睡眠第一

 人生って信じられないくらい眠くても絶対に寝てはいけない時ってあるじゃないですか、ここのところ毎日それだったんですよ。本当に眠くて久しぶりに電車で寝過ごしました。

 ここ3週間、週6で24:00に寝て5:30に起きる生活送っていたんですね。睡眠時間でいったらまあ6時間弱とかは寝てたのでそれなりではあったんですが、私は許されるなら1日10時間寝たい人間なのでとにかく眠くて。立ったまま気絶しそうになったりしてました。睡眠時間短くても平気な人ってどういうカラクリなんだ?気合い?寿命の前借り?私は到底それにはなれない……。いっぱい寝るのが幸せです。寝てないと分かりやすく体調悪くなりますしね。やはり寝るべき。
 大学生になってからそんなに電車で寝ることってなかったんですが中高の頃はほとんど毎日登下校両方で寝ていました。というのも、部活で疲れて寝ていた他、電車ですることがないことも理由でした。登下校中原則スマホ使用禁止の校則で生きていたので本読むか単語帳見るか課題やるか、それでも暇なら寝るか、みたいな感じだったんですよ。まあ課題やりながら寝落ちることも多かったんですけれども。個人的に地下鉄の揺れって寝るのに本当に適していて。これってわかってくれる人結構いるんじゃないかなって思います。車よりバスより新幹線より地下鉄が一番眠れる。思いっきり持論ですが。あと地下鉄って、というよりこれは電車ってという方がふさわしいかもしれませんが、私は作業がめちゃくちゃ捗るんですよね。30分みたいな限られた時間、限られたスペース、限られた環境だと今この時間でこれをやるしかないって状況になるので私はかなりスイッチ入ります。どうしてもやる気が出なかった時に作業するためだけに電車乗ったことがあります。ほら、ブログを書くのなんかもね。昼間の人がガラガラの電車とかサイコー。気軽に電車に乗れる通学定期って偉大。考えをまとめたりするのも電車に乗ってるときとか、あとは風呂、歩いている時などが多いですね。ある意味乗り鉄かも。電車、好きです。でも電車で寝るのって日本人くらいらしいんですよ。てことは感謝すべきは日本の治安なのか?ありがとう治安の良い日本。海外の人って電車で眠くならないのかな、気張ってるから眠いとか思わないのかな。でも海外の人でも信じられないくらい眠い時はあると思うので、頑張って抗っているんですかね。家でたくさん寝よう、私もみなさまも。

 いっぱい寝たいね~という話でブログを書くことが私は結構ある気がします。そういう内容を書いてる時って大体眠いんですが、これもまたそうなんですね。眠いです。では。

睡眠の質改善 目覚めたらゴキゲン

皆さんは日々何時間ほど寝ていますか?

こんにちは、さくらです。私は最近睡眠の質向上に努めております。

不安ごとが重なると眠れなくなる性質なのですが、最近暑くなってきたせいか寝苦しい夜が続き、睡眠の質が落ちているなと感じます。あるSNSを見ていたら世の大学生の半分以上は0時前に寝て、8時前に起きているようです。私はこんな健康優良児の大学生が大半を占めているなんて信じません。

そんな私が睡眠の質改善のため活用しているのがポケモンスリープです。

ちなみにリリースされてからずっと使用しているのでかれこれ1年くらいは使っているのではないでしょうか。ポケモンに対して全く愛着は無いので本当にただ睡眠計測のためだけに使用しています。

仕様としましては、睡眠時間を取ることでポケモンの成長に繋がりレベルアップを楽しむ、という感じでしょうか。主に睡眠時間に重きを置いているようで、【眠りの約束】という個人がこの時間までには寝るぞ!!と設定した時刻の30分前に「○○(ポケモンの名前)はあなたを寂しがっています」という通知が来ます。意訳しますと「早く寝ろ」ということです。ちなみにポケモンの名前は変更可能で、初めは推しに似ているポケモンを推しの名前にしていたのですが、「推しがあなたを寂しがっています」と通知が来るのが肌に合わずすぐやめました。夢女子ではないので……。

また睡眠時間によって毎日グッドスリープポイントがもらえます。おそらく8時間以上寝るとMaxの100ポイントが手に入り、あとは睡眠時間の減少に比例し減っていく、という感じです。

ここで問題なのが、ベッドに入った時間=睡眠時間ではないことです。誰しもベッドに入ってから今日は何となく寝れないなーという日ありますよね?このアプリはちゃんと人間が睡眠に落ちたタイミングから測定を開始するんです。怖くないですか……。なんで寝たタイミング知っとん、コイツ……。毎日睡眠レポートと称して眠りの深さまでも教えてくれるのですが、スマホを枕もとに置いておくだけでその人間がちゃんと寝ているかどうかまで分かるの怖いな、と思います。このデータをハッキングして対象の人間の睡眠の深さを知ることで、その人の家に夜中こっそり入ってもバレないように……とか出来そうですよね。まあ睡眠の深さとかは呼吸のリズムを聞くことで分かるんだと思いますが、いつかちゃんとした仕組みを知りたいなと思います。

あともうひとつ。1週間の睡眠時間や就寝・起床のタイミングから1週間の睡眠に対して評価を出してくれます。ちなみに私はB評価以上を取ったことがありません。おそらく毎日「眠りの約束」の時間を守り、8時間以上の睡眠、そして統一された起床時間をクリアするとAとか貰えるんでしょうが、起床時間の統一が壊滅的に出来ません。月~水までは学校があるので毎日決まった時間に起きることが出来ます。最近の朝は暑くて太陽のせいで嫌でもたたき起こされるのでいい季節だと思います。

しかし木曜から日曜の私はてんでダメ。早起きのはの字も知らないそうです。

最近は8時30分くらいに一度起き、アプリ内の起床ボタンを押したのち、また寝ています。そう、不正を働いているのです。12時までにポケモンに朝ご飯をやらないといけないので流石に12時には起きるようにしていますが、まだまだ不正なしで休みの日にすっきりと起きることは出来ません。これは今後の課題です。

睡眠の時間を計ること以外でもお風呂に早く入るとか、寝る前にスマホを見ないとかあると思いますが、これこそはぐっすり眠れるぞ!というものがあれば知りたいものです。それ以上に朝早くすっきりと起きれる方法が知りたいですが……。

小旅行記

皆さま、こんにちは。

前回の更新に引き続きGWの小旅行の思い出を振り返っていこうと思います。

茨城県潮来市で開催される「あやめ祭り」にて目玉の嫁入り舟を見たり、お昼ご飯にピザを食べたりと充実した時間を過ごしました。

午後からは移動し、初めに訪れたのは千葉県香取市にある香取神宮。関東地方中心に全国にある香取神社の総本社です。日本書記に登場する武の神様「経津主大神(ふつぬしのおおかみ)」を祀っているそうです。上代文学に明るくないのですが、日本文学科に入ってからこうした歴史や背景に親近感が持てるようになりました。楽しいですね。

落ち着いた雰囲気の参道、朱塗りの大鳥居や漆黒塗りの拝殿など歴史を感じるのも心を洗われました。

勝運・交通安全・災厄よけなどにご利益があるらしく、参拝後に運だめしでおみくじを引いてみました。

結果はなんと大吉。内容もなかなかに良いことが書かれていたので満足です。

香取神宮で一番盛り上がったのは「要石」。そうです。映画「すずめの戸締り」の作中に登場するあの要石です。いわば聖地巡礼ですね。といっても実は「すずめの戸締り」未履修な私は先に本物を見てしまった感があるのですが。作品内ではミミズが地震を引き起こすとされているそうですが、私たちの世界の要石は古くから地震を引き起こすと言われていたナマズを押さえています。要石をみながら「もし、今動いてナマズが暴れ出したらどうしよう」とわいわいして盛り上がりをみせました。こちらでもしっかり参拝して、自然と歴史を感じる素敵な時間になりました。

香取神宮を後にして佐原市に向かいました。佐原は「北総の小江戸」と呼ばれる水郷の町で、その名にふさわしい、落ち着いた古い町並みが広がるエリアをのんびりお散歩しました。川沿いに並んだお店には干物や漬物などを扱うレトロな商店から今どきでお洒落なカフェまで様々でワクワクしながら探索していました。

佐原の有名人といえば歴史の教科書に必ず出てくる伊能忠敬だそうです。伊能忠敬の旧宅が無料で見ることが出来ました。忠敬が婿入りしてから隠居するまでの約30年間を過ごした場所で、酒屋を営んでいた土蔵造りの店舗や炊事場、書院などが現存しており昔の生活の一端を感じました。

立ち寄った休憩所でハンドメイドアクセサリーが販売されており、折角だからと購入しました。少し前にショートカットにヘアスタイルを変えてから大ぶりなピアスが欲しかったので、カラフルで大きめなピアスと乙女心をくすぐられるキラキラの宝石みたいなリングです。普段だったら買わないようなものでも、お出かけ先だと気が大きくなってしまいます。しかしその分素敵な出会いが出来るので、大満足なお買い物でした。

1日の内で特別な体験をたくさんできたそんな日でした。久しぶりの小旅行だったため、ちょっぴり疲れもありましたが、それ以上にリフレッシュな旅!大学生の間に色々なところに行って色々なものを見たり、聞いたりする経験をしたい!と改めて思いました。ブログはそれを皆さんに共有する1つの素敵な手段ですね。

今回もお付き合いいただきありがとうございました。

このチーム、半端じゃない。

皆さん、こんにちは!

6月に入り、心なしかムシムシジメジメしてきましたね…。私の苦手な梅雨が到来しようとしています。例年この時期は4月からの疲れがどっと出やすい私。案の定今年もすでにバテ始めております。そしてなぜか、左目の下瞼が赤く腫れ、それに連動するように右目の上瞼も赤く腫れるという不運にも見舞われました(本当になぜ…)。

皆さんも、季節の変わり目によって体調を崩さないようにお気を付けください。瞼の腫れにもご注意を(笑)!

しかし、瞼が腫れた分(?)、良いこともありました。とある授業の終わりに、先生から「髪がとってもきれいね」と褒めて頂いたのです!その場で喜びの舞を踊ってしまいたくなるほど、嬉しかったです(笑)。先生へのラブコールを心の中で叫びつつ、(その授業は5限でクタクタだったのですが)帰り道はルンルンとスキップしながら帰りました。きゃー嬉しい!

そんなこんなで、本日は、ほんの些細な褒め言葉で、ブルーだった気持ちがハッピーな気持ちに早変わりしてしまう、単純・単一・単細胞なももこがお送りいたします。(ちなみに褒められて伸びるタイプです!本当に単純!)

曇り空が多い6月。そんな中、私の心を晴れやかにしてくれるのは映画やドラマなどの映像作品です。最近では特に海外ドラマ「クリミナル・マインド」シリーズが私の心の栄養、いえ、生きる糧と言っても過言ではありません(笑)。

「クリミナル・マインド」とは、FBIの行動分析科(通称BAU)に所属する捜査官たちが、犯罪者たちをプロファイリングし、犯罪心理を読み解いて、事件の解決に挑む様子を描いたドラマです。緊迫したシリアルキラーと天才プロファイラーたちの頭脳戦、手に汗握るアクションが人気を博し、全米では常に高視聴率を誇る大ヒットシリーズ。現在はシーズン17まで制作されるほどです。

参考までに第1シーズンの簡単な紹介を…。

伝説的なベテラン・プロファイラーのギデオン、常に冷静にチームを率いるリーダーのホッチ、性犯罪のエキスパートであるエル、犯罪者の立場から行動を分析するモーガン、IQ187で驚異の記憶力と膨大な知識を持つドクター・リード、マスコミ担当のJJ、IT技術を駆使してチームをサポートするガルシア。以上7人で構成された精鋭チームが、優れた頭脳と鋭い洞察力を武器に、犯人逮捕と新たな犯行の阻止に命を懸ける!犯人の心の闇を解明し、抑圧された内面を暴き出すことができるのか…!?

といったような感じです(笑)。登場するキャラクターはシーズンによって入れ替わりがあります(個人的には、第2シーズン途中から第7シーズンまでの、エミリーがいるチームの話が好きです)。

思い返せば、私が「クリミナル・マインド」に出会ったのは中学生のころ。学校がない日は1日中テレビにかじりついて見ていました。そのハマりっぷりは、学校に提出する進路希望の用紙に、将来の夢は「プロファイラー」と記入するほど。今思えば、そんなことを書いてしまう自分がとっても恥ずかしいし、その意味不明な調査票を受け取った担任の先生のことを考えるだけで…、もう、言葉もありません(笑)!

その後、だんだんと冷めていったクリマイ熱(我が家では「クリミナル・マインド」を略してこう呼んでいます)が再燃したのは、今年の2月頃のこと。ふと立ち寄ったBOOKOFFで久しぶりにクリマイが目に入り、期末課題を頑張ったご褒美として、1シーズン分のDVDを自分自身に買ってあげたのです。1話、1話と見ているうちに、中学生の頃の夢見心地な少女の気分を思い出しました。あとはもうズルズルと、クリマイの沼にはまっていき、今に至ります。

クリマイの魅力は、伏線が張り巡らされた重厚なストーリーはもちろんのこと、登場人物1人1人のキャラの奥深さにあると言えます。それぞれが暗い過去や重い使命を背負いながら悪と戦う姿を見ていると、大げさかもしれませんが「私も頑張ろう」というように、だんだんと勇気が湧いてくるんです!私の日常なんて、彼らの壮絶な毎日の足元にも及ばない密度のものかもしれませんが、このドラマは自分の弱さや困難と向き合う力を与えてくれているような気がします…。

「クリミナル・マインド」は、1話完結型でテンポよくストーリーが展開されるドラマです。サスペンスやアクションが好きな方、海外ドラマに挑戦してみたいと思っている方に、おすすめしたい一作。ご興味がある方は、ぜひご覧ください!

1つアドバイスを申し上げますと、「クリマイは絶対平日に見てはいけない!」です。見ているとだんだん止まらなくなって夜更かしをし、次の日眼をこすりながら授業を受けるか、禁断症状に苦しむことになります(体験談)。休日にゆっくりと見るのがおすすめです。

そして!最後に、お知らせです!

来る6月16日(日)は、今年度第1回目のオープンキャンパス開催日です。様々な企画が盛りだくさんな本学のオープンキャンパスは、大学全体はもちろんのこと、学科の特徴や魅力を肌で感じるチャンス!本学入学や本学科入学を検討されている方は、ぜひお越しくださいね!

詳しくは下記のURLをご参照ください!

https://www.jwu.ac.jp/unv/admission/open_campus/2024_0616.html

本日もお付き合いいただきありがとうございました!それでは、また!

食わず嫌い

こんにちは。

日文必修科目「日本文学の基礎」を受けてからというもの、近現代文学とちょっとばかり距離を置いていました、ののです。

この「日本文学の基礎」という授業は、上代・中古・中世・近世・近代とある各時代の代表的な作品をいくつか先生が講義形式で解説してくださる、言うなれば日本文学イイトコドリの授業です。日文の多くの学生はこの授業を1年次で履修しますので、この授業を通して時代ごとの作品の特徴を学びつつ、自分と波長の合う時代合わない時代を感覚的に見つけます。私の場合、この授業の近代の部分で何となく挫折を感じてしまいましたという話です。詳しく言うなら

  彼の目からしずくが落ちた

という文章を見て、「彼は泣いてる」ではなく「彼は目薬をさした」と解釈してしまう自分がいることに気づいたのです。さらには現代語に近い文章の解釈を現代語で的確に表現するだけの語彙とセンスがないのではないかトホホと感じてしまったのです。

そういって2年生のときは古典分野の授業ばかり履修していたのですが、しかしいつまでも苦手なものから逃げてはいられない。というよりは、逃げるということがつまらないものに思えてきたので、3年になった今期は近現代の文学史と講義を履修することにしました(褒めてください!)。あいかわらず自分の解釈を説明するのには苦労していますが、近代の時代背景や当時の文筆家の情熱のようなものの話はとても興味深いです。

食わず嫌い。とは言っても多少かじってはいるわけですのよ。

記憶にも残らないほど幼かったとき、私はとまとが大嫌いだったそうなのですが、それも1度口に入れて噛まずに口から出すという奇行をしていたとか。今は大好きですけれども、とまと。

豆乳もそうです。家には牛乳しか常備されていないので、飲んだことのない豆乳は私にとっては得体のしれない白い液体だったわけで、保育園の給食で豆乳が出て来たときに私はイヤイヤ飲みたくないと言って、イヤイヤ言っていたらコップに1口分だけ注がれて「飲んでみなさい」との事で。結局嫌々飲みましたけれども、豆乳独特の風味は幼少期の私のお口には合わなかったご様子で。それ以来豆乳を豆乳のまま口にすることはありませんでした。

しかし幼少期に顔をしかめた豆乳の味などとっくに忘れてしまった大学3年の私は、はてさて豆乳とはどのような味なのかしらと興味を持ちます。インターネットで紹介されている豆乳プリンは何やらおいしそうに見えますし、入手することだって簡単ではありませんか。機会があるなら試してみよう、お昼のお供に飲んでみよう。しかし飲んでみると、真顔で飲めることには飲めるけど、やはり豆乳独特の風味があります。慣れれば何てことないのでしょうけれども、繰り返し飲まないことには慣れない。慣れないことには繰り返し飲めない、否飲まない。そういってまたしばらく豆乳さんとはおさらばの生活。それから1か月ほど経ちましたか、豆乳の味を再び忘れた今日この頃。学食の期間限定メニューに「冷やし豆乳明太うどん」の文字。あらあら豆乳だって、さぞかしまろやかなお味がするのでしょう、とまたもや興味津々。しかし食べてみればもちろん豆乳の風味。そうだそうだ忘れていました。豆乳とはこんな味でした。真顔で食べられるようにはなったけれども、やはり慣れないものだなあ。

幼少期は食わず嫌いでしたが、今は専ら食ったけど嫌いがほとんどです。パクチーとグリーンカレーのココナッツがその代表格です。

1口食べたので許してください。きっと忘れた頃にもう1度食べるので。

近所のきつね

ごきげんよう、あやめでございます。本日、わたくしひそかに困窮しております。なぜなら、ストック命書き溜め系ブロガー(?)のわたくしにあるまじき事態ではございますが、ストックが尽きたからであります。そこで本日は、弾き語り(?)でやらせていただこうかと思います。

と、申しましたが、以前お話ししました通り、今!!書け!!と言われて書ける私ではありません。ふがいないが、こればかりはしょうがないのであります。から、だらだら続けるしか手はなく、かといって引くわけにもいかず、それだから困窮しております。なんだろう、なにをかいたらいいですか。自分の話でもしますか(いつもそうですけれども)。

もう少しくらい、愛想よく、心から疑問に思っている、少々間の抜けた、あるいは甘い顔の一つでもできれば(出来っこないので駄々をこねくり回してしいるの図、ヤダヤダ!!アタイだって、他愛なくかあいいんだい!!洟垂れの何が悪いんだい!!)、と思うことも幾度もありますが、生憎と、我が両親から賜ったこの御顔は、それ自体は全く!悪くないのに(※個人の感想です)、顔面の筋肉の使い方の心得がない持ち主をもったがばっかりに、その「可愛さ」を全く封印してしまい、悲しいことに、本人が何も考えていなくても、お顔は怒っているように見えるように成長いたしました。ごめんなさい、お父さん、お母さん、私は愚娘です。こういう時に使う言葉は、辞書的には「愚女」らしいですが、ここは間違いの方を押し通そうと思います。あと、高校時代には、全然そんなことないのに「あやめちゃんって頭良さそうだよね」と。ほとんど初めてお話しするクラスメイトにせっかくほめてもらったのに、ひねくれにひねくれ、尖りにとがっていたあの頃は、この言葉一つさえ素直に受け入れることができず、それどころかカチンときて、しかもそれをおくびにも出さず、「あたまよさそう?やったぁ~~🥳」みたいな、皮肉でもなければ嫌味でもない、なにだかよくわからない言い訳みたいな言葉が適当に発され、挙句相手に「いやその反応はめっちゃ頭悪そう笑」と言わしめるに至ったのです。選択ミス。愚娘です。頭良さそうな、飄々とした、綺麗にみえるのでしょうか。クールに素直に、ありがとう、じゃ、ダメですか、いいに決まっています。良いんだか悪いんだか、でいればいいんでしょうね。ふん!!大拗ねです。明日は雨なんだって!!!ふんだ!!!!

なるほど、下書きが無いと、「こう」なってしまうのですね。学びですね。こんなにつまらないとは思いませんでした。取るに足らないをおもしろく、これがモットーなのに、取るに足らないし、つまらない、では、そのまんまつまらないですね。趣向を変えて友人の話でもしましょうか。

友人はいやに首を気にする人でした。その人とは、小学生の頃急に引っ越して行ってしまった以来出逢っていませんから、もう9年以上も会わないことになりましょうか。首を気にする、とは、いつも首の後ろのあたりを掌でスリ、スリ、とこするような形でなでる癖がある、ということです。なにかあるたび、スリ、です。友人は賢く、そして穏やかでした。そのころの私は何を生き急いでいたのか(今もか?)ピリピリカリカリして、およそ穏やかではありませんでしたが、その友人に「まあ、ね」と、答えにならない答えを返されて、何度正気を取り戻したことか、数知れません。もちろん、そのどっちつかずでなるようにしかならないという態度は、高度成長期・上昇志向まっしぐらの私をイライラカリカリともさせましたがね。
その人は私を、名前の愛称で、すなわち、あやめちゃん、ではなく、「あやちゃん」、と呼びました。私も負けずにゆかちゃん、と呼んだりしましたが、恥ずかしいようなくすぐったいような気がして、すぐに「ゆかりちゃん」にもどりました。ニコニコして、あやちゃん、あやちゃん、と一緒に色々してくれました。あの頃の愚かなる私はまるで親分にでもなった気持ちで「ふふん!」としていましたが、ゆかりちゃんはそれをニコニコして見守っているかのようでした。
ゆかりちゃんは賢いだけでなく、運動もできる人でした。しなやかな動きで、軽やかな足取りで、何度も私の羨望を一身に受けていました(私は運動がド下手で、逆上がりは勿論、かけっこも、跳び箱も、全く出来ませんでした)。ごく稀でしたが、面白い話もしてくれました。ゆかりちゃんはなんでもできました。私はやはり、ゆかりちゃんに憧れて、いました。
ゆかりちゃんはしかし、自分の話はあまりしませんでした。好きなものも、嫌いなものも、「なんだろうね」としかいいませんでした。それが私にはすごく嫌で、なんで意見がないんだろう、と不満に思いました。あなたが好きなものを私も気になるし、あなたがいやなものも知っておきたいのに。賢いあなたと、他の子とは出来ないような、高度な会話…いわゆる「議論」だってしたいのに。あなたの立場がユラユラしていたら、議論なんてできないのに。しかし、その話をすると、ごめんね、と言って首をスリ、とするので、それもいやでした。そして、すごく怖くなりました。もうそれ以上は言えなくなってしまいました。
特にお父さんについてはまるでなにも教えてくれませんでした。いつもニコニコのゆかりちゃんが、「なるようにしかならないのにね」が口癖の、達観したゆかりちゃんが、お父さんの話題になると嫌がるのが、幼い私にもよくわかりました。ゆかりちゃんから直接、いやだ、と聞いた訳でも、嫌な顔をしたわけでも、まさか声を荒げたわけでも、ありませんが、私が自分のお父さんの話をすると、ちょっと困った顔で笑うのです。そして、首をスリ、とします。ニコニコ、ではないのがわかりました。だから自然と、家族の話は避けました。家族…お父さん以外の人の話でも、世界の狭い小学生時分では、なんだかんだでお父さんに行き着いてしまうからです。だから、長く一緒にいたはずなのに、私はゆかりちゃんのことを、多分良く知りません。お兄さんと妹さんがいて、全員年子で、優しいお母さんがいることだけは、なんとなく知ることができました。でも、それだけです。小学生の頃の私はよくよく風邪をひいたので、休んだ日に学校であったことや授業のことを教わったり、逆に私の辛かった話を聞いてもらったり、そういう一時的な話ばかりで、ついに込み入った話はしませんでした。
ある日、小学4年生だったと思いますが、記憶が曖昧でハッキリしませんが、その日はどんより曇っていました。湿度が高くて、嫌な天気でした。今にも雨が降りそうな様子です。でも小学生の私は、久しぶりに元気なので外で遊んでいました。するとゆかりちゃんもやってきました。一緒に遊ぼうと思って声をかけて手を振りました。ゆかりちゃんは、ハッとしたようにこちらを振り返って、それからいつものニコニコをしました。他愛無い話、小学生のおしゃべりをたくさんして、ちょっと走ったり、山に探検に行ったり、疲れてゆかりちゃんのお家におじゃまして、水をもらったりしました(お母さんがいました)。そこでお母さんがあまり優しいので、嬉しくなって色々話して、思ったよりも長居してしまったようです。ゆかりちゃんの家には時計がありませんでした(電池が切れて、変えなきゃと思っているところだった、と言って、ごめんね、とお母さんに言われました)から、どのくらい居たかは定かではありませんが、体感で長らく居座ったことがわかりました。気がついたら、向こうから、お父さんが(うるさそうに・不機嫌そうに)出てきました。夢中になって、元から大きい声をさらに大きくして喋っていたことに、フと気がつきました。あ、と思いました。多分、まずいんだ、と思いました。ところが、怒鳴られる、とか、暴力を振るわれる、とか、連れて行かれる、とか、想像した怖いことは一つも起きませんでした。お父さんもやっぱり優しくて、ちょっと髪がボサボサでしたが、「こんなところまでなにしにきたの」と優しい声を出しました。私は一生懸命(怒られないように、機嫌を損なわないように)ゆかりちゃんと一緒に遊んでいたこと、いつもゆかりちゃんには良くしてもらっていること、遠慮したけれど少し上がる分には問題ないと勧められてお宅にお邪魔していること、でもいっぱい喋ってしまって申し訳なく思っていること、今度はお土産でも持ってくることをなるべく敬語で、小4のもちうる語彙をフル活用して、ニコニコしながら言いました。お父さんは一生懸命聞いてくれて、「なにもないのに、ごめんね」といって、そこにフラ…と佇んでいました。どうしたら良いかわからない、というような様子に見えました。ゆかりちゃんは微笑んだような、強張った様な表情で、いつもの姿勢の良い背中はちょっと曲がって、少しだけ俯いて、手をぐっと握っている、ように見えました。私はゆかりちゃんのお父さんを、想像してたよりずっと怖くない(なんならうちのお父さんの方がこわい)と思ったけれど、ゆかりちゃんはこれが怖いんだな、と思って、だから、あくまであどけない子供のふりをして、お家を抜け出そうと思って、突然立ち上がって、「私、帰ります!でもゆかりちゃんに渡したいものがあるから、一緒に来てもらってもいいですか」と必要以上に大声で言いました。お父さんは目を細めて「うん」としか言いませんでした。なんとなく、まだ困っているような気がしました。怯んだのか、この隙を逃しちゃいけない、と思い、ゆかりちゃんの手をギュッと掴んで、全速力で走っていきました。ゆかりちゃんのおうちは山の中にあったので、私の家までは少し距離がありました。笹がうっそうと生えていて、ねこじゃらしが太ももくらいまで生い茂っていて、葉っぱの匂いがムワ、としました。枝がたくさん落ちていて、何度もこけそうになって、垂れ下がっているツタを避けて、くっつき虫がたくさんついて、でもその全てに構わずに、目が回るほど走りました。ゆかりちゃんはそのあいだ、ずっと黙っていました。
私の家の近くまで来て、やっともう大丈夫か、と思って道端に座り込みました。私は走るのが大嫌いで苦手で足が遅いのに、全速力で逃げてきたから、ゼェハァ息が弾んで、しばらく話ができませんでした。やっと息が整ってから、「ごめんね」としか、言えませんでした。なぜか泣いていました。きっと目に土が入ったのだと思います。ゆかりちゃんも「ごめんね」と言いました。やっぱりちょっと笑っていて、それがすごく綺麗な気がして、変だな、と思ったけど、さっき走っている間に帰りましょうのチャイムが聞こえたので、今度は私がお母さんに怒られてしまうので、ごめんね、ごめんね、とお互いに言いながら別れました。他の言葉を忘れてしまったように、お互いの姿が見えなくなるまで、ずっと手を振りながら、ごめんね、と叫んでいました(近所迷惑)。

次の日の朝、あんなに遊んで、普段は行かない所へ行って、変な本が埋まっているのを見つけたり、壊れた祠を見つけてお参りごっこをしたり、そのままそれがおままごとになったり、足だけ川につけてバシャバシャかけたりして遊んだせいで(怒られるのでこれらのことはお母さんには黙っていました)、そして、あんなに怖いことがあったせいで、やっぱりまた熱が出ました。いつもより苦しくて、暑いのか寒いのかわからなくて、そして、いつもより高熱で(40℃近くまで熱が上がっていました)、その晩は(私の)お父さんが隣で寝てくれました。お母さんも近くにいました。私としては、苦しいけれど、昨日に比べたらマァなんてことはない、と思っていましたが、体温計の「40.1℃」という表示を見た両親は何故か、かなり焦った様子で、急いで薬を飲ませて、いつもより優しくなって、はやく寝ちゃいなさい、と言いました。しかし、日中も寝ていた私はあまり良く寝られずにいました。お父さんもお母さんも疲れて先に寝てしまいました(いびきをかいていました)。
目を閉じて、はやくねないと、と焦って、どんどん寝られなくなっていった、多分3時頃だったと思いますが、そのころ顔の上をスッと何か、ふわふわするもの…?が通るような感覚がありました。なんだろう、とびっくりして、パッと目を開けてみましたが、その頃は今よりずっと目が良かったのに、その日は目が霞んでよく見えませんでした。何もありませんでした。怖がってお父さんを起こすと、「おきたの?…良かった、解熱剤が効いたんだね、熱がさがっているよ」とやさしく言われました。よく考えたら、たしかに苦しくなくなっていました。そして、ちょっとはっきりした頭で考えると、今起きたことを大人に話すのは、いけないことだと、何故かそう思いました。だから、うん、と言って、また寝ました。今度はびっくりするほど簡単に寝られました。

それからゆかりちゃんには会えませんでした。よく考えたら、「ゆかりちゃん」はクラスには居ない子なのです。同い年で、同じ地域にすんでいるのに、ゆかりちゃんを知っているのは、私だけでした。あの日、ゆかりちゃんのお父さんから逃げてきた日も、お母さんにひどく怒られる…のではなくすごく心配されて、ハテナ?と思ったのですが、後から聞いた話では、あの日あの時私は泥だらけ葉っぱだらけで顔を真っ赤にして息を弾ませて、涙目でいたようです(全速力で走ったからです)。走って来たと知らない母は、なにか、怖い目(誘拐されかけたとか)に遭ったのだ、と分かった母は、焦って、何があったのだ、と、諭したり、宥めたり、とにかく話を聞き出そうとしたそうですが、「ゆかりちゃん」という、知らない子のことを一生懸命言ってきたことと、よくわからないことを説明したのと、しきりに謝っているのとで、全く話にならなかったそうで、とりあえず風呂に入れて、夕飯を食べさせて、まあ、無事なようだから、良いか、と思って、話を終えるつもりだったようです。それから、その「お父さん」は、地域で1番山奥に住んでいる、(嫌われ者の、)おじさんだということも後から知りました。おじさんは、裏庭の畑を耕しているときに私…小学生の女の子が迷い込んでいるのを見つけて、こんな山奥まで人が来るのも珍しいのに、子供が1人でこんなところに?と不思議に思って近寄り、そしてそこでおそらく私が「1人で」何か言っているのを、哀れに思ったか、恐ろしく思ったか、話を合わせてくれただけのようでした。その山奥の家の裏庭(畑)にはいつも野生動物がよくよく出て、おじさんの農作物を荒らして行くのだそうです。シカやサルやイノシシや、それからキツネが頻繁に来るそうです。

熱が下がって、その日は天気雨が降りました。虹も出ました。多分ゆかりちゃんは、お嫁に行ってしまったのかな、といつか絵本で読んだことを思い出して、そう思いました。

◆◆◆

と、ここで終わらせれば、綺麗にやさしく終われたのでしょうが、マアそこは私のブログを愛読してくださるあなたさま方でありますから、そんな〈生半可〉な代物ではご満足いただけまい、それに、このひねくれヤなもの百鬼夜行(白昼堂々の行進でありますから、多分にマヌケではありますものの)の私としては、これじゃ物足りない、と思って、もう少し続けることに致しましょう(もう少し現実逃避をしたい、という作者の思惑が透けて見えるでしょうか)。もっと、醒めるようなつまらない浮世を描出したい。し、あなたにもできればこの「虚無感」「離脱感」を体感していただきたい。ああそうか、ここは。そうです!なんせ、ここは誰もが〈平等〉な浮世、楽しんだモン勝ち、なにくそと成長したモン勝ちの実力社会でありますからネ(個人の感想です)。御託はさておき、あのやさしい童話風は、以下のように続きます。せっかくのやさしさ、半熟卵のふわふわがお好きなあなたは、こちらでよしておくのをお勧めしますが、怖いもの見たさの野次馬根性十分なあなたには、止めたって無駄でしょうか。そして、あとで必ず恥ずかしくなって嫌になるのは、なにを隠そう私なのに、誰よりも「よせばいいのに」、なのはその実私自身ですし、野次馬なのは私であります。ですから読んで了った、と悲しまなくてよいのです。かなしいのは、わたしです。

◆◆◆

という、白昼夢を見ました(この「白昼夢」のうえに強調の「、」をつけたかったのですが、できませんでしたからしぶしぶ太字で表記します)。ただの夢に非ず、その実私の脳みそが見せた都合のいい現実逃避の様子を皆様にお見せしたにすぎませんでした。だからあんなにやさしくてふしぎな感が残るのです。当たり前です。私の都合のいいおともだちですからね。やさしくない夢は見たくないのです。ですが残念ながら現実には「そんな友達いません」し、子供の頃の私は気づかなきゃ善いことばかりわざわざ見つけて独りでしょんぼりする、元気に生きるのがへたくそなニョロニョロでしたから、あんなに快活に賢く危険から逃げられません、さしずめ食われてから、おや、と気づく程度。アハハ!未だ小学生時分の出来事にとらわれているマヌケはここに居ますよ!ア夢か、漸く気が付いて目をしばたたかせて、現実をしか、とみれば、確かに実像を結ぶ現実があります。それでも固執してあの頃を想うわたしがどうしてもここに居るのは、きっと大学に通ってむずかしいことばかり考えさせられて、ついにガタがきたのでしょうかね。良いことはほとんどスルー、悪いことばかり過剰に反応し吸収し記憶し記録し保管して、それで挙句こんなつまらない夢を見るに至るのでしょうか。目の奥に、まだ山の葉(山の端?)の濃いにおいが残って、否、こびりついているかのようです。まだまだ私は小学生を脱せずにいるのか。きつねに化かされたように。あるいはあの頃がきつねの見せた幻想だったのか。いずれにせよ私は、化かされちゃいない、とハッキリ否定できるような、確固たる私を持たないで、ここまで来て了った、ということだけお伝えして、今日はこれで止します。これからはきちんとストック管理を徹底いたします(猛省)。

Rewrite The Stars

“Forget the cage, cause we know how to make the key”

———The Other Side. Benj Pasek & Justin Paul.(2017).



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つま先から脳天まで。感情に飲み込まれて、指先が震える。

ゾクゾクと震える感情を抱えきれなくて、随分と下手くそな呼吸しかできない。

私にとって人生が変わる瞬間は、決まってこの感覚に襲われる。

皆様にとっては如何でしょうか。私みたいなものは仰々しい?あら、残念。

でも、私にとってその感覚は、馴染みがあるもので、そうして実際に人生の中で何かを変えられる瞬間には、いつもその感触が来るのです。

その瞬間、その感覚はどれも鮮明に思い出せるものばかりで…あぁどれをお見せしようか迷ってしまう!

ねぇ、折角いらしてくださったのですから私のそんな夢見心地な妄言でも聞き流していってくださいまし。

取るに足りない私のような者の、記憶の保管庫の中ではそれらは格別に綺麗で、眩しくて、ちょっと主張が強すぎてウザいくらいなのだけれど

それでも一等キラキラとしていてお見せするのにも憚りが少ないから、せっかくの機会、何か一つお持ちしなくちゃ。

うん。見つけた。


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2018年。1つの映画が私の価値観を強くゆすぶった。

「グレイテスト・ショーマン」

アメリカのミュージカル映画で、P.T.バーナムという1人の興行師が成功するまでを描いたこの作品。驚くべきはこの作品、実話が基になっている…ということなのですが、とはいえとても有名なタイトルですから今更ご紹介するまでもないでしょう。


そう、あまりにも今更。ではなぜ今になってその記憶が掘り起こされたのか。
実は今年の春に、この「グレイテスト・ショーマン」がAmazonプライムの対象作品として解禁されたのです!


私がこの作品を初めて観たのは中学2年生の頃なのですが、その時の感動といったらもう、本当に価値観をぐるりと引っ繰り返されてしまいました。ミュージカル好きになりかけていた私にトドメを刺した作品とも言えます。

観たのはこの1回きりだったのですが、あの日に受けた感動、もはや洗礼とも言えるような感覚をもう一度味わいたくて。年々その思いは強まっていきました。
そして先週、演習のしんどさに限界を迎えた私はど~~~~~~してもあの作品が観たくなり、DVDでもBlu-rayでも買ってやらァ!!とAmazonの奥地へ向かったところ・・・。


エッ。いる。いらっしゃる~~!!?
まさかのプライムの仲間入りを果たしていたのです。つい数ヶ月前に追加されていたらしく、気がつかなかったとは一生の不覚です、、。


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そのようなワケで、私めは愛する「グレイテスト・ショーマン」と感動(一方通行)の再会を果たしたのです。
あの日、人生を変えられた私は中学2年。いま、私は大学2年。実に6年の歳月が経ちました。

当時は全く気が付けなかった演出。内容。
人種のこと、国のこと、階級のこと。数えきれないくらい沢山あって、あぁこんなにも取りこぼしていたのだと気付かされました。

作品の印象も一変。かつての私にとっては成功譚を描く、ハートフルでハッピーな魅力が詰まった作品だったのですが、今漸くそこへ辿り着くまでに複雑に絡まり合った事情が色々にあったことが見えるようになりました。

それでも、胸を打たれたシーンと登場人物だけはあの日と変わりませんでした。
映画館からの帰りの電車で私は連れてきてくれていた母に、興奮冷めやらぬ様子で「フィリップとアンが好きだ!」と騒ぎ立てていました。

改めて観た今も、その感想は変わりません。
「フィリップ・カーライル」と「アン・ウィーラー」。この2人の沼が深い深い、大好きです。

※以後、微ネタバレ注意(本編の主軸には触れていませんがサブ要素に一部触れています)



「フィリップ」は上流階級出身の劇作家で、もちろん彼の作品は高尚な芸術性を持った上流階級向けのもの。半ばペテン紛いのことをして観客を楽しませる主人公の「バーナム」とは対照的です。
自分のショーにも上流階級を呼び込みたいバーナムは、このフィリップに目を付けました。


「上流階級の檻に囚われたお坊ちゃん、そんな人生は退屈じゃないか?

 平凡の王様になるか、冒険をするか。君なら賢明な判断ができるはずだ。

・・・まぁどうするかは君次第だがな」

(超意訳)と、フィリップをビジネスパートナーとして引き抜こうとするのです。フィリップからしてみればこんな取引、百害あって一利なし。リスキーにも程があります。
もちろん彼は「檻の中の人生を楽しんでいるんだ」とバッサリ。しかしその後も応酬は続き…なんとフィリップ氏はこの取引に応じるのです!

気になる説得の内容ですが、、、この2人のやり取りは「The Other Side」という劇中歌になっており、曲を聴くことでどのようなやり取りが交わされたのか知ることができます。
圧巻のダンスパフォーマンスとアップテンポな曲が最高にイカした曲で、個人的に作業BGMランキングTOP3くらいに入ります。




その中でも一番好きな歌詞がこのブログの冒頭に引用されていた

“Forget the cage, cause we know how to make the key”

———The Other Side. Benj Pasek & Justin Paul.(2017).

です。「檻の中の人生を楽しんでいる」とまで言っていたフィリップが、バーナムの言葉に心を動かされ…最終的に「檻なんか忘れたさ。鍵の作り方を僕たちは知っているのだから!」と2人で歌うのです。

鍵を見つけるのでも、与えるのでもなく、「つくる」。己の想像力を武器に歩んできたバーナムらしい発想。そしてそれがフィリップを動かしたのです。


そう、鍵は1つじゃない。それを知っているだけで幾分か心が軽くなりました。
気が付いた時にはもう、鍵はきっとその手の中にあるのです。




その後、無事に入団したフィリップは、空中ブランコ乗りの「アン・ウィーラー」と出会うことになります。
空中ブランコを巧みに乗りこなし、重力すらも彼女を縛ることはできないかのように自由自在に飛び回る美しいアン。そんな彼女にフィリップは惹かれていきます。


しかし、現実は彼女たちを縛り付けるものばかり。人種、階級様々なものが2人に立ちはだかります。黒人の彼女とフィリップが並び立つことをフィリップの両親や周囲は良しとしないのです。
ためらいが捨てきれず、アンとの交際を隠そうとするフィリップに対し、アンはその痛みを空中ブランコと歌にぶつけます。
それが劇中歌であり、本ブログのタイトルにもなっている「Rewrite The Stars」。
躍動感あふれる空中ブランコを用いたダンスと切ない歌詞が素晴らしく、もうこのシーンだけでアカデミー賞取れそう…といった感じです。





この曲を通して心を決めたフィリップはアンに対し、

「これは僕が決めることであり、そして君が決めることだ。他の人に口出しなんかできるわけがない。

 運命を書き換えないかい?」

と歌うのです。かつては上流階級の安定した人生を楽しんでいたフィリップが、定められた人生も運命も真っ向から否定。

望む運命でないのなら、書き換える。鍵の作り方をもう知っている彼なら、きっとやり遂げることでしょう。





作品を通して、もちろん誰もが変わり、成長し、これこそが私だ!と胸を張るようになりました。
ですがその中で最も変わったのは他でもない「フィリップ・カーライル」なのではないかと思います。そして彼を変えたのは団員の皆であり、バーナムであり、やはり「アン・ウィーラー」なのでしょう。

様々な困難と葛藤を経て同じ舞台に立つことを選んだ2人の姿に、何よりもその過程に、私の価値観は随分と塗り替えられました。
6年越しにどうやらまた人生を変えられてしまったようです。そしてきっとまた何度でも影響を受けます。
さぁ、次に観るときにはどんな発見があるのかしら。



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相変わらず長くなりましたが…
兎にも角にも素晴らしいストーリー&歌!!

せっかくAmazonプライムにも入りましたので、会員の方はぜひご覧になってみてください。
楽曲はYouTubeやその他楽曲配信サービスでも楽しめますので、ぜひぜひ楽曲だけでも楽しんでみてはいかがでしょうか。


ここまでお付き合くださりありがとうございました!

お相手は、明日更新のブログが楽しみでちょっとテンションが可笑しいまどか🐧でした。

機を織る鶴

ベッドから起き上がれない日々が続いていた。
目が覚めても体が重くて、どうにも手足が動かせない。
うるさいアラームを止め、あと数分だけ眠りたいとアラームをセットしなおして眠る。
数分後に目覚めて、やっぱり、動けなくて。
そんな日々が、続いていた。

気圧の変化、疲労、寝不足。色々な要因がきっと重なっている。
こんなザマで、私は社会に出られるのだろうか?そんな悩みが頭を埋めつくす日々だ。
そして一番の要因は、おそらく寝不足。そして生活習慣の乱れ、だと思う。
起き上がれない日々が続く。そして、寝付けない日々も続いているのだ。

夜布団に潜る。目を閉じる。
目を閉じるとともに、果てることのない思考の闇に放り出される。
今日の失言、昔の失敗、あの時言われた言葉の真意……考え出すだけで止まらない。
頭の中でもう1人の私が得意げに話し続けるのだ。私を寝かさないとでも言うように。
思考をする時にもう1人の自分が話しすぎて、うるさい。
当たり前だと思っていた感覚だったのに、どうやらそれは普通ではないらしい。
頭の中が無音になることはない。いつもうるさくてうるさくて仕方ない。
強いて言うならば、眠るときだけ私の脳内は穏やかな静寂に包まれる。
気が狂いそうになる日々だ。他人から見たら狂っているのだろうか。

「もう寝なきゃ」「明日1限なのに」「明日の1限あと何回休んだら単位取れないんだっけ」
「そういえば明日は○○ちゃんに会うな」「あ、財布空っぽ」「何食べに行こうかな」
そんな私の声が絶えず頭を埋め尽くしている。
これが普通じゃないなんて、私には信じられない。
音楽が鳴ったり、ぐにゃぐにゃした言語化できない感情が渦巻いたり、
今すぐにでも消えてしまいたい衝動的な焦燥感に駆られたり、
どうにも未来を恐ろしく感じたかと思えば、逃げられない過去に怯えたり。

昔からそうだった。頭を思考が占拠して、逃れられなくなる。
そんな日には決まって架空の世界に逃げて色々な妄想をして、意識がフェードアウトするのを待っていた。
昔はそうやって眠れていた。

しかし、今はどうだろう。
昔より、すっかりネガティブになってしまった。
凡庸な思考で、空想の世界が色褪せてしまった。
創作意欲がすっかり息を潜めてしまった。

とある日も、眠れなかった。
体は火照り、まわした扇風機の音すらうるさくて、
理由のない不安に苛まれる。
根拠のない希死念慮が頭を覆い尽くす。死にたいなんて思っていないくせに、そんな不安だけはあるのだ。

ふと、短歌を詠もう、と思った。

短歌を詠むのが好きな友人がいた。短歌投稿サイトの大会で賞を貰ったりしているらしい。
彼の短歌を見せてもらったことがあるが、彼の独特な感性が独特な語彙で表現されていて、
彼との繋がりが薄くなってしまった今でもたまに彼の短歌を覗きにいっている。

そんなことを不意に思い出して、私も試してみようかなと思った。
深夜、眠れずに気をやってしまっている。
暗がりでスマートフォンを開いて、一番上に出てきたサイトに会員登録をした。

シンプルなレイアウトで、色々な人の短歌を見ている。
この今も、色々な人が色々な悩みや感情を抱えて、31文字を綴っている。
私も、と投稿画面を開いて、一句目を綴ってみようと頭を悩ませてみる。

首を吊る 勇気もないくせ 今日もまた
羽が欲しくて 機を織る鶴

今見返すとゾッとするほど暗い歌だ。しかしこれを投稿した私は感動した。
私、短歌の才能あるんじゃないか!?と。
根はポジティブなのだ。ただ沈みやすいだけで。

さっそく次の歌を、次の歌をと詠んでみる。
15分ほどの時間で詠んだ歌は5首。
頭に浮かぶドロドロした感情をああでもないこうでもないと考えながら31文字に当てはめると、
なんだか頭がとてもすっきりした。
呼吸がしやすい。思考が穏やかで、とても静か。
そのまま目を閉じて、ゆっくりと意識を眠りに沈めた。

それ以降も、思考が渦巻いて眠れない夜にはたまに短歌を詠んでいる。

最後、おまけにいくつか自信作を載せておく。
また溜まったらどこかで載せるかもしれないし、これきり載せないかもしれない。

明るい子 空気の読める子 演じてる
惨めに布団を 握りしめてる

明けぬ夜 なんてないよと 言う人は
朝が嫌いな 人を知らない

卑下をする 度にもがれていく手足
どこにも行けない 飛べないままに

心臓を 握りつぶすようにまた
息を吸い吐き また息を吸う

今日もまた 眠るために 目を瞑る
止まらぬ不安と 脈を数える

火照る脚 不安を数え 膝を抱く
今日も揺蕩う 思考の渦巻き

北海道グルメの旅

こんにちは!ましろです。

今日は念願の北海道に行ってきた話をしたいと思います。とにかく食べてばっかりでお腹がはち切れそうな旅でした。

グルメの前に少しだけ旭山動物園と青い池についてお話したいと思います。
この動物園では動物本来の姿を観察できるということで、上、横、下と色んな角度から見られるようになっています。そして一番印象的だったのはカバでした。カバって泳ぐんです!知っていましたか?前前後ろ後ろと器用に足を使って壁や床を蹴ります。巨大な体で迫力があり、悠々と泳ぐ姿は空を飛んでいるようでした。下からは皮膚の穴やシワ、蹄や足の裏までしっかりと見ることができました。

青い池は川と温泉が混じることでこの色になるそうで本当に青くて驚きました。青い池に白いカラマツ、後ろには緑の山が見え、池には空が映っており、非常に美しかったです。行く道中も自然が広がっていてなんだかのびのびとした気持ちになりました。

さて、すぐにグルメの話になるのですが、北海道ではウニ丼、ほっけ、刺身、ジンギスカン、スープカレー、ザンギ、ラーメン、締めパフェなどを食べました。

私は北海道でしか食べられないようなものが食べたい!と思って鮮度的に本州では食べられないものを調べました。それがほっけと八角です。
1日目は三角市場に行ってお昼を食べたのですが、ほっけの美味しいこと!ほっけは干物しか出回っていないのでぜひとも生のまま焼いたほっけを食べたい!ということで頼んだところ、ジュウジュウと焼きたてのほっけが目の前にでてきました。食べると、身の柔らかいこと!ほぐれるほぐれる!箸で掴もうとすると落としそうになるくらい身が柔らかく油ものっていました。八角という魚はカクカクとしていて口が尖っており、ヒレは広がるようになっていました。尖っているのかと思いきや水風船のようで柔らかかったです。刺身はとがった菱形のように切られて出てきました。味はタイのようで甘く噛みごたえがあり、美味しかったです。ウニ丼は甘みとうまみがあり、美味しかったのですが、ウニがすぐになくなってしまったのが残念でした。

2日目はジンギスカンを食べました。羊の肉は味にクセがあると聞いていたので大丈夫かなとドキドキしながら食べました。ジンギスカン鍋と聞いたら思い浮かぶあの湾曲した鍋の頂点に油をおき、下に野菜を置き、中間地点に肉を置きます。私が食べた店ではタレはあっさりめでした。肉はミディアムレアでも食べられるということで、外側は焼き目をつけて、柔らかいまま食べるのが美味しかったです。マトンは頼まずラムなどを頼んだからか臭みも感じず、パクパクと食べることができました。羊は脂があっさりとしていていくらでも食べられそうでした。店員さんオススメのタン塩もとても美味しかったです。
その後、締めパフェを食べにいきました。北海道では締めにパフェを食べると話題になっていたときに是非行ってみたいと思っていました。調べていると、観光客しか行かないなんて話もでできましたが、とりあえず行ってみることにしました。
店に入ると、テーブルに映像が映されており、私のほうに金魚が泳いできます。しばらくすると、模様が変わってくのが面白かったです。
パフェを待っていると、地元のサラリーマンたちが締めパフェは初めてと言いながらワイワイ話していました。一応締めパフェというものはあるけれど、当たり前ではないようでした。
でできたパフェは、丸くて薄いものがのっており、食べるとカリッとしていてナッツの味がしました。そして、アイスの美味しいこと!ピスタチオは 香ばしく優しい味がし、キャラメルは苦みが効いていて甘みが口に広がり、奥の深い味がしました。上にのっている塩と一緒に食べるとより味がひき立ちました。一層目はピンクのカシスムースで酸味が爽やかでした。2層目は白くミルクの味がして甘みとうまみがあります。3層目はジュレになっていてりんごのような味がしました。とにかくアイスが美味しく、もう一度食べたいと思うパフェでした。

3日目は時計台を見た後、近くのスープカレー屋さんでお昼を食べました。出てくると量がとにかく多い!肉の種類と野菜の種類、スープの種類、辛さとご飯の種類を選ぶことができ、私はザンギと9種類の野菜(大根、ナス、揚げごぼう、ピーマン、キャベツ、人参、蓮根、カボチャ、ジャガイモ)スープはMIX(羊、煮干し、鶏トマト、ココナッツMIX  )にしました。グツグツとしたまま鍋が置かれ、スパイシーな香りが漂います。ザンギは一応唐揚げと違うらしいのでその違いを確かめたいと思っていました。粉がたくさんはたいてあるのかきめ細やかな衣でカリカリしていて美味しかったです。スープはMIXというだけあって味に深みがあり、煮干しの主張が強めでココナッツが味をまろやかにしていました。スパイシーで出汁が効いていて野菜たっぷりで美味しかったです。食べ終わると温かさとスパイスでお腹がポカポカしました。
その後空港ではソフトクリームにパンロールとラーメンを食べました。

お腹いっぱいで空からの景色も美しく大満足の旅となりました。北海道は広く、まだまだ行けてないところや食べられていないものもあるので是非また行きたいです。

以上ましろでした。

わたしの今日からに ごほうびをあげたい

こんにちは、ゆきほです🍵

バイトから帰宅したら、ちょうど散歩に出かけようとする弟と玄関前でばったり会い、「あっ……」と珍獣でも見つけたかのような顔をして指をさされました。何なら家の中にいる母に向かって助けを求める視線を送っていました。姉は帰宅しただけです。

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先日、武道館へ推しのライブを観に行ってきました。

嬉しいので珍しく写真も載せちゃいます。「原宿から世界へ」をコンセプトに、「NEW KAWAII」を届けるFRUITS ZIPPERという7人組のアイドルです。昨年末のレコード大賞で最優秀新人賞を取りました。ちなみに私の推しはオレンジ担当の鎮西寿々歌ちゃんです。

武道館へ行ったのは小中学生の時に習っていた合気道の大会ぶり、何ならその時は合同稽古と演舞をしにいくことが目的だったため、何かを見に行くために武道館に行ったのは初めてでした。プロの運動音痴の私的には「武道館の畳に立ったことがある」はプチ自慢です。

最後に武道館に行ったときは真夏で、しかも普段はめんどくさくて着ていなかった袴を履いたため熱中症になるという大惨事を起こしましたが、今回は着慣れた洋服で真夏でもないためその心配はない!よし!元気にグッズ列に並ぶぞ~~!!と思っていたのに。1時間半で体調を崩し、これ以上ここに立っていたら絶対にものすごく迷惑をおかけすることになる……!と思い、泣く泣く列を離れました。私もしかして武道館と相性悪いんでしょうか。

ペンライトはチケットについているから並ばなくても手に入るし、グッズは事後通販で買えばいいと自分に言い聞かせながらフラフラと移動し、よく分からないけどとりあえず鉄分を取って2時間ほど休んだら無事生き返りました。

まあ私の体調の話はもういいんですよ。

唯一その場で手に入れることができたペンラが本当にかわいくて!!!

中にハート型の発泡スチロールが入っているため、振るとシャカシャカします。シール帳にシールを集めていたあの頃を思い出しますね。

ちなみに上のリボンと下のフリルと中のシャカシャカを推しの色に変えられるカスタムパーツもあって(私は7月にならないと届かないんですけど)、全推しこのタイプのペンラを売ってくれ~~!!という感じですね。

そう、あと今回は席が2階最前だったので肉眼でも全体を見渡せる位置でモニターもめちゃくちゃよく見えたのがすごいよかったです。配信用のドローンが目の前を飛び交っていました。

私は例のごとく1人で行ったので開演までは特にすることがなく、隣の席に座っていた女子高校生(盗み聞いていたわけではないんですけど、会話の内容的にたぶんそうでした)2人組が「武道館っていつもなにやってるの?」「相撲じゃない?」という話をしているのを小耳にはさみつつぼんやりしていました(ツッコもうかすっごい迷ったけどツッコみませんでした、相撲は国技館です)

ライブ中の話もちょっとしましょうか。

今回ペンラの色が制御されるという話でしたが、実際は所々で自由が与えられる箇所があったのがすっごい楽しかったです。今まで完全に制御されているタイプのライブにしか行ったことがなかったので、カチカチして推しの色に変えるのが新鮮でした。

私が一番好きな曲が「超めでたいソング~こんなに幸せでいいのかな?~」っていう曲なんですけど、本編の最後に歌ってくれて、サビ前の「おめでとー!!」をみんなで言ったのもよかったです。超めでたいソング貼りつけておくので是非聴いてください。

あとは何よりもリフトで上がってきた推しが目の前まで来たのが本当に最高でした。高所恐怖症のために手すりから手を離せずにいる姿を目に焼き付けてきました。

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今年度前期は、「いろいろ頑張ってるしいいでしょ!」と雑な理由をつけてはライブだったり落語だったりプラネタリウムだったりいろいろと見に行っていて、行く先々でグッズに散財しているので、それはそれはとっても楽しく過ごしています。

大学生になってアルバイトを始めたとき、3歳上の友人から「バイトをして何をしたいかをちゃんと自分ではっきりさせた方がいい、そうしないとバイトすることが目的になっちゃう」というアドバイスをもらいました。
当時はあまりよく分かっていませんでしたが、当時のその友人と同い年になった今は本当にその通りだなとつくづく感じています。

空き時間をアルバイトにつぎ込んだ結果その友人が言っていた「バイトすることが目的」になってしまった状態を何度か経験し、私は好きなものや興味のあるものに躊躇なく突っ込んでいくためにバイトをしているんだと気がつきました。己の「好き」に忠実に、今週末も元気にライブへ行ってきます。

ではまた!