努力が手に入れられるものは?

皆さんこんにちは。みちこです。

週のはじめからインフルエンザにかかってしまい、これを書いている現在も自宅待機期間という状態から本ブログをスタートしようと思います。

いやあ…しんどい…。

熱は中々下がらないし、喉は痛いし、声なんてまったくでないし、鼻も詰まるし咳も出るし…。

我が家では父が先に倒れ、その次に母、最後に私というまったく綺麗なドミノ倒しでインフルにかかっておりました。(父は根っからの病院嫌いなので検査などはしていないのですが、母と私は近所の病院で検査をしてインフルエンザであることが発覚したので、父もおそらくそうであろうと踏んでいます。)

ちなみに我が弟は家にいる時間をなるべく少なくし、現在までどうにかかからないようにして生きているようです。(なんでもどうしても部活の試合に出たいそうなので…。)

こういう「最後の砦」的な役割を担うのは我が家では父か私であることが多いので、今回はかなり珍しいパターンだったといえるでしょう。

何を隠そう、インフルエンザであると判定された私はこの1週間1回も授業に出られていないことが確定してしまい、その事実が悲しかったです。しかしそんなことを言っていられる暇もなく体が言うことを聞いてくれなかったので、大人しく休みました。

さて。こんなつまらない近況トークは3~4行で済ませる気だったのですが…。どうしてこうなった…。

今回は、「努力が手に入れられるもの」というテーマで書こうと思います。

最初に申し上げておきますが、これは永遠の課題であり、誰もが納得できる正解を導き出すことは出来ません。逆に言えば、今からここに書くことは私だけの答えでしかありません。そしてこの記事を書こうと思ったのは、今必死になって勉強を頑張っている受験生の皆さんがいるからです。

今どこかの目標に向けて頑張っている皆さんへ、ほんの少しだけ年を食っただけの先輩の私から、励ましでも何でもないかもしれないが、しかし大事なことを語ってみようと思います。

努力で手に入れられるもの、皆さんは何だと思いますか?

望む結果が手に入れば幸せものでしょう。しかし、誰もがそうではないことを10代後半の皆さんなら、薄々感じてきているのではないでしょうか。

そうです。努力で手に入れられるものは、必ずしも「望む結果」ではありません。

では、「望む結果」が手に入らなかった人はそのまま腐るしかないのか?

そうではありません。てか、そうであってはいけないのです。

見方を変えるんです。「望む結果」というのは、あくまでも物事の一側面でしかない、ということに。

 

ここまで言ってきて、努力で手に入れられるものは、「結果」であると、もうわかったことでしょう。

しかし、ただの「結果」ではありません。

その「結果」は、皆さんの見方次第で、希望にも絶望にもあらゆる姿を見せてくれます。

ーーー楽な言い方をしてしまえば、「結果」なんてあくまで「事実」でしかないんですよ。

その「事実」は、時に優しく包み込み、そして時に残酷に、私たちを襲ってきます。

それだけの話なんです。本当に。発想・見方を変えるだけなんですよ…。

でも苦しいことに、それをすることが、容易ではないんですよね…。

例えば、「お笑い芸人になる」という夢を持っていた人がいたとしましょう。

お笑い芸人になるために、養成所に通ったり、自分でネタを考えたりなど様々な練習をしても、有名になれるのはほんの一握りの人たちだけです。

情熱、そしてそれに見合った努力だけでは、どうにもならないんです。どんなに才能がある人だってそうです。

これが、世界の現実なんです。

残酷ですよね、この世界は。私もこれに気づいたときは、本当に残酷だと思いました。

ーーーでも、よく考えてみて下さい。

本当に、この人たちの努力は無駄だったでしょうか?

この人たちの情熱は、報われなかったものでしょうか?

私は、この人たちの努力も情熱も無駄にならないと思います。

ただし、その人自身が舵を切れるか

これ次第で、無駄になるか否かが決まります。

「舵をきる」とはどういうことか。これが、さっき私の言った見方を変えるということです。

例えば、さっきのお笑い芸人を目指していた人たちは、どんな能力があると考えられるでしょうか?

お笑い芸人には相方が必須。つまり、人と連携して笑いを生み出す、そういう生き方をする人たちです。

馬が合う合わないは別として、こういう「人と連携して何かをする」という能力には秀でていると考えることは不可能ではないでしょう。

それに、「目標に向かって何かをする」という力も当然持ち合わせています。

それは、芸人になる!という夢があった故かも知れません。

しかし、芸人を目指すということは、芸能界が決して綺麗事だけの世界ではないことも受け入れている人たちだと思います。(ここを受け入れられない人は、おそらく養成所の段階とかで早々にリタイアしていると思います。)

そのうえで目指していたのなら、それ相応の覚悟がその人には存在していることになります。

つまり、その「覚悟を持って目標に向き合い、達成に向けて努力する力」をその人は持っていることになります。

この力は、どこで何をしていくにしても必要になる能力です。

ーーーそんな能力を見に付けているなんて、本当にすごいことですよ。

 このように見方を変えれば、この人はたとえお笑い芸人になれない人生だったとしても、どこででも通用する能力を持っている人と捉えることはできます。

しかし、ここからが大事です。

それは、こうやって舵を切れるか否かはその人がいかに早くこれに気付けるか次第であるということです。

つまり、当然気持ちの問題(情熱をどうしても断ち切れないなど)で踏ん切りがつかない人もいる、ということです。

私のようにすぐに割り切れて方向転換ができる人もいれば、中々そうではない人もいると思います。

このような人の違い、なんだと思いますか?

ーーー私はひとえに、「情熱の差」だと思います。

実は私、生まれてこの方、情熱を持ち続けて何かを成そうとしたことはありません。

否、それを制限された環境下で生きてきた故に、そうせざるを得なかった、という方が正しいかも知れませんが。

何故なら、どこかで上記のように「方向転換」ができてしまうからです。

それを器用だ、生きやすい、というのならそれまででしょう。確かに生きやすいとは思います。

でも時折、もし自分が人生を揺るがすほどの情熱をかけて行動できるものがあったとしたら、すべてを捨てられたり、すべてのリスクを背負ってまでもやりたいことができたらな、と思うことはあります。

そういう、何がなんでもこの目標を達成したい、という情熱を持っている人が羨ましいです。

そういう人は余裕はないかも知れないけれど、常に全力で人生を謳歌している。

それはそれで、素晴らしい生き方だと思います。

 さて。そろそろ収拾がつかなくなってきたので、まとめに入りましょうか。

努力が手に入れられるもの。それは、「結果」です。

しかしその「結果」は、必ずしも望むものばかりではない。

否、むしろそうではない場合の方が多いと思います。

そういう時に、その「結果」を自分の中でどう解釈するかで、その後の行動も生き方も変えられるんだよ、という話をしてきました。

しかし、そう単純に割り切れない人がいることも事実。そういう人はもしかしたら、「目標に対する情熱」をめちゃくちゃ深く持っている人だったのかも知れない。だから、割り切れないからといって無理に割り切ろうとしなくて良いんだよ、むしろそれはそれで1つの生き方なんだよ、こんな話をしてきました。

 

これからどんな「結果」が待ち受けるかもわからない受験生にする話ではなかったかも知れません。

人によっては、これを読んで落ち込んでしまうこともあるかも知れない。

ただしかし、「こういう考え方もある」と心の片隅においておきながら、今自分のなかに掲げている「目標」に向かって邁進してほしいと思います。

大丈夫!後悔さえしなければそれでいいんです。てか、後悔したっていい。

時間は二度と戻らないのだから、今皆さんができる最善を尽くしてほしいな、と思います。

「最善」は必ずしも、苦しい努力である必要もないと思います。

たまには息抜きしたっていい!大丈夫です!

私なんて受験生でも普通にゲームしてましたし!やばい!(笑)

とにかく、自分に付随している時間を、他でもない大切な自分にかけられるようにしてほしいな、と思います。

長くなってしまいそうなので、今回はここで終わりにしようと思います!

次回は、年の瀬ということもあるため、ここらで少し振り返りをしてみようと思います。

もうすぐブログ部で記事を書いて1年になりますし!

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました!

鎌倉幕府はキャバクラ幕府って言うし、金沢文庫は口の両端を指で広げながら言う

『光る君へ』完走おめでとうございます。

一年間本当に楽しかったです。

私にとって『光る君へ』は、大石先生高野先生と、中高大の先輩方が手がけたこともあり、また前半四分の一は式部の墓から徒歩五分圏内の場所で観ていたこともあり、遠い平安時代が舞台ではありますけれども、非常に身近な大河ドラマで、毎回毎回が予想できないため楽しく、放送後は#光る君絵とかを面白く拝見して余韻に浸ったり、不意に懐かしくなって『花子とアン』を観たり、充実した日曜日の夜を過ごせました。おかげで吉高由里子さんの物真似が上達いたしました。色んな料理を合わせてトリスのハイボールを飲むこと、それは楽しい晩餐なのよ。

***

先日、すごく久しぶりに鎌倉をうろうろ徘徊してきました。

今回のルートは円覚寺→松ヶ岡東慶寺→鶴岡八幡宮→法華堂跡・頼朝墓→荏柄天神社→鎌倉宮→永福寺跡→瑞泉寺→由比ヶ浜→長谷→御霊神社→極楽寺→七里ヶ浜→腰越満福寺、お金がないので徒歩で行きました。相変わらずの体力頼り。若いからこそ出来ること。なんでこのチョイスかというと、戸田幹『鎌倉紀行』ほぼ後追いルートっすね。

紅葉もいい感じかなって言うのと、ついつい車とかだと通り過ぎがちな奥鎌倉に冬の気配を感じにって行ったのですが、予想通り、北鎌倉の円覚寺などは綺麗に紅葉してました。平日の朝なので、周りを見渡すと、インバウンド、爺、婆、インバウンド、爺、婆って感じで、明らかに若者一人浮いており、というか目立ってしまい地元民のくせして肩身が狭いという。

円覚寺はこんな様なのですが、写真撮影不可の松ヶ岡東慶寺はとても静かで、非常に落ち着きます。ここは秀頼公の娘がここで余生を過ごされましたことで有名、一説には甲斐姫も同行したと言われる場所。男子禁制の縁切寺として有名でした。境内にはさまざまな植物が植えられ、その日は銀杏を潰した香りが境内に漂っていました。

建長寺を門前で拝んで、トンネルを通過し八幡様とお稲荷様へお詣り。いつも混んでいますが、ここに来ると安心します。昔から見守っていただいているのと、やっぱり京都の八坂、奈良の興福寺的な感じで。今日は先を急ぐため国宝館の展示などは見ず、三の鳥居をくぐって左に曲がり奥へと向かいます。

奥鎌倉の方はインバウンドが粗方居なくなる上、電車などがなく、坂があって足腰元気じゃない老人などは来ないので、まだ一昔前の鎌倉の様相と言いますか、静かで落ち着いています。鎌倉宮・永福寺跡あたりは紅葉が綺麗で、特に鎌倉宮の紅天井はちょうど見頃でした。

鎌倉宮は護良親王をお祀りするのですが、護良親王、『逃げ上手の若様』での人気があり、紅天井近くの授与社付近で色々展示がありました。

瑞泉寺は紅葉こそ山の上にちらほらですがそれよりも、瑞泉寺と言えば岩庭じゃないですか。鎌倉時代から唯一残る庭園、仙女の住まう洞を模した壮大な岩庭。一度も観たことがない方は行っておくべきです。受付にいたお寺の方曰く、一覧亭というのはこの岩の上にあるけれども、あれは危なくて、今では私たちですらいけないそうです。電話ボックスのところから屋根だけ見えるよ!と言われて、あれだよあれ!と指差しまでしていただいたのですが、わかりませんでした。

白旗神社は静かに拝みます。法華堂跡は今や楽しげな公園になっていますが、おそらくこの公園の常連が通う小学校には大蔵幕府の石碑と小学生作の非常にわかりやすい説明書きがあります。

荏柄天神社は太宰府と北野の天神様と合わせて三古天神社の一つです。本殿は国指定の重要文化財。ここの良さは本殿のほかに、かっぱ筆塚も絵筆塚も面白い形なのですが、何より石窟の中にある明治時代に合祀された熊野権現社。

その後はぐーっと南へ下がって、砂浜沿いを歩いて長谷まで行きました。夏は外からの人がゴロゴロ転がっていますけど、今は少ないんですよ。砂浜は足が囚われるのでアスファルトを歩いて、長谷の方まで。大仏も長谷寺も混んでいるので、そのまま御霊神社、星月の井、星井寺、極楽寺を順にお参り、その後は江ノ電沿線を歩きながら稲村ガ崎まで行きました。この辺りはボウリングの球のような「奇石」がゴロゴロあり、御霊さんなどは崇拝の対象として飾り置きされています。

途中には日蓮上人が袈裟をお掛けになった松があります。処刑される際に袈裟を血で汚してはならないと、掛けて置いて行かれた場所で、松は最近植えられたものですが、もう少し成長したらよりリアリティが増すのではと考えます。

そこから歩いて歩いて歩いて七里ヶ浜を過ぎ、またさらに歩いて、満福寺へ。ここは義経が頼朝との和解のため、鎌倉へ向かった際に泊まった場所で、腰掛状はここで書かれたもの。境内には弁慶の腰掛石や、義経と弁慶を模した像もあります。

本当は江の島まで行こうかと思ったのですが、後に予定があったので断念。江戸の頃の鎌倉見物は江ノ島もセットなことが多いのに。

神奈川の沿岸部って、(主に頼朝と北条と徳川とペリーのせいですが)結構歴史的に面白い場所ですよ。地震とか埋め立てとか戦争とか再開発とかで建物とかは全然歴史ないですけど、それこそが主に鎌倉以降、神奈川県沿岸部が日本の歴史の中心部あたりに位置していたことの証明なのだろうなと思っています。人も東京より人情味あります、遠回しに物が言えないぐらい素直で優しい人たちばかりです。スカジャンとか服装文化も興味深いものですよ。飯も美味い、魚とか大根とか安いし新鮮だしやたらデカいし。この街が平穏で、舌の肥えたハイカラ爺婆だらけの街で居続けてくれること以上に願うことはありません。

本日の読みたい本

『鎌倉紀行』戸田幹 静嘉堂文庫本

今回はこれの後追いをしたから、これを紹介する。最初に書いて置くが、六浦や葉山方面は疲れたため行かず、江の島は混んでいるから行かなかった。戸田が旅程のうち二日かけて廻った場所を回ったのだから許してほしい。

戸田幹は洛中に住んでいた俳人以外の何も確定情報の無い人である。

本作のあらすじを簡単に言うと、京から幼児があって江戸に来た際、興味を持っていた鎌倉に行ってみよう!というものである。

文章構成は漢詩文で成り立っている。感動すると漢詩を詠む。

六郷・川崎・神奈川・戸塚宿・円覚寺・建長寺・東慶寺・鶴岡八幡宮・実朝廟・頼朝屋敷・北条屋敷・大塔宮・瑞泉寺・由比ガ浜・光明寺・荒井閻魔・景政墓・重忠墓・石窟・江の島・弁天窟・満福寺・七里ガ浜・極楽寺(靈山崎)・袈裟掛松・長谷観音・大仏・源氏山・化粧坂・抜道からの城跡・三笠浦・有明神社・山・荏柄天神・梶原屋敷・六浦・瀬戸明神・称名寺・能見台の順で回っている。

なかなか満喫しているが、これが出来たのはご存じ水戸黄門がこれより前に刷って発売した『鎌倉日記』の影響があるからである。今、小町通りが連日混雑しているのも水戸黄門のおかげ様である。

鎌倉には戸田以外にもかなりの文人が訪れ、旅日誌やら絵やらをかいているが、あまり風土を馬鹿にしないのは戸田のいいところであるのだろうか。洛中の人間の余裕だろうか。

明日は何の日?

 皆さんこんにちは、あかりです。突然ですが問題です。明日は何の日でしょうか?答えは赤穂浪士が討ち入りをした日です。地域によっては赤穂義士祭なんていうのも開催したりするそうですよ。

 と、いかにも物知りそうに語ってみましたが、実は私も知ったのはつい昨日の話なんです。茶道の先生のお宅でお稽古をしていたらたまたま赤穂浪士を趣向とした取り合わせだったのでブログに書いてみました。何より他に書くことがなかったので。でもこのネタもあんまり長く書けそうにない気がします。まあ何も書かないよりはいいと思うのでもうちょい頑張ってみます。

 赤穂浪士といえば、『仮名手本忠臣蔵』という歌舞伎の演目にもなっていますよね。でもその割には知名度はそんなに高くない印象…。高校で日本史を選択していないと、案外知る機会ってないのかもしれません。討ち入りの日となれば尚更。ちなみに皆さんは知っていましたか?と、聞いてみたところでブログじゃ返答なんて帰ってきませんが。ダメだ今回全然面白く書けてない気がする。何よりグダグダすぎます。いつものことですが。

大体、赤穂浪士が討ち入りしたからってクリスマスみたいに全国各地で飾り付けだのお祝いだのやるわけじゃないですからねー。大多数の人はきっとこの話読んでも「へーそうなんだ」くらいにしか思わないでしょうし、何なら寝て起きたら頭から抜け落ちてそうな気がします。ポッキーの日とかみたいに有名な記念日でもないですしね。そうそう、ポッキーの日は第一次世界大戦停戦記念日でもあるそうですよ。あ、完全に話が脱線した。オチどうしよう。元々そんなにちゃんと考えて書いているわけではないけども。

 そんな訳で明日は赤穂浪士討ち入りの日です。特に何かあるわけではありませんが、知っていると教養がある人になれた気がするのでよかったら周りの人にも教えてみてください。世の中知ってて損する知識はないと思うので。せっかくだし明日は雪降るといいなー。関東では可能性は限りなくゼロに近いですが。

 それではまた次回お会いしましょう。ありがとうございました。

真相

朗報です!私にとっての、ですが!

先月お話した趙楷の謎が解けました!(趙楷の謎とは↓こちら、11月の私の拙いブログです。)

https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2024/11/08/

その正体は『宇治拾遺物語』の「渡天の僧、穴に入る事」というお話だったようです!私は漢文だと思っていたのですが、全然違ったのですね笑。

***

誤            正

漢文      →    和文

趙楷      →   書かれていない

木こり     →     僧

小さな洞窟   →   大きな穴

1人で見つけた → 1人と1頭で見つけた

僧は天竺で物見遊山をしているとき、牛が山に空いた穴に入っていくのを見てそれについて行った。穴を抜けると明るい場所に出て、牛の真似をしてそこに咲いている花を食べた。花は見たことのない形をしていたが、とても甘くておいしかった。しばらく食べているうちに、僧はただブクブクと太ってしまった。僧は恐ろしくなって穴から外に出ようとしたが、穴は窮屈で息苦しく感じられて、外を通る人に助けを求めても気づいてくれない。結局穴に詰まって息絶えてしまった。その後、穴から頭だけ出したような形の石になってしまったという。この話は玄奘三蔵の日記に書かれている。

***

これが真相でした。大学生活中に出会えてよかった!

今回のこれは私の所属している中世自主ゼミでのお話です。今年度は『宇治拾遺物語』ゼミメンバーズセレクションを毎週1話ずつちまちまと読んでいます。こぶじいさんがブレイクダンスをしたり、かわいそうなキツネさんが幻の放火犯になったり、桂川で川流れ未遂をした聖にゼミメンバーで総ツッコミをかましたこともあります。おもしろいこと限りないです。これらファンキーなキャラクターたちの詳細が気になる方は月曜のお昼休みにぜひ。一緒にツッコミをかましましょう笑。

中世自主ゼミはただいま6人で活動しています。が、そのうち4人が3年生です。ちなみに3年生の中で中世ゼミに所属するのは私を含めて2人です。中世自主ゼミに参加したからといって卒論も中世で書かなければいけない!なんてことありませんので安心してご参加ください笑。本格的に所属するか迷うな~という方は、一度仮入部のような形で参加するのでも構いません。

少し圧強めの内容になってしまいましたが、少しでも興味を持っていただけたら幸いです。

ちょっと休憩

みなさま、こんちには。

季節はクリスマス。というのは少々早いですが、世間は大分クリスマスムードになってきたように感じます。

実は絶賛!現役最後のダンスコンテストの詰め期間で心身共に元気と体力に黄信号が出ております!来年にはもう!引退しているので、詳しい話や思いはそちらで語ることになりそうです。

今日はともかく早めに寝るが目標です。ここに来て身体を休めることの重要性を実感しますね。スポーツのみならず、勉強もアルバイトも遊びも心身の健康あってこそ。みなさんも、疲れたときには少し立ち止まり、休憩してそんな間のひとときにブログを読んでくださったら嬉しいです!

今日ものんびりお読みいただきありがとうございました!おやすみなさい!

コミケの歩き方(準備編)のはなし

皆さんこんばんは、しおん🐦です。

たいへんお久しぶりです。近況報告についてはすぐにお話しさせていただきます。

ですが、本日は一旦楽しいお話し!コミックマーケット、通称コミケの歩き方(準備編)のお話しです。

これをお読みの皆さんはコミケに行ったことはおありでしょうか?

私は二次創作が好きで、大学に入って最初の五月から毎回好きなオンリーが開催される春と秋には参戦しております。コミケはオタクや成人だけのものだとお考えの方もいらっしゃるかもしれません。しかし、そんなことはありません。なんとコミケにはアンダー18割など学生証を持っていれば片方無料というようにお得に参戦することも可能です。

さて、前置きはこのへんにいたしまして、私流のコミケの準備についてお話しします。

まずはお品書き。これは非常に重要なものです。ピクシブやX(私は未だにツイッター呼びを貫いています)といったイラストが投稿できる媒体で発信されているもので、参加しているサークル様の今回出るブースの場所、グッズ、無配といった重要な情報を知ることが出来ます。お品書きはサークル様が料理屋だとするとメニューのようなものなのでよく吟味することがおすすめです。

ここまで話したいことをとりあえず話してしまったので、きなれない言葉がいくつもあったかと思います。ですので、ここで少し用語紹介を挟ませて頂きます。

・ピクシブはイラストがキーワードごとに分けられて投稿されているオタク御用達のサイトです。(アプリもありますがウェブ版でもかなり楽しめます)お好きなキャラクターで一度検索をしてみるのも良いかと!

・サークルはコミケに出る方や団体のことを言います。ブースはその方たちのコミケ当日の住所のようなものです。基本的にビッグサイトですと東〇(1から6)カタカナ+(1~基本66)+aかbで表されます。

・同人誌、グッズはお分かりかと思いますが無配はそのサークル様が作っている同人誌などを購入した方がもらえる無料で配布している一枚の漫画ペーパーやポストカード、小さなグッズなどを指します。これは作られるサークル様と作られないサークル様がいらっしゃるのでよく確認が必要です。

ここまで用語がわかったら、自分だけの宝の地図を作りましょう。イベントの名前を入れて、マップと検索をかければ出て来ます。自分の行くホールのマップを公式サイトからダウンロードしたり、印刷したりして印をつけていきます。結構根気のいる作業ですが、楽しいので時間を忘れてできてしまいます。

回るサークル様が決まったら、いよいよ気になるお金についてご紹介します。

私の場合ですが、二万五千円~三万円の間で持っていくことが多いです。同人誌は一冊安いものであれば300円から平均価格は500か600円、高いものだと1000円、アンソロジーと呼ばれるいろいろな人が寄稿して作られる同人誌は2000円ほどになることが多いです。これは好きなジャンルによって変わることもあるかと思いますが有名な少年誌作品の同人誌であればこれぐらいの値段が相場であると思います。参加したことが無い方からしますと高額に感じるかもしれません。

しかしこれは慣れです…。慣れてください……。これが普通だと思いましょう。コミケに行かなければディズニーに何回も行けるなど考えてはいけません。もっとお金を貯めるのです。そしてコミケもディズニーも行きましょう。二倍楽しいですね‼

これは番外編ですが、もし、大好きな絵師さんや文字書きさんが参加することが分かったら、差し入れをするのも良いですね。これは手作りのものや開封済みのものはダメですが、もちろん高額なものではなくても良いですし、お手紙でも十分気持ちは伝わります。差し入れにはアカウントネームなど素性の分かるものを書いておくと良いです!

服や持ち物も気合を入れたいですね。ですが、コミケはめちゃくちゃ歩きますので、靴だけは歩きやすいものをお勧めします。バッグは痛バを作るのも楽しいです。

いろいろな準備をしているうちにあっという間に当日になってしまいます!

当日の楽しみ方や気を付けた方がいいことはまた後日「(当日編)」で!

それでは、また‼

                                         しおん🐦

長く書くこと

ごきげんよう、あやめです。

何度か話していることですが、「創作技法論」の授業の話題をまた一つ。この授業では期末の課題が8000字の短編小説を書いてみよう!というもので、そんなに長くものを書いたことが(意外にも)ないのでどうしようか、とうなって、どうにか息切れしながら書き上げたばかりの、あやめです。長く書くには普段通りのグダグダ冗長文じゃ乗り切れなくて、頭を抱えました。どうにか出せてよかったな。

その直後の今回なので、またもや長く書くわけで、書くのが好きな人なんだな、と他人みたいに思いました。

おじさん(後編)

「来たらいやだった?」

ほとんど半べそで、私が言った。なんて言っても怒られると思ったので、一番被害が小さそうな言葉を選んだ。

「あれ、」

おじさんは間抜けな声を上げた。

「おれ、おこってないよ」

おじさんは困ったみたいな顔をして言った。

泣くのはズルいな、と言われて、続けてこうも言った。

「書いた物ってのは、うん、子供みたいなものじゃないかな、おれ子供いねぇから確かな事は言えないけど、おれがうみだしてやった癖に、おれではない別な個体として、独り立ちして、人は其れが好きなンだよ」

タバコの煙を、ため息みたいに吐きながら、考え考え、おじさんは続ける。

もうなんで泣いているのかわからないまま、べそかきつつ、私は頷いた。もう訳も分からず泣いている。とっくにおじさんのことで泣いているわけではなくなっている。が、おじさんにそんな事が伝わるわけもなく、弁解することもないのに、一生懸命に私に話をしていた。おじさんは責められて泣きそうになっているようにみえた。

このように書き出してみると短いが、おじさんは一言をかなり吟味して話すから、行間がすごくゆったりしていて、簡単に言えば話すのが遅かった。うーん、とか、ああ、とか、えー、とか言いながら、考え考え話すので、ものすごい時間を要する。

「こう、ん、なんつったらいいかね、ああ…

でも、それを生み出したのはおれだから、文章はおれの遺伝子を受け継いでる、ンだね、だからおれが不出来なら、文も不出来になるし、出来の良い親を持った文は美味いんだろうね」

おじさんは話すのが遅い。しかし私もいまだ、しつこく泣いていた。私は普段冷血と思われているくらいには涙と無縁だったし、泣いている最中も「10分経ったな、水を飲まないと脱水症状が出るな」とかよくわからん理性の部分が強く出たままだから、わんわん泣いているとは言い難い。どちらかと言えば「目から水をしたたらせている」という具合だ。素直じゃないというか、ひねくれているというか、ませているというか。しかし、泣き出してしまうと長かった。しつこくしつこく、いくらでも泣けた。おじさんが話し終えるのが先か、私が泣き止むのが先か。

「前にね、水族館だったかな、忘れたンだけど、日除けのパラソルが、夏なのに閉じられていて、それが整列してるのをみたんだ」

とうとう私が泣き止んだ。負けた。それを見て少し安心したのか、おじさんは昔話を始めた。

「白のパラソルが、上から吊り下げられる形で、こう、等間隔で並んでて」

おじさんは吊り下げられる「パラソル」を、腕と手で表現しながら話した。

「傘の部分がひらひらしてるのに、糸で結ばってるから、幽霊みたいに見えたンだよ」

子守唄をうたって、寝かしつけているみたいな声だった。

「おれ安心してね。「幽霊」なんて大層な喩えしたが、なんてことはない、傘なんだ。だけど、こう、こんなに幽霊が縛られて等間隔に並べられて、お天道様に晒されて、天日干しで、みんなに見向きもされなくて、幽霊なのに、それで、それだけだからなんてことァないンだけど、それだけで、おれ、良かったな、と思ったよ」

私は泣き止んだあとの腫れぼったい眼で話をきいた。泣いた後の疲労感やおじさんの子守唄の声で眠たくなっていた。心地いい風が吹いて、カーテンが幽霊みたいに揺れている。

「おじさんは、そんなことを思って文を書くんだよ。読む人が好きなのは、どんなに好きでも、俺の生んだ文。俺が好きなんじゃない。読む人が褒めるのは、どんなに巧言令色でも、俺の生んだ文。俺じゃ無いンだ。そこを履き違えちゃいけん(注:多分「いかん」のことだと思う)。

記事もそう。読む人に寄り添って、読む人に優しい文を書くんだよ。俺のことはどうでもいいんだから。逆に言やあ、文を、記事を批判されても、俺を批判されてる訳じゃないから、気楽なもんさ。はは、は、……あ、…いや、それは嘘か、いや…」

おじさんは黙ってしまった。私はそろそろ本当に眠くて、おそらく舟をこいでいたと思う。失礼なことだと思うが、おじさんはそれをあまり気にしていない。おじさんも大概、「私」を見ているわけではないようだ。概念としての「姪」を見ているように思った。高校時代に習った倫理の授業の知識が、断片だけ、浮かんだ、気がする。

「とにかくね、あんまり、気負わずに書いていいと、俺は思うよ」

これだけ時間をかけて喋って、答えは変に普通だった。時間にして3時間である。日が暮れた。寝ぼけた私は「ん」としか言えなかった。

夕飯どうするかい、まぁおじさんと食べちゃ不味くなるかね、とか言って、あ、小遣いやらんといけんね、と何も言わないのに、また来た時みたいにもたもたと、財布を探して、あったあった、ととっておいたらしい新札(手に入れているとは思わなかった)のシワをのばしのばし、かわいい女児向けポチ袋に入れて持たせてくれた。一生懸命持ちうる上品なお断りワードを並べてみたが、若いのに遠慮したらいけん、と言って、そういう時だけ強引なおじさんを言い負かすことは出来ず、結局またバスに乗って、もそもそ夕飯を途中で寄ったファミレスで、ポツン、と食べて、また電車とバスに乗って、ポツン、とした気持ちで帰った。

さっき寝たせいでむしろ目が冴えてきた私は、長い帰り道で、ゆっくり言われたことを思い出して、メモをとった(この文章はこのメモをもとに書いた)。今日、奇を衒って不思議なことをいうのは「いけん」ことがわかった。普通。これが一番。常道を行くべし。シンプル・イズ・ベスト。しかし私は、残念ながら「常道」外れのハズレくじなので、これがすごく難しく思った。おじさんも、多分同じようなことで困って、迷って、いまだその答えを見つけられず、迷路から抜け出せずにいるんだろう、と思った。だから一人で持て余す家に住んで、もたもたしながら、パンの工場で働いているんだと思った。そんなおじさんは、私の父親にバカにされていた。昔からそんな言葉を聞いて育ったから、立派な仕事に就くのが偉くて、フラフラ趣味とも稼業とも言えない仕事をするのは恥ずかしくて嫌なことだと思っていた。常道。いつからこんなもの、気にするようになったのか。それは、社会に参画し始めたら誰でもみんな気にする、大事なことなのだろうか。

「次は、○○○○」

答えは出なかった。もう、最寄りのバス停につく。涙は乾いている。

2%

おはよ・・・うございま・・す。

朝、目覚ましのアラームで目が覚めスマホの画面を見ればAM.6:20。アラームを止めるボタンを探り探りしてはたと気が付く。

スマホの充電、2%しかない。

えっ。昨日の夜寝る前に充電器に差したはずなのに、なぜ・・・あら、延長コードのスイッチが入っていなかったようです。やってしまったなあ。

起きてから家を出るまでの1時間とちょっと、いけるところまでひとまず充電しておきましょう。数十パーセントもあれば1日くらい何とかなるはずですから。

そうして家を出るころには29%ほどにはなりました。今日は午前で授業も終わるし、家に帰ったらまたゆっくり充電でもしましょう。

とか思っていた午前の私はどこに。昼食を食べながら午後の予定について考えを巡らせ巡らせした結果、私は稀に見る気まぐれを発動し、何と元町・中華街に行ったではありませんか!ご存じの方もいるかもしれません『文豪ストレイドックス』の聖地でもあるのです。

地下鉄の改札を抜けて地上に出ると、手始めに中華街の門とは反対方向に歩き始めます。たどり着いたのは山下公園。目を引くのは謎の石像と噴水、氷川丸という船、謎のガールズ像、バラの庭園、赤い靴をはいていた女の子。

初めて行く場所海のある場所聖地のある場所。そうなったら地図も開くし写真も撮りたいし検索もしたい。残りの充電20%に見合わないのは分かってる、でもやりたいことがわんさか出てきます!

(こちら、かわいいすずめさん。)

見ての通り、私の旅は基本的に気まぐれでできています。行き先も立ち寄るお店も行き当たりばったり。基本的には気の向くままに歩き、直感の働きに任せてお買い物をします。ただし、何も知らない町ではさすがに、迷子になる前にマップを開きます。今回訪れた横浜は街中いたるところに観光案内が立っていたので、それを参考に歩くことができました。充電の少ないスマホを相棒としながら方向音痴の私には本当にありがたいことです。これで道に迷わないことに加えて、残り15%しかないスマホの充電もキープできます。

次にたどり着いたのは赤レンガ倉庫。クリスマスマーケットが開催されていたようで、広場はなんともにぎやかで楽し気な雰囲気です。赤レンガ倉庫の中では芸術的なお店がたくさん並んでおり、お店といいつつ美術館や個展か何かに来たような気分。天井が少し低めなのも隠れ家のようでわくわくします。倉庫の中を回り切って外に出ると目の前はイルミネーション広場になっていました。海辺の強風と充電10%のスマホにうっすら涙を浮かべながら記念に一枚パシャリ。時刻はちょうど16時。日も傾いて来ました。

次にたどり着いたのは馬車道。街灯の暖かいオレンジ色の光と緑色の葉っぱを付けた街路樹のコントラストが何となく落ち着きます。県立歴史博物館に入るには少し時間が遅いですし、そろそろ中華街の方に向かいましょうか。

馬車道から中華街に向かって歩く道中にも西洋風のレトロな街並みが続きます。赤茶色のレンガのような色をした建物たちと、黄色になり始めた銀杏の木がかわいらしく並んでいます。こんな町なら毎日でも散歩したい。

中華街にたどり着いた頃にはさすがに少し歩き疲れてしまいました。飲食店が多いようですし、ここは今度誰かと一緒に散策することにしましょう・・・。

元町・中華街駅に向かって歩きます。――そういえば『文豪ストレイドックス』で度々登場するアーチはこの近くではなかったっけ・・・?むむむ、最後にそれだけ見てから帰ろう。

元町のショッピング街の入り口に差し掛かって、目的の物を見つけることができました。日も落ちて暗くなってきていたからか、アーチはライトアップされ、てっぺんの鳥さんがイメージよりも神々しく不死鳥のようでカッコいいです。(若干ピントがずれていますね・・・。)

おっと、もはやスマホの充電も残り5%。カメラも起動せず、私ももうそろそろ眠たくなってきましたので、今度こそここらで退散しましょう。

家に着くころ、スマホの充電は残り4%になっていました。2%だったらこのブログも締まりがよかったかもしれないのですが、まあ仕方ありますまい。

今度はスマホの状態も万全にしてもう一回行きたい・・・!

缶詰

 毎日寒いので鼻水と闘っています。これが寒暖差アレルギーってやつですか。
さて、12月に入ったということは、何があるかお分かりですね。そう、卒業論文の提出日がすぐそこまで迫っているというわけです。我々4年生は必死になって最終チェックをしているところでございます。頑張っております。

 そんなこんなで提出のため現在卒業論文を書いたり推敲したり参考文献リストの見直しをしたりなどしているんですが、こういうやらなきゃいけない作業がある時自宅で進められる方ですか。私は余程期限に追われていないとできないです。これ昔からそうで、高校生の時試験前には居残りをさせていただいてそこで試験勉強していました。大学受験の勉強とかもとにかく家じゃだらけてしまうので学校の図書室だとか、休日はファミレスだとか、そういうところで勉強していましたね。今も作業を進めなければいけない日は何も用がなくても大学に行って缶詰します。ここまで終わらなきゃ帰れないというラインを設定しておいてひたすら何時間もぶっ続けで作業するんですね。これを私は軟禁と呼んでいます。「進捗ヤバいから今日は軟禁してくる~」みたいな。でも実際これであらゆる物事を乗り切っているので作業環境を整えるって大事だなと。近代の作家が宿で缶詰して原稿書いたって話私としては分かるわ~と思っています。こういう人間なので毎日コツコツ少しずつ作業できる人を大尊敬しています。ダーっとまとめて片付けるスタイル、というよりはギリギリまで溜めてしまいがちなのでそうならざるを得ないというか、そんな感じで生きております。RealFaceすぎる。ただ私、万事がそうではないんですよ。私の所属ゼミは比較的早めに卒論を書くようあらゆる期限が設けられているのでちょうど一年前くらいは序章、一章を書いていまして。冬休み明けが提出期限だったので去年の私は年末年始家に引きこもり昼夜逆転しつつ執筆していました。家でだってやればできる!この時の私が頑張っていたから今の私が字数に頭抱えることも論の方向性に悩むこともなく仕上げの段階に入れているんですね~。早め早めの予定を立ててくださった教授とそれに沿ってちゃんと卒論を進めていた私に非常に感謝です。

 卒論って大学の勉強の集大成だなと取り組んでみて改めて思います。少なくとも私にとっては私の論は面白いものが書けている感覚なので良かったな。提出まであと少し。最後まで頑張ります。では。

小さな夢

皆さんは「別に叶えられなくても人生に問題はないけれど、一回はやってみたいなぁ」と思うような夢がいくつありますか。

私は沢山あります。その夢に大なり小なりはありますが、最近特によく思うのは「ラジオのDJやりたいな」という夢です。

私は割とおしゃべり、というか脳内でしょっちゅう独り言を言っているなという自覚があります。脳内のマインドマップがものすごく複雑でAを考えていたらすぐBを考えちゃうし、それならCとDはどうだっけ?みたいなことをよくやってます。でもあまりにも興味があっちこっちに行くのでこうやって文章化しようとすると「あれ、さっきあの話書こうと思ったのに忘れちゃった」ということがよく起こります。またAを書いている最中にBを思い浮かべて「あ、じゃあCについても書こう」と思うと本当はA→B→Cの順で書かないと読んでいる人には伝わらないはずなのにCを書こうと思った私はもうCに脳内が支配されているのでA→Cが完成するということもあります。またはBを説明するのが面倒になってCも結局書かなくなったり……。

脳内と手は動作スピードが違うので起きる障害だなと思います。

でも話題にしたいことや話したいことはいっぱいある。

「あなたの考える最強のシャウエッセンの焼き方は?」とか

「そうめんって夏より冬に食べた方が美味しい説」とか

「世の中で美味しいってバズってるもの、何割本当?」とか

「ラヴィット見てる人と最近面白かった回について語り合いたい」とか。

挙げた話題について持論はあるんですが、自分の考えばかり反芻してもさほど面白くないんです。所詮自分の考えなので自分以上にも以下にもならない。だからこういう話を誰かとしたい。でも友達と会うとこういう話よりもしたい話があってすぐ忘れちゃうんですよね。家族と話すのでもいいけれど、家族って基本同じ文化資本で育ってるので意外と意見が割れないんです。こういうのって意見が割れて議論が起こるからこそ面白いのに。要は誰かとしょうもないことでディベートをしたいだけなんです。

ということで一番最近思った「歯が最後に抜けたのはいつ?抜けた歯を屋根の上に投げる風習ってうちだけ?」話について今日は考えていきます。ここでこの話題を書くことによってある日誰かが校内で話しかけてきてくれて、ディベートが出来るかもしれないので。

まず第一に「歯が最後に抜けたのはいつ?」

調べたところ14歳くらいまでにほとんどの人は永久歯に生え変わるらしいです。でも14歳って中学2年生とかですよね。歯が生え変わってた記憶ってだいたい小学校低学年じゃないですか?そもそも歯ってトータルで20本くらいあるはずなのに抜けた記憶は2、3本しかないです。これって私だけでしょうか。

さらに調べると歯の抜け代わりには順番があるらしいです。6~7歳で下の真ん中の前歯2本が最初に抜け始めます。次に7~8歳頃に上の前歯の生え変わりが起きます。多分このあたりの変化が衝撃的過ぎてこのあたりしか記憶に残ってない気がしてきました。しかしこのあと奥歯が生え変わるらしいです。

え、奥歯が生え変わった記憶のある人っているんですか?

前歯は何となく記憶にありますが、奥歯って一ミリも生え変わったような気がしません。正直親知らずがいつ生えてきたのかもよく分からないですし。自分の体の事なのに知らないことが多すぎて怖いです。

そこで「奥歯 抜けた記憶ない」で調べてみました。

どうやら私と同じような記憶の人は多いらしい。そして乳歯が生え変わらずそのままという人も多く、それによって記憶がないらしい人も多いそうです。いや、でも、私は確かに全部永久歯になっているはずなんです。現在進行形で歯列矯正をしているのですが、乳歯があるなんて話をされたことは一度も無いですし。奥歯が抜けた記憶がないのは少数派なのか、多数派なのかぜひどこかのテレビ番組でも街角アンケートをやっていただきたいです。

さて続いて「抜けた歯を屋根の上に投げる風習ってうちだけ?」の話

歯が抜けると屋根の上か縁の下に投げていた記憶があります。屋根の上か縁の下で意味が変わってきて多分「食に困らないように」とか「丈夫な歯が生えてきますように」とか言った願いを込めて投げていたような気がします。小さい頃は祖父母の家に住んでおり、一軒家だったのでこの習慣に何の疑問も抱かなかったのですが、マンションやアパートに住むと「みんな歯が抜けたらどこに投げるんだろう」と気になるようになりました。

「抜けた歯 投げる」で調べるとどうやらうちだけでなく古くからある言い伝えのようです。

同時に枕の下に入れる、というのも出てきました。これは私はやったことは無いですが、漫画で読んだことがあります。この漫画の印象もあって枕の下が多数派だと思っていました。

屋根の上か縁の下かという違いも願いの違いではなく、上の歯なら屋根上、下の歯なら縁の下、という違いのようです。日本だけでなくアジア圏全体でそういう話があるらしく、意外とどこの国でもやっているメジャーな風習で安心しました。うちが田舎過ぎてやっている独特の風習でなくて良かったです。

以上最近気になっていることについて持論と調べたことを綴ってみました。

やっぱり調べても「へーそうなんだ」となるだけなので誰かと話したいですね。事実を知りたいというよりは誰かの主観や意見を知りたいので。事実はどちらかというとオマケなんです。

みなさんもぜひ抜けた歯の記憶について周りの方とお話してみてください。

意外と知らない価値観が手に入るかもしれません。