマケなんです。

みなさんもぜひ抜けた歯の記憶について周りの方とお話してみてください。

意外と知らない価値観が手に入るかもしれません。

あのころ

あのころ、小さな画面には私の全てがあった。
友達との連絡手段なんて無かったあのころ、連絡帳に「4じ、〇〇公園。もちもの!ゲーム、おかし!←ぜったい」なんて殴り書きのメモをして。キックボードをかっ飛ばして向かうと、もう通信を始めている友達がいた。

妖怪ウォッチ、どうぶつの森、トモコレ、ガルモ。
友達に借りて遊んだポケモン、リズム天国、マリオカート・・・。
あのころ、私の青春は3DSに全て詰まっていた。

学校でも飽きずにゲームの話をして、3DSLLを持ってる人なんてヒーローで。
攻略本を必死に読み込んで暗記して、我が物顔で語っていた。

20歳になった今でも色褪せない。そんな10年前の記憶たち。
3DSも、Wiiも、今のSwitchもたくさんやり込んだ人生。たった20年の人生だが、きっとバカに出来ないような時間を任天堂に注ぎ込んできた。
先日、京都へ旅行に行った。目的は2ヶ月前にオープンしたニンテンドーミュージアム。

入り口にあるのはマリオの土管!ユニバぶりの再開に胸が高鳴った。
本館に入ると出迎えてくれるのはキノピオたちの合唱に、壁一面に広がる任天堂キャラたち。
任天堂好きとしてはこれだけで胸がいっぱいである。

ニンテンドーミュージアムの中は一部写真撮影が禁止されていた。
正直、一番盛り上がったのがそこなので記憶にしかないことが惜しい。
けれど、写真に撮らないことで目に焼き付けようとじっくり見て周り、ひとつひとつの展示を見ながら思い出を語ることができたのも事実なので、任天堂好きはぜひ自分の目で確かめて欲しい。

展示の内容は、任天堂の歴史だった。任天堂が作ってきたハードの変遷と、それに伴ってうまれたソフトたち。
任天堂のものではない妖怪ウォッチなんかはないだろうと思っていたら、当時の思い出のソフトたちはほぼ全てあった。マイナーだと思っていた、私が人生で一番やりこんだRPGも展示されていて少し泣きそうになった。今まで生きてきた人生のすぐそばにあったゲームをショーケースの中で見かけると、ぐっと込み上げてくるものがある。

自分の知らない世代のゲームでも、色々な歴史が知れて面白い。
マリオってこんな時から覇権とってたんだな・・・みたいな。
テーマごとの展示なんかもあって本当に本当に面白かった。

本当にじーーっくり見て、一時間半はかかっただろうか。
私は行きそびれたがトイレにもBGMがかかっていたりと凝られていたらしい。行けばよかった!無念!


Wiiを処分したことを本当に後悔している。もう遊ばないだろうといつの間にか家からなくなっていた。
休日に父と飽きるまで遊んだWiiのゲームたち。家に友達を呼ぶことがなかったので、パーティーゲームの遊び相手はもっぱら父親だった。
Wii Sports resortとかね。大好きだった。
展示を見終わると、体験コーナーにうつる。巨大ゲーム機で遊んだり(!)することができる。

久しぶりにWiiリモコンに触って、バランスボードに乗った。
当時の色々な記憶が蘇ってきた。懐かしい、ただひたすらに。展示を見るのに時間をかけすぎて、体験コーナーは駆け足になってしまったけどそれでも大満足だった。

ニンテンドーミュージアムは、ゲームに思い入れがあるほど、
ゲームを遊び、ゲームと遊んでいた人ほど楽しめる場所であると思う。
とりあえず、家に帰ったら3DSの充電を待っている間にSwitchでもやろうかな。




近況報告

こんにちは、ゆきほです🍵

なんと、ついに12月になってしまいました。光陰矢にもほどがあります。

私はクリスマスのアドベントカレンダーを毎年楽しみにしているので、今年も今日からカレンダーをめくる日々が始まっています。クリスマスを楽しみにしているのではなく、”アドベントカレンダーを”楽しみにしている、というのがポイントです。今日のチョコはホワイトチョコとミルクチョコが2層になっているチョコでした。

本日は、来年に向けてリラックマの日めくりカレンダーも準備したので(日めくりカレンダー歴7年目になります)、2024年も残すは卒論を書くだけ!な4年生のゆきほがお届けしていきます。それがすぐできれば何の苦労もないんですけどね!!

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先日、バイトに行く途中に好きなアニメのポップアップショップに寄り道して、推しのアクスタを2体ほど衝動買いしました。今年に入ってから「アクスタはもう買わない」と言い続けているのに、毎月ガンガン増えているのはなぜなのでしょう。

「まあ3000円弱払って卒論頑張れるなら安いもんだよね!」といつも通り心の中で言い訳をしながら購入してバイトに行って帰宅し、買ったアクスタを部屋で並べていたところで、ふと横を向いたらその日に買ったアクスタと同じ推しのぬいぐるみと目が合いました。

ん……?確かこれって……

そういえば私、1年生の基礎演習の発表前にも「発表準備頑張ってるし、行っちゃえ!」と同じアニメのポップアップに衝動的に行って、同じ推しのぬいぐるみを衝動買いしたんです。

あの時に「これから演習発表の度に買い物してたら破産するんじゃないか」と震え上がった気持ちが急によみがえってきました。4年間「私、演習の準備がんばった!」「レポートがんばってる!」などを言い訳にして衝動買いはしていましたが、幸いなことに破産はしていません。

そうそう、この推しが誰なのかというと『ワールドトリガー』の太刀川慶なんですけど、『あれ?ブログでワートリの話……?』と考えていたらまた思い出してしまいました。

https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2022/03/12/

あー!!ブログ部入ったばっかりのとき、ワートリ全巻購入プロジェクトしてた!!
財布に「ワートリ購入資金コーナー」作ってちょっとずつ買ってたけど、途中でどこがワートリコーナーか分からなくなって、結局後半は一気に買った!!

アーカイブすごく遡ってリンクを引っ張り出してきたので、お時間あったらご覧くださいと言いたいところなんですけど、じっくり読まれると恥ずかしいので流し読みにしてください。私のガクチカ、太刀川です。

ちなみにこのときのブログに書いていた手帳ですが、なんと全くもって続いていません。もう今年は紙の手帳買ってないし、来年も多分買いません。

***

この前4限終わりに百年館の窓から富士山と夕焼けが綺麗に見えました。

一緒に授業を受けている友達4人と「写真撮ろ~」となって自撮りしたところ、人が多いせいで富士山が全く映らなくて、「綺麗な夕焼けと撮った写真」ではなく「卒論がまだ終わっていない4年生の集合写真」を爆誕させてしまいました。その日の昼休みに「私たちは夏休みに一体何をしていたのか」という鬱々とした会話をしていたことも含めて見ると、ちょっとしたホラー写真です。

今月後半の更新までには絶対に終わっているはずなので、あの写真を「もう卒論を出した4年生たちの1ヶ月前の姿」にできるように、あともうちょっと頑張ります。
いつも更新シフトのトップバッターになる1日と16日に書くようにしているので、次の更新日は16日ですね。卒論の締め切り前日なので本当に大丈夫であってほしいです。

最近は「卒論で一番使うのって、結局手だな」と思って、手の保湿をめちゃくちゃ頑張っています。手のひらがベトベトするのが嫌で、手のひらにはハンドクリームを塗らない人生を歩んでいたら、ついに手のひらだけ、普段家事などで手を酷使している母よりガッッサガサになってしまいました。

頑張りはじめてまだ1週間くらいですが、卒論の進捗とは対照的に手のコンディションはすこぶるいいです。

書き終わったら握手会でも開催しようかな~と妄想しつつ、ブログはそろそろ更新して卒論に戻りたいと思います。タイトルにまでこだわるほどの余裕はありません……

ではまた。

外側から眺める文化

 今年もそろそろ終わりますね。こんにちは、さゆりです。

 先日中国人の友達との会話で中国の生霊ってどんな感じですか?という話題になり、面白い話を聞いたのでこちらで共有します。

(⚠️私は詳しく調べていないため間違っている可能性もあります。)

 中国における「生霊」は日本の生霊とは違うそうで、日本の生霊が肉体から魂が離れて動き回るもの、またどちらかというとネガティヴな印象を与えやすいのに対し、中国では生者の魂という認識なんだとか。

 同様に「鬼」に対する認識も異なります。これは吉田先生の中国文学の授業でも触れていたことなのですが、中国人の視点で詳しく聞いたところこんな感じでした。

 日本での「鬼」(おに)は、力強く外形が人間とは違うもの、悪意を持った妖怪というイメージだが、中国の「鬼」(き)は亡くなった人の魂を指すものであり、時に悪鬼になる事はあっても必ずしも悪いものについて示すものではない。加えてそれは超自然的、神秘的なもので、死亡や祭祀といった概念と密接に結びついているそうです。

 これを日本語で説明できる彼女の日本語能力と文化の造詣の深さに驚きましたが、興味深いですよね。六条御息所の生霊譚には独特の美学を感じるらしく、中国文化では魂が復讐を求める方向で物語を展開するのではないか、とのことでした。御息所は葵上をとり殺してしまいますし、死後も死霊として物語に登場しますが、たしかにスポットが当てられているのは御息所の復讐そのものではありません。日本語で書かれた論文の中にも中国の研究者が書いたものもあるので、中国的観点で読む源氏にも興味が湧きました。この問題は掘ると結構難しいのですが、宗教学、民俗学的側面にも触れることになって面白いのでちょっと調べてみると楽しいですよ。

【今回のおすすめコスメ】

リリミュウ トーンアップカラープライマー ブルー

 美女がみんな使っている言わずと知れた下地ですね。みんなリリミュウリリミュウというが、本当にいいのか?と疑問に思っていましたが、以前推しに使用しているベースメイク用品を尋ねたところ、「リリミュウのブルーを使っています!」と返答が来たので手のひらを華麗に翻して購入しました。結果購入してよかったです。

 流石にデパコスには負けるものの、プチプラの中ではかなり上位に入るレベルで仕上がりが綺麗で、二倍お値段のする中途半端な価格の下地よりも使いやすいです。私が使う日焼け止めは基本的にカバー力がないものなのですが、ファンデは塗らないけど顔の中心はある程度綺麗に見せたいな、という時にとるか取らないかぐらいのほんの微量取ってサッと塗ると毛穴が綺麗に隠れて透明感を出してくれます。夏場でも塗らない時より塗った時の方がTゾーンの崩れ方が綺麗なのでとても気に入りました。あと肌のコンディションが悪かろうが伸びが良く綺麗につきます。もちろん高いものを買えるならお金をかけた方がいいですが、プチプラで下地を選びたい人や1日家にいる日・手抜き用の安い下地を探している人におすすめです。

では、また。

迷いの境界線

皆さんこんにちは。みちこです。

さて、今回は「迷い」というテーマで話を進めていこうと思います。

最近、迷うことが本当に多いです。

小さいことだと、大学に残って課題を進めようか家に帰ろうか、とか。今日は何のBGMや飲み物をお供に課題や作業を進めようか、とか。

大きなことだと、将来のこととか。

そして目下我々二年生が直面している出来事でいうと、「ゼミ所属をどこにしようか」といったこととか。

というわけで、最近は迷っていることや機会が多いような気がします。

今回の更新も、更新の当番当日までどんな内容にしようかな、と書き溜めていたものを書いては消し書いてはまた消し…。の繰り返しです。

迷ってばかりです。

ところで皆さん、この「迷う」ということはいいことだと思いますか。

それとも悪いことだと思いますか。

結論からいうと、私は「迷う」ことを悪いことだとは思っていません。だって、「迷う」ことにはそれなりの「理由」が必要だから。

小さなことだろうと、大きなことだろうと。

いや、むしろ大きなことこそ「迷う」という過程は必要なものであると思います。

自分で納得いくまで調べて、考えればいいんです。

ただまあ、私は小さなことまで大仰に捉えて考えてしまうんですけどね。

結局思うように行動できなくて、後悔するなんてざらです。だからそこは臨機応変に、「迷いを切り捨てる」こともしなければならない。

人生とは、本当に難しい…。そう思います。

さて。この「迷い」と「迷いを切り捨てる(振り払う、の方が正確かもしれません)」の境界線はどこにあるのでしょうか。

私は昔から「切り捨てること」「妥協すること」が本当に苦手で、自分の思う通りにいかないと気が済まない性格です。(いわば「完璧主義者」とでも言いましょうか…。ただ私の完璧主義は変なポイントであっさりと終わりを迎えることもあるので、本当にこのような言葉で定義付けていいものなのかどうかは少し疑問なのですが…。)

これについて、こうなのかな、と思いついたことがあるので、少しご紹介しますね。

それは、「今迷っていることが自分に対することなのか他人(自分以外。たとえばチームなど。)に対することなのか」ということで分ければ良いのではないかとふと思いました。(このブログを書いていく途中でいきなり降ってきたのですから、本当に急な話です(笑))

 たとえば、自分の将来に関すること。

これは自分に決定権があることですよね。自分の希望を叶えられるか、実現できるかは別として、「こうなりたい」と思うこと自体は自由ですから。

こういうことは、妥協せずにじっくりと納得するまで考えるべきであると思います。

なので、こういうシチュエーションにおいては、「存分に迷っても良い」ということになります。

 しかし、時には、「迷いを切り捨てる」方が良い時もあると学びました。

これは私がアルバイトをしている時に常に直面している課題なので、現状解決策が何も見つかっていないのですが、具体的な場面を紹介しますね。

私は飲食店でアルバイトをしているのですが、その際に、「混んだ時に自分の仕事の手を休めてまで他人のフォローに入ってもいいものなのかどうか」についてずっと迷っています。先ほど述べた通り、今でも解決策は見つかっていません。

これに関しては自分の経験値を積む中で大体の感覚を掴んでいくしかないのかな、と思っているのですが、「自分に余裕ができていて、迷っているくらいならフォローに入ってしまってもよいのではないか」と思っている自分もいます。(お気付きだと思いますが、至極当たり前のことと思います。はい。なに言ってるんだこいつって思ったらすみません。はい…。)

このような事例が、先ほど言った「迷わず行動してしまう」にあたるものだと思っています。

これは「自分ではなく、他の人がどうなるか」という事例にあたるため、そういう場合は「迷いを切り捨てて」しまっていいと考えました。

しかしこの理論で行くと、「自分の将来についてあれこれ悩んでいたけど、人に話を聞きに行こう!」みたいな場合はどちらに当てはまるんだ、という疑問が湧いてくるかもしれません。

この場合は、「自分の将来について十分悩んでいた」のですから、「行動」しても何ら不思議ではないと思います。これは私の分類でいうところの「自分について迷っている時」にあたると思います。

即席で降ってきただけのしょうもない理論というか、分類の仕方なので、あまり参考にはならないかも知れませんが、私は現状このように考えています。

さて。少し考え足りない気もしますが、諸々やらなければならないことがあるため、今回はここで終わりにしようと思います。

次回は…何について話そうかな…。だいぶ「迷って」おりますが、まあまたその内浮かんでくることでしょう。

ーーー相も変わらず私のブログネタは日常に転がっているのですから。

というわけで、今回のブログはここまでにしようと思います。

最後まで読んでいただいてありがとうございました!

次は演劇の方も観に行きたい

人間50年から倍に長くなったとはいえ、健康寿命はなかなか伸びないので、若いうちからやりたいことリストを常に更新して、1つ1つ出来る時に消化していくことが大切なんだろうし、それが生きがいになるんだろうなと思っています。

そんな私がやりたいことリストの中に入れていた項目の1つ、「2.5次元ミュージカルを観ること」。能も歌舞伎も文楽も寄席もお笑いも宝塚も四季もオペラもブロードウェイも観て、次何観ようかなぁと思った時に、パッと思いつくのが今乗りに乗っている2.5次元ミュージカル。カラオケや路上で友人のうっしっしーな態度をビデオに撮ったりはしているけれども本物を観たことはない…。いつか観てみたいなあと思って3年ぐらい前からリストに入れてました。そうしたらちょうど今日、チェックがつきました!しかもミュージカル刀剣乱舞!1番取れねえだろうなと思っていたもので!

時は西暦2024年夏。レポートに憂鬱していた私は、数ヶ月前データがすっ飛んで、きっとやめ時なのだろうと思い、しばらく離れていた刀剣乱舞を再び入れました。ようは気を紛らわしたかったんです。男士たちと再会しだして数日後、ゲームの更新があってミュージカルのゲーム先行が始まりました。せっかくだし応募するけどどうせ当たんないだろ〜と1席だけ応募したら当たったんです。花道囲い席!!!!!良いでしょう!!!!!

私は長谷部くんが推しの1振りなので、もう当たってからというもの、普段に増して紫、紫、紫に囲まれ紫を買い紫を身につけ、福岡飯と名古屋飯と宇治茶に舌鼓を打っていました。長谷部くんはどこが良いか論は長くなるので割愛、途中インフルエンザでダウンを挟んだり、なんやかんやわやわやしながら、なんとか準備してようやくやって来ましたKアリーナ!

下に行けば行くほど煙くなるなと思いながらアリーナ階に到着、花道の下がトンネルみたいになっているところを潜って席に到着。ステージが近い!!!!!!周りを見渡せば色々な種類のペンライトを持ってきている歴戦のファンや、可愛いうちわを持っている子がたくさんいて、お召し物もみんなかわいい〜!まだ誰も出てきていないのに雰囲気だけで楽しくて、普段行ってるコンサートも良いんですけど、同い年ぐらいの人が多いイベントは大学間交流会みたいな楽しみがあります。

光る棒の練習(これが本当に色多いんだ)をしたり、たい焼きを食べたりして時間を潰していたらあっという間に開演時間。最初はしっとり目で始まって、でもすぐに燃えたぎるようなパフォーマンスの連続。光る棒とうちわを胸あたりに、キャーキャー楽しみました。比較的ずっと立っていた気がするけれど、全く苦に感じませんでした。男士もダンサーさんも阿弖流爲様もすっごい近くてびっくり。花道やステージが近すぎるのもあるのですが、降りてきてくださった時にはあまりの近さに、警備とか大丈夫かなとか思ってしまいました。他の人あてのファンサも流れてきて、サイコーでした。

何よりサンバ!刀剣がサンバ踊るって何?って感じなのですがそれはさておき、あんな私好みのやつやるとは思わなくて本当にびっくりしました。サンバやるからチケット当たったのかな?って思うぐらい、(言ってしまえば健様の)サンバと同じ匂いがしました。

長谷部くんは結構真ん中の方だったり逆サイドで歌ったり踊っていたりしていたのですが、それでも肉眼で顔まで見えるこの席の素晴らしさよ。Kアリーナは本当に音響が良いので息継ぎとかも聴こえて感動しました。しかも長谷部くんめっちゃ歌う。役者さんの木原さんは本当に歌声が美しい方で、聴いてるだけで涙が出てきます。例えそれがロックであろうともね。彼と太星くんが所属しているLove Harmony’s, Inc.(最近更新がないけど)も耳が幸せになるから是非チェックしてみてね。

休憩時間は隣の人とお話しして、この方がまた素晴らしい方なのですが、私が長谷部くんを見に来たんですというと、2部で長谷部くんが出てくる場所を教えてくださったり、終演後写真を撮ってくださったりしました。初対面で名乗りもしなかったのに良くしてくださって、審神者は良い人がたくさんいるな〜って改めて思いました。

2部はこれまでのミュージカルの総集編みたいな感じで、これがあれか〜という感じでシリアスめに楽しみました。コロナの最初の頃はマジで何も信じられなくて怖かったなとか、そんな時に加州くんは今はすっごい辛いけどこれからの未来は明るくなるって言えて凄いなあ、直で聴いてたら泣いただろうなあとか、思うことはたくさんあったけれど、総括すると、このミュージカルはたくさんの人に愛されて支えられてきていて、役者の皆さんはそれ相応、それ以上のパフォーマンスでここまでやってきたんだなあということがわかりました。

最後全振りでの『刀剣乱舞』の盛り上がりは本当に素晴らしいものでした。私はこの歌をYouTubeとカラオケと数年前の紅白でしか聴いたことがないんですけども、それらとは(歌うメンバーが違うのもありますが)全然雰囲気が違うんですね。9年の重みと、これからも歩み続けていきますという覚悟を感じました。

隣の人とバイバイ〜って別れた後は大逆走してArena Bar7へ呑みに行きました。高いけど公演後にさっと呑めるのは良いことよね〜。店内は劇中歌が流れていて、それまたサイコーでした。

色々と忙しく、毎日がイレギュラーだけど、とにかく行けてよかったです。レアなチケットなんだから楽しんできな!と送り出してくれた家族と友人に感謝です。ありがとう、楽しかったよ!!

本日の読みたい本

『特別展 京のかたな 匠のわざと雅のこころ』 京都国立博物館、読売新聞社編

まあわかりやすく美しい図録である!写真はとてもきれいに表裏そろっているし、刃紋の様子は全振り見ることができる。1振りごとの解説、用語解説もばっちりである。

表紙は名物秋田藤四郎を拡大した全面図(京博所有のためと思われる)、箔押しも美しい。

出来るだけ多く日本の刀剣を写真図で見たいなら、この図録をお勧めする。

☆20歳☆と紅葉🍁

まいますです!💟

はたちになりました!(≧∇≦)♡

京都で寂しく一人暮らしNOWのため、

メイドカフェにいってメイドさんにおめでとうしてもらいました!

それはそうと、いま、京都は紅葉シーズンに入ろうとしているところです。

入ってはいません。

なんだか今年の紅葉は遅いらしく、

調べたところ見ごろが12月の2週目あたりだとか❓

流石にもう少し早いですかね?(-ω-)

紅葉見にいこー!と予定を決めた頃は適当に11月後半くらいならいけるでしょと思っていたのですが、

紅葉…おっ!紅葉!お!ここも!お?おーーー、あっ、紅葉だ!

くらいの紅葉でしたー。

しかし、シーズン的には紅葉!ということで、

お寺や神社は、紅葉いかがですか❓

という感じに彩られていました🌸

まずパンケーキたべました!🥞

烏丸御池駅近くにある、

「松之助 京都本店」さんです!

むちゃうま(^。^)

その後、東福寺駅方面へ向かい

勝林寺に行きました。

色とりどりの傘や花で飾り付けられていて、

紅葉の色付きはまだまだでしたが

とても見応えがありました!

推し活!

ウロウロしていたら、同聚院にたどり着きました。

この読み方は正解では無いのですが、

これ、「土方」に見えてしまって、

運命を感じたので、手を合わせてお守りを受けてきました。

白いバラも咲いていて、アツいですねーTT

この画像のキャラクターは、あの新選組の土方に縁のあるキャラで、ミュージカルでのペンライトカラーが白なのです。アツい!

このあと、大丸の中にある

「喫茶マドラグ」さんでご飯を食べました!

お子様ランチのプレートです!

味はもちろん見た目がかわいいです。

推し活。

ご飯を食べ終えると、いい感じに日が暮れてきました。知恩院でライトアップが行われているので、それを見に行きます!

ネオン法然上人。

知恩院はとても広くて見応えがあり、お坊さんのお話を聞いたり、木魚体験をしたりと、

非常に充実した時間を過ごすことができました!

これにて、この日のスケジュールは全て達成です!

くったくたですーー。

楽しい一日でした♡

東福寺方面では勝林寺と同聚院をメインに見て回ったのですが、

肝心の東福寺では、

三門が公開されていたり、通天橋から素敵な景色が見られたりとそこだけでも楽しめる、むしろ時間が足りないのでは!というくらい

見所が多そうでした。

お金と時間が無限にあれば〜、TT💦

京都で紅葉を楽しむ際は、是非参考にしてみてはいかがでしょう♫

ではっ!💟