近所のきつね

ごきげんよう、あやめでございます。本日、わたくしひそかに困窮しております。なぜなら、ストック命書き溜め系ブロガー(?)のわたくしにあるまじき事態ではございますが、ストックが尽きたからであります。そこで本日は、弾き語り(?)でやらせていただこうかと思います。

と、申しましたが、以前お話ししました通り、今!!書け!!と言われて書ける私ではありません。ふがいないが、こればかりはしょうがないのであります。から、だらだら続けるしか手はなく、かといって引くわけにもいかず、それだから困窮しております。なんだろう、なにをかいたらいいですか。自分の話でもしますか(いつもそうですけれども)。

もう少しくらい、愛想よく、心から疑問に思っている、少々間の抜けた、あるいは甘い顔の一つでもできれば(出来っこないので駄々をこねくり回してしいるの図、ヤダヤダ!!アタイだって、他愛なくかあいいんだい!!洟垂れの何が悪いんだい!!)、と思うことも幾度もありますが、生憎と、我が両親から賜ったこの御顔は、それ自体は全く!悪くないのに(※個人の感想です)、顔面の筋肉の使い方の心得がない持ち主をもったがばっかりに、その「可愛さ」を全く封印してしまい、悲しいことに、本人が何も考えていなくても、お顔は怒っているように見えるように成長いたしました。ごめんなさい、お父さん、お母さん、私は愚娘です。こういう時に使う言葉は、辞書的には「愚女」らしいですが、ここは間違いの方を押し通そうと思います。あと、高校時代には、全然そんなことないのに「あやめちゃんって頭良さそうだよね」と。ほとんど初めてお話しするクラスメイトにせっかくほめてもらったのに、ひねくれにひねくれ、尖りにとがっていたあの頃は、この言葉一つさえ素直に受け入れることができず、それどころかカチンときて、しかもそれをおくびにも出さず、「あたまよさそう?やったぁ~~🥳」みたいな、皮肉でもなければ嫌味でもない、なにだかよくわからない言い訳みたいな言葉が適当に発され、挙句相手に「いやその反応はめっちゃ頭悪そう笑」と言わしめるに至ったのです。選択ミス。愚娘です。頭良さそうな、飄々とした、綺麗にみえるのでしょうか。クールに素直に、ありがとう、じゃ、ダメですか、いいに決まっています。良いんだか悪いんだか、でいればいいんでしょうね。ふん!!大拗ねです。明日は雨なんだって!!!ふんだ!!!!

なるほど、下書きが無いと、「こう」なってしまうのですね。学びですね。こんなにつまらないとは思いませんでした。取るに足らないをおもしろく、これがモットーなのに、取るに足らないし、つまらない、では、そのまんまつまらないですね。趣向を変えて友人の話でもしましょうか。

友人はいやに首を気にする人でした。その人とは、小学生の頃急に引っ越して行ってしまった以来出逢っていませんから、もう9年以上も会わないことになりましょうか。首を気にする、とは、いつも首の後ろのあたりを掌でスリ、スリ、とこするような形でなでる癖がある、ということです。なにかあるたび、スリ、です。友人は賢く、そして穏やかでした。そのころの私は何を生き急いでいたのか(今もか?)ピリピリカリカリして、およそ穏やかではありませんでしたが、その友人に「まあ、ね」と、答えにならない答えを返されて、何度正気を取り戻したことか、数知れません。もちろん、そのどっちつかずでなるようにしかならないという態度は、高度成長期・上昇志向まっしぐらの私をイライラカリカリともさせましたがね。
その人は私を、名前の愛称で、すなわち、あやめちゃん、ではなく、「あやちゃん」、と呼びました。私も負けずにゆかちゃん、と呼んだりしましたが、恥ずかしいようなくすぐったいような気がして、すぐに「ゆかりちゃん」にもどりました。ニコニコして、あやちゃん、あやちゃん、と一緒に色々してくれました。あの頃の愚かなる私はまるで親分にでもなった気持ちで「ふふん!」としていましたが、ゆかりちゃんはそれをニコニコして見守っているかのようでした。
ゆかりちゃんは賢いだけでなく、運動もできる人でした。しなやかな動きで、軽やかな足取りで、何度も私の羨望を一身に受けていました(私は運動がド下手で、逆上がりは勿論、かけっこも、跳び箱も、全く出来ませんでした)。ごく稀でしたが、面白い話もしてくれました。ゆかりちゃんはなんでもできました。私はやはり、ゆかりちゃんに憧れて、いました。
ゆかりちゃんはしかし、自分の話はあまりしませんでした。好きなものも、嫌いなものも、「なんだろうね」としかいいませんでした。それが私にはすごく嫌で、なんで意見がないんだろう、と不満に思いました。あなたが好きなものを私も気になるし、あなたがいやなものも知っておきたいのに。賢いあなたと、他の子とは出来ないような、高度な会話…いわゆる「議論」だってしたいのに。あなたの立場がユラユラしていたら、議論なんてできないのに。しかし、その話をすると、ごめんね、と言って首をスリ、とするので、それもいやでした。そして、すごく怖くなりました。もうそれ以上は言えなくなってしまいました。
特にお父さんについてはまるでなにも教えてくれませんでした。いつもニコニコのゆかりちゃんが、「なるようにしかならないのにね」が口癖の、達観したゆかりちゃんが、お父さんの話題になると嫌がるのが、幼い私にもよくわかりました。ゆかりちゃんから直接、いやだ、と聞いた訳でも、嫌な顔をしたわけでも、まさか声を荒げたわけでも、ありませんが、私が自分のお父さんの話をすると、ちょっと困った顔で笑うのです。そして、首をスリ、とします。ニコニコ、ではないのがわかりました。だから自然と、家族の話は避けました。家族…お父さん以外の人の話でも、世界の狭い小学生時分では、なんだかんだでお父さんに行き着いてしまうからです。だから、長く一緒にいたはずなのに、私はゆかりちゃんのことを、多分良く知りません。お兄さんと妹さんがいて、全員年子で、優しいお母さんがいることだけは、なんとなく知ることができました。でも、それだけです。小学生の頃の私はよくよく風邪をひいたので、休んだ日に学校であったことや授業のことを教わったり、逆に私の辛かった話を聞いてもらったり、そういう一時的な話ばかりで、ついに込み入った話はしませんでした。
ある日、小学4年生だったと思いますが、記憶が曖昧でハッキリしませんが、その日はどんより曇っていました。湿度が高くて、嫌な天気でした。今にも雨が降りそうな様子です。でも小学生の私は、久しぶりに元気なので外で遊んでいました。するとゆかりちゃんもやってきました。一緒に遊ぼうと思って声をかけて手を振りました。ゆかりちゃんは、ハッとしたようにこちらを振り返って、それからいつものニコニコをしました。他愛無い話、小学生のおしゃべりをたくさんして、ちょっと走ったり、山に探検に行ったり、疲れてゆかりちゃんのお家におじゃまして、水をもらったりしました(お母さんがいました)。そこでお母さんがあまり優しいので、嬉しくなって色々話して、思ったよりも長居してしまったようです。ゆかりちゃんの家には時計がありませんでした(電池が切れて、変えなきゃと思っているところだった、と言って、ごめんね、とお母さんに言われました)から、どのくらい居たかは定かではありませんが、体感で長らく居座ったことがわかりました。気がついたら、向こうから、お父さんが(うるさそうに・不機嫌そうに)出てきました。夢中になって、元から大きい声をさらに大きくして喋っていたことに、フと気がつきました。あ、と思いました。多分、まずいんだ、と思いました。ところが、怒鳴られる、とか、暴力を振るわれる、とか、連れて行かれる、とか、想像した怖いことは一つも起きませんでした。お父さんもやっぱり優しくて、ちょっと髪がボサボサでしたが、「こんなところまでなにしにきたの」と優しい声を出しました。私は一生懸命(怒られないように、機嫌を損なわないように)ゆかりちゃんと一緒に遊んでいたこと、いつもゆかりちゃんには良くしてもらっていること、遠慮したけれど少し上がる分には問題ないと勧められてお宅にお邪魔していること、でもいっぱい喋ってしまって申し訳なく思っていること、今度はお土産でも持ってくることをなるべく敬語で、小4のもちうる語彙をフル活用して、ニコニコしながら言いました。お父さんは一生懸命聞いてくれて、「なにもないのに、ごめんね」といって、そこにフラ…と佇んでいました。どうしたら良いかわからない、というような様子に見えました。ゆかりちゃんは微笑んだような、強張った様な表情で、いつもの姿勢の良い背中はちょっと曲がって、少しだけ俯いて、手をぐっと握っている、ように見えました。私はゆかりちゃんのお父さんを、想像してたよりずっと怖くない(なんならうちのお父さんの方がこわい)と思ったけれど、ゆかりちゃんはこれが怖いんだな、と思って、だから、あくまであどけない子供のふりをして、お家を抜け出そうと思って、突然立ち上がって、「私、帰ります!でもゆかりちゃんに渡したいものがあるから、一緒に来てもらってもいいですか」と必要以上に大声で言いました。お父さんは目を細めて「うん」としか言いませんでした。なんとなく、まだ困っているような気がしました。怯んだのか、この隙を逃しちゃいけない、と思い、ゆかりちゃんの手をギュッと掴んで、全速力で走っていきました。ゆかりちゃんのおうちは山の中にあったので、私の家までは少し距離がありました。笹がうっそうと生えていて、ねこじゃらしが太ももくらいまで生い茂っていて、葉っぱの匂いがムワ、としました。枝がたくさん落ちていて、何度もこけそうになって、垂れ下がっているツタを避けて、くっつき虫がたくさんついて、でもその全てに構わずに、目が回るほど走りました。ゆかりちゃんはそのあいだ、ずっと黙っていました。
私の家の近くまで来て、やっともう大丈夫か、と思って道端に座り込みました。私は走るのが大嫌いで苦手で足が遅いのに、全速力で逃げてきたから、ゼェハァ息が弾んで、しばらく話ができませんでした。やっと息が整ってから、「ごめんね」としか、言えませんでした。なぜか泣いていました。きっと目に土が入ったのだと思います。ゆかりちゃんも「ごめんね」と言いました。やっぱりちょっと笑っていて、それがすごく綺麗な気がして、変だな、と思ったけど、さっき走っている間に帰りましょうのチャイムが聞こえたので、今度は私がお母さんに怒られてしまうので、ごめんね、ごめんね、とお互いに言いながら別れました。他の言葉を忘れてしまったように、お互いの姿が見えなくなるまで、ずっと手を振りながら、ごめんね、と叫んでいました(近所迷惑)。

次の日の朝、あんなに遊んで、普段は行かない所へ行って、変な本が埋まっているのを見つけたり、壊れた祠を見つけてお参りごっこをしたり、そのままそれがおままごとになったり、足だけ川につけてバシャバシャかけたりして遊んだせいで(怒られるのでこれらのことはお母さんには黙っていました)、そして、あんなに怖いことがあったせいで、やっぱりまた熱が出ました。いつもより苦しくて、暑いのか寒いのかわからなくて、そして、いつもより高熱で(40℃近くまで熱が上がっていました)、その晩は(私の)お父さんが隣で寝てくれました。お母さんも近くにいました。私としては、苦しいけれど、昨日に比べたらマァなんてことはない、と思っていましたが、体温計の「40.1℃」という表示を見た両親は何故か、かなり焦った様子で、急いで薬を飲ませて、いつもより優しくなって、はやく寝ちゃいなさい、と言いました。しかし、日中も寝ていた私はあまり良く寝られずにいました。お父さんもお母さんも疲れて先に寝てしまいました(いびきをかいていました)。
目を閉じて、はやくねないと、と焦って、どんどん寝られなくなっていった、多分3時頃だったと思いますが、そのころ顔の上をスッと何か、ふわふわするもの…?が通るような感覚がありました。なんだろう、とびっくりして、パッと目を開けてみましたが、その頃は今よりずっと目が良かったのに、その日は目が霞んでよく見えませんでした。何もありませんでした。怖がってお父さんを起こすと、「おきたの?…良かった、解熱剤が効いたんだね、熱がさがっているよ」とやさしく言われました。よく考えたら、たしかに苦しくなくなっていました。そして、ちょっとはっきりした頭で考えると、今起きたことを大人に話すのは、いけないことだと、何故かそう思いました。だから、うん、と言って、また寝ました。今度はびっくりするほど簡単に寝られました。

それからゆかりちゃんには会えませんでした。よく考えたら、「ゆかりちゃん」はクラスには居ない子なのです。同い年で、同じ地域にすんでいるのに、ゆかりちゃんを知っているのは、私だけでした。あの日、ゆかりちゃんのお父さんから逃げてきた日も、お母さんにひどく怒られる…のではなくすごく心配されて、ハテナ?と思ったのですが、後から聞いた話では、あの日あの時私は泥だらけ葉っぱだらけで顔を真っ赤にして息を弾ませて、涙目でいたようです(全速力で走ったからです)。走って来たと知らない母は、なにか、怖い目(誘拐されかけたとか)に遭ったのだ、と分かった母は、焦って、何があったのだ、と、諭したり、宥めたり、とにかく話を聞き出そうとしたそうですが、「ゆかりちゃん」という、知らない子のことを一生懸命言ってきたことと、よくわからないことを説明したのと、しきりに謝っているのとで、全く話にならなかったそうで、とりあえず風呂に入れて、夕飯を食べさせて、まあ、無事なようだから、良いか、と思って、話を終えるつもりだったようです。それから、その「お父さん」は、地域で1番山奥に住んでいる、(嫌われ者の、)おじさんだということも後から知りました。おじさんは、裏庭の畑を耕しているときに私…小学生の女の子が迷い込んでいるのを見つけて、こんな山奥まで人が来るのも珍しいのに、子供が1人でこんなところに?と不思議に思って近寄り、そしてそこでおそらく私が「1人で」何か言っているのを、哀れに思ったか、恐ろしく思ったか、話を合わせてくれただけのようでした。その山奥の家の裏庭(畑)にはいつも野生動物がよくよく出て、おじさんの農作物を荒らして行くのだそうです。シカやサルやイノシシや、それからキツネが頻繁に来るそうです。

熱が下がって、その日は天気雨が降りました。虹も出ました。多分ゆかりちゃんは、お嫁に行ってしまったのかな、といつか絵本で読んだことを思い出して、そう思いました。

◆◆◆

と、ここで終わらせれば、綺麗にやさしく終われたのでしょうが、マアそこは私のブログを愛読してくださるあなたさま方でありますから、そんな〈生半可〉な代物ではご満足いただけまい、それに、このひねくれヤなもの百鬼夜行(白昼堂々の行進でありますから、多分にマヌケではありますものの)の私としては、これじゃ物足りない、と思って、もう少し続けることに致しましょう(もう少し現実逃避をしたい、という作者の思惑が透けて見えるでしょうか)。もっと、醒めるようなつまらない浮世を描出したい。し、あなたにもできればこの「虚無感」「離脱感」を体感していただきたい。ああそうか、ここは。そうです!なんせ、ここは誰もが〈平等〉な浮世、楽しんだモン勝ち、なにくそと成長したモン勝ちの実力社会でありますからネ(個人の感想です)。御託はさておき、あのやさしい童話風は、以下のように続きます。せっかくのやさしさ、半熟卵のふわふわがお好きなあなたは、こちらでよしておくのをお勧めしますが、怖いもの見たさの野次馬根性十分なあなたには、止めたって無駄でしょうか。そして、あとで必ず恥ずかしくなって嫌になるのは、なにを隠そう私なのに、誰よりも「よせばいいのに」、なのはその実私自身ですし、野次馬なのは私であります。ですから読んで了った、と悲しまなくてよいのです。かなしいのは、わたしです。

◆◆◆

という、白昼夢を見ました(この「白昼夢」のうえに強調の「、」をつけたかったのですが、できませんでしたからしぶしぶ太字で表記します)。ただの夢に非ず、その実私の脳みそが見せた都合のいい現実逃避の様子を皆様にお見せしたにすぎませんでした。だからあんなにやさしくてふしぎな感が残るのです。当たり前です。私の都合のいいおともだちですからね。やさしくない夢は見たくないのです。ですが残念ながら現実には「そんな友達いません」し、子供の頃の私は気づかなきゃ善いことばかりわざわざ見つけて独りでしょんぼりする、元気に生きるのがへたくそなニョロニョロでしたから、あんなに快活に賢く危険から逃げられません、さしずめ食われてから、おや、と気づく程度。アハハ!未だ小学生時分の出来事にとらわれているマヌケはここに居ますよ!ア夢か、漸く気が付いて目をしばたたかせて、現実をしか、とみれば、確かに実像を結ぶ現実があります。それでも固執してあの頃を想うわたしがどうしてもここに居るのは、きっと大学に通ってむずかしいことばかり考えさせられて、ついにガタがきたのでしょうかね。良いことはほとんどスルー、悪いことばかり過剰に反応し吸収し記憶し記録し保管して、それで挙句こんなつまらない夢を見るに至るのでしょうか。目の奥に、まだ山の葉(山の端?)の濃いにおいが残って、否、こびりついているかのようです。まだまだ私は小学生を脱せずにいるのか。きつねに化かされたように。あるいはあの頃がきつねの見せた幻想だったのか。いずれにせよ私は、化かされちゃいない、とハッキリ否定できるような、確固たる私を持たないで、ここまで来て了った、ということだけお伝えして、今日はこれで止します。これからはきちんとストック管理を徹底いたします(猛省)。

Rewrite The Stars

“Forget the cage, cause we know how to make the key”

———The Other Side. Benj Pasek & Justin Paul.(2017).



=========================================



つま先から脳天まで。感情に飲み込まれて、指先が震える。

ゾクゾクと震える感情を抱えきれなくて、随分と下手くそな呼吸しかできない。

私にとって人生が変わる瞬間は、決まってこの感覚に襲われる。

皆様にとっては如何でしょうか。私みたいなものは仰々しい?あら、残念。

でも、私にとってその感覚は、馴染みがあるもので、そうして実際に人生の中で何かを変えられる瞬間には、いつもその感触が来るのです。

その瞬間、その感覚はどれも鮮明に思い出せるものばかりで…あぁどれをお見せしようか迷ってしまう!

ねぇ、折角いらしてくださったのですから私のそんな夢見心地な妄言でも聞き流していってくださいまし。

取るに足りない私のような者の、記憶の保管庫の中ではそれらは格別に綺麗で、眩しくて、ちょっと主張が強すぎてウザいくらいなのだけれど

それでも一等キラキラとしていてお見せするのにも憚りが少ないから、せっかくの機会、何か一つお持ちしなくちゃ。

うん。見つけた。


==========================




2018年。1つの映画が私の価値観を強くゆすぶった。

「グレイテスト・ショーマン」

アメリカのミュージカル映画で、P.T.バーナムという1人の興行師が成功するまでを描いたこの作品。驚くべきはこの作品、実話が基になっている…ということなのですが、とはいえとても有名なタイトルですから今更ご紹介するまでもないでしょう。


そう、あまりにも今更。ではなぜ今になってその記憶が掘り起こされたのか。
実は今年の春に、この「グレイテスト・ショーマン」がAmazonプライムの対象作品として解禁されたのです!


私がこの作品を初めて観たのは中学2年生の頃なのですが、その時の感動といったらもう、本当に価値観をぐるりと引っ繰り返されてしまいました。ミュージカル好きになりかけていた私にトドメを刺した作品とも言えます。

観たのはこの1回きりだったのですが、あの日に受けた感動、もはや洗礼とも言えるような感覚をもう一度味わいたくて。年々その思いは強まっていきました。
そして先週、演習のしんどさに限界を迎えた私はど~~~~~~してもあの作品が観たくなり、DVDでもBlu-rayでも買ってやらァ!!とAmazonの奥地へ向かったところ・・・。


エッ。いる。いらっしゃる~~!!?
まさかのプライムの仲間入りを果たしていたのです。つい数ヶ月前に追加されていたらしく、気がつかなかったとは一生の不覚です、、。


===========================



そのようなワケで、私めは愛する「グレイテスト・ショーマン」と感動(一方通行)の再会を果たしたのです。
あの日、人生を変えられた私は中学2年。いま、私は大学2年。実に6年の歳月が経ちました。

当時は全く気が付けなかった演出。内容。
人種のこと、国のこと、階級のこと。数えきれないくらい沢山あって、あぁこんなにも取りこぼしていたのだと気付かされました。

作品の印象も一変。かつての私にとっては成功譚を描く、ハートフルでハッピーな魅力が詰まった作品だったのですが、今漸くそこへ辿り着くまでに複雑に絡まり合った事情が色々にあったことが見えるようになりました。

それでも、胸を打たれたシーンと登場人物だけはあの日と変わりませんでした。
映画館からの帰りの電車で私は連れてきてくれていた母に、興奮冷めやらぬ様子で「フィリップとアンが好きだ!」と騒ぎ立てていました。

改めて観た今も、その感想は変わりません。
「フィリップ・カーライル」と「アン・ウィーラー」。この2人の沼が深い深い、大好きです。

※以後、微ネタバレ注意(本編の主軸には触れていませんがサブ要素に一部触れています)



「フィリップ」は上流階級出身の劇作家で、もちろん彼の作品は高尚な芸術性を持った上流階級向けのもの。半ばペテン紛いのことをして観客を楽しませる主人公の「バーナム」とは対照的です。
自分のショーにも上流階級を呼び込みたいバーナムは、このフィリップに目を付けました。


「上流階級の檻に囚われたお坊ちゃん、そんな人生は退屈じゃないか?

 平凡の王様になるか、冒険をするか。君なら賢明な判断ができるはずだ。

・・・まぁどうするかは君次第だがな」

(超意訳)と、フィリップをビジネスパートナーとして引き抜こうとするのです。フィリップからしてみればこんな取引、百害あって一利なし。リスキーにも程があります。
もちろん彼は「檻の中の人生を楽しんでいるんだ」とバッサリ。しかしその後も応酬は続き…なんとフィリップ氏はこの取引に応じるのです!

気になる説得の内容ですが、、、この2人のやり取りは「The Other Side」という劇中歌になっており、曲を聴くことでどのようなやり取りが交わされたのか知ることができます。
圧巻のダンスパフォーマンスとアップテンポな曲が最高にイカした曲で、個人的に作業BGMランキングTOP3くらいに入ります。




その中でも一番好きな歌詞がこのブログの冒頭に引用されていた

“Forget the cage, cause we know how to make the key”

———The Other Side. Benj Pasek & Justin Paul.(2017).

です。「檻の中の人生を楽しんでいる」とまで言っていたフィリップが、バーナムの言葉に心を動かされ…最終的に「檻なんか忘れたさ。鍵の作り方を僕たちは知っているのだから!」と2人で歌うのです。

鍵を見つけるのでも、与えるのでもなく、「つくる」。己の想像力を武器に歩んできたバーナムらしい発想。そしてそれがフィリップを動かしたのです。


そう、鍵は1つじゃない。それを知っているだけで幾分か心が軽くなりました。
気が付いた時にはもう、鍵はきっとその手の中にあるのです。




その後、無事に入団したフィリップは、空中ブランコ乗りの「アン・ウィーラー」と出会うことになります。
空中ブランコを巧みに乗りこなし、重力すらも彼女を縛ることはできないかのように自由自在に飛び回る美しいアン。そんな彼女にフィリップは惹かれていきます。


しかし、現実は彼女たちを縛り付けるものばかり。人種、階級様々なものが2人に立ちはだかります。黒人の彼女とフィリップが並び立つことをフィリップの両親や周囲は良しとしないのです。
ためらいが捨てきれず、アンとの交際を隠そうとするフィリップに対し、アンはその痛みを空中ブランコと歌にぶつけます。
それが劇中歌であり、本ブログのタイトルにもなっている「Rewrite The Stars」。
躍動感あふれる空中ブランコを用いたダンスと切ない歌詞が素晴らしく、もうこのシーンだけでアカデミー賞取れそう…といった感じです。





この曲を通して心を決めたフィリップはアンに対し、

「これは僕が決めることであり、そして君が決めることだ。他の人に口出しなんかできるわけがない。

 運命を書き換えないかい?」

と歌うのです。かつては上流階級の安定した人生を楽しんでいたフィリップが、定められた人生も運命も真っ向から否定。

望む運命でないのなら、書き換える。鍵の作り方をもう知っている彼なら、きっとやり遂げることでしょう。





作品を通して、もちろん誰もが変わり、成長し、これこそが私だ!と胸を張るようになりました。
ですがその中で最も変わったのは他でもない「フィリップ・カーライル」なのではないかと思います。そして彼を変えたのは団員の皆であり、バーナムであり、やはり「アン・ウィーラー」なのでしょう。

様々な困難と葛藤を経て同じ舞台に立つことを選んだ2人の姿に、何よりもその過程に、私の価値観は随分と塗り替えられました。
6年越しにどうやらまた人生を変えられてしまったようです。そしてきっとまた何度でも影響を受けます。
さぁ、次に観るときにはどんな発見があるのかしら。



===========================



相変わらず長くなりましたが…
兎にも角にも素晴らしいストーリー&歌!!

せっかくAmazonプライムにも入りましたので、会員の方はぜひご覧になってみてください。
楽曲はYouTubeやその他楽曲配信サービスでも楽しめますので、ぜひぜひ楽曲だけでも楽しんでみてはいかがでしょうか。


ここまでお付き合くださりありがとうございました!

お相手は、明日更新のブログが楽しみでちょっとテンションが可笑しいまどか🐧でした。

機を織る鶴

ベッドから起き上がれない日々が続いていた。
目が覚めても体が重くて、どうにも手足が動かせない。
うるさいアラームを止め、あと数分だけ眠りたいとアラームをセットしなおして眠る。
数分後に目覚めて、やっぱり、動けなくて。
そんな日々が、続いていた。

気圧の変化、疲労、寝不足。色々な要因がきっと重なっている。
こんなザマで、私は社会に出られるのだろうか?そんな悩みが頭を埋めつくす日々だ。
そして一番の要因は、おそらく寝不足。そして生活習慣の乱れ、だと思う。
起き上がれない日々が続く。そして、寝付けない日々も続いているのだ。

夜布団に潜る。目を閉じる。
目を閉じるとともに、果てることのない思考の闇に放り出される。
今日の失言、昔の失敗、あの時言われた言葉の真意……考え出すだけで止まらない。
頭の中でもう1人の私が得意げに話し続けるのだ。私を寝かさないとでも言うように。
思考をする時にもう1人の自分が話しすぎて、うるさい。
当たり前だと思っていた感覚だったのに、どうやらそれは普通ではないらしい。
頭の中が無音になることはない。いつもうるさくてうるさくて仕方ない。
強いて言うならば、眠るときだけ私の脳内は穏やかな静寂に包まれる。
気が狂いそうになる日々だ。他人から見たら狂っているのだろうか。

「もう寝なきゃ」「明日1限なのに」「明日の1限あと何回休んだら単位取れないんだっけ」
「そういえば明日は○○ちゃんに会うな」「あ、財布空っぽ」「何食べに行こうかな」
そんな私の声が絶えず頭を埋め尽くしている。
これが普通じゃないなんて、私には信じられない。
音楽が鳴ったり、ぐにゃぐにゃした言語化できない感情が渦巻いたり、
今すぐにでも消えてしまいたい衝動的な焦燥感に駆られたり、
どうにも未来を恐ろしく感じたかと思えば、逃げられない過去に怯えたり。

昔からそうだった。頭を思考が占拠して、逃れられなくなる。
そんな日には決まって架空の世界に逃げて色々な妄想をして、意識がフェードアウトするのを待っていた。
昔はそうやって眠れていた。

しかし、今はどうだろう。
昔より、すっかりネガティブになってしまった。
凡庸な思考で、空想の世界が色褪せてしまった。
創作意欲がすっかり息を潜めてしまった。

とある日も、眠れなかった。
体は火照り、まわした扇風機の音すらうるさくて、
理由のない不安に苛まれる。
根拠のない希死念慮が頭を覆い尽くす。死にたいなんて思っていないくせに、そんな不安だけはあるのだ。

ふと、短歌を詠もう、と思った。

短歌を詠むのが好きな友人がいた。短歌投稿サイトの大会で賞を貰ったりしているらしい。
彼の短歌を見せてもらったことがあるが、彼の独特な感性が独特な語彙で表現されていて、
彼との繋がりが薄くなってしまった今でもたまに彼の短歌を覗きにいっている。

そんなことを不意に思い出して、私も試してみようかなと思った。
深夜、眠れずに気をやってしまっている。
暗がりでスマートフォンを開いて、一番上に出てきたサイトに会員登録をした。

シンプルなレイアウトで、色々な人の短歌を見ている。
この今も、色々な人が色々な悩みや感情を抱えて、31文字を綴っている。
私も、と投稿画面を開いて、一句目を綴ってみようと頭を悩ませてみる。

首を吊る 勇気もないくせ 今日もまた
羽が欲しくて 機を織る鶴

今見返すとゾッとするほど暗い歌だ。しかしこれを投稿した私は感動した。
私、短歌の才能あるんじゃないか!?と。
根はポジティブなのだ。ただ沈みやすいだけで。

さっそく次の歌を、次の歌をと詠んでみる。
15分ほどの時間で詠んだ歌は5首。
頭に浮かぶドロドロした感情をああでもないこうでもないと考えながら31文字に当てはめると、
なんだか頭がとてもすっきりした。
呼吸がしやすい。思考が穏やかで、とても静か。
そのまま目を閉じて、ゆっくりと意識を眠りに沈めた。

それ以降も、思考が渦巻いて眠れない夜にはたまに短歌を詠んでいる。

最後、おまけにいくつか自信作を載せておく。
また溜まったらどこかで載せるかもしれないし、これきり載せないかもしれない。

明るい子 空気の読める子 演じてる
惨めに布団を 握りしめてる

明けぬ夜 なんてないよと 言う人は
朝が嫌いな 人を知らない

卑下をする 度にもがれていく手足
どこにも行けない 飛べないままに

心臓を 握りつぶすようにまた
息を吸い吐き また息を吸う

今日もまた 眠るために 目を瞑る
止まらぬ不安と 脈を数える

火照る脚 不安を数え 膝を抱く
今日も揺蕩う 思考の渦巻き

北海道グルメの旅

こんにちは!ましろです。

今日は念願の北海道に行ってきた話をしたいと思います。とにかく食べてばっかりでお腹がはち切れそうな旅でした。

グルメの前に少しだけ旭山動物園と青い池についてお話したいと思います。
この動物園では動物本来の姿を観察できるということで、上、横、下と色んな角度から見られるようになっています。そして一番印象的だったのはカバでした。カバって泳ぐんです!知っていましたか?前前後ろ後ろと器用に足を使って壁や床を蹴ります。巨大な体で迫力があり、悠々と泳ぐ姿は空を飛んでいるようでした。下からは皮膚の穴やシワ、蹄や足の裏までしっかりと見ることができました。

青い池は川と温泉が混じることでこの色になるそうで本当に青くて驚きました。青い池に白いカラマツ、後ろには緑の山が見え、池には空が映っており、非常に美しかったです。行く道中も自然が広がっていてなんだかのびのびとした気持ちになりました。

さて、すぐにグルメの話になるのですが、北海道ではウニ丼、ほっけ、刺身、ジンギスカン、スープカレー、ザンギ、ラーメン、締めパフェなどを食べました。

私は北海道でしか食べられないようなものが食べたい!と思って鮮度的に本州では食べられないものを調べました。それがほっけと八角です。
1日目は三角市場に行ってお昼を食べたのですが、ほっけの美味しいこと!ほっけは干物しか出回っていないのでぜひとも生のまま焼いたほっけを食べたい!ということで頼んだところ、ジュウジュウと焼きたてのほっけが目の前にでてきました。食べると、身の柔らかいこと!ほぐれるほぐれる!箸で掴もうとすると落としそうになるくらい身が柔らかく油ものっていました。八角という魚はカクカクとしていて口が尖っており、ヒレは広がるようになっていました。尖っているのかと思いきや水風船のようで柔らかかったです。刺身はとがった菱形のように切られて出てきました。味はタイのようで甘く噛みごたえがあり、美味しかったです。ウニ丼は甘みとうまみがあり、美味しかったのですが、ウニがすぐになくなってしまったのが残念でした。

2日目はジンギスカンを食べました。羊の肉は味にクセがあると聞いていたので大丈夫かなとドキドキしながら食べました。ジンギスカン鍋と聞いたら思い浮かぶあの湾曲した鍋の頂点に油をおき、下に野菜を置き、中間地点に肉を置きます。私が食べた店ではタレはあっさりめでした。肉はミディアムレアでも食べられるということで、外側は焼き目をつけて、柔らかいまま食べるのが美味しかったです。マトンは頼まずラムなどを頼んだからか臭みも感じず、パクパクと食べることができました。羊は脂があっさりとしていていくらでも食べられそうでした。店員さんオススメのタン塩もとても美味しかったです。
その後、締めパフェを食べにいきました。北海道では締めにパフェを食べると話題になっていたときに是非行ってみたいと思っていました。調べていると、観光客しか行かないなんて話もでできましたが、とりあえず行ってみることにしました。
店に入ると、テーブルに映像が映されており、私のほうに金魚が泳いできます。しばらくすると、模様が変わってくのが面白かったです。
パフェを待っていると、地元のサラリーマンたちが締めパフェは初めてと言いながらワイワイ話していました。一応締めパフェというものはあるけれど、当たり前ではないようでした。
でできたパフェは、丸くて薄いものがのっており、食べるとカリッとしていてナッツの味がしました。そして、アイスの美味しいこと!ピスタチオは 香ばしく優しい味がし、キャラメルは苦みが効いていて甘みが口に広がり、奥の深い味がしました。上にのっている塩と一緒に食べるとより味がひき立ちました。一層目はピンクのカシスムースで酸味が爽やかでした。2層目は白くミルクの味がして甘みとうまみがあります。3層目はジュレになっていてりんごのような味がしました。とにかくアイスが美味しく、もう一度食べたいと思うパフェでした。

3日目は時計台を見た後、近くのスープカレー屋さんでお昼を食べました。出てくると量がとにかく多い!肉の種類と野菜の種類、スープの種類、辛さとご飯の種類を選ぶことができ、私はザンギと9種類の野菜(大根、ナス、揚げごぼう、ピーマン、キャベツ、人参、蓮根、カボチャ、ジャガイモ)スープはMIX(羊、煮干し、鶏トマト、ココナッツMIX  )にしました。グツグツとしたまま鍋が置かれ、スパイシーな香りが漂います。ザンギは一応唐揚げと違うらしいのでその違いを確かめたいと思っていました。粉がたくさんはたいてあるのかきめ細やかな衣でカリカリしていて美味しかったです。スープはMIXというだけあって味に深みがあり、煮干しの主張が強めでココナッツが味をまろやかにしていました。スパイシーで出汁が効いていて野菜たっぷりで美味しかったです。食べ終わると温かさとスパイスでお腹がポカポカしました。
その後空港ではソフトクリームにパンロールとラーメンを食べました。

お腹いっぱいで空からの景色も美しく大満足の旅となりました。北海道は広く、まだまだ行けてないところや食べられていないものもあるので是非また行きたいです。

以上ましろでした。

わたしの今日からに ごほうびをあげたい

こんにちは、ゆきほです🍵

バイトから帰宅したら、ちょうど散歩に出かけようとする弟と玄関前でばったり会い、「あっ……」と珍獣でも見つけたかのような顔をして指をさされました。何なら家の中にいる母に向かって助けを求める視線を送っていました。姉は帰宅しただけです。

∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴

先日、武道館へ推しのライブを観に行ってきました。

嬉しいので珍しく写真も載せちゃいます。「原宿から世界へ」をコンセプトに、「NEW KAWAII」を届けるFRUITS ZIPPERという7人組のアイドルです。昨年末のレコード大賞で最優秀新人賞を取りました。ちなみに私の推しはオレンジ担当の鎮西寿々歌ちゃんです。

武道館へ行ったのは小中学生の時に習っていた合気道の大会ぶり、何ならその時は合同稽古と演舞をしにいくことが目的だったため、何かを見に行くために武道館に行ったのは初めてでした。プロの運動音痴の私的には「武道館の畳に立ったことがある」はプチ自慢です。

最後に武道館に行ったときは真夏で、しかも普段はめんどくさくて着ていなかった袴を履いたため熱中症になるという大惨事を起こしましたが、今回は着慣れた洋服で真夏でもないためその心配はない!よし!元気にグッズ列に並ぶぞ~~!!と思っていたのに。1時間半で体調を崩し、これ以上ここに立っていたら絶対にものすごく迷惑をおかけすることになる……!と思い、泣く泣く列を離れました。私もしかして武道館と相性悪いんでしょうか。

ペンライトはチケットについているから並ばなくても手に入るし、グッズは事後通販で買えばいいと自分に言い聞かせながらフラフラと移動し、よく分からないけどとりあえず鉄分を取って2時間ほど休んだら無事生き返りました。

まあ私の体調の話はもういいんですよ。

唯一その場で手に入れることができたペンラが本当にかわいくて!!!

中にハート型の発泡スチロールが入っているため、振るとシャカシャカします。シール帳にシールを集めていたあの頃を思い出しますね。

ちなみに上のリボンと下のフリルと中のシャカシャカを推しの色に変えられるカスタムパーツもあって(私は7月にならないと届かないんですけど)、全推しこのタイプのペンラを売ってくれ~~!!という感じですね。

そう、あと今回は席が2階最前だったので肉眼でも全体を見渡せる位置でモニターもめちゃくちゃよく見えたのがすごいよかったです。配信用のドローンが目の前を飛び交っていました。

私は例のごとく1人で行ったので開演までは特にすることがなく、隣の席に座っていた女子高校生(盗み聞いていたわけではないんですけど、会話の内容的にたぶんそうでした)2人組が「武道館っていつもなにやってるの?」「相撲じゃない?」という話をしているのを小耳にはさみつつぼんやりしていました(ツッコもうかすっごい迷ったけどツッコみませんでした、相撲は国技館です)

ライブ中の話もちょっとしましょうか。

今回ペンラの色が制御されるという話でしたが、実際は所々で自由が与えられる箇所があったのがすっごい楽しかったです。今まで完全に制御されているタイプのライブにしか行ったことがなかったので、カチカチして推しの色に変えるのが新鮮でした。

私が一番好きな曲が「超めでたいソング~こんなに幸せでいいのかな?~」っていう曲なんですけど、本編の最後に歌ってくれて、サビ前の「おめでとー!!」をみんなで言ったのもよかったです。超めでたいソング貼りつけておくので是非聴いてください。

あとは何よりもリフトで上がってきた推しが目の前まで来たのが本当に最高でした。高所恐怖症のために手すりから手を離せずにいる姿を目に焼き付けてきました。

***

今年度前期は、「いろいろ頑張ってるしいいでしょ!」と雑な理由をつけてはライブだったり落語だったりプラネタリウムだったりいろいろと見に行っていて、行く先々でグッズに散財しているので、それはそれはとっても楽しく過ごしています。

大学生になってアルバイトを始めたとき、3歳上の友人から「バイトをして何をしたいかをちゃんと自分ではっきりさせた方がいい、そうしないとバイトすることが目的になっちゃう」というアドバイスをもらいました。
当時はあまりよく分かっていませんでしたが、当時のその友人と同い年になった今は本当にその通りだなとつくづく感じています。

空き時間をアルバイトにつぎ込んだ結果その友人が言っていた「バイトすることが目的」になってしまった状態を何度か経験し、私は好きなものや興味のあるものに躊躇なく突っ込んでいくためにバイトをしているんだと気がつきました。己の「好き」に忠実に、今週末も元気にライブへ行ってきます。

ではまた!

新たな一年

ぽつりぽつり

雨が降る

遠くの踏切の音が

雨粒ひとつぶひとつぶを震わせる

街が響く

人々は気付かぬうちに

ひとつの音楽に集約されていく

私の涙も集約されていく

*****

まいです、ごきげんよう❀

関東地方はまだ梅雨入りしていないようですが、天気予報には傘マークが多くなってきています。

私の地元ではカタツムリの出没頻度が増え、川沿いの一本道は(カタツムリの方がサッと避けてくれることは無いので)気をつけながら歩いています。

そんな梅雨前の5月は私の誕生月でもあります。

今年のはじまり──2023年から2024年になる瞬間──は不思議と涙が止まらなかったのですがなんと今年は誕生日になる瞬間もそうでした。普遍的な時の流れがわざわざ区切られ生まれた、昨日と今日、旧と新の狭間にいるときのなんとも言えない空虚さに自分という1人の人間の生の存続を感じずにはいられないのです。それは昨日にも今日にも属せない孤独感のほか何者でもありません。

人はなぜ生まれてきたのか。

多くの人が、正解のないその問と向き合ったことがあるはずです。その答えは都度変わるかもしれないしそもそも答えを出すことに特別意味がないかもしれません。ですが、

「お誕生日おめでとう」

私はその言葉をくれる人の眼に、私の生まれてきた意味を実感しました。人は、愛し合うために生まれてきたのだと思いました。

人は誰かの愛に触れた時、感情が言葉になるよりも先に安堵し幸せになります。愛を失った時、絶望し孤独になります。まわりからも自分自身からも愛がなくては健やかに生きていくことはできません。

「人は愛し合うために生まれてきた」と言うひとつの答えはマザーテレサや瀬戸内寂聴さんが出したものでもあります。これを正解とする必要は全くもってありませんが、お金や物質や条件ではないところに幸せの本質がある、そう思えることで私はだれかを愛しまた誰かの愛を受け取ることができているのだと思います。

誕生日のことを「私の生まれた日」と表しますがこの「生まれた」は自発ではなくて受け身なのではないかとふと思いました。

確かに私が生まれてきたことそしてここまで生きてきたことは紛れもなく素晴らしいことです。ですが、私は母に「産まれた」のであって、そうなると誕生日という日は「母が私を産んだ日」だと思った方が良いという気がしてきました。誰にとっても、ではありません。私にとっては、ということです。

来年の誕生日からは、私から周りの人に感謝を伝える日にしたいと思います。私のことは私自身が祝えばいいんです。ここまで生きてきたねと。

日付ではありません。私の気持ちに、新しい一年が始まったようです。

嫁入り舟

 暑い日が続くと思いきや梅雨を飛び越え台風のような天気になった昨日。そこからさらに打って変わり青空が広がった本日。天気の急変にびくびくしながら日傘にもなる晴雨兼用の万能傘を持参しましたが、荷物を増やしただけになりました。今年の夏は酷暑だと耳にしたことを思い出し、その片鱗が現れているなとちょっぴり憂鬱な気分になりがちですが、マイナスなことを書く時間はもったいないので!今週末に行った茨城・千葉の日帰り旅行の思い出を徒然なるままに書きつけていこうと思います。

 茨城のとある市とも縁があり今回の小旅行はそちらの縁で繋がった方々と交友を深める会として敢行されました。

 企画のメインは茨城県潮来市で開催される「水郷いたこあやめ祭り」ということで高速に乗り約2時間。お喋りを楽しみながら潮来市にやってきました。今年は遅咲きらしく、満開とは行きませんでしたが綺麗に咲いたあやめを見ることが出来ました。あやめと言われると紺や紫のイメージがあるなか、薄いピンクや黄色など様々に鮮やかな色で咲くお花に凛とした力強さを感じました。

 公園内には川が流れ、そこでは手漕ぎ船への乗船体験が行われていました。私たちも乗船し船頭さんのお話を聞きながら、公園内を巡り穏やかな時間を過ごしました。普段なかなか乗ることのない手漕ぎ舟にわくわくしつつ、折り返し地点まで行くとそこには一隻の舟。しかも私たちが乗っているものとは違い飾り立てられた舟がありました。

舟から見た光景とうちわ

 「潮来」の地名を聞いた時点でピンとくる方もいらしたかもしれませんが、この「潮来あやめまつり」の最大の目玉は「嫁入り舟」です。その名の通りお嫁さんが舟に乗って嫁入りをする様子を再現するもので、実際に夫婦になる方が応募して執り行われます。そう、つまりは結婚式みたいなものです。

 乗船体験を終え、「嫁入り舟」が始まる時間になりました。上流から流れてくる白無垢に身を包んだお嫁さんの綺麗なこと。お婿さんは到着を舟着き場で待ちます。緊張するでもなく、ただ楽しそうにご両親と談笑する姿が印象的でした。お嫁さんが到着すると二人は目を合わせてふわりと笑い合いました。手を取り、舟を降りるお嫁さんと支えるお婿さんの微笑ましい様子に会場のボルテージはMAXです。

 当然知らない方のご結婚ですが、あまりにも感動的でキュンキュンと胸が高鳴りました。多くの方にお祝いされるお二人の幸せを切に願います。

因みですが、この「嫁入り舟」は潮来市の方に限らず全国から応募可能だそうです。本当に素敵でいつか自分も…と思わずにはいられませんでした。

 私の拙い文章では伝えられない感動があり、悔しい限りですが少しでも興味を持った方は是非訪れてみてください。あやめ祭りは6月の中旬まで開催されるそうです。お昼には美味しすぎるピザを食べました。JR潮来駅となりにあるピザ屋さんは世界一を獲ったことがあるそうで、賑わっていました。こちらのお店もぜひ行ってみてくださいね。

「嫁入り舟」

あれ?想定よりも熱が入ってしまい長くなってしまいました。普段推しのことしか考えていない私でもいざ目の前に美しい白無垢の女性がいると乙女になってしまうということでしょうか。純粋に憧れます。憧れだけでまた文章が続いてしまうので、心の内に留めておきます。

午後に向かった「香取神宮」「佐原」のお話はまた次回の更新で書き綴ることにします。

お読みいただきありがとうございました。

ソロ活日記

皆さんこんにちは。みちこです。

今回は、この話をしたくて書きました。

タイトルにもあるように、今回は「ソロ活」というテーマでお話をさせて頂きます。

大学生って、思った以上に「ソロ活」がしやすいんですよね。

なぜって、みんなスケジュールがバラバラなので。各々が、それぞれの軸で生活できることが、大学生の良さでもあると思います。

ただ、逆にやりたいことがなくて悩んでしまっている人には、この環境を居心地が悪いと感じてしまうかもしれませんね。

私は、やりたいことがたくさんあった人なので、この環境に変わってもそんなに迷うことはありませんでした。

むしろ、それをどのタイミングで始めるかの方がすごく迷いましたね…。

この「ソロ活」。本当に気ままにできてしまうので、ストレス発散にもなりますし、自分についてよく考えることもできるといういいことづくめな活動でございます。

というわけで、これ以後は、私が授業後に気ままにすごした何日かを日記のような形式で紹介します。

 最初にやりたかったのが、「ひとりカラオケ」です。

友達とカラオケに行くことはあっても、一人でカラオケに行くことは一度もなかったので、これを機にやってみようと思い、大学で授業を受けた帰りに、一人でカラオケに行ってきました。

歌うことでストレスを発散したかった、ということと、ちょうど新しいコンテンツにハマり始めた時期だったので、その曲も歌いたくなっていた、という理由もあります。

結論から言うと、一人で行ったカラオケは、「めちゃくちゃ楽しかった」です。

その一言に尽きます。

何が良かったかって、自分のペースで歌えるし、歌いたい曲も、歌う途中に何を叫ぶかも、自分次第。

(ちなみに私は独り言が多い&デカいタイプです。PCの大画面で推しの曲聴きながら一人で語ってます。30分はしゃべれます。傍から見たらとんでもない人です(笑))

こんなヤバいやつがいても、カラオケルームには一人ですから。何を言われることもありません。

いつもなら、自分の行動を客観視する「もう一人のわたし」のような存在もいたりする(イマジナリーフレンド的なものではなく、あくまで概念のお話です!自分で自分を変な人かのように表現しているような気がしますが…)のですが、そんな存在も、その時だけはなりをひそめてくれました!

つまり、私は本当に自由に、解放された空間と精神状態の中、約2時間のひとりカラオケを楽しみました。

 次にやったことは、「書店に入って好きなだけ気になる本を漁る」というものでした。

皆さんは書店に足を運ぶことは好きでしょうか?

特に、大きな書店に入るときのあのワクワク感!

今日はどんな本に出会えるのか、と毎回ワクワクしながら入っていきます。

今回私が行ったのは、目白キャンパスからもほど近い、池袋のジュンク堂書店さんです!

行ったことのある方なら分かると思うのですが、あそこは本当に大きい書店の一つで、都内でも最大級の規模を誇るといっても過言ではないような大きさの書店です。

地上9階、地下1階という階数もさることながら、ビル一棟分が書店なのですから、その大きさがよくわかっていただけるのではないかと思います。

さて、そちらにお邪魔した私が向かった場所は、角川ソフィア文庫が並ぶコーナーです。確か3階のフロアであったと記憶しています。

この「角川ソフィア文庫」。いわば文学研究の入門書で、文庫版であることから手軽に読むことが出来、「ビギナーズクラシックス」のシリーズが有名な文庫です。

「ビギナーズクラシックス」は、高校の図書館に置いてあることも多いので、古文に興味を持っているよ!という高校生の方は、ぜひ図書館で探してみてください!(ちなみに私の高校にはありました。

なので、高校時代に、ビギナーズクラシックス版の『和泉式部日記』、『紫式部日記』、『源氏物語』を読んだ記憶があります!)

現在放送中の大河ドラマ「光る君へ」の影響を受け、元々あった平安文学に対する興味が最近さらに強くなったため、関連の書籍を買って読み漁ってみようという魂胆の元、足を踏み入れました。

本棚の中は、時代別に整頓された文学史上有名な作品たちでいっぱいでした。

その中から、私はかねてより興味があった日記文学に関する本を1冊、手に取り、購入しました。

授業の課題や諸々の準備があって忙しく、まだ全部は読めていないのですが、いずれ読破したいなと思っています。

最近は大学の図書館でも、私は本を読むことが増えました。

自分の興味が湧いた本を片っ端から手に取り、その場で立ち読みし、気に入ったら借りて読む、という手法で本を読んでいます。

去年はあまり本を読めていなかったという反省から、今年は定期的にこういう機会を設けてもよいのではないかと思い、行動に移している次第です。

 何故だか最近は、小説よりも論文のような筋の通った文章を読むのが好きになってきました。

昔はあんなにファンタジー小説が好きな子だったのに、どこからこうなっていったんでしょうかね…

それはまたいつかまとめてみることにして、ソロ活に話を戻します。

 最後に語るは、「カフェに行ったこと」です。今回は池袋駅の東武方面にある星野珈琲店に行ってきました。

池袋行きすぎですね(笑) ちなみに冒頭のカラオケも池袋にいきました。

実はずっとカフェ巡りを趣味にしたいと思っており、また二か月くらい前から近所のカフェでバイトし始めたので、それも相まってここからカフェ巡りという趣味を始めてみよう!と思い立ち、足を運んでみました。

店内は暗めで、壁や調度品なども基本的にシックなものばかりでした。

ちゃんとしたレストランに来た時のような感じで、少し背筋が伸びました。

店員さんの接客も、自分が行っているそれとは明らかに違い、戸惑う様子もなくスラスラと丁寧な言葉が出てきていて、すごいな、と尊敬しました。

頼んだものが、2段のパンケーキ(にはちみつをかけたもの)とホットの豆乳ハニーラテ?みたいなものと、追加でアイスカフェオレを頼みました。

追加で頼んだアイスカフェオレの写真は撮るのを忘れたのでありませんが、それ以外のメニューはこんな感じのものです。

右後ろにあるソース(?)がはちみつで、これをお好みでかけて食べる、というスタイルでした。

めちゃくちゃ美味しかったです。

カフェでは何をするでもなく、せいぜいスマホで推しの動画を見ていたくらいなのですが、すごくいい気分転換になりました。

ちなみにこちらのパンケーキ、私が少食ということもあるかも知れませんが、意外とお腹いっぱいになります。(確かこの日の夕ご飯は、量を少なくして食べたかな、と記憶してます…)

今回は、ソロ活について、主にひとりカラオケ、書店巡り、カフェ巡りをしましたよ~という三本立てでお送りしました。

ソロ活をしてみて思ったことは、気の向くままにどこかに行って何かをすることは楽しい!ということでした。

人と一緒にどこかに行って何かをすることが楽しい時ももちろんありますが、ソロ活もソロ活で楽しいところがあったんだな、と改めて感じました。

やはり高校までの、友人と一緒にいることが当たり前!といった雰囲気から、大学に入ってそのような風潮がなくなったことによる影響が大きいのかな、と思いながら今回のブログを締めたいと思います。

まあまあ長くなってしまったかな?どうでしょう。意外と他の部員さんが沢山書くということが判明したので、もうあまり気にしなくなってしまいましたね…。

最後まで読んで頂きありがとうございました。

はじめて海を越えて

こんにちは、今回はタイトルにあるように記念すべき初・海外旅行の様子をお届けしたいと思います!

行き先は【台湾】

本当は私が高2くらいのタイミングで行こうね~と家族で話していたのですが、コロナで延期。受験や姉の就職が落ち着いてきたこのタイミングでやっと行けることになりました。私以外の家族は海外に行ったことがあるのですが、私は初めて。パスポートを取りに行くのがめんどくさ過ぎて、その段階で一度「行かなくてもいいかなぁ」と萎えていました。そのあと家族旅行にも関わらず、旅費が自腹だと言われさらに萎える私。「私だけ大学生なのに働いているみんなと同等にお金を払うなんておかしい!!」とごねることによって何とか3万円だけの出費に抑えました。

そんなこんなでめんどくさがりの私が様々な萎えポイントを乗り越え、ついに台湾の地に。

1日目はお昼前に着いたのでお昼ご飯を食べた後に台北付近を散策しました。

どこで食べたか既に覚えていないのですが、マンゴーかき氷が有名なお店で初の台湾飯を食べました。上のマンゴーシャーベットが本当にマンゴーをそのまま凍らせたのかな⁉という程の濃厚さ。周りの乗っているマンゴーやイチゴも冷凍じゃないので身体が冷えることなく全てを食べきりました。

このあと甘いものを食べたらしょっぱい物でしょ!と、近くの屋台でネギ餅?を買いました。ネギ餅という名称で合ってるのかすら分からないのですが、めちゃくちゃ美味しかったんです!!私の極少な語彙で説明するとサイゼのフォッカチオを丸く伸ばしてネギを入れた、という感じ味です。

何気なく食べた屋台飯がめちゃくちゃ美味しいと「旅」って感じがしますよね。

日中色々な場所を散策し、台湾の夜といえば夜市ですよね!

が、しかし夜市の前に私は台湾マッサージに……。

ずっとマッサージに憧れがあり、台湾に行くことが決まった時に一番楽しみにしていたのがこの台湾マッサージでした。私はルンルンにも関わらず、家族は「別に興味ない」ということでしたので、一人でお店へ。しかし私がぼったくられないか心配した家族はマッサージを受けないにも関わらず、結局全員店までついてきました。まったく、大学生になったというのにいつまでも信用されていないんです。そんな家族の心配をよそにマッサージ屋さんの営業をのらりくらりと躱しながらマッサージを受けました。

自分じゃできない力強さがちょうどよく、本当にずっとこのマッサージが続かないかなぁという夢のような時間でした。足のマッサージを中心にやっていただいたのですが、対面するため目が合うのが気まずく終始目を瞑っていると、それを近くで見ていた親は「気持ち良くて寝てるんだとおもった」とのこと。私の勝手な気まずさが店員さんにも伝わっていないことを祈っています。

私が終わるのを待っていた家族とやっとこさ夜市へ。美味しい魯肉飯を食べたのですが、生憎写真を撮っていませんでした。日本の魯肉飯はでっかい角煮がゴロゴロと入っていて、味玉が乗っているという印象なのですが、屋台で食べた魯肉飯は角煮が細かく切ってあり、丼ものとしてとても食べやすかったです。

2日目は台湾の定番、九份へ行きました。

九份は天気が安定しずらく、行ってもほとんど雨らしいです。私たちも日本で事前に見ていた天気は全日大雨。まぁしょうがないかぁ、と思っていたのですが結果全くと言っていいほど雨に降られませんでした!!普段から晴れ女を自称していますが、いよいよ本格的に晴れ女を名乗ってもいいかもしれません。

九份には、日本人とスリが多い。

こんなことを旅の前に聞いていました。スリは置いておいて、日本人は確かに多かったです。狭い路地を歩く人々の声をよく聞けば「ほんまやでっ」「これ美味しい」「人多くね?」などなど。ほぼ東京にいると言っても過言ではないほどの日本人率でしたね。

夜のランタン祭り?が有名らしいのですが、その時間までいると人が多すぎて帰れなくなるとも聞いていたので夕方前には早々に撤退しました。もう少し九份でのエピソードを書きたかったのですが、なんせ疲労困憊だったもので記憶が……。美味しいお茶と梅を食べたことは覚えています。

あと台湾ではなぜかクレヨンしんちゃんが人気らしく九份でもクレヨンしんちゃんのお店があったので、パスケースを新調しました。今までは東京駅のクレヨンしんちゃんストアで買ったしんちゃんとシロの絵柄のパスケースを使っていましたが、今度は九份で買った幼稚園バスをモチーフにしたパスケースです。ちょうど薄汚れてきていた頃だったのでいいタイミングでした。

最終日の3日目は台北101へ。

有名な鼎泰豊の小籠包を食べ、お土産を買うためお店を散策しました。鼎泰豊は私たちが着いた時20~40分待ちだったのですが、出るころには120分待ち。台湾のさわやかって感じなんですかね。でも小籠包も炒飯も待ち時間を考えてもおつりが来るほどの美味しさだったので台湾に来たらぜひ一度行ってみてください。ちなみに日本にもあります。

語るのを忘れていたのですが、台湾はドリンクスタンドが豊富なんです!200~400円でめちゃでかサイズのドリンクを飲むことが出来ます。これは有名なTAO TAO TEAのミルクティー。これは私評価なのですが、人生で飲んだミルクティーで一番おいしかったです。普段気軽に飲むならタリーズかローソンのミルクティー、と決めているのですが、本当に日本に進出して欲しいほどの美味しさです。

私の周りにいる人は私のタピオカ狂いを知っていると思いますが、台湾でもタピオカ狂いは健在です。飲むドリンクすべてにタピオカを入れてもらい、致死量のタピオカを堪能しました。

雨予報だったにも関わらず雨もほとんど降らず、美味しい台湾飯とタピオカを堪能出来て大満足の3日間でした。まだまだ行ってみたい国は沢山あるので大学生のうちに行けたらまたお届けしたいです。

では、本日もお付き合いありがとうございました。

まいます体験記

まいますです!💟

先日、同志社女子大学で開催されているリトリートという行事に参加しました。

同志社女子大学のホームページより、

リトリートとは、毎年春と秋に行われ、実行委員の学生たちの手によって企画運営されている、同志社女子大学で最も歴史の古い行事の一つです。

土日にかけて滋賀県にある施設で一泊し、講演会や礼拝、他学科・他学年のさまざまな参加者との時間を楽しむことができました。

中学卒業からコロナ対策が当たり前の日常をすごしてきた私にとって、学校開催の泊まりのイベントは中学の修学旅行以来でした。

そのため、どんな人と同室なのか、バスは誰と隣りなのかとワクワク︎^_^

今出川キャンパスに集合した後、約1時間半かけて施設へと向かいます!

到着すると、荷物を置いて礼拝が行われました。

その後は、待ちに待った昼食です!

お芋とハンバーグの乗ったカレーをいただきました♡

昼食が終わると、同志社女子の卒業生である講師の方による、講演会が行われます。

講演内容の着眼点が非常に新しく、なんとも興味深いお話でした。

お話を聞いた後、グループトーキングを行います。同じ講演でも、人によって感じたことや受け取り方が異なっており、それぞれの意見を聞く時間はとても有意義なものでした。

そして、講演が終わると夜ご飯です!

写真を見ていただければわかるのですが、大満足大ボリュームワクワクのラインナップ…笑

ケーキをおかわりしてお腹はパンパンになりました(๑^ڡ^๑)

入浴の後には、お菓子を食べながら参加している学生や教職員の方と団欒できるお話会に参加しました!

他キャンパスの先生と恋バナをしたり、就活についてありがたいお話を聞いたり、非常に有意義な時間を過ごすことができました。

一日の流れは早いもので、もう寝る時間です。バスで隣になった子と、その友達と私で3人で基本過ごしていたのですが、部屋も同じメンバーでのお泊まりです🥹♡

恋バナの続きをしたり、方言の話で盛り上がったり、高校時代味わえなかった宿泊行事の青春を取り戻したような気持ちになりました笑

2日目の朝、起きて支度を終えたら朝食です!

なんと朝食はビュッフェ!

美味しそうなパンやおかずが沢山あり、量も考えずに食べたいものを全て取りました。

結果こんなに多くなってしまったのですが、

しっかり食べ切りました。大満足ぺろりです。

その後、礼拝、閉会式を行い京都へと戻ります。

旅あるあるだと思うのですが、やはり帰路は行きよりも短く感じます。あっという間に今出川キャンパスに到着し、14時前にはお土産を頂いて解散になりました。

短い間でしたが濃い時間を過ごして仲良くなった2人とはお別れです。キャンパスも違うのでなかなか会えないのが寂しい…。

残りの時間することもなかったので、家で夜まで爆睡しました。

せっかくだしと思い1人で申し込んだ本イベントですが、大変良い時間を過ごすことができました。

秋季リトリートや来年の春季リトリート、是非(いれば)新たな国内交流生、そして同志社女子の学生さんも参加してみてほしいと感じました。

交流の輪が大きく広がることと思います!

運営のリトリート実行委員さん、素敵な時間をありがとうございました!

現在、私がとっている授業には京都ならではのものがいくつかあります。

先日、そんな授業の一環で京菓子資料館を訪れました。

目の前で職人さんが和菓子を作るところを拝見したり、実際に用意していただいた材料を用いてお菓子の成形をしたり、貴重な体験をさせて頂きました!

展示室には全てお菓子からできた、まるで本物のようなお花の数々や、昔のお菓子屋さんの看板などが展示されており、その歴史についても詳しくお話を伺うことができました。

これらの体験を終えた後、和菓子とお茶をいただきました。

実は私は今年まで抹茶を飲んだことがなく、先日金閣寺に行った際初めて口にしました。

(そのときの写真)

このとき、私の抹茶飲まず嫌いは克服されました。とても美味しかったです。

この段階を踏んでいたおかげで、今回は抵抗なくするっとお菓子とお茶を頂くことが出来ました。

お茶のお作法も教えていただいたり…。

この授業では料理の歴史や和菓子についてを学んでいます。

今回の資料館での体験を経て、次回は自分で和菓子を考えたりもします!

京都ならではの授業は他にもあり、なんだか面白いなあと思う毎日です。

1年とは言わず京都でしっかり大学生活を送ってみたい。

こちらにきてから、やはり和菓子を食べる機会が多く、次第にあんこを克服しました。前述の通り抹茶も克服しました。(抹茶のお菓子は未だに得意では無いですが…。)

戻る頃には、味覚や考え方やその他の経験値、色々レベルアップした私になっているのでは無いでしょうか。乞うご期待です🤲

では!💟