忙しい方がQOLは上がるのか…?

皆さんこんにちは。みちこです。

今回は、今の生活を続けてこれまでの自分と今の自分がどのように変わったのかを確認?していく趣旨の記事となります。

まずは比較として、一年次の私と二年次の私(現在)がやっている活動について記そうと思います。

一年次(2023年度)

学業・サークル(バンド)・バイト(週一回→始めて一か月後に週二回)

二年次(2024年度)

学業・サークル(放送)・バイト(週二回。尚、職種を変更。)・ブログ部(この活動)・オープンキャンパス委員・ボランティア(月一回)・自主ゼミ(中古)

ご覧いただけば分かると思いますが、四つも増えましたね。

なぜこんなに増やしてしまったのだろうと、自分でも驚いております。

今までは、余裕のある生活をしたくて、忙しくなるようなことや、興味のあることに挑戦するといった機会は設けてきませんでした。

そんな私が、急にこんなやりたい気持ちだけでやっている活動がすべてそれなりに回っているのは本当になんでなのでしょう。

今回は、そんな私の疑問に、自分で答えを見つけていく記事となっております。

私の書く記事、ほぼ自分語りしかしていないので、そろそろ何か別のものを紹介する記事でも書きます。てか書かないと、多分私のイメージが、とんでもなく自己主張の強い人間になってしまう(笑)

では、始めていきます。

結論から言うと、自分のキャパシティーが自分が思った以上にあるのだ、ということに尽きるでしょう。

自分で自分のことを理解するのは難しい、とよく言いますが、私はこれだけは自分で理解しています。

「同時並行で物事を処理することがすこぶる苦手な人間なのだ」ということ。

そう思っていたので、無意識に自分で限界の壁を作ってしまっていたんです。

しかし、そんな壁は私の興味の前、そして大学と言う自由な環境の下には通用しませんでした。

大学の空気に感化され、見事に心の赴くままに色々なことに手を出し始めます。

でも当然、最初から勢いよく色んなことが出来たわけではありません。

一年次の前期あたりまでは、学業の様子も分からなかったので、様子見をしつつ(しかしその中でもバイトやサークルは始めていった)、大学の空気にも慣れてきた後期から様々なことを始めていきました。

そこで徐々に肩慣らしをしていってからの二年次前期(現在)という形ですね。

一年次で徐々にキャパシティーを増やしていくという行動をとっていなかったら、今の私はどこかでパンクしてしまっていたかもしれません。

そこである程度の成功体験をしていたからこそ、二年次ももっと幅を広げて挑戦してみようと思えたのかもしれません。

あとはまあ、身も蓋もないことを言いますが、これらの始めたことを続けられているのは私の性格が起因していると思います。

ここで関係する私の性格とは、「一度始めたことは最後までやり遂げる精神(根性)」と「計画性がある」ことの二点です。

ホント、ここまで続けられているのは正直なところ、根性によるものが大きいです。

自分で蒔いた種なのだから、自分でしっかり回収する、そんな自分に対する責任感のようなものもあるからかもしれません。

計画性は…なんか中途半端にあります(笑)

少し話がそれますが、皆さんは夏休みの宿題をいつ終わらせるタイプでしたか?

早めに終わらせるタイプ、最後に焦ってやるタイプ、計画的にコツコツやるタイプ…

ここら辺まではカテゴライズ化されると思います。

しかし、私は正直言って、このカテゴリーのどこにも当てはまりません。

答えは、「夏休みの中ごろ」です。

ーーーなんだこれ、ってなりますよね。

私の夏休みの宿題を終わらせるスケジュールはおおむね、「計画を立てる→一週間くらいは計画通りに進む→途中からずれてくる→再度計画を立て直し、この日までには終わらせると決めて取り返しにいく→ずるずる中だるみしながらおおむね計画通りこなしていき、夏休みの中盤に宿題を終える」という、なんともめんどくさい図式になっております。

中途半端ではありますが、ある程度の計画性は持っているため、様々な予定ややるべきタスクを把握し、逆算して遂行し、軌道修正しつつ、余裕をもって終わらせるという形をとっています。

 成功体験と、私の性格。この二点が、私がここまで倒れずにやってこれた理由かと思います。

で。話はここからなんです。これまでの話は、いわば前説。前座。本当に伝えたい話はここからです。

二年次になってここまで忙しくなった私ですが、そんな私は、今まで苦手だったあることを徐々に克服しつつあるのかも知れない、という話です。

その「苦手なこと」とは、「メリハリをつける」ことです。

今まではなんとなくだらだら頑張り続けることをしていたのですが、今は割と明確に「頑張る時と休憩する時」のメリハリをつけられるようになった気がします。

何故って、やらなければならないことが多すぎるから。だから頑張ってその目標を達成させたときに、頑張れた~!と思えるようになっていったんです。

そして、そんな自分に「ご褒美の時間」と題して、その時間は目いっぱい好きなことをして楽しむ時間を設けるようになりました。

なので最近、課題を家に持ち込まず、どんなに疲れていても極力大学で終わらせるようにしています。

しかしそのお供には、毎回お菓子か飲み物を買っています。

一限から四限まで授業がある日は、四限終了時にまず大学の購買にお菓子や飲み物の調達に行きます。

そのあと、それらとイヤホンでの音楽を楽しみながら課題をするのが二年次から私が編み出したルーティーンです。

これが本当に心の健康には良くて。頑張った~という感覚と、まだ課題あるけど頑張ろう!という二つに気持ちを思い起こさせてくれるので、本当にこのルーティーンは気に入っています。

もし私が忙しくなかったら、こんなルーティーンは編み出せず、この感覚も味わっていなかったのかと思うと、恐ろしくてなりません。

人はある程度は忙しくしておいた方が、自分への学びにつながりますね。

さて。締めの代わりにこの記事のタイトル「忙しくてもQOLは上がるのか…?」について答えましょう。

結論から言うと、上がりました。

忙しいからこそできる経験や感情、充足感は、今後の私の人生にきっと役立ってくれることでしょう。

といったところで、今回は締めたいと思います。

次は少し趣向を変えようかな…?

日文の何かについて紹介しようかしら…。

まだ未定ですが、ここまで私の自分語りに付き合って下さった読者の皆様、本当にありがとうございます。毎度のことながら、ここまで自分のことを語る人も珍しいのではないかと思っております。はい。

最後までお読みいただいて本当にありがとうございます。

それでは、失礼いたします。

スマホ壊れたことある?

 スマホってさァ、儚いよ……。

 ある日突然スマートフォンの電源が入らなくなったことはありますか。私はある、今。
聞いてほしいのですが壊れる予兆がなくて。あぁ本当にあるんだこんなこと、と思いましたね。まあ4年以上使用していた端末だったので充電の減りが毎日激速だったし、よく熱をもっていたし、動作に大きく支障はなくともじわじわ替え時を感じていた矢先ではあったんですけれども。だからって、こんなこと、ある?
幸い、今の時代あらゆるタイミングでバックアップとることを勧められたりアカウントさえ覚えていればどの端末からでも様々なものが引き継げたりなどしますのである程度は被害を抑えられたのではと思いますが、それでも恐らく失ったデータもまあまああり……。非常に悲しく悔しく。もっとマメにバックアップとっときゃよかったなと。アナログデータも大概脆弱ですが、デジタルだからといって油断してはならない、壊れるときゃ壊れる。それもデジタルの方が一気に多くのものがなくなりがちである、と身をもって学びました。気をつけますね、卒論とか。

 スマホ使えないし積読とか消化しようかななど思っていたのですが私にはパソコンがあり。パソコンがあるということはYouTubeも見られるしTwitterも開ける。あとなんか謎に今まで一回もやったことなかったのに思い立ってオンライン麻雀に手を出してしまい、そうなったらなかなかね~本は読まないですよね~。麻雀って難しいんだなと思いました。あとはオンラインオセロとかオンライン大富豪とかもやりました。これはスマホでもたまにやるんですけれどもね、アナログ遊び好きなんでしょうね。子どもの頃を思い出しますね。脳がそっち方向にシフトチェンジしてるのでUNOとかしたいですもん。合宿の夜みたいになってるな。アナログゲームはたまにやると面白いなと思います。ぜんぜんアナログでやらずにもっぱらオンラインですけども。
本、ここでいう本は主に小説って私の場合読み始めたら読み終えるまでの体感は一瞬なので早く読めよの一言しかないなと。ただ本読むタイミングはここ数年布団入って寝るまでの間とか休みの日の寝起き布団に入ったままとか、そんなんが多くてですね、紙の本を授業関連以外であまり読まなくなってきている気がします。昔はデジタル書籍にだいぶ食ってかかっていたので紙で読んだ方が良くない?デジタルなんて……とかいう頭硬すぎる考えをもっていましたが、デジタルって便利!小学生の時どうしてもお話の続きが知りたくて夜部屋の電気を母が消してから超薄明りで小説を頑張って読んで目を悪くした私ですが、スマホなら薄明りで頑張らなくてもいいんですよ。どっちにしろ目は悪くなるので少年少女には勧めたくはないですが。まあこれも失って気が付きますよね。おかげでこの数日入眠スピードは普段から考えられないくらい速かったです。部活の合宿とかスキー教室の夜ぐらい速い。目瞑ったらもう朝。健康的ですね。

 スマホが当たり前に普及している今、スマホがある生活とない生活どちらが文化的かと言われたら難しい問いだなと思いますが、でも10年前ってこうじゃなかったわけじゃないですか。この数年は感染症の影響も相まって、スマホ、インターネット等の普及による生活スタイルの変化っていわゆる「近未来」を感じて面白いなと思います。こうやって書きだせるくらいスマホの恩恵を改めて全力で感じているので早く新しいスマホを買ってどこまでデータが復元できるか試します。では。

太陽のような人

太陽のような人が好きだ。
誰かのために太陽になってくれる人が好きだ。
そして私も、そのような人でありたいと、思っている。

小学生の頃、親のiPadでニコニコ動画を見ていたら、親にバレた。
当時親は「ニコニコ動画はニートが見るもの!」みたいな偏見があったようで、「ああいう人たちみたいになっちゃうよ!」と言うようなことを言われた覚えがある。
実際間違っていないし、ニコニコ動画は教育に悪い。絶対に。
実際、こんな人になってしまった。ニコニコ動画を見ていたから。

中学生になり、自分のスマートフォンを買ってもらい、私はとある文化にどハマりした。
「歌い手」
今一番有名な歌い手は誰だろう。Adoかな。
ボカロ曲やJPOPをカバーして、動画サイトに「歌ってみた」動画を上げる人たち。
元々ボカロ曲が好きだったのもあり、のめり込んだ。

歌い手文化は、間違いなく私の青春である。

当時はなかなか痛々しいオタクだったが、クラスのカーストトップにいた子達もオタクっぽかったし、
何より通っていた女子校はみんな仲が良かったので、それはそれは元気に黒歴史を量産した。
しかし、お互いがお互いの黒歴史を握り合っているのでそれは特段恥ずかしくはない。
女子校だったので、学年が上がるたびに謎の自浄作用のようなものが働いて、
私のようなオタクも少しずつ垢抜け、オタクな部分はそのままに痛々しい部分を隠すことができるようになった。

そして、コロナ禍が始まると同時に私は「歌い手」文化にあまり触れなくなる。
ボカロ曲は好きだった。歌ってみただって。
しかし、別の推しができてしまったのだから仕方ない。
正直、後半の方はライブに行く以外はあまり推しへの熱量も低くなっていた。

そうなっても変わらず聞いていた歌い手が1人だけいた。
その人だけは変わらず聞き続け、歌ってみたも、オリジナル曲も、投稿されるたびに必ず聞いていた。
彼の太陽のような歌声が好きだった。
その人の書く歌詞と、その人の作る曲が大好きだった。

その人のことはもちろん大学に入ってからも追いかけ続けていて、
推しとまではいかなくとも好きなアーティストとして名前をあげたくなるくらいには好きだった。

先日、その人の活動休止が発表された。
太陽のような人だった。その人は、私たちのために、誰かのために太陽な人であり続けていた。
そんな日々に、疲れてしまったらしい。

私もそうだ。人といるときは常に気を張る。
常に私でいようと、元気に振る舞う。
演じているわけではないし、どちらも私だ。
でもたまに、自分の置き場所がわからなくなる時がある。
眠れない夜、呼吸する姿勢を忘れるように。
そんな日々に疲れる気持ちが、よくわかる。
想像でしかないけれど。

今までその人のライブに行かなかったことを激しく後悔した。
もっと、その人の歌を聴いておけば良かった。
発表された活動休止前のラストライブ。
衝動だけで、二日間の通し券を一枚分予約した。
初めてのライブソロ参戦が決まった。

そして迎えた1日目。1日目はその人の友人を詠んだフェス形式、2日目はワンマンライブという構成だった。
1日目。中学時代の私の推しもいた。久しぶりに聞いた歌声だった。
元推しの歌声は変わらず、性格だって変わらなかった。
ああ、こんな人だった、そう思った。
推しでなくても、中学時代に私が青春を捧げた人たちが次々と出てくる。
数年前と違う客層に驚きながら、青春を懐かしんで、1人で泣きながらペンライトを振った。
ボカロ曲も、彼らのオリジナル曲も、すべて大好きだった。

ボカロ曲も、歌ってみたも、サブカルチャーだ。
あまり大声で人には言えない趣味だったように思う。特に大人には。
でも、その会場は愛で満ちていた。当時中学生だった、私たちみたいなファンたちが大人になったのだと思う。

2日目のワンマンライブも、本当に素晴らしかった。
眩しくて、目が焼けそうだった。
太陽のような人だ。この人は、太陽でいてくれたんだ。
そう思うと、彼の言葉一つ一つが涙を誘う。
ライブの締めくくり、彼は「あなたたちひとりひとりが僕にとっての太陽です。」といった。
ファンにとっての太陽もまた、きっと彼だったのだろう。

好きな人のライブにもっと行こう。
推しは推せる時に推せ、なんていうけれど、推しじゃなくても好きになれる間にちゃんと好きでありたい。

うそ

ごきげんよう、あやめでございます。最近は色々様々やらねばならぬことが、わたくしの力量不足(主に体力不足)によってできずにおりますおかげで、口癖が「終わらない」になりました。はて、なにが終わらぬのやら。全貌も把握できぬまま、「終わらない」気になっております。いややはり季節の変わり目は苦手です。しんどくて仕方がない。そもそも湿度が高い私を、実際に湿度が高い環境においてはいけません。保管はどうか、冷暗所に。

だだっ広い空間のど真ん中に、私は捨てられた。

嘘だ。だだっ広い空間なんて知らない。雑多な、それほど田舎でもそれほど都会でもない、特徴のない街に生まれて育った。例えば海は「だだっ広い」かもしれないが、海無し県出身だから、旅行で何度か行って見たことがある程度で、とても、そのど真ん中に、捨てられたことなんて、経験はない。 捨てられてもいない。別にめちゃくちゃ良い親、家族、だとも思わないけど、かと言ってまあ、酷い家族でもない。普通。普通に喧嘩するし、普通に喋るし、普通。捨てられるとかは、まあ、ないと思う。まあ、一応尊敬もしてるし。育ててくれてありがとう、とは、一応、思う。 成績も見た目も運動神経も、普通。ものによっては中の下くらいで、ものによっては中の上くらいで、つまり普通。目立ちたくないし、怒られたくないし、要領悪いし。 これで、自分がどれだけ普通か、まあ、一般?的かわかったと思うし、これ以上やったら自分が傷つくのでやめる。だからなんか、就活とか?で個性が必要になったらヤバい。ガチで。なんもアピれる部分ないし。普通だし。目立ちたくないし、てか面接嫌すぎるな。 普通〜に流行りに乗るし、普通〜に恋人欲しいし、普通〜に勉強嫌だし、普通〜にマンガの設定に憧れるし。え、普通だよね? こういう人間だから、自信とかは、ない。自信の塊みたいな人見ると、うわ、って。それでまた、自信無くすし。 だから今日、学校でディスカッションみたいなことするダルい講義あったんだけど、いやダルかったんだけど、なんかめっちゃアイディア出す人がいたから助かったは助かったけど、やっぱりへこむな〜とは、思った。何食べてたらそんなこと思いつくんだろう、とか、なんでこのタイミングでそんなこと言えるんだろう、とか、ぐちゃぐちゃになって、ああ、自分って無力だな、何かできることってあるのかな、って、不安になった。しかも同い年。だから、「〇〇さんってすごいね、どうしたらそんなにいろいろ思いつくの?」って聞いた。雑談的なノリで。そしたらその人は、「ほんとですか?嬉しいなぁ…でも私そんなにすごくないですよ〜」って、ニコニコしながら返して、そのあともまた凄いことを思いついていた。 あれからずっと、その人が気になっている。ああいうひとが「主人公」なんだろうな、と思った。難しいことをたくさん、楽しそうに話してる。成績とかめっちゃ良いんだろうな。でも、「テストいやですよね…」と言って、困った顔で笑ってた。嘘つき。どうせめちゃくちゃ良い点取るに決まってるのに。 こっちがどれだけ頑張ってもがいてあがいて絞り出しても、むこうはなんでもないような顔でそれ以上を出してくる。生まれた時から決着がついている。何をしても勝てる相手じゃない。私がぶち当たっている壁は相手にとって壁じゃない。あーあ、起きたら天才にならないかな。

とでも、思っているような目で、睨め付けられるのに、もう、慣れている自分がいる。 ある授業で一緒の班になった人が、どうも最近、よく話しかけてくる。その度に「あやめちゃんはすごいよね…自分なんて…」と自分を卑下して喋って、満足して帰る。人を×××とでも思っているのだろうか。 同時にその人は、私を×××か何かだと勘違いしている。一応念の為申し上げるが、断じて×××ではない。人外ではない。歴とした人間、としてやらせていただいている(真相がどうであれ)。が、アレは多分私のことを信仰している。そうでなければ説明がつかない。ことあるごとに「アドバイス」を求めてきては、全くその通りにして、それで新たな「アドバイス」を求めて、の繰り返し。私が飽きてテキトー申し上げても、その「言いつけ」をチミチミ守って、四角四面に、解答を提出して、テキトーに褒めたら(褒めないと終わらない上に泣いたりしょげたり面倒が発生する)、救済されたかの如く大喜びして、大満足で、勇足で帰っていく。バカバカしい、と笑うなかれ、アレはアレで精一杯生きている、と、何故同類・同種・同年齢の×××に、「お慈悲」を差し上げてやらねばならないのだ。もう一度断っておこう。私は×××でもなんでもない。一匹の人間である。醜くつまらない、一匹でしかない。 ただ少し、「理性的」で、「合理主義」で、本質を追い求めて三千里、物分かりの良い子供を「演じる」のが得意で、勉強が好きなだけ。それだけ。人には何か一つくらいは特徴があるものだし、好きな思考傾向(パターン)があるものだし、好きなものの一つや二つあったってなんの違和感もないはずだ。それがただたまたま「勉強」だっただけである、知識欲が人より強いだけで、つまり「強欲」なのだから、(無欲を「良し」とする、と仮定すれば)ともすれば私は悪い人である、枠からはみ出すところが多いのだから、(枠に収まるのを「良し」とする、と仮定すれば)ともすれば私は欠陥品である。良い子、偉い子、真面目な子、これらは全く見当違いな評価であり、そして私は正当な評価以外は一切受け付けない主義であるから、学校の先生のあたりは、アレは少しも×××ていない。全く。あんなのその辺りに転がしておけば×××と大差ない。だから広く大人一般を×××ていない。なんだこんなものか、とその真実を知ったときは×××した。私如きのかわいい「うそ」にコロッと騙されるほど×××なのだ。 要するに、×××ではない、この一点である。だから嫌なことも緊張することも焦ることも不安なことも経験したことがないことも、当然ある。故に「あやめちゃんって何が起きても大丈夫そうだしめっちゃ頼りになるよね」とか言われても心外なのである。あんな目で見られたら、気分が悪くて×××たくなる。大した努力もしたことないくせに。大して脳みそ働かせたこともないくせに。お前は今まで一度だって自分の脳みそのせいで×××したことがあるのか。好きなことを好きと言えなかった経験があるか、口が裂けても「勉強が好き」だなんて、言えるか。「勉強が好き」と悟らせないように生きたことがあるか。「頭が良い」と悟らせないように気を配ったことがあるか。なんでも完璧を言外に求められる者の気を知らずに、言外の「言葉」を耳ざとく聞き分けて生きる人間の気を知らずに、「×××てやる」方の気を知らずに!お前は今まで一度だって自分の脳みそのせいで×××になったことはあるのか。毎日毎日その×××の繰り返しでうんざりしてガッカリしてまた「×××」を知って×××られて×××して×××して×××て×××ている、私の気持ちを、その小さな×××で考え直して、それからその×××ない口を動かしてみたらどうだ。お前の「ソレ」で、×××そうな人間もいることを、自覚しろ、×××のクセに。 私は醜い化け物たるアレが、憎くて羨ましくて、アレが羨ましいなんて信じたくなくて、苦しくて悔しくて、こんな×××しかいないド田舎抜け出したくて、地域で1番賢い学校に進学することを夢見て、それだけを心の支えにして、発狂しそうなのを堪え、なんとか生きながらえた。
X=おはな
 と、思っているのは?その原因は?と追求したところ、自意識過剰によるものだと判明した(当たり前)。実際にはあの人も、それほど私を見てはくれていませんヨ。残念こちらは、気付きたく無いところにハッキリフォーカスを当てる自動照準搭載の脳みそであります。醜さ汚さつまらなさ、これら私の恐れた全てが詰まったお得用ボリュームパックは如何ですか?残念でした!自分を追い詰めるのも高めるのも自分、自分を救うのも殺すのも、勿論、自分なのです。神様ごっこは終わりにして、良い加減現象を見ましょうネ。現代アートぶるのは主に私が恥ずかしいから止して、歴とした今を生きましょう。泥臭いのです。そんなモンです。 

拝啓、あの頃の荒んだ私へ。 あの頃あなたが気に病んで苦しんでいた「敵」は、その後大きな病気をもたらしました。 あなたがどうしても行きたかった高校に、あなたのその力量で見事合格して、そしてそこに、自らのせいで行けなくなりました。 おかげで3年を無駄にしました。 けれど私にはどうしても必要な、3年でした。 あなたの敵は、あなたが大学生の頃に、大都会・東京の、高層ビル群のど真ん中で、灼熱のアスファルトに熱されて溶け出し、溢れ、弾けて大都会に吸収されました。 あなたが「特殊」かどうか、なんて、あなたが思うほどの問題では、ありませんでした。 ×××(自主規制)だらけになってしまった、「醜き」叫び、「凡庸」にアイデンティティクライシスを発症したあなたの脳みそ。∴あなたの「敵」は、大したことのない、凡庸でしたよ。

親愛なる私へ 大学三年生になった「愚かなる」私より 大学三年の初夏、燕の鳴く頃 敬具

追伸:世間ではすっかりペーパーレスが、「定着」しました。

……きっつ笑。

誤って敷居を踏んだら…

家族と暮らしていると、どうしても自分の部屋というものが必要になってきます。私も例外ではなく、毎日自室で寝起きしています。私の部屋は床が畳になっている所謂和室で、ドアは襖、収納スペースは押し入れと背が高い箪笥(上の引き出しはほぼ母の着物)と、いかにも和。天井からぶら下がっている照明とか壁紙もいい感じに「和」です。如何せん語彙力がないものでこんなアバウトな説明しかできませんが、皆さんのイマジネーションで補完していただければ幸いです。

畳だから寝転がっても痛くない。まあまあ広いし、本もたくさんある。床に布団を敷いて寝るから転がり落ちても痛くない。窓とエアコンがないことを除けば理想的な自室ですが、先日その自室の入り口の洗礼を浴びてとんでもなく痛い思いをしたのがついこの間の土曜日の話です。おかげでブログのネタは見つかりましたが、代償は大きかったです。そして身に染みて感じました、「敷居を踏んではいけない」と。

あれは土曜日の午前中、自室で課題をしていたときのことです。襖の向こうから母が呼んでいる声がしたので部屋の外に出ようとしたその瞬間、足裏に鋭い痛みが走りました。何かと思って見てみると…確実に1cmはある棘がグサリと。しかも場所はよりによって小指の付け根。慌てて引っこ抜きましたがまあまあ太い上にしっかり刺さっていたせいでそれはもう痛かったです。抜いた後も棘が刺さっていた方の足は暫く痛みが残っていました。でも、すぐに抜けて良かった。場合によっては病院にかからなければいけないときもあるので、自力で何とかなったのは不幸中の幸い…だと思っていました。

その日の夜。お風呂から上がって自分の部屋に戻ろうとすると、足裏に何かに刺されたような痛みが…。嫌な予感がして見てみると、潜っててわかりづらいですが、棘が深々と刺さっていました。しかもがっつり中に入り込んでいてとても取れそうにありません。

あれ、これもしかして病院行かなきゃ抜けないやつですか?え、もう病院閉まってるよ?月曜までこのままでいろってこと?足に異物がもぐってる状態で月曜まで待てと?「サーっと血の気が引く」という表現がよくわかりました。いつだったかブログで書いた金縛りとは別ベクトルで怖かったです。とりあえず親に相談しようと母を呼ぶと、まさかの回答が。

「これ、指で押せば出てくるんじゃない?」

言うやいなや棘を押し出そうと足裏を指でぐいぐいしてくる母。しかも結構容赦なく強く押してきました。痛いなんてものじゃありませんでした。「痛い」以外に近い言葉がないので仕方なく痛いと言いますが、とんでもない刺激でした。何とも言語化が難しいですが、棘が抜けるまで私がずっと断末魔みたいなものを叫んでいたくらいには痛かったです。今年二十歳になるというのに何とも恥ずかしい話ですが、仕方ないじゃないですか。いくつになっても痛いものは痛いんです。まあ元はと言えば、私が敷居を踏んづけなければ起きなかったことなのですが。

結局、母と我が家の毛抜き君のおかげで無事棘は抜けて病院行きは免れましたが、もう二度とあんな目には遭いたくありません。何故「敷居を踏んではいけない」なんて言葉があるのか、20年近く生きてきてやっとわかった気がします。

皆さんも和室に入る時は気を付けてください。さもなくば敷居の洗礼を受けます。それではまた次回。ありがとうございました。

ご近所さん

こんにちは、ゆきほです🍵

空きコマにのんびり課題をやるなどしていたら、近くの席で同じく課題をしていたっぽい人がおもむろにバッグからミスドの袋を取り出してフレンチクルーラーを食べ始めました。

い、いいな~~!?と思いつつ数分我慢しました。一応我慢はしたんです。

でも我慢できなくなって生協にシュークリームを買いに走りました。

シュークリームは美味しく食して、現在次の授業の教室にいますが、今度は目の前の席に大きめの蜘蛛が現われて怯えています。

∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴

私の今学期は2限に授業があって次の授業が5限という、空きコマが2コマもある日があります。2限の授業はどうしても取りたくて、3.4限にはこれだ!という授業がなくて、5限は絶対に取るしかない授業があるためしょうがないんです。

空きコマ2コマってどんなもんなんだろう……?と思う高校生の方もいるかもしれませんが、2限が終わるのが12時半で5限が始まるのが17時、でも昼休みは友達とお昼を食べて喋っているので、1人で持て余している時間は4時間弱といったところでしょうか。

昨年までだったら、課題や学会委員の仕事など「この1週間以内に終わらせないとヤバい」というレベルでやらないといけないことがたくさんあったので4時間くらい一瞬で潰れました。ただ、何といっても今年は4年生です。「やることがない」とは言いませんが、去年までのように鬼気迫って何かをやらなきゃ!という気持ちにはなれないんですよね。

そんなこんなで空きコマ2コマを持て余していた先々週のある日、昼休みにパンを食べていたら、ふと思いつきました。

あれ?この4時間があればコナンの映画に行けるんじゃない????

友達と喋りつつ、手元で池袋近辺の映画館の上映スケジュールを調べます。

14時20分から16時20分までというちょうどよさげな映画館がすぐに見つかりました。行きは昼休みギリギリまでのんびりしても1時間余裕があって、帰りは40分ある。これはいけるぞ……!!

「ねえ、私今からコナンの映画見に行ってくる!!」

昼休みが終わる直前に突然宣言して、友達に「え!?」「急すぎない!?」とびっくりされてから学校を飛び出し、有楽町線に飛び乗りました。一応学校から池袋って普通に歩けるらしいのですが、自他ともに認める方向オンチなのでおとなしく電車で行きます。

行きは余裕で到着し、平日ゆえにガラガラの映画館で映画を見て、あっという間に2時間が過ぎました。今年初めてコナンを観たときの新鮮な感動は、4月前半に更新したブログに書いたのでそちらをご覧ください。

https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2024/04/13/

劇場が明るくなった瞬間、余韻に浸る間もなく映画館を飛び出して学校に戻ります。

5限がはじまるまであと40分。周りを見ていると寄り道したくなってしまうので一切見ないで駅へ直行し、電車に乗った点で16時半過ぎくらい。

これは、勝った。

護国寺駅からはもう急ぎませんでした。

悠々と学校へ戻り、5限の教室で4限が終わるチャイムを聞いて1人ニヤニヤしていた私は、さぞ怪しかったことでしょう。

ではまた。

今日が幸せになる魔法

雨で気分が落ち込むこともあるこの頃。
身の回りでは喉だけやられる風邪が流行しており、私も1週間ほど悩まされました。

今日は、そんな日をごきげんな日にできるとっておきの魔法の話をしたいと思います。

*****

まいです、ごきげんよう❀
私が中学生の時から大事にしているマイバイブルのお話です。

それは上原愛加さんという方の書いた『世界一!愛されて幸せになる魔法のプリンセスレッスン』という可愛いタイトルの本(自己啓発系)です。
薄ピンクを基調とした表紙に、ブランコにのるちいさなプリンセスのイラストが描かれたそのデザインは中学生の私の心をつかむに十分でした。

その本は当時の私なりに悩んでいたものから私を解放し幸せを教えてくれました。
「プリンセスなんて子どもじみたこと」とは一度も思いません。今も“お守り”として常に持ち歩いているこの本ですが、「子どもじみたこと」が書かれているのではなく「子どもでもわかるような言葉で」大事なことが沢山書かれているんです。

むしろいくらか成長した今の方が、たしかに…そうだなぁ…と胸に染みるのを感じます。先日この本を久しぶりに読んだ時は突如こころの窓が開け放たれたような衝撃が走りました。とたんに私はもっと楽に幸せになっていいんだという優しい風が流れ込んできました。

その本には幸せになるための「魔法」が順を追っていくつか書かれているのですが、このブログではこの本の中で大前提となる“自分の扱い方”をご紹介します。

それは、自分を「プリンセス」として大切に扱うということです。
なにもドレスを着たり、おほほうふふと言うわけではありません。


たとえば、こんな話。

たまたま取ったお皿が欠けていたとき「自分だからまあいっか」と妥協したりはしませんか?もしそれが「大切な人にだったら」、「こっちの綺麗な方使って」なんて言ってとっさにお皿を変えるんじゃないでしょうか。


そう、私たちには無意識のうちに「自分だからこの程度でいい」と自分を無下に扱う癖がついていたんです。
そこを変えていくのが「自分をプリンセスとして扱う」ということです。プリンセスがしっくりこなければ「推し」でも身近な大切なあの人、でもかまいません。なにかを選択する時、自分に言葉をかけてあげるとき、あらゆるときにその「大切な人にだったらどうする?」と考えてそれを実行する。そうすることで自分のことを自分で満たすことができるのです。

この本の表紙に書かれている「ときめきの風に運ばれてここからすべてがうまくいく!」という文言。一見うさんくさいと思ってしまうかもしれませんが案外そんなこともないんです(というかまったくそんなことないんです)。

自分で自分を満たす幸せにするということは単純なようで実はできていないこと。

それができるとまず自分の心身の調子が良くなり、そうなると自然といい人が集まり(幸せそうな人いたらなんか話しかけたくなりますよね)、欲しかった情報もおのずと集まりやすくなる。自分が幸せでいると、周りの人の気持ちも穏やかになり(逆に自分がいらいらしてると自然と伝染しますよね)、結果的に物事がうまく運ぶようになる。こういうのって全然あることだと思うんです。


ストレスやミスやなんか上手くいかないマイナスな気持ちは、実はもともとのマイナスな気持ちが招いている、その悪循環に陥っている…なんてこともあるわけで、案外、幸せで心に余裕がもてていたら大したことでもなかったりするものです。
自分の気持ち次第で、ひとつの出来事がプラスにもマイナスにもなりうるなら、絶対プラスの方がいいですよね。

大変な時、つらい時こそ自分を幸せにするということが、実は全ての歯車を動かすカギだったりします。


天気の曇りがちな六月、気持ちの落ち込むこともありますがぜひ、そんな自分を「プリンセス」だと思って、その人にしてあげるように存分に甘やかして幸せにしてあげてください。甘いもの買ってあげようとかカラオケ行こうとか疲れてるしぐっすり寝ちゃおうとか。

罪悪感なんて感じることはありません。だって、あなたが幸せになってめいわくな思いをする人なんていませんから。
むしろあなたの幸せが広がり、その人にとっても思いもよらない良い日になるかもしれません。

今日という日は自分次第でいくらでも素敵な日になる。

そんな希望を込めて、今日のブログをしめますね。では。

名は体を表す

まいますです!💟

私の苗字と名前、近頃大変語呂が良いと評判です。19年と少しこの名前で生きてきていますが、こんなにウケがいいのは初めての経験です。非常に嬉しくて、毎度ムフフとしてしまいます。

名前の語呂の良し悪し、(名前に優劣はありませんが便宜上)

そして覚えやすさはどこからくるのでしょうか?これも日本語学ですかね。

***

自分の名前が好きか?

そう問われれば、私は迷いなくYESと答えるでしょう。

というか、名前だけにとどまらず私は私が大好きです。

「名は体を表す」と言う言葉があります。

その正否を考えるとき、単に名前に使われる漢字の雰囲気や美しさだけと自身を比較して言うのではなく、その由来、意味にも目を向ける必要があるでしょう。

小学2年生の時に、自身のアルバムを作る授業がありました。

各年齢の写真に合わせて親からコメントをもらい、イラストで飾りつけをして作成していく、手作り感溢れるかわいいヤツです。

一番初めの生まれたての写真には、自分の名前について書いたのですが、

これを作る際に聞いた名前の意味を、私は今でも覚えています。

・優しい

・まわりの人を元気づける

的なことが書いてありましたね。たしか。

思ったり少なかったので、

あとはいま調べました。

(https://ngname.com/p69/こちらのサイトより)

・美しさや優雅さ(要努力ですね)

・芸術的才能や創造的思考

・エネルギッシュ

・自由な精神を持ち自己表現に価値を置く

・人生を楽しむ

・ポジティブ

これをみて、

正直、完璧じゃないか!と。

もう、頭を抱えちゃうくらいに私です。少なくとも私はそう思うのです!

「名は体を表す」って本当なんだと大・大・大感動したわけです。

その名前が持つ意味、由来も気に入っていて、

あだ名が作りやすく、語呂も良い

なんてスーパーいい名前なんでしょうか。

あと、全体的に漢字が綺麗です。

日本大好きな私的にきゅんきゅんポイントです。

(習字が死ぬほど苦手なので、筆で書きづらいとこはちょっと嫌だった)

あと、戸籍上だとちょっと表記が変わります。

これもちょっときゅんポイント。

***

名前とは、これまでもこれからも一生付き合っていくものです。

全員が全員、自分の名前を必ず愛しているわけでもないと思います。

私も別に、ずっと前から特別な思いがあったわけではないですし。

考え事が好きで、自己分析をよくするようになって、名前も含め、自分のことを人一倍知って、愛せるようになってから、色々な見方が変わりました。

また、どんな名前だとしても、誰でも、いつからでもその名前に相応しい自分になれると思います。

自分の名前をどのように受け止め、どのように過ごすかは、やはりその人次第です。

ある意味では、名前は生き方に困った時の最後の指標にもなるのでは無いでしょうか。

きっと、名前には「こんな人間になって欲しい」というような親の願いや祈りが宿っています。

実際に聞いてみるでも、ネットで調べるでもして、自分の名前について知ると、新たな発見があるのではないでしょうか。

よく名前は親からの一番初めの贈り物といいますが、全くその通りですね!いい名前をもらいました。

人生最高の宝物を頂いたわけで、その分私もまわりにgiveしていけたらと思います。

***

7月の京都は祇園祭が待っています。

寺社に関してはかなりマイペースに見てしまうため他の人を付き合わせるのもどうかと誰にも声をかけられずにいるので、1人で気ままに満喫したいと思います。

今年は浴衣も水着も着たいです。目標です!

無理だったとしても、日本女子に帰ったら多分友達が付き合ってくれるので、とりあえず今年はほんのりと願っておきます。

体調を崩しやすい時期なので、いつもより自分を労わって梅雨を乗り越えましょう!

私は先日また38度だして腹痛とガラガラ声に襲われました。

みなさんはどうぞご自愛ください……。

2週連続で合宿に参加し、富士山と琵琶湖を堪能しました!綺麗なので共有です!

そして、以前他の方も書いていましたが、I-LAND2 というオーディション番組がAbemaTVで放送中です……ぜひユジュちゃんに投票をお願いします🧡だいぶ切実

では!💟

日文とは…?-オープンキャンパスに先立って-

皆さんこんにちは。みちこです。

本日は、来る6月16日に本学目白キャンパスで開催されるオープンキャンパスについてのお話をしようと思います。

本当は他にトピックを用意していたのですが、学科の一大イベントである、ということではたと思いつき、こちらの記事を執筆している次第でございます。

今回は、日本文学科に在籍し、(大変光栄なことに)こうしてブログ部員として活動している私が思う、「日本文学科(通称日文:にちぶん)とは」という内容でお話をしていきます。

この記事が、現在進路に迷う高校生の皆さんの一助になれたら幸いです。

 

 まず、私が本学に入学することになった経緯からお伝えしますね。

何回かこちらのブログでも申し上げているのですが、私は中学生くらいから、アニメ・そして声優さん(こっちが本命です)が好きでして。

で、この声優さんと言う存在が後に私の進路にも大きな影響を与えることとなります。

そして中学二年生の頃に、あるお方の存在を発掘することとなります。

それが声優の神谷浩史さんです。

このブログでは地味に初出し情報です(笑)

彼の仕事に対する姿勢、演技、お人柄…。何をとっても素晴らしい方で、今でも尊敬しています。

私はそこから本格的に、声優さんにハマっていきました。

同時に昔から朗読が得意だということもあり、次第に私の夢は声優になることへと変わっていきました。

ですがまあ、声優さんは芸能活動者であって。夢を叶えられる人など、ほんの一握りしかいない。

両親や先生に言っても反対されましたね、案の定。

その迷いのせいで勉強にも身が入らず、結局父に怒られて悪循環に陥ることになります。

そこで私が見出したのが、「日本語を学ぶ」という選択肢でした。

「声優さんは、日本語を伝えるスペシャリストなんだ!だから日本語への理解を深めたら良いのでは!?」

と、発想の転換をしました。

今でもはっきり覚えてます。父に、将来のことをきちんと考えろ、と言われた夜に、そうしようと決意しました。

そこから私は、「日本」に関するあらゆることに興味を持ち始めました。

そして、それを学ぶことができる「文学部」を目指し始めました。

  

 ところで皆さん、本学に、f-campusと呼ばれる制度があるのはご存知でしょうか。

いわゆる大学提携のことで、本学以外に4つの大学と(※記事執筆時の2024年時点)提携が組まれており、希望すれば他大学の授業も取ることが出来るという制度になります!

私はこの制度に興味を持ち、結果的にここで提携を組まれている大学のほぼすべてを志望大学とし、受験しました。

その結果、有名大学さんには残念ながらご縁がなく、ご縁があった本学に入学することとなりました。

 次に、本学に入ってから思った、本学科の特色についてお話したいと思います。

それは「とにかく面倒見がいいこと」ですね。

面倒見がいい、という点に関しては、本学全体の特色と言えるかも知れません。

学業についてはもちろんのこと、キャリアや就職についての講座なども低学年のうちから参加できるものがたくさんあります。

あと、結構書きます。自分の考えを書く機会がかなり用意されているのが本学科の特徴であると私は感じています。

書く機会が多いのは課題が多いということ、と思われる方もいらっしゃるかも知れませんが、そんなことはありません。

むしろ、論理的に文章を組み立てていくという過程はトライ&エラー(つまり何度も書いて提出してフィードバックを受けるという過程を繰り返すこと)をして初めて身に付くものであると感じました。

本学科は卒業論文の提出が学科卒業の必須条件になってきますので、この「文章をまとめる」能力は4年次までにしっかり身に付けていくことになると思います。

一年の頃なんてそれはもう大変でした。まずどこに注目して、何を書けばいいのか、またどのように論を展開すればいいのか、など分からないことだらけでした。

パソコンの前で何度も書いては消し、書いては消し、構成をルーズリーフに書くことをまとめたはいいものの、これで本当に論が通っているのかをもう一度見直したり、友達に見てもらって筋が通っているか確認したり、一日寝かせて次の日に読み直してみたり…常に試行錯誤しながらなんとかレポートを提出してました。

ーーーまあ今もなんですが(笑)

このように、「書く」作業を通して自分の思考のクセを見つけることが出来る、という点は、本学の「書く」機会が多いという特色と直結してくると思います。

高校以前までとは違う、「学ぶ事」を文学を通して学ぶことが出来る場所、それが日本文学科という場所であると私は考えています。

 また、このブログを読んでいる皆さんの中には、女子大ってどうなの…?と思われている方もいらっしゃるかも知れません。

その点についてもお答えしますと、女子大ははっきり言って「めちゃくちゃ居心地がいい」です。

私が中高大と女子のみの環境にいることもあり、だいぶ偏りがある意見かも知れませんが、本当に、めちゃくちゃ居心地がいいんです。

男子の存在を気にしないでキャンパスライフを送るって、想像できないとか、考えられない、と思う人もいると思うのですが、少なくとも異性として意識する存在がいないということは、その人自身をフラットに見ることができることと同義である、と私は常々考えています。

それは、友人同士でも言えますし、自分自身に当てはめることもできると思います。

なので私の周りの人達には、自分と言うしっかりとした軸を持っていて、目標に向かって行動している人が多いです。この資格を取りたいから頑張ってる、とか、自分はこういうタイプだから将来はこれになるんだ、とか。色んな子がいますが、私の所見ではほとんどの子が自分自身のことについてきちんと考えられている子が多い印象です。

これは、今まで私が女子校生活を経験してきた中で言えることです。

 あと、ひとつ添えておきますと、日文、オタクの子が割と多めです(笑)

K-POP好き、ドラマ好き、映画好き、コスメ好き、舞台好きなど。

アニメオタクもジャニオタも当然います。

もうなんでもござれ状態です(笑)

なので、その点はどうぞご安心を(笑)

こういうところは、結構学科の性格が出るところかな、と思っております。

 さて。ここまで色々と言ってきましたが、いかがでしたでしょうか。

改めて申し上げておきますが、これはあくまで私の意見であることを念頭に置いていただけたらと思います。

あ、こういう意見の人もいるんだな、程度に留めておいてくれたら幸いです。

 最後に、学科のオープンキャンパスで何をやるかを簡単にご説明して、今回のブログを締めたいと思います。

来たる6月16日のオープンキャンパスでは、主に5つのことを行います。

①学科説明ガイダンス

②模擬授業

③教員・学生との懇談

④日文貴重書ギャラリートーク

⑤展示

①では、本学に所属する先生方が本学科について解説してくださいます。私の稚拙なこのブログを読むよりも有意義なお話が聴けるでしょう!

②では、本学で日本語を専門に研究していらっしゃる先生が「源氏物語執筆時の発音」というテーマで授業をして下さいます!日本語を学ぼうと思っている高校生の皆さんは必見です!(もちろん、そうじゃない方でも大歓迎です!)

③では、ブース内にいる日本文学科の教員・学生のお話を実際に聞くことが出来ます!

日本文学科に関する質問や、その他の質問でも大歓迎なので、ぜひ色んなことを聞きに来てくださいね!(ちなみに当日私もいます…。スタッフの一人としているので、ぜひ声をかけてくれたら嬉しいです!)

④では、日文専用の図書館を実際に見学することが出来ます!

実は、綺麗で大きなあの図書館の他にも、日文専用の図書室がありまして…。ご興味がある方がいらしたら、ぜひともお誘いあわせの上お越しくださいませ!

⑤の展示では、授業に関する展示や学生の実際の時間割など、様々な内容に関する展示を行っております!この展示は③の場所と同じところでやっていますのでぜひお越しくださいませ!

時間が限定されている企画もございますので、詳細はこちらのHPからご確認くださいませ…

https://www.jwu.ac.jp/unv/admission/open_campus/2024_0616.html

(各企画につきましては、こちらのURLから「当日パンフレット」というPDFをご確認ください…!)

 

 あ、あと忘れてはいけない「にちぶんちょう」についてもご紹介しますね。

この日文には「にちぶんちょう」というそれはそれはかわいい子たちがいます。

本学科で学べる9つの分野ごとにそれぞれ個性豊かな「にちぶんちょう」がおりまして…

こちらの子たちです…!↓

画像の引用元は下のリンクから!↓

https://x.com/jwu_nichibun/status/1542460789873057792

こちら学科内外から大変ご好評いただいておりまして…めちゃくちゃかわいいですよね…!

しかもちゃんと各分野ごとの特徴も出ているという何ともお得なセットでございます…!

オープンキャンパス当日にブースに来ると、至る所でにちぶんちょうが見られるかも知れませんよ…!

 それではこの辺で、締めたいと思います!

最後まで読んで頂きありがとうございました…!

皆さまのご来場を心よりお待ち申し上げております!!

持つべきものは狂気な友人

ちょっと色々辛いかも(五月病)と思っていた時に日本文学・文化ばかり触れていたらそれらを目にするだけで辛くなり始めました。その時、タイミングよく救いの手を差し伸べたのが、やはり中高の友人たちでした。どれも会う理由は海外文化関連。6月の1週目、私は久しぶりに授業時間以外の時間のほとんど全てを海外に目を向けることになったのです。
***

2日の日曜日。私は生まれて初めて立川駅に降り立ちました。昭和記念公園で行われる、東京蚤の市へ友人Aと行くためです。互いにちょっとづつまた遅刻し、立川駅で落ち合ったあと、昭和記念公園へ向かいます。「ヱ!?金取るの」と驚いた後、入場。お金は取りますが、老若男女沢山の人が居ました。もちろん、アンティークですから、フランスや英国、チェコ、北欧のグッズも沢山あります。食事も充実していて、ソーセージやクラフトビール……。「ビアガーデン行きたいね」と20代成りたて丸出しの会話をして、よし、英国でパブってボルドーでワイン嗜んで色々な国で食ったり呑んだり観光した後にドイツでビールで乾杯だ!と卒業旅行の計画を立てたりしていました。その時までには少しでもいいから円高ドル安お願いします……。そして、北欧といえば近くにイケアがあるんだぞと、再入場できることを確かめてから、イケアへ向かいました。イケアではちょうどお腹が空いたので、プラントのフィッシュアンドチップスを食べました。私の知るものとはちょっと違うけれども、やはりビールが欲しかったので公園で飲もうかなと思っていると。
マイナス因子同士が出会うとプラスになるように、お互い晴れ女ですが、2人で会うと9割雷雨が来ます。前回2人で旅行に行ったときは、大豪雨で霞む五重塔を見ながらアフタヌーンティーを楽しみました。今回も見事雨雲がやってまいりました。IKEAと書かれた旗がすぐ近くにあるにも関わらず、白くなって輪郭しか見えない様子に、ビールさよなら、また今度と別れを告げました。私はいつになったらこの友人と酒を交わせるのでしょうか。公園の会場もやっぱり来たかと雨装備を初めていました。しかし、今回の雨雲は調子が悪かったようで、移動できないほどの豪雨ではありませんでしたので、歩いてららぽーとに向かいます。ららぽーとでは以前から2人して気になっていたアヒルのぬいぐるみを互いの形見として持ち帰り、私が大好きだった期間限定のアサイーパンケーキを食べました。

月曜日は私の今一番嫌なサークルがありましたが、自主ゼミがあって、その後同じ自主ゼミでかつブログ部の、ののちゃんと食堂で4限の時間まで話しながら美味しい冷茶漬けを食べれたので乗り越えられました。授業の方も他学科の友人たちと会えるのでサークルまではしっかり元気でした。

火曜日は偶然(!)学校へと向かう途中で、友人Rと会えました!彼女は最高にクールで中身はやばい変人。ずーっと一緒にいたのに、学部が離れて全然会えなかった上、元々私は彼女と会うと元気になる特性があるので、まるで栄養剤をイッキしたかのように、一瞬で元気になって百年館までの道をスキップで行きました。学会では学科のオアシス、私の友人で学会委員長である友人Nとお話しできましたし、授業の帰りには顔が良い数少ない学科の友人Mと偶然鉢合わせ、少しの間だけお話ししたのと、更にバス停前で他学科の友人たちとも会えました!後1日頑張れというエールでしょうか。

水曜日は友人のお姉さん(あだ名)と授業を受けて、その授業の途中でアブの入場があって(コイツの入場は目白では珍しいですが西生田では全く珍しいことではありませんでした)、それに気をとらわれているうちに授業が終わりました(笑)そして120年館で学科の大食い友人Kと(これまた偶然)会って、食堂でまた冷茶漬けヒレカツ入りと唐揚げを食べました。友人はうどんと小鉢と味噌汁とご飯を食べていました。食堂は美味しいですがもう少し量を増やしてほしいです。

***

そしていよいよ木曜日!いつも通り10分ほどの遅刻を果たして舞浜駅に着きました。この日から2日間、友人Dとバケーションパッケージでディズニーランド・シー・ファンタジースプリングスを楽しみます!
ランドではまず、バケーションパッケージ(以下バケパ)特典のパスを使って美女と野獣のアトラクションに乗りました。最後の舞踏会のところで踊り酔いしましたが(笑)素晴らしいセットにどこから出てくるのかわからない扉、ベルの美しさに最初から泣き出しそうでした。
この日のランドは異様に空いていて、次は待ち時間5分足らずでホーンテッドマンション、スプラッシュマウンテン、スペースマウンテン、スターツアーズ、バズをぐるぐるした後、ショーを観に行きました。車が舞台上に登場したり、チップとデールが様子のおかしいダンス(もちろん褒め言葉!)を披露したり、イーヴィルクイーン(お婆さんの姿)がアホみたいに暴れ踊っていて、ショーってこんなに楽しかったっけと思いながら、爆笑しました。

この後は、20分足らずでミッキーとミニーにそれぞれ会えるとのことだったので、会いに行きました。ショーの後なのでまるで楽屋訪問のようです。空いていたからか?2匹ともサーヴィス精神旺盛で、ミッキーにおいては、1匹と2人で様子のおかしい写真を撮ってもらった後、手に鼻キスしてくれました。2人して驚きすぎて、鳥が飛んでいたところにいきなり牛が突っ込んで来て驚いた時の鳴き声のような声を出してキャストさんに笑われました。未だに感覚残ってる。
そして、今やっているドナルドのパレードをシンデレラ城の前で観ました!昼間のパレードは他の友人と行くと絶対に観ないので、10年ぶりでした。ドナルドの誕生日が近いことも知らなかったやつがこんな良席で良いのかと思いながら、カメラを構えた友人の蔭に潜むようにして待っていましたら、ポップな音楽が流れ始めました。ドナルドの格好をしたダンサーさんたちが本当に可愛くて、あとピートがヴィランのくせして優しくて可愛い!何より主役のドナルド!この子は文句なしの可愛さ満点ダックです!何言ってるのかわからないけど。

可愛い可愛い鳴いていたらあっという間に終わってしまい、残念がっていたら、「次もショーだよ」と友人に手をひかれ、フォレストシアターという新しい劇場に行きました。席に座る前にトイレへ行ったのですが、トイレまでの廊下が本当に可愛くて泣きそうになります。飾ってある楽譜を一つづつ見ていたら、スタッフの方に「そろそろ始まりますよ」と言われて、慌てて2階席1列目へ向かいます。ショーの内容は色々なキャラクターが次々と歌を歌っていくのですが、途中シンデレラが他のプリンセスと歌う場面があって、その美しさに、私は小さい時シンデレラが本当に好きだったことを思い出しました。王子の名前などは忘れていましたが、またオタクをしても良いかなと思いました。ミッキーたちも本当にかっこ可愛かった!
そのあとはずーっとバズを周回したり(バズは7月で終わってしまうので)、センターに乗って首がちょっと危なくなったりしていたらあっという間に夜が来てしまいました。せっかくなのでエレクトリカルパレードを見ようと思って、友人をバズに置いて、城前広場に行きました。いつの間にかラプンツェルとアナと雪の女王が増えていました。浦島太郎かよ。こちらも大変楽しんで、隣にいた知らない外国人と盛り上がりました。

ホテルに行って、泥のように寝て、翌日はとうとうファンタジースプリングスです!バケーションパッケージにはファンタジースプリングスのアトラクションに優先的に乗れる魔法のリボンがついているので、9時くらいにのそのそと、シーの門をくぐりました。魔法のリボンは兎に角すっごくて、これとバーコードチケットさえあれば10分足らずで乗り物に乗れます。おかげでそれぞれ最低2回、多くて8回乗ることが出来ました!特にアナと雪の女王のアトラクションが良くて、詳しくは実際乗ってみてほしいのですが、イッツアスモールワールドのような穏やかなものにスプラッシュマウンテンを混ぜたアトラクションなので、運が悪い(良い?)と水の壁が襲ってくる場合があります。友人曰く、「水量がバグっている」ようで、乾きやすい服装と太陽の出ている昼間がベストです!ある意味マジのフローズンライドです、嘘は言っていない。

私が一番楽しみにしていたラプンツェルのアトラクションは私の推しであるゴーテルが一切出てこなかったので肩透かしを喰らいましたが、つまり全く悪役(というかラプンツェルの日常)が出てこず、ずっとラプンツェルたちが笑顔で楽しそうなのでこちらまで幸せになる、心が浄化されるアトラクションです。でもゴーテルは出ない。歌だけは列に並んでいるところで流れていまして、それに気づいて喜んでいたら友人に引かれ、前に並んでいたお子さんに「趣味悪…」とでも言われているかのような目を向けられました。酷すぎないかい?

ピーターパンのアトラクションは絶対に最初に乗ったり、食前食後に乗るものではない。車で本を読まなければ酔うことはない私も、酔い止めを飲んだ上で酔いました。後列になるほどつらいと考えます。でも、ピーターパンの良いとこどりアトラクションなので、スターツアーズが大丈夫な人は是非乗ってみてください!ティンカーベルのは、夜に行くと尚よかったです。帰りたくなくなって、「帰りだぐな゛い゛!!!」と叫んでしまいました。友人は引かず、わかると言ってくれました。さすが私の友人です。富豪になったらこんなイメージの部屋を作りたいと思います。あと、籠の中の鳥がうつろな目で下を向いているオブジェがあって可愛いと言っていいのかどうなのか戸惑いました。

重課金(バケパ)勢はこのようにスルスル乗れるのですが、普通の人はファストパスを持っていないと入れないので、それのキャンセルが出るのをずっとスマホを見て待っています。なので他のアトラクションはと言いますと、トイストーリーマニア2周目をしようとしたら40分待ちだったので「混んでいるね」といって辞めたぐらいに、空いていました!タワーオブテラーが20分待ち!秒速で落下事故経験!ちょっと昨今のテーマパークの闇を感じつつも、楽しく快適に過ごすことができました。

最後は『ビリーヴ!』と花火!『ビリーヴ!』はマジ泣くよマジ泣くよ言われていましたが……。いきなり寒くなったんですね、そして私はなんとフリードリンクチケットで冷たいドリンクを大量に飲み、その時も片手に持っていました。つまり、冷えてそれどころではありませんでした。しかし、これがなければ、大衆の前できたねえ泣き顔を晒していたので救われたというべきでしょうか。花火はそこから一気に移動し、ファンタジースプリングスのアレンデール城の前で見ました。これは流石にちょっと泣きました。もうすぐ現実回帰かー、という寂しさと、花火久しぶりに観たわという感動はもちろんあったのですが、それ以上に、今私の隣にいる友人Dは中学1年生から仲が良いのに、本当に時間割が合わないので、同じ大学構内に居るはずなのになかなか会えず、もはやネ友なのでまた実物に会えなくなるかと思うと悲しかったのです。

***

土曜日は半日寝て、部屋の掃除(まだ引越しの片付けが終わっていない)をしました。
そしてラストは日曜日!スタジオツアー東京に万年ハリポタオタクの友人Sと遊びに行きました!前日に『出没!アド街ック天国』で取り上げられていたので混んでいるかなと思いましたが、全然そんなことはなかったです。2人とも30分以上遅刻したにも関わらず、すんなりと入れましたし、途中で渋滞もなかったです。館内が広いからね。「ハリー、お前は魔法使いだ」という文字がびっしりと書かれたハグリットとハリーの像を横目に、入場口へと急ぎます。今回も友人にチケットを取ってもらったので提示してもらって中にはいりますと、さっそく例のドラゴンが上に!ここは恐竜博物館か!?

推しが居た寮であるスリザリンのローブを購入し、さっそく中へ。最初はこのスタジオツアーが出来るまでのことや、注意事項を映像で教えてもらいます。一定人数が部屋に入れられて、説明を受ける様はまるでホーンテッドマンションのよう。扉を誕生日の人が押し開け、いざホグワーツ!

目の前に現れたのはあの食堂!ホグワーツの校章があんなところにもあるんだ、蛇の舌イメージでスネイプ先生のマントは2つに分かれているんだと友人に色々と説明を受けながら、食堂の構造や衣装を見学します。

ここはどちらかというと博物館のような感じで、建物の作り方から衣装の作り方、魔法動物のCGの作り方、合成音の出し方などが紹介されています。これがマジで楽しい!!(建築服装等々専門外の私でも!)なので特に舞台装置などに興味がある人はおすすめだなと思います!

他にもクディッチ試合の観客になったり、ヒッポグリフとお辞儀をしたり、魔法省に登庁したり、友人の杖を借りて実験をしたり、守護霊を呼び出したりしました。

一番右が推し!!!!!!!!!

たまに居る推しが可愛いし(見つける度にギャーギャー騒ぐ)、英語文章を訳すだけでなく、すでに何回もここに来ている友人がプラスαの説明をたくさんしてくれるし、食べ物は可愛くて美味しいしで、なんと7時間も滞在してしまいました(笑)でも体感は3時間!広いところに所狭しと展示がされていて、友人と、日本でこれならイギリスのはどうなっているんだろうね、よっしゃイギリス行こうぜ!と話しました。そのためにも円高お願いします……。

おかげで翌日は全然声が出なくて、のどが痛くてつらかったです。(そして熱が出る)(永遠のガキ体質)大学生になってからほとんどずぅーっと気を張っていて、たくさん喋ったりするようなことが滅多にないのでこんなことになりました。ですが、嬉しい代償です。気を使わず無礼講でいられる(言ってしまえばこれ以上見せて失うものがない)友人がたくさん居てうれしいです。またみんなと遊びに行きたいし、社会人になってもババアになっても仏になっても、この関係を続けていきたいです。多分何人かは読んでいるから、しつこいとは思うけど、ここでも感謝の気持ちを伝えるよー!ありがとう!!

追伸、今度みんなでZ級映画観ながらアメリカンティーパーティーしようぜ!

本日の読みたい本

『ハリーポッターと死の秘宝 下』J.K.ローリング著 松岡佑子訳 静山社

私はこれの、ベラトリックス・レストレンジが死ぬ場面が本当に大好きなのだ。

この場面は小説、そして映画内随一の名シーンであると考えている。尤も、死の秘宝は名シーンの塊なのであるが。悪を体現したかのようなこの女が、母娘愛の力のもとで干からび、木っ端みじんにさせられる。まず、殺し方が特殊。そしてその生死を別けた闘いは非常に短い時間で行われる。儚いという言い方が良いのか悪いのかはわからないが、一秒一秒、一文字一文字が見逃せない。

超・超個人的な話になるが、私はこれを小学生の時に読み、これの(ベラトリックス及びヘレナの)ファンであったがために、今に続く友好関係を築き上げたこともあり、著者には大変感謝をしている。

これを読んでくださっている方々にも、このような本はあるだろうか。