蓮花

みなさま、こんにちは。

夏!本番!暑くなって参りました。夏休みには入られましたでしょうか。私はテスト形式の講義は受けないをモットーに履修を組んでいるため、少し早めに夏休み気分ではありますが、同時に最終課題の締切にひぃひぃと泣き言をあげています。元気です。

さて、相変わらずダンスやらアルバイトやらで側からみると多忙な毎日を過ごしております。特にダンスは現役最後のサークル公演ということで3年生が主体となり運営もするので、日夜駆けずり回っていますが、たまには違うお話をテーマに持ってこようと思っているところです。

ブログで触れたことはあったのか、、記憶が定かではありませんが、実は母の実家の地域とご縁があり、その地域でお祭りやら行事やらのお手伝いを1年以上しています。7月はそちら関連の予定もあり、楽しく過ごしておりました。

地域の方々の憩いの場である公園では、7月頭に蓮の花が咲き誇ります。名前は聞いたことがあっても実際に見たことある人は少ないのではないでしょうか。種類によるのかもしれませんが、そこで見ることが出来るのは私の身長を悠に超える背丈で、顔と同じくらいの大きさを付ける蓮の花です。見た目の大きさに良い意味でそぐわず、可愛らしい色と柔らかな花びらは見ているだけで癒されました!咲いている期間が短いため、もう見頃ではないのですが、よろしければ来年にでも、ぜひ!蓮の花を探してみてください。

他にも色んな場所や行事に参加しています。あまり大体的にPRするのはグレーラインなのですがいつか言えたらいいなぁと思います!今日もゆるゆるブログをご覧いただきありがとうございました!それでは!!

「ルーツ」は知るも話すもおもしろい

皆さんこんにちは。みちこです。

今回も今回とて書きたいことが多すぎて、ギリギリまで決まりませんでした(笑)

私にはこのブログで書きたいことが多すぎるんです。色々な物事に気づく方で、それが私の思考を深めてくれるこの感覚が大好きなので。

色々迷った挙句、今回は、「ルーツ」というテーマでお話をしようと思います。

皆さん、自分のルーツって考えたことありますか?

自分がどのようにして今の自分になりえたか、一度でも考えてみたことはありますでしょうか?

私はいつからか、他人のルーツを聞くことも、自分のルーツを話すことも好きになりました。

人は全員が違うルーツを持つからこそ、同じ機関に所属する、同じ興味を持つ人達同士でも全然違うルートをたどってきている、ということが往々にしてあります。

それを人と話す中で知ることが出来る、ということはこの上なく面白いことだと私は感じています。

そしてこの度、私がこのような記事を書くに至った理由としては、本学で始まった「リレーエッセイ」という企画に由来しています。

少し前から始動していた企画なので、ご存知の方もいらっしゃるかも知れませんが、日文の公式noteから、本学教員が「リレーエッセイ」と題して個性豊かな「ルーツ」を書いております。

それぞれの学問領域に先生方の人生がどのように交わっていき、リンクしていくのか、その過程を垣間見ることが出来ます!

この「リレーエッセイ」は以下のリンクから読むことが出来ます↓

https://note.com/nichijo_nichibun

では、こちらの企画に倣いまして、本学日文生・ブログ部員である私の「ルーツ」も綴らせて頂こうと思います。しかし、結構他のブログ記事で小出しにしていることも多いので、内容が被ってしまうと思います。本記事は、いわゆる「まとめ記事」になるかも知れないということを申し添えておきます。

私の文学に対する「ルーツ」を話すにどうしても外せない存在「朗読」についてお話する必要があります。

私は小さい頃から読書が好きだった、というよりかは「朗読」が好きな子でした。

国内・海外問わずおとぎ話を朗読し、「プレイリスト」ならぬ「朗読リスト」を作って、その順番通りに読むのが、小学校低学年頃の私のお気に入りの時間でした。

ちなみに小学校低学年くらいまで、私は「朗読」が好きすぎるがゆえに「黙読」ができない子供でした。

なので、授業中に教科書のここからここまでを読んでください~といわれると小さな声で声に出して読んでいましたね。傍から見たらとても変な子だったのではないでしょうか。(今も中々な変人の一面があると自負しておりますが…(笑))

小学校中学年くらいになると、もう少し字数の多い本を読み始めます。

ハマってた作品などはあまり覚えていませんが、小学校の教室の文庫コーナーにあった本をひたすらに読み漁っていたような記憶があります。ここでもファンタジー系の小説が好きでした。好みは低学年の頃とはあまり変わっていませんね。

小学校高学年頃から、徐々に好きなジャンルが変わっていきます。それは「ミステリー」です。

今でも覚えているのですが、当時「夢水清志郎」シリーズにドハマりして、そのシリーズを延々と読み漁っていました。

私は中学受験をしているので、小学校の高学年ともなるとそちらの勉強が忙しくなってくる時期なのですが、そんなことそっちのけで読んでたこともありました。

ちなみに朗読はずっと好きですよ…?今でも大好きな私の趣味であり、特技です。

さて、中学校に上がると、小学校高学年の延長でミステリーをさらに読み始めます。

ここまでくると一般の小説とかにも手を出し始めていたような気がします。

東野圭吾さんとか、湊かなえさんとか…。いつの時期だったかあまり覚えていないのですが、おそらく中学生でしょう(笑)

ここで私は今年で8年来になるずっと一緒にいる友人からアニメを教えてもらい、そこから自分で声優さんにハマることとなります。

そこから美術部に所属したこともあり、絵やアニメの方に自身の熱情が傾いてしまっているので、中学生時代と小説・文学はあまり語れることがありません…。すみませんが…。

転換期は高校に上がってから。高校二年生の時に古文の授業を受け持ってくれていた先生がきっかけで、『更級日記』に興味を持ちます。

何故興味を持ったかと言うと、これがまた至極単純な話なのですが、更級作者に共感したからです。

『更級日記』には、「『源氏物語』オタク」であった作者のエピソードが綴られています。

その話を高校の授業で教えてもらった際に、私はこの時代にもオタクの子がいたんだ!という驚きを感じ、同時に少し親近感を抱きました。

そこから私は高校の図書館で日記文学のビギナーズクラシックスシリーズや、源氏物語を読み始めます。そこから私は、日記文学に少し興味を持つことになります。

ちなみに私が文学部系統に興味を持ったのは、日本語の方面からでしたので、こちらはサブの理由と言ってしまえばそうですね(笑)

しかしこのサブの理由が結局は今の私を成り立たせていることになりますから、人生分からないものです、本当に(笑)

そして、晴れてこちらの大学に入ることとなりました。

そして、当初興味のあった日本語学の授業に期待を寄せていたのですが…

その授業を受けていくうちに、頭の中にはてなマークが沢山浮かんできてしまいました…。

そこで諦めずに理解しようとする姿勢を見せればよかったのですが、同時期に受講していた中古の文学史の授業で、私は中古文学に興味を持ち始めることとなり…。

しかし日本語学も全ての分野が難しい!と思っていたわけでなく、興味のある分野もあったので、現在それに関連する授業も受講しており、現在期末レポートを鋭意作成中です…。

話を戻して中古文学の話をしますと、その授業を通じて私は、新たな視点を得た、と思ったから興味を持ちました。

高校の古典の授業で日本文学を学ぶことと、大学で日本文学を学ぶこととは全く異なると私は思っています。

大学での日本文学の授業って、それまで自分がこういうものだと教えられてきた、あるいはそう思い込んできたものを180度ひっくり返してくれるんですよ。

それを知る感覚が本当に楽しくて。視野が広がったような心持になるんですよね。

知識欲が満たされていくその快感を覚えてしまってから、私は中古文学に興味を持つこととなりました。

そして、皆さんご存知の!大河ドラマ!これも今の私が非常に影響を受けたものです。

実は、大河ドラマ「光る君へ」は脚本を本学科出身の大石静氏が、和歌考証を本学名誉教授の高野晴代先生がご担当なさっているんです!

そりゃ学科としても一大イベントであると認識せざるを得ません。

私もその時流に乗り、大河ドラマを視聴していたら、見事にはまりまして。

中古文学史を受講して身に付けた知識とドラマの内容とがリンクしていたり、はたまた違っていたりと、様々な要素から見ることが出来、中古文学を学ぶことがさらに楽しくなりました。

結果、私は二年次から「自主ゼミ」という本学特有のゼミに所属することとなり、さらに興味の幅を広げていくこととなりました。

期末レポートの作成も中々架橋に入っている中で本記事を書いているので、今回はここまでとしたいと思います。

ここまで去年度までの話をしましたが、二年前期の授業を受けても面白くて紹介したい授業などまだまだたくさんあるので、そちらも次回以降の更新で改めて紹介出来たらと思います。

ちなみに、本記事の趣旨とは全く関係ございませんが、本日は私が今年から新たにハマり、「推し」になった方の誕生日です!ゆっくりイラストなど描いてお祝いしたいのですが、いかんせんレポートが…(以下略)

いつかその新たな推しさんについても綴る記事を作成したいと思っておりますので、よろしければお付き合いをお願い致します。

それでは、今回はこちらで失礼致します。

ここまで読んで頂きありがとうございました。

人生かもしれない

横浜駅をぶらぶらと歩いていたら、「ヨシタケシンスケ展」のポスターが目に入った。
「りんごかもしれない」「りゆうがあります」などの作品がとても好きで、そもそも絵本というコンテンツが大好きなわたしは引き寄せられるようにそのチラシを手に取った。

「ヨシタケシンスケ展かもしれない」
原画とか飾ってあるのかな、ふうん、見に行ってみようかな。
そんな軽い気持ちだった。元々展覧会に行くのは好きだったから。
絵本も好きだ。小さいころから、ずっと。最近のお気に入りの場所は絵本の家。目白から大学へ行くまでの道のりにある、青い入り口が目印の絵本屋さんだ。国内外問わずさまざまな絵本が置いてあり、絵本のグッズなんかも置いてある。そこを眺めながら、「あ、ヨシタケシンスケさんの絵本だ。」と海外版の『りんごかもしれない』を、英語なんてわからないのに眺めて見たりもした。
絵本が好きだ。心が踊る、声に出して読んでみたくなる。

ヨシタケシンスケさんは、その中でも特段好きな作者だった。
くすりと笑えるユーモアに遊び心、その中に見える深いメッセージ性と人生観。
隅々まで読みたくなるような絵本ばかりだ。絵柄も可愛らしくて唯一無二。
原画などの展示が見られるなら、グッズとかも欲しいし。
とても楽しみにしていて、同じく絵本が好きな母とともに足を運んだ。

チケットを購入する前から、入口の至る所にスタンディパネルが飾られていた。
違う方を指さして「会場はこっちかもしれない」だとか、「あなたをずっと待っていたのかもしれない」だとか。ヨシタケシンスケ節の遊び心が散りばめられている。


入場して、一番初めに目に飛び込んできたのは、ダンボールで作られた展示場だった。


「ほんとうの会場はこっちかもしれない」と「いりぐち」と書かれた小さな扉に矢印が伸ばされている。
可愛らしく、ヨシタケシンスケらしい「入り口」に胸が高鳴る。

そのまま奥へと足を進めると、たくさんの「カブリモノ」と目があった。
「カブリモノシリーズ」の展示。ヨシタケシンスケの昔の制作物らしい。
カブリモノを制作し、その機能とアイデアスケッチを展示していた。
わたしは、この展示が一番好きだった。一気に心を奪われたのだ。
カブリモノの中にケチャップとマヨネーズを入れて、オーロラソースでいっぱいにすることで死にいたる自殺装置に、頭の自動販売機。ブラックユーモアと、詩的な一言がとても刺さって、釘付けになった。

特に印象に残ったのは「HOOK ME」という「カブリモノ」。
カブリモノについたフックが体全体を持ち上げている。
作品説明はたった一文。


「ぼくが今まで宙に浮くことができなかったのは、何もひっかかるものがなかったからなんだ。」

カブリモノシリーズを堪能した後広がるのは、普段からヨシタケシンスケが記録しているアイデアスケッチの数々だった。
壁一面に、ヨシタケさんの世界観が広がる。

普段の生活でどのようなことを考えているのか、手に取るようにわかるメモの数々。
ヨシタケシンスケの作品は、こういうところが出発点になっているのだと感じられるような展示だった。この展示を見るのには、時間がいくらあっても足りない。
目についたものを眺めるだけでもたくさん共感できるポイントがあって、時間が許すなら目の届く限り全てを見たいと思うほどだった。

一言とともに、小さな絵が添えてある。
感性が羨ましくなった。羨ましい、と思うと同時に、この色々考えてしまう思考をどこにも書かず、発散せずにとどめたままだと苦しいだろうなとも思う。
書き、描くという行為がこれほどの感性を育てているのだろうか。

その奥にはさまざまな展示があった。
子供向けのミニゲームや、学生時代の制作物。
そして、作品群のアイデアスケッチだ。

どのような過程を踏んでヨシタケシンスケの絵本が作り上げられていったのか、本人直筆の付箋で注釈がつけられながら追うことができる。
本当に面白かった。作家の頭の中をのぞいているようで、大人たちは食い入るように見入っていた。

この展示会は、大人が訪れるとさまざまなものを感じ取れるようなものになっていると思う。
人生のこととか、いろいろ。たくさん考えることがあったし、たくさん学ぶことがあった。
私がヨシタケシンスケの絵本が好きなのは、こういうところなんだろうなと思った。

展示会は好きだ。時には人生観さえ変わることがある。
ぜひ、「ヨシタケシンスケ展かもしれない」に足を運んでみてほしい。

 大人になってから出す高熱、同じ体温でも子どもの時よりマジで辛すぎる、と大学生になってからちょくちょく思います。この間夏風邪を引き39度まで熱が出たんですが体が痛すぎて眠れやしない。熱出すと解熱鎮痛剤の偉大さを痛感させられますね。あと昔より長引く気がする。今年の私は特に体力の欠片もないので完全復帰までが長い長い。大人の言う「まだ本調子じゃなくて~」みたいな文言、小学生くらいまであんまりぴんときていませんでしたが、徐々に理解できるようになっていくのが人間か~なんて思ったりします。

 先日、トーハク、東京国立博物館に行ってきました。見たい展示があったとかこのイベントが興味あってとかではなく、近くに用があったため思い立って寄ってみただけではあるんですけれども。というのも「キャンパスメンバーズ」なるシステムがありまして、日本女子大がそれに加入しているため我々は学生証を見せると常設展は無料で見せていただけるんですね。ふとそれを思い出してじゃあ見てくるか~と立ち寄ったわけです。私はあの辺割とアクセスしやすくて昔からそこそこ馴染みのある地ではあるんですが、多分トーハクは初めて行った気がします。少なくとも自分でちゃんと色々を認識できるようになってからは。動物園とか科学博物館の方とか、あとは公園自体はそれなりに行く機会あったんですけどね。で、特にお目当てもないままふらっと入ってまず思ったのが「ウワー時をかける少女だー!」でした。これ人によってどの「時をかける少女」を想像するか異なるところではありますがここでは細田守監督のアニメ映画を指しています。この作品、原作の小説から各ドラマ、映画で味が結構違うのが面白いなと思います。私は子どもの時に金曜ロードショーで見たアニメ映画が入り口だったので原作読んだ時かなり衝撃を受けましたね。「なんだこれは、同じタイトルの違う本選んじゃったのかな」と。こう、原作のラストの何とも言えない不気味さ、不思議さ、冷たさに若干恐怖すら覚えました。でも私的にその原作のひんやり感に近いのが映画ではトーハクのシーンなんですよね。あのシーンってすごく静かで、無機質で、少し暗くて、夏の暑さを全く感じないじゃないですか。小学生の時の金曜日、ちょっと夜更かしが許されているくらいの時間、妹たちは寝ていて、家も静かで、みたいな状況で見ていたのも相まってですかね。あの冷たさを思い出して足を踏み入れた瞬間非現実感に浸りました。実際は主に海外からの観光客が多くて博物館の割にはそれなりにがやがやしていたんですけれども。まあでも私、夏に行く図書館とか美術館、博物館とか、静かで日の光が入ってこなくて涼しい場所が大好きなので混み具合はそんなに関係なく楽しかったしテンション上がりましたけどね。変体仮名で書かれた書物見て錆びついた記憶を取り戻そうとしてみたり、出来るはずのない写経の解読を試みたり、能の面を見て受けた講義の内容思い出したり、水墨画って無駄がなくて好きだなあと思ったり、こんな鎧着て武士は重くないのかなと思ったり、ぼんやりしながら色々眺めて帰りました。日本の歴史みたいな博物館だと日本文学科で教わったことがあれこれ思い出されて興味深いなと思いますね。楽しかったです。また行こ。

 私はそんなに芸術とか文化とか、詳しい方ではないけれど、た~~~まに博物館、美術館、科学館みたいなところに行くと無知ながらも知的好奇心がびったびたに満たされて楽しいなと思います。文章でも絵でも音楽でも何か生み出そうとするときにはこういった刺激を受けるのが一番だなと私は思っていますしね。あと本当に夏場の博物館、美術館、図書館なんかは最高です。映画館もいい。暑すぎて毎日溶けそうですが、涼しくて暗くてしかも楽しい場所、気が向いた時にはぜひ足を運んでみてはいかがでしょう。私のような高尚の対岸に居る人間でもまず涼しいというだけで楽しめます。あと観光客が多いところはハードル高くなくていいなと思いました。静けさを求める方には向いていないかもしれないけども。マジでやることないな、の瞬間が来たら近くの博物館とか調べてみると面白いかもしれません。では。

かえるぴょこぴょこ

こんにちは、あやめでございます。

まだまだレポート期間でございますから、まだまだネタがありません。どうしよう。

ということで、本日ものらりくらりやります。どうしようかなア。

お祭りのシーズンになってきたと思います。私が住む市でも先日祭りが行われていたようです。私は行っていませんが弟妹が友達といったようです。

お祭り、昔楽しく行った記憶がありますが、ほんの何回か行ったらもういやになってしまって、運営する側にあこがれの気持ちを持っていた気がします。私は、ぼんやり(たこ焼きやら綿あめやらの)屋台の列に並びながら、それを作っている・売っているおじさんを見ていました。「まだかな、はやくたべたいな」という気持ちももちろんありますが、そうやってつくられるのね、とか、屋台の狭いスペースにぎちぎちに詰め込まれたものとか、2、3人で「回し」ている感じとかを見て、それにワクワクしました。

裏方志望、ということでしょうか、あるいはシステムをつくったり守ったりするのが面白い、ということでしょうか、わかりません。わかるのは、素直にお祭りを楽しめる人ではない、ということですね。斜に構える、というか、妙にすかしている、というか、興ざめ人間ですね。ヨーヨーぽよぽよして、キツネのお面かぶって、金魚の水袋もって、わたあめとりんご飴もって、たこ焼き食べて、花火見ればいいのにね。そっちのほうが、きっとたのしいでしょうにね。

ただ、私は、花火を帰り道にフラとみる、ことのほうが風情があると思うタイプのひとでなしです。そうだ、わすれかけていましたが、わたしは昼に出る怪異、ヤな生物蛇ですね。わきみちを腕振って堂々とあるきましょう。

レポート期間、テスト期間になると、掃除したくなる人がよくいらっしゃるようですが、私は自分の思考を掃除したくなります。しかも、じ……っくりと、中身をよくほじくって考えてしまいます。そうすると、いつも、わたしは普通じゃないな、という自意識がムクムク湧いてきます。でも、ふつうって、なに?と、わからなくもなります。各駅停車の事でしょうか?それともちょうどいいってこと?「中」のこと?わかりませんが、それなのに、そこにいない、とおもってかなしくなります。だってほら、お祭りを楽しめないのです。そして、みんなは「ふつう」のところに居るから、わたしを置いて行ってしまうように思います。まって!いかないで!!まだ私、ここにいます!!!

こうやって大声を出してワタワタかなしく主張したら、大抵「ああ、居たの。気付かなかった」と、アッサリ乗せてもらえます。ああ、そうか、ほら、わたしも「普通」ににんげんでした。日中に化けて出たマヌケ怪異ではない。ヤな蛇ではない。あの人には私が人間に見えたのです。大丈夫。安心安心。

でも、私は「常軌を逸し」ているのかもしれません。私が座ろうと思った席は、隣人には「席」と認識されていない様子でした。証拠に、あり得ないものを見る目をして、隣人に「そこにすわるの……?」と言われてしまったのです。おや?ひんやりしていて、風通しも良くて、てきどに薄暗くて、日光も差し込まない、良いところだと思ったのですが。「椅子まだあいているよ」と憐れみをもってちょっと心配そうに、親切に語りかけられたら、その優しさを突き放すことはできません。ううむ、空いている席はどれも居心地が悪そうなのに。結局終点に着くころにはがちがちに肩が凝ってしまいました。

でも、それを楽しもうかな、と思います。幸い大きな窓が付いているところに座れました。景色を見て気を紛らわそうと思います。湿度が高かろうが、暑かろうが、カピカピだろうが、極寒だろうが、狭かろうが、生きている動物がいます。要するにその環境に適するように進化できればいいのです。私も、うまくごまかしごまかし、やっていければ適応できたことになるのではないでしょうか。

無事列車を下りたら今日こそ、お祭りの日だったようで、花火があがっていました。人々はみんな、上を向いて笑っています。私はというと、下駄をカラコロやってあるき、ふと気づいて、浴衣の私が、水たまりをしゃがんでのぞき込みました。ラムネを飲んだばかりのシュワシュワした口で、目を凝らして見ました。深淵もまた、私を覗いているようでした。

にんげんは考える葦である。われわれはうちゅうじんだ。

これを、トマト缶の中で夢見ている、乙女がいましたとさ。井の中の蛙大海を知らず。

鍋丸焦がし事件

鍋を焦がしました。ポップコーンで。

先日、自分で作るタイプのポップコーンを作ったんですよ。中身が見えない蓋を作ってしまったのが失敗で、ド派手に焦がしてゴミ袋送りにしました。

料理はそれほど苦手ではなく、複雑な工程を挟まなければそんなに失敗することはないのですが、火力で押し切ろうとするので強火でぱぱっと終わらせようとして失敗するんですよね。しばらくポップコーンは作りません。

最近初めての経験をすることが何度かあり、準備の手間や緊張がある反面視野が広がって楽しいです。あと、オタク的には創作の幅が広がるのが面白いです。平日に遊びまわれるのも異職種に飛び込めるのも今だけなので、学生の特権を活かして知らない世界を覗いてこようと思います。

私は何をするにも念入りに調べて慎重に決断するタイプなので、新しい環境にぴょんと飛び込むのが苦手な傾向にあります。みなさんはどうでしょう。高校だと自由が利く範囲が狭いかもしれませんが、大学生になると急に世界が広がるので楽しいですよ。今はコロナの影響も少なくて色々できると思うので、是非大学生になったらやりたいことリストを作ってみてください。

毎度いまいち締まりがないので、今回からおすすめのコスメを一つご紹介します。

【本日のおすすめコスメ】

コフレドールスキンシンクロルージュ

今年廃盤になってしまうコフレドール。ケイトと同じカネボウなので、容器や使い心地はリップモンスターとほぼ同じです。私が買ったのはPK-319、くすみがなくパッと顔が明るくなるコーラルです。リップモンスターより若干もったりとした口紅っぽい使い心地ですが、シアーで鏡を見なくてもするする塗れるのでタイミングを問わずバッグに突っ込んでおける手軽さがありがたい。奇抜で極端な色味が少なくドラッグストアで手軽に買える点がメイク初心者の方にもおすすめです。

では、また!

ソロ活

こんにちは、さくらです!
関東ではついに梅雨明け宣言が出されてこれから更に暑くなっていきそうですが皆さんいかがお過ごしですか。今日は原点(?)に立ち返って日本文学科生の学校のある1日をご紹介したいと思います!


ある1日。
本日の授業は2限のみですが、とある「目標」を持っていつもより30分以上早い電車に乗ってみました。いつも同じ時間に電車に乗るメンバーとは顔ぶれの違う車内に特に何の感情も抱かず、どの席が空くかをハンターのように狙いながら電車に揺られます。


am.09:50
大学の最寄り駅である護国寺駅に到着しました。授業は10:50からなので1時間以上の余裕があります。いつもは改札を出て左に曲がり大学へと向かうのですが、本実は右に曲がってみます。ちなみに右には講談社さんがあり、護国寺駅には講談社さんでの連載漫画や小説のポスターが掲示されています。定期的に変わるこのポスターをみるのが大学に来る楽しみノひとつでもありますね。
私は書店員なのでこうやって新刊の告知をしてくれたり、アニメ化作品を教えて下さると「あ、これ今日売れそうだな〜」とか「アニメ化なら棚の配置変わるから確認しとかなきゃ」などバイトに生かせることがあるので助かっています。
ありがとう、講談社さん。


まぁ本日の目的は講談社さんではなく、向かいにある和菓子屋「群林堂」です!
豆大福が有名なお店らしくあたらしく始めたバイトの方でバイト仲間の方に教えて頂きました。もう2年以上大学に通っているのに初めて聞いたし初めて来ました。
クチコミで調査すると大人気店で、午前中には売り切れるらしい。開店前は列も出来る、との事でしたので時間にゆとりを持ってきたのですが、行ってみると難なく入れました!みたらし団子も気になったのですが、ここは有名な豆大福と豆餅を購入。


予想以上に時間が余りましたが、とりあえず2限を目指して大学に向かいます。


am.10:15
香雪館4階の教室に到着しました。
まだ誰も来ていないだろうと思っていましたが、以外にも先客が。授業開始までの時間は課題作成に勤しみます……。
朝ごはんを食べていなかったので、買ったばかりの豆餅にチャレンジしてみます。和菓子屋さんなので甘いお餅を想像していたのですが、まさかのしょっぱい!でも豆がゴロゴロ入っていて、求肥?餅?は柔らかくて食べごたえがあります。このしょっぱい皮で餡を包んだ豆大福はめちゃくちゃ美味しいだろうなぁ〜と思いつつ、母へのお土産として取っておきます。


am.10:50
ポチポチとスマホで課題をやっているとあっという間に2限開始時刻です。教授が出席兼課題の回収をして授業終了。
友達と大学にバイバイして颯爽と帰宅です。
大学生の1日を紹介すると言ったはずなのに、全く授業の無い日を紹介するという大嘘つきです。今の時期は前期終盤で最終授業日はテストだったり、課題提出だったりと時間が短くなることが多いですね。
西野カナの「GO FOR IT!」を聞きながらてってけ護国寺駅に向かいます。
もう帰宅だけだろ、コイツ。とは思っては行けません。今日は2限が秒速で終わることは知っていたのでせっかくなら神保町でソロ活をしたい!そのために電車で神保町に向かいます。
本当は神保町まで歩いたら1時間弱なのでのんびり徒歩で行こうと思っていたのですが、午後から天気が悪くなるらしいので早めにことを済ますため電車で向かいます。


am.11:40
神保町に着きました!
まずはお昼ご飯としてラーメン「平太周」へ。
1年生の頃に背脂ちゃっちゃラーメンと二郎系ラーメンにハマり、週3の頻度でたくさんのお店を回ってました。二郎も好きなんですが、やっぱり背脂ちゃっちゃの方が食べてる!って感じがするんですよ。数々のラーメン店がひしめく神保町でもとりわけ気に入ったのがこのラーメン「平太周」です。
こういうラーメン屋さんは食券制なので意外と緊張せずに入れます。入口でお店定番のこってりラーメンの食券を購入。カウンターで店員さんに渡します。この時に【油、味の濃さ、ニンニクの量】を聞かれます。だいたい「お好みの味はありますか?」と聞かれますね。
久しぶりだったので今回は全部普通の量で注文しました。あとは席に座って待つのみ。
ちなみにこういうラーメン屋さんは男女比9:1です。女性が自分しかいない、ということがほとんどですが、臆せず入って堂々と注文するのがラーメンを楽しむ極意です。


5分ほどしてラーメンが到着。
ここのラーメンはスープが美味しいんです。
スープを飲んでるけれど美味い油を食べている感覚になれるんです。平太周は割とチェーン店でもあるので皆さんお近くにお店があったらぜひ行ってみてください!


am.12:00
カウンターラーメン店では効率重視です。
食べ終わったらお礼を言い、さっさと店を出ます。朝をそれほどしっかり食べていないのでまだお腹には余裕があります。ここで休憩に喫茶店へ向かいます。


ここは喫茶「さぼうる」。
喫茶「さぼうる」は1と2が並んで立っています。2ではしっかりしたご飯を食べることができ、1では基本ドリンクのみとなっています。(軽食はありますが)
ご飯はガッツリ食べてきたので、私は1へ。2はお昼時だったこともあり、多少列が出来ていましたが、帰る時には無くなってましたのでご飯もドリンクも楽しみたい!という方は2がオススメです。
このお店は神保町に行くと話した時に友達にも姉にもオススメされたのでかなり有名なんだと思います。
薄暗い店内に通され、席に案内されます。注文は既に決まっていたので、そのまま店員さんにクリームソーダを注文。カラフルなクリームソーダはこの喫茶店の名物らしいです。


クリームソーダと一緒にピーナッツが届きました。コメダ珈琲みたいですね。インスタと記録用に数枚写真を撮り、いざ実食。
アイスクリームが今まで食べたクリームソーダの中でも群を抜いて美味しかったです!スプーンで掬いやすい程度に溶けたアイスとソーダを交互に楽しむのがクリームソーダの醍醐味ですよね。いくつになってもクリームソーダは大好きです。
食べ終わった頃にちょうど団体さんがいらっしゃったのでさっさと立ち去ります。ソロ活の良さは自分の感覚でテキパキ行動できるところですよね。


am.12:30
私のソロ活はまだまだ終わりません。
水道橋近くまで移動し、続いてはかき氷屋さんを訪れました。
夏といえばかき氷!まだかき氷解禁をしてなかったのでこの機会に1人で解禁して来ました。
桃とマスカルポーネのかき氷を目当てに来ましたがどうやら午前中で終わってしまったみたい……。まぁ定番から始める夏も悪くないといちごとヨーグルトのかき氷を注文しました。


真っ赤なかき氷が美味しそう!
てっぺんと中にはさくらんぼがゴロゴロ入っていて、上部に乗ったヨーグルトもいいアクセントになります。氷自体もヨーグルトといちごを混ぜたもののようでどこを食べても味にバリエーションがあり、とっても美味しかったです!


am.12:50
さーて次はパンケーキを食べに行って紅茶専門店でミルクティーをテイクアウトして帰ろう!と思っていたのですが、ここで急な雨☔️
傘は持っていましたが、晴れの時よりかは歩くのも億劫になるし、まぁ十分に満足したしとここで帰宅。
神保町ソロ活は終了です。
家に帰って15:00からの会社説明会を受け本日のタスクは終了です。

私事なのですが最近vlogを見るのにハマっていまして。

自分でも作ってみたところ、思ったよりも友人に好評だったのでこの一日をvlogとしてまとめてみました。途中から思い付いたことなのであまりにも素材が少なすぎる動画ですが、少しでも楽しんでいただければ幸いです!

(注意:音が出ます!! 音無しでも問題ありません!)


さて、いかがでしたでしょうか。

毎日こんな日を送っている訳では無いのであくまでも一例なのですが、大学生になると自分1人で行動する身軽さがより深く分かるようになりました。定期もあって行動範囲も広がるので、大学が早く終わった日は皆さんぜひソロ活を楽しんでみてください!
では本日もお付き合い頂きありがとうございます!

夏休みの予定

 皆さんこんにちは、あかりです。今年の夏休み、皆さんは何をして過ごされますか?せっかくの長期休暇ですから、どこか旅行などに行かれる方も多いのではないでしょうか。

かくいう私も、9月の上旬にサークルの合宿で秩父へ行く予定です。合宿って中々ハードだけど、友達とお泊りするのは楽しみだな~、なんて思いながらスケジュール帳を開くとある日の予定が目に飛び込んできました。

 ああ、フリーズってこういうことを言うのか。美少女でも戦士でもありませんが思考回路はショート寸前。運命は時として残酷。そんな言葉がしっくりくるような衝撃でした。

 合宿の翌週の土曜日。そこには「振袖前撮り」の文字がありました。終わった。

 説明しよう!なぜあかりがこんなにもショックを受けているのかというと、「サークルの合宿=ぷよぷよ街道まっしぐら」だからであーる!あかりが所属しているサークルは茶道部。2泊3日宿に缶詰め状態で行われる合宿はひたすらお稽古に励む超ハード合宿なのだが、いかんせん茶道部なせいでその実ただの食っちゃ寝なのであーる!ちなみにほぼずっと正座なので運動もない。

 はい終わった。誰も悪くないけどめっちゃショック~。つらたん。いくら着物が体型隠せるといっても限度はあるんですよ。着物屋さんは「当日タオル持ってきてね」って言ってたけどタオル不要になるかもしれない。やった~!荷物減るぞ、ラッキー!

 というわけで、せめてもの抵抗で現在食べる量を抑えるべく奮闘中です。普段全然やらないけれど、運動も毎日コツコツできたらいいなと思ってます。だけどこういうときに限って冷凍庫のチョコモナカジャンボが誘惑してくる…。やめてチョコモナカジャンボ、そんな美味しそうなパッケージを見せつけないで!食べたくなっちゃうじゃない!(必死に抗っていますが、これ書いた翌日は多分食べてます。煩悩って怖いですね!)甘味との戦いは続くよどこまでも。

さて、だいぶふざけた&短めなブログになりましたが、今回はこの辺で終わりたいと思います。多分次回はもう少しちゃんとしたの書くと思います。多分。

それでは、また。皆さんの夏休みが素敵な休暇になりますように。

すくすく成長中

こんにちは、ゆきほです🍵

先日誕生日を迎えて22歳になりました。

今年の誕生日は当日にケーキを食べ家族に祝ってもらい、誕生日の週の日曜日には高校の友人たちと会ってプレゼントをいただいてきました。それがこちら。

COACHの紙袋とかポケモンセンターの袋とかに擬態して渡されましたが、中身を見たら全てアンパンマンでした。アンパンマンぽいけど違うやつが1つだけあるので、探してみてください。私もしかして2歳児とかだと思われているんでしょうか。

「親にびっくりされちゃうって……」とツッコミつつ、「いやでも、これはめちゃくちゃ夢がある!!」と大喜びして始まった22歳。今年も元気に頑張ります!

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私は去年、友人から指摘されて「自分が方向音痴だ」という衝撃の事実を知りました。

あのときの衝撃については、去年の8月に更新した記事に書いてあるので、本日分の記事と併せてご覧ください。

https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2023/08/25/

未だにちょっと信じられていない部分もありますが、一応方向音痴を自覚したことで、「現地集合」はできるだけ避けよう(十中八九迷うため、待ち合わせるなら駅とか分かりやすいところで)とか、「徒歩5分」は信じずに30分くらい余裕を持たせよう(余裕を持たせたのに遠回りに遠回りを重ねたっぽくて、指定された時間の5分前に到着するというヒヤヒヤ事件もよくあります)とか、対策を取ることができるようになりました。

今まで初めての土地に行くときは、一旦適当な建物を目的地と仮定して行ってみるという攻略法を取っていましたが(それで正解を引き当てたことはないのに、なぜかちゃんと目的地には着くんです)、最近はちゃんとGoogleマップを見ます。スマホくるくる回してどっちに進めばいいのかな~と考えています。

こんな感じで自身の方向音痴と向き合い始めた最中、友人からの指摘でまた衝撃的な事実に気づいてしまいました。

「ゆきほちゃんって思ってること全部顔に出るよね」

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え!?!?そんなことないんだけど!?!?
……なんてことは、思っていてももう言えません。今回も方向音痴発覚のときと同様、母に確認を取り、その通りだという旨の返答が来ました。

まあ、これに関しても思い当たる節はあるっちゃあります。

それこそ小中学生の時母と出かけたときは、そんな態度を取っているつもりはなかったのに「疲れたという態度を取るな」と毎回のように怒られていたし、高校の修学旅行では、着物を着てかわいくて美味しいパフェを食べているにも関わらず、疲れ果てて絶望した顔でスプーンを持った姿を撮られてしまいました。同じく絶望顔をした友人が写っているためさすがにここに載せるわけにはいきませんが、この写真は今もことある度に散々掘り返されているし、かく言う私もネタとして使っているのでいつでもお見せできます。

でもここ数年は、そういう「顔に出ている」系の指摘を受けることって全然なかったんですよ。まあ私もだいぶ大人になったし、ポーカーフェイスになったのかな?と思っていたのに。今になって急にそんなこと言われるからびっくりしちゃって。

あっ、そういえば大学に入学してから私けっこうずっとマスクつけてましたよね。去年の夏以降とかに外すようになってから大学の友人に指摘されるようになったと……あれ?これってここ数年はマスクで隠れていただけで、べつに成長したわけじゃないんじゃない?いや、そんなはずは………

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この前電車に乗っていたとき、何とは言いませんがちょっと不快になるような状況に出くわしました。

うわ~~~と頭の中で思いながらその方向をガン見していたときに、ふと自分の眉間にしわが寄って目が細くなって、口が「うわ~~~」という形をしていることに気づいて。あっ、これが「顔に全部出てる」ってこと……?今苦虫を噛みつぶしたような顔してんな?私、と考えていました。

「私は自分がポーカーフェイスだと思っていた」と話したときに、目の前で「自分のことを方向感覚がよくてポーカーフェイスだと思ってたの!?!?」と笑い崩れた友人達の姿を、私はきっと忘れません。

ではまた。

逸らさない夏

薄暗い室内に突如オレンジ色の光線が点滅する。人型のシルエットにも光が当たり、拍手。友人の顔が、笑った顔がそこにある。

人生の大半、歌とともに歩んでいる私の周りにはもちろん、その道を選び極めている人たちがいる。しかしその友人は違った。

音楽は好きだろうけど、高校時代「同業者」ではなかった。大学も音楽系にいったわけではない。なのに、今彼女は、肩から下げたギターに手を添えマイクの前で歌っている。口ずさんでいる。彼女の気持ちや人生や魂を込めている。

弾き語りというジャンルでゆくゆくは名を馳せたいと、小さなライブ会場でファンを確かなものにしていく彼女は美しかった。

運動神経がよく活発で、でも実は感傷的で人情深い彼女のことだから、「表現」の世界へ行ったのは何も意外なことではなかった。

しかしなんだろう、とても嬉しい、すごいよ、と拍手を送った分だけ私は悲しくなった。

すごいねと言った分だけ、拍手をした分だけ、私の「観客」としての輪郭が明確になっていく。私は観客Aとして自立していく。もはや「同業者」などと言えない。

私は本当は何がしたいのか。

私は何か大事なものを見て見ぬふりをしていた気がする。

声楽家の姉を持つ我が家で「歌」と言ったら姉だった。なんとなく「キャラ被り」はなしだった。小学校や中学校の音楽の先生に声楽の道を勧められ、将来そちらの道に行きたくなった時のためにピアノを習ってみるのはどうかと母が提案してくれ、私はどう思っていたのか、今はもう思い出せない。ただ「音楽は趣味だから学ぶことはない」と言っていた。それが正解のような気もした。

絵画も好きだった。イラストは描いても絵の具を使う人は我が家にいなかった。「まいちゃんは絵」だった。どちらかと言えば絵を学ぶ可能性はあると思った。でも高校は人文学に進んだ。

高校には美術系の学生もいて、「絵を学んでいる」人たちはやっぱり美味かった。油絵の具で汚れたジャージを着て、行事の前日には黒板アートを描いていた。中学校までは自分が担っていた「絵を描く役割」は必要なくなった。上手い人たちはいくらでもいた。

同時に私は安心した。自分が人文系であることに安堵した。

「人文系なのに絵を描ける」というレッテルにすがった。今だってそうだ。歌の世界に本当に飛び込めば私は特別ではないのだろう。「歌手じゃないのに上手い」という評価は歌手じゃないからもらえるものだ。

でも、それでいいのだろうか。

私はたまらなくずるい気がする。

いつも自分が優位に立てるフィールドを選びそこに居座っているだけ。ここを一歩飛び出せば大海原、面舵いっぱい切れる自信など無く、出航しない船に乗り潮騒に耳をすませている。向こうの景色は私には関係のないことにする。

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まいです、ごきげんよう❀

薄々感じていながらもなんとなく目を逸らしてきたことって誰しもあると思います。

私はまさにそうで。何をやっても基本的に楽しめるのが私の長所ではあるのですが、楽しさや充実感でごまかして本当にやりたいことを後回しにしてきた気がします。

弾き語りでライブなどに出はじめた友人は、私の書く詩で歌を書きたいと言ってくれました。

そのとき私は想像しました。

その子に詩をあげればその子はきっと賞賛してくれる。でもその喜びはどのくらい私を満たすかな。

私の作品を他人にあげてしまって、そのとき私はどう感じるのかな。

想像すると、いや、私も歌う身だし音楽をつけるなら自分がいいなと思いました。

早速自分の詩に曲を付けていきました。正確には詩ではなく「歌詞」を作るところから。

これを歌ってミュージックビデオを撮って、世に出してみようかな。楽しそうだな。いや、バックミュージックつけられないな。私、楽器演奏できないんだった…

最近では楽器がなくても曲を作れるアプリなどがあるのでまずは自力で試してみようかなと思います。なんでも1人でやっているとどんどん排他的になってしまうから、大丈夫かしらと懸念はありつつですが。

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この夏は、自分の好きなことに正直に向き合い時間を使おうと思います。もちろん就職活動も必要ですが、自分の好きなことや本当にやりたいことを考えることは少なくとも私の人生においてとてつもなく重要な気がしていて。自然と就職活動にもプラスの影響があるとさえ思っています。

いつからか、諦めるくせがついていました。コロナからかな?それとも、元から?適度に脱力しているのが格好良い気がしてしまうのは遅れてきた思春期でしょうか。そういえばなんで思春期って春を思うと書くのだろう。綺麗な意味だといいけれど、どうかな。私は常に流動的であるはずの人の感情を「過程時期」で区切ることが好きではありません。「思春期だからこういうのは嫌がる」「反抗期だから生意気」……って、順序が逆じゃないですか?そもそも「○○期」という言葉は日常で用いるものなのかなと疑問に思います。

話が逸れました。

この夏は自分のやりたいことに向き合うことが目標!

「やりたいこと」でありながら、いざそれをやるというのは、私にとってはかなり難しいことな気がします……が、ぜひここにおいては話を逸らさず、生きてみようと思います。