ごきげんよう、あやめでございます。本日、わたくしひそかに困窮しております。なぜなら、ストック命書き溜め系ブロガー(?)のわたくしにあるまじき事態ではございますが、ストックが尽きたからであります。そこで本日は、弾き語り(?)でやらせていただこうかと思います。
と、申しましたが、以前お話ししました通り、今!!書け!!と言われて書ける私ではありません。ふがいないが、こればかりはしょうがないのであります。から、だらだら続けるしか手はなく、かといって引くわけにもいかず、それだから困窮しております。なんだろう、なにをかいたらいいですか。自分の話でもしますか(いつもそうですけれども)。
もう少しくらい、愛想よく、心から疑問に思っている、少々間の抜けた、あるいは甘い顔の一つでもできれば(出来っこないので駄々をこねくり回してしいるの図、ヤダヤダ!!アタイだって、他愛なくかあいいんだい!!洟垂れの何が悪いんだい!!)、と思うことも幾度もありますが、生憎と、我が両親から賜ったこの御顔は、それ自体は全く!悪くないのに(※個人の感想です)、顔面の筋肉の使い方の心得がない持ち主をもったがばっかりに、その「可愛さ」を全く封印してしまい、悲しいことに、本人が何も考えていなくても、お顔は怒っているように見えるように成長いたしました。ごめんなさい、お父さん、お母さん、私は愚娘です。こういう時に使う言葉は、辞書的には「愚女」らしいですが、ここは間違いの方を押し通そうと思います。あと、高校時代には、全然そんなことないのに「あやめちゃんって頭良さそうだよね」と。ほとんど初めてお話しするクラスメイトにせっかくほめてもらったのに、ひねくれにひねくれ、尖りにとがっていたあの頃は、この言葉一つさえ素直に受け入れることができず、それどころかカチンときて、しかもそれをおくびにも出さず、「あたまよさそう?やったぁ~~🥳」みたいな、皮肉でもなければ嫌味でもない、なにだかよくわからない言い訳みたいな言葉が適当に発され、挙句相手に「いやその反応はめっちゃ頭悪そう笑」と言わしめるに至ったのです。選択ミス。愚娘です。頭良さそうな、飄々とした、綺麗にみえるのでしょうか。クールに素直に、ありがとう、じゃ、ダメですか、いいに決まっています。良いんだか悪いんだか、でいればいいんでしょうね。ふん!!大拗ねです。明日は雨なんだって!!!ふんだ!!!!
なるほど、下書きが無いと、「こう」なってしまうのですね。学びですね。こんなにつまらないとは思いませんでした。取るに足らないをおもしろく、これがモットーなのに、取るに足らないし、つまらない、では、そのまんまつまらないですね。趣向を変えて友人の話でもしましょうか。
友人はいやに首を気にする人でした。その人とは、小学生の頃急に引っ越して行ってしまった以来出逢っていませんから、もう9年以上も会わないことになりましょうか。首を気にする、とは、いつも首の後ろのあたりを掌でスリ、スリ、とこするような形でなでる癖がある、ということです。なにかあるたび、スリ、です。友人は賢く、そして穏やかでした。そのころの私は何を生き急いでいたのか(今もか?)ピリピリカリカリして、およそ穏やかではありませんでしたが、その友人に「まあ、ね」と、答えにならない答えを返されて、何度正気を取り戻したことか、数知れません。もちろん、そのどっちつかずでなるようにしかならないという態度は、高度成長期・上昇志向まっしぐらの私をイライラカリカリともさせましたがね。
その人は私を、名前の愛称で、すなわち、あやめちゃん、ではなく、「あやちゃん」、と呼びました。私も負けずにゆかちゃん、と呼んだりしましたが、恥ずかしいようなくすぐったいような気がして、すぐに「ゆかりちゃん」にもどりました。ニコニコして、あやちゃん、あやちゃん、と一緒に色々してくれました。あの頃の愚かなる私はまるで親分にでもなった気持ちで「ふふん!」としていましたが、ゆかりちゃんはそれをニコニコして見守っているかのようでした。
ゆかりちゃんは賢いだけでなく、運動もできる人でした。しなやかな動きで、軽やかな足取りで、何度も私の羨望を一身に受けていました(私は運動がド下手で、逆上がりは勿論、かけっこも、跳び箱も、全く出来ませんでした)。ごく稀でしたが、面白い話もしてくれました。ゆかりちゃんはなんでもできました。私はやはり、ゆかりちゃんに憧れて、いました。
ゆかりちゃんはしかし、自分の話はあまりしませんでした。好きなものも、嫌いなものも、「なんだろうね」としかいいませんでした。それが私にはすごく嫌で、なんで意見がないんだろう、と不満に思いました。あなたが好きなものを私も気になるし、あなたがいやなものも知っておきたいのに。賢いあなたと、他の子とは出来ないような、高度な会話…いわゆる「議論」だってしたいのに。あなたの立場がユラユラしていたら、議論なんてできないのに。しかし、その話をすると、ごめんね、と言って首をスリ、とするので、それもいやでした。そして、すごく怖くなりました。もうそれ以上は言えなくなってしまいました。
特にお父さんについてはまるでなにも教えてくれませんでした。いつもニコニコのゆかりちゃんが、「なるようにしかならないのにね」が口癖の、達観したゆかりちゃんが、お父さんの話題になると嫌がるのが、幼い私にもよくわかりました。ゆかりちゃんから直接、いやだ、と聞いた訳でも、嫌な顔をしたわけでも、まさか声を荒げたわけでも、ありませんが、私が自分のお父さんの話をすると、ちょっと困った顔で笑うのです。そして、首をスリ、とします。ニコニコ、ではないのがわかりました。だから自然と、家族の話は避けました。家族…お父さん以外の人の話でも、世界の狭い小学生時分では、なんだかんだでお父さんに行き着いてしまうからです。だから、長く一緒にいたはずなのに、私はゆかりちゃんのことを、多分良く知りません。お兄さんと妹さんがいて、全員年子で、優しいお母さんがいることだけは、なんとなく知ることができました。でも、それだけです。小学生の頃の私はよくよく風邪をひいたので、休んだ日に学校であったことや授業のことを教わったり、逆に私の辛かった話を聞いてもらったり、そういう一時的な話ばかりで、ついに込み入った話はしませんでした。
ある日、小学4年生だったと思いますが、記憶が曖昧でハッキリしませんが、その日はどんより曇っていました。湿度が高くて、嫌な天気でした。今にも雨が降りそうな様子です。でも小学生の私は、久しぶりに元気なので外で遊んでいました。するとゆかりちゃんもやってきました。一緒に遊ぼうと思って声をかけて手を振りました。ゆかりちゃんは、ハッとしたようにこちらを振り返って、それからいつものニコニコをしました。他愛無い話、小学生のおしゃべりをたくさんして、ちょっと走ったり、山に探検に行ったり、疲れてゆかりちゃんのお家におじゃまして、水をもらったりしました(お母さんがいました)。そこでお母さんがあまり優しいので、嬉しくなって色々話して、思ったよりも長居してしまったようです。ゆかりちゃんの家には時計がありませんでした(電池が切れて、変えなきゃと思っているところだった、と言って、ごめんね、とお母さんに言われました)から、どのくらい居たかは定かではありませんが、体感で長らく居座ったことがわかりました。気がついたら、向こうから、お父さんが(うるさそうに・不機嫌そうに)出てきました。夢中になって、元から大きい声をさらに大きくして喋っていたことに、フと気がつきました。あ、と思いました。多分、まずいんだ、と思いました。ところが、怒鳴られる、とか、暴力を振るわれる、とか、連れて行かれる、とか、想像した怖いことは一つも起きませんでした。お父さんもやっぱり優しくて、ちょっと髪がボサボサでしたが、「こんなところまでなにしにきたの」と優しい声を出しました。私は一生懸命(怒られないように、機嫌を損なわないように)ゆかりちゃんと一緒に遊んでいたこと、いつもゆかりちゃんには良くしてもらっていること、遠慮したけれど少し上がる分には問題ないと勧められてお宅にお邪魔していること、でもいっぱい喋ってしまって申し訳なく思っていること、今度はお土産でも持ってくることをなるべく敬語で、小4のもちうる語彙をフル活用して、ニコニコしながら言いました。お父さんは一生懸命聞いてくれて、「なにもないのに、ごめんね」といって、そこにフラ…と佇んでいました。どうしたら良いかわからない、というような様子に見えました。ゆかりちゃんは微笑んだような、強張った様な表情で、いつもの姿勢の良い背中はちょっと曲がって、少しだけ俯いて、手をぐっと握っている、ように見えました。私はゆかりちゃんのお父さんを、想像してたよりずっと怖くない(なんならうちのお父さんの方がこわい)と思ったけれど、ゆかりちゃんはこれが怖いんだな、と思って、だから、あくまであどけない子供のふりをして、お家を抜け出そうと思って、突然立ち上がって、「私、帰ります!でもゆかりちゃんに渡したいものがあるから、一緒に来てもらってもいいですか」と必要以上に大声で言いました。お父さんは目を細めて「うん」としか言いませんでした。なんとなく、まだ困っているような気がしました。怯んだのか、この隙を逃しちゃいけない、と思い、ゆかりちゃんの手をギュッと掴んで、全速力で走っていきました。ゆかりちゃんのおうちは山の中にあったので、私の家までは少し距離がありました。笹がうっそうと生えていて、ねこじゃらしが太ももくらいまで生い茂っていて、葉っぱの匂いがムワ、としました。枝がたくさん落ちていて、何度もこけそうになって、垂れ下がっているツタを避けて、くっつき虫がたくさんついて、でもその全てに構わずに、目が回るほど走りました。ゆかりちゃんはそのあいだ、ずっと黙っていました。
私の家の近くまで来て、やっともう大丈夫か、と思って道端に座り込みました。私は走るのが大嫌いで苦手で足が遅いのに、全速力で逃げてきたから、ゼェハァ息が弾んで、しばらく話ができませんでした。やっと息が整ってから、「ごめんね」としか、言えませんでした。なぜか泣いていました。きっと目に土が入ったのだと思います。ゆかりちゃんも「ごめんね」と言いました。やっぱりちょっと笑っていて、それがすごく綺麗な気がして、変だな、と思ったけど、さっき走っている間に帰りましょうのチャイムが聞こえたので、今度は私がお母さんに怒られてしまうので、ごめんね、ごめんね、とお互いに言いながら別れました。他の言葉を忘れてしまったように、お互いの姿が見えなくなるまで、ずっと手を振りながら、ごめんね、と叫んでいました(近所迷惑)。
次の日の朝、あんなに遊んで、普段は行かない所へ行って、変な本が埋まっているのを見つけたり、壊れた祠を見つけてお参りごっこをしたり、そのままそれがおままごとになったり、足だけ川につけてバシャバシャかけたりして遊んだせいで(怒られるのでこれらのことはお母さんには黙っていました)、そして、あんなに怖いことがあったせいで、やっぱりまた熱が出ました。いつもより苦しくて、暑いのか寒いのかわからなくて、そして、いつもより高熱で(40℃近くまで熱が上がっていました)、その晩は(私の)お父さんが隣で寝てくれました。お母さんも近くにいました。私としては、苦しいけれど、昨日に比べたらマァなんてことはない、と思っていましたが、体温計の「40.1℃」という表示を見た両親は何故か、かなり焦った様子で、急いで薬を飲ませて、いつもより優しくなって、はやく寝ちゃいなさい、と言いました。しかし、日中も寝ていた私はあまり良く寝られずにいました。お父さんもお母さんも疲れて先に寝てしまいました(いびきをかいていました)。
目を閉じて、はやくねないと、と焦って、どんどん寝られなくなっていった、多分3時頃だったと思いますが、そのころ顔の上をスッと何か、ふわふわするもの…?が通るような感覚がありました。なんだろう、とびっくりして、パッと目を開けてみましたが、その頃は今よりずっと目が良かったのに、その日は目が霞んでよく見えませんでした。何もありませんでした。怖がってお父さんを起こすと、「おきたの?…良かった、解熱剤が効いたんだね、熱がさがっているよ」とやさしく言われました。よく考えたら、たしかに苦しくなくなっていました。そして、ちょっとはっきりした頭で考えると、今起きたことを大人に話すのは、いけないことだと、何故かそう思いました。だから、うん、と言って、また寝ました。今度はびっくりするほど簡単に寝られました。
それからゆかりちゃんには会えませんでした。よく考えたら、「ゆかりちゃん」はクラスには居ない子なのです。同い年で、同じ地域にすんでいるのに、ゆかりちゃんを知っているのは、私だけでした。あの日、ゆかりちゃんのお父さんから逃げてきた日も、お母さんにひどく怒られる…のではなくすごく心配されて、ハテナ?と思ったのですが、後から聞いた話では、あの日あの時私は泥だらけ葉っぱだらけで顔を真っ赤にして息を弾ませて、涙目でいたようです(全速力で走ったからです)。走って来たと知らない母は、なにか、怖い目(誘拐されかけたとか)に遭ったのだ、と分かった母は、焦って、何があったのだ、と、諭したり、宥めたり、とにかく話を聞き出そうとしたそうですが、「ゆかりちゃん」という、知らない子のことを一生懸命言ってきたことと、よくわからないことを説明したのと、しきりに謝っているのとで、全く話にならなかったそうで、とりあえず風呂に入れて、夕飯を食べさせて、まあ、無事なようだから、良いか、と思って、話を終えるつもりだったようです。それから、その「お父さん」は、地域で1番山奥に住んでいる、(嫌われ者の、)おじさんだということも後から知りました。おじさんは、裏庭の畑を耕しているときに私…小学生の女の子が迷い込んでいるのを見つけて、こんな山奥まで人が来るのも珍しいのに、子供が1人でこんなところに?と不思議に思って近寄り、そしてそこでおそらく私が「1人で」何か言っているのを、哀れに思ったか、恐ろしく思ったか、話を合わせてくれただけのようでした。その山奥の家の裏庭(畑)にはいつも野生動物がよくよく出て、おじさんの農作物を荒らして行くのだそうです。シカやサルやイノシシや、それからキツネが頻繁に来るそうです。
熱が下がって、その日は天気雨が降りました。虹も出ました。多分ゆかりちゃんは、お嫁に行ってしまったのかな、といつか絵本で読んだことを思い出して、そう思いました。
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と、ここで終わらせれば、綺麗にやさしく終われたのでしょうが、マアそこは私のブログを愛読してくださるあなたさま方でありますから、そんな〈生半可〉な代物ではご満足いただけまい、それに、このひねくれヤなもの百鬼夜行(白昼堂々の行進でありますから、多分にマヌケではありますものの)の私としては、これじゃ物足りない、と思って、もう少し続けることに致しましょう(もう少し現実逃避をしたい、という作者の思惑が透けて見えるでしょうか)。もっと、醒めるようなつまらない浮世を描出したい。し、あなたにもできればこの「虚無感」「離脱感」を体感していただきたい。ああそうか、ここは。そうです!なんせ、ここは誰もが〈平等〉な浮世、楽しんだモン勝ち、なにくそと成長したモン勝ちの実力社会でありますからネ(個人の感想です)。御託はさておき、あのやさしい童話風は、以下のように続きます。せっかくのやさしさ、半熟卵のふわふわがお好きなあなたは、こちらでよしておくのをお勧めしますが、怖いもの見たさの野次馬根性十分なあなたには、止めたって無駄でしょうか。そして、あとで必ず恥ずかしくなって嫌になるのは、なにを隠そう私なのに、誰よりも「よせばいいのに」、なのはその実私自身ですし、野次馬なのは私であります。ですから読んで了った、と悲しまなくてよいのです。かなしいのは、わたしです。
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という、白昼夢を見ました(この「白昼夢」のうえに強調の「、」をつけたかったのですが、できませんでしたからしぶしぶ太字で表記します)。ただの夢に非ず、その実私の脳みそが見せた都合のいい現実逃避の様子を皆様にお見せしたにすぎませんでした。だからあんなにやさしくてふしぎな感が残るのです。当たり前です。私の都合のいいおともだちですからね。やさしくない夢は見たくないのです。ですが残念ながら現実には「そんな友達いません」し、子供の頃の私は気づかなきゃ善いことばかりわざわざ見つけて独りでしょんぼりする、元気に生きるのがへたくそなニョロニョロでしたから、あんなに快活に賢く危険から逃げられません、さしずめ食われてから、おや、と気づく程度。アハハ!未だ小学生時分の出来事にとらわれているマヌケはここに居ますよ!ア夢か、漸く気が付いて目をしばたたかせて、現実をしか、とみれば、確かに実像を結ぶ現実があります。それでも固執してあの頃を想うわたしがどうしてもここに居るのは、きっと大学に通ってむずかしいことばかり考えさせられて、ついにガタがきたのでしょうかね。良いことはほとんどスルー、悪いことばかり過剰に反応し吸収し記憶し記録し保管して、それで挙句こんなつまらない夢を見るに至るのでしょうか。目の奥に、まだ山の葉(山の端?)の濃いにおいが残って、否、こびりついているかのようです。まだまだ私は小学生を脱せずにいるのか。きつねに化かされたように。あるいはあの頃がきつねの見せた幻想だったのか。いずれにせよ私は、化かされちゃいない、とハッキリ否定できるような、確固たる私を持たないで、ここまで来て了った、ということだけお伝えして、今日はこれで止します。これからはきちんとストック管理を徹底いたします(猛省)。













